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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第20話
213/596

20-3






     20-3




「先輩の妹さんでしょ。勿論知ってるわよ」

 何を今さらという口調。

 天満さんは床へ書類を落としながら、にへにへと笑い出した。

「私も誘ったんだけど、自警局が先に約束してたみたいなの」

「どういう人か知ってます?」

「先輩よりものんびりしてるわね。いつも眠そうだし」

 それは、私も知ってる。

「他には?」

「人に慕われるタイプみたいね。愛想はないけど、包容力があるみたい」

 なる程。

 さっきの様子を見ている限りでは、十分納得出来る。

「どうして、ここに来たの?」

「その辺は、私も知らない。本人の意思なのか、先輩が勧めたのか」

「聞いてみた?」

「ちょっと、聞きづらくて。どういう答えが返ってくるのか、私も分からないから」

 低く、醒めた声。

 普段の彼女とはまるで違う。



 オフィスに戻り、少し考えてみる。

 今年になって転入してきたのは、彼女だけじゃない。 

 神代さんや小谷君もそうだ。

 それを言うなら、ケイやサトミもという話になる。

 仮に彼女達が学校側だというのなら、かなり遠大な計画だが。

「まだ、悩んでるの」

「ん。サトミも、転入組だなと思って」

「それを言い出したら、塩田さんもよ」

「なる程」

 自分の考えの浅さに、つい笑ってしまう。

 彼の場合は、小等部からの転入。 

 遠大どころの話じゃない。

「いいから、仕事して」

「トラブルがなければ、やる事なんて無いでしょ」

「書類仕事は、それに関係なくあるの。大体これは、全部あなたの仕事なのよ」 

「また、冗談ばっかり」

 全然笑わないサトミ。

 というか、笑ってるのはケイだけか。

「今は暇なんだし、少しずつやり方を覚えなさい」

 高2になって、今さらか。 

 私はこの何年間か、一体何をやって来たのかな。

 中学校に入って、サトミ達と出会って。 

 海に行って、教師とやり合って。

 そう考えてみると、色んな事があった。 

 あの頃はまだ子供で、何も考えて無くて。

 ただ毎日を、漠然と生きていた気がする。

「痛っ」

 頭に軽い衝撃。

 顔を上げると、サトミが怖い顔で見下ろしていた。

「な、何?」

「ぼーっとしてないで、仕事して」

「誰がぼーっとしてたの。私は昔を振り返ってたのよ」

「それを、ぼーっとしてるって言うの」

 ああ言えばこうだな。

 いや。私が。 

 仕方ないので、書類を一枚前に置く。

 これなら分かる。

 まずは日付。

 所属と署名。

 無し、無し、再検討を要する、無し、無し。

 はい、終わり。

 何よ、簡単じゃない。

「やれば出来るじゃない」

 おだててきた。

 人を、子供みたいに。

 でも、悪い気もしない。

 次はと。 

 これはちょっと難しいな。

 記憶だけでは無理だから、卓上端末でその頃のデータを見てと。

 まだ、分からないな。

「えーと。……あ、雪野です。ええ、その参加者のリストをちょっと。……はい、はい。……はい、どうも」

 送られてきたデータも参考にして、状況と人員も書き込んでいく。

 私はここでと、備品がこれと、経費がこれだけで、領収書がこれか。

「あら、もう出来たの?」

 優しい微笑みと共に、頭を撫でてくるサトミ。

 わざとらしいな。 

 いいけどね、気分はいいから。



 取りあえず一通り片付け終え、お茶をすする。

 もう、氷が無くてもいいくらい。

 日射しは強くて、外に出ればまだ真夏。 

 でも、少しずつ秋に近付いているようだ。

「時間は掛かってもいいんだから、これからもお願いね」

 やんわりと釘を差すサトミ。

 私は適当に頷き、右腕を揉んだ。

