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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
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22-5






     22-5




 明るい顔でで、エントランスから出てくるショウ。

 顔に傷は残っているし、拳にはガーゼ。

 足も多少引きずり気味だが、体調はいいらしい。

「元気そうだね」

「昨日のニンニクが良かったのかな」

 朗らかな笑顔。 

 モトちゃんの得体の知れない薬草の時とは根本的に違う、心からの感謝を表した。

「お昼に、少し持ってきたよ。炒めたのと、揚げたのを」

 私のリュックへ向けられる視線。

 食欲もあるし、心配する事は何もない。

 だったら迎えに来なくてもいいんだけど、迎えに来て悪い事もない……。


 混雑するバスを降り、例によって人の波に押し流されて外に出る。

 ここで降りるからいいんだけど、この先に乗りたい時はかなり困ると思う。

 というか、この先はどこに行くんだろう。

 えーと、ここが草薙高校前だから。

「あれ、終点なんだ。初めて知った」

 この後は神宮西のバスターミナルへ向かうらしく、バスの正面にある行き先は栄へと表示を変えた。

「私の知らない事は、まだたくさんあるんだね」

「大袈裟だな。乗ってれば着くんだし、気にする事でもないだろ」

 感慨も何もない発言。

 どうもこの子は現実的というか、遊びの部分が無いというか。

 もう少し気楽になれないのかな。

「たまにはバスに乗って、当てもなくどこかへ行きたいとか思わない?」

「ユウがそんな事したら、帰って来れなくなるぞ」

 正門にいる警備員さんに挨拶をしながら笑うショウ。

 私を気遣っているのかからかっているのか、ちょっと微妙な台詞。

 その判断は、怪我が治るまで保留しておこう。


 教室に着くと、難しそうな本を読んでいたサトミが気だるげにこちらへ視線を向けてきた。

 朝の白い日射しの中で、黒髪を輝かせながら。

 同性とはいえ、思わず息苦しくなるような眺めである。

「また一緒に来たの?」

 笑い気味の問い掛け。

 それには反論のしようもなく、適当にもごもご言ってサトミの隣へ座る。 

 眩しいな、ここ。

「おい、起きろ」

「俺は寝てる」

 伏せたまま答えるケイ。

 ショウはもう一度彼を揺すり、脇の辺りへ手を伸ばした。

「止めろ」

 自分の危険には誰もしも敏感だが、彼もそうだったらしい。

「先生が来るぞ」

「来ないと困る」

 もっともだが、ふざけきった答え。

 いつも朝はこうだけど、夜に何をやってるのかな。

 夜遊びをするタイプではないし、第一休みの日でも外に出歩かない。 

 何か悪い物でも作ってるんじゃないだろうな。

 でも不器用だし、絶対無理か。



 昼休み。 

 ようやく起きるケイ。

 この人、何のために学校へ来てるんだ。

「どこ行くの」

「例の秋祭りで忙しいんだよ」

「ああ。警備の責任者だったね。でも、手当はもらえるんでしょ」

「先払いしてくれた」

 机の上に置かれる、紙の束。

 私ももらった、屋台の無料券。

 ただし彼は警備の責任者で、現場には殆ど顔を出さないはず。

 つまり、屋台には近付かないポジション。

 今の彼に、ここまで無意味な物もないだろう。

「さてと、顔でも出してくるか」

 ご飯も食べず、教室を出て行くケイ。 

 とはいえそれを気遣うのは私の担当ではないため、自分のリュックからランチボックスを取り出す。

「こっちがおにぎりで、こっちがおかず。スープがこれで、お茶がこっち」

 ナプキンを広げ、ご飯を並べて手を合わせる。

 しかし、このニンニクの固まりは異様な威圧感があるな。

「……何、それ」

 めざとく、そのニンニクを見つめるサトミ。

 箸で促してみるが、手を付ける素振りすら見せない。 

 私でも遠慮するけどね。

「美味しいんだぜ」

 炒めたニンニクを丸かじりするショウ。

 サトミはげてものでも見るような顔をして、嫌そうに手を振った。

「あのね。私が作った物に、そういう態度は無いでしょ」

「ユウが作ったの?」

 一転して、好奇心に満ちあふれた眼差し。

 どう考えても、余計な一言だったな。

「私には作ってくれないのかしら」

「じゃあ、怪我したら」

 無愛想に答え、タコさんウインナーをかじる。

 食べるのが惜しいくらいの出来だけど、食べない事には始まらないので。

「あなた。お金は払ってるの?」

