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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第20話
211/596

20-1






     20-1




 まだ暑い。

 夏休みも終わってない。

 多分。

「優、学校は」

「怖い事言わないでよ。始まるのは、来週からだって」

「先週も、そう言ってなかった?」

 お母さんの指摘にまさかと思いつつ、カレンダーをチェックする。 

 幸いにも、今週もまだ夏休み。

 私が先週のように、日付を間違えていなければ。

「宿題は」

「宿題も作文も習字も全部終わってる」

「手伝わないわよ」

「手伝ってくれた事あるの」

 というか、私が手伝ってるじゃない。

 なんだこれ、先週の新聞か。

「お母さん、これ古い」

「大事な部分があるから、取っておいてあるの」

「どこが」

「それが分からないから、取ってあるんじゃない」

 また、訳の分からない事を言って。

 えーと。

 自家用車の水素エンジン普及率が、30%を越えるか。

 草薙グループ、海外展開へ。 

 暑い時期ですが、冷たい物を取りすぎないように。 

 どれが大事って、一番最後だな。

 なんと言っても、自分に直接関わりがあるから。

 別に政権が変わろうと誰かが汚職をしようと、私の財布にお金が入ってくる訳でもないし。

「新しいアイスが出るって」

「だから」

「いや。これが大事な部分じゃない?」

 お母さんは、料理教室の先生もやっている。

 つまり、料理や食材の話題には敏感でないといけない。

「それは、あなたにとってでしょ。大体、何味よ」

「ライチミルク」

「もしかすると、そうかな」 

 おい。 

 それこそ、自分の好みじゃない。


 取りあえずコンビニでそのアイスを買って、二人で食べる。 

 学内をうろつきながら。 

「本当、広いわね」 

 短い手を上に伸ばすお母さん。 

 恥ずかしい人だな。

「お母さんが小さいからだって」

「優と大差ないでしょ」

「何言ってるの。私はこんなにあるじゃない」

 負けじと手を伸ばす。

 お母さんよりも、高い位置へと。

「……何よ」

 足元を指差してくるお母さん。 

 つま先立ちしている足元を。

「い、いいじゃない。それより、誰かいないかな」

「夏休みなんでしょ」

「休みでも、働いてる人はいるの」

「優は?」 

 聞こえない振りをして、適当な建物へ入る。

 というか、ここはどこなんだ……。


 自分の学校で少し迷いつつ、廊下を歩く。

 一般教棟だけで5つ、体育館は大小様々。

 グラウンドだって何面もあり、技能系の授業を行う小さい建物も幾つか存在する。 

 多分3年間の内、一度も立ち入らない場所だってあるだろう。

「迷ったんじゃないでしょうね」

「また、冗談ばっかり」

 こそっと端末の画面を見て、現在地を確認する。  

 場所は分かった。 

 分かったからといって、出口がどこかはいまいち分からないけど。

「聡美ちゃんを呼んだら」

「あの子は、寮で寝てる」

「智美ちゃんは」

「今日はいるのかな。でも、実家にいるような事も言ってたし」

 何となく窓に手を掛け、外を見る。

 未だに強い日射し。

 緑はどこか元気が無く、空の薄い青さだけが目に付く。

 エアコンが無ければ、動く気にすらならない。

「言いたくないけど。さっき、ここ通ったわよ」

「に、似てるから、そう思うだけ。とにかく下に行けば、どこかに玄関があるって」

「やっぱり迷ってたの?あなた動くのは得意なのに、変な所で駄目ね」

「帰巣本能はあるからいいの。えーと、階段は」

 壁伝いに歩き出した所で、前から誰かが歩いてきた。

 即座に悟る、嫌な感覚。 

 知り合いではない。

 けど、誰かは分かる。


「どうかされましたか」

 優しく声を掛けてくる女の子。

