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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
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22-1






     22-1




 キッチンの棚を漁り、中に潜り込む。

 ソース、しょう油、菜種油?

「ネズミでも探してるの?最近は見ないわよ」 

 慌てて飛び出て、椅子の上へ飛び乗る。

 ハムスターは好きだが、ネズミは好きじゃない。

 見た目は同じでも、気分的に別なのよ。

「い、いついたの」

「優がまだ、這って歩いてた時」

「あのね」

「とにかく、ちゃんと整理してるんだから散らかさないで」

 調味料の瓶を並べ直すお母さん。

 というか、さっきと置き場所が違うじゃない。

「こんなワインビネガーなんてあった?」

 手書きのラベルが貼られた瓶。

 するとお母さんは苦笑して、コルクを開けた。

「飲まなかったワインが、いい感じで酸化したの」

「腐ったんでしょ」

「いいのよ。要は同じなんだから」

「味は……、悪くないか」

 程良い酸味とフルーティーな香り。

 オレンジかな、元は。

「レタスでも……。いや、サラダを食べてる場合じゃない」

 まな板の上にあった細切りのニンジンを全部かじり、ワインビネガーを棚へ戻す。

 えーと、どこだっけ。

「だから、何がしたいの」

「パン。パン、パン」 

 言葉と一緒に手を叩く。

 意味はないし、だからこそ面白い。

 多分、私だけ。

「パンなんてあった?」

 笑いもせず、辺りを見渡すお母さん。

 別に私の行動など、珍しくもないとばかりに。

「違う。作るの」

「またそういう事を。生地から作るのって、結構面倒なのよ」

「オーブンじゃなくて、ホームベーカリーは」

「そんな言葉、どこで覚えてきたの。ちょっと待ってなさい」


 キッチンではなく、客間の押入を探し出すお母さん。

 出てきたのは、一抱えくらいの小さな箱。

 炊飯ジャーに見えない事もない。

「買った方が早いし、最近使って無かったのよ」

「じゃあ、使えば。材料は」

「イーストも薄力粉もあるから、すぐ出来るわ」

 さすが料理教室講師。

 イーストが常備されてる家なんて、そうそう無いからね。


「もう終わり?」

「終わり」

 ドライイーストを放り込み、粉を入れて、水も入れて、バターを一欠片入れて。

 ふたを閉めて、スイッチを押して。

 終わりらしい。

「こねないの」

「全部自動なの」

「ふーん、偉いねこの子」 

 ホームベーカリーをペタペタと叩き、小窓の中を覗き込む。

 確かに粉が、攪拌されているようにも見える。

「小人でもいるのかな」

「いるのかもね」

 明るく、優しく言ってきた。

 いる訳がない。

「あ、揺れ出した。はは。何だ、これ」

「優、そういうの好きね」

「面白くない?」

「面白いと言えば面白いけど」

 あっさり認めるお母さん。

 私がこういうのが好きなのは、明らかにお母さんの血だな。

「おうおう、頑張るね。この子、すごくない?」

「あなたの妹にしたら。丸っこいし、似てるじゃない」

 そういう問題じゃないと思うけどな。

 大体この子、女の子か?


