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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第21話
234/596

エピソードEW4   ~渡り鳥・伊達編~






     渡り鳥




 小さく震える端末。

 ニューオリンズの世界にあった室内は、一瞬にして現世へと引き戻される。

「何か用か」

「愛想がないな」

「お互い様だ」

 伊達は短く答え、相手の笑いを誘った。

「昔話をする程暇ではないと思うが」

「察しがいいな。名古屋の天気は、なんだと思う」

「契約か。それとも、忠告か」

「後者、としておこう。かつての仲間として」

 皮肉を含んだ低い声。

 卓上端末のサイドが小さく点滅し、外部からの送信を告げる。

「という訳で、情報料は安くしておく」

「金を取るのか」

「知っての通り、俺は金が必要な立場にある。それに知り合いとはいえ金を取らない事には、示しにならない」

「分かった。今、入金する」 

 端末に示された通りの額を、指定の口座へ振り込む伊達。

 決して低くはないが、この手の相場としては足が出るくらいだろう。

「それで、俺にどうしろと」

「わざわざ背中を押してやったんだ。草薙高校へ行けばいい」

「俺が動かなくても、向こうでこの程度はあしらえる」

「それは君の考え方だ。後は任せる」

 終わる通話。

 着信履歴に残る、峰山の文字。

 伊達はそれをリセットして、一枚の画像を呼び出した。

 彼に峰山。 

 屋神、林、清水、小泉が映っている。

 草薙高校の正門を背にして。



 翌日。

 再び小さく震える端末。

「随分派手にやったな」

「任されたから、好きにやっただけだ。君に、上手く操られたという気がしないでもないが」

「利害の一致と割り切ってくれ。どちらにしろ、放っておく気はなかったんだろ」

「場合によっては映未、……向こうで先に情報を掴んでる。何せ、情報戦のプロだ」

 静かに、自信と確信を込めて語る伊達。

 そんな彼の感慨に構わず、端末のサイドが点灯する。

「現在の、草薙高校の状況だ。これは、俺からの厚意と思ってくれ」

「新しい情報に書き換えろ、という事か」

「話が早い。向こうにも情報提供者はいるが、多少癖があるし俺の敵の部下なんだ」

「敵が塩田というのは分かる。だが、その情報提供者というのは」

 端末に表示される顔写真とプロフィール。

 伊達は眉をひそめ、その顔を指差した。

「大内の代わりに斬られた彼か」

「君の仲間。舞地さん達や白鳥さん達とも、非常に親しい。籍は草薙高校にあるが、行動原理は傭兵と捉えた方が分かりやすい」

「敵に回るという可能性は」

「君が草薙高校を害しようとしない限りは、むしろ向こうから避けてくる。ただし彼の仲間へ敵意を示した場合は、身の安全を保証しない」

 別画面に表示される、優達の顔写真とプロフィール。

 伊達は一人一人を確認し、智美の部分で指を止めた。

「どうかしたか」

「元野智美という子は」

「塩田の後輩で、実質的に彼女が自警組織を運営している。何がどうという人間でもないが、敵は少ない。知らずに敵までも取り込むような、一番厄介なタイプだ」

「名雲が丸め込まれるとは思えないが。それはあいつの問題か」

 微妙な言い回しをする伊達。

 名雲を心配するとか智美を疑うという事ではなく、彼が付き合っている事に戸惑いを覚えたのかも知れない。

「それと、この浦田君に限らずそれ以外の人間にも不用意な真似はするな。非常に危険だ」

「そういうデータは示されてないが」

「普段なら、普通の高校生と大差はない。ただ浦田君同様、仲間への帰属意識が強い。その辺りを突くと、冗談抜きで地獄を見る事になる」

 嫌な台詞を残し、通話を終わらせる峰山。

 伊達は端末をポケットに入れ、バイクのエンジンを掛けた。



 旧名古屋市熱田区。

 草薙高校近くの、高級マンション。

「お前も物好きだな。放っておいても、そのくらいあしらうだろ」

「情報料を払ったし、多少は働かないと自分でも馬鹿らしい」

「なるほどね。良くやるよ」

 欠伸をして、チャンネルを変える屋神。

 広いリビングの、大きなソファ。

 彼は例によって足をテーブルに掛けている。

「部屋は、ここを使うのか?」

「場合によっては。ただ、一応は仲間の所に泊まるつもりではいる」

「好きにしろ。俺も使ってないし、全部掃除してってくれ。……あ、そうか。カードは塩田に渡したんだっけ。でもあいつも、雪野に渡したとか言ってたな」

 端末を手にした屋神を、伊達は目線で制した。

「何だよ」

「彼等を刺激するなと、峰山から聞いた。それに、巻き込みたくない」

「人がいいな。じゃんじゃんこき使ってやればいいんだ」

 少し笑い、すぐに回りを見渡す屋神。

 さながら、不穏な気配を察したかのように。

「何か」

「いや。身の危険を感じて。盗聴されてる可能性もあるからな」

「誰が」

「さあな。いやいや。雪野達はいい奴だ。そう、あいつらとは仲良くやれ」

 とって繕うように笑う屋神。

 伊達は曖昧に頷き、リュックを背負った。

「取りあえず、学校へ行って来る」

「ああ。それと、雪野達は刺激するな。冗談抜きで死ぬぞ」



 高校内の渡り廊下。

 ゆっくりと、静かな足取りで歩いていく伊達。

 一つ一つを確かめるように、過去を振り返るようにして。

 かつて自分がいた場所。

 仕事として来た。

 だが、きっとそれだけではない場所を。

 人気のない渡り廊下。

 ジャケットの裾を払い、腰のワイヤーを天井へ伸ばして巻き始める。

 すぐに消える、彼の姿。 

 天井とジャケットは同系色で、渡り廊下自体も外光を頼りにしているためやや薄暗い。

