表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第20話
215/596

20-5






     20-5




 色々と、あるにはあった。

 ただ、実感は相変わらず薄い。

 あくまでも遠い世界での出来事という気分は拭えない。

 それは実際に、自分が関わってないからだろう。 

 勿論間接的に、また長い目で見れば違うにしろ。

 今、まさにという事ではない。

 具体的に何かされた訳ではないし、何かされる雰囲気もない。

 自分の知り合いも含めて。 

 舞地さん達だって、そうなりそうになっただけで。

 結局のところ、他人事という気分が心のどこかを占めている。


 教室移動のため、とことこと廊下を歩く。

 歩幅が短い分、人よりも多めに。

 それ程違わないとサトミ辺りは言うが、だったら体を入れ替えて欲しい。

「ん」

 足を止め、腕を組む。

 私が入りたい教室の前。

 制服姿の集団。

 よく見ると少しデザインの違う、古い感じの制服。

 それだけなら、別に文句はない。

 何にしろ、自分の意思で着ているんだから。

 ただし、聞こえてくる彼等の話は違う。

 集団の中心。

 より正確に言うなら、囲まれている女の子達。 

 彼女達への、説得に近い内容。

 つまりは、制服を着るようにという。

 所詮は他人事だ。


「何してるの」

 そう簡単に割り切れる訳もなく、彼等の前に進み出る。

 足りないのは身長だけじゃない。

 我慢も足りないんだろう。

 だが、それを悔いるのは後でいい。

「何だ、お前は」

「私が誰だっていいでしょ。それと、制服を着ようと着まいと」

 スティックを軽く振り、スペースを作って女の子達を背中にかばう。

「俺達が、誰だか知っててそう言ってるのか」

「あなた達が誰だろうと、私が誰だろうと関係ない。人に下らない事を押し付けるなって言ってるの。それとも、この子達が自分から言ってきたの?制服を着たいですって」

 遠慮気味に首を振る女の子達。

 ブラウスとミニスカート、半袖のシャツにキュロット、ワンピース。

 服装は様々。

 考え方も様々。

 何を着ようとどうしようと、個人の自由だ。

「俺達が何をしたって、お前に関係ないだろ」

「私だって、関わりたくないわよ。そういうふざけた事をやらないならね」

「ふざけた事?」

「そんなに制服が着させたいのなら、そういう趣味がある彼女でも見つければ」

 辺りから起きる笑い声。 

 顔を真っ赤にする男達。

 しかし私に殴りかかるという事は無さそうだ。

 体型、バランス、視線の配り方。

 どれをとっても素人で、そういう素振りでもない。

 ではどうして、こんな強気に攻められるのか。

「とにかく、散って」

「なに」

「ここからいなくなれと言ってるの」

 多少の威圧感を込め、低く呟く。

 男達は慌てて身を引き、背を向けて走っていった。

 全く、この程度で逃げるならやるなっていうの。

「あ、ありがとうございます」

 若干怯え気味にお礼を言ってくる女の子。

 どうも評判が悪いな。

 それとも、自分が悪いだけなのか。



 教室へ入り、席に付く。 

 突き刺さってくる視線。 

 好意的なのが大半、反発気味なのが少し。

 またかというのが、さらにもう少し。

「何をしてるの、あなたは」

 呆れ気味の視線。

 漏れるため息。

 見てたのか。

「見てたのよ」 

 聞く前に答えるサトミ。

 じゃあ、助けてくれればいいじゃない。

「一応私も言おうと思ったんだけど、もっと元気な子がいたから」

 鼻先に触れる、サトミの指先。

 誰って、勿論私だろうな。

「でも、どうしてああ強気なの?別に強い訳でもないし、口が上手い訳でもないのに」

「強気なんじゃない。やる気があるんだよ」

 鼻で笑うケイ。 

 少し楽しそうに。 

 それも、悪い意味で。

「一人制服を着させました。署名ももらいました。ワンポイント獲得です」

「報酬でも出るっていうの?」

「あくまでも、推測の話。でも、多分そんな所だと思う」

 なるほどね。

 また面白くない話だな、しかし。

「とにかく、これで目を付けられたわね」

「じゃあ、放っておけっていうの?」

 静かにしろという顔で、口元に指を添えるサトミ。 

 もう少し吠えようと思ったけど、教師が嫌な顔で睨んでいるので止めた。

 私が、何したっていうのよ。



 勿論何をやったかは、自分でも分かってる。 

