22-3
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「玲阿君は」
「私は、あの子の親じゃないの」
「じゃあ、なんなの」
人の顔を覗き込んでくる池上さん。
髪を人の顔に垂らしながら。
「なんだろう?なんだと思う?」
「教えて上げようか」
「え」
戸惑う私、笑う池上さん。
彼女に見つめられたまま、じりじりと下がる。
「彼氏と彼女」
ぽつりと呟く舞地さん。
どうしてみんな、そういう事を言うのかな。
私はよくても、ショウがどうか分からないんだし。
私は私、彼は彼。
そう言われるのは恥ずかしくても嬉しいけど、でもだからって。
「何をにやにやしてる」
「誰が」
「分からないならいい。お茶」
「お嬢様がお茶をご所望ですよ」
顔の横で手を叩き、ウェイターを呼ぶ。
少しして、愛想の欠片もない男がトレイを持ってやって来た。
「私、コーヒーが好き」
「じゃあ、結婚しろ」
怖い顔で、面白い事を言ってきた。
仕方ないか、紅茶も好きだし。
「聡美ちゃんは?」
「出来のいい人は、何かと忙しいようです」
彼女のスケジュールを、端末に表示させるケイ。
連合から、予算編成局で中部庁の関係者と懇談、その後学校の事務局とカリキュラム変更の会合、図書センターで本の購入選定……。
「やれるのか、こんな事」
「何しろ、天才美少女ですから。このくらいは平気でこなしますよ」
誉めてるのかどうか分からないが、ケイはなおも続くスケジュールを消してあられをかじった。
名雲さんは感心しつつ、ロールケーキをかじった。
カットしてない物を、そのまま。
野性的とも、馬鹿げてるとも言える。
「あいつって、本当に高校生か?」
「お兄さんに比べれば、可愛い物ですよ。二十歳を少し超えたところで、もう助教授ですからね」
「そういうあだ名じゃなくて?」
「研究室も持ってますよ。中央政府からの補助金ももらってるし、企業からは共同研究しようって言ってきてるし。外国の大学から、教授として迎えたいって誘いもあるとか」
遠い、別な世界の話。
とはいえサトミもお兄さんとは、能力的にさほどの違いはない。
こういう事を聞かされると、彼女のすごさを改めて実感させられる。
「あなたのお兄さんも、院生でしょ」
「学歴は。人間としては、ともかくとして」
人間として駄目なのは、自分の方じゃないのか。
下らない話をしていると、ドアがノックされた。
ショウの件もあるので、慎重に対応した方がいいだろう。
「柳、ドアを開けろ。雪野はドアの後ろに。舞地と池上は、一旦下がれ」
素早く指示を出す名雲さん。
ケイはと思ったら、一足先にキッチンへ逃げていた。
ただ彼の場合は指示を出さなくても動くので、そのままにする。
いざという時、キッチンへ隠れた彼が切り札にもなるんだし。
「どうぞ。開いてますよ」
柳君へ合図を出し、ドアを開けるよう促す。
それに応じ、ゆっくりと開いていくドア。
スティックへ手を触れ、腰を落とす。
室内に走る緊張。
はやる気持ちを抑え、意識をドアへと集中する。
「あの」
怯え気味に入ってきたのは、大人しそうな女の子。
後ろにも何人かいるが、彼女達から危害を加えるという意思は感じ取れない。
もしその気だったら、相当の手練れだろう。
「あの」
「はい」
見つめ合う私と彼女。
何故か、さっきとは違う感じの緊張感が間に走る。
というか、彼女の緊張感が伝わってくる。
「あの。玲阿君の具合は」
やはり、そう来たか。
女の子の集団という段階で、怪しいとは思ってたんだ。
塩田さんの言ってた通りだな。
負けようが勝とうが関係ない。
要は、ショウさえいればいい。
ただ、その気持はよく分かる。
自分の事のように。
「あ、あの」
「え?ああ、そうか。えーと、あれ。打撲で発熱、全治2週間」
なんか事務的だが、こう何度も聞かれては仕方ない。
いっそ、号外をばらまいた方が早くないか?
