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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第20話
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20-10






     20-10




 助教授室とプレートの掛かった部屋。

 室内もそれらしい雰囲気で、英語で書かれた論文や本が目に付く。

 とはいえ、どこか華やいだ部分も感じられる。

「まだ、教授じゃないんですか」

「上の人間が消えれば、なれない事もない」

 薄く微笑む秀邦さん。

 サトミのお兄さんであり、ヒカルとは心理学の研究仲間。

 また、サトミにとっての実質的な保護者でもある。

「ここは、ネズミいないんですか」

「俺は、実験系じゃないんだよ。昔は、よくやったけど」 

 本棚から取り出されれる、少し古めの本。

 秀邦さんは懐かしそうに、ページをめくっていく。

「随分、古そうな本ですけど」

「向こう。……秋田で読んでた本でね」

「ああ、地元の」

「面白くない事ばかりだったけど。こういう物を読んでる時は、それを忘れられた」

 淡々と、他人事のように語る秀邦さん。

 私には、立ち入れない部分を。

「サトミもやっぱり、それを読んでたんですか」

「ああ。何しろ、天才少女だから」

 明るい笑顔。

 サトミよりも屈託のない、それでいて人を惑わすような。

 一目惚れなんて言葉は、きっとこの人のためにあるんだろう。

「さてと。俺の思い出話をしても仕方ない。学校の事だったね」

「ええ」

「ただ俺は、高校にいたのはそう長い間じゃない。すぐ、大学へ進学したから」

 今の彼の年齢は、大学に通っていてもおかしくないくらい。

 助教授と呼ばれるには、あまりにも若過ぎる。  

 無論、それだけの能力は十二分にあるけれど。

「その頃はもっと、校則が厳しくてね。あれは駄目、これは駄目。授業を勝手に休むなんて、とんでもない話だった」

「そうなんですか」

「無論、理由はある。当時はまだ、多少戦後の名残があったんだ。ようやく回復してきた学内の治安を維持するために、生徒を厳しく縛ってたんだよ。またそれが、ガーディアンの創設にもつながって行くんだけどね」

「ガーディアン」

 私にとって聞き慣れた、なじみ深い言葉。

 でもその創設は、彼のいう通り決して深い歴史がある訳ではない。

 また戦争が、創設には大きく影響している。

 知識として知ってはいたが、改めて聞かされると少し違う重さがある。

 その経緯を体験している人から聞かされれば、なおさらに。


「ガーディアンという生徒による治安組織が創設され活動し始めた事により、生徒達に一種の機運が生まれた。この学校に通っているのは誰なのか。つまり、誰のために学校は存在するのかと」

「誰のためですか」

「ああ。学校は勿論経営している立場から、自分達にあると思っていた。生徒達も同様に。でも自分達にも出来る事があると分かった。その能力が、多少とはいえあると。そこら辺りから、生徒会の権限が大きくなっていく。今みたいに学校とやり合える程ではないにしろ、意見を述べてそれを学校運営に十分考慮してもらえる程に」

 引き出しから取り出される、小さなフォトアルバム。

 おそらくは、高校時代に秀邦さんの写真。

 華奢で甘い顔立ちの、綺麗な男の子が映っている。

 多少、怖い顔で。

「大学へ進学した後も、多少は高校に出入りしていた」

「生徒会の活動に、関係してたんですか?」

「多少、ね」

 曖昧に答える秀邦さん。

 正門前に並ぶ、何人かの生徒。

 彼は、右端辺りに。

 だがその存在感は、自ずと発揮されている。

「これって」

「玲阿君のお姉さんと、従兄弟だよ」

「あの二人も?」

「多少ね。何といっても、目立つから」

「確かに」

 瑞々しい、花に宿る妖精のような流衣さん。

 一方の風成さんは、やはり今とあまり変わらない。

 少し、やんちゃっぽいくらいで。

「結局それ程上手くは行かなかったんだけど、取りあえず道は作れたと思ってる」

「誰がリーダーというか、中心だったんですか」

「もう、古い話だからね。忘れたよ」

 婉曲な逃げ方。

 秀邦さんはため息と共にフォトアルバムを閉じ、引き出しへと戻した。

「その後に、君達の先輩。河合君だったっけ、彼等が中等部で学校に幾つか提案をする。それが認められ、高等部でも生徒会の組織が変更し出すんだ。生徒への権限委譲と、それに付随する幾つかの義務」

