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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
201/596

18-11






     18-11




「あまり楽しい話じゃなくて。なんて言うのかな、リークがあったの」

 鼻で笑う沙紀ちゃん。

 サトミとモトちゃんはその左右で、仕方ないという顔をしている。

「情報を複数方面から取って、ほぼ間違いないと私達は判断してる」

「何を」

「生徒会とその関連組織の数カ所を、同時に襲撃するという情報」

 沙紀ちゃんが卓上端末の画面に触れると、フローチャートとなっているいくつかの文章が表示された。

 良く分からないが、どこがどう襲われるかの予定表らしい。

「あまりにも情報が詳細過ぎるから、多少疑ったんだけど。本当みたい。それでこの件に関しての指揮権は、私に委任されてる。という訳で、協力をよろしく」

「風間さんとか、塩田さんは?」

「一度お前達だけでやってみろって。実際普通なら、3年は今期で引退。こうなるのも、おかしくはないのよね」

「ふーん」

 つまり、傭兵達が動き出すという訳か。

 何をやるのか知らないけど、ただでは済まないだろう。

 少なくとも私は、そのつもりだ。

「ただ私よりも元野さんが適任だと思って、全体の指揮は彼女に任せる事に決まったの。その補佐が木之本君と、遠野ちゃん。自警局の責任者は、北川さん」

「要は、統合に向けたプレテストよ。この辺は気心の知れた人間同士だし、問題はないわよね」

「私はある」

 一人文句を言うモトちゃん。

 サトミは彼女の肩に触れ、冗談っぽく敬礼した。

「仕方ないな。大まかにポジションを説明するから、聞きたい事はその後でお願い」


 今聞いた通り、全体の指揮はモトちゃん。

 補佐にサトミと木之本君。

 実際に動くガーディアンの責任者は、沙紀ちゃん。

 自警局は北川さんが統括し、モトちゃんとの連絡を取る。

 私達は実行部隊で、七尾君も同様。

 御剣君達も使うらしい。

「はい、ケイ君」

 ペンで彼を差すモトちゃん。

 手を上げていたケイはうっそりと頷き、机の上に身を乗り出した。

「この情報が本当だとして。これ自体が陽動で、本計画が別にあるって可能性は」

「当然考慮に入れてる。舞地さん達にも、動いてもらうから」

「あの人達は、来年には卒業だろ」

「そこはそれ。柔軟に考えないと。話は通してあるけど、ケイ君の方からもお願いしておいて。あなたが、一番親しいから」

 ノックされるドア。

 モトちゃんの返事を待って、木之本君が入ってくる。

「もうやってるんだ。今の所、こちらからの情報漏れはないね。それと舞地さん達以外の3年生は使えないから、動いてもらうガーディアンは限定されるよ」

「選定は任せる。スケジュールは」

「そちらも、問題なし。僕はまだやる事があるから、取りあえずこれを読んでおいて」

 書類とDDを置いて出ていく木之本君。

 こう見ている限り、モトちゃんをトップとした組織はすでに構築されているとも思えてくる。

 元々そういう素質はある子だし、補佐も優秀。

 ますます私は、置いて行かれた気になってくる。

 無理に追いつこうとする気はないが。

 この分野では。

「七尾君は?」

「守備隊と協議中。現場は、彼に任せて問題ないわ」

 すぐに答える沙紀ちゃん。

 モトちゃんは満足げに頷き、木之本君が持ってきた書類に目を落とした。

「襲撃箇所は、ほぼ限定出来たみたい。勿論それ以外の主要箇所も警備を強化するけど、あなた達と七尾君の配置はこういった場所になると思っておいて」

「了解」

 ショウと一緒に、そう答える。

 ここは余計な事を言う場面ではないし、私達は与えられた仕事をするだけだ。

 彼女達には出来ない事を。

「ケイ君は、丹下さんの補佐をお願い」

「俺がやらなくても、神代さんでいいんじゃないの」

「彼女は、サトミ達の下で動いてるから駄目なのよ」

「殴り合うよりはましか」

 気のない言い方。

 というか、この件に関しての興味が無いように見える。

