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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
236/596

22-2






     22-2




 翌日。 

 多少複雑な気分で登校する。

 普段より早く目が覚めたので、その分早めに。 

 正門の前。

 少しの人だかり。 

 チラシか何かを配っているようだ。

 これ自体は良くある事で、ファミレスの割引券などは配っているのを見かけたりする。

 ただし今は、そうは思わない。

 思えない、と言った方が正確だろうか。

「号外です。今朝入ったばかりのニュースです」

 報道と、腕に腕章をした男の子。

 彼が配っている号外を受け取り、自分の考えが合っていた事を理解する。

 タイトルはそのまま。

 「玲阿四葉君・敗北。学内最強の座を譲る」

 内容としては、彼が負けた事を大きな文字で書いてあるだけ。

 ただ盗撮したのか、腕を吊ったショウの写真が粗い画像で載っている。

「今日は早いのね」

「自分こそ」

 隣りに並んだサトミへ、下らない号外を渡す。

 彼女も分かっていたとばかりにそれを一瞥し、配っていた男の子へ顎を向けた。

「どうする」

「ショウの問題、と言いたいけど。私はそこまで割り切れない」

「分かった」

 微かに頷き、端末を取り出すサトミ。

 私はその間に、号外を配っている男の子を睨んでその行為を止めさせる。

 言葉を出さなくても分かる事はある。

 例えば自分の身に危険が及ぶ場合は、特に。

「……部長をお願いします。……ええ、遠野です。……すぐに号外の差し止めと回収を。……理由が必要?……分かって下されば結構です。……後で伺いますので、よろしく」

「どうだって」

「報道部が全面的に差し止める。これだけの事だから噂がすぐ広がるにしても、わざわざ宣伝して回る必要もないでしょ」

 鋭い眼差しで、辺りを見渡すサトミ。

 正門前にたまっていた生徒達は、血相を変えて号外を男の子へ返し始める。

 悪い夢。心の中まで、氷に漬けられたかのような顔で。



 教室に付き、少しため息を付く。

 理由はないが、心情的に。

 クラスメート達は普段より幾つもの輪を作り、何やら話している。

 内容は当然、ショウの事だろう。

 それまで止める気は無いし、私が彼らなら同じような事をしてるだろう。

 当然彼等も面と向かって、私達に何かを言う真似はしない。

 それがクラスメートとしての思いやりであり、だからこそ私はこのクラスに留まっている。 

 廊下から届く視線は、いかんともし難いが。

「おはよう」

「ああ。笑ったな、これ」

 机に置かれる、例の号外。

 もう配布はしてないのに、よく手に入ったな。

 ケイは周囲の視線を気にせず、号外を指差して薄い笑みを浮かべている。

「で、実際は?」

「あの子がはっきり話さないから分からないけど、怪我はしてたよ」

「しかし、あいつが負けるか?俺だったら、この状態でも逃げるけどね」

 腕を吊り、体中に包帯を巻いた状態。

 とはいえそれでも、ケイが言う通り彼は戦える。

 腕さえ付いていれば、足が一歩でも前に出るなら。

 精神的にだけではなく、物理的にも。 

 人を倒す事が出来る。

 そのために、彼は日々の鍛錬を積んでいるのだから。

「お見舞いは行った?」

 目の前に現れる、眼鏡っ子。

 清楚な顔に浮かぶ、意味深な笑顔。

「看病は?」

 髪全体にウェーブを掛けた、お嬢様っぽい子が耳に息を掛けてくる。

 くすぐったいよ。

「駄目よ、ちゃんと寝てないと。ほら、私も一緒に寝てあげるから。大丈夫だって。あ、駄目。そんな所」

 身をよじらす、前髪にウェーブを掛けた優しそうな子。

 やってる事は、馬鹿だけど。

「大した怪我じゃないの。打撲で、熱が出てるだけ。すぐ学校にも来るって」

「だからその間に、既成事実を作るんじゃない。あなた、何も分かってないわね」

 朝から怒られたよ。

 それも、下らない事で。

「それとも、お見舞いに行く口実が必要?」

 鋭いな、どうにも。 

 というか、私に何をさせたいんだ。

「体、体拭いてあげなさい。ここはどう?熱い?わ、すごい筋肉。私の胸より大きいね」

 余計なお世話だ。

 そりゃ、単純な胸囲では負けてるけどさ。

「いいから、もう。散って、ほら。先生が来た」

「じゃ、君の健闘を祈る」

「頑張れ、雪野優。やれ、やってしまうんだ」

「いっそ、添い寝したら」

 何を言ってるんだか。

 どっちにしろ、気分は良くなったけどね。

「人の世話を焼く前に、自分達をどうにかしろよ」

 突然頭を押さえるケイ。

 床に落ちた消しゴムを、嫌そうな顔で拾い上げながら。

 女の子達は親指を下へ向けながら、投げて返すよう手を振っている。

「寂しいわね、あなた達」

 余裕で微笑む、彼氏持ちのサトミ。