「じゃあ、屋神さん達が学校と揉めたのは」

「その少し後。彼等が、高等部に入ってから。あの出来事が良かったかどうかは、俺には判断出来ないけどね」

 鼻を鳴らす秀邦さん。 

 それは河合さん達への行為に対してか。

 自分の過去に対してか。



「昔は良かったなー」

 しみじみと呟く風成さん。 

 秀邦さんとは違い、何とも幸せそうに。

「何でも好きにやれて」

「今でもしてるじゃない」

 冷静に突っ込む流衣さん。

 状況的には夫婦ゲンカだが、仲の良い友達同士にも見える。

 従兄弟だしね。

「それはともかくとして。高校の話だった?俺も、あの時は若くてね。調子に乗って、生徒会に入ってたんだ。こいつも、一緒に」

「私は好きで入ったんじゃありません。あなたが、勝手に私の名前を書き込んだんでしょ」

「そうだったかな」

 すっとぼける風成さん。

 その頃を忘れる程昔ではない。

 秀邦さんのように、思い出すのをためらわれる様子でもない。

 単純に、忘れたいだけかも知れない。

「ただ、私達が思う程は上手く行かなかったの。大人を相手に交渉出来る程の知識も能力もなくて」

「あいつがいたから、どうにか体裁は保ってたけどな」

「秀邦さんですか?サトミのお兄さんの」

「ああ。あの野郎、顔だけじゃなくて頭も良いんだ」

 舌を鳴らし、梨を握る手に力を込める。

 放っておけば、四散してもおかしくはない。

「止めてよ、カーペットに染みが出来るじゃない」

「俺の怒りと、カーペットと」

「カーペットが大事に決まってるでしょ。もてないからって、ひがまないで」

 一喝する流衣さん。

 彼女は果物ナイフを手の中で転がし、宙に放って刃の部分を指先でつまんだ。

「当時は物騒でね。こういう事も、よくやったの」

「玲阿流は捨てたとかいいながら、男共をぼこぼこさ」

「向こうが襲ってくるんだから、仕方ないじゃない」

「それもそうだ」

 何を納得してるんだか。

 分かるけどね。

「とにかく、高校生が学校とやり合うのはやっぱり無理があるのよね。私達もそうだし、優ちゃんの先輩もでしょ」

「え、ええ」

「悪い事は言わないから、大人しくしてなさい。学校に逆らっても、いい事なんて何もないんだから」

「という事、らしい。俺は俺で別な意見なんだが、勧められないんで」

 苦笑する風成さん。

 ただ、彼の言いたい事は分かる。

 彼は玲阿流師範代。

 そして玲阿流の家訓は、「引くなかれ」

 それは、何事に対しても。

 例え相手が誰だろうと、理不尽な事に引く真似はしない。

「だからって、四葉がどうするかは知らないわよ。あの子はあの子で、自分の考えがあるだろうし」

「そうですね」

「普段は大人しい子だから、大丈夫だとは思うけど」

「大人しいんじゃなくて、気が弱いんだ」

 鼻で笑う風成さん。 

 またその指摘は、あながち間違ってもいない。

「でも、そんな昔の事聞いてどうするの」

「多少、参考になればと思って」

「参考ね。私なら、考えるまでもなく逃げるけど。本当、いい事なんて何もないから」

 嫌な顔をして身を震わす流衣さん。 

 冗談っぽい仕草だが、妙な真実味も感じられる。

「で、その四葉はどこに」

「さあ。その辺で、掃除でもしてるんじゃないの」

「あいつも分からないな」

「あなたと違って、真面目なの。私の弟は」

 勝ち誇ったように言い放ち、胸を反らす琉衣さん。 

 風成さんはそうですかと呟き、ちまちまとクッキーをかじった。