 腰には警棒。 

 肩口にはID。 

 間違いなく、ガーディアンだ。

「済みません。ちょっと、迷ってしまいまして」

 人を押しのけ、ここぞとばかりに前で出るお母さん。 

 娘より、他人の方が信用出来るらしい。

「外へ出られれば、よろしいんでしょうか」

「はい。申し訳ありません。この子が、今の場所が全然分からないみたいで」

「ご姉妹ですか」

「まさか」

 お上品な笑い声。

 お世辞だよ、お世辞。

「中等部の方ですか」

「ええ、そうです」

 おい。 

 二人して頷くな。

「よろしければ、正門までご案内しましょうか」

「いえ。結構です」 

 お母さんを遮り、力強く言い放つ。

 これ以上恥を掻いても仕方ない。


 清々しく、晴れ渡った気分。 

 どれだけ暑くても、やっぱり外の方が気分がいい。

「どうも、ありがとうございました」

「いえ」

 優しい、労りを込めた笑顔。

 それが今は、何とも痛い。

「失礼ですが、あなたは1年生?」

「はい」 

 初々しい、はにかんだ笑顔。

 夏の日射しを跳ね返すような。

「まだ半年も経ってないのに、よく学校の中が分かりますね」

「一応、覚えるよう努力をしてますので」

「へぇ」 

 わざとらしく感心するお母さん。

 悪かったね、覚える努力をしてなくて。

「……何してるの」

「あ」

 敬礼する女の子。

 彼女に声を掛けた女性は、気だるそうに空を見上げため息を付いた。

「そ、その。この方達が、教棟の出口が分からなかったのでご案内していた所です」

「ご苦労様。悪いけど、自警局へ行って備品の控えを渡して来てくれない」

「あ、はい。では、失礼します」

 最後まで礼儀正しい女の子。 

 私とお母さんはその背中に手を振って、最後まで見送った。

「迷った」 

 ぽつりと呟く女性。

 何となく、遠い目で。 

 地味に嫌な人だな。

 しかし彼女が敬語を使っていたという事は、ガーディアンでも幹部クラスか。

 逃げるが勝ちだ。

「ガーディアンなのに、迷った」

「あら。優の事を知ってらっしゃるんですか?」

「ええ。一応」

 優雅な微笑み。

 お母さんも愛想よく微笑み、小首を傾げた。

「お母様、でしょうか」

「ええ、一応」

 もういいって。

「この学校で、雪野さんを知らない人は少ないですね。先程の子は新入生なので、仕方ありませんが」

「何か、暴れてるという噂をたまに聞くんですけど」

「噂、噂。ほら、早く帰ろう。それじゃ、失礼します」

 お母さんの手を引き、正門へと歩き出す。

 これ以上、何をいられてもろくな事がないと分かってるので。

「優ちゃん」

 後ろから掛かる声。 

 夏の日射しに輝く、長いポニー。 

 見上げたくなる程の身長と、圧倒されそうなボディ。

「沙紀ちゃん」

「お母さんと一緒にお散歩?」

「違うのよ。この子、校舎の中で迷っちゃって」

 人の恥ずかしい事を、喜々として語る人。

 私の親ともいう。

「丹下さん。後は任せるわ。私、少し昼寝するから」

「了解」

 優雅な足取りで教棟内に消える女性。

 なんとも、独特な雰囲気のある人だな。

「誰、彼女」

「J棟の隊長。2年で、今年からの編入生」

「編入して、すぐ教棟の隊長?出来がいいんだね」

「いつも寝てるって噂よ。真理依さんみたいに」

 そういえば、あの人もよく寝る。

 でも、優秀だ。

 私も、少し寝ようかな。

「丹下さんは、今日もお仕事?」

「役職上、どうしても雑用があって」

「大変ね、本当に」

 こちらを見ず、延々と沙紀ちゃんを労うお母さん。

 しかし今日は、暑いなー。



 とりあえず迷宮からの脱出は果たしたので、教棟の食堂に立ち寄りご飯を食べる。

 夏休みとあってメニューは少ないが、味は問題ない。

 一人前を、ご飯だけ追加してお母さんと一緒に食べる。 

 量としても、これくらいで問題ない。

「学食なのに、美味しいのを食べてるのね」