 意識しているならともかく、その姿は認識しにくい。

 気配を薄くしている分、余計に。



 医療部診察室。

 治療を終えた医師が、苦笑気味に肩へガーゼを貼り付ける。

「しばらくは、肩を動かさないように。それと痛み止めを出しておくから、ちゃんと飲むように」

「済みません」

「鉄パイプでも突かれたのかと思ったよ」

 カーテンを閉め、診察室を出て行く医師。

 伊達はシャツを羽織り、片手でボタンを止め始めた。

「あなたは、何がしたいの」

 腕を組み、その様子をじっと見据える池上。 

 過去を懐かしむという眼差しよりは、探るような色が濃い。

「いきなり、向こうが襲ってきた。天井にいた俺も悪いが、気付かれないと思ってた」

「あの子達は、普通じゃないの。丸焼きにされなかっただけ、まだましよ」

「身を持って分かった」

「それで、何がしたいの」

 繰り返される質問。

 先程より重く、鋭い。

「……何よ」

「いや。もしかして、先に情報を掴んでる可能性もあると思ってたんだが」

「そういう事。私を狙ってる馬鹿連中がいるって話でしょ。カードも私の所にあるし、気にはしてる」

 伊達の推測を裏付ける言葉。

 池上は鋭い眼差しを、ジャケットの方へ向けた。

「カードは」

「そこに入ってる」

「そう」

 袖の中に入る手。

 そのまま手首が返り、一枚のカードがベッドの上のジャケットへと舞い降りる。

「預かっておいて」

「本気か」

「油断させて、背中から襲う気かもね」

「気にしておこう」

 自分のカードを取り出し、二枚重ねる伊達。

 それを肩に張られたガーゼにあてがい、指を滑らせた。

「そこに隠す気?」

「無難だろ」

「いいけど。うちの子猫達は、たやすく見抜くわよ」

 薄く微笑む池上。

 期待とおかしさを込めて。

「傭兵は気にならないのか」

「問題ない。むしろ、学内での対立の方が問題ね。というか、私を狙うっていうのもそれ絡みかも。一応は、学校との対立する側と親しいし」

「昔と大差なし、か。屋神さん達の苦労は、何だったんだ」

 鼻を鳴らす伊達。

 多少疲れ気味に。

「好きでやったんでしょ。それより、雪ちゃん達には関わらないでよ。あの子達は、普通の高校生なんだから」

「鉄パイプで突かれたと言われたぞ」

「いいじゃない。顔を突かれなかっただけ。それと、玲阿君にやられなかっただけ。冗談抜きで、顔が取れてたわよ」



 名雲が借りているアパート。 

 その片隅にリュックを置き、肩を押さえつつリビングの方へ戻っていく伊達。

「痛むのか。骨は、折れてないんだろ」

「ああ」

「まあ、それで済んだだけで助かったと思え。なあ」

「そうそう。雪野さんは、普通じゃないからね」

 冗談っぽく笑う柳。

 じゃあ自分はどうなのかという話だが。

「それで、傭兵ってのはこいつらか。……人数も大した事無いし、問題ない。例の金髪とも対立してるし」

「奴らに利用される可能性は」

「仮にされても、放っておく訳にもいかない。第一、例の金髪は忍者の管轄だ」

 指で印を組む名雲。 

 一応、忍者の振りをしたらしい。

「で、情報元は」

「峰山」

「ああ。昔ここにいた。それこそ、あいつに利用されてるんじゃないのか」

「いいじゃない。ねえ、真理依さん」

 雑誌から顔を上げた舞地は、ため息を付いて伊達を見上げた。

 伊達も彼女をじっと見つめる。 

「喋れよ」

「テレパシーに開眼した」

「真顔で言うな。それより、池上はどうする」

「そう言おうと思ってた」 

 今さら説明する舞地。

 名雲はもっと長いため息を付き、伊達を睨んだ。

「あいつは、お前の管轄だ」

「映未の方が、情報は掴んでる」

「なるほどね。ただ、雪野達はそんなのに関係なく行動するぞ。一応抑えはするが、先を越される可能性はある」

「気を付ける」

 短く返す伊達。

 とはいえ表情はわずかにも変わらず、壁にもたれているだけだ。


 ノックされるドア。

 警棒に手を伸ばす伊達。

 舞地はテーブルに付き、お茶をすすっている。

 その背中を通り過ぎ、ドアへ向かう柳。

「心配するな。敵じゃない」

「どうして分かる」

「釘を刺しに来たんだろ」

 部屋へ上がってきたのは、表情のない顔で挨拶をする珪。

 その腕を取っている柳と共に、テーブルに付く。

「何だ」

「事前折衝をと思いまして。どうせがたがたするなら、ある程度意思の疎通を図った方がいいでしょう」

「お前個人の判断か。それとも、誰かの指示か」

「俺は窓口に過ぎません。直接話すのなら、連絡は取りますが」

 取り出される端末。

 名雲は鋭い眼差しを彼に向け、そのまま伊達へ顔を向けた。

「君達を巻き込むなと、色々聞いたが」

「すでに、雪野さんが襲われてます。向こうはこちらとあなた達の関係を、十分理解してるんでしょう」

「君の要求は」

「学内でトラブルを起こさない事。後は好きに行動して頂いて構いません。当然、ここへ来た理由や目的は問いません。それは俺達には関係ない事なので」

 簡単な。

 しかし一方的で、突き放した台詞。

 聞かされる方にとっては、あまり面白くない。

「じゃ、失礼しました」

「もう帰るの?」

「帰るよ。俺は、渡り鳥じゃないし」

「そう」

 残念そうに珪の腕を放す柳。

 すると舞地が顔を上げ、彼を振り返った。

「お菓子買ってきて」

「おい。あんた、俺の話聞いてなかったのか」

「聞いてた。あられと、チョコのアイス。安い物でいい」

 そのままお茶へと戻る舞地。

 お金を渡すとか、後で払うという台詞は出てこない。


「結局、何のために襲う気かな」

「例の金髪の差し金だろ。まず、この学校に他の傭兵グループが侵入するのを食い止める。次に俺達絡みのトラブルを起こす事で、俺達をあの学校に居づらくする。そこに雪野達を巻き込めば、対立勢力を削る事が出来る」