 良く分からない夫婦から離れ、玲阿邸を歩く。

 迷わないと思う。

 目的地を初めに決めていれば。

 私がこの家で行くのは、キッチンとトイレと道場に。

「あれ」

 少し開いたドア。

 そこから見える、長い足。

「何してるの」

 遠慮気味にドアを開け、中を覗き込む。

 大の字に転がっていたショウは、欠伸をしてのそりと起き上がった。

 昼間から寝ないでよね。

 しかも、こうしてお客が来てるのに。

「悪い。何か、今日暖かくてさ」

 のんきな、私の悩みなどどこかに行ってしまいそうな答え。

 そして、人のいい明るい笑顔。

「どうかした」

「別に。へんてこ夫婦に会ってきただけ」

「ああ、姉さん達」

 納得するショウ。

 多少、周りを気にしながら。

「ショウは、気にならない?学校の事とか」

「気になるけど、悩む程分かってない」

 簡潔な答え。

 それはそうだが、そう言ってしまうと全てが終わってしまう。



 仕方ないので、室内を物色する。

「おい」

「何よ、変な物でも隠してあるの」

「な、ないけどさ」 

 誰でも分かるように動揺する男の子。

 笑えるけど、笑えないな。

「今度は、誰からもらったの。それとも、自分で手に入れたの」

「だ、だから、何もないって。ほら、ガム。ガムがある」

 人を幾つだと思ってるんだ。

 もらうけどさ。

「変な本ばっかり」

 本棚の右端は、格闘技の理論書やスポーツ関係の本。 

 私が持っているのも、何冊かある。

 でもって左は、戦車や銃の載っている本ばかり。

「楽しい、こんなの読んで」

「昔は楽しかった」

「昔、ね」 

 つまり、純粋にお父さんへ憧れを抱いていた時代の事か。

 軍人が、何のために存在するのか理解する前の。

「今は」

「捨てられる物でもないし。俺の本でもないから」

 そう言えば、ここはショウの実家ではない。

 寮の部屋でも。

 彼の部屋ではあるにしろ、この家にいた時使うだけの場所。

 何とも贅沢な話が、それを考えるのはまた別な話だ。

「じゃあ、誰の」

「父さんだよ。伯父さんのもあるけど」

「ああ、そうか」

 あの二人は、元軍人。

 興味以前に、資料として集めた部分もあるのだろう。

「制服だって。……何で、女の人ばっかなの」

「さ、さあ。最近は各国の軍隊も、女性に開放されてるから」

 怪しい、しどろもどろな説明。

 特におかしい写真は載ってないが、全員スカートは短めで胸元は開き気味。

 容姿も整っていて、かなりマニアックな本だと思う。

 とはいえその後ろには戦車や戦闘機が映ってるので、各国の軍の協力も得ているのだろう。

 何にしろ、訳の分からない本だ。

「こっちは」

「俺のじゃないぞ」

 妙に強く否定するショウ。

 今度は、看護婦さんでも映ってるのか。

「わっ」

 すぐ本棚にしまい、息を整える。

 今すぐ手を洗いたいくらいの心境。

 というか、洗いに行こう。


「あー」

「叫ぶなよ」

「だって。うにょって」

「分かったから」 

 嫌そうな顔で手を振るショウ。

 本の内容は、サバイバル用の教本。

 図解入りで、かなりリアルな。 

 しかも私が手を取ったのは、食事編。

 捕まえた動物や昆虫をどう調理するかが、事細かに書かれている。

 何か、夢に見そうだな。

「ショウも、軍に行ったらこういう事するの?」

「行かなくても、そういう事は出来る」

 げっそりした顔。

 そう言えばこの人、夏休みに山へこもる時は食料を持っていってない。