 しっとりとした食感。

 程良い塩味。

 きめ細かい舌触り。 

 皮は芳ばしく、白い部分との相性も申し分ない。

「美味しいじゃない」

「洗ったりするから、手間なのよ。それに、毎日食べる訳でもないし」

「じゃあ、私が持って帰る」

「面白いわね、それ」

 笑うお母さん。 

 何だ、それ。

 使ってないような事を言っておきながら。

 本当に、私の妹じゃないだろうな。

「お父さんは」

「ゲームしてるわよ」

 チーズと一緒にパンをかじる、その妻。

 まずは夫に食べさせる、何て気はないらしい。

 というか二人で、殆ど食べちゃったし。



 リビングで、ゲームに勤しむお父さん。

 その隣では、ケイもパットを持っている。

「親父殿。そこはよろしくないですな」

「え?」

 そうお父さんが呟いた瞬間、10人くらいのキャラクターが一気に捕まった。

 慌てて引いていく、残りのキャラ。

 その先には待ち伏せがいたらしく、完全にパニック状態になってちりぢりになっていく。

「何よ、全然駄目じゃない」

「親父殿は、人が良過ぎますな」

 なおも攻め立てるケイ。

 お父さんの陣営は、一箇所また一箇所と拠点を落とされていく。

 彼等がやっているのは、草薙高校陥落ゲーム。

 器用さは必要なく、むしろ裏を掻く事や推測力が重要となる。

 つまり、ケイの得意分野である。

「ちょっと、私も」

「ご随意に」

 平然と答えるケイ。

 大勢のキャラを扱うゲームなので、複数でやった方が役割分担も出来て有利である。

 理屈としては。

「あれ」

 私の動かしていたキャラが、いきなり仲間を殴り出した。

 理由はともかく、裏切ったらしい。

「駄目だね」

 おかしそうに笑うお父さん。

 どうも真剣味に欠けるな。

 勿論、あまり真剣にゲームをやられても困るけど。

「何してるの」

 呆れ気味にリビングへやってくるお母さん。

 サンドイッチを、お皿に乗せて。

 さすがに、二人の分は取っておいたらしい。

「ゲーム。学校を守ってるの」

「珪君が攻め手?」

 言っている間にお母さんもパットを手に取り、正門を守り出した。

「母ごぜも、おやりになりますか」

「おやりになるわよ。……どうして落とし穴があるの」

「ゲームですから」

 穴の底でもがくキャラを見下ろしながら、そこを埋めていくケイのキャラ。

 その間に、塀を乗り越えてわらわらと人間が入ってきた。

「一応アドアイスを致しますと、この際一箇所に戦力を集中した方がよろしいかと。全体にキャラを分散し過ぎて、連携も取れてませんし」

「敵の話を聞けって言うの?うわっ」

 教棟が一つ爆破され、その中にいたキャラが全滅した。

 面白いけど、無茶苦茶だなこのゲーム。



 結果から言えば、負け。

 というか、大惨敗。

 教棟は殆どが爆破か炎上。

 こっちは生徒会長以下、生徒会幹部や生徒組織幹部をかなり拘束された。

 グラウンドにはケイのキャラが整列して、何かを歌っている。

 別に聞きたくないし歌詞も聞こえないが、精神的には非常に苛ついてくる。

「雪野一家は駄目ですな」

 サンドイッチをかじりながら笑うケイ。

 こっちは敗者なので、語る資格はない。

「むかつくな、このゲーム。作ったの、誰」

「初めに作ったのは、戦前らしい。それからどんどん作り替えられて、今はその原型も殆ど残ってないって」

「ふーん。お父さん知ってる?」

「いや。僕の学校が発祥の地ではないみたいだね」

「私も聞いた事無いわ。というか、興味ない」

 鼻を鳴らすお母さん。

 負けたのが、余程気に入らないらしい。

「じゃあ、こういうのはどうです」

 終了されるゲーム。

 映像はスタート画面へ戻るが、タイトルの下にサブタイトルが付いている。

「何、これ」

 キャラクター紹介のページ。

 名前は。

「雪野優って」

「さっきのは、オリジナル版。これは、今年度版」

 画面の中を歩き回る、小さい私。 

 実写ではなく、ディフォルメされたキャラクター。

 しかし他のキャラも映っているが、私のは明らかに小さいな。

「へえ。面白いね、これ」

「そっくりじゃない」

 盛り上がるお父さん達。

 私は、何一つ面白くない。

 でもスティックを背負ってるしショートだし、確かに似てるには似てる。

 それが余計むかつくが。

「他の子もいるの?」

「当然。ちなみに昨年度版だと、屋神さんとかもいる」

