表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第20話
216/596

20-6






     20-6




 呼び出しが掛かった。

 誰をというか、私を名指しで。

 面白い事ではないが、緊張もしない。

 良くある事でもあるので。


「私に、何か」

「用があったから呼んだんだ」

 もっともな台詞。

 指で突かれる机。 

 塩田さんは背もたれに身を任せ、そのまま机に足を掛けた。

「俺は、揉めるなと言ったぞ」

「だって、向こうが悪いんですよ」

 こればかりは譲れないので、こちらも強く言い返す。 

 開き直りと思われようと構わない。

「大体、あの理事が」

「ちょっと待て。俺は、制服の件で呼んだんだ。何だ、その理事って」

 食い違う内容。 

 妙に冷たい空気。

 すぐに口を閉ざし、そっぽを向く。

「この野郎。……元野か。今日の雪野の行動と、学校に来てる理事をチェックしろ」

 即座に端末へ表示される、私の行動履歴。

 誰が調べてるのか知らないけど、大まかには合っている。

「生徒指導課で、理事を睨み付けたガーディアンがいるらしいな」

「さあ」

「名前は、お前になってるぞ。誰かが、報告を止めたみたいだが」

 モトちゃんかな。 

 そんな、ちょっとした友情が嬉しかったりする。

「どうしてそう、あれこれ揉めたがるんだ」

「だってあの理事が、絵を捨てるから」

「ああ、あいつか。それならいい」 

 なんだ、それ。 

 塩田さんは足を振り上げて、その反動を利用して器用に立ち上がった。 

 私だって真似は出来るが、その前に机まで足が届かない。

「それに制服の件にしたって、向こうが強引に勧誘してるから。名義も勝手に使ってるし。その方が、問題なんじゃないですか」

「どうして俺が怒られるんだ」

「だって」

「勧誘も名義貸しも、抗議はしてある。変に刺激すると、あっちもむきになる。あしらうって事を、少しは覚えろ」

 腰に警棒のフォルダーを付ける塩田さん。

 手にはオープンフィンガーのグローブをはめ、レガースとアームガードも付け始めた。

「ケンカでもするんですか」

「示威行動って奴さ」

「自分も揉めるんじゃ無いですか」

「いいんだよ。俺は連合の議長だから、ガーディアンを代表して一言言う義務がある」


 屁理屈をこねた塩田さんの後について、廊下を行く。

 さすがに私達だけではなく、ショウ達やモトちゃん達と一緒に。

「その委員会へ行くんですか」

「まあな。お前達、場所知ってるか」

「副会長が、会長室を使うのは聞いたけど」

「元々あいつが使ってもいい部屋なんだ」

 小さい声で呟く塩田さん。 

 信頼と、確信を込めて。

「えーと」

 一般教棟内の、あまり人気のない場所。

 資料室や、物置代わりになっている部屋が多いブロックである。

「ここだな」

 ドアを指差す塩田さん。

 周りにある部屋同様、資料室の札が掛かっている。

「何が」

「委員会は勿論、生徒会の特別教棟にある。ただし、奴らは現状では少数派。手足となる人間が限られている。つまり、情報を集める人間が必要って訳だ」

「するとここは、連中の巣穴って訳ですか」

「きついな、お前も。せめて、分室って言ってやれ」

 肩をすくめるケイ。

 その視線が、上下へと向けられる。

「カメラで、こっちの様子ぐらい見てるでしょう」

「セオリーだろうな。玲阿、壊せ」

「いいけど、責任は持たないから」

 真上へ跳ね上がる左足。 

 それがドアの脇にあったプレートを叩き、そのままドアの取っ手へと落ちる。

 両箇所から上がる火の手。

「何も、壊さなくたって」

 当然とも言える感想を漏らす木之本君。 

 塩田さんは苦笑して、ドアへ顎をしゃくった。

「どうなっても、知らないからな」

「言い訳は俺が考えるからいいんだよ」

「ったく」

 鋭い前蹴り。

 へこむドア。

 わずかな隙間に手をこじいれ、横へ動かすショウ。

 少し耳障りな音がして、壊れたドアが手前へ引き出される。

「さてと」

 人一人通れるくらいの隙間から、中へ入っていく塩田さん。 

 ショウが続き、私もすぐに付いていく。