 慣れない事をしたから、筋肉が張った感じがする。

 トレーニングとは、また違う部分を動かしてるんだろう。

「好きじゃないのよね、こういうの」

「好き嫌いじゃないの。何かの役職に就いた時に、やれませんでは済まないのよ」

「就かなければいいじゃない」

「理屈としては」

 薄く微笑むサトミ。

 ただ、私には実感がない。

 それに何かの役職に就くとしても、事務職ではないし。

「そういう話でも出てるの?」

「来年は、多分要請があるわよ。モトが議長、木之本君は事務局長か代表。彼女としても、自分をバックアップしてくれる人が欲しいだろうから」

「私に、多くを求めないでよ」

「モトも、その辺は分かってる。あなたに秘書ををやれとは言わないわ」

 来年ね。

 それこそ、鬼が笑うんじゃないのか。

 誰が鬼かは、ともかくとして。

「ショウは」

「俺に、何をやれって」 

 情け無さそうな顔をする男の子。

 どうしてこう、弱気かな。

 この間みたいな事になっても困るけど、もう少し自信を持ってもいいと思う。

「何でも勝手にやってろよ」

 鼻で笑うケイ。

 どうでもいいという顔で。

「それより、クビにならないよう気を付けたら」

「あなたじゃあるまいし。生徒会の監視はどうなってるの?」

 笑顔で指摘するサトミ。 

 ケイは肩をすくめ、TVをニュースに変えた。

「ストーカーに狙われるよりはましさ」

「あら、あなたにはいないと思ってるの」

「あ」

「冗談よ、冗談」

 薄い、見る者を凍り付かせるような微笑み。

 サトミは、ふふと声を出して小首を傾げた。

 でもって、そのまま動かなくなった

「大変」

「何が」

「しっ。あっち言って」 

 邪険に手を振り、TVの前に椅子を持ってくるサトミ。 

 何事かと思ったら、シスタークリスが映っていた。

 あれから1年。

 より綺麗に、より優しい顔になっている。 

 こうしてみると、あの時の出来事は夢のように思えてくる。 

 あの人と話をして、直接会っていたなんて。

「彼女が、どうしたの」

「その辺を歩き回ってるんだろ」

 適当な答え。 

 広い意味では、間違ってないだろうけど。

 TVのテロップには、紛争地域の難民キャンプへ慰問に訪れてるとある。

 相変わらず、すごい所へ行くんだな。

 そう考えると、私のやってる事なんて本当に子供のお遊びだ。

 比較するものでは無いと分かってはいても、ついそう思ってしまう。

「まだ文通してるの」

「ええ」

「栗須さんとも?」

「ええ」

 上の空といった返事。

 他の子からすれば、サトミは憧れの存在。

 さらに、その憧れの存在という訳か。

 どちらにしろ、私には縁遠い存在だ。

「偉いよな」

 のんきに感心するショウ。

 とはいえそれは事実なので、素直に頷く。

「世の中、ああいう人もいるんだね」

「俺みたいな奴もいるさ。馬鹿で、どうしようもないような」

 自嘲気味の呟き。 

 端正な顔に宿る陰。

「いいじゃない、もっと駄目な人間もいるんだし」

「俺の事か」

「何も言ってないでしょ」

「じゃあ見るな」

 拗ねたのか、マンガを読み始めるケイ。

 この映像から、特に何も感じ入る物はなかったようだ。

 勿論、涙を流して感動されても困るけど。


「あ、終わっちゃった」

 陰気そうなニュースになったので、チャンネルを変えてTVの前に立つ。

 画面の端から現れる、不均等な動物の着ぐるみ達。

 彼等の動きに合わせて、私も伸ばした腕を振る。

「ぽんぽか、ぽん」

「何してるの」

「いい子はTVの前で、一緒に踊るの」

「あなた、幾つ」 

 先程の熱病に浮かされた態度とは一変。

 醒めきった目で私を見てくるサトミ。

 つまんない子だな。

「ぽんぽん、ぽこぽか」

「ぽかぽかうるさいわね」

「違うって。ぽかぽん、ぽこぽこ」

 言葉に合わせて、ステップを踏む。

 私の場合着ぐるみはないので、かなり軽やかに。