 私の隣りに現れるサトミ。 

 長い黒髪と、小さくても分かる端正な顔。

 彼女が歩くと、何故かその後ろを燐光がたなびいていく。

 かなり贔屓されてるな。

 分かるには分かるけど、しかし納得も出来ない。

「作った人に文句が言いたい。どう考えても、間違えてるって」

「間違えてはないよ」

 冷静に指摘するお父さん。

 少しは娘を過大評価してよね。

「ケイ。あなた知ってるんでしょ」

「いいだろ、どうだって。たかがゲームなんだし」

「これは、私の名誉の問題よ。ほら、用意して」

 彼を急き立て、自分は階段を駆け上り上着を取りに行く。

 当たり前だが、燐光なんて夢のまた夢。

 こういう事ばかりしてるから駄目なんだろうけど、こういう事がしたいのよ。


「お待たせ。ショウ、少し出掛けてくるから」

「え、ああ」

 庭から聞こえる声。

 穴を掘らせたら名古屋一なので、後を託す。

 あれだけ深い所にある石は、私達では無理なので。

 別にどかさなくてもいいけど、どかしても問題はない。

「サトミは」

「上で寝てた」

「その内ここに住み着くんじゃないのか」

 冗談っぽく笑うケイ。

 しかし私にとってはかなり真実味がある話なので、曖昧にしか笑えない。

 というかあの子、家に来てから寝る事以外何もしてないな。



 着いたのは学校。

 休日とあって生徒の数は少なく、教職員や出入りの業者の方が目に付くくらい。

 後はクラブ生くらいかな。

「デート?」

「まさか」

「だろうね」

 ころころ笑うニャン。 

 顔に浮かぶ汗、濡れているTシャツ。

 リレー対決は、かなり危ういな。

「どうしたの、休みなのに」

「ユウユウが、ゲームの制作者を教えろって言うから」

「……あなたがユウユウって言わないで」

 嫌そうにするニャン。

 その気持はよく分かる。 

 言われる立場ともなれば、余計に。

「ニャンも来る?」

「私はトレーニングで忙しいの。それより、リレーのメンバーは見つかった?」

「一人だけ。でも、確実に早いよ」

「こっちは4人とも早いの。エントリーまではまだ時間があるから、びしっと決めてよね」

 駆け足で去っていくニャン。

 向こうは陸上部4人なので、早いのは当たり前だ。

「誰か、早い人知らない?」

「知らない。というか、止めろ」

「私に、恥をかけっていうの」

「出た方が恥をかく」

 なるほど、それもそうだ。

 なんて納得出来るくらいなら、初めからリレーに出るなんて考えない。

「特別教棟……。こんな所にいるの?」

「嫌なら帰る。俺も帰りたい」

「いや。あのゲームは、神様が許しても私が許さない」

「神様、ね」

 鼻で笑う彼に続いて、玄関をくぐる。

 ガーディアンがこっちを見てるみたいだけど、気のせいだ。

 今はこんな所で揉めてる場合じゃない。

 結局、どこへ行っても揉めるんだけど。


 連れて来られたのは、情報局のブース。

 情報検索用の端末が何台も並び、休日の今日でも何人かの生徒が熱心に調べ物をしてる。

「あれ。あそこで、教えてる子」

 ケイの指先を辿り、窓際の方へ視線を向ける。

 少しやせ気味の、取り立てて目立つ感じもない男の子。

 向こうもこちらに気付いたらしく、愛想の良い笑顔で近付いてくる。

「何か、調べたい事でも?」

「ゲーム作ったの誰」

「はい?」

「草薙高校陥落ゲームに、クレームを付けたいらしい」

 隣で、苦笑気味にフォローするケイ。 

 私にとっては何一つ笑い事ではないので、彼にゲームを表示させるよう机を叩いて促す。

「あ、あの。少し、お静かにして頂けませんか」

「嫌だ。うー、あー」

「もういいよ。とにかく、どこか個室を貸してくれないかな」


 ボディラインに自動調整される、ゆったりとした背もたれのある椅子。

 壁に掛かった大きいモニター。

 椅子と机を中心とした、リアルオーディオシステム。

 情報を閲覧するだけにしては十分過ぎる広さと設備。

 まずはお茶を飲み、クッキーをかじる。

 ……いや、まったりしてる場合じゃない。

「違うんだって。ほら、あれ」

「指示語で喋るな」

 ため息を付きつつ、ゲームを表示させるケイ。

 分かってるんだからいいじゃない。

「これ、これっ」

「だとさ。何か、自分のキャラが気にくわないらしい」

「かなりリアルに再現したつもりですが」

「リアル過ぎるのが、面白くないらしい」