「出来る?」

「あいつらは、そう思ってるんだろ。俺もそういう、甘い夢が見たいね」

 鼻を鳴らし、警棒で肩を叩く名雲。

 伊達はそんな彼の様子を、じっと見つめている。

「彼はいいのか」

「浦田の事?あいつは放っておけ。いや。お前は気を付けた方がいいな。気付いたら、枕元に立ってる」

「隠行に優れてるとは聞いてない」

「弱いよ、あいつは。ただ、身の回りには気を付けた方がいい。俺なら、狙われると思った時点であいつを名古屋港へ放り込む」

 冗談めいた口調。

 ただ、全てを笑い飛ばすという雰囲気でもない。

「まあ、浦田の事はどうでもいい。それより、お前が金を持ち逃げした連中はいつ来る」

「今日、明日には来ると思う」

「金髪共に探りを入れて、こっちも情報を取るか」

「それは、俺がやる」



 学校近くのアパート。

 いきなり開くドア。

 ジャケットの下から向けられる銃口。

 短い髪を金に染めた男は、予想していたという顔で顎を引いた。

「久し振りだな、伊達」

「連中を焚き付けたのはお前達か」

「ああ。まさか、金を持ち逃げするとは思わなかったけどな。せいぜい食い合ってくれ」

 下品な笑い声。

 だが銃口が喉元に突き付けられ、それは止まる。

 物理的にも、精神的にも。

「連中の情報を渡せ」

 震える手が、薄いジャケットの内側に入る。

 伊達はその動きを注意しつつ、取り出されたDDを受け取った。

「お前も、戻ってくる気か」

「そこまで恥知らずじゃない」

 きびすを返す伊達。

 金髪の男は小馬鹿にした眼差しを、その背中へと向ける。

「……ここでやったらどうだ」

「慌てるな。伊達を突けば、他の連中も動き出す。それがどの程度か、見極めてからでも遅くない」

「その前に、共倒れになる可能性だってある」

 閉まるドア。

 低い笑い声をその奥へ残し……。



 同夕刻。

 名雲のアパート。

 天井へ向かって立ち上る湯気。

 テーブルを囲む、何人もの男女。

 そして笑い声。

「熱いな」

 はんぺんをかじり、文句を言う名雲。 

 柳はゆで卵を、小首を傾げづつ味噌たれに付けている。

「おでんに、味噌?」

「名古屋は何でも味噌なのよ。うどんでも、カツでも、おでんでも」

「池上さんは、京都でしょ」

「当たり前じゃない。味噌でごたごた煮るなんて、私のDNAには組み込まれてないの」

 むきになって語る池上。 

 当然名古屋周辺の人間にもそんなDNAは組み込まれてないが、何でも味噌で煮る事に拒絶反応があるのは確かだろう。

「さえずりは」

「はい?」

「鯨の舌」

 土鍋の縁を、リズミカルに箸で叩く舞地。

 別に、酔ってはいない。

「あなた、そんなの好きだった?」

「昔、家で食べた記憶がある」

「お嬢様のわがままには付き合ってられないのよ。イモでも食べてなさい」

 皿に乗せられるジャガイモ。

 カットされた物ではなく、一つそのまま。

 舞地は鼻のあたりにしわを寄せ、和辛子を付けてちびちび食べ出した。

「何よ」

「いや。昔から、そんな仕切ってたかなと思って」

「私もね、こういう真似はしたくないの。……ちょっと、どうしてはんぺんばっかり食べるの」

 名雲の手を、さいばしで叩く池上。

 その名雲は痛そうな顔をしつつ、はんぺんを皿に移し替えた。

 痛いのは痛い、食べるのは食べるらしい。

「この子達と食べると疲れるわ」

「一緒に食べてないのか」

「昔と違って、別々な所にアパートを構えてるの。高校生になって、一緒に住んでるなんて誤解されるわよ」 

 グラスを傾け、少し笑う池上。

 伊達は静かに、その様子を見ている。

「そうよね。あの頃は、一緒に住んでた時もあったものね」

「昔の話だ」

「ええ」

 低い、押さえた笑い声。

 池上はグラスをテーブルへ戻し、ため息を付いて天井を見上げた。 

 湯気の立ち上る、白くかすむ天井を。

「私は、何をやってるのかな」

 何も答えない伊達。

 池上も、それを求めるような気配はない。

 煮え立つ鍋の音。 

 広がっていく、懐かしさを抱かせる香り。

 少しの笑い声。

 更けていく、夜の中で。



 草薙高校。

 ガーディアン連合本部、議長執務室。

「さっきは悪かったな。俺にも立場があるし、あいつらを巻き込む真似はしたくない」

 無言で壁にもたれる伊達。

 とはいえ気分を害している訳ではなく、その佇まいは普段のままである。

「ここへ来た理由とか、目的は知らん。何をしようと、それはお前の勝手だ。ただ、学内では暴れるな」

「浦田君も、同じ事を言っていた」

「あいつはあいつの理由がある。俺の場合は、もっと簡単だ。お前が暴れたら、それを取り締まる立場だからな」

 肩をすくめる塩田。

 伊達は壁から背を離し、今まで背で隠れていた部分に軽く拳を当てた。