「え?」

 ニンニクの芽をくわえたまま、箸を止めるショウ。

 冗談の通じない子だな。

「お金はいいの。大体このお肉も、尹さんからもらった物だし」

「だったら、私にも作って」

「生肉なら持ってくるよ」

 無茶苦茶な事を言って、ウサギの形をしたゆで卵を食べる。

 多少少女趣味だけど、少女なので問題ない。

 熊の顔をしたハンバーグを食べているショウは、ともかくとして。



 放課後。

 ショウの前に置いてある、ケイのリュック。

 この時間になっても、彼は戻ってきていない。

 遊んでいるという可能性もあるが、それならリュックを持って行くタイプ。

 まだ、秋祭りでもやってるんだろうか。

「遅いね。ああいうのは、あまり好きじゃ無さそうなのに」

「一度、見に行く?どうせ、やる事も無いんだし」

 ガーディアンとしての仕事を除いては、という前提で話すサトミ。

 気にはならないけど、関心はある。

 興味本位と言い換えてもいい。



 特別教棟の一室。

 ドアの横には貼り紙があり、

 「秋祭り実行委員会・対策本部」

 という大袈裟な文字が目に入ってくる。

「お祭りなんだから、騒げばいいだけでしょ」

「あなたはその調子で、一生騒いでなさい」

 冷たい子だな。

 私だって、計画が必要な事くらいは分かってる。

 でも、それは私の仕事ではない。

「ここで、何を話しあってるの?」

「見学自由とあるし、入ってみたら」


 後ろのドアから入り、室内を見渡す。

 中は、普通の教室と同じ。

 机が並んでいて、そこに生徒が座っている。

 違うのは彼等が何もしていなく、ただ騒いでいるだけの事。

 別に祭りだからではなく、友達同士で話しているようだが。

「何、これ」

「さあ」

 興味も無いという顔。 

 私も無いが、こういう光景は好きではない。

 やるべき時に、遊んでいるような状態は。

 それでも一応真面目な人はいるらしく、教室の前で書類を配りながら何かを説明してる女の子がいる。

 熱血というかやる気が溢れているタイプで、こういうのもちょっと苦手だ。

 そのまま視線を彷徨わせていると、ケイが目に入った。

 窓際に椅子を置き、暇そうに外を眺めている。

 いつにも増して、やる気無しだな。

「何してるの」

「外を見てる」

 そのままの答え。

 実際に見ているのは中庭で、よく見ると舞地さんが猫に餌をやっている。

 あの人は、一体何がしたいんだ。

 向こうもこちらに気付いている様子だが、手を振りもしない。

 本当に愛想がないというか、可愛げが無いというか。

「舞地さんは、ずっとあそこにいるの?」

「10分くらい前から。あれは駄目だな」

 何が駄目なのか知らないが、今のこの子よりはましだろう。


「静かにして下さいっ」

 突然の絶叫。

 思わずサトミへしがみつき、ついでにその感覚も楽しむ。

 へへ、乙女の柔肌だな。

「ちょっと、離れて。大体、どうして抱きつくの」

「理由なんて無いわよ。それと、今の何」

「あの子が叫んだみたい」

 教壇に手を付き、息を整えているボブヘアの女の子。

 室内にいる人達も私同様驚いたのか、取りあえずは口を閉ざしている。

 ただし雰囲気は以前として、あまり良くない。

 静かになったのは、言ってみれば音に反応しただけ。

 彼女の話を聞こうとか、その人間性に敬意を評している訳ではない。

「静かにしたけどさ。じゃあ、どうするんだ」

「私、お腹空きました」

「トイレ行っていい?」 

 好き放題発言するみんな。

 あまり誉められた態度ではないが、分からなくもない。

 彼女の態度も、決して良くはないので。

「大体お前は関係ないだろ」

「え?」

「責任者は浦田さんなんだから。あなたが指示しないから、こっちもやる事がないんですよ」

 一斉に彼へ集まる視線。 

 失笑気味の笑い声と、見下した感じの視線。

 敵意めいた物も感じる。

 彼と生徒会との経緯を考えれば、当然だろうが。


 ゆっくりと、あくまでも落ち着いた物腰で立ち上がるケイ。

 再び静けさを取り戻す室内。

 先程とは根本的に違う、痛い程に張りつめた空気。

 十分に間を置いて室内を見渡したケイは、壁へもたれて腕を組んだ。

「俺が責任者って、認めてくれるんだ」

「え、それは」

 逆を突かれ、口ごもる男の子。

 ケイは構わず彼から視線を外し、教壇に手を付いている女の子へ顎を振った。

「俺の責任において、彼女を代理に任命する。後は、彼女の指示に従うように」

「でも、それは」

「責任者に逆らうなら、ここから出ていってもらって結構。上司には、その旨を報告する」

 淡々と説明し、窓際へ戻るケイ。