「たまに、食べに来たら。私の制服着て」

「考えよう」

 真顔で言うな、真顔で。

「何してるの」

「一度、真似しようと思って」

 メモを取るお母さん。 

 料理人ではないけど、どうしても気になるのだろう。

「無理だって。ここは大量に作るから、同じ味にはならないもん」

「そこはあなたと、私の腕の差よ」

「年齢の、でしょ」

 ちくっと返し、リンゴシャーベットを頬張る。

 この少し溶け始めた感じが、何とも言えない。

 仄かなバニラが口の中で広がって、まさに夢の国と言った感じ。

 随分安上がりな……。



「これは?」

 パンとコロッケ。

 牛乳。

「学校で買ってきたの」

「随分、あっさりとした夕食だね」

 質素だね、とは言わないお父さん。

 私なら、一暴れしてるところだ。

「これもあります」

 豆乳の入った鍋を持ってくるお母さん。

 早速実践してるな。

「お腹が膨れないね」

「タンパク質だから大丈夫。スープも飲んで」

 栄養士の資格もある人は、言う事が違う。

 私は、コロッケパンだけで十分だけど。

「今日優ったら、学校で迷ったの」

「あそこは広いから、僕でも迷うよ」

 優しい事を言ってくれるお父さん。

 今度はお父さんと行こう。

 ますます迷う気もするけど。

「優、宿題は大丈夫?何かあったら、手伝おうか」

「また、甘やかす様な事を言って。大丈夫、全部終わってる」

「そう。よかったね、間に合って」

 本当優しいというか、人が良いというか。

 ショウや木之本君達の親類だね。

 多分、それだけ損もしてるはずだ

 本人達が分かってないから、いいんだけど。

「お父さんこそ、夏休みは」

「とっくに終わってるよ。宿題が無いって言うのは、本当に幸せだね」

「私なんて、年中休みみたいなものよ」

 気楽に笑うお母さん。

 料理教室はあるけど、趣味でやってる部分もあるからな。



 お風呂から出て、頭をわしわしと拭きながらリビングへ入る。

 ソファーに寝転んで、TVを観て。

「優。優ったら」

「あ」

 気付いたら、お母さんが見下ろしていた。

 少し寝ていたようだ。

「あなた、寮でもこんな感じなの?」

「まさか。いくら私でも、そんな事は」

 たまにしかないという言葉を飲み込んで、周りを見渡す。

 ……そうか、ここは家だった。

「寮じゃなくて、家よ」

「分かってる」

「だったら、確認しないで」

 簡単に人の考えを読み取るな。

 と言うか、私だから読み取られるのかも知れないけど。

「あー」

「叫ばないで」

「今何時」

「聞いてどうするの」

 思わず目が合う。 

 でもって、すぐには言葉が出てこない。

「い、いいじゃない。時間を聞くくらい」

「はいはい。それで、何か用事でもあるの?」

「無いけどさ。あーあ。早く学校が始まらないかな」

「それは、私の台詞よ」

 へ、そうですか。

 今から、寮に戻ろうかな。

 窓際へ行き、カーテンを開けて外を見る。 

 街灯と街の灯り。

 でも暗い、外の景色。

 夜が怖いとまでは言わないけど。

 別に、無理して出ていく理由もない。

「へへ」

「ちょっと」

「いいじゃない」

 ぺたりとお母さんに寄り添い、胸の中に生まれた不安を癒す。

 子供らしく。

 その温もりに甘える……。 



 懐かしい顔。

 久し振りの景色。 

 なんて事はなく。

 ついこの間も来た学校。

 今日は遊びにではなく、始業式のため。

 式は終わったので、後はもう帰ってもいい。

 残ってもいい。 

 ガーディアンとしては、残るべきらしい。

 誰もいないオフィスに収まり、よく冷えた麦茶を前に一息付く。

 こんな時期に暴れる馬鹿はいないと思う。

 いたら、私が暴れる。

「こんにちは」

 入ってきたのは、ポニーテールにした池上さん。 

 小さめのTシャツで、おへそが見えている。

 見栄えはいいけど、私がやったらだらしないだけだ。

「暑い」

「夏だもん、暑いわよそりゃ」