 つまり、ああいうのをそうしてる訳か。

「楽しい?」

「父さんは楽しいらしい。昔を思い出すとか言って」

 確かに、あの人なら言いかねない。 

 この前は、一日中虫を追いかけてたから。

 とはいえ、あの時は食用ではなく遊ぶためだけど。

 また、それはそれで相当に困った話でもある。

「昔、か」

「何だよ、急に」

「私は全然進歩してないなと思って」

「また、それか。進歩してない訳ないだろ」

 苦笑気味に呟くショウ。

 彼は自分自身に、そういう実感があるのだろう。

 だからこそ、そういう発言につながってくる。

 自分はこうだから、人もそうだと。

 大抵、それは間違ってはいない。

 私については、その限りではないが。

「どこが」

「はい?」

「私の、どこが進歩してる」

「どこって、それは」

 私を指差すショウ。

 そのまま固まり、視線が横へ泳ぐ。

 これはまずいぞとでも言いたげに。

「ほら」

「だから違うって。なんて言うのか、あれ」

「どれ」

「揚げ足を取るなって。口では説明出来ない事だってあるだろ。そういう部分だよ」

 力強く言い切るショウ。 

 上手い答えではある。

 納得もしやすい。

 信じられはしないが。

「へっ」

「鼻を鳴らすなよ」

「にゃー」

「何だ、それ」

 呆れられた。

 諦められた、のかもしれない。

「いいの。それよりも、軽く」

 鳩尾へ、肘を軽く。 

 下がるショウを見て、その足捌きに合わせて軸足にローを。

 崩れたバランスを見て、肩に掌底。

 掴みに来たジャブ気味の腕を受け流し、がら空きの後頭部へ拳を突き付ける。

「おかしいな」

「自分の行動がか」

 刺々しい返事。

 私は拳をしまい、首を振った。

「先生には通じないけど、ショウには通じると思って」

「水品さんと一緒にするな。それにユウが相手なら、俺だって気は抜く」

「あ、そう」

 曖昧に答え、彼との距離を少し取る。

 多少、面はゆい気分で。

 何でこういう事を言うかな。

 嬉しいけどさ。


「んっ」

 視界の隅に感じる、剣呑な気配。

 素早く足を振り上げ、それを防ぐ。

 ショウが不意打ちを……。

 いや。こういう話の後でする程、人間は悪くない。

「あれ」

 というか、人間じゃなかった。

「うにゃー」

 私の膝の上へ、爪を立てず器用に乗るコーシュカ。

 ご主人様の仇討ちだろうか。

 でも猫だし、そういう感情はないのかな。

 どちらしろ、猫の気持ちは分からない。

 舞地さんかニャンなら、また別かも知れないけど。

「仲いいな」

「女の子同士、気が合うのよ」

 多少目つきの鋭いコーシュカを床へ放り、動きを牽制しつつ距離を取る。

 何が得意って、不意を突いて生きている生き物だから。

「猫相手に、何してるんだ」

「この子が向かってくるから」

「気のせいだろ。ほら」

 手を差し伸べるショウ。

 コーシュカは腰をため、曲げた後ろ足を一気に伸ばした。

 たなびくような茶の流れ。

 一瞬撫でていく、柔らかい毛並み。

 ショウを飛び越えたコーシュカは振り返りもせず、部屋を出て行った。

「飛び越えるか、普通?」

「私は良くやる」

「あ、そう」

 宙を舞う毛を、手で払うショウ。

 何か、私がやられてるみたいでちょっと嫌だ。

「あーあ」

「今度はどうした」

「別に。自分の馬鹿さ加減に呆れただけ」

「それに気付くだけましだろ」

 慰めてる、のだろうか。

 正直、あまり嬉しくないが。