 転入組に目を付けられて、言葉通り教師に睨まれた。

 サトミでなくても、呆れたくなる。 

 自分自身が一番。

 それでも授業に集中して、端末のキーを押す。

 筆記ではなく、キータイプの練習。

 つまり、ペンを使う事が許されない。 

 一応ブラインドタッチは出来る。

 指の届く範囲は。

 なんか、いらいらしてきたな。

「どうかしました」

 何かを感じ取ったのか、机の間を歩いていた教師がこちらを見てくる。

 私は短い指を彼女へ向け、わしゃわしゃと動かした。

 当然反応はなく、そのまま背を向けられた。

 ふざけてるな。

 いや、私が。

「何やってるんだよ」

「指が、指が」

「あるだろ」 

 真顔で答えるショウ。

 確かに、五本五本で10本ともある。

 動きもする。

 その事には、感謝してもいい。

 短さについては、ともかくとして。

「押せないの」

「俺も、押しにくいには押しにくい」

 机の上に置かれる、大きな手。 

 長い指。

 長過ぎて却ってという話。

 一度でいいから、こういう悩み方をしてみたい。 

 頭がつっかえるとか、袖が短いとか。 

 色んな意味で、子供じみてるな。



 突っ張った腕を揉み、最後に教師を睨む。

 向こうもこっちを睨み、指を振ってきた。

 すらっと長い、綺麗な指を。

 綺麗だけど、嫌みな人だな。

「どうかした?」

「いや。別に」

 同類に思えるサトミから視線を逸らし、見たくもない卓上端末と教本をしまう。

 手で書けばいいのよ、手で。

「ご飯は」

 とはいえ、そこはそれ。

 すぐに頭を切り換え、へへと笑う。

 食堂でもいいし、たまには外で食べたっていい。

 夢はどこまでも広がるな。

「さっきの連中と会ったらどうするの。また揉めるわよ」

 冷静な指摘。

 私は相手にしないけど、向こうはどうだろう。

 貴重なお昼休みが、嫌な気分になる可能性もある。

 ただし、食べないという選択肢は存在しない。



「何かない?」

「え?」

「食べる物」

 ペンを片手に、私を見上げるモトちゃん。

 私も彼女を見下ろし、机に手を付く。

 こうすると姿勢が下がり、視線が同じになる。

 自分の背の低さを改めて知る瞬間だ。

「冷蔵庫に、豆腐があるわよ」

「なんか、そそらないな。木之本くーん」

「運営企画局がイベントをやるらしいから、その試食で色々届けてくれるって」

 来た、来たよ。

 この学校はたまにこういう、気の利いた事をやってくれるんだ。

 彼が渡してくれたメニューを見て、勝手に頼む。

「お金は」

「材料費くらいだと思う。でも今はお昼だから、配達には時間が掛かると思うよ」

「行ってきて」 

「どこへ」 

 分かっていて聞き返すケイ。 

「運営企画局でしょ」

「いや、調理実習室。取りに行くなら、すぐ持ってこられるはずだけど」

「俺は、これでいい」

 その辺を漁り出し、ラックの奥からカップ麺を取り出した。

 それにしても、よく在処を知ってるな。

「いい、俺が行ってくるから」

 頼まれもしない内から出ていくショウ。

 こうなるのが分かってたと言わんばかりに。

「また、人をこき使って。……ショウ君、餃子もお願い」

「自分こそ。さてと、お茶の準備でもしようっと」


 執務室に併設されている簡素なキッチンへ入り、マグカップと箸を揃える。 

 人数が多いので、サトミも一緒に。

「さっきケイが言ってた、報酬ってなに?」

「ある程度ポイントが溜まれば、生徒会での地位。後はやっぱり、お金でしょうね」

「じゃあ、あれ。私がサトミを、サトミが私を報告したら?制服着させましたって」

 笑うサトミ。

 また冗談をという感じで。

 私としては結構本気だったんだけどな。


 なんてのんきな事を言っていたのも初めだけ。

 机を引っ掻き、うろうろ歩く。

 ドアを開ける。

 お菓子に手を伸ばし、引っ込める。

「落ち着きなさい」

 ため息混じりにたしなめてくるモトちゃん。

 私は彼女を睨み、端末の時計を指差した。

「あれから、どれだけ経ったと思ってるの」

「混んでるんだろ」

 カップ麺をすするケイ。 

 ものすごいストレスを与えてくるな。

「我慢して、これでも食べたら」 

 サトミが差し出したのは、幾つかの菓子パン。

 チョコレートのコーティング、粉砂糖、少しの焦げ目。

 いや、違う。

「私はピザが食べたいの」

「もう少し、違う事で意地になってよね」