 緊張感は少しずつ薄れ始め、女の子がたどたどしいながらも説明を再開する。


「無茶苦茶ね、あなた」

 たしなめると言うよりは、笑い気味に語り掛けるサトミ。 

 ケイは鼻を鳴らし、ペットボトルを傾けた。

「他人に仕事を分担するのも、責任ある者の役目。後はせいぜい、頑張ってもらうさ」

 あくまでも他人事のような発言。

 とはいえ彼が、自分の責任を放棄する人間でないのは分かっている。

 そのやり方はともかくとして。

「それで、さっきの子は誰」

「さあ。あそこに俺の知り合いはいない。敵ならいるけど」

「あなたが退学させた人の後輩とか」

「その内、俺も怪我するんじゃないのか」

 やはり、他人事のような台詞。

 元々人とは考え方が少し違うし、そうならないだけの自信もあるのだろう。


「煮干し」

「あ?」

「買ってきて」

 事務的に告げる舞地さん。

 足元にいる猫を、優しく見つめながら。

 ケイの方には、見向きもせずに。

「煮干しばかりやってたら、栄養が偏るんじゃないんですか」

「そんな事は分かってる。早く」

「この。その内煮込んで、だしを取ってやる」

 訳の分からない事を言って、教棟を回り込んでいくケイ。

 その後で、小さく手を振る舞地さん。

 別にケイへ対してではなく、それを見て足元にいた猫が散っていく。

「芸でも仕込んでるの?」

「餌がないから、どこかへ行っただけ。猫に礼儀や情を求めても仕方ない」

「ふーん」

 舞地さんみたいだなという台詞を飲み込み、足元の芝の感触を確かめる。

 少し固い、秋枯れの感覚。

 日射しも以前より弱まり、この時間にはすでに白く薄いものになっている。

「玲阿は」

「オフィスで寝てます。まだ、出歩く程ではないので」

「そこを狙う奴がいたら?」

 冷静な指摘。

 また、十分にあり得るような。

 ただ、心配はしていない。

「護衛を配置していますので」

「誰を」

「ショウに匹敵する人間です」


 そんな人間はそうそういないが、全くいない訳でもない。

 オフィスの前。

 抜いた警棒を担ぎ、辺りを威圧するように睨み付ける御剣君。

 こうなると、誰が危険かって話だな。

「あなたね。もう少し、普通にやれないの」

「念には念を入れてです。現に、変な奴が何人か来てましたよ」

「どこに」

 などと、聞くまでもなかった。

 少し離れた廊下の角。

 山積みされている、人の姿。

 例えではなく、人間が積み上げられている。

「勿論、馬鹿な連中だけですよ。武器も見ます?」

 足元に転がる、警棒やスタンガン。

 何か、一商売出来そうだな。

「怪我は?」

「あいつらの?」

「いや。何でもない。ショウは大丈夫?」

「ええ。中は中で、護衛がいますから」


 ショウの前。

 大笑いをしている男の子。

 名雲さんという名前だったと思う。

「笑い事じゃありません」

 スティックを抜き、その先端で机を叩く。

 静かに、ゆっくりと、確実に。

「怖いよ、お前。大体こいつに勝った奴には、お前が勝ったんだろ」

「別に、そういう訳でも」

「腰を抜かしたって聞いたぞ」

 また笑ってるよ、この人は。

 私は、何一つ面白くないけどな。

「それより、外のあいつ。あれは、何者だ」

「名雲さんに、何かしました?」

「そうじゃなくて。10分おきくらいに、外から悲鳴が聞こえてくる。追いはぎでもやってるのか」

「門番をしてるだけです。この子が弱ってるから、いい機会だと思った連中が来てるので」

 サトミがそう説明してる間に、また声が聞こえてきた。 

 本当に、関係ない人には危害を加えてないだろうな。

「お前も、少しは良くなったのか」

「ああ。その内、トレーニングも出来る。みんなが、騒ぎ過ぎなんだよ」

「ふーん。俺もそういう事を言える立場になりたいね」

 のんきに笑う名雲さん。

 優しく、彼の気持ちが楽になるような笑顔で。

「何にしろ、無理する理由もない。別にその馬鹿とやり合う気もないんだろ」

「負けたのは事実なんだし、もう一度やっても仕方ない」

 多少意外な、ただ何となくそうではないかと思っていた答え。

 名雲さんは小さく頷き、机の上に指を滑らせた。

「勝った負けたで騒いでると、後々まで尾を引く」

「そういう経験でも?」

「無くもない。俺の場合は、そうしつこくはないけどな。ただ、中にはねちっこい奴もいる」

 その言葉で思い出すのは、大内さん。

 彼女の行動を考えると、その台詞も頷ける。

「でもショウにやる気がないなら、問題ないって事は?」

「個人としての感情は、そうかもな。ただ、それを利用したい奴はまた別さ。俺は知らんけどな」