 舞地さんの手が伸びるより早く、ペットボトルを抱えて自分で飲む。

 先輩は先輩。

 お茶はお茶。

 分けて考えないと。

「お前一人か」

「学期の初めは、大抵こうだけど」

「たるんでるな」

 笑う名雲さん。

 そういう意味では、この人は生真面目だと思う。

 授業にも出てる方だし、今日もこうして朝から来てる。

 少し、見習わせたいな。

「柳君は?」

「沖縄に行ってる」

 いつの間にか、人のペットボトルでお茶を飲んでる舞地さん。

 でもあの子の実家は、対馬だったはずだけど。

「さつき達と一緒に、仕事してるの」

「仕事って、渡り鳥?今、夏休みじゃない」

「休み中でも、ガーディアン絡みは色々あるのよ。あなた達の先輩も、学校と揉めてたのは休み中でしょ」

「ふーん。せっかくの休みなのに」

 いや。

 沖縄だから、空き時間には遊べるか。

 それはそれで、悪くないのかな。

「浦田も行ってるんだろ」

「どこへ」

「沖縄さ。知らなかったのか」

 こくりと頷き、もう一度頷く。 

 普段も、向こうから連絡が来る事はそれ程無い。

 聞かない事を話す子でもないし。 

 ケイが沖縄、か。 

「似合わないというか、なんというか」

 ぽつりと呟く舞地さん。 

 私と同じ事を想像していたらしい。

「舞地さんは、もうやらないの」

「やらなくても、食べていける」

 お嬢様は、言う事が違うな。 

 というか、そのためにやっていた訳でもないだろうに。

「……随分、人が多いですね」

 欠伸混じりに入ってくるサトミ。

 何をするかと思ったら、クッションを枕にして机に伏せた。 

「寝ないでよ」

「眠いの」

「式は出た?」

「次は出るわ」

 次っていつだ。 

「ちょっと」

「別に、用はないんでしょ」

「無いけどさ。寝てどうするの」

「起きていてどうするの」

 なるほどね。 

 なんて納得する訳もなく、首の辺りを軽く叩く。

 変な声を上げて、顔が上がった。

 正確には、反射運動を利用して上げさせた。

「あ、あなたね」

「いいから」

「何がいいのよ。ショウは」

「そろそろ、山から降りてくる」

 別に、芝刈りへ行ってる訳じゃない。

 体を鍛えてるだけだ。

 山でやらなくてもいいと思うけど、精神的にはいいのかもしれない。

「そう」

「他に聞く事は」

「ケイは沖縄にいるんでしょ」

 あっさりと答えるサトミ。

 本人から聞いたとは思えないし、ヒカルからのはずもない。

 相変わらず怖いな、この人は。

「何してるのかな」

「さあ。興味ないわ」

 それはそうか。

 すっかり、無駄な事に時間を費やした。

 寝よう、寝よう。

「あなたが寝てどうするの」

「あ、そうか。でも、やる事無いんだよね」

「そういう訳」

 欠伸を噛み殺し、雑誌をめくるサトミ。 

 やる気の欠片もないな。 

 私も含めて。


 本当にやる事がないので、さっさとオフィスを引き払う。

「お茶は、お茶」

「ここはセルフサービスなの。私は、ミルクセーキお願い。氷も入れてね」

 なんか、すごい事を言ってくるモトちゃん。

 忙しそうに、机の上を片付けながら。

 なる程と思い、執務室に備え付けの冷蔵庫をあさる。

 お茶もあるけど、ジュースもある。

 リンゴ炭酸もある。

「誰がヨーグルトを食べろと言ったの。それに、ミルクセーキ」

「はいはいと」

 卵と牛乳に砂糖。

 さっと火を通して、氷水に浸ける。

 グラスに移して、バニラエッセンスとレモン少々。

 美味しいな、これ。

 モトちゃんにもグラスを渡し、自分でも再び楽しむ。

 少し甘過ぎるくらいがいいのかもね。

「我ながらいい出来」

「あら、本当。この子におもちゃでもあげて」

 何だ、それ。

 嬉しいじゃない。

「おもちゃはないけど。これは」

 小さなバネをテーブルに置く木之本君。 

 何をするのかと思ったら、それを指で押し潰した。

 で、指を離す。