「穴は開けるなよ。自警局と違って、予算がないんだから」

「統合すると、名雲達から聞いた」

「俺が卒業した後だろ、今のペースだと。その時は、この学校もどうなってるんだか」

 気楽そうに笑う塩田。

 別に深刻ぶる様子はなく、また無理をしている雰囲気でもない。

「俺の事は聞かないのか」

「知るか。お前らで、何でも好きにやってろ。大体、そのつもりなんだろ」

「ああ」

「だったら問題ない。ただ、雪野達は巻き込むな。あいつらが手伝うとか言っても、気にするな」

 繰り返される、どこかで聞いたような言葉。

 伊達は曖昧に頷き、フォトスタンドに手を伸ばした。

「古い写真だ。ああ、それにはお前が映ってないか。夏休み前に撮った奴だから」

 伊達がこの学校に来たのは、夏休み明け。

 ここに映っている、沢と入れ替わりにしてである。

「この人達も辞めて、屋神さんも解任されて、お前もここから去って。俺はこんな所で、ふんぞり返ってる。悪い冗談だぜ」

「だが、現実だ」

「シビアだね、お前は。……ああ、構わないから入れ」

 開くドア。

 丁寧に頭を下げ、バインダーを塩田の前に運んでくる木之本。 

「お茶をお持ちしましょうか」

「客じゃない。傭兵の事情聴取みたいなもんだ」

「友達に、そういう言い方は良くありませんよ」

 軽くたしなめる木之本。

 塩田は書類に文字を書き込み、手で彼を追い払った。


 閉まるドア。 

 漏れるため息。 

 伊達もおかしかったのか、口元を少し緩めている。

「彼は、本当に普通みたいだな」

「当たり前だ。雪野達みたいな奴ばっかりだったら、とっくに破綻してる。というか、どうしてみんなああじゃないんだ。あれが普通というか、普通だからたくさんいるんだろ」

 愚痴る塩田。

 伊達は元の無愛想な雰囲気に戻り、テーブルの上にある卓上端末を覗き込んでいる。

「情報が見たいのか。いくらでも見せてやるから、仕事代わってくれ」

「おい」

「このくらい軽いだろ。ほら座れ。IDもやる。何もかもやる。いっそ、お前が議長になれ」 

 再びノックされるドア。

 すぐに応じる塩田。

 入ってきたのは、大人しそうな女の子。 

 愛想のいい笑顔を浮かべた。

「済みません、こちらにもコメントとサインをお願い出来ますか」

「え、ああ」

 バインダーを突き付ける智美。

 塩田は嫌そうな顔でそれをひったくり、手早く文字を書き入れた。

「議長交代ですか?」

「ああ、俺は今日から自由になった。後は伊達議長の下、一丸となって頑張れ」

「でしたら議長交際費の決済を全て済ませて、私物も片付けて下さいね。それと今まで議長という事で超法規的に黙認してきた点がありますので、後日召喚状をお送り致します」

「俺も頑張るよ」

 すぐにIDを自分の胸元に戻す塩田。

 伊達は席をどき、智美の方へ前髪越しに視線を向けた。

「君が、名雲の」

「彼女、らしいです」

 はにかみ気味に肯定する智美。

 それには塩田が、へっと鼻で笑う。

「何か」

「いやいや。お前に男とはね。悪くはないけど、笑えるな」

「済みませんね。どうせ私は綺麗じゃないし、何の取り柄もありませんよ」

「馬鹿だな、お前。遠野みたいなのとずっと一緒にいてみろ。コンプレックスで、こっちの方が駄目になるぞ」 

 取りなしてるのか何なのか、真顔で語る塩田。

 智美も多少は納得出来る点があるのか、冷静な表情で聞いている。

「優しくて気だてのいい女の子っていうのは、男子共通の希望と憧れって奴だ。お前は偉い、偉いよ」

「どうも。っと、馬鹿な事話してる場合じゃない」

「悪かったな」

「拗ねないで下さい。お客様が見えてますが、こちらへお通ししましょうか」

 伊達の方へ視線を動かす智美。

 塩田は卓上端末で、即座にその来客をチェックした。

「ああ。どうせ、こいつに会いに来たんだろ」

「さあ、そこまでは。とにかく、お茶をお持ちします」


 智美と入れ替わりに入ってきたのは、中川と天満。 

 塩田、そして智美の推測は概ね当たっている。

「はは、何してるの」 

 指を指して、楽しそうに笑う天満。 

 伊達は変わらず、無愛想に彼女を見つめている。

「いきなりいなくなって、いきなり現れて。あなた、何がしたいの」

「いいじゃない、ねえ。伊達君にも、色々事情があるのよ。そう、大変なんだって」

「何が、どう大変なの」

「それはその、色々と。もう語るに尽くせぬとは、まさにこの事で」

 両手を振り上げていた天満は飽きたとばかりにそれを止め、背負っていたリュックから何やら取り出した。

 細長い透明のチューブで、中には白っぽい何かが入っている。

「あげる。久し振りに出会えた記念に」

「いらない」

「遠慮しなくていいって。ほら、塩田君も」

