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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
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18-10






     18-10




「何だよ、仕事ならしてるぞ」

「当たり前です」

 厳しく言い放つサトミ。

 塩田さんは書類の山に顔を伏せ、ペンの後ろを噛んだ。

「それは、備品です」

「だからなんだ」

 笑える返答。 

 サトミはため息を付き、無言で首を振った。

 もうやってられないとでも言いたげに。

「俺は忙しいんだ。用があるなら、木之本か元野に頼め」

「私達のオフィスが襲われたんです」

「そういう事か。……俺だ。オフィス襲撃について、何か情報は」

 執務室のモニターに表示される、簡単な報告書。

 身元については、まだ完全には分かっていない。

「誰に雇われたんだか」

 陰気な声を出すケイ。 

 塩田さんは鼻で笑い、ペンで彼の顔を差した。

「俺が、また同じ事をやってるって言いたいのか」

「あ、分かりました?」

「馬鹿野郎。それはそれで、面白いだろうけどな」

 大笑いする二人。

 何だ、それ。

「あの時は俺も、学校側に幾つかペナルティを喰らった。峰山は退学して、終わりだけどな」

「ケイが言うには、理事の息子が関係していると」

 静かに、先程の話を説明するサトミ。

 腕を組み、塩田さんは二の腕を指で叩く。

「でも新カリキュラムを習得してるっていうし、そこまで馬鹿か?」

「少なくとも、今までの行動は」

「そんな手が通用するなら、峰山は退学してないだろ。内部から切り崩すとか、格闘系クラブの連中を抱き込むとか。なあ、浦田」

「そこは塩田さん。奴には、人望がないから」

 またもや笑い出す二人。

 今度は、サトミも一緒になって。 

 かなりの悪い表情で。


「どう思う?」

「さあな。俺はそいつの事を詳しくないし、関わる気もない」

「向こうは、その気かもよ」

「だったら、その時考えるさ」

 軽く手を上げるショウ。 

 バインダーを抱えていた木之本君も優しく笑い、DDの入った紙袋を塩田さんの机に置いた。

「おい、もう無理だ」

「仕事じゃなくて、記念品です。塩田さん寮の主幹とか、3年の代表とか色々やってますから」

「俺を表彰ね」

 皮肉っぽい表情。

 木之本君は構わず、中身を取り出して棚に盾やメダルを飾り出した。

「恥ずかしいから止めろ」

「いいじゃないですか。せめて、夏休み前まで」

「じゃあ、お前のも飾れ」

「僕は、そういうのは苦手なので」 

 控えめな答え。 

 紙袋の中には小さいビニール袋があり、その中身が木之本君の分らしい。

「ふーん」

「どうした」

「みんなもらってるのに、私は何もないなと思って」

 別にひがんでいる訳ではない。

 もらえる程の成績ではないし、何かをした記憶もないから。

 それでもらったら、そっちの方が怖い。

「遠野。何かやれよ」

「そういう問題じゃないんですけど。あなた、運動関係でもらってないの?」

「知らない。ねえ」

「え、ああ」

 俺の事かという顔をするショウ。

 あなた以外に、誰がいるのよ。

「この子がもらってないんだから、私がもらう訳無いじゃない」

「一度SDCに問い合わせたら。生徒会なら内局、学校は事務局かしら」

「嫌よ、そんなの。ありません、なんて言われたら恥ずかしい」

「分かったよ。これ、これやるから我慢しろ」

 机を転がる飴一つ。

 おい。

「いらないのか」

「いります」

 勘弁してというサトミの言葉を聞き流し、ポケットへしまう。

 いいのよ。 

 どうせ私には、このくらいがお似合いなんだから。