 しかし彼女も、それに手を付けようとはしない。

 どうしても、焼き鳥が食べたいらしい。

「食後は、やっぱり甘い物が美味しいな」

 満面の笑みで、ドーナツをかじる男。

 気が遠くなってきそうだ。

「浦田君は、それでいいの?」

 ぽつりと尋ねる木之本君。

 彼の生き方が、ではないだろう。

「後から来る美味しい物より、目先にある物を食べた方がいい。今この瞬間に、大地震が来て死ぬかも知れないんだし」

 また、変な事を言い出すな。

 分からなくもないけどね。

「はぁ」

 ため息と共に開くドア。 

 両手に下がる、大きなビニール袋。

 私はすぐに駆け寄り、その一つを受け取った。

 少し冷えてるな。

 でも、いいか。

 食べられさえすれば。

「あ、あのさ」

 何か言いたそうなショウ。 

 遅れたのを謝る気だろうか。

 別に今となっては、どうでもいい。

 ピザを食べられさえすれば。

 ピザを……。


「ちょっと」

「シーフードピザだろ」

 開き直った口調。

 紙の箱から出てきたのは、確かにピザ。 

 具が右側に偏った。 

 というか、生地からはみ出した。

 綺麗に盛り付けられていたはずの揚げ物セットは左に偏り、キャベツの間から顔を出している。

 幸いスープ類は入れ物の密封性が高いためか、こぼれてはいない。

 妙に冷たいけど。

「あ、あのさ。訳の分からない連中が制服着ろって寄ってきて。追い払ってたら」

「女の子?」

「え、ああ。そういう子もいた」

 どういう子だ。

 というか、どういう話だ。

「お、怒るなよ」

「だって、冷たい。ぐちゃぐちゃ」

「美味しいじゃない」

「そうそう」 

 文句も言わず餃子を食べるモトちゃんと、焼き鳥を頬張るサトミ。

 木之本君は、言うまでもない。

 何よ、私一人だけ悪者にして。

「それで、殴ったのか」

「あ?」

「逃げただけなら、ここまでならないだろ」

 カップ麺のスープをすすりながら尋ねるケイ。 

 ショウはしんなりしたフライドポテトをかじり、曖昧に頷いた。

「委員会に楯突いたな」

「し、仕方ないだろ。服を脱がそうとしてきたんだから」

「脱げよ」

 何言ってるんだ、この人は。

「でもこれ以上何かあるようだったら、対策を考えた方がいいね」

 生真面目な顔で提案する木之本君。

 ただ、これが普通の反応だと思う。


 食事が遅くなったので、授業を休む。

 とはいえ完全に休む訳ではなく、オンラインで受講する。 

 滋賀で見た先生と、また会った。

「学校がその気になったら、こういう事も出来なくなるわね」

 授業は受けず、雑誌を読みながら呟くサトミ。

 どうしようと学年トップは変わらないので、文句の付けようもない。

「さぼるのが?」

「それもあるし、自分の都合でオンラインの授業を受けるとか。後は、ガーディアンの仕事を優先するとか」

 なる程。

 管理案って言うくらいだから、そのくらいはやるだろう。

 とはいえ私達だって、遊んでる訳じゃない。

 ガーディアンの仕事をして、他の事をやって。

 勿論、勉強についても後から完全にフォローしている。

 私の成績が普通とは言っても、今すぐ大学資格を受けるくらいの事は出来る。

 それは私だけではなく、この学校にいる大半の人がそうだろう。

「あれやこれやと、面白くないな」

「怒ってないで、授業を受けなさい」

「分かってる」

 小難しい数式を前にして、書類に数字を埋めていく。

 余計いらいらしてくるな。

「難しく考えないで、数字を当てはめればいいでしょ」

「これを解いて、何の得になるの」

「好きね、その話あなたが理系に進まない限り、頭が痛くなるだけよ」 

 また、嫌な話を。

 とはいえ解かない事には、成績が危うくなってくる。

 学力のあるなしにかかわらず、テストはやってくるし成績は付けられるから。

「ちょっと」

「あ」

「授業は」

「今さらやっても仕方ない」

 伏せていた顔を、のろのろと上げるケイ。 

 また追試を受ける気か。 

 しかし授業を受けても駄目なんだから、それも無駄という事になる。

 これはこれで、難しい問題だな。

「家庭教師をやってもいいのよ」

 薄く微笑むサトミ。

 綺麗で、頭の良いお姉さん。

 自室での個人授業。

 ちょっと憧れる。

「絶対嫌だね」

 強く拒否するケイ。

 理由ははっきりしないが、私のような考え方はないようだ。 

 あっても困るけど。


 どうにか終わる授業。