 さして広くはない室内。 

 机とラック。

 端末とTVが数台。

 殺風景で、事務室的な風景。

「何だ、お前達は」

 低い声で尋ねてくる、部屋の主。

 長い髪に、青白い顔。

 いかにも、こういう場所にこもってますという感じの。

 他にも何人かいるが、見た目はどれも同じ。

 本人達は否定するにしろ、私にはそう見える。

「ここの使用許可なんて、いつ取った」

「何だと」

「勝手な真似をされたら困るんだよな。……盗撮用か、これは」

「間違いないですね」

 すかさずフォローする木之本君。 

 彼は部屋の隅にあった機材に触れて、強制的に電源を落とした。

「データはどうします」

「バックアップを俺に。後は消せ」

「了解」

 手早く作業をしていく木之本君に頷き、塩田さんは机の上にあった書類を手に取った。

 男達は抵抗しようとするが、運動は苦手らしくあっさり床へと転がされた。

「監視対象者リストか。俺、大山、中川さんに、天満さんは最重要人物だってさ」

 この辺りは当然で、彼等が一昨年から学校とやりあっていたためだろう。

「伊達の知り合い達も、俺達と同ランクか。阿川達と、風間も乗ってるな」

「大変ですね」

「お前達も全員載ってるから心配するな」

「それはどうも」

 手の中に落ちてくる書類。 

 丁寧に、顔写真付きで。

 しかも、特徴まで書いてある。 

 かなりの小柄で、短気だって。 

 当たってるだけに、むかつくな。

「木之本」

「終わりました」

「じゃあ、機材を運ぶぞ。玲阿」

「泥棒かよ」

 ぽつりと呟くケイ。

 塩田さんは構わず、木之本君にどれを運ぶか聞いている。

「こんな事、意味あるの?」

「特に無いわね」

 静かに、醒めた口調で答えるサトミ。 

 彼女のデータには、こうある。

 頭脳明晰、容姿端麗と。 

 全然、見る目がないな。

「じゃ、何でこんな事するの」

「デモンストレーションにはなるわよ。学校の行動くらい全部分かってる。こっちがその気になれば、手足をもぐくらい造作もないって」

 さすが、頭脳明晰な人は違うな。

 さてと、ショウのはと。

「はは」

「あなたも、緊張感がないわね」

「だって、これ」

「繊細な部分が見受けられる?当たってるじゃない」

 笑い出すサトミ。

 私のように声は出さず、たおやかな感じで。

 容姿端麗な人は、笑い方も違うな。

「何してるの」

「これ」

「ああ。個人の性格分析。私は……」

 常に冷静で、視野が広い。

 比較的、穏和とある。

「あら、いやだ」

 こっちが嫌だ。 

 大体、どこが穏和なんだ。

「ちょっと、これ作ったの誰よ」

「ユウ」

「誰って聞いてるの」

 顔を見合わせる男達。 

 彼等はまるで抵抗する様子もなく、部屋の隅で今までずっと大人しくしていた。 

 そして今も、困惑気味にこっちの様子を伺ってる。

 普段すぐに殴りかかってくる連中ばかりなので、この転入生達の行動はかなり新鮮である。

 というか、これが普通なのかも知れない。

「誰って、学校から配られた物だから」

「じゃあ、訂正しておいて。この元野智美が穏和なのは、大間違い。それと、遠野聡美は怒りっぽいて付け加えて」

「え」

「早く、メモ取って」

「は、はい」

 慌ててノートにペンを走らせる男。 

 サトミとモトちゃんが怖い顔をしているが、それこそ私が言った通りじゃない。

「あなたは、何してるの」

「この子達だって、手ぶらじゃ後で大変でしょ。だから、情報を提供したの」

「馬鹿らしい」

 鼻を鳴らすサトミ。

「もう一つ追加。すごい、嫌み」

「は、はい」

「書かなくていいのよ」

 低い、地の底からのような声。

 男はペンを床へ落とし、直立不動のまま動かなくなった。 

 何をやってるんだか。

 いや、他人事でも無いか。

「木之本君のは?」

「生真面目過ぎる部分があり、押しに弱い」

「そうかな」

 遠くで呟く木之本君。 

 そうだよ。

「ケイのはと」

「いいよ、俺は」

「良くないの。突発的な行動が目立ち、体制に反抗的。要注意だってさ。はは」

「笑い事か」

 じゃあ他に、何を笑えっていうのよ。