「私もサトミみたいに、髪を伸ばそうかな。そうしたら、少しは大人になるんじゃない」

「形から入るのはいいかもな。俺も髪を切って、少しは気が引き締まったから」

 耳元まで伸びた髪に触れるショウ。

 以前は肩まであった、真っ直ぐな黒髪。

 私はそれより多少長い、やや茶色がかった髪に触れる。

「でも、伸ばすと間抜けだし」

「そうか?」

「そうよ」

 自分で想像するだけで、かなり笑えてくる。

 当然、落ち込みもする。

 何にしろ、似合わない。

「止め、止めた」

「まだ、何もしてないだろ」

「でも、やっぱり髪の長い方がいい?」

「さあ。あんまり気にした事ないな」

 曖昧な返事。

 安心するとも、拍子抜けするとも言える。

 それとも、多少は私に気を使ってくれてるのだろうか。

「ショウは、伸ばさないの?」

「止めた。手入れが面倒だし、掴まれたら怖い」

「昔、掴まれた時はどうしてた?」

「さあね」

 相手の手首がどうかなってたと、私は記憶している。

 逆に彼くらいのレベルになれば、そこへ相手の意識を集中させる囮代わりにも使える。

「昔も今も、私は変わらないね」

「俺だってそうさ」

「外見じゃなくて、内面だよ」

「それこそ、俺はどうしようもない」

 肩をすくめるショウ。 

 そうじゃないとは思うが、本人にはまた違う考え方があるのだろう。

 この間の、彼の行動を思い出せばそれは多少納得出来る。

「どう思う」

「まだまだ、これから成長するんだろ」

 仕方なさそうな口調。

 目で見える事ではないだけに、私からはどうとも言えない。

「サトミやモトちゃんは、変わっていってるのに」

「大器晩成なんだろ、俺達は」

「だといいけど。もう成長しきってるって事は」

「止めてくれ」

 嫌そうに顔をしかめるショウ。

 多少、冗談っぽく。

「じゃあ、どうなるの」

「さあ。それは、俺が知りたい」

「何よ、それ」

 二人して、少し笑う。

 お互いの気持ちを理解し合いながら。


「よう」

 明るい調子で入ってくる瞬さん。

 どうするのかと思ったら、本棚を漁り出した。

「捜し物ですか?」

「ん、ああ。古い銃の資料がちょっとね。知り合いが撃たれたから」

「撃たれた?」

「かすめただけ。死んでたら、俺はここにいないよ」

 一瞬浮かぶ、凄惨な笑顔。

 こちらの息が止まりそうな程の。

「殺すのか」

「馬鹿か、お前は。そういう時は警察や軍へ引き渡す前に……。いいんだよ、そんな話は」

 棚から抜き出されたのは、かなり古ぼけたミリタリー雑誌。

 瞬さんはそれをめくり、端末に映っている銃と照らし合わせながら頷いた。

「これだな。AK-47。今時、こんなの使うか?」

「どんな銃なんですか」

「旧ソ連。シベリアやロシアに分裂する前の国が採用してた、いい銃ではあるけどね。こんな珍しいのなら、誰が買ったかすぐ分かりそうだな」

 玲阿流の宗家としてではなく。 

 元軍人、セキュリティーコンサルタントとしての一面。

 瞬さんはどこかと連絡を取り、ため息を付いて本を棚へ戻した。

「えーと、これは」

 次に取り出したのは、さっきの女性が写っている雑誌。

 持ち主は、この人だったらしい。

「懐かしいなー、これ」

「なんなんですか?」

「戦後に、誰か馬鹿な奴がいてさ。世界中を回って、女性兵士にこういう事させたんだよ。売れると思ったらしいけど、物が物だけに当然発禁。その一部が、極秘ルートを伝ってあちこちに散らばった」