「冷たいんですね」

「契約条項の中に、そんな事は含まれてない。金ももらわずに動くのは、馬鹿だけだ」

 サトミの言う通り、冷たい言葉。

 ただ、彼の真意は分からない。

 信じたいという気持もあるし、行動原理が今でも分からない部分がある。

 分かっているのは、彼とショウのつながりくらいだろう。

 また、それさえ確かなら問題はない。

「浦田君よ。お前はどうなんだ」

「さあ。俺が言えるのは、彼女の後始末で大変だって事くらいで」

「あ?」

「祭り祭りで大騒ぎですよ。いっそ、夜ばいでもしたらどうです」

 何の話をしてるんだ、この人は。

 名雲さんは仕方なさそうに笑い、ショウの頭に軽く触れた。

「そういう話は、こいつにでもしてやってくれ」

「俺は、何も、その。あれ」

「慌てるな、このくらいで。なあ、雪野」

「私が何か」 

 きっと彼を睨み、スティックを抜く。

 世の中言っていい冗談と、悪い冗談がある。

「何でもない。で、その秋祭りっていつだ」

「今週の金曜から日曜。学校は臨時休校。俺はずっと、仕事です」

「たまには働け。俺は帰るけど、外のあいつ。俺に襲ってこないだろうな」



 学校の帰り。

 ショウを送った帰りに、RASレイアン・スピリッツの道場へとやってくる。

 最近あまり負荷を掛けてないので、少しは動かないと錆び付いてくる。

 ショウがいないから、相手もいないんだよね。

「四葉君の調子はどうですか」

「しばらくは、大人しくしてます」

「大人しくさせてます、ではなくて?」

 笑う水品さん。

 こちらは反論のしようがなく、サンドバックを指先でつつく。

「たまには体を休めるのもいいでしょう」

「技が鈍ったりとかしません?」

「体力は落ちますが、一度身に付けた物はそうそう忘れません。それにどれだけ打ち込んだかによっても、程度は違いますけどね」

 そうはそれこそ、物心が付いた頃から鍛錬に励んでいる。

 10年を越える日々を、毎日休まず。

 それに以前も怪我をして休んだ事はあるし、水品さんが言うようにいい休養だろう。

「ニンニクばかり食べてますよ」

「滋養強壮のためにですか。私も昔はそういう事をしましたね」

「玲阿流でやっていた時ですか?」

「ええ。何しろ体格では、月映さんや瞬さんに負けますから。少しでも、体力を付けようと思いまして。ただ、生は良くないみたいです」

 げっそりした顔をする水品さん。 

 お母さんが言ってた通りだな。

「火を通すと、アリインがアリシンになるんですよ」

「私も、そういう話は後で知りました。こっちは戦争中の習慣もあって、丸かじりしてたんですが」

 水品さんは、東南アジアからトルコへ向かうAU軍に参加してた空軍の将校。

 つまりは、パイロット。

 それも戦闘機乗りで、数々の死地をくぐり抜けてきた。

 無論勲章ももらっているが、瞬さん達同様それを誇る事はない。

 人を殺して得た物に意味はないと言って。

「今は、食べないんですか」

「今さら体力を増強しても仕方ありません。寄る年波には勝てないんですよ」

 何を寂しい事を言ってるんだか。

 大体そういう台詞は、私に負けてからにして欲しい。

「誰か、私の相手をしてくれる人は?」

「練習生に怪我をさせると、私も補償が大変なんですよね」

「あのね」

「あ、いたいた。いい人が一人」


 静かで、正確な足取り。

 格闘技経験者というだけではなく、軍人特有の歩調。

 正確には、元軍人の。

「尹さん」

「たまには体を動かさないと、腹が出てくるから」

 Tシャツにスパッツ、足は素足。

 余計な肉はわずかにも見あたらず、背筋は綺麗に伸びている。

「水品君、どうだ」

「それもいいんですが、ここは雪野さんに。相手がいなくて、ストレスが溜まってるんですよ」

「ああ。四葉君が怪我してたな。じゃあ、軽くやろうか」 

 不意に出てくるロー。

 テコンドーに下段蹴りは無いが、そういう理屈をいう場面ではない。

 第一、不意打ちをしてきた時点でその理屈は通用しない。

「っと」

 足を浮かしてそれをかわし、踏み込んで太ももを蹴る。

 そのままスイッチして、今度は軸足を。

 目の前から消える尹さん。

 気付けば頭上に、その長身が舞っている。

 跳び蹴りから、後ろ跳び蹴り、再度跳び蹴り。 

 三連打を紙一重でかわし、着地寸前を前蹴りで狙う。

 それを、肘でガードする尹さん。

 私の体重がない分、軽く受け止められてしまう。

 だが、それは計算済み。

 ガード出来るくらいの速度で放ったのも。

 足の指に力を込め、腕へ乗って宙へ舞う。

 それを追うように飛んでくる上段蹴り。