 そう言った途端、彼女も頭を押さえた。

 さすがにケイの時とは違い、小さな紙くずだが。

 どちらにしろ、投げるには投げてくる。

「ユウ、スティック投げて」

「馬鹿じゃない。よければいいんだって、こうやって」

 手を振って、彼女達に何か投げるよう促す。

 飛んできたのは、小さめの定規。

 それを中指と人差し指で掴み、彼女達へ投げ返す。

「こうやって」

「……そろそろよろしいでしょうか」

 控えめに申し出る、綺麗な顔立ちの女性。

 キータイプの教師とも、この学校では呼ばれている。

「あ、はい。よろしいです」

「しばらく、廊下で立ってなさい」



 昼休み。 

 食堂でおにぎりをかじりつつ、文句を言う。

「あの教師。その内どうにかしたいな」

「あなたが悪いんじゃない」

 相手をしてられないとばかりに、ケーキを綺麗に切っていくサトミ。

 ショートケーキなんだから、細切れにする必要はあまりない

 性格だな、これは。

 あの教師と同じで。

「元気そうね」

「私は」

「はは、なるほど」 

 朗らかに笑い、ケイの隣へ座る沙紀ちゃん。

 いいけど、ちょっと嫌だ。

「玲阿君の調子は?年内は出てこないとか、ICUに入ってるとか。腕を切られたなんて噂もあるけど」

「打撲で、熱が出てるだけ。あの子にしてみれば、怪我でもないってレベル」

「よかったわね」

「え、うん」

 何がよかったのかは分からないが、つい頷いてしまう。

 私をショウの代理とでも思ってるのかな。

 この際、否定はしないけど。

「あなたは、お見舞いに行かないの?」

「弱ってる女の子だったら、今すぐ行く」

 下品に笑うケイ。

 ハゲタカじゃないんだからさ。

「気にならない?」

「友達として?自警局幹部として?」

「鋭いのね。学内でのパワーバランスを考えれば、勿論気になるわ。ただし玲阿君一人で、全体へ影響へ及ぶとまでは考えない。そこまで個人の影響を受ける程、甘い組織じゃないの。私もね」

 精悍さを増す、沙紀ちゃんの顔。

 彼女もショウの事は友達と思っているだろう。

 でも今のような発言が出てくる。

 広い視野での、現実を見据えた。 

 冷たいとも思える発言が。 

 しかし、考えなくてはいけない事が。

「ただ、玲阿君が負けるかなっていう疑問はあるのよ。あの玲阿君が」

「どの玲阿君でも負けるさ。手を使えば、俺だって勝てるんだし。ただ、今回がどうかは知らないけど」

 鼻で笑うケイ。

 確かに疑問は、そこへ行き着く。

 負けたのは事実として。

 何故負けたのかが。

 沙紀ちゃんの言う通り、あのショウが。



「誰かを人質に取られてたとか。相手が大人数だったとか」

「そう考えるのが、普通よね。本人は、なんて?」

「何も。負けたか言わないの。変なところで頑固というか、口が堅いから」

 言い訳めいた事をしないとも取れる。

 それが良いのかどうかは、ともかくとして。

「さっき言ってた、パワーバランスって?」

「こういう事」

 ここは、沙紀ちゃんのオフィス内。  

 大きめの画面に、ガーディアンとSDCの組織図が表示される。

「学内で実力行使出来る、二つの勢力。ただしこれは表の面。もう一つは、個人の強さ。これは相手がガーディアンだからとか、空手部だからじゃない。その人が強いからという、純粋で個人的な感情で相手を認める対象」

「それで」

「今までは、それが玲阿君だった。つまりその二つの勢力すら、ある意味対抗できる存在が。ただし彼はガーディアンの枠を越えて動く事はないし、動くにしろそれは誰にでも分かる理由があった。少なくとも、自分の利益のために何かをやる事は無かった」

 一旦言葉を切り、ショウに×を付ける沙紀ちゃん。

 それが胸の中に痛みを呼ぶが、今は抑えておこう。

「彼に勝った人間が名乗り出てきて。俺は学校最強だと言い回る。当然彼に従う人間も出てくるし、それだけの影響力はある。ガーディアンやSDCに対抗出来るだけの、個人的な組織を作るのも可能」

「でも、今まではそうじゃなかった。三島さんにしても、ショウにしても。勝てる人間がいなかった、っていうのが正しいんだろうけど」

 補足するケイ。 

 沙紀ちゃんは彼に頷き、画面を生徒のリストへ切り替えた。

「自警局でチェックしてる、学内での格闘技経験者の上位リスト。つまりこの辺の人間が集まって何かをやれば、大抵の事は出来る訳」

 ショウ、柳君、名雲さん、七尾君、塩田さん。

 一応、私の名前もある。

「ただ彼等は殆どガーディアンで、組織の指示に従うような人達。性格的にも、そういった事は起こさない」

「でも、ショウに勝った人間は分からない。さっき丹下が言ったように、ギャング組織を作るのも可能。あくまでも、理屈としては」

「当然私達はそれを見過ごさないし、対抗出来るだけの物理的な能力を持ってる。個人では勝てなくても、組織力でなら相手が玲阿君でも抑え込むだけの自信はある。逆にそれが出来ないなら、ガーディアンの意味がない」

