18-13
18-3
みんなと離れ、屋上へ上る。
教棟越しに見える、熱田の杜。
夏の日射しと、少しの風。
たなびく前髪をかき上げ、手すりへと向かう。
そこで一人佇む、彼の元へ。
「何してるの」
「仕事は終わったから、景色を眺めてるだけさ」
遠くから聞こえる蝉時雨。
彼の声はそれに重なり、消えていく。
「俺を疑ってたんだろ」
「まさか。今だって、何かあったらモトちゃんを助けようとしてたんでしょ」
「どうやって」
「それ」
彼の腰に付いた、小さな機械。
私の物とは違うが、ワイヤーとウインチで降下する事が出来る。
「下の奴らと連携してたとは思わないのか」
「そう思って欲しいの?」
逆に聞き返し、手すりに手を掛け下を覗き込む。
丁度モトちゃんの落ちた屋根が、すぐ真下に見える位置。
つまり、彼女も分かっていただろう。
彼が、ここにいた事は。
「もし連携してるなら、まだここにいるなんておかしいじゃない」
「突入のタイミングを間違えただけだ」
「それに、あなた一人しかいないし」
「こんな高さから下りる馬鹿は、そう何人もいない」
背の高い木々ですら眼下にあり、下を歩いている人はおもちゃのよう。
彼の言う通り、この場に立つだけで怖がる人もいるだろう。
「私の知り合いにはいるけどね。この前会った傭兵の人も、平気で下りてたし」
「傭兵に知り合いなんているのか」
「うん。林さんって言うんだけど。知ってる?」
「名前くらいなら。雲の上の存在として」
苦笑する彼。
少しの切なさを込めて。
「結局、俺がどうこう出来る相手じゃないって訳か」
「名雲さんの事?それとも」
「さあな」
曖昧な返事。
私もそれ以上は尋ねない。
「さてと、本当に帰るとするか」
何かを吹っ切るような口調。
腰のワイヤーが外され、足元にあったリュックへとしまわれる。
警棒や、首から下がっていたゴーグルといった装備も。
「このまま帰って、契約は大丈夫なの」
「元々、契約なんてしていない」
手早くリュックを背負い、足早にドアへ向かう彼。
では彼は、何故ここへ来たのか。
誰のために。
「最後に、会っていったら」
戻ってこない返事。
閉まるドア。
降り注ぐ夏の日射し。
彼方に見える、名古屋港。
さすがに遠過ぎて、船までは見えない。
ここを旅立ち、戻り、また旅立っていく船は。
それでも私の髪はなびいている。
遠い海から吹いてくる風に……。
夜空に立ち上る煙。
縁側に座り、楽しそうに話し込む男女。
私はそれを横目で見つつ、左右の小手で焼きそばをかき回し続ける。
「ソース。ソース入れて」
「どのくらい」
「いいから、じゃぶじゃぶ入れてよ」
「何怒ってるんだ」
怪訝そうに、ソースのボトルをひっくり返すショウ。
芳ばしい香りが辺りに立ちこめ、縁側の光景も湯気の向こうに消える。
「結局、なし崩しじゃない」
肉と野菜の刺さった大きな串を振り回すサトミ。
それは私も同感なので、小手で鉄板を叩き付ける。
「何がだ」
「あなた、本気で言ってるの」
「え」
「もういいから、草でもむしってなさい」
サトミは邪険にショウを追い払い、その背中に串を向けた。
ここは誰の家かという話だな。
勿論、ショウの実家だけど。
「さてと、お肉は焼けたかなと」
頭を切り換え、炭火で焼かれているスペアリブに歩み寄る。
脂が炭に落ち、夜景に赤い炎が輝く。
幻想的で、だけど切なくなる光景。
「はは、美味しい」
少しナイフで削って、程良い焼け具合を楽しむ。
良いんだ、私は食欲に生きるから。
「あんな物騒な男の、どこが良いんだか」
皮肉っぽく呟き、スペアリブの骨をかじるケイ。
正確には、骨の周りに付いた肉を。
ここがまた、美味しいんだ。
「そういう言い方は止めてよね」
「でも、どういう人間かは少しは分かっただろ」
「あなたよりはましよ」
サトミはビールの缶を傾け、面白く無さそうに鼻を鳴らした。
荒れてるな、どうにも。
「所詮は傭兵。いつどこに行くか分からないし、また同じように襲われる可能性もある」
「私達だって、いつまでもここにいるとは限らないでしょ」
彼に反論して、サトミから受け取ったビールを飲む。
微かな苦みと爽快感。
夏の夜には、少し辛いかな。
良く分からないけど、何となく。
「俺はどうでもいいけど。誰が、誰と付き合おうと」
相変わらずの素っ気ない台詞。
彼の視界の先には、縁側がある。
仲良く並んで座る、モトちゃんと名雲さんの姿も。
あそこまでされては、からかう気にもなれない。
「あーあ」
背伸びをして、バーべーキューをやっている場所から離れていく。
少しの暗がり。
後ろから聞こえる笑い声と、明るい光。
背の高い木にもたれ、その光景を眺める。
「何してるんだ」
「自分こそ」
「草むしりさ」
足元に積まれた雑草。
ショウは腰を叩き、私が差し出した缶ビールを受け取った。
「どう思う?」
「さあな」
「はっきりしないのね」
「自分はどうなんだよ」
笑い合う私達。
モトちゃんと名雲さん程は近くない。
だけど、決して遠くもない距離で。
夜空を焦がす炎に、頬を染める。
第18話 終わり
第18話 あとがき
カップル誕生という事でした。
始めからバレバレだったかとは思いますが、奇をてらうのは苦手なので。
無難で平凡で、ありがちな展開が延々と続きます……。
こう見ると、自警組織の組織改革や世代交代は進んでいるようです。
また話の中でもあるように、3年は通常後期で引退。
2年が各組織のトップを務めるのが慣例でした。
それが様々なトラブルで、現在3年が居座ってる訳でして。
生徒会ガーディアンズ(自警局)
矢田自警局長-北川自警課課長
風間F棟隊長(筆頭)、丹下G棟隊長
ガーディアン連合
塩田議長-元野補佐、木之本補佐
これは、公式の役職。
今回の体制は
総指揮 元野
補佐 遠野 木之本 浦田
自警局指揮 北川
現場総指揮 丹下
現場指揮 雪野 玲阿 七尾
こういった構図。
本編内でいう、統合後の図式なのかも知れません。
無論統合は当分先。
彼等の卒業後かも知れませんが。
という訳でした。
カップルも出来たし、組織も固まり出したし。
話も、少しずつ進んでいるようです。