 しかも要注意なんて、この子にしか書かれてないし。



 連合の本部へと戻り、木之本君は機材の解析。

 地味で面倒な仕事だけど、彼には楽しくてたまらないらしい。

「後で、委員会からクレームは来ないんですか」

「勝手に部屋を占拠して、人を監視してるんだぜ。文句を言うなら、こっちの方だ」

 プロテクターを外す塩田さん。 

 これだけの格好をしたんだから、彼も多少荒れるのは覚悟していたんだろう。 

 でも結果は、この通り。

 揉めるどころか、こっちがいじめてるくらいのイメージだった。

「転入生と言っても、大人しい人達ばかりだよね。文句は言ってくるけど、殴りかかってこないし」

「俺には殴ってきた」

 ぽつりと漏らすショウ。

 つくづく、そういう事に出くわす人だな。

 当然、その程度には対処出来る人でもあるけど。

「お前達が暴れる。俺の所にクレームが来る。それに対処する。という流れを断ち切るにも、俺があそこに出向いた意味はある」

「塩田さんに注目を集めるって?単に、暇だったからだろ」

 鼻で笑うケイ。 

 しかし図星だったのか、塩田さんは黙って彼を睨んだだけで止めた。

「学内でも有数の組織のトップなんだし、少しはそういう自覚を持ったらどうです」

「お前に言われたくない。別に、好きでやってる訳でもないんだし」

「また、それだ。その内話す。好きでやってる訳じゃない。オウムでも、もっと喋るのに」

「この野郎」

 さすがに我慢しきれなくなったのか、席を立ちケイに飛びかかった。

 ただケイもそれは察知していたらしく、いち早くショウの後ろへと隠れる。

「こっちは遊んでる暇もないんで。こいつとじゃれてて下さい」

 そう言い残し、部屋を出て行くケイ。

 塩田さんは舌を鳴らし、ショウのお腹に正拳を放った。

「な、何するんだっ」

「知るか」

 無茶苦茶な台詞。

 ただ、そこはショウ。

 やり返す真似すらせず、口元で何かを呟きつつお腹をさすっている。

「サトミー、ちょっと手伝ってー」

「今行く」 

 ドアから顔を出したモトちゃんと共に去っていくサトミ。

 木之本君も機材のパーツを分析するため、精密技術室へ。

 残ったのは塩田さんと、私とショウ。

「さて、どうよ」

「残り物が集まったんじゃないのか」

 笑うショウ。 

 私も一緒になって笑う。

 笑ってないのは、塩田さんくらいだ。



 実際に執務室でやる事もないので、外に出る。

 相変わらず目立つ、制服姿。

 数としては大した事はない物の、今までよりは確実に増えている。

 少し固めの、古いデザイン。

 時代錯誤という程ではないが、積極的に着たいとも思わない。 

 何らかのメリットがあるとちらつかされた場合には、余計に。

 本当に、素直じゃないというかあまのじゃくというか。

「ショウは着ないの、制服」

「堅苦しいのは好きじゃないし、サイズがない」

 見上げる程の長身。

 鍛え抜かれた手足、厚い胸板。

 特注するならともかく、確かに既製品ではないかも知れない。

「私もサイズがないけどね」

 ショウとは逆に、小さ過ぎて。

 今の制服は、一番小さいサイズを多少手直した物。

 勿論そのままでも着られるものの、袖が指を隠しそうになる。

 それはそれで可愛いけどね。 

 多分。

「二人だけ?」

 警棒を担ぎ、私達に声を掛けてくる七尾君。

 別に他意はないらしく、知り合いに声を掛けたという雰囲気。

 いつも周りからやいやい言われるので、敏感になり過ぎているようだ。

「うん。七尾君は」

「稽古を少し」

「一人で?」

「師匠と」

 すこし離れた所から現れる、長身の女性。 

 落ち着いた物腰、隙のない歩き方。

 彼女は腰に、長いバトンを差している。

「土居さんだよ。玲阿君は、初めてだったかな」

「ああ。どうも、初めまして。玲阿四葉です」

 律儀に挨拶をして、深く頭を下げるショウ。

 土居さんは苦笑して、軽く会釈した。

「学内最強って割には、腰が低いね」

「いえ、俺は全然」

 謙遜ではなく、本心からという声。 

 それも面白かったらしく、彼女の冷静な表情が少し和らぐ。 

「軽く、やる?」

「え」

「いいじゃない。暇そうだし」