 冷静に言い放つ沙紀ちゃん。

 それには心情的に納得は出来ないが、当然の考え方であるのは理解出来る。

 相手が誰だろうと引いていては仕方ないし、相手のいかんに関わらずトラブルを起こした人間を制圧するのがガーディアンの役目なのだから。


「何が影響ないだ。あり過ぎだろ」

「組織を運営する立場としては、そう言うしかないの。友達としては、また別よ。あなたは違うの」

「それはショウの問題さ」

 短く切って捨てるケイ。

 沙紀ちゃんは何か言いたげに彼を見つめ、話題を変える合図のように画面へ指を向けた。

「今言ったように、これが上位リスト。つまり、ここにいる人間じゃないと玲阿君には勝てないと思う。だけど、この人達が玲阿君を襲う理由はないでしょ」

「理屈としては。遠野さんは、どう思われますか」

「私は、あなた程ひねくれてないの。それにこの人達が勝てるかどうかも、よく分からないし。ユウはどう思う」

「難しいけど。試合形式というか、純粋にケンカなら」

 まずは、柳君。

 名雲さんでは、ややきつい気がする。

 七尾君も。

 塩田さんは、まず無理。

 御剣君は、有力といえば有力。

 ただ、及ばない点もある。

 技術や体力では遜色ないと思うが、精神的な部分において。

「柳君と御剣君。後の人だと、多分無理。武器を使うとか、不意を突くとかしないと」

「あなたの知らない人とか。格闘技系のクラブでは?」

「思い付くのは鶴木さんとか、右藤さんだっけ。でも、理由がない」

 学校最強という名前を欲する者が襲ってくるのは、日常的な話。

 しかし彼等のレベルはたかが知れているし、武器を使われても同様。

 逆にそれ以外の理由は無い。

 そうなると、鶴木さん達の襲う理由がない。

 右藤さんはそういう事に興味が無さそうだし、鶴木さんは自分の方が強いと思ってる。

「玲阿君は、誰に負けたって?」

「傭兵みたいな気はするって言ってた。でも、そんな強い人間はいないはずなんだよね」

「雪ちゃんは、全員を知らないでしょ」

「まあね。ただ、総じてレベルは高くないって舞地さん達も言ってるじゃない。私も、そういう気がするの」

 林さんや清水さん、森山君達は強いだろう。

 しかし彼等は、おかしな連中とは一線を画す存在。 

 ましてショウを襲う理由がないし、ここにもいない。

「本人に聞いたら」

「誰が」

「さっきも言ってたように、いい口実じゃない」

 おかしそうに、でも暖かく微笑むサトミ。 

 口実も何も、昨日会ったばかりなのに。



「こんにちは」

「こんにちは。わざわざ、悪いわね」

 優しい笑顔で出迎えてくれる、ショウのお母さん。

 昨日も会ったけど、今日も会って悪い理由はない。

「ご飯は、食べてます?」

「食欲は落ちないみたい。動かないから、太るかしら」

 楽しそうな笑顔。 

 息子が大怪我をしていても、それを深刻に捉えている様子はない。

 つまり怪我をする事が当たり前とは言わないが、ここでは日常に存在する事を実感されされる。

「今、話せます?」

「いいわよ。どうせやる事も無いんだから。四葉」

 呼び掛けに応じ、すぐリビングへやってくるショウ。

 広いとはいえ廊下を少し隔てたくらいなので、ある程度こちらの話は聞いていたのだろう。

 未だに腕を吊ってはいるが、頬のガーゼは取れている。

 包帯も、少し減った感じ。

 その分、赤い部分が表に出てきたが。

「大丈夫?」

「ああ。熱も下がってきたし、少ししたらトレーニングも出来る」

 お土産に持ってきた、鳥の蒸し焼きを食べるショウ。

 器用に、左手で箸を使って。

「何してるんだ、お前」

「逃げるんだよ、こいつが」

 ポテトサラダが掴めず、箸だけを鳴らすケイ。

 彼は何も、怪我をしてはいない。 

 使っているのは左手だが、利き手も左手だ。

 ショウとは違って。

「一つ聞いていいかしら」

 上目遣いで尋ねるサトミ。

 ショウは腰を引き気味に頷き、フライドポテトをくわえた。

「相手は誰?どうして、ケンカになったの?」

「ユウにも話したけど、相手はよく分からん。いきなり襲われたから」

 嘘を言ったり、何かをごまかすような感じではない。

 サトミは微かに顎を引き、彼を見つめ続ける。

「あなたが負けると、学内的に影響が大きいのよ」

「俺が?まさか」

 冗談だろという顔で首を振るショウ。

 サトミも首を振り、薄く微笑んだ。

「学内で最強と呼ばれて、それに勝った人間がいる。間違いなくその人物は名乗りを上げて、自分が学内最強だと言って回るわ。当然、その人間に従う者も出てくる」