「お前、何か不満なのか」

「不満というか。2年でガーディアンの幹部は、モトや丹下だけじゃないだろ」

「ああ」

 頷くショウ。

 かなり曖昧に。


「プレケースとして試すなら、俺達よりも矢田君と思うけどね。それとも、彼を使えない理由があるとか」

「鋭いわね、さすがに。モト、いいかしら」

「隠す事でもないわ。どうぞ」

 頷くサトミ。

 彼女の手が卓上端末のキーを滑り、中央にあった擬似ディスプレイにいくつかの情報が表示される。

「リークの出所は、自警局総務課。つまり自警局の一部が関与しているの」

「というと?」

「リークを受けたのは、自警課課長北川さん。事務局長や局次長もいるけれど、自警局の実質的なNO.2」

「2番手には知らせても、トップには知らせられない情報。要は、彼もこの件の関係者なのよ」


 画面に表示される彼の顔。

 リークの内容も、その関与を裏付けている。

 あくまでも黙認というレベルで、積極的な物でないのがせめてもの救いか。

「矢田を解任すればいいんじゃないのか」

「生徒会長選挙に関する選挙妨害と、相手から抗議されかねないの。むしろ彼の動向をチェックしていた方が確実ね」

「面白くないな」

「妥協も必要なのよ」 

 彼を慰めるために。

 それとも自身への説得のために語るサトミ。 

 ショウはなおも不満げに鼻を鳴らし、腕を組んだ。

「矢田君以外に、協力者は」

「彼の取り巻きが数名だけ。ガーディアンはほぼ全員こちらで掌握してるし、北川さんも内部をまとめてる。今の所、問題ない」

「大丈夫だと思うけど、総務課は厳しくチェックした方がいい。あそこは自警局以外の人間も入り込んでるから」

 興味のない顔でそう指摘するケイ。

 モトちゃんは彼に頷いて、端末で木之本君と連絡を取った。

「現状の情報では、襲撃は明日。予定が早まる可能性もあるから、準備はしておいて。それと、この件は口外しないように」



 ドアを出た所で、人とぶつかりそうになった。

「あ、済みません」

「俺だ」

 軽く手を上げる塩田さん。

 わざわざ、様子を見に来たんだろうか。

「モトちゃん達なら、まだ中ですよ」

「あいつじゃなくて、お前らに用がある。ちょっと、こい」


 沙紀ちゃんのオフィス内にある、小さな部屋。

 資料を整理する場所だろうか。

 端末と机、棚にはDDや規則に関する本が幾つか並んでいる。

「俺が言う事じゃないが、例の男は」

 声をひそめる塩田さん。

 この部屋は防音で、いるのは私達4人だけ。

 だが私も、同じように声をひそめる。

「特に話してませんでした。何かあるんですか」

「あってからじゃ遅いだろ。元野が動けるとは思えないし、やらせるのも酷だからな」

「親切なんですね、随分」

 皮肉っぽく笑うサトミ。 

 信頼と敬意も込めて。

「言ってろ。あの男に何かをされたら、万が一という事もある」

「ガードはしますよ」

「精神的に揺さぶられたらって事だ。仮に元野がいなくても丹下が指揮を執れるだろうが、そういう問題でも無いだろ」

「ええ」

 深い考え。

 細部を見て、全体を考え。

 私達の気持も。

 モトちゃんの想いも大切にしてくれる。

 私達の先輩は。

「舞地さん達に彼を調べるよう頼んでますから、聞いてきます」

「頼む。浦田」

「分かってます」

 意味ありげに視線をかわす二人。

 良くは分からないが、それは彼等に任せておけばいい。

 私の立ち入れない世界の事は。

「矢田が関係してるっていうのは、この後問題にならないんですか」

「あいつが今回、どう行動するかよるな」

「はあ」

「自警局長を裁くのは、俺達じゃない。少なくとも、今は」



 塩田さんに別れを告げ、直属班の待機室へとやってくる。

 彼等も自主的に休んでるのか、人数は普段の半分以下。 

 とはいえこれだけの人間でも、十分に事足りるだろう。

「どうしたの」  

 暑いのか、髪をアップしている池上さん。

 上はタンクトップで、下は結構短めな黒のミニ。 

 目のやり場に困らなくもない。

「例の調べ物の事で、ちょっと」

「ああ。真理依がいるから、奥に行ってて。お茶持っていくから」