 中央に登場する、私のキャラ。 

 大きく見えるのは画面のサイズが違うからで、絶対的な大きさは家で見たのと同じ。

 この子、何でお菓子を食べてるんだ。

「ちょっと、これ何よ」

「あ、あの。リアルとは言っても、ある程度ディフォルメすれば個性が出やすいので」

「出さなくていいの。とにかく、直して。もっと背を高くして、胸も大きくして、顔も細くして、髪ももう少し長めにして」

「誰だよ、それ」

 冷静に指摘するケイ。

 いいじゃない、ゲームの中くらいは夢を見たって。

「ポイントがあれば、ある程度は修正出来ますが」

「私のポイントは」

「これですと、服を着替えるくらいは出来ますね」

 この人、私がどうしてここに来たか分かってるのか。


 取りあえず、ロングブーツに履き替えさせてもらった。 

 本当、私も何をやってるんだか。     

「背を高くするには、どのくらいポイントがいるの。というか、どうやってポイントを稼ぐの」

「まずはゲームへの参加。後はゲームに勝つ事。コンピュータ相手でも、人でも構いません。浦田さんは、かなりポイントを貯めてますよ」

「じゃあ、頂戴よ」

「どうぞ、ご自由に。しかしこれ、換金出来ないのかな」  

 取りあえず彼のポイントを譲与してもらい、身長を変えてみる。 

 背の低い私のキャラ。

 画面の中で、小さく跳ねている。

 明るく笑って、元気よく。

「止めた」

「ゲームのキャラに情を移すな」

 少し笑うケイ。

 他の人には分からないくらい優しく、暖かい笑顔で。

 そう。この子は私の分身。

 似てて結構、似てるからいいんじゃない。

「このゲームって、流行ってるの?」

「生徒会内では、人気がありますよ。後は、ガーディアンの方とか」

「ふーん。何が面白いのかな」 

 私としてはもっとアクション性の高い方が面白い。

 こういうちまちましたのは、苛々してくるというか向いてない。

「じゃあ、こっちはどうですか」

 机の上に置かれるゴーグル。

 取りあえずはめてみると、目の前に教棟が現れた。

「キャラの視点で遊ぶタイプです。これは完全にアクションゲームですね」

「動かないけど」

「さすがに、そこまでは対応してません」

 数歩歩いた所で止まり、ゴーグルの画面から透けて見える端末のパットを握り締める。

 そういう事は、初めに言ってよね。


 画面は多少粗いが、配置や雰囲気は学校その物。 

 キャラが実写ではなく、アニメっぽいのがちょっと面白い。

 微かな足音。

 後ろを振り向くと、ケイが付いてきていた。

 彼のキャラが。

「なんか、悪い顔してるけど」

「信頼度はどうなってます」

「32」

「裏切る可能性がありますね」

 素早くスティックを抜いて、彼の肩口に振り下ろす。

 ケイはあっさり地面に倒れ、それっきり動かなくなった。

「おい」

 後ろから聞こえる、無愛想な声。 

 こっちは、本物だ。

「いいじゃない。たかがゲームだって」

「むかつく女だな」

 突然目の前に現れるケイ。

 こっちは、ゲームの方。

 彼もエントリーしたらしい。

「何よ、やる気?」

「いきなり殴られて、黙ってられるか」

「そう」

 まずスティックを連続して突き、彼を壁際まで追いつめる。

 壁に詰めた所で左右から脇腹に打ちこみ、倒れてきた所に前蹴りをかまして窓の向こうに放り込む。

「もうしばらく、黙ってれば」

「面白くない。このゲーム作ったの誰だ」

 何を言ってるんだか。

 ずっとゲームをやっていても仕方ないので、ゴーグルを外して一息付く。

「ちょうどいい。誰か、早い人知らない?」

「連射ですか」

「足よ、足」

「陸上部はどうです?猫木明日香さんなんて、アジアGPに出てますよ」

 画面に現れる、ニャンのレース風景。 

 スタートはいまいちだが、後半の伸びは申し分ない。

 無駄のないフォームとペース配分。

 思わず引き込まれてしまう、言葉にはしにくい独特の雰囲気。

「格好いい……。じゃなくて、この子と勝負するの」

「ゲームで?」

「現実で」

「夢だ、夢」

 鼻を鳴らすケイ。 

 確かに、他人からすればそうだろう。

 今の映像を見ていると、自分でもそう思いたくなる。



 家へ戻り、さっきの自分を登場させる。

 なんだかんだ言って、愛着が沸いてきた。

「情報局が作ってるって事?」

「個人情報が集まる場所だし、ゲーム好きな人間がいたんだろ。よう、石はどうした」