「俺は毎日会ってるだろ」 

 強引に渡される得体の知れないチューブ。

 伊達と塩田は顔を見合わせ、ため息混じりにチューブへ口を付けた。

「……美味しくないというか、まずくないというか」

「食べた記憶はある」

「当たり前でしょ。お米のジュースなんだから。要は、おかゆかな。オプションで、味噌と梅干しもあるよ」

 梅色のチューブをすする天満。 

 おそらくオプションではなく、必需品だろう。

「馬鹿。それで、友達は助けられそう?」

「鋭いな。それに、昔より威厳がある」

「当たり前でしょ。私だっていつまでも、杉下さん杉下さんなんて言ってられないの」

 その名前を何度も繰り返す中川。

 しかし伊達はその事を指摘するという無粋な真似をせず、黙って頷いている。

「大体あの子達って、私の従兄弟と仲が良いのよ。どうにかならないの」

「俺に言うな。その従兄弟に言え」

「悪い子と付き合っちゃいけませんって?子供じゃあるまいし」

「じゃあ、放っておけばいいじゃない。凪ちゃんも、いい加減従兄弟離れしたら」

 ペタペタと肩を叩く天満。

 中川はそんな彼女の頭をわさわさと撫で、ため息を付いた。

「あのね。人の頭の上で、ため息付かないで。大体あの子達、別に何もしてないじゃない」

「評判が、ね」

「あなたは、頑固な父親か」

「うるさいな。あなたも仲間なんだから、何か言ってよ……」

 そこで言葉を終える中川。

 周りから起きる、控えめな笑い声。 

 名雲達が仮に危険だとするなら、伊達も危険という事になる。

 そして仲間とは、誰を差すのか。

 名雲達と伊達。

 それとも。


「みんな揃って悪巧みですか」

 普段通りの落ち着いた物腰で入ってくる大山。

 すでに伊達が学内にいる事は知っているらしく、別段慌てたりする様子はない。

 取り立てて、懐かしがる素振りもないが。

「それとも、伊達君が強奪した金の分配とか」

「何だ、それ。お前な、そういう話は俺を通せ」

 いきなり飛びかかる塩田。

 伊達は壁を蹴ってそれを避け、塩田の後ろに降り立った。

「このムササビ野郎が」

「金については理由がある」

「当たり前です。学内の治安維持という観点から、我々も協力はしますよ。君にそれが必要かどうかは、別として」

「助かる。色々と、外部の意見が厳しいんだ」

 珍しく、疲れたように呟く伊達。

 大山は微かに眉を動かし、優雅に小首を傾げて微笑んだ。

「代替わり、ですよ。以前は屋神さんや間さん達。今は、元野さんや雪野さん達ですから」

「やりにくくないのか」

「力ある者が上に行く。当然の理屈です」

「どうでもいいから、雪野達は刺激するな。俺はもう、疲れた」

 伊達以上にだるそうな仕草で、机に倒れ込む塩田。

 口調は冗談めいているが、机の下にある顔はかなり深刻めいている。

「塩田君は、昔から暴れてるじゃない。その付けが回ってきたのよ」

「あいつらも、少しは大人しく出来ないのか」

「昔の君は出来てたの?」

 冷静に尋ねる中川。

 無言で伏せ続ける塩田。

 第一学校を相手に暴れていては、発言権がないに等しい。


 棚の影に入る伊達。

 音もなく開くドア。

 薄い、刺すように張りつめた気配。

「なんだお前。ドア閉めろ」

 伏せたまま文句を言う塩田。 

 彼もこういう気配には敏感なはずだが、これといった反応はしない。 

 反応する理由がないのか、もしくは気配の主が誰か分かっているのだろう。

「つい、ね」

 腰の警棒から手を離し、ドアのセンサーからも体をずらす沢。

 伊達も懐に入れていた手を取り出し、両手を彼へと向けた。

 武器を持っていないと示すという仕草らしい。

「同窓会かな」

「知るか。酒でも何でも飲んでろ。俺は寝る」

「何を荒れてるんだ。それに、君はここにいていいのか」

 伊達へ視線を向ける沢。

 彼を敵視している訳ではなく、自分の事と置き換えているらしい。

「お互い様だろう」 

 それに応じる伊達。

 仕方なさそうに笑う二人。

 他の者も程度の差こそあれ、心の傷はある。

 しかしこの二人にとって、この学校は何だったのか。

 今まで彼等が点々としてきた学校と同じだったのか。

 その辺りを突き詰めると、意味深いものがある。

「何二人で黄昏れてるんだ。それより、仕事してくれ。何か、端末にたまってきてる」

「それは君の仕事でしょ。あーあ、暇だなー」

 両手を上げて、大きく伸びをする天満。

 やる気無さ全開。

 プラス、嫌がらせ過ぎる。

「馬鹿。大体元野さん達がやってるんだから、あなたはサインするくらいでしょ」

「……俺も、それ以外の仕事はしてる」

「じゃあ、頑張って。私や嶺奈は、殆ど後輩に任せてるわよ。お陰で、暇で暇で」

 やはり大きく伸びをする中川。 

 二人揃って、塩田の目の前で。

