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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
202/596

18-12





     18-12




 廊下のコーナーに待機しているガーディアン達。

 私達を知っているのか、その列が割れ前に進むよう促してくる。

「状況は、どう?」

「見ての通り」

 端末の画面を見せてくる七尾君。

 ドアが半分だけ開き、出入りする人が映っている映像。

「ちょっと、開いてるじゃない」

「一番奥の部屋までは、最低3つのドアをくぐる必要がある。入れば入る程、袋小路になる」

 落ち着いた答え。

 それは他のガーディアンも同様で、いきり立っているのは私だけらしい。

「……はい。……今着いたよ。……分かった」

「誰」

「元野さん。特に問題はないって」

「こういうやり方自体が、問題なのよ」

 壁を拳で叩き、破片を辺りに散らせる。

 少しのどよめきが起こったが、それを気にする気分でもない。

「元野さんが、自分で決めたから仕方ないさ」

「それは分かるけど。面白くないな」

「少し落ち着きなさい」

 私の肩に手を置くサトミ。

 青白い顔で、震え気味に。

 私は自分の手を添え、彼女の気持ちに応えた。

「それで、いつまでこうしている気」

「もう動く。反対側から何人か突っ込むから、その後で俺達も」

「早く、指示出してよ」

 私の顔から何かを感じ取ったのか、苦笑気味にガーディアンを促す七尾君。 

 彼に促された女の子は端末で、幾つかの連絡を取った。

「まだ?」

「計画通りに動かないと、全体がおかしくなる。向こうの連絡があってから、俺達は動く」

 あくまでも冷静な態度は変わらない。

 彼を疑うとか、恨む気持はない。

 ただしこの状況では、苛立ちだけが募っていく。

 例えモトちゃん本人が考え出した事だとしても。 

 友達の身を危険に晒すなんて事は。



 コーナーの向こうから聞こえる叫び声。

「七尾君」

「連絡があった。ただし、相手は武装してるから……」  

「分かってるっ」

 話を最後まで聞かず、コーナーを飛び出る。

 突然目の前に現れる大男。

 見慣れない顔、学内の持ち込みが制限されている木刀。

 傭兵と判断し、動きを警戒しつつその横を通り過ぎる。

 構っている暇はないし、後から来る人達がどうにかしてくれるだろう。

 ガーディアンが左右を固めているドアまでは、それ以外に誰もいない。

 一気に廊下を駆け抜け、警棒に手を添えているガーディアンに話し掛ける。

「状況は」

「ドアが一つ突破されたようですが、まだ大丈夫です」

 余裕のある表情。

 私にとっては、悠長過ぎるとしか思えない。

 ただしそれは彼に通じないので、スティックの位置を確かめ中に入る。

「傭兵は、どのくらい」

「20人以上いました。突破したドアを閉めて、そこに立てこもってるようです」


 荒れた受付。

 倒れたラック、傷付いた壁。

 壁にうずくまるガーディアンと、床に転がる男達。

 あちこちには血が飛び散り、プロテクターの破片や警棒が散乱している。

 DDや書類の間を縫うようにして。

 それらを避けて、壊れたドアに張り付いてるガーディアン達へ走り寄る。

「開かないの?」

「内側から、強制的にロックしたみたいで」

「もう一度壊せばいいじゃない」

 煙を吹いたコンソールにスティックを当てて、ドアを蹴る。

 当然だが開く訳はなく、スティックの先端に煤が付いた程度。

「任せろ」

 不意に後ろから現れ、コンソールに拳をぶつけるショウ。 

 煙と同時に火花が飛び散り、ドアが少しだけ揺れる。

「っと」

 わずかに開いた隙間に警棒が差し込まれ、ショウはそこに指を掛けて横に腕を引いた。

 ドアの下から聞こえる、きしむような音。 

 完全とはいかないが、人一人は通れるだけの隙間が出来た。

「……借りるわよ」

 ガーディアンの腰に下がっていた小さな箱を手に取り、タイマーを作動させてドアの向こうへ放り込む。

 すぐに聞こえる、幾つかの悲鳴。

 少しの間を置いて、私達も飛び込む。



 顔を押さえ、床にうずくまる男達。