 しかし意外と高度だな、これは。

「分かったから、よそでやって」

「やれる訳無いでしょ」

 最後は両手を上に上げて、ぴょこぴょこ跳ねる。

「ぴょこにゃんにゃん。ほら、一緒に」

 誰もやってくれない。

 見てもくれない。

 やってくれても、ちょっと嫌だけど。


「ほら、ぴょこって」

「何やってるんだ」

 ドアの前で、呆れ気味に笑ってる塩田さん。

 相変わらず、いつの間に。

「い、いつから」

「ぽこぽことかいう辺りから。お前、そういう事は寮か家でやれ」

「だって」

「だってじゃないんだよ。俺だからまだよかったけど、他の奴に見られてみろ。どうなったと思う」

 相当恥ずかしい事になっただろう。

 ただ、今さらという気もする。

「それは良いとして、何か御用ですか」

「ああ。この間お前らが見つけた、例の武器。警察から戻ってきた」

「どう処理するおつもりですか」

「あれだけなら、単なる拾得物扱いだ。ただ物が物だから、自警局で預かる格好にはなるけど」

 机の上に置かれるリスト。

 改めてみると、物騒な物ばかり。

 こんなのが、まだ学内のあちこちにあるという訳か。

「やっぱり、探した方が良くないですか」

「そうすると、揉め事を増やす可能性もある。それに、この学校はかなり広いぞ」

「迷子になる子がいるくらいですからね」

 くすくす笑うサトミ。

 明らかに、人の顔を見ながら。

「そういう訳だ。向こうもこれで少しは警戒するだろうから、そう簡単にあちこちへ隠す真似はしないだろ」

「だといいんですけど」

 結局打つ手無しか。

 自分でも何の考えも思い浮かばないし、また有効な手段があるとも思えない。

 ただ、あまり納得出来る結果でもない。

「大体興奮剤なんて、慣れない奴は却って駄目になるぞ」

「経験上?」

 悪い顔で指摘するケイ。

 塩田さんは鼻で笑い、机に腰掛けた。

「気分は高揚するし、抑制も薄くなる。力は出るだろうな。ただ、注意力や集中力が長続きしない。それに、薬の効果が切れたらそれまでさ」

「代わりに、ドラッグを仕込んだら?」

「そういう奴は相手にしない事だ。特に、一対一なんて思わない方がいい。お前らには、今さらって話だろうけど」

「俺は大丈夫ですけどね」

 横へ流れる視線。

 自分の顔を指差すショウ。

「俺は、その」

「確かに、お前は問題だな」

「そのくらいの分別はありますよ。でも別に、ドラッグをやってる奴くらい」

 口元で呟かれる台詞。

 ドラッグの作用は、興奮剤の比ではない。

 精神だけでなく、肉体の抑制も解き放たれる。

 それこそ素人の女の子が、有段者を投げ飛ばす事だって可能になる。

「そう簡単に、ドラッグを学内に持ち込むとは思えないけどな。そんな真似をしたら、ガーディアンどころか警察が出てくるんだから」

「やるような馬鹿が、そこまで頭を回しますか?」

 皮肉っぽく笑うケイ。 

 塩田さんは肩をすくめ、机から降りた。

「その辺の心理は、俺には分からん。ただ以前とは、学内の状況や治安が変わりつつある。今までのセオリーが通用するかどうかさ」

「制服を着た編入生ですか?」

「そいつらは、表に出てる連中だろ。やばい奴らは、私服でその陰に隠れてる」

 薄い、凄惨とも言える微笑み。

 塩田さんはドアに手を掛け、私達を振り返った。

「お前達に何かをやれとは言わない。というか、変に首を突っ込むなよ」

「私達は別に。いつも、向こうから仕掛けてくるんです」

「目立つな、といっても無理か。どちらにしろ学校はお前らも、俺達の仲間と思ってるんだ。その辺を考えて、少しは冷静に行動しろ」

 閉まるドア。

 顔を見合わせる私達。

 特に、コメントはない。

 塩田さんが言ったように、今さらという話だから。

 高校に入ってからではなく。

 中等部。

 彼が私達を率いていた時から。

 その背中を見て育っていた頃から。



 どうも、すっきりしない。