 当然、バネは跳ね上がる。 

 ただ、それだけ。

 だからこそ、面白い。

「はは。もっと大きいのはないの」

「そうすると、力がいるからね。このくらいの方が、扱いやすい」

「なる程。はは、跳んだ」

「見たままじゃない」

 無愛想な口調。

 こういう楽しさが分からないなんて、不幸な人だな。

「忙しいのよね。私は」

「私は暇だよ」

 バネをぴょこぴょこ弾ませ、へらへら笑う。 

 何が幸せって、多分こういう時をいうんだろうな。 

 なんて事を、忙しそうな人を見ながら思う。

「一人で、楽しそうだね」

「好きでやってるんじゃないの。色々と、問題が起きてるのよ」

「あ、そう。私は関係ないからいいや」

「そうかな」

 途端に怖い顔で笑うモトちゃん。 

 冗談、でもないらしい。

「木之本君。何かあるの」

「まだはっきりとはしないけど、生徒会が揉めてるみたい」

「それで?」

「自警局が、大幅に組織変更するって話もあるんだ」



 だからどうという訳でもない。 

 変わるのは生徒会自警局。 

 私の所属は、ガーディアン連合。  

 自警局の下部組織だけど、命令系統や組織としてはまた別だから。

 仮に何かあったとしても、私は変わらない。 

 一番下っ端だという事実は。

「組織変更?ああ、らしいな」

 のんきに答える塩田さん。 

 暇そうに、と付け加えてもいい。

「モトちゃんは、忙しそうでしたよ」

「実務は、あいつがしきってるから仕方ない。組織変更が無くても忙しいさ」

「塩田さんは、何してるんです」

「俺は、それ。部下の監督ってやつだ」

 さぼってるんじゃないのか、ただ単に。

「大体、組織変更ってどういう事なんですか」

「あくまでも噂でしかない。生徒会内のトラブルがあるとか無いとか」

「ますます分かんないな」

「大山に聞けばいい」


 特に忙しそうな素振りも見せずにやってくる副会長。

 というか、この人の忙しい様を見た事がない。

「まだはっきりしないんですけどね。会長選絡みで、調査をしてるらしいです」

「不正って事か。でも、現職のあいつがぶっちぎりで当選なんだろ」

「ケチを付けようと思えば、いくらでも付けられます。それが真実であろうとなかろうと」

 淡々と告げる副会長。

 塩田さんは鼻を鳴らし、机の上に置かれたフォトスタンドへ手を伸ばした。

「会長になったからといって、生徒が付いてくる訳でもないのに。大事なのは能力と人間性だろ」

「権威と資金があれば、付いてくる者もいます」

「面白くない話だな。それともこの学校の会長は、長続きしないのかな」

 自嘲を含んだ呟き。 

 前々職の河合さんは、就任前に転校。

 前職の間さんも、就任前に退学。

 その後は空位。

 彼等の仕事ぶりはともかく、安定していないのは事実である。

「再選挙でもやれって、誰かが騒いでるのか」

「似たような物です。選挙の無効と、暫定的に生徒会長の代行を立てるようにと」

「お前がやればいいだろ、副会長なんだし」

「他にやりたい人がいるみたいですよ。学校も、そのつもりのようです」

 薄い微笑み。

 今までにあまり見た事のない。

 怜悧とでも例えるのが似合うような。

「向こうも、多少はやる気になってきた訳か。それもいいか。いつまでも、だらだらやってても仕方ないし」

「ガーディアンの掌握は」

「連合は問題ない。自警局も、現場は7割以上抑えてる」

「だとしたら、その組織変更で楔を打ち込む気かも知れませんね」

 事も無げに言い放つ副会長。 

 確かにモトちゃんの言う通り、 私にも関係があるように思えてきた。

「今期になって、外部の生徒をかなり導入していますし」

「やれるならやってみろって話だ。ここがどこだか教えてやるぜ」

 はっきりと、力強く言い放つ塩田さん。

 頼り甲斐のある笑顔と共に。

 私の尊敬する先輩は。



 色々聞いてはみた。

 ただ、まだ憶測の段階でしかない。

 私には、その概要も掴めない。