 それを無視して、左手にあるドアへと向かう。 

 視界に入る、数名の男。

 壊れたドアを閉めようとしている姿が。

 スティックを投擲して一人を倒し、ショウの投げた警棒がもう一人を捉える。

 それは丁度ドアの所で倒れ、閉まりきるのをどうにか防ぐ。

 無理矢理閉めるのは、物理的に不可能。

 放り出したり引き込むには時間が掛かる。

 そう考えている間に男を踏み越え、ドアの向こうへ突破する。 

 頭上に感じる嫌な気配。 

 後から入ってきたショウの足がそれを跳ね飛ばし、私の横蹴りが男を蹴り飛ばす。

 警棒は右に、男は左へと飛んでいく。

「あれが、最後のドアじゃないのっ」

「らしいな」

「どういう計画なのよっ」

 その、最後のドアに取り付く男達。 

 人数は4人。

 しかし手にはボウガンらしき物を持ち、ボディーラインからはプロテクターの存在も推測出来る。

「サトミ、入ってこないで」

「了解」

 後ろのドアから聞こえる返事。

 ボウガンから目を離さず、スティックを抜いて前に走る。

 トリガーに掛かる指。

 それでも速度は落とさない。 

 緊張した顔、震える手元。

 どちらにしろ軽い音がして、トリガーが引き絞られる。


 当たり前だが、見える訳はない。

 構えていた位置、腕の動き、矢の特性。

 それらを考慮して、逃げる場所を決める。

 最悪当たっても、それはプロテクターがカバーする。 

 顔については、また別は話だが。

 ほぼ思った通りの軌跡を描く、ボウガンの矢。 

 実際はそう思った時には、後ろの壁に当たっていた。

 彼等が私にかまけている間にショウはその元へ迫り、男達をなぎ倒す。

 間一髪というところか。


「どうにかなったみたいだね」

 安堵のため息を付き、ドアに手を触れる。

 胸の中に沸き上がる違和感。

 微かな振動が伝わってくる。

 モーターの動きや、まして地震の訳もない。

「サトミッ」

「大丈夫。ドアは、もう一つ奥にある」

「この向こう側は多分舞地さん達がいて、自分で呼び込んだんだろ」

 サトミの後に現れ、冷静に推測するケイ。

 彼の後ろからはガーディアンが何人もやって来て、先頭には七尾君が立っている。

「どうする」

「え?」

「あの人達なら、任せても問題ないと思って」

 変わらない、冷静な態度。

 またそれは、彼に付き従う他のガーディアン達も同様だろう。

 あえて自らを危険に晒す必要がある場面でもない。

 床に転がる、ボウガンの矢。

 穴の開いた壁。

 これらを見せて、命令を出来る立場でもない。

「分かった。後は私達だけでなんとかする」

「了解。最小限の人数を残して、全員撤収。拘束した者は、ボディチェック後に連行。怪我人は医療部へ……」

 七尾君の指示に従い、部屋を出て行くガーディアン達。

 私はドアにもう一度手を当て、息を付いた。

「ケイ、舞地さん達に連絡して。私達も入るって」

「ああ」


 すぐに開くドア。 

 会議室の室内で対峙する舞地さん達。 

 彼女達の背中にはドア。

 男達は後ろから現れた私達に焦りの表情を浮かべ、窓際へと移動する。

「どうして入ってきた」

 醒めた声で尋ねてくる舞地さん。

 私はスティックに手を添え、息を整えた。

「放っておく訳にもいかないでしょ」

「信用がないのね、随分」

「そういう問題ではありません」

 厳しい口調でたしなめるサトミ。

 池上さんは肩をすくめ、ドア辺りで佇む彼女の元へ向かった。 

「どうして、ここまで呼び寄せたの」

「連中が、キーを持ってた」

「セキュリティを作動されれば、そんなのは」

「そのセキュリティの責任者が向こうにいるから、仕方ない」

 変わらない、醒めた口調。

 そういう訳か。

 私達の背中には、別なドア。

 右手には、私達が入ってきたドア。

 男達はこちらから見て左手に陣取り、窓から逃げる素振りを見せている。

 室内の中央には長い机が二つ置かれ、男達との距離を開ける役目ともなっている状況。

「モトちゃんは?」

「ドアを開けなければ、問題ないさ」

 静かに答える名雲さん。

 彼には言いたい事もあるが、取りあえずはこの状況をどうにかしよう。


「さて、遊びは終わりだ。大人しく捕まるのなら、今後の事は考慮してやる」