 着替えを済ませ、マットの敷かれたトレーニングルームへやってくる。

 かなり広めで、先客も何組か。

 ストレッチで体を解し、少しずつ意識を高めていく。

「それで、あの人誰なんだ」

「七尾君の先輩で、沙紀ちゃんの先輩でもある。らしいよ」

「らしいよって」

「私も殆ど会った事無いもん」

 かかとを頭の上まで何度か振り上げ、ゆっくりと降ろす。 

 早くやるなら、それ程難しくはない。

 ただしバランスを崩さずに、一定の速度でやるのは難しい。

 私の場合は足が短いので、それ程でもないが。

「武器を使う相手っていうのはな」

「でもあの人、鶴木さんの所で習ってるんだよ」

「鶴木流を。ふーん」

 鶴木さんは、ショウにとって遠縁にあたる人。

 ちなみに御剣君も同様。

 よく考えてみると、恐ろしい親族でもある。

「使う?」

 スティックを伸ばし、ショウへ差し出す。 

 彼は一瞬考える素振りを見せて、それを受け取った。

「ちょっと軽いな」

 スティックをばらし、重りの位置を変え出すショウ。

 元々私専用の物で、他の人にはかなり使いにくい。 

 とはいえ彼も制作には携わっているし、素人でもない。

「こんな感じか」

 無造作に振られるスティック。

 風を切る音がして、辺りの空気が一瞬にして引き締まる。

 単なる力だけではない、強い気迫が感じられる。

「程程にね」

「俺は、そのつもりだけど」

 視線をドアへ向けるショウ。

 バトンを両肩で担ぎ、柔らかい足取りで歩いてくる土居さん。

 その後ろに従っていた七尾君が、軽く手を振る。

「悪い。土居さんが、プロテクターを着たいって言うから」

「ない方が動きやすいけど、まだ死にたくないの」

 大袈裟。

 とは言えないくらい、私のスティックの強度は優れている。

 ショウの実力を知っていれば、なおの事。

「ショウが、土居さんとやりたいって」

「おい、俺は何も」

「いいよ。あくまでも、軽くね」

 正眼に構える土居さん。

 すでにアップは済ませてあるらしく、また集中力も高まっているようだ。

「武器以外での打撃は?」

「体の押し合い程度って事で。それ以外を採用すると、玲阿君に分があり過ぎる」

 冷静に判断する七尾君。

 普段の軽い雰囲気とは少し違う、大人びた顔で。

 ただそれに異論はないし、ショウ達もそうだろう。



 軽く重なる、スティックとバトンの先。 

 すぐに離れる両者。 

 足を払いに掛かるバトン。

 スティックを下に落とし受け止めるショウ。

 土居さんはバトンを引き、そのまま一気に前へ出た。

 鋭い突き。

 そう見せかけての、後ろから跳ね上がってくるバトン。

 半身になってかわしたショウは、スティックを腰にためて横に薙いだ。

 がら空きの胴へ突き進むスティック。

 それを、手で防ぎに行く土居さん。

 軽くても打撲。

 骨折もあり得る状況。 

 しかし彼女の口から悲鳴は上がらず、微かに口元が緩む。

 スティックと同じ早さで下がっていく手。

 それはやがてスティックに触れ、ついには掴み上げた。 

 回転する手首。

 バランスを崩すショウ。 

 片手で打ち込まれる、唸りを上げたバトン。

「っと」

 肩口に落ちてきたそれを、やはり手で受け止めるショウ。

 土居さんとはまた違い、横からフック気味に。

 武器を収め、下がって一礼する両者。

 笑顔と、敬意を込めて。

「さすがだね」

「いえ。勉強になりました」

 殊勝な台詞。 

 これを、本気で言ってるからな。

「よくやるよ」

 苦笑する七尾君。

 彼は特に、ショウとやりあうという素振りは見せない。

 血の気が多く軽い雰囲気に見える時もあるが、こうして落ち着いた表情の時もある。

 勿論誰でも四六時中同じ素振りなのはあり得ないので、不思議でもないが。

「あんたはやらないの」

「負けるのが分かっててやっても仕方ないでしょう」

「そう」 

 素っ気なく頷く土居さん。

 七尾君は彼女にタオルを渡し、ショウが手にしているスティックへ目を向けた。

「それは?」

「特注品。俺じゃなくて、ユウの」

「ふーん」

「ほら」

 無造作に放るショウ。

 微妙な軌道を描きながら落ちていくスティック。