「学校にもその内来るよ」
「あ、あの。お見舞いって」
「止めた方が無難かな。その辺は、学校に出てきたら考えて」
私が説明する事でもないが、私が一番事情に詳しいようなので。
しかしこの調子だと、まだ聞きに来そうだな。
何となくキッチンへ目をやると、ケイが小さいカードを振っていた。
その意図をすぐに汲み、彼女達に向き直る。
「えーと、あれ。学校へ来た時に時間を作るから、その時彼に会って」
「あ、はい。い、いつ来られます?」
何語だ、来られますって。
いや、日本語だけどさ。
「後で連絡するから、ここに名前とアドレスを書きなさい」
ペンと紙を差し出す池上さん。
奪い合いはしないが、素早い動きでそれを受け取り書き込んでいく彼女達。
妙に物静かで整然としてるだけに、逆に怖いな。
「金品と高価な物は厳禁。生ものも避けて。いいのは、短い手紙かな」
「は、はい」
「詳細な注意事項や聞きたい事があったら、ここへ連絡して。はい、解散」
手を叩く池上さん。
弾けるように飛んでいく女の子達。
お見舞いの品でも探しに行ったか、作りに行ったのだろう。
「こんな感じでどう?」
「いいんですけど、俺を窓口にされても」
卓上端末を起動させ、文面を作り出すケイ。
内容は、さっき池上さんが説明したのとほぼ同じ。
やがてそれが大きめのポスターとなり、プリンターから出てきた。
日時未定、雨天決行。
ルールを守って、楽しくお見舞い。
……楽しいお見舞いってなんだ。
「整理券が必要だな。……木之本君?……発券機持ってる?……悪い。……うん、また後で」
「あの子、そんなの持ってるの?」
「借りてきてくれるって。どうしてああ、人がいいんだか」
わざとらしく首を振るケイ。
本当、あの子の来世は今の時点で保証されてるな。
「何か送られてきたわよ」
「小包?」
一斉に睨まれた。
冗談を言っちゃ駄目なのか。
「メール。ビデオね」
映像を、モニターの方へ映す池上さん。
少しして、画面に人の姿が現れた。
「ショウ?」
やや粗めの画像だが、体格や雰囲気でそう判別出来る。
見たところ、学内ではなく路上。
それより目を引くのは、彼が構えているところ。
横へ流れる画面。
おそらくは、彼と対峙している人物。
細身だが、長身の男。
にやけた感じで、あまりいい印象を与えない。
拳を繰り出す男。
画面が引かれ、ショウが打たれながら下がる。
胸の中に沸き上がる違和感。
無造作なハイキック。
それを受け、あっさり地面に倒れるショウ。
映像は、そこで終わる。
「何よ、これっ」
モニターに飛びつき、ガンガン叩く。
このっ、このっ。
「馬鹿馬鹿」
「それは自分だろ」
後ろから聞こえる呟き。
今度はそっちへ飛んで、ガンガン叩く。
さすがに舞地さんではなく、机を。
「落ち着いてると思ったら、いきなり暴れて」
「だって、あんなのを見て落ち着いてられる?あーっ」
もう一度机を叩き、がたがた揺する。
とにかく、何かをしていないとどうかなってしまいそうになる。
舞地さんの言う通り、さっきまでは冷静だった。
客観的に考えていた。
ショウが負けた事、怪我をした事を。
そういう事もある、彼もそれ程落ち込んではいない。
私が騒ぐ必要もないと。
でも実際にああいう物を見せられると、そんな物は全て飛んでいく。
悔しいし面白くないし、怒れてくる。
自分の事では無いが、もしかするとそれ以上に。
「誰、これ誰っ」
「知るか」
面倒げに顔をそむけるケイ。
その冷静さがまた、私の怒りに火を付ける。
「うー、あー。わーっ」
その辺を叩きまくり、とにかくストレスを逃がす。
もう、叩いて叩いて叩きまくる。
「痛っ」
私の頭も叩かれた。
何するのよ、もう。
「落ち着きなさい」
ため息混じりに見下ろしてくる池上さん。
しかしこの程度で収まる訳もなく、うろうろ歩きながら太ももを叩く。
なんか、鼻も出てきた。
鼻をかみ、お茶を飲んで。
また叩く。
「もう、聡美ちゃんを呼んで。私では止められない」
「廊下に放り出せ」
「ああ?」
舞地さんを睨み、うーうー言いながら外に出る。
少し楽になった。
あくまでも、体調が。
人の視線はともかくとして。
「雪野さん」
「ああ?」
びくっとして後ずさる小谷君。
何を怯えてるんだ、この人は。
「済みませんでした」
「どうしたのよ」
「いや。機嫌が悪そうなので。誰かに、閉じこめられました?」