 ソファーに横たわる、一人の少女。

 ただし寝てはいなく、ぼんやりと天井を見つめている。

「何してるの」

「天井を見てる」

 そのままの答えが返ってきた。

 この人普段は、何をやってるんだろう。

「名雲さんは?」

「実家に帰ってる。名古屋のね」

「そう」 

 アイスを頬張る柳君に笑いかけ、内心で安堵のため息を付く。

 話が話なので、あまり彼には聞かれたくなかったから。

「それで、この前の事調べてくれた?」

「司」

「はい、これ」

 DDを卓上端末のスロットへ差し入れる柳君。

 すぐに表示される、彼の履歴とプロフィール。 

 つまりは、傭兵としての活動。

「それ程目立った事はしてないし、悪い事もしていない」

「ここに載ってない事とかも、当然ある訳でしょ」

「物事には限界があって、誰もが4年も5年も前の話を覚えてはいない。少なくとも直近の情報では、特に問題は無い」

「だったらいいけど」

 腕を組み、画面に映る文字を睨む。

 何もなければ、確かにそれでいい。

 しかし胸の奥にある不安は拭えない。

 どうして彼が来たのか。

 わざわざ、この時期に。

 疑いたくはない。 

 でも、疑いたくなってしまう状況。

 考え過ぎといってしまえばそれまでで。

 でも、この思いは無くならない。

 短い間とはいえ少しは話もして。

 モトちゃんとも仲が良くて。

 そんな人を疑ってしまう自分がいる。

 悪いと思っても、駄目だと思っても。


「悪い所が見つかれば安心って顔ね」

 くすくす笑う池上さん。

 彼女が差し出したグラスを受け取り、アイスティーに口を付ける。

 程良い苦みと冷たさ。

 少しだけ、気持が軽くなる。

「そうじゃないけど、何か気になって」

「前例があるから?」

 素っ気なく、他人事のように呟く舞地さん。 

 天井を見たままで。

「そうよ」

 思わず。

 つい、反発気味に答えてしまう。

 彼女に怒るのは本当に筋違いで、間違えてるのも分かっている。

 でも、そう言わずにはいられなかった。

「私達の調べた情報だけで不満だとして。他の手も、無くはない」

「どうするの」

「私達は渡り鳥と親しいから、情報をそちらから仕入れる。つまり、傭兵の情報はどうしても伝聞や推測が幾つか混じるのよ」

 補足する池上さん。

 何となく、言いたい事は分かってきた。

「傭兵の人に聞けって事?でも都合良く、彼のを知ってる人なんている?」

「私は知らない」

「林君や晃は傭兵と言っても、私達寄りだものね」

「悪い連中ならいくらでも知ってるけど、僕達と親しい訳じゃないし」

 苦笑する柳君。

 それもそうか。

「分かった、ありがとう。取りあえず、彼を信じてみる」

「本当に?」

 ようやくこちらを見る舞地さん。

 出来るの、という顔で。

「裏切られたら、後が辛いって言いたいんでしょ」

「分かってるならいい。それより、報酬は」

 そういう事は覚えてるんだな。

「運営企画局で余り物をもらったから、適当に持ってくる。じゃあね」

「元野は」

「男なんて、みんな馬鹿だって」

 声を出して笑う舞地さん。

 池上さんも。

 私とサトミも、当然。

 共感。

 絆。

 単に同性だからという訳ではなく。

 彼女達だから。 

 私は一緒に笑っている。

 同じ想いを抱いて。 



 学内のトレーニングセンターで、体を動かす。

 いつ連絡が入ってもいいよう、端末を近くに置いて。

 ミラーに映るフォーム。

 足を運んだ時の、マットの感触。

 周囲の見え方。

 自分の動き。 

 一つ一つをチェックして、全体をまとめていく。

 暑いせいか若干重いが、汗をかけば大丈夫だろう。

 サンドバッグの前に移動し、ジャブを数発。

 次いで前蹴りからのタックル。

 きしむサンドバッグ、弾む息。

 すぐに額から、汗がしたたり落ちてくる。

 意識はサンドバッグへ。 

 しかし周りへも、薄く広げる。

 敵が前だけにいるとは限らないから。

 仮にこの場所でも。

 また、シミュレーションの意味も込めて。

 最後に右ストレートを叩き込み、サンドバッグを大きくきしませる。