「今、クレーンで外に出した」

 庭を指差すショウ。

 よく見るとロープで縛られた大きな石が、宙に浮いている。

 ちなみにクレーンは小型の組立型。 

 キャタピラも付いていて、自分で移動も可能。

 一見おもちゃだけど、私くらいは簡単に持ち上げる。

 試してみれば、世の中大抵の事は分かるようになっている。

「これ見て、これ」

「ユウ?へぇ、似てるな」

 画面のキャラは、ちょうどお菓子を食べているアクション中。

 変な所で、感心しないでよね。

「あの石、どうして見つけたんだ」

「タイムカプセルが無いかと思ってね」

「埋めたのか」

「埋めた、のかもしれない」

 じっと私を見てくるショウとケイ。

 無言で、真顔で。

「何かを埋めたのは確かなの」

「死んだ猫?」

「あのね。とにかくタイムカプセルって程大袈裟じゃなくて、おもちゃか何かかな」

「あなた、何言ってるの」

 人を真上から見下ろしてくるお母さん。

 とはいえ小さいので、それ程威圧感はない。

「埋めたのは、ドングリでしょ」

「じゃあ、そのドングリは?」

 狭い庭。

 そこに植わっている、二本の木。

 一つは、シベリアから送られた白樺。

 もう一つは。

 ドングリの実がなってるように、見えなくもない。

「おかしいな」

「リスじゃないんだから、埋めた場所を忘れないで」

 もう遅いよ。

「これって、誰が埋めたの」

「まだ純真だった頃の優。前話したでしょ」

 そうだっけ。

 どうやら、それも忘れたらしい。 

「じゃあ、石は」

 クレーンに吊られたままの、大きい石。

 使い道なんて思い付かないし、第一使い道のある石なんて聞いた事がない。

「壊せよ。お前、そういうの得意だろ」

「あのな。空手でやるのはもっと小さい石だし、ああいうのは隙間を作ってそこを利用するんだ」

 石をクレーンから降ろし、頭の上まで持ち上げるショウ。

 その理由は知らない。

 あまり知りたくもない。

「トレーニング代わりに、毎日持ち上げたら」

「誰が」

「誰って。こうやって」

「私に、漬け物になれって言うの」

 サイズ的には私の頭以上。

 とはいえ親近感が沸く訳もなく、どれだけ見てもただの石だ。

 庭石を置く程、風雅な家柄でもないし。



「こんにちは」

 庭から顔を出し、縁側の様子を伺う。

 庭と言っても、我が家とは規模も趣も違うが。

「ああ、こんにちは。どうかしたのかな」

「石を掘り出したんですけど、我が家では使い道がなかったので」

 後ろへ目をやり、ショウを促す。

 額に汗をかいて、石を担いでいる男の子を。

「いい鍛錬だな」

「冗談じゃない。これ、何キロあると思ってるんだ」

 芝生の上に転がされる大きな石。 

 ショウのお祖父さんは腰を屈め、それに手の平を押し当てた。

「割るんですか」

「さすがに私でも、素手では無理だよ。映画のように、都合良くは行かなくてね」

 石の上を滑っていく手の平。

 それが端の辺りで止まり、腰が落ちる。

 小さく欠ける、石の端。 

「四葉。この要領で、丸くしろ」

「はい?」

「掌底で、少しずつ削るんだ。良い鍛錬になる」

「何でもそういう事と結びつけられても」

 文句を言いつつ、手の平を端の辺りへ添えるショウ。

 お祖父さん同様、体重を掛けて腰が落とされる。

 しかし石は欠ける事無く、その勢いのまま傾いた。

「力の入れ過ぎだ。石の形をイメージして、力の掛け方を考えろ」

「はい……」

 静かに頷き、呼吸を整えるショウ。

 石へ付けられる手の平。

 さっきよりも丁寧に、慎重に。

 肌で感じる、彼の緊張感と集中力。

 陽炎のように立ち上る、赤い光。

 それが彼の体へと収束し、腰が落ちる。

「馬鹿者」 

 軽く頭をはたかれるショウ。

 石は削れた。

 砕けた、といった方が正確かも知れない。

 お祖父さんの時とは違い、端の方が拳の分くらい飛び散っている。

「お前は、力の加減が出来ないのか」

「だって」

「とにかく、丸くするんだ」 

 やけに、丸くさせる事にこだわるお祖父さん。

 意味は分からないが、力の加減を覚えるにはいいのかも知れない。

「ユウは」

「やらなくていい。手が切れる」

「俺の手は」

「骨が見えたら考える」

 物騒な事を言い残し去っていくお祖父さん。

 ショウはうっすらと血の滲む手の平を握り締め、その背中を睨み付けた。