少し離れた所にある、私が出てきたばかりのトイレを指差す小谷君。
私はいじめられっ子か。
「そうじゃないわよ。ショウが負けたから」
「雪野さんは気にしてないって、話には聞いてたんですけど。違ったんですね」
別に違わなくはないけどな。
苦笑気味だった小谷君はこちらを見つつ、少しずつ距離を開けていく。
表情を強ばらせつつ。
「俺に怒られても」
「別に、怒ってない」
「だったら、壁を叩かないで下さい」
誰がと返す前に、一応は壁へ目を移す。
私の拳がぶつかる位置にある壁へと。
「痛くないんですか」
「さあ」
拳はうっすら赤くなっているが、痛みはあまり感じない。
殴るコツもあるし、余程アドレナリンが出てるんだろう。
「あいつ、あいつは誰」
「さあ。誰を差してあいつと言ってるのか、俺には全く理解出来ませんから」
冷静でもっともな台詞。
私は壁を叩き、彼に応えた。
「え?ああ、玲阿さんに勝った奴の事ですか」
「そうよ」
分かってるじゃない。
というか、分かってくれたんだろうけど。
もうなんというのか、じっとしていたら爆発しそうだ。
今でも、小噴火はしてるにしても。
「手がかりはあるんですか」
「端末に、映像が送られてきた。小谷君は?」
「俺の所には、何も。要所要所へ送ってるんじゃないですか。送り主は、報道部?」
「それは無いと思う。怖いお姉さんが釘を差してるから」
だったら誰がという話だが、それを考えるのは私ではない。
私はもっと、他にやる事がある。
「うー、あー」
「なんです、それ」
「何が」
「いや。分からないなら、構いません。俺がどうかしてたみたいです」
やるせないため息を付く小谷君。
訳の分からない子だな。
「自警局で犯人を捜して」
「そういう、個人的な問題では動きませんよ」
「パワーバランスはどうするの」
「難しい事言うんですね」
少し見直したという顔。
でもって誤解を解くと、やっぱりなという顔をする。
安心してるようにも見える。
私は、難しい事を言っちゃ駄目なのか。
「学内のパワーバランスは理解しますけど。それに俺は、人捜しは得意じゃないので」
「あ、そう。じゃあ、武器貸して。この前の銃がいい」
「雪野さん、落ち着いて下さい」
「落ち着ける訳無いでしょ」
後ろの方から聞こえる、失笑気味の笑い声。
咄嗟に振り返り、背中のスティックを抜く。
「別に、雪野さんを笑った訳じゃないでしょう。……そうでもないのかな」
何人かの、大柄な男。
視線は明らかにこちらへ向けられている。
会話自体は聞こえない物の、口の動きから内容は推測出来る。
この際、私が笑われるのは構わない。
だがその意図が別にあるのなら、色々教えるしかない。
彼がどういう存在なのかを。
その足元にも及ばない私が、代わりになって。
「なんか、楽しそうですね」
私の足元を過ぎていく影。
肌で感じる威圧感。
私に対してではなく、男達へ対しての。
「ケンカする気か」
「悪いかよ」
とてつもない事を言い出す御剣君。
小谷君はため息を付き、肩口のIDを外して壁にもたれた。
「俺は知らないからな」
「なんだ、お前もやらないのか」
「付き合いきれん」
首を振り、窓の外へ視線を向ける小谷君。
彼の立場は十分理解出来るが、今の心情としては御剣君に近い。
「雪野さんも、見てて下さい」
「だって」
「殺す訳にもいかないでしょ。おい、お前ら。こっちこい」
物騒な事をいい、笑い気味に手を振る御剣君。
その意図を察したのか、男達は腰の辺りに手を当てながら駆け寄ってきた。
「言いたい事があるなら、本人に言え。それとも、四葉さんには怖くて言えないか?」
「なんだと。お前、誰だ」
「やり合うのに、名前が関係あるのか」
あごを反らす御剣君。
男達はかなりの大柄。
しかし御剣君は彼等を見下ろし、彼等が取り出した警棒を指差した。
「素手でやれないのか」
「なんだ、びびってるのか」
「今頃謝っても遅いからな」
下から、勝ち誇った視線を向けてくる男達。
自分達の立場を過信し、加虐的な感情を高ぶらせた。
しかし御剣君は仕方なそうにため息を付き、前髪をかき上げた。
「本当逃げたいね」
その言葉を怯えと取ったのか、低い笑い声が上がる。
私も思わず笑えてくる。
さっきの彼等同様、失笑気味に。
「仕方ない」
腰から警棒を抜き、手首を返して伸ばす御剣君。
支給品よりも長く、先端までかなりの太さ。