 ケイじゃないが、これでは受けなくても同じだな。

 遊んでるという事ではなく、相当の復習が必要だという意味で。

「分かった?」

「多少は」

 普通に答えてくるショウ。 

 私達の無駄話に付き合わず、一人真面目に受けてた男の子。

 最近、また生真面目になってきたんじゃないの。

 いや。ついさっき、人を殴った所か。

「もう少し、落ち着かないとね」

「あ、何が」

「色々と」

 曖昧に答え、リュックに荷物をしまう。

 ご飯を食べて、授業も受けて。

 やるべき事はやった。

「どこ行くの」

「え」

 階段を下りていく私。

 それを見下ろすサトミ。

 いつも以上に上下のある関係。

 立場じゃなくて、視線がね。

「まだ、仕事があるでしょ」

「仕事、ね。せっかくお腹も一杯になったのに」

「あなた、牛にでもなる気?」

 苦笑するサトミ。

 しかし、牛と言えばあの胸。

 馬鹿げてるが、憧れるな……。


 仕方ないので階段を戻り、オフィスにこもる。

 授業は午後まであるようになったけど、生徒の数は以前として少ない。 

 トラブルもない。

 揉めてるのは、私とショウくらいだ。

「そばでも打とうかな」

 暇になると、突拍子もない発想が出てくる。

 スティックが、麺を延ばす棒に見えてきた。

 末期的だな。

「暇そうね」

「暇だよ」

 ストレートに答え、スティックを延ばしては縮める。 

 手首のみのアクションで。

 戻す時には多少コツがいるものの、これが出来ると狭い所での行動に役立つ。 

「だったら、お使いに行ってきて」

「お駄賃は」

 飴をもらった。 

 いまいちだけど、無いよりいいか。

「じゃあ、お願い」

 どさりと積まれる、本の山。

 それを手際よく、私のリュックへ詰めていくサトミ。

「自警局と、図書センター。それと、生徒指導課にお願い」

「嫌だ。こんなに」

「もう契約は交わしたでしょ。報酬分くらいは働いて」

 報酬って、飴一個だ。

 このカロリー分だとしても、本一冊がせいぜいじゃないのか。

「ショウ……」

「あの子は、これを運ぶの」

 部屋の隅にある、段ボールの山。

 中身は、いらない書類らしい。

 どこかで見た光景でもある。

「私一人で、これを運ぶの?」

「ショウは、その倍は運ぶの」

 理屈としては分かる。

 現実は、より厳しい気もするが。



 山を越え、谷を越え。 

 ではなく。

 階段を登り、廊下を歩き。

 どうにか自警局へとやってくる。

 警備はうるさいし、視線は集まってくるし。

 絶対に嫌がらせだな。

「これと、これと、これ」

 サトミから渡されたリストと照合して、受付に本を積んでいく。

 ガーディアン絡みの本らしいが、興味もないし見たくもない。

「サインをお願いします」

 事務的に告げてくる男の子。 

 こちらも事務的に、ペンを手に取る。

「借りた本人じゃなくていいんですか」

「いえ、借りた本人でお願いします」

 何だって。

 思わず見つめ合う私達。 

 当然、あまり友好的な雰囲気ではなく。

「……なにしてるの」

 エアコンが寒いのか、腕をさすりながらやってくる神代さん。

 彼女も届け物があるらしく、封筒を受付に差し出している。

「本人じゃないと、受け付けないって」

「誰が借りた本?」

 私にではなく、受付の男の子に尋ねる神代さん。

 すると彼は少しぎこちなく卓上端末を操作し、画面をこちらへ向けてきた。

 私の時とは、かなりの違いだな。

 確かに私は小さいし、胸もないし、愛想もないけどさ。

 へっ。

「先輩」

「あ?」

「怖い顔しないで。それと、これ」 

 画面を指し示す指。 

 そこに表示されているのは、雪野優という名前。

 誰って、私だ。

 あの女、人の名義を使ったな。

「それ、私」

 かなり間の抜けた事を言って、返却用の書類にサインをする。 

 すぐに受理される書類と本。 

 本人かどうかの確認もせずに。

 相当にふざけた話だな。

 勿論その最たる人間は、サトミに違いない。

「随分難しい本読むんだね」

「サトミよ、サトミ。私は単なる使いっ走り」

「はぁ」

 ぎこちなく、曖昧な態度。

 私とサトミとの板挟みという所か。

「とにかく、私はまだ仕事があるから」

 リュックを背負い直し、額の汗をハンカチで拭う。

 しかし、随分馬鹿げた仕事だな。


 暇なのか、後を付いてくる神代さん。 

 一人でよろけてると間抜け過ぎるので、かなり助かる。 