 しかしお祖父さんがすぐ振り返ったので、慌てて石に手を当てた。

 で、痛いのか飛び上がった。

 何がしたいんだか。

「大丈夫?」

「え、ああ。骨が折れた訳じゃない」

 皮肉ではなく、普通に答えるショウ。

 この台詞だけで、彼の生き方や考え方が窺える。

「厳しいね。お祖父さん」

「俺が駄目なだけさ」

 謙遜ではなく、本心からの台詞。

 ただそれが嫌みに聞こえないのは、彼の普段の行いを見てるから。

 努力して、汗をかいて。

 届かないような遠い先を、求めている姿を。

 一日だけ、一ヶ月だけなら誰でも出来る。

 でもそれが1年なら、3年ならどうだろう。

 私と彼が出会って5年。

 彼の姿勢は変わっていない。

 何一つ。


「大分、枯れ葉が増えてきたね」

「焼き芋には、まだ早いだろ」

「そうだけどさ」

 熊手で枯れ葉を集め、ゴミ袋へ入れていく。

 しかし、きりがないな。

 やってる間にも、一枚また一枚と降ってくるし。

「何袋たまった?」

「3つ満杯」

 焼き芋には、さして問題ない量。 

 掃除という意味では、話にならないが。

「もう、いい。止めた。捨てられないように、取っておいて」

「部屋に置いておくのか」

 冗談を言ってる顔ではない。

 ここまで行くと、笑えないな。

 部屋が枯れ葉で埋まっている光景は、かなり笑えるけど。


 仕方ないので焼き芋用とラベルを貼り、掃除道具と一緒にしまう。

 一仕事して、少し疲れた。

 ちょっと横になってと。

 柔らかくて、暖かくて、意識が遠くなっていく。

 幸せって、いつも結構身近にあるんだよね……。


 見慣れない天井。

 馴染みのないタオルケット。

 完全に寝てた。 

 サトミの事を笑ってられないな。

「私、どれだけ寝てた?」

「10分くらいかな。ご飯は」

「家に帰る。あそこは、私の家だから」

「当たり前だろ」 

 面白いなという感じで笑うショウ。

 一度あの家での、私の立場を教えてやりたいな。




 夕暮れを過ぎた辺り。

 秋とはいえ、この時間になると風も冷たくなってくる。

 リビングの窓から漏れる、薄い光。

 それに誘われるようにして、窓の中を覗き込む。

 リビングに明かりは灯っていない。

 明かりは、その奥。

 キッチンから。

 何人かの人影。横顔。 

 楽しそうに笑っている家族。

 父親と母親、その愛娘だろうか。

 窓越しにも伝わる温かさ。

 私の胸まで、切なくなるような。

「……ただ今」

 靴を持ち、リビングの窓から家へ上がる。

「嫌だ。ユウじゃない」

 ころころ笑いながら、こっちへやってくるサトミ。

 私の方が遠慮してるのは、気のせいかな。

「庭に穴が開いてたけど、どうしたの」

「大きな石があったから、掘り出した」

「もう、困った子ね」

 人の頭を撫でてくるサトミ。

 出来の悪い妹へ接する態度のように。

 本当にここは、私の家か。


 表札を確かめた限り、「雪野」となっていた。

 少なくとも、名前としては私もここの家族らしい。

「ショウの家に、何しに行ったの」

「石を置きにね」

 意味が何一つ分かりませんという顔。

 説明するのも面倒なので、構わずパスタをすする。

「固いね」

「アルデンテなの」

「私は、ぐにゃぐにゃした方が好きだけど」

 うどんは腰があってもいいが、パスタに腰はそれ程求めない。

 ラーメンなんか、ぐつぐつ煮たいくらいだ。

「唐揚げは」

「もういらない」

「炭水化物だけだと、栄養が偏るの」

 自分の分を、私の皿に乗せてきた。

 タラか。

「フグは」

「釣ってきたら考えるわ」

「免許あるの?」

「当然。あなた、私を誰だと思ってるの」 

 私のお母さんじゃないのかな。

 まさかとは思うが、サトミにお母さんではないだろう。



 ごそごそと押入を漁り、秋物を探す。

 そろそろ、長袖が恋しいな。

 コートはまだ早いか。

 手袋は、まだまだ。

 一通り着込み、ドレッサーでチェックして押入に戻す。

 いいのよ、意味なんて考えなくても。

 取りあえず目に付いた服をバッグへ詰め込み、最後に制服も放り込む。

「旅行でも行くの」

「寮に持って行く分」

「そう。運べるの、一人で」

 アイスを舐めながら、バッグを指差すお母さん。

 別に、そんなに大きくはない。

 いや。私が。

「ちょっと待って」

「いつまでも待つわよ」