 掴んだからといって、何か出来る訳でもない。

「あれ」

 教棟の食堂の片隅。  

 背を丸め、ラーメンをすする男の子。 

「いたんだ」

 ケイは顔を上げ、少しだけ頷いた。

 でも沖縄へ行っていた割には、大して日に焼けてもないな。

「そんなに黒くなってないね」

「俺は室内にいる事が多かったから。何か食べる?」

「おごってくれるの?」

「多少だけど、報酬も貰った」

 見慣れないカードを振るケイ。

 おそらくは、彼が個人で作ったキャッシュカードだろう。

「ショウは」

「まだ、山にいる」

「サトミは」

「モトちゃんの手伝い。生徒会が揉めてるんだって」

 微かに眉を動かすケイ。 

 とはいえ彼に説明する程分かってもないので、その旨を伝える。

「沙紀ちゃんから、何か聞いてない?」

「これといっては。大体丹下は生徒会ガーディアンズで、自警局じゃない」

「同じでしょ」

「混同はしやすい」

 やんわりと否定するケイ。 

 別に言い争うような事柄でもないので、カウンターへ行って料理を注文する。


「差し入れ」

「ありがとう。でも、お金は」

「財布がいる」

 ケイを指差し、食堂で買ってきた料理やデザートを机に置く。 

 モトちゃんは他のガーディアンに連絡して、それをみんなで分けていく。

 結構な人数だけど、結構買ったので問題ない。

 出費も、結構な物だったけど。

「どこからお金が出てきたの」

「沖縄で、渡り鳥の真似事をしてきた。見習いの俺でも、これのくらいは稼げる」

「じゃあ、映未さん達はどのくらい稼ぐの」

「蔵が建つ」

 鼻で笑うケイ。

 冗談でも無さそうな顔で。

「生徒会が揉めてるって」

「会長選の無効と、組織変更を申し出てる人間がいるらしい。私達も自警局の下部組織である以上、影響はあると思う」

「それは大変だ」

 全然、そうでも無さそうな口調。

 関心を示す様子もないし、多少興味があったからという態度にしか見えない。

 無論、彼の本心がどこにあるかは別にして。


 仕事を押し付けられた。 

 チラシを半分に折って、封筒に詰める。 

 内職だね、まるで。

「何してるんですか」

「仕事よ」

「他にもやる事はあると思うんですが」 

 苦笑する小谷君。

 そういえばこの人は、自警局の人間だったな。

「生徒会が揉めてるって聞いたけど、どうなってるの」

「ストレートですね、相変わらず。俺も、よくは分かってません。今の所は、生徒会というより学校と交渉してるみたいですし」

「その、ごねてる奴が?」

「ええ。仮に要求が通ったとしても、生徒の反感を買うだけだと思うんですけどね」

 冷静な指摘。  

 この学校の原則は、生徒の自治。 

 学校の関与は、あくまでも最小限に限定される。

 それで今までやって来たし、問題もなかった。

 学校の援助が不必要とは、誰もいわない。

 ただ、自分達だけで出来る事がある。

 やってみたい事、やらなければいけない事も。

 つまりそれを妨げようとするのなら、相当の混乱が起きると小谷君は言いたいのだろう。

「でも、揉めてるの?」

「強引に上から押し付ければ、言う事を聞く奴も出てきますよ」

「小谷君は?」

「俺は組織側の人間ですからね。押し付ける方です」

 少し寂しげに笑う小谷君。 

 それについて言いたい事もあったが、取りあえず止めておいた。

 変な慰めは、却って彼の気持ちを傷付けるだろうから。




 翌日。 

 正門へ辿り着く前からの違和感。

 いつもと同じ眺め。 

 強い日射し。

 大勢の生徒。 

 自分でも、理由が分からないまま違和感だけを抱く。

 正門をくぐり、教棟へ入って廊下を歩く。

 そこでようやく、その理由に気付いた。

 廊下を行き交う、大勢の生徒。

 それ自体は、毎日の光景。 

 ただし、彼等の服装は違う。

 普段以上に、制服姿が目に付くのだ。

 私も制服は着ている。

 でも学内での比率では、どちらかと言えば少数派。 