「ふざけるな」

 すぐに返ってくる怒声。

 名雲さんは警棒を担ぎ、机を避けて男達へと近付いた。

 彼をバックアップする形で、ショウと柳君が机の反対側から回り込んで男達を挟撃する形を取る。

「素直に捕まるか、殴られて捕まるか。選べ」

「馬鹿が」

 懐に入る手。

 照明に光る、その手元。

 危ないと思う間もなく名雲さんは警棒を投げ、ナイフを落とさせる。

「警察に通報されたいのか」

「こ、この野郎。貴様だって元は、俺達と大差ないくせに」

「なんだ。昔の俺に戻って欲しいのか」

 わずかに見える横顔。

 背中が寒くなるような、陰惨な笑み。

 私が見た事のない、見たくもない表情。

「くっ」

「どうした。来ないなら、こっちからいくぞ。年内は、病院で寝てるんだな」

 掌底からの回し蹴り。  

 それは男の耳元を捉え、動きを止めずに窓へと叩き付ける。

 ひびの入る窓。

 卒倒する男。

 微かに手足が震えるだけで、動く気配はまるでない。

「後3人。さあ、どうする」

「わ、分かった」

 警棒やナイフを捨て、両手を上げる二人。

 ショウと柳君が素早く拘束して、床に伏せさせる。

「さて、お前はどうする」

「その鼻を切り落としてから、考えてやる」

「俺に、恨みでもあるのか」

「覚えてないのは自分だけだ」

 肩に手をやる男。

 先程からしきりに名雲さんへ突っかかっていたが、過去に何かあったようだ。

 彼は本当に、覚えていないようだが。

「この状況で、どうするつもりだ。大人しく捕まれば、頭くらいは下げるぞ」

「それで、俺の気が済むと思ってるのか」

「さあな。嫌なら、また同じ目に遭うだけだろ」

 構えを取る名雲さん。 

 窓を警棒で叩き割り、窓枠に飛び乗る男。

「下にもガーディアンはいるぞ」

「誰が逃げるっていった」


 空白。

 油断。

 とにかく少しの間があり、男の手が名雲さんへと伸びた。 

 袖口に見える、鈍い光。

 ナイフと判断したのか、顔をカバーして男に走り寄る名雲さん。 

「くっ」 

 一瞬にして二人の間に、炎が立ち上る。

 嫌な匂いが室内に漂い、名雲さんは床へ倒れ込んだ。

「このっ」

「動くな。今度は、本当に燃やすぞ」 

 袖から取り出されるライター。

 おそらくはケイが使ってるのと、同じような物だろう。

 男は窓枠から降り、ライターを下へ向けて名雲さんを蹴飛ばした。

「さてと。取りあえず、骨でも折るか」

「お前、何を言ってるのか分かってるんだろうな」

 低い声を出すショウ。

 ただならぬ威圧感と敵意を込めて。 

 男は一度身をたじろがせ、彼へライターを向けた。

「だったら、代わりにお前が燃えるのか」

「やれるなら」

「落ち着け」 

 彼を制するケイ。

 全員の位置は壁際。

 前に出ているのはショウと、床に倒れる名雲さんだけだ。


「名雲さんを倒して、多少は気も紛れただろ。ここで捕まったらどうしようもないんだし、俺達と取引したら」

「信用すると思ってるのか」

「信じる信じないじゃなくて、それ以外に道は無い」

「……条件を言え」

 折れる男。

 ケイは顔を手で隠しつつ、ショウの隣へと立った。

「今燃やすなよ」

「早く、条件を言え」

「このまま名雲さんに何もしないなら、お前だけは逃がす。今後、一切関わらないと約束するなら」

「逃げられる場所まで、こいつは連れて行くぞ」

 強引に引き上げられる名雲さん。

 意識はあるのか、体はどうにか動いている。

 服や髪には、焦げた跡が目立つが。

「好きにしてくれ。ただしおかしな真似をした時は、名雲さんに構わず対処する」

「出来るのか」

 強気に言い放つ男。

 ケイは顔を伏せ、曖昧に返事を返した。

「俺からも条件だ。今回の契約は失敗だから、金が入ってこない」

「今回も、じゃないの」 

 皮肉っぽく呟く池上さん。 

 舞地さんも、鼻で笑っている。

「お前ら、ふざけてると」

「話は分かった。用意出来る額は少ないが、それでもいいなら渡す」

「それと、俺の事は警察にも教育庁にも連絡するな」

 頷くケイ。 

 男は名雲さんを支え直し、手で舞地さん達に下がるよう促した。

「このドアの前は、通らないで」

「知るか。こいつがどうなってもいいのか」

「映未」