 軽口を聞き流し、バッグを担ぐ。

 なんか、右へ流れる感覚。

 咄嗟に足を広げ、左へ比重を掛ける。

 どうにか持ち直した。

 でもって、歩き出す。

 重さでよろけたような気もするが。

「一人で楽しそうね」

「い、いいから。手伝って」

「二人で寮まで運んでいくの?お猿のかご屋みたいに」

 他に言い方は無いのか。

 私も同じような事を、想像したけどさ。



 とはいえ結局、玄関先まではお猿のかご屋にお世話になった。

 それをスクーターの足元へ乗せ、どうにか寮まで持ってくる。

 でもってここから先は、やはりかご屋が必要になる。

「いい所で会ったね」

「そう?」

 私の足元を見ながら、眉をひそめる神代さん。 

 こちらの意図を、素早く察したらしい。

「はい。神代さんは左、私は右」

「あたしは、こういう力仕事は向いてないんだけど」

 文句を言いながら、バッグの取っ手を持ち上げる神代さん。

「よいしょ、よいしょ」

「何、それ」

「掛け声よ。ほら」

「やりません」

 あれ、おかしいな。

 いいや、私一人でも。

「よいしょ、よいしょ。わっしょい、わっしょい」

「馬鹿じゃないの」

「馬鹿結構。ほら、もう少し」

「恥を掻くのも、もう少しかな」

 細かい子だな。

 今さら恥の一つや二つ、どうだっていうんだ。

 人から見られようと、笑われようと。

「楽しそうね」

 壁にもたれ腕を組み、面白いイベントを見つけたという様子で私達を見てくるサトミ。

 手伝うわよとか、大変ねなんて言葉は聞かれない。

「無理に今日運ばなくてもいいでしょ。それに、ショウにでも頼めば良かったのに」

「私は自立する女なの」

「だったら、あたしからも自立して」

 聞こえない振りをして、サトミにドアを開けるよう顎で促す。

 キーは彼女のカードでも開くようになっているので。

「引っ越しでもするの?」

「あそこは、私の家よ。サトミの家じゃないの」

「当たり前でしょ。あなた、大丈夫?」

 怪訝そうに私の顔を覗き込んでくるサトミ。

 誰のせいでと言いたくなるが、いい匂いがするので良しとしよう。  

 へへ、役得だな。

「秋服よ、秋服。神代さんは」

「実家から、送ってもらいます。その時は、お願いします」

「お土産でもくれるの」

 くすりともしない神代さん。

 サトミは聞いてない顔で、人のバッグを漁り出した。 

 自分でも馬鹿馬鹿しくなったので、取りあえずお茶を入れる。

 もう冷たいジュースより、暖かいのが恋しくなってくるね。



 家から持ってきたばかりの秋服で、学校にやってくる。

 以前の秋服より、さらに厚手の生地。 

 ジャケットの襟元が閉じられるタイプで、風が吹いても大丈夫。

「おはよう」

「ああ」

 無愛想に応じるケイ。

 いつもの事とはいえ、この人自分がどこにいるのか分かってるのかな。

「起きてる?ここ、どこだか分かる?名前は?」

 面倒げにIDを放ってきた。

 取りあえず、意識はあるらしい。

「えーと、浦田珪。出身は、旧静岡市。年齢は15才。現在、草薙高校2年生。間違いない?」

「……さい」

「サイの事なんて聞いてない。君は一体、どうしてここにいるのかな?学校に行かなくていいの?」

「うるさいよ」

 怖い顔で睨んできた。

 でも、それ以上は何もしてこない。

 眠くて、何もしたくないらしい。

 じゃあ何で喋ったかというと、余程うるさかったんだろう。

「朝から、何遊んでるの」

「不審者がいたから、事情聴取」

「バケツで水を掛けた方が早くない?」

 冷たく言い放ち、私の隣りに座るサトミ。

 彼女はまだ、薄手の秋服。

 その代わりに、パーカーを羽織っている。

「ショウは」

「石でも丸くしてるんでしょ」

「それって、何かの例え?」

「言葉の意味そのまま。丸くするの」

 自分でも呆れつつ、昨日の経緯を説明する。

 本当かと、自分でも思いながら。


「冗談、でしょ」

「やろうと思えば、私も出来るよ。試してみようか」

「冗談、だろ」

 身を引くケイ。

 私も彼の頭に近付けていた手を引く。

 でもって、二人で笑う。

 彼の方は、若干虚しげに。

「簡単だけどな」

「石を吹き飛ばすのがか。俺の頭を吹き飛ばすのがか」

 陰気に呟くケイ。 

 さすがにそんなのどちらも簡単だとは告げず、筆記用具を並べていく。


 お昼休み。

 何となく周りを見つつ、ラーメンをすする。