 今も、決して多くはない。

 だが、少なくもない。

「どういう事?」

「学校に言われてるんでしょ。出来るだけ、制服を着るようにって」

「いつから、そんなのを強制するようになったの」

「今期からかしら」

 気のない答え。

 制服くらいで騒ぐなと言いたいのか。 

 ただ単に眠いのか。

 それとも、理由を分かっているからか。

「ユウだって、制服着てるじゃない」

「私は、好きで着てるの」

「私もよ。……お早う」

「ああ」

 サトミ以上に素っ気なく答え、リュックを机に置くケイ。

 放っておけば、このまま寝てしまいそうな顔に見える。

「何か、気にならない?」

「薄着が多くて、見てる分には楽しい」

 なんだ、それ。

 分かってるのかな。

「あのさ。制服」

「あれはあれでいいな」 

 駄目だ。

 放っておこう。 

 少なくとも、午前中は。



 昼休み。

 食事を終え、お茶を持って廊下に佇む。

 外へ行くには、まだ暑過ぎるから。

「編入生をかなり入れてるって話は」

「聞いた事がある」

「そいつらに、制服を着させてるらしい。別にどうって訳でも無いけど、精神的に制約させられた気にはなる」

「何よ、それ」 

 ペットボトルを握りる手に、つい力がこもる。

「例の管理案を、小出しに導入してるんだろ。全部を一気にやれば目に付くし、規則改正も必要になる。でも少しずつやっていけば、10年後には全部終わってる」

「え」

「そういうやり方もあるって話。俺が気付くくらいだから、生徒会の人間はもう把握してるだろ」

 鼻を鳴らすケイ。 

 とはいえ、私は彼程落ち着いてはいられない。

 それが自分の卒業後。

 つまり、直接には関わりが無くなる事だとしても。

「じゃあ、どうするの」

「今言ったように、俺達がやる事じゃない。生徒会は、とっくに学校と交渉してる」

「だからって」

「理事なり職員を殴って済むのなら、今すぐにでも行けばいい。でもそうはいかないから、話し合ってるんだよ」

 もう一度鼻を鳴らすケイ。

 かなり、面白く無さそうに。

「今は生徒じゃなくて、生徒会の問題って言いたいの?」

「まさか、生徒一人一人が集まって学校と交渉する訳にも行かない。そのための生徒会だし、生徒会長なんだから」

「その会長選はどうなったの」

 落ち着いた口調で指摘するサトミ。 

 ケイはわずかに肩をすくめ、窓の外へ視線を向けた。

「それも、生徒会の問題だよ。俺達が騒いだからって、どうなる事でもない」

「生徒の代表の事なのに?」

「建前としては。でも実際に学校と交渉するとして、どれだけの人間が名乗り出ると思う」

 静かな問い掛け。

 すぐに答えの出てこない。


 相手は大人。

 経験も何もかも違う。

 そしてその後ろには、学校が控えている。

 中部庁、大企業、教育庁も。

 制服を着ている人間が多い。

 少しずつ、学校が生徒を管理しようとしている。

 そのくらいの理由で、表に出て何かしようとするだろうか。

 私も含めて。

「まだ何かあった訳でも無いんだし。気長に考えればいいと思うけどね」

「そういう、悠長な問題なの」

「さあ。俺達が卒業するまでにどうこうなるなら、また考え直す」

 あくまでも気のない答え。

 とはいえ、言う事もない。

 思いつかないし、彼の言う通り切羽詰まってる訳でもない。

 漠然とした不安があるだけで。

「そんなに心配?」

「心配というか。どうなるか分からないから、ちょっと」

「確かに、そういう時が一番嫌な気分なのかしら」

 頭を撫でてくるサトミ。

 彼女は普段通りの、落ち着いた表情。

 何も変わらない。

 私以上に状況が分かってるせいもあるだろうし、性格もあるだろう。

「それとも、何か理由があるとか」

「制服の?」

「ユウの不安な理由」

 意味深な笑顔。 

 その意図をすぐに悟り、鼻で笑う。

「人を、子供みたいに言って」

「違うの?」

「違うわよ。私はね」

 短い手を振り回して、すぐに止める。 