 背にしていたドアから移動する舞地さん。 

 池上さんも男を睨みつつ、机を回り込んで私達の方へと近付いてくる。 

「余計な真似はするなよ。今度は、顔を燃やすからな」 

 強気な態度で、男はドアへと近付いていく。


「外の連中に連絡を取れ。俺を通すように」

「いいけど、俺達の言う事を聞かない人間もいる」

「じゃあ、どうするつもりだ」

「それは、自分の才覚で切り抜けてくれ」

 突然突き放すケイ。 

 表情を変える男。 

 ライターが、俯いている名雲さんの顔に近付く。

「俺は、本気だぞ」

「何が」

「燃やすって言ってるんだ」

 低まる声。 

 血走った瞳。

 息は荒く、普通ではない精神状態が読みとれる。

 これ以上追い込めば、本当に何をするかは分からない。

「どうやって」

 追求を止めようとしないケイ。

 張りつめる緊張感。

 男はライターを持ち替え、喉元を動かした。

「こいつが、どうなってもいいのか」

「俺は、最低限の条件を示した。それ以上要求するなら、こっちの知った事じゃない」

「仲間じゃないのか」

「勝手に近付いて、一人で燃えたんだ。自業自得だろ」

 静まり返る室内。

 私達だけでなく。

 男すらも息を呑み、動きを止める。

 つまりは、隙を作る。


「わっ」

 男、それとも他の誰かか。

 とにかく驚きの声が、幾つか上がる。

 突然の火柱。

 それに続く、天井からの激しい水。

 男は丁度、一番水を浴びる位置にいる。

「それじゃ、とても無理だろ。大人しく……」

「止めてっ」

 ケイの言葉を遮る、悲鳴にも似た叫び声。

 背後からのタックルを喰らう男と名雲さん。

 ライターは床を転がり、二人も離ればなれとなる。

「わっ」 

 突然開いたドアから出てきた少女らしき人影は、天井からの激しい水流を浴びてやはり床に転がった。


「こ、このっ」

 意外と素早く立ち上がり、窓際へ走る男。

 少女もすぐに反応して、それを追う。

「待てっ」

「邪魔だっ」

 後ろに振られる腕。

 それを避ける少女。   

 足元を滑らせて、偶然避けられたように見えるが。

 男は身軽な動作で窓枠に飛び乗り、私達に指を向けてきた。

「お前達、覚えとけよ。この借りは、必ず……」

「うるさいっ」

 よろけるようなタックル。 

 不意を突かれた格好で、窓から消える男。

 叫び声すら残さずに。

「えっ」

 男を窓の外に吹き飛ばした少女は、再び足を滑らせる。

 ぎこちなく、しかし確実に。

 窓の外へと体を出して。


「きゃーっ」

 かろうじて窓枠に掛かる両手。

 私達が駆け寄るより早く、いつの間にか起き上がっていた名雲さんがその手を掴む。

 だがそこも天井からの激しい水流があり、立っているのがやっとという状況。

「大丈夫かっ」

「わ、私はいいですから。手を離して下さい」

 殊勝な。

 切なくなるような言葉。

 名雲さんは水の中で表情を変え、腕を引き上げた。

「馬鹿な事言うなっ」

「ほ、本当に。手を離してっ」

 叫び声で応じるモトちゃん。

 事後とはいえ、身を挺して彼を助けた少女。

 今もまた、同じ事を繰り返そうとしている。

「ショウッ、早く下に行ってっ。サトミッ、七尾君に連絡してっ」

 素早く行動に移る二人。

 しかし視界に入ったケイは、醒めた顔で顔に付いた水を払っている。

「ちょっとっ」

「落ち着けよ」

「そういう状況じゃないでしょっ。早く、水を止めてっ」

「時間が来れば止まる」

 冷静どころか、鈍いと思える反応。

 私は彼に飛びかかる気持をかろうじて堪え、やはり壁際に佇んでいる舞地さん達を睨んだ。

「二人も、早くっ」

「何を」

「いいから、少し落ち着きなさい」

 ケイと変わらない態度。

 勿論落ち着ける訳もなく、私も水を掻き分け名雲さんの隣へ並ぶ。


 確かにモトちゃんと名雲さんとの問題が絡んで、こうなったのは分かる。   

 モトちゃんの暴走とも言える行動と、名雲さんの気のゆるみ。

 彼の過去が原因だとも。 

 でもそれを、彼等の問題だと言っている場合じゃない。

 今は、彼女を助けるのが優先のはずだ。

 考えるまでもない、人として当然の行為なのに。


 いや。今はケイ達に怒りを覚えている場合じゃない。