 空は晴れ渡っていて、太陽も照っているのに。

 今までとは、何となく違う学内。 

 何がどう違うのかは分からない。

 それが余計に、胸のもやもやを募らせる。

 転入生、制服。 

 生徒会長選挙。

 例の武器。

 これまでの小さな出来事とは違う、もっと大がかりな感じ。

 個人のレベルを越えたと言ってもいいくらいの。

 それが何につながるのかは、分かっている。

 おそらくは、例の管理案。

 でも、なにがどうなっていくのか。

 そして私はどうすればいいのか。

 結局答えは、ここに行き着く。

 取りあえず、一つずつ解決していこう。

「あのさ。生徒会長の選挙はどうなったの」

「え。何言ってるの」

 怪訝を通り越した、呆れ気味の顔。

 いつも見てるような気もする。

「今日、臨時生徒総会があるでしょ」

「いつ」

「今日よ」

 軽く引っ張られる両耳。 

 耳元で、再度繰り再度繰り返される言葉。

 くすぐったいよ。

「知ってた?」

「ああ」

 ごく普通に頷くショウ。 

 へ、そうですか。

「ケイは」

「興味ない」

 やや感じの違う答え。

 知ってる知ってないではなく、興味がない。

 というか、出ない気か。

「言っておくけど、生徒は全員出席が義務付けられてるから」

「始業式とか、入学式は」

「さあ、どうかしら」

 とぼけるサトミ。

 しかし、臨時生徒総会ね。

 なんか、一揉めありそうだな。



 私達がやって来たのは、メインの会場。

 大きなイベントや式典の時に使う場所で、この間の卒業式もここでここで行われていた。

 舞台へ向かって階段状となっている席はほぼ満員。

 空きは所々に、ぽつぽつとある程度。

「駄目だ、帰ろう」 

 背を向けたケイの襟首を掴むショウ。

 簡単に浮かぶ体。 

 猫の子じゃないんだからさ。

「座らなくても、壁際に立ってればいいだろ。ほら、その辺」 

 私達がいるのは、左側の壁際。 

 すでに立ち見の生徒が何人もいて、ドアの近くはかなりの人数となっている。

 壁際は通路ともなっているため、それなりのスペースがある。

 人には挟まれて座るよりも、却って気楽かもしれない。

「それで、何やるの」

「生徒会長選挙についての報告としか説明されてない。結果を発表するのか、問題点を報告するのか」

 首を振るサトミ。 

 ケイは無言。 

「知ってる、訳無いか」

「悪かったな」

 苦笑したショウは、途端に表情を引き締めて顔を寄せてきた。 

 一瞬早まる胸。

 だがそれは、すぐに収まっていく。

「舞台の袖。右の方」

「……ええ」

 短く返し、背中のスティックに手を添える。

 微かな不安と緊張の中で。 

 少しずつ体を解しながら。



 静まり返る会場。

 壇上に現れる、何人もの人間。

 生徒会の幹部達。

 副会長。 

 それに、生徒会長の姿も見える。

「お待たせしました。ただ今より、臨時生徒総会を行います」

 静かに告げる生徒会長。 

 マイクはすぐに、別な人間へと渡される。

 生徒ではなく、スーツ姿の男性。

 おそらくは、学校の職員だろう。

「今回の生徒会長選について異議申し立てがあったため、選挙管理委員会及び学校関係者で協議致しました」

 多少のざわめき。

 生徒会長選挙は、あくまでも生徒の手で行われるもの。

 その後の協議について学校が関わる事があるのは当然として、何故説明を学校がするのか。

 少しの間。

 一瞬静けさを取り戻す会場内。

「結論から申しますと、今回の選挙結果は無効とします」

 ざわめきが一気に広がり、生徒達が一斉に立ち上がる。

「静粛に願います」

 多少落ち着く生徒達。

 だが、雰囲気は変わらない。

 怒りと、不信感。

 敵意といった物は。

「今後については、以下の通りとします。各生徒会幹部及び関係者は留任。予算編成局も同様。ただし生徒会長については空位とし、執行委員会を設置し合議によりその代行とします」