 そうなるとこの本は、その中のさらに一部という訳か。 

 誰がか知らないけど、頭がいいのか悪いのか訳が分からないな。

「でもこんなのは大した事無くて、カーペットの下とかにはもっと色々ある」

「色々」

「なあ、四葉」

「俺に振られても」

 視線を逸らすショウ。

 相当に、焦り気味に。

 何か、ここに座るのが嫌になってきた。

「こういう類の物ですか」

「昔、こつこつ集めたんだよ。出す所に出せば、それなりの価値があるらしい」

「出さなくていいです」

 カーペットをめくろうとした瞬さんに拳を構え、動きを止めさせる。

 本当、何を考えてるんだか。

 私も、彼も。

「怖いな。そんなのじゃ、四葉のベッドの下は見れないぞ」

「おい」

「こいつ昔」

「いいんだよっ」

 唸りを上げた前蹴りが、瞬さんの前髪をかすめる。

 正確には、ついさっきまで彼の顔があった辺りを。

「お前、親に向かって。がっ」

 いつの間にか背後に回り、腕を取って床に組み伏せるショウ。

 余程まずい物でも隠してあるらしい。

 その事をごまかそうとすればする程、どれくらいの内容かが想像出来る。

 したくもないが。

「この、馬鹿が」 

 足を器用に動かし、ショウの脇腹を挟んで体を反らせる。

 次いで肘を振った反動で体を動かし、逆に彼を床へ潰す。

「甘いんだよ」

 袈裟固めの体勢から、首を絞める瞬さん。

 親子で何をしてるんだか。


 ようやく距離を置き、しかし険しい顔で睨み合う二人。

 どっちも馬鹿だ。

「まあ、こいつのなんて兄貴のに比べれば大した事無いけどな」

「月映さん?」

「あれは元が情報将校だからさ。表に出せない写真とか映像とかを、ごっそりため込んでる」

 物騒な顔で笑う瞬さん。

 一体何が隠されてるのか、知りたくもないな。

「俺は最前線で戦ってる間、向こうはヨーロッパで破壊工作。ただし、方法があれでね」

「あれ?」

「あんな大男の東洋人がうろついてたら、どう考えても目立つだろ。でも捕まらずに、兄貴はヨーロッパを転戦した」

 確かにそう言われてみれば。

 すると瞬さんは悪そうに笑い、少し声をひそめた。

「そういう時は普通、協力者に頼る。軍じゃなくて、民間人に」

「どうやって」

「それが、あれの悪い所さ。人の良さそうな顔に雰囲気だろ。その辺りを利用して……」

 止まる言葉。

 いや。止めざるを得ない状況。

 首筋に当てられた太い指。

 次の瞬間、それが喉を貫いてもおかしくはない。

「私が、どうか」

「いやいや。兄貴は勲章ももらって、偉いなって」

「あなた程ではありません。私が前戦にいたのは、大戦直後と終戦くらいですから」

「ヨーロッパで悪さしてだだろ。ええ」

 げしげし肘でつつく瞬さん。

 しかし、軍事行動を悪さって。

「なんていうのかな。もう、無茶苦茶なんだよ」

「なにがですか」

「言いたいんだけど。俺もまだ死にたくないから。何せ兄貴は、情報将校だから。人知れず俺を消すくらい、大した事じゃないんだよ」

「今の話は,冗談ですからね」

 優しく微笑む風成さん。

 優し過ぎるくらいの表情で。

「どちらにしろ、無茶をしてたのは否定しませんよ。軍の命令でもあったし、そうしないと自分が生き残れなかったから」

「俺なら逃げたけどね」

「最前線でずっと戦ってきた人間が、何を。あまり思い出したい過去でもありませんが」

「それは同感だ」 

 苦笑気味に頷き合う、玲阿兄弟。

 戦争の思い出。

 自らの生死。

 そして、人の生死につながる話。

 それを、身を持って体験している彼等。

 思い出したくない過去。 

 私にとっては、それを聞く権利すらない。


「お二人は、高校はどこへ」

「地元さ。その後で、士官学校」

「草薙高校の前身となった学校の一つです。旧名古屋市内の大半は、草薙グループに吸収されましたからね」

「そうなんですか」

 私のお父さんやお母さんとは、同じ学校という事はないはずだ。

 とはいえ、彼等もまた卒業生の一人ではあるのか。

「昔なんて、とにかく教師が威張ってさ。あれが駄目、これが駄目。授業をさぼるな、宿題をやってこい」

「当たり前でしょう。そのせいで、この人とは何度停学になった事か」

「父さん」

「いいんだよ、卒業出来れば。それに大切なのは、今だろ。今の、この俺を見てみろ」

 いつの間にから棚から取り出していた、例の女性兵士が写っている雑誌を振り回す瞬さん。

 今、ね。