「おい、こいつらをどうにかしろ。大山、除名しろ」

「じゃあ、その書類を提出して下さい」

「この野郎。冷静に嫌みだな」

「何を今さら」 



 笑い声の絶えない塩田達。

 沢はいつの間にか伊達の隣に移り、手の中で警棒を転がしている。

「池上さん絡みで、傭兵が来ると聞いたが」

「事前に倒す事も考えたが、人数が多かった。それに、峰山との約束もある」

「学内の情報を収集しろとでも?彼の情報源は、浦田君だろ」

「偽情報を送ってくるらしい」

 それこそ偽情報を渡す伊達。

 しかし沢はすぐに意図を理解したのか、おかしそうに笑う。

「お前から聞いた方が早そうだな」

「教育庁へ送るレポートを見せろと?手抜きじゃないのか」

「時間を掛けたくない」

 トーンの落ちる声。

 緊迫感の増す表情。

 しかし沢はわずかにも動ぜず、手の中で警棒を転がし続ける。

「分かった。料金は、これでいい」

「おい」

「顔見知りという事で、かなり割り引かせてもらった」

 手を向ける沢。

 伊達は彼を睨みつつ、その手にカードを置いた。

「契約成立だ。データは後で送る。何なら、峰山君に転送しようか」

「勝手にしろ」

 無愛想な返事。

 これはおそらく、普段以上に。

「しかし君も、良くやる」

「お前は」

「僕はもう、ここに根を生やしたよ。今はただの隊長さ」

 沢の立場は、ブロックを束ねる隊長。

 生徒会ガーディアンズ内でも、高いランクにはある。

 部下を抱え、手当をもらい、一般生徒以上の権利と権限を有する。

 将来の進学や就職にも有利なポジション。 

 しかし彼の持つ資格。 

 フリーガーディアンの権限とは、比較にすらならない。

 高校の生徒組織の役職と、キャリア官僚にも匹敵する資格とは。

 それでも沢は、静かな笑みを浮かべる。 

 屈辱や自嘲ではなく。 

 充足感に満たされた微笑みを。

「それはお前の生き方だ」

 肯定、否定。

 どちらにしろ、短く断ずる伊達。

 自分の行動とは、わずかにも関わらないといった具合に。

「あちこち渡り歩いて、人に疎まれて。時には傷を負って。それでもやる価値はあるのかな」

「さあな」

「僕が負け犬だという味方もある。初めは、そうも思った。今も、そう思わなくはない。それも、悪い生き方じゃないともね」

 小さく漏れる笑い声。

 静かに音を立てる、腰のフォルダー。

 沢は腰へ収まった警棒に振れ、微かに視線を下げた。

「ただ、名雲君達は違う。明らかな目的を持って、この学校に来てる。生徒会長の命に従うようにと」

「それが高校、生徒の不利益になる場合は阻止すると?」

「依頼者は間さんだから、信頼はしてる。だけど生徒会長の人間性までは信頼出来ない」

「突然現れた俺も、同じという訳か」

 低く呟く伊達。

 共感、理解という空気はどこにもない。

 敵意、だろうか。 

 それとも、必然と言うべきか。

 彼等が対峙し、向かい合うのは。


「お前ら、暗いな」

「悪かったね」

「お前が軽過ぎるんだ」

「よく言うぜ。どうせ今すぐって訳でもないんだろ。適当に、他の奴にも会ってこい」


 何故か一緒について行く沢。 

 とはいえ伊達も気にした様子はなく、少し距離を開けて斜め後ろを歩く。

「死角に付かれると、落ち着かないんだが」

「監視される身にもなれ」

「なる程。えーと、ここだよ」

 端末で内部と連絡を取る沢。

 少しして、ドアが開きセミロングの大人しそうな女性が出迎える。

「あら。何しに来たの」

 愛想のない事を言い、二人を招き入れる山下。 

 それでも伊達を見る目は、普段よりも優しい。

「阿川君。ムササビがやってきた」

「……君か。また悪い事でも起きるのか」

 山下以上に素っ気ない台詞。

 また彼女のように優しい雰囲気はなく、普段通りの人とは距離を置く感じである。

「個人的な用件だ。それに、学内では暴れるなとあちこちで言われてる」

「そうしてくれると助かる。沢君は」

「彼の監視だよ。トップクラスの渡り鳥がやって来たとあっては、放っておけなくてね」

「学校に居着くフリーガーディアンの方が、どうかしてると思うが」

 言葉とは裏腹の、気のない態度。

 沢は肩をすくめ、彼等とは距離を置いて鼻を鳴らした。


「昔話をしに来た訳でもないんだろ」

「仲間が狙われてるという情報が入った。放っておいてもいいが、多少事情がある」

「好きにしてくれ。ただ、最近物騒な話があるから気を付けた方がいい」

 隊長執務室。

 大きな机の上に置かれる、ショットガンに似た銃。

「君達がよく使う、ゴム弾を射出するあれだ。これはメーカーが持ってきた、サンプルの一つ。どれを導入するかは知らないが、こういった物を配備するらしい。それも、かなり急に。場合によっては、君がいる間に」