外見通りの重量でもある。
「来い」
警棒を振りかぶり、一気に距離を詰めてくる男達。
所持禁止の武器を持っているだけはあり、それなりの早さ。
しかし御剣君は微かにも動かず、中段気味に警棒を構えている。
躊躇無く振り下ろされる警棒。
やはり御剣君は、動く気配すら見せようとしない。
肩、そして腕に叩き付けられる警棒。
だがそれは彼等の手を離れ、床へと落ちた。
同時に男達も、手首を押さえて床へと崩れる。
「馬鹿が」
警棒を振り、鞘に収める要領で腰へ戻す御剣君。
彼は男達には目もくれず、警棒の当たった部分を軽く手で払った。
「なんだ、今のは」
呆然とした様子で彼を見つめる小谷君。
今の光景を見てみれば、まるで彼の体が警棒を弾いたようにも思えただろう。
「二手先手でしょ」
「さすが、雪野さん」
警棒に手を触れたまま、御剣君は男達へ視線を向けた。
小谷君も彼の視線を辿り、男達の側に寄る。
「手首を見てみろ」
「赤くなってる」
意味が分からないという顔。
彼に見えなくても不思議はない。
むしろ、見えた人の方が少ないだろう。
御剣君の小手が、男達の手首をいち早く捉えていたのを。
「相手が構えてる時に、素早く打つの。その後で相手が打ち込んで来るけど、手首に力が入らないから警棒は体に触れた衝撃で下に落ちる」
「出来るんですか、そんな事」
「今、見せただろ」
憮然とする御剣君。
彼にしてみれば、自分が疑われたような心境なのだろう。
とはいえ小谷君でなくても、今の行為は理解しにくいと思う。
「一手先を行くのは当然。だから二手先を行くのが、今の技。つまり相手が攻める前に、こっちが攻める訳」
私も、こういう事はやれなくもない。
ただ体力的な事を考え、どちらかといえばカウンターを狙う。
「御剣って名前くらいだから、このくらいは平気でやるのよ」
「ふーん。どっちにしろ、物騒だな」
それもそうだ。
とういうか、これが普通の人の感想だろう。
「御剣君は、ショウがやりあった相手を知らない?」
「知ってたら、ここにいませんよ」
警棒へ触れる指先。
空を引き裂くような威圧感。
精悍な顔が強烈に引き締まり、口元が噛みしめられる。
「そう。とにかく、早まった真似はしないでよ」
「はあ」
「分かってるの」
「は、はい」
がくがくと頷く御剣君。
目には捉えられないくらいの早さで剣を振るい、一瞬にして二人の男を倒した人が。
誰のせいでかは、あまり考えたくないが。
「取りあえず、この男達をどうにかして」
「どうにかって。邪魔だから、どかせばいいんですか」
「その辺は任せる」
間違ってるという視線も感じるが、これでも気を使ってる方だ。
なんなら、今すぐ窓の外へ放り投げたいくらいなので。
うーうー唸りながら、オフィスへと戻る。
後始末を後輩に任せて。
というか、あの連中を見ていたら余計腹が立ってくるので。
いっそ、自分でやればよかったな。
「うー」
「いい加減、落ち着きなさい。それと、相手が誰か分かったわよ」
「誰っ」
露骨に顔をしかめ、私から距離を置く池上さん。
そんな事には構わず、スティックを抜いて室内を見渡す。
「いないわよ」
「分かってる」
息を整え、スティックを机に置く。
今こういう物を持ってると、自分でも何をやるのか分からない。
「なんというのかな。俺達の守備範囲だ」
「やっぱり、傭兵?」
「面識はないが、見たような気もする」
「でも、玲阿君に勝てるとは思えないんだよね」
小首を傾げ、男の静止画像を指差す柳君。
私もその点は、疑問に思っている。
大した事無いストレートが数発と、大きなモーションの回し蹴り。
あの程度で、ショウが倒されるとはとても思えない。
「それはいいとして、今どこにいるの」
「映像をばらまいたんだから、次はその内出てくるだろ。……仇討ちとか言い出すんじゃないだろうな」
「悪いの?」
「お前な。さっきまでの落ち着きはどうなったんだ。それに、これは玲阿の問題なんだろ」
正しく理屈にあった、大人の意見。
しかし私は感情で動く、子供でしかない。
冷静に考えるなんて、結局無理なんだ。
「ただ、僕もこの映像は気になるね」
ぽつりと漏らす木之本君。
発券機らしい機械を調整しながらこちらを見て、彼はモニターを指差した。
「断言は出来ないけど、映像が編集されてる気がする」
「どういう事」