 沙紀ちゃんが言っていた話を繰り返すサトミ。

 友人としてよりも、彼の学内での影響を重要視した内容。

 しかし、その事を考えなければならない沙紀ちゃんの立場。

 私のように、ただショウの体を心配だけしていればいいのとは訳が違う。

 決して楽しくはないだろう、だけど誰かが考えなくてはいけない事。

 沙紀ちゃんは大人で、自分が子供だと単純に分けられるものではない。

 こういう事があると、はっきりとは言い切れないが。

「それであなたは、やり返す気?」

「どうかな」

 曖昧な発言。

 サトミは瞳を細め、口元を横へ引いた。

 笑ったように見えるが、可愛いと誉められる笑顔ではない。

「いつもはケンカするなって言うのに。なんか、けしかけられてるみたいだな」

「私はいいのよ。あなたが勝とうと負けようと。ただ、今言ったような見方もあるって事」

「それはどうも。とにかく、怪我が治ったら考える」

 気のない、投げやりとも言える台詞。 

 ただし態度としては、普段通りの彼。

 落ち着いて、人のいい笑顔を浮かべて。

「負けて、悔しいとか思わない?」

「思うさ」 

 すぐに返って来る答え。

 それでも、彼の態度は変わらない。

 私には、何となくその心の中が分かるような気がする。


 負けた事実を受け止め。

 それを十分に理解し。

 でもそこでは終わらない。

 悔しさを感じ、自分の至らなさを噛みしめ。

 それでも前を向く。

 今は立ちふさがる壁を乗り越えるために。

 今までと変わらない努力を続けていく。 

 いつまでも……。



「なんか、集まってるな」

 何故か肉の塊を担ぎ、リビングへ入ってくるショウのお父さん。

 別にそれをかじっている訳ではないが、そう見かける姿でもない。

「こいつの見舞いとか」

「ええ、まあ」

「弱いから負ける。それだけさ」

 一言で終わらせる瞬さん。

 お母さんの方は綺麗な眉を動かし、彼を見据えた。

「そういう、訳の分からない理屈を言わないで。子供が怪我をしてるのに、他に言う事は無いの」

「過保護だな」

「もういい。あなたに聞いた私が間違えてたみたい。この結婚も、そうなのかしら」

「怖いよ、お前。こうしてちゃんと、息子を気遣って食べ物を持ってきてるだろ」

 テーブルへ置かれる、巨大な肉の塊。

 霜降りの部分もあり、グラム単価は私より高いかも知れない。

「ユンファさんにもらったんでしょ。大体、どうやってこれだけの量を食べるつもり?」

「朝までは3人だったけど、今は7人になった。残りは、薫製にすればいい」


 マンション近くの公園。

 古ぼけた一斗缶の下を開け、針金を上に通し肉を吊す。

 下にはチップを置き、火を灯す。

 後は缶に開けた穴から煙が出て、いい感じになっていく。

 なんというのか、これだけで十分楽しいな。

「薫製って、時間掛かりません?」

「どうせ暇なんだし、一日番をしてるさ」

 お昼を少し過ぎた辺り。  

 私達は学校を早退してきたから、時間は余っている。

 大人の彼が、どうして時間が余っているかは知らないが。

「シベリアで捕まえた鹿肉を、こうして保存したんだよ。ビタミンを摂るために、生で食べた方が多いけどね」

「美味しいんですか」

「まさか。でも、死ぬよりはましだから」

 嫌そうに笑う瞬さん。

 ショウはぼんやりと、立ち上る薫製の煙を眺めている。

「まあ、負けられるっていうのは贅沢な話さ。戦場で負けてたら、俺はこうして肉を焼いてない」

 一瞬浮かぶ、凄惨な表情。

 彼の言う勝ち負けは、私達が口にするそれとは根本的に意味が違う。

 勝ちは生き残る事。

 負けはすなわち、死に通じる。

「ショウには、何も言わないんですか」

「親が口出しする事でもない。あいつも男なんだし」

 チップの燃える音。

 少しの秋風。

 それに掻き消されそうな程の声。

 恥ずかしそうな、信頼を込めた。

「しかし、こいつが負けるかね」

 相変わらず、ぼんやりと煙を眺めているショウ。

 とはいえ気を抜いている訳ではなく、薬や発熱のせいだろう。

「仕方ないか、弱いから」

 やはり、そう結論づけるおじさん。

 サトミや沙紀ちゃんが言っていたように、高校では最強とも呼ばれている彼。

 しかし玲阿流の中では、下から数えた方が早い。

 特に瞬さんに掛かっては、まさに子供扱いだ。



「薫製は」

「ああ、ちょっと」

 曖昧に答え、一斗缶をベランダへ持って行く瞬さん。

 薫製は、出来たには出来た。