「それより、体育館で大暴れした二人組がいるって報告があったけどな」

 私へと向けられる視線。

 この辺は容赦なく、ショウを指差す。

 私は関係ないから。

 今回は。

「い、いや、その。あれは、あいつらが」

「なんだ」

「モトの事で下らない話をしたから」

「だから殴ったって。お前格好いいな」

 全然誉めてない顔。 

 当然差し出される書類。

 始末書とも、人は言う。

「遠野、お前もだ」

「どうしてですか」

「教唆しただろ。浦田、ID出せ」

「ちっ」

 恨みがましい顔で書類を受け取るサトミと、IDを放り出すケイ。 

 木之本君はそれを取りまとめ、鍵の掛かるケースの中へしまった。

「お前も、始末書だ」

「まさか、IDを返す気じゃないでしょうね」

「僕が聞き取りをして、反省していれば返す」 

 同意を求める顔の木之本君。

 彼は優しくて、物分かりもいい。

 ただ、理不尽な事を見過ごす性格ではない。

 友達を馬鹿にされて、大人しくしている訳でも。

「分かったよ」

「ありがとう。という訳で、今日中に提出して下さい」

「はーい」

 やる気のない顔で返事をする3人。 

 私は飴を頬張り、その様子を見物する。

「ユウは」

「雪野は、何もしてないって報告があった」

「プロの格闘家を睨んでましたよ」

「関係ないでしょ。ほら、早く書いて」

 手を叩き、ここぞとばかりにみんなを追い込む。

 特に、サトミの目の前で。

「サトミちゃん。もっと丁寧に書かないと」

「うるさいわね」

「駄目、怒っちゃ。私はあなたのために、言ってるんだから」

 鷹揚に彼女の肩を叩き、日頃の鬱憤を晴らす。

 すぐに逆襲されそうな気もするが、その時はその時だ。

「木之本君、モトちゃんは」

「寝てる。最近、寝不足らしいよ」

「え」

「大丈夫。仕事が忙しいだけだから」 

 欠伸を噛み殺す木之本君。

 それは彼も、同様らしい。

 また、少し安心した。

「何か、聞いてない?」

「自分の事はあまり言わないからね、元野さん」

「うん」

「ただ、やっぱり気にしてるとは思う」

 終わる言葉。

 私を見つめる細い瞳。

 彼は何も言わない。

 黙って、私を視線を交わすだけで。

「今、どこにいるの」

「そこを出て、右の突き当たり。警備の人がいるから、連絡するよ」

「ありがとう。サトミ、ほら」



 閉じられたカーテン。

 弱めのエアコン。

 照明はなく、広めの室内に簡素なベッドが3つ並んでいる。

 こちらから見えるのは背中。

 薄暗くて、それ以外はあまりはっきりしない。

「何を話す気」

「知らないわよ」

「また、それ。行き当たりばったりで生きるのも、いい加減にしなさい」

「静かにして。起きるから」

 彼女の脇腹を軽く掴み、変な悲鳴を上げさせる。

「あ、あなたね」

「うるさいな。少しは静かに出来ないの」

「もういい。それで、どうする気」

「だから、知らないんだって」

 反対側も当然掴み、ヒットアンドウェーで彼女の腕をかいくぐる。

「あーあ、私も眠い」

「寝不足なの、ユウも」

「そうかもね」

 適当に答え、モトちゃんの隣にあるベッドに潜り込む。

 サトミの言う通り、行き当たりばったりでは仕方ない。

 少し考えよう。 

 自分の考えと。 

 何を話すのかを。

「起きて」

「寝てないわよ」

「当たり前でしょ。それで、どうするの」

 人の隣りに潜り込んでくるサトミ。 

 この暑いのに。

「ちょっと考えて。私は私で考えるから」

「何を」

 冷静な口調。

 そう尋ねられると、結構困る。

 彼女と話す必要があるのは分かっている。

 木之本君も、それを分かってくれたはずだ。 

 だから私は、ここにいる。 

 そこから先が、続かないのは問題だけど。


「あなたに期待した私が馬鹿だったわ」