「手伝おうか」

 嬉しい台詞。

 とはいえ、そこまで甘える訳にもいかない。

 ましてや、後輩に。

「いいよ。神代さんだって、力持ちって訳でもないんだし」

「そうだけど。そこまで必死にやる事でも無いんじゃないの」

 鋭い指摘。

 確かに、無理をする必要はない。 

 という考えが甘過ぎる。

 別に神代さんの優しさに甘えるのが、ではなく。

 サトミに対して。

 「え。神代さんに運んでもらったの?そうよね、あなた一人では重いものね。そう、後輩に。先輩が。先輩として、後輩に頼んだの」

 このくらいは言ってくる。 

 今ここにあの子がいなくても、こういう情報はすぐに掴む。

 サトミシンパは、どこに潜んでるか分からないからな。

「汗が吹き出てるよ」

「夏だからね」

「よろけてない」

「夏だからね」

 自分でも、何を言ってるのか分からなくなってきた。

 少し休もう。

「あー」

 リュックを置いて、壁を背にして床にしゃがみ込む。

 後はペットボトルの飲んで、一息付く。

 行商のおばあさんだね、まるで。

 勿論運んでる重さは、比較にならないけど。

「先輩」

 困惑気味の口調。

 こっちは顔を伏せてるので、どうしてかは分からない。

 暑い暑い。

 首に巻いたタオルで顔を拭き、垂れてきた鼻をすする。

「先輩って」

「何よ」

 だるい顔を上げ、むっとしつつ彼女を見上げる。

 人、人、人。 

 私を遠巻きに見つめる、何人もの人。

 高校の廊下で、半ば行き倒れになっている私を見学するために。

 しかし今は文句を言う気にもなれず、ミネラルウォーターをがぶ飲みする。

 恥ずかしいっていうのは、まだ余裕がある証拠だな。

「見せ物じゃないぞ」

 低く、迫力のある声。

 散っていく野次馬達。 

 発言の内容はともかく、助かった。

「ですよね」

 苦笑しつつ近付いてくる御剣君。

 この子が吠えれば、人がいなくなるのも頷ける。

「何やってるんですか」

「物乞いじゃないのは確かね」

 嫌な事を言ってくる神代さん。

 見た目には、何一つ変わりないかも知れないが。

「先輩、この人に頼んだら」

「俺に、何か」 

「あんた、力はあるんでしょ」

 素っ気ない尋ね方。 

 御剣君はこくりと頷き、私の隣へ視線を向けた。

 四角い形をしたリュックへと。

「ああ、それを運んでるんですか。……別に、重いって訳でも」

 軽々と片手で持ち上げる御剣君。

 私だって、そのくらいは出来る。 

 そのまま、床に落としていいのなら。

「いいの。私が運ぶんだから」

 彼からリュックを受け取り、息を付いて背負う。

「よっこらしょっと」

「先輩」

「それはちょっと」

 不調だな、どうにも。

 私は私で、頑張ってるのに。



 図書センターへと辿り着き、やはり受付に本を置く。

 ここでは本人だろうとどうでもいいらしく、あっさり終わり。

 やはりリュックを背負い直し、気合いを入れる。

 で、少し思った。

 まだ、重い。

 というか、初めと大差ない。

 もしかして、生徒指導課を一番先に行けばよかったのか。

 もう少し考えて行動しないといけないな。 

 などと反省しても本が軽くなる訳でもなく、取りあえず歩くしかない。

「何してるんですか」

 絵本を抱えながら近付いてくる渡瀬さん。

 自分こそ、何をしてるんだ。

「届け物をちょっとね」

「……重い。雪野さんより重かったりして」 

 屈託無い笑顔。 

 また彼女は、手伝おうとは行ってこない。

 それは私への気遣いではなく、物理的に無理だと判断したからだろう。

 私よりも多少は体格がいいが、私の持ち上げられない物を彼女が軽々持ち上げるとも思えない。



 教職員用の特別教棟に入り、生徒指導課へどうにか辿り着く。

「やっと終わった」

 肩の荷が降りたとは、まさにこの事。

 周りの目を気にしてる場合でもないので、受付の隅にしゃがみ込みミネラルウォーターをがぶ飲みする。

 しかしサトミは、よくこれだけ運んだな。

 いや。一度に借りる必要はない。

 つまり、一度に返す必要もない。

 ……なんか、一気に疲れてきた。

「何してるんです」

「あ」

 上げた視線の先。

 バインダーを抱える小谷君と目が合った。

「それも、大勢引き連れて」

 私の隣り。 

 神代さんと、御剣君と、渡瀬さん。

 そう言われてみれば。

「雪野さんの応援ですか?」

「そうだよ」

 笑顔で応える渡瀬さん。

 そうなのか?