 かなり切れは良くなってきた。

 後はこれを、明日まで維持するだけか。



 シャワーで汗を流し、冷水も浴びる。

 火照った体が一気に冷え、気持も引き締まる。

 渡り廊下から見える、曇りがちの空。

 強めの風も吹いてくる。

 夕立でも来るのだろうか。

 そう思った途端、地面が黒くなる。

 少し、また少しと。

 それは一瞬にして強くなり、渡り廊下まで吹き込んできた。

「っと」 

 すかさず引き返し、トレーニングセンターへに滑り込む。

 雨脚はさらに激しさを増し、地面に水が浮き始めた。

「参ったな」

 教棟や各施設はいくつかの渡り廊下で連絡していて、他の廊下は横に壁があるので濡れる心配はない。

 ただここからはやや遠く、私が戻りたいオフィスはかなり遠回りになる。

 仕方ない、少し待つか。


 窓を伝う雨。 

 地面では、川のようになって流れている。

 先程の激しさから一転した、不意な静けさ。

 音や見た目がではなく、気分的に。

 何をするでもなく、降りしきる雨を眺めている今。 

 脳裏に浮かぶ、いくつかの事。

 楽しい事、深刻な事。

 少しずつ傾いでいく頭。

 物思いに耽り、雨音も何も意識から遠のいていく。

 自分の意識すらも……。


 だがそれは、一瞬にして破られる。

 窓を開け、スティックを背中に付けて飛び降りる。 

 強烈な雨脚。

 横殴りの風。

 視界すら奪われそうな程の状況。

 稲光。

 その下に見える、数人の人影。 

 一人を取り囲み、殴りかかっている光景。

 どちらにも、知った顔はない。

 だからといって、見過ごす訳にも行かない。

 ガーディアンだからという理由だけではなくて。


 男達はレインコートを着て、頭にはフードを被っている。

 殴られている子は、普通の格好。

 つまり私同様、ずぶ濡れだ。

 出血しているのか地面が赤く染まっては、雨に消える。

 構わずスティックを抜き、背後から足を払う。

 手加減抜きで。

 鈍い、プロテクターか防護素材の感触。

 どちらにしろ男は地面に倒れ、呻きながら足を抑える。

「誰だ、お前」

 フード越しに私を睨む男達。

 答える義理もないので、スティックを突き出し二人ばかり倒す。

 これだけの雨と、足元の悪さ。

 無論条件がどうであれ、当てる自信はある。

「この野郎」 

 最後に残った、やたらに大きい男が立ちはだかってくる。

 かなりの身長、私の3倍はありそうな横幅。

 相当に自信があるのか、仲間が全員倒された今でも笑っている。

 見たくもない、陰惨な表情で。

「冗談が過ぎるな。軽く、お仕置きしてやる」

 耳障りな声、下品な視線。

 同時に両手が伸び、肩を掴みに来る。

 スティックを縦に回して雨を跳ね飛ばし、視界を遮って横を抜ける。

「何だ、子供のお遊びか」 

 小馬鹿にした声。

 挑発気味に振られる手の平。

 それに乗るのは、意味がない。

 むしろ馬鹿だろう。 

 ただし今は、そういう気分でもない。 

 スティックを背中のアタッチメントへ戻し、前髪をかき上げアップライトで構える。

「逃げてもいいんだぞ。それとも、俺と仲良くしたいのか」

 変わらない、下品な視線。

 低い構え。

 テイクダウンを狙う気か。

「心配するな。俺だけで、済ませてやるから」


 ぬかるむ地面を足の指でしっかり捉え、低い姿勢で飛び出す。

 相手の足は、まだようやく動き出した所。

 懐へ飛び込み、腕が回されるより早く足場を固める。

 右ストレートからの前蹴り。

 殆ど時間差無しで鳩尾を捉え、後ろへ飛び退く。

 跳ね上がる泥から逃げるようにして。

 声すら上げず地面へ倒れた男を飛び越え、うずくまる男の子に駆け寄る。


「大丈夫?今、医療部に連絡するから」

「す、済みません」

 端末で医療部へ連絡を取り、彼の手足に触れる。

 骨折はないようだが、額と口元が切れている。

「……沙紀ちゃん?変な奴がいるから、取りあえず来て。……私は大丈夫。……うん、また後で」

「俺は、その」

 おぼつかない足取りで立ち上がろうとする男の子。