 前方宙返りでそれをかわし、天井を下に見ながら首筋へ蹴りを放つ。

 しかし後ろへ上がってきたかかとで受け止められ、弾かれるように後ろへと飛んでいく。


「悪くないね。もう少し踏み込むと、威力も増すんだが」

「それは私も言ってるんですが、なかなか」

「済みませんね。小さくて、軽くって」 

 こればかりは、どれだけ言われても仕方ない。

 第一これ以上踏み込んだら、相手の体を通り過ぎる。

「そんな事より、肉下さい」

「何だ、山賊か?」

 自分こそ、何言ってるんだ。

 一度、焼き肉屋の厨房に押し入ってやろうかな。

「大体、肉ばっかり食べさせても仕方ないだろ。温泉にでも行って、のんびりしてたらどうだ」

「私達は、高校生です」

「真面目だな、全く。瞬なら、やる事があっても遊んでるぞ」

 鼻で笑う尹さん。

 そういう、駄目な大人と比較されても仕方ない。

 あの子はその背中を見て育ったから、ああいういい子になったんだ。

「水品君もどうだ?誰かに届けさせようか」

「いえ。私はもう、肉を食べる年でもありませんので」

 何を、枯れた事を言ってるんだか。



 肉の塊と、内臓を一揃い。

 勿論奪ってきた訳ではなく、ちゃんと尹さんの許可は得てある。

 しかし重いんだ、これが。

 冗談抜きで、私の半分くらいあると思う。

 というか、骨と血を除いたら互角じゃないのか。

 なんか、怖い想像になってきたので止めておこう。

「あのね。どこに置く気」

「冷蔵庫」

「私達は、ライオンじゃないの。肉だけでは生きて行かれないのよ」

 冷蔵庫を開けるお母さん。 

 野菜に卵、漬け物や調味料。

 凍らせた、カレーやシチュー。

 とにかく肉以外の物が、色々入っている。 

 お父さんと自分だけなのに、こんなにいるのかな。 

 やっぱり、私の妹がどこかに隠れてたりして。

「何してるの」

「いや。妹がいないかなと思って」

 製氷器を元に戻し、手に取った氷をかじる。

 仮にいても、ここにはいないに決まってる。

 だったら見るなという話だが、そういう年頃なのよ。

「冷蔵庫を使わないように、少しみそ漬けにしようかしら」

「薫製は」

「いい考えと言いたいけど、道具がないでしょ。チップも」

「任せて。要領は、把握してる」


 一斗缶が無かったので、中華鍋で代用。

 一斗缶の時点で、代用なんだろうけどね。

「チップは?」

「調べたら、お茶葉でもいいって」

 炭に関しては、炭焼き用の小さな練炭を使う。

 というか、何もかも代用だな。

 アルミホイルを敷いてその上に紅茶の葉を敷き、箸置きで段を作ってお肉を置く。

 後はふたをして終わり。

 すでに、良い匂いが漂ってきた。

 これは、紅茶の香りだね。

「漬け込まなくていいの?」

「その間に、肉が悪くなるじゃない。大丈夫、公園でやった時は上手くいった」

「公園って、何。あなたも、たまに訳の分からない事をやってるのね」

 そんな、しみじみ言われても困る。

 確かに、公園で薫製なんて普通じゃないけどさ。



 翌日。

 学校に来て、肉を取り出す。

 薫製をね。

「商売でも始める気?」 

 呆れ気味に尋ねてくるサトミ。

 スライスした薫製をナイフごと差し出し、味見をさせる。

 ぴくっと動く、綺麗な形の眉。

 美味しかったらしい。

「買ってきたの?」

 友達を疑うとは、いい性格だな。

「そうそう、買ってきたの。サトミは、食べなくてもいいからね」

 ナイフで厚めにスライスし、バターを塗ったパンに薫製を乗せる。

 後はレタスを挟んで、レモンを搾ってと。

 家で作ってきてもいいけど、それだとパンが湿ってしまう。 

 せっかくの、妹の頑張りを無駄にしたくないからね。

「はい、どうぞ」

 ショウの前に一つ出し、次に取りかかる。

 私はつまみ食いをしてるし、これで十分満腹になるので問題ない。

「お前は、自立出来ないのか」

「え」

 指を舐めながら、ケイを見つめるショウ。

 ごく幸せという顔で。

 ケイもそれには言葉がなかったらしく、首を振って「何でもない」と呟いた。 

 ただし彼のその顔は、サンドイッチが美味しかったから。 

 そういう事にしておこう。

 そうでなくても、問題はないけれど……。



 放課後。 

 オフィスにこもり、料理のレシピ集を見る。

 最近は大抵、こういう物を読んでいる。

 栄養についてはお母さんがいるし、モトちゃんにも聞いている。

 作るのは得意だけど、その辺はまだまだ素人なので。

 来年は、栄養学の授業を取ろうかな。

「……F棟玄関前で、生徒が集合中。武器を所持してるいるとの情報あり」

 温泉卵の作り方を見ながら、入電情報を聞き流す。