 とにかく集中して、彼女の事だけを考えよう。

 激しい水流で視界は悪い。

 私から見えているのは窓に掛かった彼女の手と、上を向いてる顔の一部。

 水は外にはさほど出ていないのが、せめてもの救いか。

「名雲さんっ、早くっ」

「分かってるっ」

 天井からの水は消火剤が含まれているのか滑る感じがあり、私はモトちゃんの手を掴むのがやっと。

 名雲さんも、手首の服の部分を持ってどうにか堪えているという状況。

 だからこそ、みんなの助けが必要なのに。

「下は、どうなってるのっ」

「水で、全然見えんっ」 

 彼の顔は、私より高い位置。

 水流がより激しい位置でもある。

「サトミッ、七尾君はっ」

「今下にいるから、任せてくれって」

「何をっ」

「知らないわよ。ショウも、もう知らないって」

 急に冷たい態度を取るサトミ。 

 彼女からの説明だけど、ショウも。

「ちょっと、何言ってるのっ」

「いいから一度手を離して、落ち着きなさい。名雲さんも」

「出来るかっ、そんな事っ」

 耳元で聞こえる絶叫。

 真剣な、全てを賭けたような表情。

 だがそれを制止する声が聞こえてくる。


「二人とも、本当にいいのよ。私の事は、構わないで」

 悲痛な、切ない声。

 私の胸まで苦しくなってくるような。

「そんな訳にいくか。今まで俺も、悪かった。自分でも分かってたけど、でも巻き込みたくなくて。だから、この前のが離れるいい機会だと思ってた」

「名雲さん。それは話が……」 

「聞いてくれ。確かに俺は馬鹿で、昔は人に言えないような事もやって。その事で、こうして元野さんを巻き込んで。悪いと思ってる、本当に」

 彼女に負けない、切ない声。

 天井からの水は少しずつ収まり始め、彼の声もはっきりと聞こえる。

「こんな所で、何をって話だけど。そ、その。勿論、俺一人がどうこう言っても仕方ないんだけど」

「あの、名雲さん」

「聞いてくれ、後少しだから」

「何がですか」

 冷静に尋ねるモトちゃん。

 私と並ぶくらいの位置にある、彼女の顔。

 彼女の手を握っていた私の手は、宙に浮いている。

「……何してるの」

 感情のこもらない声で、そう尋ねる。

 モトちゃんは濡れた顔を後ろへ振り、水滴を空へ散らせた。

 一瞬彼女を包み込む七色の光。

 だからどうという訳でもない。

 今は、特に。


「立ってるのよ」

 天井からの水が止まり、私にも外の景色が見えている。

 背の高い木の上の方が、少し顔を上げると視界に入るくらい。

 ここは2階。

 しかし天井の高いこの建物では、かなりの高さがある。

 落ち方によっては、骨折もあり得るだろう。

 でも彼女は立っている。

 宙に浮いている訳でも、下に何かがある訳でも……。

「この下は屋根なの」

「え」

「これがなかったら、私だってさっきの男を突き飛ばさなかったわよ」

 ぶっきらぼうな口調。  

 あさっての方向を向く顔。

 何となく、恥ずかしそうに。

「もう、よろしいでしょうか」

 控えめに申し出るモトちゃん。

 呆然とした顔で、彼女を見つめる名雲さん。 

 濡れそぼった前髪から水滴が垂れ、彼の腕へと落ちる。 

 彼女の手首を、懸命に掴んでいた手へも。

「あれ」

 間の抜けた声。

 思わずといった具合に笑うモトちゃん。

 彼女は小首を傾げ、はにかんだ表情で彼を見つめた。

「それとも、中へ入れてもらえます?」

「え、ああ。分かった」

 機械的な受け答えをして、彼女を引き込む名雲さん。

 途中で抱きかかえるような格好になったが、二人が気にする様子はない。 

 私も、他の人も。


「あー、恥ずかしかった」

 心底からという声が、後ろから聞こえる。

 私は顔を振り、髪から垂れてくる水滴を辺りへ飛ばした。

 というか、もうどうでもいい。

 誰がどうしようと、私がどうなろうと。

 夏だし、その内乾く。

「舞地さん達は知ってたの」

「知るも知らないも、窓の外を見れば分かる」

「子供は水遊びが好きだって言うけど、雪ちゃんもそうみたいね」

 二人の嫌みに反論する気にもなれず、壁にもたれてしゃがみ込む。

 本当に、久し振りに馬鹿な事をした。

 いつもしてるとはいえ、今日のは特に。

「七尾君から、どうするって」 