「小谷君は、何してるの」

「生徒会がごたごたしてるので、事情聴取を少し。各局から、何人か呼ばれてましたよ」

「ふーん。学校が揉めさせてるんじゃないの」

 一斉に集まってくる視線。

 神代さん達ではなく、受付の向こう側から

 困惑と、焦りにも似た色で。

 何だって言うのよ。

「雪野さん、そういう話はここでは」

「あ?」

「俺に怒っても」

 苦笑する小谷君。

 言いたい事は分かるけどさ。

 おたおたする程の話をしたかな。

 勿論小谷君がではなくて、職員達慌てるような話を。

「理事がいます」

「そりゃいるでしょ。高い給料もらって、学校にこなくてどうするの」

「無茶苦茶だ」

 後ろの方で呟く御剣君。

 あなたには言われたくないと思いつつ、視線を彷徨わせる。

 確かにいた。

 例の鈴木とかいう、モトちゃんのお父さんの知り合いではなく。

 理事長室の前で会った、あの男。 

 子供達の絵を捨てようとした。


 震える体。

 白くなっていく意識。

 呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が早くなる。 

 爆発しそうな感情を必死で押さえ込み、男を一睨みして背を向ける。

 向こうが気付いたかどうかは関係ない。

 人が倒れたと騒ぎ出した受付。 

 その喧騒を背に受けながら、私は生徒指導課を後にした。



 ラウンジに収まり、お茶を前に息を整える。

 この間の、制服をどうこうというのとは根本的に違う怒り。

 我ながら、よく我慢した。

「何怒ってるの」

「別に」

「そう」

 不安げな顔でこちらを窺う神代さん。 

 それはそれで気になるが、話す事でもないので黙りこくる。

「あれですよね。管理案を施行しようとしてる理事って」

「お前、何か知ってるのか。大体、管理案ってなんだ」

「言葉通り、生徒を管理しようって案さ。この前の、臨時生徒総会みたいに」

 簡単に説明する小谷君。

 あくまでも概略で、当たり障りのない内容。

 屋神さん達の話は、当然だが出てこない。

 彼が知らないという事もあるだろうし、知っていても語る状況ではない。

「ふーん。面白くないな、それ」

「当たり前だろ」 

 厳しく指摘する神代さん。 

 どうもみんな、御剣君には厳しいな。

 ただ、少し私の気も紛れたように思う。

 みんなが今の事態を理解して、こうして一緒にいて。

 何がどうという事では無いけれど。

 私の気分は良くなった。

 本当に単純に。


「じゃあ、質問。これから、どうしたらいいと思う」

「殴り込んで、片っ端からぶん殴れば」

「却下。はい、渡瀬さん」 

 首を傾げる御剣君を放っておいて、ストローで渡瀬さんを指名する。

「大人しくしてればいいんじゃないですか。今は特に、実害がある訳でもないんですし」

 無難な。

 ただ、正直彼女らしくないような答え。

 もう少し、血の気が多いかと思ってた。

「神代さんは」

「私も、チィと同意見かな。ケンカは苦手だし」

 大人しめの答え。

 とはいえ彼女は元々こういう性格なので、理解は出来る。 

 派手な外見と違うというのは。

「小谷君は?」

「前も言ったように、俺は管理する側なので」

「いい身分だな、お前は」

「羨ましいなら、生徒会に入ったらどうだ」 

 軽く切り返す小谷君。 

 御剣君は眉間にしわを寄せ、テーブルに拳を軽く当てた。

 鈍い振動。

 ついで紙コップから、ジュースがこぼれ出す。

「拭いて。早く拭いて」

「は、はい。えーと、タオルはと」 

 大きな体をすぼめ、テーブルを拭く御剣君。

 当然周囲から集まる視線。

 彼へというより、私へと。

 私が、彼をこき使ってるとでも思われてるらしい。 

「何よ、もう」

「それより、こんな所にいていいの?」

「いいの。今日はもう、一日分働いた」

 お茶を飲み干し、それとなく周囲を探る。

 こういうタイミングで現れるからな、あの女は。