 別に、むきになる事でもない。

「どうかした」

 関心無さそうに尋ねてくるケイ。 

 というか、この人が何かに関心を示す姿をあまり見た事がない。

「別に。それより、午後は」

「授業は、午前中で終わり。この暑いのに勉強する方が、どうかしてる」

 それもそうだ。

 建物内はエアコンが効いてるけど、外に出ればそこは灼熱。

 登下校だけで、倒れそうになる。

「ガーディアンの仕事は」

「あるわよ、当然」

 やっぱりか。

 分かってたけど、改めて聞くと余計疲れてくる。 

 まだ、何もやってないのに。



 仕方ないのでオフィスにこもり、お茶を前に置く。

 人がいないから、トラブルもない。

 だったら、学校に残る必要もない。 

 という訳にもいかないらしい。

「あー」

 意味もなく叫び、退屈を紛らわせる。

 サトミはモトちゃんの手伝い。 

 ケイは舞地さん達の所で、何やらやっている。

 私は一人、お茶を前にして叫んでいる。

 二度とは戻ってこない、16の夏。

 かなり無意味に過ごしている気もする。

 不意に開くドア。 

 机の上にあったスティックを掴み、それを下に隠す。 

 気を抜いていても、この程度の反応は軽い。

「あれ、一人だけ?」

 精悍な顔立ち。

 少し日に焼けた、引き締まった手足。 

 優しく微笑み、紙袋を机に置くショウ。 

 早まる鼓動、でも自然と気持ちは落ち着いていく。 

 不安も、焦りも、何もかも。

「もう、帰ってきたの?」

「ああ。食糧も尽きたし」

 間の抜けた理由だな。

 いいけどね、私としては。

「これを食べればよかったのに」

「腹が膨れる物じゃない」

 出てきたのは、守口漬け。

 また、意味不明な物を。

「何よ、これ。そばとかリンゴとか、馬肉じゃないの」

「名古屋に来てから思い出してさ」

「無理して買わないでよね。他にないの」

 紙袋をがさがさあさり、ういろうを手に取る。

 美味しいけどさ。


 取りあえずういろうを切って、お茶を出す。

 やっぱり桜が美味しいな。

「怪我は」

「無いよ」

「でも、痩せてない?」

「引き締まったんだろ、多分」

 細くなった頬の辺り。

 でもTシャツから伸びる腕回りは、少し大きくなったようにも見える。

「やっぱり、自然がいいのかな」

「だからって、年中山にこもる訳にも行かないでしょ。獣じゃないんだし」

「そうだけどさ」

 ういろうを、そのまま丸かじりするショウ。 

 行儀は悪いが、糖分補給のためにはこのくらいした方がいい。 

「ユウは、何かあった?」

「特に、これといって。迷子に間違えられたくらい」

「またかよ」

 笑われた。 

 楽しそうに。  

 それとも、嬉しそうに。

 だから私も笑う。

 もっと、嬉しそうに。


「……いたの」

「え、ああ」

 ういろうをくわえたまま頷くショウ。 

 サトミは何か言いたげな視線をこちらへ向け、自分の肩を揉んだ。

「今日はいつもより、早く終わるって。生徒もいないから」

「じゃあ、何か食べに行こうか」

「俺、肉がいい」

 飢えた顔。

 一体、向こうで何を食べてたのかな。

「ユウは」

「何でもいいよ」

「そう」

 また何か言いたそうな顔。

 取りあえずそれを気にしない事にして、机の上を片付けていく。

 後はリュックを背負って、キーを掛けてと。

「ケイは」

「ああ、思い出した」

 彼の存在を、ではない。

 彼の持っているカードを。

「おごってくれるって」

「あいつ、いつからそんな金持ちになったんだ」

「色々とね」 

 少しずつ。 

 離ればなれになっていた時間を埋めるように話をする。

 なんでもない事。

 別に話さなくてもいい事も。

 この胸の想いを、少しずつ込めて。

 彼に伝えていく。










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