 私達はG棟A-2担当。

 関係ないとはいわないが、管轄外の事だから。

「武器って、銃かな」

「最近物騒だし、その可能性もあるわね」

 関心なさげ、髪をときながら答えるサトミ。

 私も対した興味はなく、あれに撃たれたくは無いと思うくらい。

 勿論、撃ちたいとも思わないが。

「ガーディアン連合本部より通達。G棟A-2担当の各ガーディアンは、至急F棟玄関前へ向かって下さい」

 G棟A-2担当は、私達だけ。

 しかし、どうして名指しなんだ。


 仕方ないので、ぞろぞろとF棟前までやってくる。

 放送するくらいなら、端末に連絡して欲しい。

 当然の事ながら、視線も集まってくるし。

 だが、それに気恥ずかしさを覚えるのは一瞬の事。

 手は背中のスティックへ触れ、姿勢は自然と低くなる。

 息を整え、集中力を高め。  

 熱くなる意識を押さえていく。

 あの男、ショウに勝ったという男を目にした瞬間から。

「ユウ」

 厳しいサトミの声。

 取りあえず人垣を飛び越えるのは諦め、スティックを抜いて握り締める。

 とにかく何かをしていないと、爆発しそうなので。

「よう。来たな」

 人垣の間から現れる塩田さん。

 さっきの声の主でもある。

「あいつを殴れって命令ですか」

「それも面白いが、今は多少雰囲気がな」

 男の方へ振られる顎。

 その回りを取り囲む、屈強な男達。

 動員された雰囲気もあるが、ある程度の熱気めいた物も感じられる。

「玲阿に勝ったって事で女の受けは悪いが、男からの支持は多少ある」

「ショウに負けた奴とか。ショウを出しにされて、女の子に相手にされなかった奴とか?」 

 辛辣に指摘するケイ。

 塩田さんはつまらなそうに笑い、警棒を肩に担いだ。

「まあな。そういう馬鹿が指示してるのと、学校最強って名前を利用したい連中が一枚噛んでる」

「生徒会でしょうか。それとも、傭兵?」

「どっちもさ。傭兵を導入してるのが、その生徒会なんだから」

 面白くない回答。

 やっぱり、殴るなりどうかした方がいいんじゃないのか。

「でも、今までどこにいたんです?全然表に出てこなかったじゃないですか」

「腰を抜かしたから、出るに出れなかったんだ」

 嫌な回答も返ってきた。

「それにある程度人間を集まるまで待ってたんだろうな。あれだけ集まればアピールも出来る」

「逆効果だと、私は思いますが」

 冷徹に、醒めた目つきで男達を見据えるサトミ。

 それは他の女の子も同様らしく、彼等を遠巻きに見ている視線は一応に冷たい。

「女には、そうだろ。ただ、男には多少なりとも影響がある。中には勘違いして、支持する奴も出てくるさ」

 女性からの支持を取るか、男の子からの支持を得るか。

 どちらにしろ誉められた行為ではないし、それ程先があるとも思えない。

 少なくとも私は、彼等に将来を作る気はない。

「玲阿、お前はどう思う」

「生徒に危害を加えない範囲なら、いいんじゃないですか。俺の責任もあるみたいだけど、そこまで考える余裕もないし」

 ただ聞くと、他人事のような答え。 

 しかし彼の性格を知っていれば、そうは取らない。 

 別にあの男達を全員叩きのめすという訳でもない。

 私自身上手く伝えられないが、彼はそんな軽い人間ではない。

「好きにしろ。あのくらいは、別に気にする程でもない。ただお前がどうかと思ってな」

「俺はいいんですけど。放っておくんですか」

「馬鹿が騒いでるだけだ。相手をしたいなら、それでもいいぞ」


 中央には例の男。

 その周囲に、警棒を腰に提げているのが何人か。

 後は素手の者が大半だが、銃を担いでいる奴もいる。

 それが気持ちを高揚させるのか、熱意や熱気は感じられる。

 だからどうという訳ではなく、大した威圧感も感じない。

 またこの程度の相手に慌てるようなら、私はガーディアンをやっていない。

「あっ」 

 誰かの叫び声。

 見えたのは、教棟から飛び降りた人影。

 不意を突かれ、警棒と銃を振り回す男達。

 だが人影は器用にその間をすり抜け、棒立ちになっていた例の男の前へと立った。

 ジャブとローのコンビネーション。

 あっさりと膝を折る男。

 人影は飛びかかってきた男の肩に飛び乗り、後方宙返りをして人垣を飛び越えた。

 太陽の日射しに消えるその姿。

 華奢なシルエットと、しなやかな動き。

 微かに見える髪がなびき、燐光を後ろへたなびかせていく。

「こんにちは」

 私達の目の前に舞い降りる柳君。

 いつも通りの、可愛らしい笑顔で。

 さっきのとてつもない動きをした同一人物とは、とても思えないな。

「何してるんだ、お前」

「あ、忍者さん」