「玲阿君のアップと、相手へのパーンの部分がちょっと不自然に見える。インターセプトモーションって言って、別々の画像を一つに見せるソフトがある。それを使ってるのかも知れないね。一度、確かめてみる?」
文化系のクラブが入っている建物の一室。
大きなモニターと、アンプやスピーカー。
編集用の機械が壁際に並び、モニターの前にはそれを操作するパネルがある。
木之本君はその前に座り、例の映像を再生し始めた。
「これが玲阿君で」
彼が構えているアップ。
すぐに画面が引かれ、その顔にストレートが数発飛んでくる。
再び彼のアップ。
顔は傷付き、腕はあまり上がっていない。
そして画面が流れ、ハイキックを受けてショウが倒れる。
「一コマずつ再生すると」
分割されていく画面。
彼のアップから、引いていくシーン。
小さくなっていく姿。
ただ、多少違和感もある。
「どうなの?」
「間違いなく、編集されてる。玲阿君のアップで一つ。次が、二人が対峙してるシーン。で、もう一度玲阿君のアップ。最後のハイキック。映像としては1つだけど、おそらくこの4つをつなぎ合わせてる」
つまり、その間が存在するという訳か。
彼が負けた経緯も含めて。
「ありがとう」
「いいよ。それより、仇討ちするって本当?」
不安と咎める意識の入り交じった瞳。
それへ曖昧に頷き、机を叩く。
「仇討ちでも討ち入りでも、好きにさせてやれよ」
「あなたは、何もしないの」
「こっちが動かなくても、向こうで動く。それにどうやったか知らないけど、ショウに勝ったような人間だ。慎重になったほうがいい」
あくまでも冷静さを失わないケイ。
ただ、それは彼の考え方。
私には私の考え方、感情がある。
「じゃあ、どうしろって言うの」
「ショウに聞いたら」
それもそうか。
正門を出ていこうとしたら、向こうから近付いてくる人と目が合った。
腕を吊り、頭に包帯を巻いた男の子と。
「何やってるの」
「え、学校に来ようと思って」
ゆっくりと答えるショウ。
今日の授業はもう終わっている。
そんな事は、考えなくてもすぐに分かる事。
普通ならば。
「ちょとっ」
「え」
「先生っ、先生っ」
医療部に飛び込み、目に付いた白衣の人に駆け寄っていく。
「この子、この子診て下さいっ」
「怪我?でも、手当はしてあるみたいだけど」
「なんか変なんです。ぼーっとしてて、学校が終わったのに今頃やって来て」
「分かった。こっちへ来て」
診察室。
彼に幾つかの質問をして、それをカルテへと書き込んでいく先生。
後は瞳を覗き込み、ペンライトを当てて小さく頷いた。
「今飲んでる薬は?」
「あ、はい」
端末を取り出すショウ。
先生はそれをリンクさせ、卓上端末の画面へ目を移した。
「なるほど」
「ど、どうなんですか」
不安と焦り。
足元が今にも崩れていきそうな感覚。
普段とはあまりにも違う彼の行動。
頭の中を悪い事ばかりが駆けめぐり、もう何も考えられなくなっていく。
「特に問題ないよ」
軽い、事務的とさえも思える口調。
それに今度は、頭の中が熱くなる。
「もっと、ちゃんと診て下さいっ」
「診たよ。話してる事に矛盾はないし、身体機能も正常。今彼の飲んでる鎮痛剤は、ちょっと強めでね。気持を落ち着けるというか、今の彼みたいになりやすい」
苦笑気味に笑う先生。
所在なげに、その前に座っているショウ。
そうならそうと、初めから言ってくれればいいのに。
「で、でも。どうして学校に?」
「医療費の保険で、書類が必要だって言うから。ずっと家にいても仕方ないし」
「だ、だったら連絡してくれればいいじゃない。何も、自分で来なくても」
「忙しいと思って」
気を使った、彼らしいとも言える発言。
なんか、私の方がぼーっとしてきた。
「ごほん」
突然咳払いをする先生。
医者なのに、風邪でも引いたのかな。
「君達は、いつまでそうしているのかな」
「あ、他の患者さんが待ってます?」
「それはいいんだけど。その、僕から言うのもちょっと微妙なんだけど」
意味の分からない事まで言ってきた。
先生も、大丈夫か?
診察室を出て、受付へ向かう。
お金を払う必要はないが、治療内容や診断結果をIDへ書き込むためへ。
なんか安心したせいか、鼻が出てきたな。
「あれ」
ここで、ようやく気付く。
私の手が、すぐには動かない事に。
理由は簡単で、ずっと握っているから。
何をって、ショウの手を。
もしかして、正門で会ってから?