 一瞬の静寂。

 間を置かず、怒声が飛び交う。

 当然だ。

 生徒の自治という大前提。

 その象徴でもある、生徒会長。

 それを訳の分からない委員会に代行させ、しかも学校の職員が発表するとなっては。

 大人しくしろというのが、無理な話だ。


 血の気に流行った生徒達が、壇上へと殺到する。

 冷静さを欠いた雰囲気。

 収まる気配のない感情。

 止まる事のない行動。

 暴動と言ってもいい。

「まずいな」

 ぽつりと呟くショウ。

 ただ彼が心配しているのは、この状況だけではない。 

 舞台の袖口に見える、武装した人間達。

 丁度今出てきた彼等の事だろう。

 当然の事ながら激突する両者。

 だが、結果は分かってる。 

 いくら血の気に流行っていようと、武装した集団に敵う訳がない。

 次々と倒される生徒達。

 警棒を振りかざす男達。

 怒号に悲鳴が重なり、騒ぎはますます大きくなっていく。

「行くぞ」

「どこへ」 

 静かに尋ねるケイ。 

 ショウは迷う事無く、壇上の辺りを指差した。

「俺達だけで、あの集団に対抗出来るとでも?」

「それは」

「落ち着けよ。ここにいるのは、俺達だけじゃないんだから」




 新たに現れ、壇上へ割って入る集団。

 違うのは秩序と冷静さが感じられる事。

 機敏な動きで両者を制していく集団。

 即座に彼等を分離させ、その間に列を作って両者を完全に分ける。

「残りの全班は、各通路に展開。風間、ここは任せる」

「え」

 後ろから聞こえる声。

 振り向くと塩田さんが、端末を持って壁にもたれていた。

 相変わらず、いつの間に。

「元野と木之本は、それぞれの受け持ちを掌握。……ああ、任せる」

 こちらへ向く視線。

 私というより、サトミとケイへ。

「浦田。お前は、第2体育館を掌握しろ。遠野は、俺の補佐だ」

「了解」

 余計な事を言わず、直ぐさま端末を手に取る二人。

 私やショウは口の出しようがないため、黙ってそばに控える。


 そうしている間に会場は落ち着きを取り戻し、生徒達も席に付き始めた。

 一時の激情は薄れ、これからの状況を見極めようと思ったのだろう。

 それは私も同感だ。

「浦田」

「ほぼ完了。怪我人は若干出ましたが、致し方ないかと」

「ああ。元野達の方も抑えた。取りあえず何とかなったな、馬鹿騒ぎだけは」

 鼻で笑う塩田さん。

 サトミも醒めた視線を、壇上へと注ぐ。

 仏頂面をする生徒会幹部達。

 その前に座る、見慣れない人間達へと。

「……俺だ。……ああ、助かった。……また」

「風間さんですか」

「武装してた馬鹿連中は、全員取り押さえたらしい。あいつらが何者かは、後でゆっくり聞こう」

「俺は興味ないけど」

 素っ気なく呟くケイ。 

 だがその瞳は、油断無く壇上を捉えている。



 先程とは違い、異様な緊張感の張りつめる会場内。

 先程の男性はよれたスーツの襟元を直し、マイクを手に取った。

「その、多少の行き違いがあったようで」 

 うわずる声。

 誰もそれに、気を留めてはいない。

 彼の言葉。

 正確には、その内容しか。

「引き続き、説明を行いたいと思います。委員会は、生徒会幹部及び生徒の代表で形成されます。またオブザーバーとして、学校の職員も参加します」

 わずかに上がらない声。

 しかし緊張感だけは、高まっていく。

「……何か」

「幾つか、質問があるんですが」

 前の方で手を上げる生徒がいる。

 特に意味はなく、前にいたから全員の疑問を代弁しようと思ったのだろう。

 思案の表情を浮かべた男性は、少しの間を置いて頷いた。

「どうぞ」

「その委員会についてはともかくとして。生徒会幹部はいいんですが、生徒の代表ってなんですか。それこそ、生徒会長ですよね」

「え、それは。その。より生徒の意見を代表する人物という事で」

「選挙で選ぶんですか?それとも、生徒会からの推薦?」

 帰ってこない答え。

 額にハンカチをやる男性。

「その、すでに選定は済んでます」

「今、壇上にいられる人達でしょうか」

「え、ええ」

「そうですか」 

 短く呟き、椅子に座る生徒。

 壇上の前にいるのは、見慣れない人達。

 これだけ広い学校だから、知らない人は大勢いるので不思議ではない。