 忍者さん呼ばわりされた塩田さんは、露骨に嫌そうな顔をして柳君を睨んだ。

「俺の事はいい。今は、お前の事を聞いてるんだ」

「玲阿君に勝ったっていうから、どのくらいかと思って。でも、全然駄目だね」

 可愛らしい声で、厳しく告げる柳君。

 ただしそれは私も、意見を共にする。

「弱いとは言わないけど。あの程度もかわせないなら、大した事無いよ」

「普通、人が飛び降りてくる事を想定するか。それに、どこから飛び降りた」

 指差される教棟の高い位置。

 三階の窓と、学内的には言われている。

「芝生だし、大丈夫だよ」

「雪野みたいな事を言うな。……と、変なのが来たぞ」

 睨んでいる私にではなく、さっきの男達を顎で示す塩田さん。

 端的に言えば、小馬鹿にされた状況。

 しかしあれだけの動きを見せられては、襲いかかってくる事も出来ないらしい。

「しょぼい連中だな」

 向こうに聞こえるくらいの声で笑う塩田さん。

 それにはさすがに、素早く反応する。

「あんた、何挑発してるんです」

「暇なんだよ、俺。たまには体を動かさないと」

「議長の仕事は」

「元野と木之本がやってる。俺も卒業だし、仕事はどんどん後輩に任せないとな」

 昔から後輩に任せておいて、何を言ってるんだか。

 それにこの二人も、武器を持ってる集団が近付いてるのに緊張感の欠片もないな。

 私達も含めて。


「待ったっ」

 その緊迫した状況を打ち破る、良く通る声。

 映画なら間違いなく、ヒーローの登場するシーン。

 しかし、今は現実。

 例の銃を担いだ風間さんが、二階から飛び降りて来ただけだ。

 そういえばこの人、F棟の隊長だったな。

「誰だ、暴れてる奴は。そういう奴は、この俺が」

 構えられる銃。

 ただし腕前は知っているので、彼等より先に私達が逃げる。

「おい。俺はお前達を助けようとしてだな」

「分かったから、銃を置いて下さい」

「ああ?」

「ああじゃないでしょ。貸して」

 その後ろから現れ、強引に銃を取り上げる石井さん。

 でもって何をするのかと思ったら、それを構えていきなり発砲した。 

 足元で飛び散るゴム弾。

 一斉に仰け反る男達。

 この人達、無茶苦茶だな。

「遊びは終わったから、解散して」

「何だと?」

「解散、させて欲しいの?」

 優しく微笑む、穏やかな笑顔。

 辺りに漂う、言いしれない威圧感。

「ちっ。貴様らも、覚悟しとけよ」

 陳腐な捨て台詞を残して去っていく男達。

 それに伴い野次馬も、自然とこの場を後にする。 

 残ったのは私達と、銃を構えた石井さん達だけとなる。

「あなた、可愛い顔してるわね」

 柳君へ視線を向ける石井さん。

 池上さんがたまに見せる、お姉様っぽい顔で、 

「悪くないけど。小泉には負けるね」

 そう言いながらも、うっすらと頬を染める土居さん。

 何、勝手な話をしてるんだか。

「二人とも、全然分かってないわね。柳君の方が可愛いに決まってるじゃない」 

 柳君の肩をペシペシ叩き、彼の顔を見上げる。

 繊細で甘くて、少し長めの柔らかそうな前髪が目元に微妙な影を落としている。

 何というのか、くらくら来そうだな。

「あなたには、小泉君の良さが分からないのよ」

「あの人も悪いとは言わないけど、ただひょろっこいだけじゃない」

「あ、あの。雪野さん。僕の事は放っておいていいから」

 顔を赤くして、逃げたそうな素振りを見せる柳君。

 どうしてこの子達は、こう奥手というか自分に自信がないのかな。

「だったら、ファンクラブでも作ったら」

「私はもう、一つ入ってる」

 財布からカードを抜き出し、石井さんに見せる。

 サトミ私設ファンクラブの会員証を。

「馬鹿じゃないの」

 冷静に指摘してくる土居さん。

 いいのよ、そんなのは私も分かってるんだから。

「本当にこういう事をしてる子がいるのね。いや、そうでもないか」

「何の話?」

「一度、沙紀ちゃんに聞いてみたら。色々面白い事を知ってるから」



 受付をパスし、広いロビーを見渡す。

 何というのか、ここだけで私達のオフィス分はあるな。

「どうかしました?」

 ちょこちょこ歩いてくる渡瀬さん。 

 私もちょこちょこ歩き、距離を詰める。

 自分達にそのつもりはなくても、足が短いのでそうなってしまう。

 本当に、何とかしてよ。

「えーと、あれ。足が長くて、背も高くて、胸も大きい子いる?」

「大抵の人は、私達より長くて大きいですよ」

 同じ事を考えていたのか、薄い笑顔で説明する渡瀬さん。

 私もため息を付き、近くにあったソファーへ腰を下ろす。

 何か、一気に疲れが出てきたな。

「渡瀬さんも、浴衣着るの?」