「それに比べれば、草薙高校なんてぬるいもんだ」

「あなたは、今でも問題児になると思いますけどね」

「うるさいな、いちいち。それよりうちは、草薙グループに結構寄付してるんだろ。その分、四葉を優遇してくれないのか」

「父兄に対しては、学内の見学や招待をしてくれますよ」

「固い学校だ。寄付は止めて、俺にくれ」

 何言ってるんだ、この人は。

 しかも、真顔で。

「別に、お金には困ってないんですよね」

「あって困る物でも無いだろ」

「そうですけど」

「いくら寄付してるか、優ちゃん知ってる?」

 首を振ると、瞬さんはため息混じりに数字を告げた。

 私が、違う意味でため息を付く額を。

「これでも少ない方らしい。ほら、矢加部さんいるだろ」

「いますね」

 多少刺々しく、返事をする。

 瞬さんは腰を引き気味に、桁の違う数字を告げた。

「冗談でしょ」

「私も,それは聞いた事があります。彼女のお父様から」

「へぇ。あの子がお嬢様ぶるのも、ちょっと分かる気がする」

 というか、本当にお嬢様か。

 しかもそれだけ寄付出来るのだから、当然その何十倍もの収入に財産がある訳だ。

 人間お金じゃないというけど、このレベルになると信じられなくなるな。

「じゃあ、舞地さんはどうなんだ」

「あの人の実家もすごいよ。タヌキ御殿は」

 何を言ってるんだという顔のショウ。

 そう言えば、この子はあの家を見てないか。

 見てても、タヌキ御殿とは思わないか……。

「北関東の舞地家ですか。確かにあそこなら、矢加部家と同等の寄付は出来るでしょうね」

「ふーん。そんなにお金があるなら、私にくれればいいのに」

 さっきの瞬さんと同じ感想を漏らし、でもお願いはしようと考える。

 大体あの人は、渡り鳥としての貯金もありそうだし。

 その内、寝込みでも襲ってやろう。



「私は、何にも知らないな」

「何を」」

「学校や知り合いの事とか」

「また、その話?知ってどうするの」

 またこの質問か。

 当然未だに、答えは出てこない。

 考えて出てくる物でも無い。

 今の時点では、そうしか思えない。

「世の中、知らない方がいい事もあるって言うでしょ」 

 諭すような台詞を告げ、食器を片付けるサトミ。

 私は台ふきでテーブルを拭き、キッチンへと持っていった。

「そうだけどさ」

「知ったら、次はどうしよう思う。思ったら、行動したくなる。計画も立てたくなる」

「学校とやり合いたくなるって?」

 無言で食器を洗うサトミ。

 私は洗い終わった分を拭き、棚へ戻す。

「サトミは、知りたくない?」

「自分の知識を増やすのは好きだけど、興味のある分野に限られるわ」

「学校の事は」

「無いとは言わない。でも、パンフレットに載ってる程度の内容でも満足出来るの」

 あっさりとした答え。 

 とはいえそれが普通だろうし、どうと言える事でもない。

「じゃあ、どうするのよ」

「私に聞いてどうするの」

「だって」

「まずは、自分の過去でも振り返ったら」

 シンクを洗い終え、エプロンを外すサトミ。

 そう言われても、振り返る程の年数も出来事もない。

 振り返りたくない事は、いくらでもあるが。

「大体、ユウは前を見て生きていくんじゃないの」

「前も見るし、後ろも見るのよ。っと」

 後ろへ向かって裏拳を放ち、手首を返す。

 捕まえた蚊に刺されるより前に、窓を開けてそれを離す。

「こういう具合に」

「いいけど。殺してよね」

「ああ、そうか」

 窓をもう一度開け、すぐに閉める。

 違う蚊が入ってこないとも限らないので。

「どうして、蚊がいるって分かったの」

「耳元で音がしたから。後は、勘」

「冗談でしょ」

 一笑に付すサトミ。

 この子には、一生分からないだろうな。

 鈍いし。

「デザートは」

「冷凍庫に、アイスがあるわ」

「寒いよ」

「注文の多い子ね。葛湯でも飲んでれば」

 インスタントの葛湯を放ってくるサトミ。 

 修行僧じゃないんだからさ。


「暖かい」

 葛湯だけでも、十分満足。

 ご飯を食べた後だし、このくらいの方が丁度いいかもしれない。

「それで、どうする気」

「もう、いらない」

「デザートの話じゃないわよ」

「ああ。そっちの話」

 学校や、その過去についてという事か。

 とはいえ、こればかりは分からない。

 ここ最近、色々聞いて回ったにも関わらず。 

 また、そのくらいで分かる程底が浅くもないだろう。

「いいよ。ゆっくりと考えるから」

