21-11
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「何か、納得出来ないんだよね」
小さく漏れる不満。
少し膨れ気味の頬。
柳はペットボトルを振り、怒りをより表現した。
「あいつらに頼れば、簡単に解決したのは分かってる。でもこれは、俺達の問題だったからな」
「そうだけど。浦田君達だって、友達なのに」
「舞地の時みたいに、あいつらを危険な目に遭わす訳にもいかなかっただろ。どっちにしろ、もう終わった」
話を終わらせ、名雲はグローブをタンクの上に並べておいた。
「あいつらは、普通の高校生。俺達は、所詮渡り鳥。そういう区別は、ちゃんと付けないとな」
「区別、ね。大体雪野達が、普通の高校生か」
鼻を鳴らし、風防を指で弾く舞地。
名雲はバイクにまたがり、カードキーを差し入れた。
低く響くエンジン音。
機能的にはほぼ無音化が可能だが、歩行者の認識度を高めるためある程度の音が残されている。
音質は設定が可能で、彼の場合はこういった低い音を好むらしい。
「俺も、日本海を見てくるかな」
「暇だね、随分」
「一仕事終わって、金も手に入った。そのくらいやってもいいだろ」
被られるヘルメット、はめられるグローブ。
柳もため息混じりに、準備をする。
「伊達さんは?」
「さあね」
「映未は」
「さあ」
ゆっくりスタートするネイキッドのバイク。
その後ろにレーサーレプリカとアメリカンバイクが続く。
「どうして日本海に行くの?お土産なら、雪野さんがくれたのに」
「いいんだよ。やる事もないんだし」
「どうもでもいい」
名雲の前に出る舞地。
その横を、柳のレーサーレプリカが追い抜いていく。
「急ぐなよ」
「名雲さん達が遅いから」
「子供は馬鹿な事を言う」
突如加速するアメリカンバイク。
スタイルと性能から言ってそういう走り方をするバイクでは無いのだが、舞地の背中は一瞬に遠ざかっていく。
「誰が子供なんだ。柳、行け」
「了解」
一瞬浮き上がるフロント。
フロントはすぐに地面と接地してグリップし、余分な振動はサスペンションが吸収する。
柳は姿勢を低くして、矢のように舞地の後を追った。
「急いだって、どれだけ早く着く訳でもないだろうが。全く、どいつもこいつも」
ギアを変える名雲。
ヘルメットのシールドが跳ね返す高速道路周辺の景色は、読み取れないくらいの早さで流れていく。
道路を走る、他の車の姿も。
「俺もまだ若い」
振り返る背中。
風に揺れる長い前髪。
革ジャンの襟を直し、華奢な感じの指が肩を滑る。
「まだ、痛むの」
上げられる、前髪越しの視線。
少し緩む口元。
「どうした」
「旅立ちには見送りが必要かと思って」
明るく笑う池上。
伊達は黙って、そんな彼女を見つめている。
「真理依達にも、雪ちゃん達にも迷惑掛けて。参ったわ」
「映未が悪い訳じゃない。原因はあいつらと、それを上手く裁けなかった俺の責任だ」
「大人なのね」
「人を頼る事が出来ない、駄目な人間さ」
冗談めいた口調。
その胸元に放られる、茶色い紙袋。
「お昼」
袋の中を覗き込む伊達。
戸惑いと、懐かしさ。
奇妙な沈黙が、彼を押し包む。
「大丈夫よ、爆発しないから」
「いつの話だ」
すぐに応じる伊達。
彼はそれをバイクのバックパックに大切そうに収め、ヘルメットを被った。
「じゃあな」
「ええ、また」
胸元を拳で叩く池上。
伊達は少し彼女を見つめ、控えめに胸元へ手を置いた。
「ああ。また」
短い再会を期する言葉。
それ以外は何もない。
お互いの気持を伝える事も。
過去を振り返る事も。
これからの事も。
ただ再び合う事を誓い合う以外は、何も。
「あの小さい子達に、悪かったと言っておいてくれ」
「いいのよ。あの子達は好きでやったんだから」
「信頼してるのか」
「当たり前じゃない。誰の後輩だと思ってるの」
誇らしげに胸を反らす池上。
長い髪が風に舞い、そっと彼女の体を撫でていく。
秋の日射しに光る髪が、燐光を散らせその体を押し包む。
しかし伊達は何を言うでもなく、黙ってバイクのスタンドを外した。
「愛想がないのね」
「俺にそういう事を求めるな」
「なる程。私達が付き合わなかった理由が、ようやく分かったわ」
「何を今さら」
低く笑い、バイクを走らせる伊達。
池上はその背中に手を振り、もう一度胸元に手を寄せた。
拳ではなく、手の平を。
胸の想いを確かめるように。
言葉になる事もなかった。
遠い日に、儚くも淡くあった。
でも、確かな自分の感情を。
今はもう遠い、その背中を。
「後を追う気も、今は遠い……。本当、私も年をとった」
細身のネイキッドにまたがり、ゆっくりとスタートさせる。
伊達の向かった先とは反対。
高速道路の入り口がある、幹線道路へと。
人への想い。
小さく、淡く、薄い。
だけど、その一線を越える事もない。
それがいいのかどうかは、誰にも分からない。
遠ざかっていく二台のバイクを見ていても。
でもその想いが、絶える事もない。
距離が離れていても、会えなくても。
漠然とした関係。
仲間という、都合のいい呼び方。
だけど間違いはない。
彼女達がつながっている事は。
その心の奥底で。
第21話 終わり
第21話 あとがき
池上さん編、もしくは伊達編ですね。
彼が具体的にどう行動していたかは、エピソードとして別に公開しますので。
ちなみに本編で何度も書いてますが、付き合っていた訳ではありません。
他の子よりも仲がいい。
好感情を抱いていた、という事で。
かなり落ち着いた女性のようです。
以前も書いたように視野が広く、冷静。
物事を理屈で考えるタイプ。
逆に舞地さんは、どちらかというと感情で行動するタイプ。
どちらも絶対ではなく、その傾向あるというくらい。
基本的に対傭兵については、ユウからの視点では展開が分かりません。
彼女は傭兵のターゲットにはなってませんし、深く関わってもないので。
そのため本編では若干分かりにくい点があるかと思いますが、ご容赦下さい。
と、言い訳を少し。
とはいえ学内には傭兵が入り込み始め、不穏な動きも幾つかあります。
伏線というか、今後はこの辺りを中心に展開していくかと。