 笑い気味に端末を差し出してくるサトミ。

 ため息を付いてそれを受け取り、一言呟く。

「……ごめん、もう解決した」

「怪我は」

 からかっていると言うよりは、労りに近い口調。

 それはモトちゃん達ではなく、私にも向けられているのだろう。

「大丈夫。……さっきはごめん。一人で、苛々して」

「いいよ。俺だって親友がいれば、誰が止めたって突っ込むから」

 暖かく、優しい言葉。

 もう一度自分の馬鹿さ加減を思い知り、彼に謝る。

「だから、いいって。それより俺はまだ仕事があるから、そろそろ切るよ」

「仕事って、全部終わったんじゃないの?」

「元野さんか、丹下さんに聞いてみて。……丹下さんは親友だけど、俺が助ける必要もないと思ってね。色々と」

 苦笑気味な呟きが聞かれ、通話が終わる。

 私は濡れた端末をサトミへ返し、視線を彷徨わせた。


「沙紀ちゃんもいたんだ」

「……いますよ」

 お腹を押さえ、さっきモトちゃんが飛び出てきたドアから現れる沙紀ちゃん。

 その視線はいつになく陰気で、ある一点を捉えている。

「どうしたの」

「真理依さんから連絡があって、私が出ていこうとしたら。突然元野さんが、私が行くって言い出したの。止めようとしたら、お腹をどすって」

 彼女の視線を辿っていく私達。

 それは名雲さんの隣り。

 彼の体を拭いているモトちゃんへと辿り着く。   

「す、少し叩いただけでしょ」

「元野さんが出て行かなくてもよかったのに」

「私が出たら、何か問題でも?」

 強気に言い返すモトちゃん。

 窓の外から聞こえる呻き声。 

 ずぶ濡れの床や機材。

 程度の差こそあれ、同様に濡れる私達。

「あなた、誰のせいだと思ってるの」

 濡れた髪をかき上げ、たおやかな仕草で彼女を指差すサトミ。

 モトちゃんは顔を背け、名雲さんの腕を取って歩き出した。

「火傷してるから、医療部へ行きましょうね」

「え、ああ」

「ちょっと」

「怪我人の手当が先でしょ。何を言ってるの」 

 正論を残し、足早に逃げていくモトちゃん。

 と、名雲さん。

 もう冷やかすとかからかうとか、そういう話じゃない。

 何もかもが、馬鹿らしくなってきた。

「さてと、もう一働きしないと」

 伸びをする沙紀ちゃん。 

 他の子も濡れた顔を拭い、ドアへと歩き出す。

「七尾君も言ってたけど、まだ何かあるの」

 こくりと頷いた沙紀ちゃんは、表情を改めて私に向き直った。 

「襲撃だけでは、意味がないでしょ。それだと傭兵の、単なるデモンストレーションだから」

「じゃあ、ケイが前に言ったみたいに?」

「そう。その襲撃班を撃退する正義の味方がいるって訳」



 廊下へ出て、さっき私達が飛び出た方へと歩いていく。 

 人の気配と話し声。

 言い争いのようでもある。

 コーナーの手前では七尾君が立っていて、私達を手招きした。 

 かなり、笑い気味に。

「取り合えず、武器の所持について話を聞いてる」

「本当だったんだ」

「結構手際は良かった。雪野さん達が突っ込んだすぐ後に、来てたらしいから」

「多分ガーディアンでも取り押さえられない状況を作って、自分達を登場させたかったんじゃないかな」

 彼の説明を補足する沙紀ちゃん。

 七尾君は軽く頷き、それを肯定した。

「結局ガーディアンだけでも、馬鹿連中はどうにかなったけど」

「キーを持ってて、危なかったんでしょ。セキュリティも操作されて」

「さあ、どうかな。案外真理依さん達が中から、自分達で開けたのかも。最後のドア以外にも。あの人達にとっては、自分のテリトリーを荒らす敵だろうし」

「丹下。そういう言い方は、良くない」

 いつになく、彼女をたしなめるケイ。

 冗談ではなく、かなり真剣な顔で。

 私達の中で特に彼等と親しいのは、沙紀ちゃんとケイ。 

 特に彼は、舞地さん達以外との付き合いもある。

 その辺りの心情が、今の言葉につながったのだろう。

「そうね。ごめんなさい」

「俺に謝っても仕方ない」

 素っ気ない返事。

 少しの気まずさ。

 すると七尾君が沙紀ちゃんの元へ近付き、何やらささやいた。

 何をしてるのかと思った途端、彼のお腹に拳を突き立てる沙紀ちゃん。

 七尾君はお腹をさすりつつ、こちらへとやって来た。

「何してるの」