 生徒で賑わう食堂。

 食事の香りと笑い声。

 でも、欠けているものがある。

「何やってるのかな」

「寝てるんだろ」

「お昼だよ」

「朝に寝れば、夕方まででも寝られる」

 もっともだが、馬鹿馬鹿しい事を教えてくれた。

 話としては、それも理解出来る。

「でもあの子って、そういう自堕落な生き方をしてないんだよね」

「悪かったわね」

 むっとした顔で焼きそばをすするサトミ。

 そういえばこの子、昨日は夕方まで寝てたな。

「連絡してみれば」

「何て言うの」

「別に理由は必要ないでしょ。風邪引いたのかも知れないし」

「だったら、向こうから何か言って来る気がするけど。仕方ない、サトミが言うから連絡するか」

 本当、仕方ないな。

 誰って、私が。

「……あ、私。……いや、サトミがどうしてもって」

「また。少しは素直になったら」

 人の脇をくすぐるサトミ。 

 それに身をよじりつつ、片手で彼女に対抗する。

「え、こっちの話。……そう。……あ、うん。……分かった。……はいっと」

 通話を終え、水を飲む。

 息を整え、トレイを片付ける。

「どうしたの」

「風邪で、しばらく休むって」

「あいつが風邪?しかも、秋に?女と、いちゃついてるんじゃないのか」

 手首を叩いて、マグカップをひっくり返す。

 むせかえる声が聞けるけど、気にしない。

「ちょっと、見てくる」

「授業はどうするの」

「知らない。代わりに出て」

「じゃあ、私の代わりは誰が出るの……」



 花と少しの果物。

 風邪なら、このくらいでもやり過ぎかなと思う。

 しかし彼が寝込むなんて、あまり記憶がない。

 多少不安に思いつつ、エントランスでインターフォンを押す。

「あら、どうかしたの」

「その。四葉君が、風邪だと聞いたので」

「風邪、ね。わざわざありがとう。上がっていてくれるかしら」


 本当の実家である、高級マンションの一室。

 リビングに入ると、お母さんが出迎えてくれた。

「お花と果物を買ってきました」

「ごめんなさい。本当に、あの子ったら」

 端正な顔を、微かに歪めるお母さん。

 風邪を引いたのは、何も怒る事ではないと思うけど。

「どうかしたんですか」

「私からは、どうとも。優さんから、会ってくれない」

「え、ええ」


 ドアをノックして、少し待つ。

「私。ユウ」

「あ、え?どうして」

「お見舞い。あなたが寝込むなんて、珍しいから」

「い、いや。うつるから」

 咳が聞こえてきた。

 かなりわざとらしいのが、突然と。

 一瞬ケイの話が頭をよぎったが、リビングには薬の入った袋があった。

 風邪ではないにしろ、調子を崩しているのは間違いない。

「開けてよ」

「え、ああ」

 ゆっくりと、遠慮するように開いていくドア。 

 埒が開かないが、病気で力が入らないのかも知れない。

 私もそっと中に入り、不安を感じつつ室内を見渡す。


 相変わらず、物の少ない部屋。

 本棚と机。トレーニング器機と、少しの雑誌。

 後はベッド。

 そのベッドサイドに腰掛けるショウ。

「どうしたの」

 右腕を吊り、頭には包帯、顔にはガーゼ。

 短パンから見える足にも、生傷や包帯が見える。 

「交通事故にでもあったの?」

「まさか。負けたんだよ」

「大食いで?」

「ケンカで」

 何言ってるんだという顔をするショウ。

 ああそうか、などと納得する前に彼へ詰め寄る。

「どういう事」

「どうもこうも。負けただけ。それ以外に、説明のしようがない」

「あなたが?」

「俺だって負ける事くらいあるさ」

 ごく当たり前の事のように語るショウ。

 それは確かにそうだ。

 理屈としては。

 でも私は、信じられない。

 いや。あり得ない。

 彼が。

 玲阿四葉が負けるなんて。

「誰に」

「誰かな。傭兵みたいな気もする」

「曖昧ね。どうしてケンカになったの」

「向こうが突っかかってきて、負けた」

 何度もそれを繰り返す。

 とはいえ、自暴自棄な感じではない。

 あくまでも事実を認め、それを受け止めている。



 彼が負けたのは、本当なんだろう。

 私も少しずつ、それを理解し始める。

 素直にそれを受け止めている、彼の強さを感じながら。






    







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