 七尾君はそれを見ながら小さく頷き、すっと手を伸ばした。

 その手へ綺麗に収まるスティック。

 これを見ているだけでも、彼の実力がうかがい知れる。

「振りにくいな」

「ユウの体型とか筋力に合わせてあるから。今は、多少バランスを俺用に調整したけど」

「振るというより、振られる感じか。土居さんも、どうです」

「面白いには、面白いのかな」

 片手で。

 肩、肘、手首と伸ばしていく土居さん。

 綺麗な曲線はやがて、直線となって肩からスティックの先端へと作られていく。

「肩とか手首を痛めそうだね。今は、痛くないの」

「俺は、多少慣れてますから。負担は掛かりますけどね」

 スプレーで、手首をアイシングするショウ。

 当然、私へと集まってくる視線。

 そんな使いにくい武器を、所持してるのかという具合に。

「だから、私用に調整してあるんだって。ほら、貸してみて」

 スティックを受け取り、手首と指だけで縦に回す。

 次に手首を小さく振ってそれを上へ放り投げ、落ちてきた先端を手の平で受け止める。

「ね」

「ね、じゃないよ。サーカスにでも入ったら」

 素っ気ない言葉。

 わー、感動した。すごいね。

 くらい言ってくれてもいいのに。

 土居さんの雰囲気で言われたら、ちょっと困るけどさ。

「誘っておいてなんだけど、あんた達ふらふらしてていいの」

「いいの。土居さんこそ」

「あたしは、ちゃんと許可を得てここに来てる」

「俺はどうかな」

 すっとぼける七尾君。

 とはいえ沢さんが一人いれば、ブロックの一つや二つは収められる。

 彼が何をしてようと、それほど問題はないだろう。

 それほどは、ね。

「風間が何か言ったらしいけど、それは気にしてない?」

「学校とどうこうっていう話?私は塩田さん達程、積極的に関わってないから」

「それが正解だよ。学校とやり合っても、いい事なんて何一つ無い」

 低い、投げやりに近い口調。 

 その隣では、七尾君も苦笑気味に頷いている。

「風間達は、中等部の頃多少揉めてね。その事を気にしてるんだと思う」

「学校と揉めたんですか?」

「そのものじゃなくて、学校関係者と。土居さん達が転校したのも、その辺が多少は関係してる」

 話をフォローする七尾君。

 この話を聞くと、この間の風間さんの態度も頷ける。

 そこに、先輩達の事が加われば余計に。



 寮に戻り、ベッドの上に寝転がる。

 トレーニングを終え、疲労した体。

 ただ、さっきの土居さん達の話は頭から消えない。

 感情だけで動く事の難しさ。

 彼女達の言うように、学校とやり合っていい事は何一つとして無いだろう。

 この先の、就職や進学を考えても。

 また私の取った行動が、周りにどういう影響を与えるかと考えれば余計に。 

 私一人が退学になるなら構わない。

 それは、自分の責任だから。

 でもそれで、誰かを巻き込んだ場合はどうなのか。

 仕方ないでは済まされない。

「駄目だ」

 じっとしてると、つい考えが暗くなってくる。

 お腹が空いたし、ご飯でも作ろう。

 時間が掛かるのは面倒だから、チーズフォンデュでもするか。


 パンを切って、ハムも切って。

 チーズを揃えて、削って。

 白ワインを注いで、コトコト煮て。

 ……結構、手間が掛かるな。 

 今さらという話だけど。

 沸々としてきた白い表面にパンを入れて、そっと引き上げる。

 ふっと伸びるチーズ、綺麗な色のコーティング。

「あち」 

 ふーふー言いながらパンを頬張り、火力を調整する。

 忙しいね、どうにも。


 洗う事を忘れてたな。 

 こびりついたチーズを力尽くでこすり、じゃぶじゃぶ水で流す。

 少し冷たい指先。 

 気付かない内に、秋が近付いているようだ。

 グラスに残った白ワインへ口を付け、そんな感慨を抱く。

「ふぅ」

 体の中から暖かくなってくる感じ。

 その内酔いが回り、本当に温かくなるだろう。

「へぇ」

 洗い物を終え、バスルームへ向かう。

 ひっくり返る程は飲んでないし、足元もふらつかない。

 さっと服を脱ぎ、洗濯かごへ。

 鏡を見ると落ち込んでくるので、そのままバスルームに入る。

 温かいシャワーが何とも嬉しい。