 ただその中に一人、目に付く人間がいる。

 例の、理事の息子が。

 そういう事か。

「私もよろしいですか」

「どうぞ」

「再選挙は、いつ行われるんですか。もしくは、副会長が代行すればいいのではないでしょうか。そういう前例はあるんですし」

 当然とも言える質問。

 やはり、すぐには答えない男性。

 重苦しい沈黙。

 だがいつまでも、それは続かない。

「生徒会と協議の上、今まで説明した内容に決定しました。これは、生徒会幹部の意見とも一致します」

「生徒会の方に、確認してもよろしいですか」

「え」

 明らかに戸惑う男性。

 すると中川さんが手を上げ、しなやかな仕草で立ち上がった。

「予算編成局局長、中川です。私は若干生徒会とは立場を異にするんですが、彼の言われる生徒会長選に関する協議には加わりました」

「それで、実際はどうなんですか」

「先程の説明通りの内容に決定したのは確かです。私の主観としては、学校側からの通告としか思えませんでしたが」

 静かな。

 しかし重い答え。

「では、委員会の構成は?」

「やはり、学校の通告でしかありません」

 席に付く中川さん。

 彼女の真意は理解出来る。

 自分達の立場ではなく。

 この状況を変えるために。

 学校に言いようにさせないために。

 あえて、今の立場を保つ。

 それを周りからどう思われようと。

 自分達の信念のために。

 私達のためにも。

 かつての屋神さん達が、そうだったように。



 途中で、半ば強制的に終わる臨時生徒総会。

 暴動騒ぎがあり、露骨な学校の介入も分かった。

 放っておけば、また暴動になりかねない。

 その意味では、冷静な判断だろう。

「で、あの馬鹿連中は」

「例の執行委員会直轄の護衛みたい」

「何よ、それ。ガーディアン以外に、そんな組織を作る気?」

「生徒会長の代行組織が存在するのよ。何があっても、不思議じゃないわ」

 冷静に指摘するサトミ。 

 それはそうだろうけど、面白くない。

 というか、無茶苦茶過ぎる。

 勝手に生徒会を乗っ取ろうとして、訳の分からない連中を使って。

 結局、生徒からの支持を得られてない。

「一体、何がしたいの」

「本人達も、良く分かってないんじゃなくて」

「あ」

「私を睨まないで」

 じゃあ、どうしろって言うの。

 このいらいらというか、むかつきは。

「あー」

「叫ぶな。塩田さん、何とかして下さい」

「知らんよ、俺も」

 鼻で笑う塩田さん。

 先程の冷静な対応。

 組織の掌握力と、生徒からの支持。

 こういう人がいる限り、不安は薄れていく。

 この人だからこそ。

「その協議っていうのは、今日だったらしいぜ。勿論学校とつるんでる連中は、前もって話を詰めてただろうけど」

「大失敗じゃないのか」

「お前は甘いな」

 笑われるショウ。

 じゃあ、私も甘くて笑われる。

「確かに、今は上手く行ってない。生徒も反発する。でも、時間が経てば変わってくる」

「どうして」

 反発気味に尋ねるショウ。

 だから甘いんだって。

 それが良いとも言えるけど。

「向こうは草薙グループ。金も地位も、名誉も与えられる」

「そんなの別に」

「お前みたいに、何でも持ってる奴は別だ。それか、興味のない奴は。あれこれ手を使って誘われれば、学校に賛同する奴はいくらでも出てくる」

「俺も誘って欲しいね。色仕掛けとかで」

 嫌な笑い方をする男。

 拷問でもされればいいんだ。

「でもやっぱり、適当というか強引過ぎる気がするんだけど」

「今、理事長が出張中だからな。鬼の居ぬ間に、先手を打ったんだろ」

「あの人も、仲間じゃないんですか」

「正確には違う。あの女は、俺達が勉強さえしてたら何も言わない。放任主義って奴さ」

 良く分からないな。

 とはいえ理事長とそうそう面識がある訳でもないので、彼女の人間性まで分かる訳もない。

 その辺りは、塩田さんの方が当然詳しいし。

「何にしろ、これからさ」

「はあ」

「お前らは、大人しくしてろよ。こうなったからには、ただじゃ済まないだろうから」

「塩田さんはどうするんです」

 曖昧な微笑み。

 ただ、尋ねなくても彼の気持ちは分かっている。

 この先、どうするかも。


「全員転入生だな、あいつら」