「弾は、ゴム弾だけか」

「生徒を鎮圧するだけだし、当然だろうな。いくら君でも、これをかわすのは難しいだろ」

「かわせる奴がいたら、見てみたい」

 ショットガンを手にして、窓へポイントする伊達。

 肩に台座を付けるなど、構えは様になっている。

「撃たないでよ」

 部屋に入ってきた山下は、嫌そうな顔をしながらマグカップを机へ置いていった。

 彼女はあまり興味がないらしく、一人で紅茶を飲み始めた。

「どうして君が持ってる」

「自警局から、内密にチェックするよう言われてる。厄介者だから、上も気を使ってるんだろう」

「この人、昔は悪かったの。小学生なのに、高校生を襲ったり」

「昔の話だよ」 

 一言で終わらせる阿川。

 伊達は物言いたげに、彼を見つめている。

「言っておくけど、君の仲間じゃないからな」

「何も言ってない」

「ったく。どうでも好きにやってくれ。とにかく、俺は関係ないから」




 渡り廊下。

 突然姿勢を低くし、疾風の如く駆け抜ける伊達。

 彼の後ろを付き従う、ゴム弾の嵐。

 伊達は草陰に入り、葉の隙間から周囲を窺った。 

 彼から見て正面の教棟。

 その窓から、銃を引く数名の人影。 

 代わって聞こえる、幾つもの足音。

 草陰に撃ち込まれる、無数のゴム弾。

 距離を詰める、銃を構えた男達。 

 乾いた音が、人気のない渡り廊下を駆け抜ける。


 肩で息をする男達。 

 彼等は愉悦の表情で、ゴム弾の散らばった草陰へと歩み寄った。

 無造作にショットガンの先端で、その草むらを掻き分ける一人の男。

「おかしいな。確か、ここに……」

 草陰を覗き込む男。


 吹き抜ける一陣の風。 

 男は草陰に倒れ込み、残りの男達は足をもつれさせその場に倒れ込む。

 振り回される銃。

 奇声を上げて発射されたゴム弾は、間近にいる仲間同士での撃ち合いとなる。

 その直後に上がる、人数分の叫び声。

 旋風とも言うべき状況に翻弄され、一瞬にして戦う意思も能力も失う男達。 

 伊達は小さく息を付き、わずかに乱れている襟を直した。

 さながら、足元にあった石を蹴り付けたくらいの表情で。

 血を吹き出し、身をよじって呻く男達に目を向ける事もなく。

 風のように、その場から消え去った。



 直属班・隊長執務室。

 シャツを着直す伊達を、苦笑気味に見つめる名雲。

「お前、その怪我は」

「三島さんに、ちょっと」

「殴られたのか」

「外気功で、一時的にあざのようになるらしい。むしろ、体調はいい」

 自分で、その部分に触れる伊達。 

 痛さを堪える様子もなく、また我慢してる訳でもなさそうだ。

「顔は」

「草むらに入った時、葉で切った」

「なるほどね」

 伊達から、ドアへ視線を移す名雲。

 彼へ服を脱ぐよう指示し、意味ありげな言葉を残して去っていった男を窺うかのように。

 その隣では、気落ちした顔で柳が肩を落としている。

 それこそ、この世の不幸を一心に集めたかのように。

「お前、聞いてないのか」

「……何が」

「襲ったのは、伊達じゃない」

「本当?」

 不安そうに。

 ドアの向こうから、恐る恐る部屋の中を覗き込む少年のように。

 そっと置かれる華奢な手。

 ゆっくりと撫でられる頭。

 柳は表情を輝かせ、伊達の腕にしがみついた。

「痛いよ」

「あ、ごめん」

 明るい笑顔。

 疑いと友情。

 そこに関わる、何人もの人物。

 小さい彼の胸には余るだろう事柄。

 それが弾けた瞬間。


「彼は、俺を疑ってるんじゃないのか」

「まさか」

 銃を構え、壁に向かっていきなり発砲する名雲。

 室内に響く、乾いた音と火薬の香り。

 それだけ。

「弾は殆ど入ってない。空砲さ。どうやろうとお前の顔に傷なんて作れないし、お前の蹴りならこういう跡にならないだろ」

「でも彼は、俺を脱がせた」

「お前が犯人じゃないって、確認するためさ。それとも、お前の裸を見たかったのかもな」

 はたかれる頭。

 池上は鬼のような顔で彼を見下ろし、銃を取り上げてその台座を彼の方へ突き付けた。

「何で撃つのよ」

「い、いや。空砲だって事を証明しようと」

「だったら、弾を見せればいいでしょう。鼻先を飛んでいったわよ」

 小さいゴム弾を、テーブルへ叩き付ける池上。

 それはわずかに弾み、テーブルの上を逃げるように転がっていった。

「伊達の無実は証明されたんだ。そのくらい、我慢しろ」

「証明されたのは、私達の中だけじゃない。まあ、彼等を巻き込まないためにはいい事だけど」

「話が早くて助かるね。後は例の馬鹿連中を誘い込んで、叩くとするか」

「簡単に言って。私が囮になってもいいけど、それをやると雪ちゃん達が騒ぐし」

 重なる視線。 

 頷く二人。

 池上は苦笑気味に微笑み、伊達の鼻先に指を突き付けた。

「後悔しても知らないわよ」

「もうしてる」