医療部までも。
診察中も。
そこから出てくるまで、ずっと。
「あー」
「あ、どうかした」
不思議そうに私を見つめてくるショウ。
手を繋いでいる事には、不思議がる様子はない。
これも薬の副作用のせいだろうか。
それは嬉しくもあり、多少引っかからなくもない。
出来れば副作用も何もない状態で、自然にこうなればと思ってるから。
贅沢な悩みだと、自分でも分かってはいるが。
「こっちの話。それより、大丈夫?薬、少し減らしたら」
「先生が飲めって言うから、その分はきちんと飲まないと」
なんとも生真面目な答えが返ってきた。
薬で体調が悪くなれば、自分である程度調整するのは誰でもやる。
でも彼は、言われた通りの分量をきちんと飲んでいる。
本当にらしいというか、なんというか。
「そんなにきつい薬飲んでるって事は、怪我がそんなひどいの?」
「骨は折れてないから、大した事無いだろ」
普通に答えるショウ。
骨折以外にも怪我の程度は色々あるが、決して軽いとは言えない場合もある。
それが多分、今の彼の状態なんだろう。
「とにかく家で寝てて。書類は、私達で揃えるから」
「え、ああ」
「それに、ここまでどうやってきたの?まさか、車じゃないでしょうね」
「歩いてきた」
冗談を言ってる訳でも無い、いつも通りの精悍で格好いい顔。
いや。見た目はともかくとして、言ってる事は少し頭が痛い。
勿論それ程遠い訳ではないが、今の私でも歩きたい距離ではない。
第一バスがあるし、タクシー代くらいはあるだろう。
「本当に、大丈夫?もう一度、先生に診てもらう?」
「いいよ。俺も、薬でこうなるとは初めに聞いてるから」
それこそ、初めて聞いた。
なんか、心配になってきたな。
「悪いわね、わざわざ」
ため息混じりに出迎えてくれる、ショウのお母さん。
その相手は私にではなく、玄関先でぼーっと立っているショウへだろう。
「どこにいたの?」
「書類と取りに来たって、学校まで歩いてきてました」
「とんだ家出息子ね。姿が見えないし端末も置いていったままだから、少し心配してたの」
小さく漏れるため息。
今度のは間違いなく、安堵のそれだろう。
「あら。二人揃ってデート?」
「どうして」
「手を繋いでるから」
切れ長の綺麗な瞳を、こちらへと向けてくる流衣さん。
いいじゃないよ。こうしてないと、どこへ行くかちょっと不安だったんだから。
「弟さんが、ふらふらしてるからです。自分こそ、どうしてここへ」
「実家だもの。優さんも、ここを実家にしたら」
随分攻めてくるな。
というか、からかわれてるだけか。
「とにかくちゃんと、送り届けましたから。後はよろしく」
「はいはい。ご飯食べていかないの?」
「私はまだ学校に」
時計に目をやり、口をつぐむ。
ガーディアンの終業時間、少し前。
今から学校に戻れば、確実に過ぎている。
「戻らない方がいいみたいです」
「よく分からないけど、ご飯は食べるのね」
「ええ。少なめでお願いします」
みじん切りにしたねぎをサバのみそ煮の上に掛け、炊けたご飯に大葉を振りかける。
後は塩を少し振って、かき混ぜてと。
しかしこのキッチンは、高くて使いにくいな。
ショウのお母さんにとっては、ベストサイズに設計されてるだろうけど。
「はい、出来ました」
鍋の裏をお玉で叩き、終了を告げる。
真っ先にやってきたのは瞬さん。
茶碗と箸を持って。
「カレー?」
「しそご飯カレーなんて、この世の中にはありません」
「残念だな。いいよ、俺は肉があれば」
海藻サラダをボールごと、キッチンからリビングを繋ぐダイニングテーブルへ置く。
瞬さんが、覗き込んでいる目の前に。
「あの。俺、肉が」
「お肉を食べるなら、まずこれだけ野菜を食べて下さい」
「俺は、草食獣タイプじゃないんだけどな」
もそもそとアスパラをかじる瞬さん。
手づかみで食べるな、手づかみで。
「流衣さんは、こっち」
「私、鶏はちょっと」
「低カロリー、高タンパク。野菜ばっかり食べるから細いんです」
鶏の叩きを出して、手も叩く。
意味はない。勢いだけだ。
「蕪のみそ汁と、浅漬け。サバのみそ煮と、山菜の煮付け。スペアリブは、もうすぐ焼けます」
テーブルに料理を並べ、すぐキッチンへ戻る。