「ああ、秋祭り。着たくないんですけどね。オチが分かってますし」

 気だるげにソファーへ崩れる渡瀬さん。

 私もソファーに伏せ、二人並んでうーうー唸る。

「何してるの」

 やや低めの声。

 顔を上げると、沙紀ちゃんが腰を引き気味に私達を見下ろしていた。 

 仕方ないので体を起こし、無い胸に軽く触れる。

 本当、ここまで来ると笑えるな。

「何でもない。それより、ファンクラブって」

「知らない」

 押し被せるように返事をしてくる沙紀ちゃん。

 引き気味どころか、逃げ気味にも見える。

「そんな事、どうでもいいじゃない」

「まあね。でも柳君より小泉さんの方がいいって、石井さん達が言うからさ」

「当たり前でしょ。そんな事、議論の余地もないわ」

「同感です」 

 何だ、この子達。

 よく考えればここは、北地区の巣だったな。

 どうも、聞く相手を間違えたようだ。

「そんな事より、F棟で暴れてた連中はどうした?」

「石井さんが、例の銃で追っ払った」

「あの人は、また。銃の配備は、やっぱり見合わせた方がいいみたいね」

「特に、風間さんにはね」

 何が危ないって、あの人に持たせるのが一番危ない。

 というか、あの人自体が。

 そう考えると、塩田さんはいい先輩に思えてくる。

 あの人もふざけている面はあるが、限度を知ってるし冷静だ。

 何より、自分を見失う事がない。 

「風間さんは風間さんで、色々考えてるのよ」

 言い訳めいた口調。 

 渡瀬さんは言うだけ無駄という顔で、首を振っている。

「困った人だね。どうして、F棟の隊長なんてやれてるんだろう」

「ケンカは強いですからね」

「ショウよりも?」

「玲阿さんには敵いませんけど、負けるとも思えません」

 禅問答のような答えをする渡瀬さん。 

 ただ、彼女の言いたい事は何となく分かる。

 以前沢さんが言っていた、ショウの弱い部分。

 もしくは甘さが、風間さんには無いんだろう。

 とはいえ私は、その甘さが彼の良さとも思っている。

「でもあの馬鹿連中、男には人気があるみたい。ショウに勝った男」

 ソファーを叩き、もう一度叩く。

 もう一度。

 今度は、私が叩かれた。

「備品だから、止めて下さい」

 後ろから、バインダーを持って現れる神代さん。

 じゃあ、私の頭を叩くのも止めてよね。

「あなたは、あの馬鹿を見てないからそういう余裕をかましてられるのよ。あの馬鹿はもう、うー」

「ちょっと、止めてって。ど、どこを」

 神代さんの綺麗な太ももを軽く撫で、素足の感触を楽しむ。

 少しだけ、気が楽になった。

 彼女の気持ちはともかくとして。

「あーあ、面白くないな」

「同感ですね」

 陰険に応じてくる神代さん。 

 いいじゃないよ、太ももくらい。

 私なら嫌だけど。

「神代さんも、浴衣着るの?」

「ええ。命令なので。どうせ似合わないし、嫌なんですけどね」

 大きな胸を抑え、ため息を付いた。

 へん、自分を知らない子だな。 

 私が彼女なら、着るなと言っても着るけどな。

「沙紀ちゃんは?」

「どうかな。現場に出る訳じゃないし。私は本部担当なの」

 どこかで聞いた話だな。

 確か、ケイは本部に詰めっきりあったはずだ。

「ふーん。へー」

「な、なによ」

「別に。ねえ」

「さあ」

「何が何だか」

 小首を傾げる二人。

 何だ、この子達知らないのか。

「あのね、沙紀ちゃんはね」

「これ、食べる?」

「食べる」

 差し出されたたこ焼きを頬張り、お茶をすする。

 ここは天国か、そこに近い島だろう。

「雪野さん、今の話は?」

「先輩」

「沙紀ちゃんはスタイルが良くて可愛くて、性格もいい」

 たこ焼きで懐柔しようとする方もあれだが、される方もどうかしてる。

 でもいいか、美味しいし。

「はは、秋祭り」

「自分一人だけじゃない。あたし達にも下さい」

「だってさ。沙紀ちゃん、何か無いの」

「お好み焼きと焼きそばなら」

 出てくる食べ物。

 本当に、プレ秋祭りだな。

「屋台を出す生徒が、試食用に作ってる分。夜食用にと思ってたんだけど」

「いいじゃない。こういうのは、大勢で食べるから美味しいんだって」

「あのね。私一人で食べる訳じゃないのよ」

 全然話を聞かず、焼きそばをすする。


 決して豪華ではない、量も多くはない。

 でもこうして笑い声があり、笑顔があればいい。

 一足早い秋祭り。

 その盛り上がりは、本物と何一つ変わりのない。





        







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