「別に。仲が良いねてって言っただけ」

「どういう事?」

「ああいう会話を平気で交わせる間って事よ」 

 後ろから補足するサトミ。

 そういう事か。

 私もサトミやモトちゃんと気まずくなるような会話をする時があるので、彼の言う意味は理解出来る。

 頭でというより、気持で。

「馬鹿じゃないの」 

 頬を少し赤くして、何やら呟く沙紀ちゃん。

 この子も、結構分かりやすいな。

 私程では無いにしても。

「何が」

「こっちの話」

 愛想のない返事。

 ただ遊んでいる場合でもないので、私もこれ以上は突っ込まない。

「連中はガーディアンや自警局の人間ばかりで、正直武器の所持は大した問題じゃない」

「見逃すって事?」

「規則的には。勿論雪野さんが話したいなら、それは構わない」

 七尾君は一歩下がり、通り道を開けた。

 積極的に話したい相手ではない。

 ただ、一言くらいは言いたい事もある。


 割れるガーディアン達。

 その間を通っていく私達。

 手に警棒を持った男達は気まずそうに顔を見合わせ、後ずさった。

 下がらないのは中心にいる男。

 理事の息子だ。

「貴様ら」

 怒りと屈辱。

 とにかく、負の感情だけが伝わってくる。

 とはいえそういうのにも慣れているので、気にする事なく睨み返す。

「計画は失敗したんだし、早く帰ったら。それとも、私達を襲うつもり?」

「なんだと」

「私は責任者じゃないから知らないけど、あなた達が何をしたのかは全部こっちで掴んでるみたいよ。今回はこっちのいいテストにもなったし、不問にしてくれるんじゃないの」

「情けを掛けるとでもいうのか」

 より強い怒り。

 今は何を言われても、反発しか出来ないだろう。

 ただそれは向こうの事情で、私が考慮する必要はない。

「捕まえて欲しいなら、そう言いなさいよ。私は今でも、そのつもりだから」

「俺は生徒会長候補で、今は罰則を適用されない」

「あ、そう。まだ言いたい事がある?」

 構わず前に出て、背中のスティックに触れる。

 脅しやポーズではなく。

 あくまでも本気で。

「ユウ、落ち着いて」

 肩に置かれる手。

 サトミは私の隣へ並び、斜め下から彼を睨み付けた。

「あまりふざけていると、退学させるわよ」

「お前らに、そんな権限があるとでも思ってるのか」

「やれないとでも思ってるの?」

 低い。

 辺りの温度が数度下がったと錯覚する程の声。

「あなたのお母さんに免じて、今回は見逃してあげるわ」

「くっ」

 どす赤くなる顔。

 サトミは恨みがましい視線を気にする様子もなく、濡れた髪をかき上げて一歩下がった。

「という訳だ。今回については選挙中である事を考慮し、不問とする。お前も、初めからそのつもりだろ」

 笑い気味に宣告する七尾君。

 男は唇を噛みしめ、しかし手にしていた警棒を床に捨てた。

 怒りに駆られて逆上するかと思ったが、引き際は心得ているらしい。

 プライドよりも実を取る選択。。

 私が考えていた以上にしたたかというか、思慮深い。

 仲間というか取り巻きも、それに倣って武器を捨てる。

 一応は統制が取れていて、彼の指示にも従っている。

 とはいえだからどうだという話で、この男の人間性とはまた別だ。


「貴様ら。この後でどうなるか、覚えておけよ」

「記憶力は悪いんだ、俺。お前の方で、覚えておいてくれ」 

 相当にふざけた答え。

 思わずといった具合に、辺りから失笑が漏れる。

「ほら、早く帰れ。ここは血の気の多い人間ばかりだから、捕まった方が楽かも知れないって話になるぞ」

「ちっ」

 足早に去っていく男。

 仲間達がそれに続き、廊下に静けさが戻る。

「大人しかったね、浦田君」

「ああいう奴の恨みを買うと、ろくな事がない。という訳で、俺は無関係」

 傍観という態度。

 この辺りについては色々言いたい事もあるが、本人がそう言うなら放っておこう。

「玲阿君は」

「殴れというなら、今すぐでも追っかける」

「いいよ、もう」

 苦笑して去っていく七尾君。

 ガーディアン達もその後に続く。

 光景としてはさっきと似ているが、雰囲気はまるで別物だ。

 方や権力と支配。  

 方や信頼と敬意。

 ただしこれは生まれついた部分も関係して、努力すればどうにかなるとも限らない。