 さてと、体を洗う前にまずお風呂にと。

「わっ」

 差し入れ立てを引き戻し、思わず舐める。

 別に味を確かめた訳じゃない。

 冷たかったので、温めたかっただけだ。

「湧いてない?」

 セットするのを忘れたらしい。

 いくら秋ではないといえ、このまま出たらさすがに寒い。

 それに疲れも取れない。

「あー」

 シャワーを小出しにして、その下に入る。

 滝に打たれてるんじゃないんだからさ……。


 ずっとシャワーを浴びてたせいか、かなりだるい。

 軽い、打たせ湯のような物だしね。 

 我ながら下らない悩みを抱えつつ、再びベッドに横たわる。 

 このまま寝てしまいたくなるくらいの感覚。

 別にやる事もないし、いいか。

 肩をゆすられる感触。

 誰よ、人の部屋に勝手に入ってきてるのは。

「あなた、私が痴漢だったらどうするの」

「そういう気配には、敏感に察知する」

 伏せた答え、体勢を変える。

 より、寝やすいように。

「起きて」

「どうして」

 起きる理由はないし、第一体が動かない。

 ご飯を食べて、お酒を飲んで。

 後はお風呂に入って。

 今日の全日程は終了した。

「だらしない女だな」

 即座に跳ね起き、足を天井へ突き上げる。

 正確には、鼻先をかすめて。

「わっ」

 当然だが、後ろへ仰け反るケイ。

 人の部屋に勝手に入って、何言ってるんだ。

「この女」

「自分こそ。不法侵入で訴えるわよ」

 二人でぎりぎりと睨み合い、お互いの顔を指差す。

 それこそ、生涯の仇だと言わんばかりに。

「あなた達は、何してるの」

 呆れ気味にたしなめてくるサトミ。 

 仕方ないので相手を牽制しつつ、お互いに距離を置く。

「それで、用事でもあるの?」

「これだ。所詮はこれだ」

 まだ言ってくるか。

 腰をためてスティックを探してると、サトミが私の鼻に指を伸ばしてきた。

 それこそ、押し潰すくらいの勢いで。

 初めから潰れる程もないけどね。

「あなた。今日は何の日か知ってる?」

「誰かの誕生日、でもないよね」 

 少し汗が出てくる感覚。 

 お風呂上がりのそれではなく、手の平とか脇の下の辺りから。

「空って、見た事ある?」

 それくらいあるだろ。

 今さら、何を言ってるんだ。 

 私の顔から答えを悟ったらしく、こくりと頷くサトミ。

「じゃあ、夜空は」

 それだってある。

 少なくとも私の目は見えてるし、鳥目でもないから。

「夜空には、何か見えるかしら」

「UFO」

 笑われた。

 かなり、虚しげに。

「それ以外では?」

 根気強いな、今日は。

 勿論私だって、UFOが見えるとは思ってない。

 それはあくまでも、希望の話だ。

「えーと、星。お星様」

「そうね。星座、なんて言葉もあるわね」 

 持って回った言い回し。

 天体観測の趣味は、少なくとも私は持ち合わせてはいない。

「他には?」

「月、かな」 

 当たり前の。

 当たり前過ぎる物。 

 見えていても、意識しないくらいに。

「分かった?」

 笑顔で尋ねてくるサトミ。 

 月が空にあるくらいは分かってる。

「何よ。モチでも付くの」

「面白いわね」

 すごまれた。 

 それも、笑顔のままで。

 分かんないな、もう。

「今日は何月何日」

 カレンダーを示す指先。

 それを見て、首を振る。

 別に何の日でもない。

 でも、赤く丸が打たれてある。

「誰、これを書いたのは」

「妖精じゃないの」

 鼻で笑うケイ。

 そんな訳あるか。

「ああ、思い出した」

 ベッドの上に飛び乗り、手を叩いて大きく頷く。

「そうだ、そうだよ」

「うるさいな」

「分かった、分かった」

 ぱちぱち手を叩き、時計をチェックする。 

 夕方を過ぎ、すでに夜と呼んでいい時間。

 だからこそ、サトミ達も来たんだろうけど。



 教棟の屋上。 

 最小限の照明。

 人の気配と、話し声。

 空には星が輝き、振り返れば都心部のネオンも輝いている。

「結構寒いね」

 黒のミニスカートから伸びる素足をさすり、軽く足踏みをする。

 少し濡れた髪を撫でていく、冷たい夜風。

 夏の湿り気を含んだそれとは違う、切なげな香り。