オーブンの中。
辺りに飛び散る脂と煙。
覗き窓からその様子を確認し、庫内温度をチェックする。
図式化されるサーモグラフィーの映像。
表面は大丈夫だが、中心部分はもう少しだな。
「どうしたの?」
「世の中、便利機械があるなと思って。うちのお母さんなんて、勘で焼いてますよ」
「私はそこまでの勘がないの。だからこういう物に頼らないとね」
私もお母さん仕込みで、勘を使って焼いている。
勿論こういう機械は便利だが、人の好みまではさすがに判断してくれないので。
細長いナイフでスペアリブを切り分け、ショウの前に一つ置く。
でもって肉を小さいナイフで削いで、箸を添える。
「どうぞ」
「え、ああ」
もそもそと食べ出すショウ。
普段のような勢いはないが、置けば置くだけ食べていく。
「俺も欲しいな」
「どうぞ」
骨の付いたまま、瞬さんの前にスペアリブを置く。
物言いたげな視線を感じつつ。
「俺も、切って欲しいな」
「あなた、そういう趣味があるの」
薄い笑顔と低い声。
背筋の辺りが凍っていくような雰囲気を漂わせての。
「冗談だよ。俺もこっちの方が好きでね」
「戦争中を思い出すから?」
「まさか。あの時は生だし、肉よりもまずは中身を食ってた」
なんだ、中身って。
分かるけど、分かりたくないな。
「お父さん。そういう話は止めて」
「仕方ないな、お前達も。いざという時に備えて、なんでも食べられるようにしておいた方がいいぞ」
「私はかしずかれて生きていくから大丈夫」
優雅に微笑み、小気味いい音を立てて漬け物をかじる流衣さん。
勿論冗談だろうが、雰囲気はまさにそのままだからな。
「お代わりする?」
「え、ああ」
お茶碗を持って、ご飯をよそう。
少なくなっているおみそ汁も、少し。
「冷たいお茶の方がいい?」
「え、ああ」
何を聞いても、同じ答え。
とはいえ食欲はあるし顔色もいいので、心配はない。
「お肉、もう少し切ろうか」
「え、ああ」
「じゃあ、これは下げるね」
「え、ああ」
骨だけになったサバのみそ煮のなれの果てを片付け、スペアリブの肉を削ぐ。
「少し、レモン掛けようか。あっさりして、食べやすくなるし」
「え、ああ」
「ここ、ついてる」
顎の辺りに付いている肉汁をタオルで拭き、グラスにお茶を注ぐ。
「じゃあ、薬飲もうか」
但し書きをチェックして、一つ一つ出していく。
後は水を用意してと。
「後は、熱も測らないとね」
「え、ああ」
耳内式の体温計を持ってきて、耳元の髪をかき上げて耳の穴にそっと入れる。
小さいアラーム音がして、やや高めの体温がディスプレイに表示される。
「食べたばかりだし、心配する程じゃないか。これは病院へ転送してと」
血圧と心拍を簡易モニターでチェックして、そのデータも送る。
でもってお茶を入れて。
少し、汗かいてるな。
「ほら、拭いて」
前髪をかき上げ、タオルで拭く。
首筋の辺りと、鼻の頭も。
「お風呂沸いてるけど、シャワーは無理かな。体拭こうか」
「誰が」
尋ねてきたのは、ショウではない。
じっと注がれる幾つかの瞳。
タオルを取りに行こうとした、私への。
「あ、あれ。違いました?」
「違わなくはないけど。四葉、体拭いてきなさい」
「え、ああ」
のそのそと立ち上がり、右足を引きずりながら歩いていくショウ。
確かに、体くらい自分で拭けるだろう。
もう少し言うなら、顔も自分で拭けるだろう。
これ以上は、深く考えないでおこう。
「さてと、そろそろ帰ります」
「そう。流衣、送って上げて」
「いえ。近くですし」
「子供は遠慮しないの。さあ、いくわよ」
パジャマに着替え、濡れた頭をタオルで拭く。
流衣さんはベッドサイドに腰掛け、学内ニュースをぼんやりと見ている。
「面白いですか?」
「というより、懐かしいわね。昔を思い出す」
彼女はここの卒業生。
私達と年代は重ならないが、在籍したのは数年前。
思い出というには、まだ時が経っていないのかもしれない。
「変わった事もあるし、昔と同じままの事もある。物も、人も」
小さいささやき。
TVの音に掻き消されるくらいの。
彼女が何を振り返り、そうさせているのかは分からない。
だけどその気持ちは、分かる気がする。