 その意味では、彼を一概には責められない。

 勿論、好意的になれる訳もないが。

「まだ仕事があるんだけど、優ちゃん達はどうする?」

「仕事って、今度こそ終わったじゃない」

「対外的には」

 皮肉っぽく笑う沙紀ちゃん。

 その後ろで肩をすくめるケイ。

 彼女以上に、皮肉っぽい顔で。

 それを見て、私もようやく意味が飲み込めた。



 重々しく開くドア。 

 広く、調度品の整った室内。

 また機能性も備えていて、高校生が使用する場所とは思えない。

 だが現にここは学内の施設であり、使っているのも高校生だ。

「……な、何か」

 いきなりうろたえる、矢田自警局長。

 ここは自警局長の執務室。

 私は、好きで来た訳ではない。 

 みんなについて来ただけで。

 というか、ここにはいたくもない。

「今回起きた生徒会施設に対する襲撃未遂事件について、レポートをお持ちしました」

 机に置かれる書類とDD。 

 表紙のタイトルも、それに類した物となっている。

「もう一つありまして」

 沙紀ちゃんに代わって、別なDDと書類を置くサトミ。

 タイトルはなく、内容は分からない。

 それを見ただけでは。

「今回の首謀者に自警局員が関わっていまして、その部分を除いていないレポートです」

「え、あの」

「どちらを採用するかは、お任せします。それでは」

 きびすを返し、壁際に佇む二人。

 ショウは無言でその側に立ち尽くし、ケイも同様。

 私は興味もない。

「え、その。僕は」

「どういう事なんですか」

 厳しい口調。

 叩き付けられるように、机へ置かれる手。

 矢加部さんは局長を睨み付け、DDを卓上端末とワイヤレスでリンクさせた。

「……説明して頂けますか」

「い、いや。僕はその、何もしていなくて。彼等が勝手に」

「黙認、という訳ですか。私もあなたを補佐する立場です。どうして私に、この情報は伝わってないんでしょう。事務方のミスか、どこかで差し止めたのか。局長は、何かご存じですか」

 矢継ぎ早の質問。 

 いや、詰問か。 

 局長は何も答えず、訳の分からない事を呟いて視線を逸らすだけ。

 埒が開かないと思ったのか、矢加部さんは机から離れDDを手の中に収めた。

「これは、私が預かっておきます。生徒会に提出するのは、こちらの局員の関与を除外してあるレポートを」

 局長ではなく、サトミ達を見る矢加部さん。

 彼女達も頷き、それに応える。

「よろしいですね、雪野さん」

「任せる」

 短いやりとり。

 矢加部さんの事は、正直に言えば好きではない。

 彼女の性格や、考え方、今までの経緯も含めて。

 その気持は、今でも変わらない。

 ただ、信じてもいる。

 彼女が、学校を大切にする気持を。

 私と変わらない事を。

「この件に関しては北川さんと協議して、自警局内で内密に調査するつもりです。対外的に公開するつもりはありませんが、あなた達が情報を得たいのなら構いません。それでよろしいでしょうか、丹下さん」

「現場は、こちらで抑えてあるから大丈夫。自警局内は、あなたと北川さんでお願い」

「分かりました」

 合意を得る二人。

 自警局の責任者と、現場の責任者。

 話はここだけで解決し、滞りなく進む。

 では、誰が問題かという話だ。

 または、不必要なのか。

「ぼ、僕は」

「行動はともかく、実際に自分でやろうとしただけあの馬鹿の気概は買える」

「え」

「黙って見てるだけで、肝心な場面で逃げ出すよりはましだって言ってるんだよ」

 強烈な皮肉を残し、執務室を出て行くケイ。

 サトミと沙紀ちゃんもすぐに。

「ぼ、僕は」

「俺が、前に何を言ったか聞いてなかったのか。あれはユウの事だけじゃないぞ」

 机に叩き付けられる拳。

 拳そのままの穴が開き、大きなひびを走らせて机は横に傾いだ。

「請求書は、俺の所へ持ってこい」

「れ、玲阿君」

「知るか」

 足早にドアへ向かうショウ。

 私も彼の隣へ並び、部屋を出る。

 後ろから掛かる声も、足音も聞き流し。

 閉まったドアを振り返る事もなく、私達は彼に別れを告げた。 





   





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