 壁伝いに歩いて行くが、それはあまりにも頼りない。

「ちょっと、何してるの」

「いや。あまり生徒会やガーディアンには会いたくないんで」

「私もガーディアンよ」

「え、あ。そうですか」

 戸惑う彼。

 ずぶ濡れの、小柄な少女。

 私が暴れた様は見ていないだろうから、単なる変わり者にしか思われてなかったようだ。

「大丈夫。あなたの事情は知らないけど、トラブルには慣れてるの」

「俺の場合は、そういうレベルじゃないんだよ」

 思い詰めた表情。

 漏れるため息。

 何となく、事情が飲み込めてきた。

「取りあえず、トレーニングセンターに入ってて。私は、この馬鹿達を拘束するから」



 ようやく弱まってきた雨。 

 前髪から滴る水滴。 

「クシュッ」

 鼻をすすり、足踏みをする。

 誰が馬鹿って、私だな。

「ごめん。俺のせいで」

「気にしないで。慣れてるから」

「こういう事に?」

 怪訝そうな顔。

 少し警戒気味にも見える。

 確かに、こんな事に慣れてるなんて普通じゃない。

「何してるんだ」 

 頭の上に被されるタオル。

 それで顔を拭き、ショウを見上げる。

「ちょっとね」

「外に転がってるのは」

「ちょっとね」

 適当に答え、ロッカールームへ向かう。

 もう一度シャワーを浴びた方が良さそうだから。

「その子怪我してるから、医療部の人を待ってからにしてね」

「訳ありなのか」

「多分。沙紀ちゃんは?」

「指揮官が動く訳に行かないだろ。だから、下っ端の俺が来たんだ」

 この人が下っ端なら、私はどん底だな。

 今さらって話だけど。

「……着替えは」

「無いよ、そんなの。まさか、ここまで濡れてるとは思わなかったし」

「もう、使えないな」 

 手を出してティッシュを請求して、鼻をかむ。

 もう、嫌だ。

「仕方ないな」

 頭に被されるTシャツ。

 代わって目の前に現れたのは、上半身裸の男の子。

「ば、馬鹿」

「じゃあ、返してくれ」

「嫌よ」

 しかとTシャツを抱きしめ、シャワールームへと走り込む。

 閉まったドアの向こうから聞こえる、優しい言葉。

 ドアを軽く叩いてそれに応え、制服を脱ぐ。

 ふと漂う彼の残り香に、恥ずかしさを覚えながら……。


「何よ、それ」

 大笑いして人を出迎えるサトミ。

 大きな、膝まで来るショウのTシャツ。 

 下はスパッツだけど、こうすると何も履いてないみたいにも見える。

「色々あったの。それで、あの子は」

「怪我は大した事無いって。しばらくは自警局だけじゃなくて、外では警備会社も身辺を警護してくれる」

「そう」 

 濡れたスティックをタオルで拭き、軽く振って水を出させる。

 最後に相手をした男は大きかったが、あの程度なら問題ない。 

 体重差や単純な力勝負では、当然敵う訳もない。

 普通に殴っても、向こうは何とも思わないだろう。

 ただし私にも技術はあるし、積みかねてきた経験もある。

 特に今は調子を上げている段階なので、あのくらいだったら背中へ抜けるまで衝撃を与える事くらいは出来る。

「結局彼が、リークしたみたいね」

「やっぱり」

「あなた、分かってたの?」

「思い詰めてたし、とてつもない事をしたって言ってたから。今思い当たるなら、それくらいでしょ」 

 胸を反らし、誇らしげに語る。

 反らす程もないし、大きなTシャツのせいでボディラインすら見えないが。

「それで、傭兵だかチンピラだかに襲われたみたいね」

「情報漏れしてるんじゃない」

「大丈夫。そちらにも話を聞いて、怪しいと気付いたのはあの連中だけみたい。随分ずさんな計画というか」

「自信があるんだろ、それだけ」

 つまらなそうに呟くショウ。

 首謀者の一人が理事の息子である以上、彼の推測も頷ける。

 自分を信じ、疑わないタイプ。

 逆を言えば、周りを信じない。

 無論それだけの能力があるからだとは思うが、現実はこうだ。

「計画は変更?」

「一部はね。ただこちらからも攪乱用に情報は流してるから、向こうの襲撃箇所は限定されるわ。仮にそうならなくても、対応する手だては幾つも打ってる。それ以上に向こうが読んでいるなら、困るけれど」