「その前に、卒業してるんじゃなくて」

「かもね。でも、いいの」

 何がいいのかは、自分でも分からない。 

 サトミはもっと分からないだろう。

 いや。この子には分かっているのかな。 

 なんといっても、天才美少女だし。

「学校の事を調べるのもいいけど、勉強もちゃんとしてよね」

「親みたいな事言わないで」

「じゃあ、やってるの」

「やってる」 

 学校で出される宿題。

 予習、復習。

 サトミが持ってくる本も読んで。 

 それでも、私の成績は中くらい。

 自分の出来を疑いたくなる。

「やってるのに、成績が上がらないんだよね」

「心配しないの。ユウのレベルなら、東京の進学校でも十分通用するから」

 慰めるような事を言ってくれるサトミ。 

 だったら、学年トップの自分はどのくらいのレベルなんだと聞きたくなる。

「私は、進歩してるのかな」

「してなかったら困るでしょ」

「サトミは、実感ある?」

「知識や推測力という面では。人間としては、どうかしら」

 苦笑気味に答えるサトミ。 

 人間として、か。

 彼女が言いたいのは、心と同意語くらいの意味だろう。

 私の場合は、身も心も疑わしいが。

「あーあ」

「何よ」

「別に。私は変わらないなと思って」

「数年で、気が付かないくらい変わっても困るでしょ」

 理屈としてはそうだ。

 昔と全然変わらないわねと言われ続けている身としては、納得しがたいが。

「服なんて、中等部で着たたのがそのまま着れるんだよ」

「もう、聞き飽きた」

「勿論、少しはきついけど。でもさ」

「いいじゃない。すぐにやり直す事が出来て」

 笑うサトミ。

 やり直すって、時間はどうやって遡るんだ。 

 いくら変わらないっても、それは自分だけの事。

 時が過ぎれば、自然と変わっていく。

 周りが。

 人も、環境も、何もかも。

 結局私は、その中で取り残されているのだろうか。

「少しは、成長してるわよ」

「どうして分かるの」

「昔。例えば中等部の頃は、そんな事考えた?」

 優しい笑顔。

 腕を組み、過去を振り返ってみる。 

 その時の気持を思い出しながら。

 楽しい事、嬉しかった事、辛い記憶。

 でも、そういった事で悩んだ記憶はあまり蘇ってこない。

「でも、その頃は子供だから」

「つまり、今のユウはその頃に比べて大人になったって事」

「そうかな」

「そうよ」

 断言するサトミ。

 しかし実感はない。

 そうかなという気がするくらいで。

「騙してない?」

「もう知らない。一人で悩んでなさい」

「見捨てないで」

「付いてこないで」

 湯飲みを持って、キッチンへ向かうサトミ。 

 完全に見捨てられた。


「ねえって」

「中庭でも掘り返して、堀川の跡でも調べたら」 

「別に、建物とか土地がどうって事はいんだって」

「だったら、草薙高校の過去の入試問題でも解いてれば」

「そうじゃなくて。いや、じゃあ何かって言われると困るけど」

 突然振り返るサトミ。

 そして飛びかかってくる。

 私も即座に迎え撃ち、お互いの脇をくすぐりながらベッドの上でもつれ合う。

 多分昔と、何一つ変わらない光景。


 でも、彼女と出会った時は違っていた。

 お互いの呼び方も、接し方も。

 私はともかく、彼女の外見も。 

 何もかもが。

 その中で変わらないのは。

 同じ物は。

 私の心。

 きっと、彼女の心も。

 彼女を思う気持。

 みんなへの想い。 

 それだけは変わらない。

 変わるはずもない。



    


                      第20話 終わり










     第20話 あとがき




 回顧編、とでもいいましょうか。

 過去と、現在と、未来。

 その流れの中で、どう振る舞うのか。 

 大げさに言えば、そんな感じです。


 展開としては、一休み。

 大ざっぱにですが、草薙高校の成り立ちも書いてみました。

 この辺は書くときりがないので、適当に読み流して下さい。

 またユウの両親は、草薙高校の母体となった高校。

 サトミの兄と、ショウの姉と従兄弟は草薙高校出身。

 モトちゃんのお母さんは、元教師。

 都合がいい話ですが、大半は地元なので。 

 この辺の事も、書くときりがないですが。






    







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