「悪かったわね。じゃあサトミは、どうなの」

「私は、あなたに連れてこられただけだから」 

 正論といえば、正論。

 相当に上手い逃げ方とも言える。

「何よ、結局分かってないんじゃない」

「何も考えなくて行動するよりましよ」

「私は私で、色々とね」

 目の前にある、冷たい眼差し。

 いや、いつもここで怯むから駄目なんだ。

「色々と、考えられたらなって」

「はいはい。いい子だから、もう寝ましょうね。トイレはいいの?」

 撫でられるお腹。 

 腹は立つが、気持ちはいい。

「あー」

「変な声出さないで」

「気持いいんだって、これが。ほら」

「あら、いやだ」

 暗闇で、お腹を撫で合う女二人。

 見ようによっては、相当に誤解されそうな光景だ。

 どう誤解されるかは、ともかくとして。

「……眠くなってきた」

「やる事もないし、少し休みましょ」

「そうだね。お休み」

「お休みなさい」


 薄れていく意識。

 深くなる呼吸。

 ここがどこだとか、今が何時だとかが気にならなくなっていく。

 自分が何をしているとか。

 自分の存在その物も。

 そんな事はどうでもいいか。

 とにかく、寝よう……。



「わっ」 

「きゃっ」

 同時に叫び声を上げる私達。

 お腹の辺りに、若干の重み。

 なんだと思って上体を上げると、人が乗っていた。

「おはよう」

 我ながら、相当に間の抜けた挨拶。 

 モトちゃんは笑いもせず、ドアを指差した。

「使用中になってなかった?」

「なってた」

 まだ半分寝てるせいか、素直に答える。

 なんというのか、頭が付いていかない。

 いつもの事だけどね。

「サトミまで」

「ユウがどうしてもって」

 タオルケットを被ろうとする彼女を抑え、モトちゃんは私達の肩に手を置いた。

「こっちは寝不足で、大変なの。用がないなら、出ていって」

「用はあるわよ。ねえ」

「え」 

 どうして私にという顔。

 答えの代わりに、脇腹が掴まれる。

「ひゃっ」

 今度は私が変な声を上げる。

「二人とも」

 普段とは違う、低い声。

 表情は真剣で、モトちゃんが本当に怒ってるのが実感出来る。

「何怒ってるのよ、もう」

 欠伸を噛み殺し、サトミの脇腹を掴む振りをする。

 フェイントに掛かり、身を震わせるサトミ。 

 はは、面白い。

「ユウ」

「聞いてるわよ。ねえ」

「だから、私に振らないで」

「怒るわよ、いい加減にしないと」 

 近付いてくる、怒りを堪えた顔。

 するとサトミが欠伸をして、彼女の脇腹を軽く掴んだ

「なっ」

「怒らなくたっていいでしょ。何をそう、苛々してるの」

「あ、あなたね。人が真剣に」

「真剣に、男の子の事で悩んでるの?ねえ」

 思わず口から出た言葉。

 薄闇の中でも赤くなるのが分かる。 

 勿論私ではなく、モトちゃんの顔が。

「羨ましいわね、両手に花で」

「本当。あーあ、馬鹿みたい」

 サトミと頷き合って、タオルケットを被ってベッドに倒れる。

 もう、どうでもいい。

 とにかく、眠くて。

「あ、あなた達ね。人をからかうのも」

「からかってないって。本当の事を言っただけじゃない」

「もてる内に選ばないと、残り物から選ぶ羽目になるわよ」

 二人して気の抜けた笑い方をして、ベッドに身を任せる。

 簡素な割には適度な沈み方をして、今すぐにでも眠れそう。

 というか、半分以上寝てるんだけど。

「わ、私だって。な、悩む事くらいあるわよっ」

「怒鳴らなくて聞こえるって」

「寝るんだから、静かにして」

「そ、そうじゃなくてっ。ちょっと、聞いてるのっ」



 延々と続いたモトちゃんの愚痴が終わり、ようやく眠気が覚めた。

 自分達が、何をしていたかも。

 狭いベッド。 

 その上に座る私達。

 話している内容と来たら、中学生でも恥ずかしくなるくらいのレベル。