 DDを振りながらやってくる風間さん。

 塩田さんはそれを卓上端末のスロットに差し入れ、画面をチェックした。

「成績優秀で、格闘技の有段者ばかり。履歴が無いぞ」

「学校には殆ど行ってないらしい」

「なる程。傭兵か」

 鼻で笑う塩田さん。

 風間さんはそれを見て、彼を指差した。

「どうするつもりだ」

「別に。来るならやる。それだけさ」

「先輩達のように?」

「お前こそどうなんだよ」

 問い返される質問。

 風間さんは頬の辺りに触れ、それとなく後ろを振り返った。

 そこには沙紀ちゃんと七尾君が控えている。

「こっちも色々事情があってな」

「河合さん達。北地区の人間ばかり辞めたって言いたいのか」

「まあな。それを恨むって訳じゃないが、相手が相手だ。感情だけで動くのもどうだよ」

 普段の印象とは違う、冷静な答え。

 またそれに、異論を挟む者はいない。

「去年のだって、結果は学校の優勢で終わってる。関係した生徒は殆どが学校を去って、残ったのは1年だけ。向こうは俺達が卒業するのを待ってもいいんだし」

「今の状況はどうなんだ」

「問題は問題かな。ただ、他の学校ではよくある話でもある。今までが自由過ぎたとも」

「そういう見方もあるのは分かってる」

 そこで終わる言葉。

 続きはきっと、こうだろう。

 だからといって、言いなりになる気はないと。

「お前の考え方は分かった。ただ、俺は少し違う」

「当然だろ」

 見つめ合う両者。 

 若干の緊張と、厳しさをはらんで。

「お前達のやる事に干渉する気はない。こいつらは、どうか知らないが」

 困惑気味の、沙紀ちゃんと七尾君。 

 風間さんは構わず、塩田さんを見つめ続ける。

「学校とやり合っていい事なんて、何一つとしてないんだし」

「分かってるさ」

「義理や感情で動くのは気楽だけど、後が辛いぜ」

 そう言い残し、去っていく風間さん。

 その背中を見送った七尾君は、肩をすくめて苦笑した。

「どうしたんだ、あの人」

「お前、右藤さんや左古さんとは中等部で会った事あるか」

「ええ。多少は付き合いもありましたよ」

「あいつは、それを気にしてるんだと思う。あの人達が辞めた時に、自分がいなかった事とか」

 厳しく、また切なげな口調。

 七尾君は小首を傾げ、彼が去っていったドアを指差した。

「そういう事を気にするタイプに見えます?」

「さあな。俺は、そこまでの付き合いはないから。丹下はどう思うんだ」

「放っておいても、揉め事があれば現れます。そういう人ですから」

 強く、確信を込めて語る沙紀ちゃん。

 微かに、誇らしさも漂わせて。

「無理に関わる必要もないんだぞ。これは風間の言ったように、感情の問題でもあるんだから」

「それは分かってますけど……」

 途中で止まる、沙紀ちゃんの言葉。

 不意に開くドア。

 入ってくる、武装した人間達。

 こちらも咄嗟に、何人かが身構える。


「仲間を引き渡してもらおうか」

 威圧気味な口調。

 派手な金髪と、嫌な目つき。

 外見だけで判断するのはどうかと思うが、この場合は間違いないだろう。

「おい、今なんて言った」

「貴様」

「歯医者に行ってこいよ。治療費は、こっちで出してやるから」

 男に負けない、挑発的な態度。

 塩田さんは鼻で笑い、出ていくよう顎を振った。

「今の俺が、あの時と同じ立場だと思うなよ」

「だから、歯医者に行ってこい。それとも、誰か通訳してくれるのか」

「この野郎」

「ああ、怒ってるのか。それだけは分かったぜ」

 拍手する塩田さん。

 男は腰の警棒に手を掛け、すり足で一歩前に出た。

「弱いんだから、止めた方がいいぞ。それとも、今度は顎を砕かれたいか」

「前も砕かれてるよ。顎のラインを見れば分かる」

 彼等の後ろから現れ、薄く微笑む沢さん。

 男は前にも増して険しい顔で、彼を睨み付けた。

「お前も、まだいたのか」

「何を言ってるのか分かりにくいな。やっぱり、歯医者に行った方がいい」

「ちっ」

 消える手首。

 沢さんは足を振り上げ、意外に早いショートフックをかかとで受け止めた。

「やりたいなら、いつでも相手になろう。後ろの人達も遠慮せずに」

「沢。勝手に決めるな」

「君一人にやらすのは惜しいからね」

 塩田さんに負けない、挑発的な態度。