理屈ではなく,感情として。
分かりたいという想いも含めて。
「しんみりしてても仕方ないわね。私もそろそろ帰らないと、旦那が焼き餅焼くから」
「風成さんって、そういうタイプでした?」
「女の心情としては、そうして欲しいのよ」
くすっと笑い、耳元の髪をかき上げる流衣さん。
さらっとした髪が流れ、ピアスが照明に淡く輝く。
私とは違う、大人の雰囲気。
きっとこうにはなれないだろうと思える、しとやかな物腰。
「でも、お酒飲んでません?」
「空き部屋あるかしら?」
缶ビールを傾けて、私を見上げてくる流衣さん。
元々落ち着いた性格だし、基本的に大人だと思う。
多分。
「お見舞いはどうしたの」
「行ってきたよ。医療部も行ったし」
取りあえず薬の事だけを告げ、適当に笑う。
手を繋いでた事は、私の個人的な問題だ。
「流衣さんは?」
「私、お酒を飲んじゃって。帰るのも面倒だから」
「風成さんは、よろしいんですか?」
「いいのよ。たまには一人で生きれば」
さっきとは全く違う、突き放した言葉。
とはいえ元々従兄弟だし子供の頃から知っているので、こういう台詞も出てくるのだろう。
「あなた。もう怒ってないのね」
「怒ってもいいけど、今日は色々あって疲れたの」
「四葉の世話を焼いてでしょ」
突き刺さってくる視線。
サトミだけでなく、キッチンから一升瓶を担いできたモトちゃんからも。
「そうなんだ。へえー、はー」
酔ってるのか、この人は。
私の場合は、酔って無くてもこうだけどさ。
「手も繋いできたわよ」
お茶を吹き出す神代さん。
渡瀬さんはつぶらな瞳を輝かせ、手をニギニギしてる。
「ちょっと。あのね。あれは別にそうじゃなくて、あの子がぼーっとしてるから」
「医療部まで手を繋いで来たでしょ。私見てたわよ」
にやけつつ、怖い事を言ってくる沙紀ちゃん。
「ど、どうして医療部にいたの」
「古傷がちょっとね。それとガーディアンの診察記録をもらいに。なんか、先生に噛みついたって話も聞いたけど」
「別人じゃない?」
「小柄でショートで、背中に棒を背負ってたって。そういう人、他にいる?」
一つ一つならいるが、その3つを兼ね備えてる人はそうそういない。
私以外には。
もう一つ付け加えるなら、人に噛みつくというのも。
「あ、そう。で、古傷って何」
「中等部の頃、足に怪我したの。季節の変わり目とかは、ちょっとね」
右足のくるぶし。
微かに見える、細い傷跡。
「先生は、なんて?」
「その、怖いから止めた」
子供じゃないんだから。
体も胸も大きいのに、何を言ってるんだか。
「怪我、ね」
意味深に呟くサトミ。
小さく身を震わす沙紀ちゃん。
「何か、楽しい話?」
そこから何を感じ取ったのか、興味ありげに身を乗り出す流衣さん。
サトミは薄く微笑み、唇に指を当てた。
「内緒です。ただ、ケイが関係してると言うくらいしか」
「ケイ君?あの子に襲われたの?」
「浦田は、そういう事はしません」
妙に力を入れて言い切る沙紀ちゃん。
流衣さんはおかしそうに笑い、こちらを見てきた。
「いいわね。こういう雰囲気って。いかにも学生って感じがするわ」
「流衣さんの時は、違ったんですか」
「私の頃はまだ戦後の名残があったし、学内が多少荒れ気味だったの。勿論、こういう事も無くは無かったけど」
さっきのにも似た、小さなささやき。
淡く、一瞬にして消えてしまいそうな。
「私の昔話をしてても仕方ないわね。誰か、四葉を狙ってる子とかいないの」
「ユウに悪いですから」
名前の呼び方はともかく、一斉に同じ事を答えるみんな。
流衣さんの口から漏れる、明るく朗らかな笑い声。
さっきの切なげな表情と同じように。
昔はきっと、こういう場所でこうやって笑っていたんだと思わせるような。
「だったら仕方ないわね。優さんが、四葉の体を拭くのも」
「ふ、拭いたのは顔だけ……」
そう叫んで、すぐに悟る。
やられたと。
みんなの嬌声を聞きながら。
楽しげに笑っている流衣さん。
私も少し笑い、その場を離れる。
説明は彼女に任せればいい。
切なさを忘れてくれさえすれば、それで。
人の真似をして、渡瀬さんにお菓子を食べさせているのはともかくとして。