 鼻で笑うサトミ。

 彼女の場合は過信ではなく、確信。

 自分だけではなく、仲間への。

 それは信頼と言い換えてもいい。

「ケイは」

「丹下ちゃんの所で、少し調整してるみたい。私もモトの所へ行かないと」

「忙しいんだね」

「雨の中で遊んでる訳にはいかないのよ」

 好きでやった訳じゃないという私の言葉を待たず、オフィスを出て行くサトミ。

 面白くないのでスティックを振り、水を出す。

「おい、冷たい」

「私はもっと濡れたのよ」

「何怒ってるんだ」

「濡れるし、鼻は出るし。あー」

 鼻がむずむずしたので、Tシャツの袖で軽く拭う。

 まだ、変だな。

「止めてくれ」

「いいじゃない、別に」

「俺のTシャツだ」

「あ、そうだった」

 裾を少しまくって顔全体を拭き、取りあえず満足する。

 ショウは露骨に嫌そうな顔をしてるけど、気にしないでおこう。

 全く細かい男の子だ。

 私のTシャツでやられたら、あの大男以上の目に遭わせるけどね……。



 結局それ以上は何事もなく、翌日となる。

 どこか張りつめた空気。

 若干ぎこちない動き。

 私はソファーに座り、のんきに紅茶をすする。

 襲撃されるとはいえ、内部の人間が暴れる訳じゃない。

 それにドアは銃弾でも壊せないし、窓には幾つも仕掛けがしてある。

 後は馬鹿達が来るまで、気持を整えていればいい。

「余裕ね」

 スティックタイプのお菓子をかじる天満さん。

 ここは一般教棟内にある、運営企画局の分室。     

 つまり、今回の襲撃対象となっている場所。

 局員は殆どいなく、室内にいるのはガーディアンばかり。

 作業をこなす動きがおぼつかないのは、そのためだ。

「天満さんは、いなくてもいいのに」

「一応は責任者だから」

「あなた、そんな自覚があったの」

 皮肉っぽく笑う中川さん。

「いっそ、予算編成局を狙えばいいのに」

「あそこは自治体や企業関係者もいるのよ。いくら馬鹿でも、そこまではしないでしょう」

「そこをあえて襲うから、いいんじゃない。私なら、絶対やるけどな」

「何でも好きにやってちょうだい」

 楽しげに笑う二人。

 彼女達がここにいる理由。

 逃げて当たり前。

 むしろこの場を離れるのが普通。

 でも二人は、私の目の前にいる。

 それだけで、彼女達の気持ちも伝わってくる。

「沙紀が指揮を執ってるんでしょ」

「現場のガーディアンは」

「あの子も出世したわね。昔はおどおどして、頼りない子だったのに」

 昔を懐かしむ中川さん。

 その頃の沙紀ちゃんも、少し見てみたいな。

「人前に出るとか。まして指揮を執るなんて、夢みたいよ」

「しっかりした子じゃない。何かあったのかな」

「1年の終わり頃からかしら。髪を伸ばし始めて、背も伸びてきて。今は、私より大きいもの」

「いいわね、成長って。あーあ」

 妙な声を出す天満さん。

 ただし、それは私も同感だ。

「中川さんも北地区なんですよね」

「ええ。先輩は辞めるし、峰山君もいないし。その生き残りが私って訳」

 冗談っぽい口調。

 少し切ない表情。

 天満さんは彼女の肩に軽く触れ、優しく微笑んだ。

「そういえば私、滋賀で小泉さんに会いましたよ」

「沙紀も、そんな事言ってた。あの子こそ、頼りない所もあったけど」

「でも可愛いというか、なんかいいですよね」

「それは分かる」

 思わず笑う私達。

 重くなりかけていた空気が緩み、彼女の表情も明るくなる。

「いいわね。語れる程の思い出があって」

「嶺奈は無いの?」

「私の昔は、辛い事ばかりよ。新妻さんと出会うまでは、ずっと馬鹿にされてたんだから」

「あなたがじゃなくて、企画がでしょ。洗濯板での早洗い勝負なんて、私でも却下するわ」

 何か言い返そうとする天満さん。

 私は口元に手を当て、机に置いてあったスティックを手に取った。

「来た?」

「みたいです。後は私達がやるので、お二人はここで待機していて下さい」

「分かった。頑張って」

「無理しなくていいよ。私達も、それなりの修羅場はくぐってきてるから」

 二人と拳を重ね、ドアを出る。

 背中に聞こえる、キーがロックされた音。

 ああは言っても、彼女達へ危害が及びこちらの動きが取れなくなる場合もある。

 だから鍵を掛けた。

 それならここにいなくてもいいと、言う人もいるだろう。

 でも私は、そうは思わない。

 彼女達の気持ちを知っているから。

 強い意志と、戦うための心を……。



 ドアの左右に張り付くガーディアン。

 近くの卓上端末には外の画像が表示されていて、10名あまりの男が立っている。

 一見普通の、見学者という雰囲気。 

 当然こちらは一人一人の顔をチェックして、事前の情報と照らし合わせる。