 両手はスラックスのポケットに入っているが、だからといって彼に挑み掛かるのは得策ではない。

「それとも執行委員会の護衛は、ガーディアンの権限を上回ると規定されてるのかな」

「なんだと」

「君がリーダーなんだろ。今度は、いくらで雇われた。前の取り分がもらえなかった分、今度は頑張らないと」

「あれは、全部峰山がかっさらったんだろ」

 大笑いする二人。

 目の前で、今にも飛びかかってきそうな連中を放っておいて。

「という訳だ。お前達の指示に従う気はないし、その理由もない。どうしてもっていうなら、その委員会の人間でも連れてこい」

「あまり、舐めた口をきかない方がいいぞ。これからは、その委員会がこの学校を取り仕切るんだからな」

「誰が決めたんだ。学校か、お前らか?言っておくけどな。この学校の事は、この学校の生徒が決めるんだよ」

 力強く、頼もしい一言。

 思わず誰もが頷きたくなるような。

 しかしそうだったのは、私達だけだったらしい。

「せいぜい頑張ってろ。この前みたいに後悔するような事になっても遅いからな」

「お前も後悔するなよ。どうして俺は、またここに戻ってきたんだって」

「馬鹿が」

「お前だろ、それは。いいから、早く帰って入れ歯の手入れでもしてこいよ」

 すごい形相を残し帰っていく男。

 その仲間達もすぐに後へ続き、再び静寂が戻ってくる。

「あいつらは」

「去年、僕達とちょっと揉めた連中だよ。特にあの金髪は、塩田君に歯を折られてね。今見た限りでは、顎の骨も少しやられたみたいだ」

「お前だって、他の連中をぼこぼこにしただろ。しかしああいう連中が入り込んでるってのは、ちょっと厄介だな。その委員会っていうのも、あいつらがコントロールしてたらどうする」

「可能性はあるね。姑息だけど、逆に人を丸め込むのは得意だから」

 気が重くなるような。

 そして、いまいち実感の無い話。

 自分の知らない所で展開しいく状況。

 起きていく出来事。

 私の感情や行動に関係なく。

 それが当たり前といえば当たり前で、大抵の出来事はそうして進んでいく。

 私程度が学校とやり合うなんて事自体、無理があるんだし。

 このまま自分の身だけを守って傍観していれば、きっと普通に卒業出来るだろう。

 また状況は、すでにそうなっている。

 私の知らない部分で物事は進み、片付いているんだから。


 話があるとかで、帰っていった塩田さんと沢さん。

 私は大して関心も持たず、壁にもたれて手を見つめていた。

 小さく、華奢で。

 何も出来そうもない、自分の手を。

「どうかしたのか」

 明るい笑顔で、励ますように声を掛けてくるショウ。

 私は首を振り、自分の手を彼に見せた。

「何も出来ないなと思って」

「ああ、さっきの話か。確かに相手が学校、草薙グループだからな。何が何だか、想像も付かない。今日起きた事にしたって、本当かって言いたくなるし」

 私と同じような感想。

 少し落ち着く胸の中。

「大体、何をどうしていのかも分からないし」

「うん」

「といっても、このままでいいとも思えないし」

「うん」 

 頷くだけの自分。

 ショウが、特に難しい事言ってる訳ではない。

 普通の。

 だからこそ、答えにくい事を言ってるだけで。

「結局、何か無いと駄目だよな」

「え」

「後手後手だけどさ。何かあって、それに対応するって事。難しく考えたり先を読むのは、性に合わないし出来ない」

「そんなの、全然駄目じゃない」 

 思わず笑ってしまい、軽く彼の肩を叩く。

 共感と、親愛の情を込めて。

「少しくらい考えて行動したら」

「出来るなら、とっくにやってる」

「やるんじゃなくて、考えるのよ」

「何を」

 逆に尋ね返してきた。

 さて、なんだろう。

 というか、何が問題だったっけ。

「おい」

「ちょっと待ってよ。今、考えてるから」

「それで」

「物事、深く考え過ぎてもしょうがない」

「何だ、それ」

 呆れるショウ。 

 少し、安心したように。



 私はそのまま笑顔を見せ、心の中で感謝を告げた。

 これだけはいつも忘れない。

 彼への気持と、彼の優しさは。  











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