 一生、誰にも話せない。

「全く、何しに来たのよ」

「モトちゃんと話しに」

「結果そうなったんだから、いいじゃない」

「勝手にまとめないで」

 苦笑するモトちゃん。

 普段通りの明るく、優しい笑顔。

 サトミも彼女を見て、安堵にも似た表情を浮かべる。

 私も、当然。

 さっきの話は、絶対誰にも話せない。

 何があったって。

 ここにいる、3人だけでしか……。



「どうした」

 怪訝そうにこちらを見てくる塩田さん達。

 3人して、手を繋いで戻ってきてはそれも当然だろう。

「別に。男は馬鹿だなって事が分かっただけです」

 素っ気なく言い放つモトちゃん。

 私とサトミも頷いて、鼻で笑う。

「急に、何だ」

「下らない事で悩んでも仕方ないって気付いただけですよ」

「何を悟ってるんだ。おい、浦田」

「いいじゃないですか。尼僧っていうのも」

 馬鹿げた笑い声。

 根本的に違うようだな、この人は。

「僕は、悩むのもいいと思うけどね」

「あなたは、そうやって成長して行くタイプだから。私は、違うの」

「いいけどね、それも」

 優しく微笑む木之本君。

 どこかの誰かとは、雲泥の差だな。

「ショウ君は、何か無いの。私に意見は」

「無い。今さら、自分の馬鹿さ加減を指摘されても仕方ない」

「自覚があるならいいわ」

 げんなりするショウ。

 でもこの人には、これくらい言っても足りない気もする。

「とにかく、元気になったのならいい。お前がピリピリしてると、周りも気を遣うからな」

「私が、いつ」

「それこそ、自覚無しだ。今でも上に立ってるんだから、そういう事も考えろ」

「考えてますよ」

 小さく声。

 頼りなくなる表情。

 後輩としての、あまり見られない姿。

「木之本みたいに、しくしく泣いてても仕方ないけどな」

「僕が、いつ」

「冗談だよ。お前は少し、余裕を持て」

「持ち過ぎて駄目になるよりはましです」

 強烈な皮肉で返す木之本君。

 さすがに、むっと来たらしい。

「どうしてお前達は、そう俺に攻撃的なんだ」

「人間が駄目なんだろ」

「この野郎」

 ケイの首を後ろから絞める塩田さん。

 暑いのに、元気いいな。


「随分、楽しそうですね」

「なにがだ」

 ぼろ雑巾みたいになったケイを床へ放り投げ、塩田さんは襟元を直した。

 副会長は優雅な足取りで彼へと歩み寄り、床へ一瞥をくれて薄く微笑んだ。

「咲く花もあれば、散る花もある。そう思っただけです」

「この野郎」

 付き合いの長さか、伸びてきた手を軽やかにかわす大山さん。

 しかし、どういう意味だ。

「フォトスタンドはどうしたんです」

「あるだろ」

「もう一つの方は」

 机へ伸びる指先。

 その上に置かれたフォトスタンド。

 塩田さんや副会長、屋神さん達の映った写真。

 今は、ここにいない人達の。

「あれ、涼代さんのは」

「雪野さん、傷口に塩を擦り込むような真似をしては行けません」

「お前だろ、それは」

 力無く呟く塩田さん。

 なる程、そういう訳か。

「別れたというより、自然消滅ですね。彼女は大学、塩田は高校。会う機会も減りましたし」  

「高校生の僕より、大人の大学生って訳ですか」

「というか、塩田がガキなんですよ」

 辛辣な指摘。

 塩田さんは何も言い返さず、疲れ切った様子で椅子にもたれた。

 ふーん、そうか。

 別れたのか。 

「あなたにチャンスはないのよ」

「分かってる」

 耳元でささやいてきたサトミを睨み返し、一瞬の幻想から立ち直る。

 精神的な浮気だね。

 別に、誰とも付き合ってないけどさ。

「どうした」

「あなたには、何一つ関係ない事」

「そ、そうか」

 びくりと身を震わせるショウ。

 止めてよね、こっちが罪悪感を覚えるじゃない。

 じゃあ、やるなって話だけどさ。


「それで、何か用か」