「チェック完了。全員、リストに入ってます」

「分かった。B班に連絡。予定通り、私達の突撃後に行動開始と伝えて」

「了解」

「御剣君、準備は」 

 軽く手を上げる彼。

 今回私は、指揮担当。

 だから体調を整える必要はそれ程無かったが、上に立つものが気を抜いていては仕方ない。

 また、万が一に備える意味もある。

「抵抗したら、手加減無しでいいわ」

「後で、怒らないで下さいよ」

「分かってる。伝えた通り、スタンガンとボウガンを持ってる可能性があるから気を付けて」

「了解」

 臆する事無い表情。

 高ぶりでも、緊張でもない。

 理想的な集中の仕方。

 もしショウに勝てる人がいたら、それは彼かも知れない。

 本人は、その自信すらないようだが。

「彼等の練度は低いけど、油断しないように」

「はい」

 一斉に返ってくる返事。

 私はこめかみに人差し指と中指を添え、彼等に敬礼した。

 そして全員が、それに応えてくれる。

「まずは自分の安全を考えて。それと、仲間の事も」

「はい」

「連中には、ここがどこだか教えてやればいいわ。私達が、誰だかも」

「はいっ」



 開くドア。 

 左右に散開するガーディアン。 

 呆気に取られる男達。

 先頭を切った御剣君が右側を完全に塞ぎ、左側のガーディアン達も警棒を構える。

「動くな。抵抗する場合は、実力で排除する」

 拡声器を使い、警告する。

 しかし数名の手が懐へ入った。

 当然、アドバンテージはこちらにある。

 素早く反応する御剣君やガーディアン達。

 武器が取り出されるより先に前列を倒し、それを乗り越えて後列へ突っ込む。

 倒された者は室内に待機していたガーディアンが拘束し、手際よく室内へ運んでいく。

 ようやく失敗を悟ったのか、左右に分散して逃げ出す男達。

「B班、C班行動開始」

 幾つかのドアが開き、ガーディアンが現れて行く手を阻む。

 パニック状態に陥る彼等。

 対してガーディアン達は、至って冷静に彼等を取り押さえていく。

「全員拘束完了」

「現場と機材のチェックをして、速やかに撤収」   

「了解」



 時間としては、5分も掛かっていない。

 簡単に、呆気に取られる程あっさり終わった。

 人数差と事前の準備。

 完全にこちらが待ち構えていたので、当然とも言える。

 これで後れを取るようなら、それは私達に問題があると言っていい。

「お疲れ様」

 一人一人に声を掛けていき、壁際にいる御剣君へ近付いていく。

「あなたがいて、助かったわ。なんと言っても、威圧感があるから」

「あれが傭兵なんですか?イメージとは、全然違うけど」

「不意を突かれれば、誰だってあのくらいよ。勿論、とんでもないレベルの人もいるけど」

 幾つかの顔を脳裏に浮かべ、床に転がされている男達を見る。

 気弱で、頼りない表情。

 服からは武器が幾つも出てくるが、抵抗する様子はまるでない。

「弱いから徒党を組む。人を脅す、敵意を示す。そんな所よ」

「俺みたいに、一人はぐれてるのもどうかと思いますけど」

 寂しげに呟く御剣君。

 大きな体を、小さくすぼめるようにして。

「何言ってるのよ。私達がいるじゃない」

 脇腹へ強めに拳をぶつけ、明るく笑う。

 彼も顔を少ししかめ、はにかみ気味に微笑んでくれる。

「参ったな」

「何も参らないの。そんな事で悩んでる暇があったら、体を鍛えなさい。ショウに勝てるくらいまで」

「無茶苦茶言わないで下さいよ。勿論、努力はしますけどね」

 頼りなげな。

 しかし、微かではあるけど自信も感じられる。

 いや、自信まではいかないかも知れない。

 決意。それとも、目標への姿勢。

 どちらにしろ、そんな彼の気持ちは大切にしてあげたい。

「でも、ショウには勝てないけどね」

「どっちなんです」

「いいのよ」

「指揮を執るようになっても、全然変わらないんですね」

 ふてくされ気味に指摘してくる御剣君。


 とはいえ特に何をやった訳ではなく、簡単な指示を出して全体を見渡していただけ。

 事前のシミュレーションでは率先して動いたし、今も問題がないか状況を把握しながらチェックをしていた。

 普段は自分で暴れるのが殆どだが、こういう事も一応は出来る。

 指揮の研修は何度も受けていて、訓練も当然行っている。

 実践経験が少ないとはいえ、多少の自信はなくもない。

 中等部からずっとガーディアンをやっているので、このくらいは当然のレベル。

 する機会がないのと、積極的にやりたいと思わないだけで。

「あなたも、訓練はしてるんでしょ」

「そうなんですけど。どうしても、自分が前に出ていきたくて」

「ショウみたいな事言わないで。……あの子は大丈夫かな」

 彼の言葉に不安を覚え、端末を取り出す。