 手元には、どれだけも残ってないが。

「食べたの?あんなにあったのに」

 怒ってるというより、呆れた顔。

 瞬さんは薫製の残りと、お金を添えてテーブルに置いた。

「店でも出せば、意外とさばけるぞ。一度、ユンファと相談してみようかな」

 焼き終わった肉を味見していたら、通りがかりの人が集まってきた。

 気付いたら列が出来て、それを切り分けてた。

 あそこで商売をしていいのかはともかく、需要があるのは十分に分かった。

 私はお母さんと相談して、唐揚げでも売ろうかな。

「路上でいるのは保険所の許可や、衛生法に触れるんでしょ」

「いいさ。こいつの医者代を稼いだと思えば」

「普通に働いて稼いで下さい。四葉、ご飯どうする」

「食べるよ」

 当たり前ですと、お母さんにたしなめられるショウ。

 体を小さくさせ、少し物悲しげに。

 どうしてこの人は、こうなのかな。

「もっと、強気に出たら」

「どうやって」

「ど、どんぶり飯だとか」

 一斉に睨まれた。

 こちらは元々小さいし、睨み返す。

「面白いわね、優さん」

「笑って下さい」

 笑うお母さんとサトミ。

 何を言ってるんだ、この人達は。



 ご飯を食べて寮へと戻る。

 玄関の前。

 日の暮れた空、街灯の明かりに浮かぶ人影。

 壁を脊にし、ジャケットをはためかせ。

 俯き加減の精悍な顔がゆっくりと上がる。 

 闇と照明の間に彩られる、微妙な陰影。

 私を見つめ、柔らかく緩む目元。

「遅かったな」

「は、はい?」

「お前を待ってた」

 小声で告げる塩田さん。

 思わず弾む胸の奥。

 混乱しながら熱くなっていく頭の中。

 その気持は嬉しいし、夢のような事。

 でも私の心の中には、また別な思いが……。

「玲阿の事で、少し話がある」

「ああ、その事」

 一気に冷えていく頭の中。 

 体も冷えてきたのか、鼻も出てきた。

 情緒も何も、あったものじゃないな。

「部屋へ行きます?」

「いや。玲阿に怒られる」

 なんだ、それ。

 別に怒りはしないと思うけどな。

 どうやら、既成事実を作るのは失敗に終わったようだ。


「お茶、お茶。ポテチとチョコとクッキーも。肩揉んで。後はえーと、踊って」

「あなたが踊りなさい」

 人の頭をはたくサトミ。 

 せっかく来てもらったんだから、出来るだけおもてなしをしようとしたのに。

 時間がやや遅いため、ラウンジにいる人はやや少なめ。

 それでも私達の行動が目立つのか、遠巻きに人が集まっている。

 または、塩田さん個人の人気かも知れないが。

「じゃあ、私が肩をお揉みします」

 にこやかに微笑み、塩田さんの後ろに回るモトちゃん。  

 一方の塩田さんは、ため息混じりに彼女の接待を受けている。

「でしたら、私はお酌を」

 お茶を紙コップへ注ぐ沙紀ちゃん。

 両手で、丁寧に、微笑みながら。 

 どうもみんな、嫌みだな。

「誤解されるから止めてくれ。……なんだよ、お前らは」

 カバーに入ったテニスラケットを上下に動かす、神代さんと渡瀬さん。 

 それによって起きる風が、塩田さんへとなびいていく。

「暑いかと思いまして」

「寒いよ」

「止めなさい」

「自分でやれって言ったのに。横暴な先輩だな」

 文句を言う神代さんを睨み付け、渡瀬さんへ上着を持ってくるよう促す。

 全く、世話の焼ける先輩だな。

「誰が上着を着ると言った。しかも、お前のなんて小さくて着れる訳無いだろ」

「そうですよね」

 だったら、走ろうとするな。

 この子の行動も、今いち読めないな。

 それ以前に、指示をするなって話だけど。

「あたし達は何すればいいの」

「黒田節でも舞ったら。酒を飲め飲めって」

 自分でビールをあおる石井さん。 

 土居さんはため息を付き、担いでいたバトンを塩田さんの鼻先へ突き付けた。

「俺が悪かった。もう、許してくれ」

「というか、あんたここで何してるの」

「玲阿の事で、ちょっとな」

「ふーん」

 愛想のない顔に、少し浮かぶ興味の表情。 

 それもかなり好意的な。

「あの、格好いい子?ケンカに負けたって噂は聞いたけど。誰かが、彼に代わって威張りだした?」

「近い内に、そういう事はあるだろ。だから早く聞きたかったんだが、姿が見えなくてな」

 顔を寄せてくる塩田さん。

 それには色んな意味で焦ってくるが、今は楽しくない方の比重が高い。

「その、あれ。お見舞いにちょっと」

「ならいい。怪我の程度は」

「腕は吊ってるけど、軽い打撲です。ぼーっとしてたけど、別に普段通りでしたよ」