「ショウは」

「もう来るわよ」

「どこか行ってるの」

 話している途中にやってくるショウ。

 リュックを背負い、紙袋を両手に持って。

「何、それ」

「何って」

 呆然とした顔。

 それこそ、地面に袋を落としかねない雰囲気。

「ゴザだろ」

「レジャーシートだ」

 リュックから出てくる、小さな袋。

 さらにその中から、ショウのいう青いレジャーシートが出てきた。

「わざわざ、用意がいいね」

「いいよ」

 投げやりな返事。

 むっとしてるようにも見える。

「何怒ってるの」

「あのさ」

 つながらない言葉。 

 漏れるため息。

 怒るのも疲れたという感じで。

「ユウが持ってきてって言ったんでしょ」

「そうだった?」

「仕方ないわね。今日の事も忘れてるくらいだから」

 夜空を指差すサトミ。 

 そこに浮かぶ、青白く輝く月を。


 今日は仲秋の名月。

 教棟のそれぞれには生徒や父兄が集まり、月見を楽しんでいる所。

 私達も、その中の一組である。

 さっきまで、忘れてたけどね。

「妙に、左右に分かれてない?」

 屋上にいる人達の位置。

 月は名古屋港、つまり南に見えている。

 しかし彼等は他の教棟の影となって見えにくい、左右に分かれている。

「どうでもいいだろ。それより、団子くれ」

「なんで」

「花より団子」

「月だろ」

 生真面目な返事。 

 とはいえ私もケイに賛成なので、紙袋の中をごそごそ漁る。

 これはおにぎりか。

 さっき食べたばっかだし、パス。

 こっちは、唐揚げ、サンドイッチ、ゆで卵。

 遠足だね、まるで。

「あった、あった。積もうか」

「台なんて持ってきてない」

「じゃあ、ススキは」

「食べられればいいだろ。大体、積んだら引っ付いて仕方ない」

 もっともな台詞。 

 それは分かるけど、面白くないな。

「あーあ」

 腰を下ろし、腕を伸ばす。 

 って、どこに座ってるの。

 シートはまだ敷いてないし、地面までは距離がある。

「何、これ」

 緩く張られた、鉄の鎖。

 よく見ると正面の位置を囲むようにして、左右から四角く仕切っている。

 所々には紙が貼られてあり、「立ち入り禁止・理事会」と書き込まれてある。


「これで、みんな左右に分かれてるのね」

 紙を手に取り、鼻で笑うサトミ。

 仲秋の名月は、学校のイベントではない。

 あくまでも集まりたい人が、月を見たい人が好きで屋上に来ているだけの事。

 誰がどうとか、場所がどうとかじゃなくて。

 ただその場所に集まり、夜空を見て、月を眺める。

 場所を取るのは構わない。

 それもまた、自由だから。

 だけど、やり方があるはずだ。

 一言聞けばいい、言えばいい。

 学校で場所を確保したいから、ここを使わせてくれと。

 誰もそれに異を唱えはしない。

 なんなら、この屋上を貸し切りにしたっていい。 

 月が見えるのはここだけじゃないし、学校に対してそのくらい譲る気持は誰だって持っている。


 でも鎖をして仕切をして、立ち入り禁止なんて書かれたら。

 生徒と、学校との信頼関係はどうなるだろう。

 いや。彼等が私達を信用していないだけか。

 怒りというより、悲しさすら覚えてくる。


「馬鹿馬鹿しい。切れよ」

「どうやって」

 鎖を掴み、強引に引っ張るショウ。 

 その握力で鎖自体は潰されたが、左右にちぎれる気配はない。

「非力だな」

「じゃあ、やって見ろ」

「任せろ」

 パーカーの懐から手を出すケイ。 

 その先から立ち上がる、青い炎。

「焼き切るのか。後で揉めるぞ」

「いいんだよ。きたきた」

 炎の光に煽られるケイの顔。 

 微妙な陰影の中に見える、楽しげな笑顔。

 悪魔って、多分こういう顔なんだろうな。

「手袋は」

「引っ張るのか?」

「さっきよりは柔らかい」

「飛ばないだろうな」

 革手袋をはめ、赤い部分から顔を反らしながら慎重に引っ張り始めるショウ。

 少しの抵抗があり、赤い部分にひびが入る。

「水を掛けたら」

「却って固くならないか」

「今ので脆くなったから大丈夫よ」

 ペットボトルのふたを開け、無造作に掛け出すサトミ。

 即座に吹き上がる水蒸気。