「……私。……こっちは大丈夫。……そう、ならいいの。……うん、また後で」

「問題なしですか」

「大人になったのよ、あの子は」

「まだ、俺と大差ない気もするけどな」

 外れてもいない話。

 しかしそれを認める訳にはいかないので、むにゃむにゃ呟いて報告書を受け取る。

「特に問題なし、か。さて、本当かな」

「まだ何かあるっていうんですか?確かに、あっけなく終わり過ぎた気はしますけど」

「考えるのは、サトミ達に任せる。ただ、準備はしておいてね」

「分かりました」



 残りの報告書に目を落とし、それを持ってショウと合流する。

「どうだった?」

「問題ない。七尾君も、そう言ってた」

「御剣君と話したんだけど。これで終わりって事は」

「それは、サトミ達に任せるさ」

 私と同じ台詞。

 無責任になってる訳じゃなく、役割分担だ。

 私達は現場で、彼等は後方で。

 どちらがどうではなく、向き不向き。

 今まではその辺りが曖昧だったけど。

 こうしてみると、よりはっきりしてくる。

 あるべき形が。

 少しの寂しさと共に。

 傍らに彼女達の姿がない事実。

 それが本来の光景かも知れない。

 だけど。

「どうかしたのか?」

「ん。何か、寂しいなと思って」

「ああ。そういう事か」 

 彼も同じ事を思っていたのか、口元を少し緩める。

 物憂げな表情で。

「仕方ないだろ。いつまでも一緒に入れる訳でもないんだし」

「そうだけどね。卒業したら、なんて考えた事ある?」

「無くはない」

 笑うショウ。

 気のない、頼りなげな顔。

「ユウは」

「よく考える。明日の事も、卒業した後の事も、何年も後の事も」

「そう、か」

「結局、なるようにしかならないんだけどね」

 私を見つめるショウ。

 動きを止めて、口を開けたまま。

「……なんだ、それ」

「先の事を考えても仕方ないの」

「おい。さっきの話と全然違うぞ」

「昔を振り返っても仕方ないでしょ」

 彼を置いて、前に歩いていく。

 追いすがる声を振り払って。

 それこそ、逃げるようにして。



「うるさいな。細かい事にこだわらないで」   

「アバウト過ぎるんだ」

 背中から聞こえる文句を聞き流し、動かなくなった卓上端末をもう一度叩く。

 さっきの報告書を処理していた途中に、突然止まったので。

「全部消えたんじゃないだろうな」

「バックアップは取ってあるから大丈夫よ」

 構わず叩き、揺すってもみる。

 特に反応は無し。

 結構、強情だな。

「他のを使えよ」

「嫌だ。そんなの、負けじゃない」

「壊されると、買い換えだけど」

 陰険に声を掛けてくるケイ。

「私が壊したんじゃなくて、これが勝手に止まったの。ちょと見てよ」

「木之本君じゃないんだから、俺は……」

 私とは違い、キーを叩き始める。 

 何よ、結局叩くんじゃない。

 勿論、言葉上だけどさ。

「駄目だ。忙しいし、やっぱり木之本君に頼もう」

「忙しいって、何かあるのか」

「想像の通りって奴さ。襲撃箇所は、まだ他にある。そっちの方が、多分本命かな」

 淡々とした、わずかな焦りもない表情。

 こう言うくらいだから、そちらの準備も済んでいるんだろう。

「リークされた情報通りに襲ってきて、それに対処して。一安心」

「その隙を突いて来るって事?」

「セオリーさ」

「悠長にしていていいの」

 しとやかな、落ち着いた声。

 前髪をかき上げ、彼に笑いかけるサトミ。

「それが作戦だから、仕方ない」

「……どういう事?」

「俺達は安心して、気を緩める。そして今手薄なのは、どこかという話」

「ちょっと」

「言っただろ。作戦って。当然、手は打ってある」 

 時計に移る視線。

 頷き合う、サトミとケイ。 

 同時に、彼等の端末が音を立てる。

「来たな」

「どこに」 

「勿論、モト達の所が襲われてる」

 事も無げに言い放たれる台詞。 

 思わず怒鳴りそうになるのを堪え、サトミを睨む。

「言ったでしょ、手は打ってあるって。私達を外に出して、手薄に見せかけてるだけよ」

「でも」

「信用無いな。あっちには、舞地さん達を待機させてる」

 苦笑気味に答えるケイ。

 言葉に詰まる私。

 サトミが肘で突いてくるが、何も感じない。

 自分の馬鹿さ加減は、改めて痛感したが。

「行こうか」

 ぽつりと告げ、のろのろと部屋を出る。

 そんな私を、足早に追い抜いていくみんな。

 追いかける気力もない。

 という訳にも行かず、深呼吸して気持を切り替える。


 みんなと肩を並べ。

 いつものように一緒になって。

 友達の元へ向かう。













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