「元々、気の抜けたところがあるからな」

 無いよ。

 私の視線から何を感じたのか、塩田さんは一気に体を後ろへ引いた。

「私も、お見舞いに行っていいの?」

 にこやかに尋ねてくる石井さん。 

 私もにこやかに笑い、首を振った。

「嫌だ」

「何よ、それ。駄目だじゃなくて、嫌だって。沙紀ちゃん、怒ってやって」

「仕方ありませんよ。彼女がそう言うのなら」

 何を言ってるんだ、何を。

 遠くの方からも、「やっぱりね」なんて声が聞こえてくるし。 

 とはいえわざわざ否定するのもなんなので、少し唸って我慢する。

「しかしそう考えると、あれだな。玲阿に勝ったからといって、その野郎もそうは喜んでられないな」

「どうして?」

「はっきり言えば、大抵の女はあいつの味方だろ。そいつをあそこまでの目に遭わせたんだから。俺なら、今すぐ夜逃げするね」

「パワーバランスはどうなんです」

 冗談っぽく肩をすくめていた塩田さんは、目を丸くしてまじまじと私を見てきた。

 さながら、初めて見た顔だという具合に。

「私じゃなくて、沙紀ちゃんが言ってたんですけど」

「ああ、そうか。俺はてっきり、別人かと思ったぜ」

「あのですね」

「冗談だ。そういう見方も当然あるが、それは組織としての視点だ。個人の視点はまた別。あいつが勝とうが負けようが、関係ない。誰だって、いい男には甘いって事だ」

 なるほど。

 なんかむかつくけど、そういう事もあるにはあるだろう。

 彼が強いから好きなのではなく、当たり前だが格好いいからファンが多い訳で。

 強いというのはおまけというか、付加価値の一つに過ぎない。

 格好良くて、しかも強いといったくらいの。

 あくまでも格好いいのが主眼であり、強くてしかも格好いいではない。

 私だって、彼に対してそういう見方をしていなくもないし。


「女の子を侍らせて、楽しそうね」

 苦笑気味の口調。

 中川さんは沙紀ちゃんの頭に手を置き、髪を撫でつけた。

「男の趣味を変えたの?」

「あのね。私は別に……」

 一瞬語りかけ、慌てて口をつぐむ沙紀ちゃん。

 中川さんは、引っかけ損ねたという顔で彼女の肩を揉んだ。

「あんた、仕事は」

「後輩に任せてる。塩田君もでしょ」

 モトちゃんへ流れる視線。

 苦労するわねなんて感じで。 

 対するモトちゃんも、仕方ないですよなんて感じに薄く微笑む。

「いいんだよ、俺の事は。好きでやってる訳じゃないんだし」

「また、それ?あなた、そのフレーズが好きね」

 軽くあしらわれる塩田さん。

 私から見れば彼は頼り甲斐のある先輩だが、中川さんにすればまた違う見方をしているのだろう。

 勿論そこには、強い信頼感や仲間としての一体感を感じるにしても。

「これ、上げる。あなたにも、あなたにも。はい、あなたにも」

 そんな経緯を無視するかのように、チケットを配っていく天満さん。

 落ちてるよ、ばらばらと。

「秋祭り・無料券?」

「熱田神宮に人が集まり過ぎるから、学校でもやる事にしたの。儲けは寄付するけど、多少は手元に残るよ。まだ少しは枠があるから、出店するなら早めにね」

 だったら、ショウのお父さんと薫製でも売ろうかな。

 お肉は尹さんから安く売ってもらって、お母さんに仕込みを頼んで。

 サトミに呼び子でもやらせて。

「私は何も手伝わないわよ」

 あっさりと、先手を打たれてしまった。。

 仕方ないな、計画は止めて屋台めぐりを楽しむにしよう。

「塩田君、警備よろしくね」

「元野。頼む」

「分かってます。浴衣の発注はどうなってます?」

「大体揃ってる。予算も組んでもらったし」

 頷き合う天満さん達。 

 かなり、悪そうな顔で。

「ユウも、早く採寸してね」

「何を?」

「女性のガーディアンは浴衣着用なの」

 誰の企画だ。

 なんとなくは思い付くけどさ。

 猫背で、にやにや笑っている男の顔が。

「警備なんてしない。私はたこ焼きを食べる」

「食べてもいいから、警備もして。浴衣は、返さなくてもいいから」

「というか、着たくない」

 私が着たら、間違いなく子供と間違えられる。

 それか迷子だ。

「いいから、決定。天満さん、彼女にはチケットを多めにお願いします」

「いいよ」

 束で手の中に置かれるチケット。

 これを売り捌いたら、結構な額になるんじゃないかと思えるくらいの。

「先輩」

「へへ」

 伸びてくる二つの手。

 仕方ないので少しずつ、神代さん達にも分ける。

 と思ったら、サトミが少し上から取っていった。

 石井さんと土居さんも。