「遠野さんですか?」

「まあね。油断してると、背中に食いついてくるから」

 じゃあさっさと戻れという話だが、それはそれ。

 オフィスに戻れる程の体力が回復していない。

 なんて言い訳を、取りあえず考えておく。

 即座に怒鳴られそうな、底の浅い考えを。

「そんなにビクビクするなら、戻ればいいいじゃない」

「それは、負けを認めた事になる」

「意味が分かんない」

 肩をすくめる神代さん。 

 分からなくてもいいのよ、私さえ分かってれば。

「小谷君、あの子の悪い評判とか無いの?」

「誉める人は大勢いますが、悪く言う人はあまり」

「いるの?どこに?」

「何で怒るんですか」

 じゃあ、それ以外に何を怒れっていうの。 

 サトミを悪く言うような人間は、あの子が許しても私が許さない。 

「仲がいいんだか、悪いんだか」

「あの子の悪口を言えるのは、私とモトちゃんだけなの」

「浦田さんも言ってるじゃないですか」

「当然、その時々によって制裁を加えてる」

 何を感じ取ったのか、びくりと身を震わせる御剣君。

 勿論、彼が陰で悪口を言ってる訳はない。

 ケイが何か言ってるのを聞いたんだろう。

 また制裁だな。


「随分、楽しそうね」

 今度は私がびくりとする番だ。

 しかし、振り向いた先にサトミはいない。

「沙紀ちゃん」

「遊んでいていいの?」

「いいんじゃないの。渡瀬さん達も遊んでるし」

「彼女達は、今日は非番」

 にこりと微笑む沙紀ちゃん。

 上司が言うんだから間違いない。

「自分こそ、ふらふらしてるじゃない」

「捜索願が出てたの。迷子が一人いるって」

 プリントアウトされた、私の顔写真。

 しかも丁寧に、中等部の頃の。

 暇な子だな。

「それと、生徒指導課からクレームが来てたわよ」

「なんだって?」

「具体的な事ではなくて、生徒の態度についてより厳しく指導するようにって。優ちゃん、何かした?」

「さあ、どうだか」

 少し瞳に力を込め、神代さん達を見渡していく。

 他言無用だと、念を込めて。

「別に、何も」

「してませんよ」

「確かに」

「してません」 

 異口同音といった所。

 誰もが首を振り、にこりと笑う。

 かなり、ぎこちなく。

「何脅してるの」

「気のせいでしょ。みんな、ありがとう。私、そろそろ帰るから」 

 席を立ち、軽くみんなに手を振る。

 頼り甲斐のある後輩達に。



 別にサトミも怒ってる訳じゃなく、遊んでいただけの事。

 とはいえこっちは疲れたので、そのままぐったりと机に伏せる。

「あなた普段から、トレーニングはしてるでしょ」

「重い物を持つ筋力は鍛えてないの。瞬発力とか、跳躍力しか」

 大体この体では、どれだけ鍛えても限界がある。

 それなら自分の体型にあった筋力の付け方や、トレーニング方法があるという訳。

 オールラウンドにこなしているショウとは違ってね。

「……ショウは?」

「ゴミを燃やしてるんじゃなくて」

「そこまでやらてるの?」

「さっきのは、再生用に捨てるゴミ。それ以外に、鉄パイプとか材木とかがあるのよ」

 一体、何のゴミだ。

 どう考えても、ガーディアンの仕事じゃないな。

「関係ないけど、あの理事に会った。子供達の絵を捨てた」

「いたわね、そんな人も。……生徒指導課からのクレームってもしかして」

「さあ、どうだか」

 適当に答え、チョコをかじる。

 疲れた時は、甘い物に限るね。

「気にくわないのは分かるけど、揉める事もないでしょう」

「ちょっと睨んだだけだって」

「ユウが睨んだら、熊でも逃げるわ」

 人を獣みたいな言い方して。

 大体、あの程度でびくつく方が悪いんだ。

「あなたは、何か意見はないの?」

「俺は大人しくしてる。理事には媚びを売る」

「息子の襟首を掴んだのに?」

「あいつの親は平の理事で、なおかつ学校運営には関わらない立場。何の問題もない」

 冷静な答え。