「それは結構。名古屋港は輸入車ショーがあるから除外。……ここがいいわね。この川沿いの、倉庫街。水上での挟撃でいくか」

 卓上端末の地図に書き込まれる、幾つかのライン。

 別画面には、動員出来る人間と装備が表示される。

「この水路は使いにくいか」

「じゃあ、止めろ」

「あるのは親でも使うのよ。満潮がこれで、干潮がこれで。食品関係の倉庫と工業倉庫の比率がこれと。資本率が」

「関係あるのか、それ」

 名雲に突っ込まれつつ、データを収集していく池上。

 どうやら細かい情報を構築していく事で、一つの体型を作り上げて作戦にまで昇華させるらしい。

 無論不必要な情報もあるだろうが、それが不必要と分かるのは全てが出来上がった後である。

 カレーを作っていてチョコが余っても文句を言う人間はいないが、コクを出すためにはそのチョコが必要となる。

 何が必要で不必要かは各自の判断であり、利用法も人それぞれである。

 何に価値を見いだすかも。



 中川運河沿いの倉庫。

 積まれた段ボールの回りに転がる、血塗れの男達。

 名雲は彼等のIDをポケットへ収め、倉庫の奥へ視線を向けた。

「そろそろ、池上達も来るかな。お前は、この後どうする」

「もうここに、用はない」

「伊達さん」

 咎めるように袖を引く柳。

 伊達は彼の頭を撫で、段ボールに背をもたれた。

「今さらって話だ。草薙高校に戻るのも、映未とも」

「気にならないのか」

「気にはなる。ただ、昔程じゃない」

 低い、涼しげな声。

 消えていく音。

 学校への想い。

 それとも、池上への思慕。

「まあ、いい。それはお前とあいつの問題だ。俺も、あれこれ言える立場じゃない」

「だけど。別に、残って悪い訳でもないんだし」

「大人には大人の事情があるんだろ」

「僕も大人だよ」 

 むっとして返す柳。

 名雲は曖昧に頷き、銃を担ぎ直した。

「あえて外にいるって?」

 答えない伊達。

 肯定も否定もない。

 静かに、自分の信念に従う事以外は何も。

「いいさ、好きにすれば。敵と味方になろうと、どっちかは残るだろ」

「ああ」

「たまには気の効いた事くらい言えよな。大体、この学校に残った方がいいとは決まった訳じゃないんだぜ」

 壁際で一人佇む柳を眺めつつ、鼻を鳴らす名雲。

 伊達は相変わらず、これといった事は言わない。


 突然突入してくる人影。

 銃を構え、異様に素早い動きで。

 名雲は肩をすくめ、隣へ笑いかけた。

「こういう連中相手だからな」

「好きでやってるんだろ」

「そう思い込みたいだけだ」



 小さな笑い声。

 自然な。

 高校生らしい。

 普通の、友達同士の……。




 震える端末を手に取る伊達。

「データは受け取った。沢君の文体に似ているが、それは関係ないからな」

「草薙高校のデータを得て、対立する傭兵を減らして。俺というルートも作って。結局、君を利しただけか」

「たまにはそういう事もある。しかし、相変わらず愛想がないな」

 無言で応える伊達。

 少し続く沈黙。

 さすがにもたないと思ったのか、峰山が苦笑気味に続ける。

「彼女とは、上手く行かなかったのか」

「元々、そういう関係じゃない。仲の良い友達というくらいだ」

 淡々とした口調。

 その事を指摘された事に対する怒りや苛立ちは、微かにも感じられない。

 それ以外の感情も読み取れないが。

「まあいい。何かあったら、また連絡する」

「ああ」

「どちらにしろ、あの学校は楽しくない。去った者にとっては特に」

 笑い気味に言い終え、通話を終える峰山。 

 伊達は端末を机へ放り、ベッドへ身を横たえた。


 室内に備え付けられたオーディオシステムから流れるモダンジャズ。

 前髪がかき上げられ、口元が小さく動く。

 歌詞、それとも彼自身の言葉。

 暖かくも切ない、別れの言葉。









 

















     エピソード ew4 あとがき




 第21話を、伊達側から見た内容。

 その全てではありませんけどね。

 彼等は初期段階から全容を理解していて、手も打っていたようです。

 つまり本編でのユウの行動は空回りだったんですが、それが彼女のいいところだと思います。


 結局伊達と池上さんは、こういう結末でした。

 仲違いしたとか気持ちが薄れた訳ではなく、お互い結びつくまでに至らなかっただけの事。 

 ただ好意を抱いていたのは事実で、もう2、3歩踏み出す何かが無かったんでしょうね。


 伊達は、典型的な渡り鳥です。

 契約に基づいて行動し、その契約内容を遵守し使命を果たすという。

 またそのために全力を尽くし、全てを賭けます。

 基本的に非合法な依頼は受けず、また社会正義に反する依頼だった場合は破棄し契約相手に制裁を加える場合もあります。



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