 おかしいな。初めにもらった分より少ない気がする。

「あのね」

「分かった、分かった。雪野さんには、また後で上げるから。お茶とお菓子と、帽子とペンも」

 それは嬉しいが、別にペンは欲しくない。

 もらうけどね。



「あれだ。玲阿と一緒に警備しろ」

「はい?」

「カップルなら、回りに威圧感を与えなくて済む。どうせあいつは怪我してるし、その分はお前がカバーしろ」

「たまには、先輩らしい事も言うんですね」

 くすくす笑うサトミ。

 私の意見はどうでもいいのかな。 

 勿論、嬉しいけどさ。

「元野は、あれ。伊達の知り合いとやれ」

「私は全体の指揮があるんですが」

「それは、浦田にやらせとけ」

 何となく、物言いたげな沙紀ちゃん。

 その辺はまた、モトちゃんと話しあおう。

 いかにして、彼女からケイを引き離すとか。

「遠野はどうする。誰か、いい男を捜すか」

「これでも一応、彼氏がいるので」

「いたな、そんな奴が。じゃあ、馬鹿兄貴を呼べ。全く、どいつもこいつも」

 自分で言っておいて、文句を言う塩田さん。

 涼代さんと別れたので、反動が来てるのかも知れない。

「他にいちゃつきたい奴はいるか。あんたらは」

「私は別に。彼氏もいないし」

「あたしも。1年生でも侍らせる」

「いいね、それ」

 面白そうな。

 いや。不真面目な相談をする石井さん達。

 その辺も、一度モトちゃんと相談しよう。



 翌日。  

 教室でパーカーを脱いでいると、柳君がやって来た。

 私を気にした顔で。

 正確には少し違うのだろうが、外見的には変わりない。

「玲阿君は?昨日、雪野さん達早く帰ったから」

「ごめん。ショウはなんでもない。打撲で、熱が出てるだけ」

 まるで、あの子のスポークスマンだな。

 というか、本人に直接聞いてよね。

「昨日から思ってたんだけど。どうしてみんな、本人に聞かないの?アドレスは知ってるでしょ」

「事が事だけに、少し気後れがね」

 寂しげに笑う柳君。

 そういう物かな。

 それとも私が、早く割り切り過ぎてるのだろうか。

「誰に負けたかは聞いた?」

「傭兵かもってくらいで、本人も分かってないみたい。それにあの子が知ってる人間で勝てる子を上げていったら、柳君とか御剣君くらいだもん」

「だろうね」

 過信でもない。無論、おごりでも。

 冷静な自己分析。

 そして自分が辿ってきた道を振り返って導き出される結論。

 私などは、到底及びも付かない遥か頂を目指す人達の。

「玲阿君は、やり返すって?」

「さあ。あの子は、そういう性格じゃないから。試合で負けたのならともかく、あんまり人を恨むタイプじゃないし」

「ふーん」

 納得半分、意外さ半分といった顔。

 彼にも当然怒りの感情はあり、昨日聞いた通りこの件を悔しいとは思っている。

 ただそれと、相手に復讐するといった感情はまた別にある。

 彼にそういう、陰の面は薄い。

 勿論あるにはあるが、彼を構成する割合としては非常に限られている。

「落ち込んでもないよ。ぼーっとはしてるけど」

「普段からしてない?」

 真顔で言わないでよね。

 ちょっと、不安になるじゃない。

「朝から、どうしたの」

「おはよう。玲阿君の事で、ちょっとね」

「なんでもユウに聞いてあげて。お見舞いに行く、いい口実になるから」

 薄手のジャケットを、背もたれへ掛けるサトミ。

 その内、自分がお見舞いされる身にしてやる。

 というか、今何かお見舞いしてやろうか。


 いらないプリントを棒状に丸めていたら、目の前を影がよぎった。

 この人は間違いなく、陰の部分が濃いだろう。

「おはよう」

「ああ」

 愛想無く応じるケイ。

 それでも柳君は晴れやかな笑顔で、彼の隣へちょこんと座った。

 私の隣りも空いてるよ。

「どうかした?」

「別に」

「そう。てっきり、柳君が座るのを期待してるかと思ったわ」

 どうにも鋭いな。

 いいや、サトミで我慢するか。

「みんなで、ショウショウって」

「ひがんでるの?」

「まさか。一生放っておいて欲しい」

 なんだ、それ。

 本当にひねくれてるというか、分かんない子だな。

 柳君も、こんなののどこがいいんだか。

「でも、ここにいていいの?直属班は待機しないと駄目なんでしょ」

「待機してるよ」

 ケイの横に座ったままの柳君。

 一応、端末は机の上に出してある。

 待機してる、らしい。


 昼休み。

 食堂へ入り、列に並ぶ。

 なんか、周囲からの視線を感じるな。