 しかし仮に相手が学校運営に関係ある相手だとしても、彼は同じ事をしただろう。

「でも、どうして私って分かったの」

「馬鹿ね。本を返した時に、名前を書いたでしょ」

「ああ、それで。……というか、人の名前で借りないで」

 がっと食ってかかったら、逆に怖い顔で睨まれた。

 さっきの私もかくやと言うくらいに。

「私は、あなたの代わりに読んでたの。いいのよ、このレポートをユウが書いても。当然、さっき返してきた本を全部また借りる事になるわよ」

「名前ならいくらでも貸す。お金も貸す」

「ありがとうって言いたいけど、あなただって貸す程持ってないでしょ」

 それもそうだ。

 ただこの中では、私が一番持ってると思う。

 二人は特待生で奨学金を多くもらっている物の、在学するために学校へ支払う分でかなりの分が消える。

 親からの仕送りは受けてないし、バイトをする時間も限られている。 

 その点私は学校への出費は、全額親が出している。

 さらにお小遣いをたまにもらうし、奨学金もそのまま自分の手に渡る。

 正直言えば、余るくらいだ。

「名義貸し、か」

「どうかした?」

「それで、色々悪い事が出来るなと思って。それこそ、金で売買されてるかな」

 怖い事を、楽しそうに語るケイ。 

 さっきの本を返しに行った時の状況を考えると、笑って済まれられる事でも無い気もする。

 あれは本だから、大した実害はない。

 しかしもっと別な事柄では。

 例えば、例の制服の署名とか。

「あの制服って、着るって約束した後で着なかったらどうなるの」

「当然ペナルティを課せられるわよ。勿論規則で決まってる事ではないにしろ、向こうはあれこれ言ってくるでしょうね」

 約束は約束という訳か。 

 つまりケイが言うように勝手に名前を使われて、後から言ってくるやり方もある。

 非常に面白くない発想だけど。


「誰か来てるわよ」

「ショウじゃないの」

「あの子なら、勝手に入ってくるでしょ」

「それもそうか。開いてますよ」

 開くドア。 

 廊下の向こうに見える、制服姿の集団。

 すぐに先程の考えが、脳裏をよぎる。

「制服を着てませんね」

「確かに、着てないね」 

 軽い調子で答えるケイ。

 すると代表らしき男の子が、見慣れない書類を突き付けてきた。

 制服着用を了承したとの念書。

 それも、署名入りの。

「署名したのに、どうして着ないんですか」

「俺が?」

「あなた、浦田君ですよね」

「それは間違いない」

 薄く笑うケイ。

 署名の名前は、確かに浦田となっている

「ただし俺は、浦田光」

「え」

「大体、筆跡が違う。出直してこい」

「どうして、そんな事が。と、とにかく、制服を」

「だから、俺は浦田光なんだって。ほら」

 端末に通されるID。

 表示される、浦田光の文字。 

「古いデータを見たんだろ」

「いえ。まだ、新しいデータを」

 簡単に口を割る男の子。

 この程度の人間か。

 しかもこの程度の人間が大勢転入して、こういう真似をやってるのか。

「早く帰った方がいい」

「え」

「それとも、この件を執行委員会にねじ込もうか。ここにいる全員を停学させるくらいの自信はあるけど」

 淡々とした口調。

 その下に、とてつもない威圧感を込めた。

 男の子達は顔色を変え、何やら言い訳めいた台詞を起こし慌てて去っていった。

「筆跡くらい真似ろよな」

「いちいちそこまで確認しないと思ったんでしょ。ユウ、大丈夫?」

「なんとか」

 短く答え、荒くなった息を整える。


 下らないやり方。

 粗雑な考え方。

 そういう真似しか出来ない連中達。

 この学校の良さを踏みにじる。 

 人の大切な部分を汚そうとする行為。

 自然と湧き出てくる怒りを抑える気にもなれない。

 そしてこうも思った。

 他人事だと、達観してもいられないなと。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