 わっと叫び、ショウは鎖を投げ捨てた。

「危ないわね」

「ど、どっちが危ないんだっ。顔に、顔に」

「一度言えば分かるわよ。ほら、引っ張って」

「くっ」

 怒りも込められたのか、薄闇の中でも分かる赤い顔で引っ張るショウ。

 すると鈍い音がして、鎖は左右に離ればなれとなった。

「出来たぞ」

「次は、溶接と。でも、このライターだと火力が弱いかな」

「バーナーが欲しいのか」

 突然後ろから掛かる声。

 振り向くと、名雲さんが笑っていた。

 その隣には、モトちゃんも寄り添っている。

「デート?」

「ああ」

 あっさり認めたな。

 照れもせずに。

 がー。

「この下に技術工作室があるだろ。あそこからもってこいよ」

「キーがない。あっちはセキュリティもあるから、壊す訳にも行かないし」

「俺が持ってきましょうか。部活の関係で、キーを持ってますから」

 控えめに申し出る男の子。

 それに頷いた名雲さんを見て、彼はドアへと走っていった。

「誰」

「俺も知らん。それで、浦田。これをどうするんだ」

「今は手すりから手前に伸びて、四角く正面を囲っている状態。今度はそれを左右に伸ばして、左右を仕切ります」

「じゃあ、俺達が運びますよ。結構重そうだし」

 何人もの男の子達がやって来て、鎖を左右に運び出した。

 私は知らない子達で、名雲さんも知らないだろう。


 左右に分かれて、バーナーを使う男の子達。

 飛び散る火花と、飛び交う指示。

 月見じゃないな、どう考えても。

「出来た」

 感慨深げに呟くケイ。

 正面を仕切る鎖。

 でも位置は、さっきとは違う。

 手すりから手前に伸び、ポールを経由して左右に伸びている。

 つまり囲んでいるのは、左右の位置。

 正面は、完全に解放された状態だ。

 当然その鎖にも、「立ち入り禁止」の紙は貼られたまま。

「ここにいると何かと揉めそうですし、場所を変えましょう」

「お前、本当に悪いな」

 苦笑して、屋上にいる人達を誘導し出す名雲さん。 

 ショウはリュックと紙袋を手にして、ため息を付きつつ歩き出した。



 さっきの教棟の右正面にある、少し低い建物。

 とはいえ月を見るには何の問題もない。

 せいぜい、月から10mくらい遠ざかっただけの事だ。

「かんぱーい」  

 あちこちで上がる歓声。

 笑い声。

 知り合った者同士が体を寄せ、たわいもない話をして。 

 屈託無く笑う。

 明日になれば、何を話したかなんて忘れてしまう

 でも何にも代え難い、一生の思い出になるような出来事。

「浦田君、それ何」

 おにぎりを、両手で持ちながら尋ねる柳君。 

 彼等は名雲さん達に気を使って、初めからこっちへいたとの事。

「花火だよ、花火」

 喜々とした、子供のような笑顔。

 ただ、彼が手にしているのは見慣れない小さな端末。

 どう考えても、花火とは思えない。

「あなた、向こうに仕掛けてあるんじゃないでしょうね」

 目元を鋭くする池上さん。

 その視線はケイを舐め、さっき私達がいた教棟の屋上へと向けられる。

「大丈夫ですよ。屋上自体でなくて、手すりの向こうにありますから。それに、発火装置も綺麗に燃えます」

「いいから。私が預かっておく」

 強引に奪い取り、池上さんは薄く微笑んだ。

 単に、自分のタイミングで打ち上げたいだけじゃないのか。

「楽しい?」

「楽しい」

 素直に答える舞地さん。

 毛布にくるまり、仰向けのままの姿勢で。

 何だかな。

 取りあえず横から押して、ごろりと転がす。 

 はずだったが、意外と重い。

 というか、抵抗してるな。

「うー」

「雪ちゃん、何してるの」

「うー」

「それは分かったから」

 反対側から押し出す池上さん。

 今度は舞地さんが、「うー」と唸り出す。

「お前ら、何してるんだ」

「うー」

 3人して唸り、くすくす笑う。


 夜空に吸い込まれる笑い声。

 不意に上がる花火が、その空を焦がす。

 あちこちから上がる、歓声と拍手。

 秋の一時。

 少し肌寒さを覚える夜。

 つかの間の、暖かい時。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