 私にというか、私の後ろに。

「どこまで付いてくるんだか」

 苦笑するサトミ。

 小さくなる柳君。

 珍しく授業に出ていたのが噂になり、いつの間にか人だかりが出来ていた。

 当然、女の子のね。

「玲阿君って、いつもこうだったのかな」

 はにかみ気味に尋ねる柳君。

 ケイは鼻を鳴らし、IDをカウンター脇のセンサーへ近付けた。

 それで自動的に、フリーランチの一食分が差し引かれる。

「おごってくれるの」

「おい」

「知らない。洋食お願いします。全部、少なめで」

 先に近付けるから悪いんだ。

 何事も、早め早め。

 逃げるのも、早めにね。


「この、この」

 ぶつぶつ言いながら、石焼きビビンバをかき混ぜるケイ。

「怖いよ」

「ああ、俺は怖いよ。おかしいよ」

 とうとう開き直った。

 仕方ないのでお詫びも兼ねて、ロールキャベルをビビンバの上に放り込む。

 洋風ビビンバもいいんじゃないの。

「……なんだ、これ」 

 今頃気付いてる。

 もう私には関係のない事なので、クリームコロッケをちびちびかじる。

「あなたは、何がしたいの」

「ご飯が食べたいの」

 未だに周囲からの視線は感じるが、今は何となく私にも向けられてる気がする。

 私が、何をしたっていうのよ。

「ショウは、ちゃんとご飯食べてるかな」

 サラダを頬張りつつ、何となく呟く。

 怪我をして、学校を休んで。

 その怪我をした原因を、ふと思い出して。

 決して楽しくはない、軽くもない感情。

 でも避けては通れない、彼にしか分からない気持ち。

 今も、これからの事も。

「少なくとも、俺達よりはいい物を食べてるだろ」

 色んな意味で現実的な事を言うケイ。

 昨日会った限りでは、食欲は落ちていなかった。

 それに彼の実家は、裕福な家庭。

 ここのご飯よりは、高級な物を食べられる環境にある。

 私は、こういう普通のご飯も好きだけどね。

「浦田君食べる?」

「え、ああ」

「はい」

 差し出される、エビのテンプラ。

 口元に。

 何となくためらいつつ、しかし口にするケイ。

 辺りから、どよめきに近い声が上がっていく。

「何いちゃついてるのよ」

「駄目かな」

 不安げに聞いてくる柳君。

 潤み気味の瞳で、上目遣いで。

 ケイに寄り添って。

「いや。駄目って訳じゃないけど」

「よかった」

 安堵の声が漏れ、さらにケイへと寄り添っていく。

 本当に良かったのか?

「人の好みって言うのは、分からないわね」

「見た目はヒカルと同じじゃない」

「それは、その。それ以外は、何もかも違うわよ」

「同じ遺伝子なのに?」

 そばをすすったまま止まるサトミ。

 珍しく、サトミを黙らせた。 

 勝ったと言ってもいいだろう。

 今夜は祝杯だな。


「でも、玲阿君が負けるかな」

 苺シューを両手で持ちながら、小首を傾げる柳君。

 しかしこういう事をさせると、どうにも可愛いな。

「負けるときは負ける。今の内に追い込んでみたら」

「手負いの虎の方が、逆に怖いかも知れないよ」

 一瞬すごみのある表情を見せる柳君。

 それが分かったのは、間近に座っている私達くらい。

 体温が下がったのではと、あり得ないと分かっていながら錯覚したのも。

「ドブに落ちた犬は、棒で打てって言うだろ。今の内にあいつを、……なんだ?」

 後頭部を押さえ、辺りを見渡すケイ。

 彼に何かを投げ付けた女の子をすぐに見つけ、そちらに向かい親指を立てる。

 向こうもすぐに、返してくれる。

「こうやって、奴のシンパはどこにでもいる。同情する必要はない」

 もう一度頭を押さえるケイ。

 分かってのに、懲りないな。

「雪野さんは、仇を取らないの?」

「時代劇じゃないんだから。それに私がやるくらいなら、ショウが自分でやるって。あの子に、やる気があるかどうかは別だけど」

「ふーん。でも、相手が誰かは確かめたいね」

 彼の場合はショウの仇というより。

 ショウに勝った相手を確かめたいのだろう。

 その人物の、力量も含めて。


 個人の勝ち負け。

 それが回りへ及ぼす、意外な程に大きな影響。

 私としては、そっとしておきたい気持もある。 

 彼がそれを強く望んでいない今は、特に。

 ただ、その事を利用しようとするなら話は違う。

 学校のためではなく。

 彼のために。

 その身で、償いを受けてもらう。 






    




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