「学校外生徒。つまり傭兵が若干入り込んでいるようなので、生徒会でも対策を取る事になりました」

「生徒会長の仕事だろ、それは」

「選挙中の今は、私が代行しています」

 胸元のIDを指差す副会長。

 そこは「代行」の文字が追加された物になっている。

「偉いんですね」

「私は単なる事務員に過ぎません。来期に誰も指名しないでくれると助かるんですが」

「贅沢な悩みだな。それと傭兵だけど、全員叩き出して終わりだろ」

「そう簡単には行かないんです。短期間の在学ではなく、学校が生徒登録を済ませているみたいで」

 彼の言葉に、全員が反応する。

 それぞれの考え方を込めて。

「細かい事は気にするな。いざとなったら」

「退学覚悟、ですか?」

 冷たい声で尋ねるモト。

 塩田さんは曖昧に笑い、書類へ視線を向けた。

 彼女の追求から逃れるようにして。

「とにかく、対策は考えておく。夏休み前に、暴れそうなのか」

「例の会長選が終盤ですから、一つかましに来る可能性はあります」

「こっちは問題ない。沢には」

「今からしようと思ってたところです。呼んでもらえますか」



 静かな足音。

 あくまでも、人へ知らすために音を立てているだけというくらいの。

 その気になれば音どころか、気配すら感じさせないだろう。

「傭兵だったら、僕より舞地さん達に頼んだ方が早い」

「彼等は有料。その点あなたなら、友達ですから」

「依頼の場合は、教育庁から手当が出る」

 仕方なさそうに笑う沢さん。 

 彼は卓上端末へ視線を向け、傭兵と思われる人間のデータをチェックし出した。

「傭兵なんて聞くと大抵の生徒は腰を引くが、実際のレベルはガーディアンと同程度かそれ以下。数が多いのと免疫が無いから対応出来ないだけで、本当は大した事無い」

「すると?」

「ここのガーディアンのレベルは、他校に比べて遙かに高いし人数も多い。今は指揮系統もしっかりしてるし、多少警備を強化すれば、事足りる」

 拍子抜けするような話。

 ただ何人かの傭兵に出会った今では、その話も頷ける。

 外見や言動で威圧される人はいるだろう。

 とはいえレベルは、沢さんの言った通り。

 また、それだけの自負もある。

 彼等には負けないという。

 物理的な面だけではなく、精神的に。 

 気持、信念においても。

「若干の不安定要素はあるけどね」

「矢田君ですか」

「ああ。来期の生徒会長が誰になろうと、学校は彼を指名するらしい。本来ならその枠は譲りたくないんだが、僕はフリーガーディアンとしての権限を限定されてるんでね」

「問題ありません。その分、下が安定してます」

 モトちゃんへ流れる視線。

 サトミや、木之本君へも。

「しかし矢田は、学校からいくらもらうんだ」

「お金より、将来の就職と聞いてますよ。草薙グループへの内定が決まってるとか」

「面白くないな。本当なら、屋神さんがそうなるはずだったのに」

「峰山君もそうですよ」

 皮肉っぽく返す副会長。

 塩田さんは露骨に嫌そうな顔をして、壁に裏拳を当てた。

「大体その前は、右藤さんだろ」

「あたら惜しい人材が3人続けて。……右藤さんは北地区だから、北川さんや丹下さんの先輩ですね」

「その事で恨んでるって言いたいのか」

「まさか。あの人の後輩なら、大丈夫ですよ。先輩の教えが受け継がれているのなら」

 遠い視線。

 塩田さんは何も言わず、一緒に窓の外を見る。

 ここではない、遠いどこかを。

「弟がいたよな。SDCの幹部をやってる」

「世代交代ですよ。古い者は去り、新しい者が後から次々と連なっていく」

「その新しい者も、いずれは去るんだろ。面白くない話だな」

「現実です。いつまでも高校生をやりたいのなら、私は止めませんけどね」

 ようやく起きる笑い声。

 そういう方法もある訳か。

 留年なんだけどさ。

「同級生」

「違う、ユウ。下級生よ」

「その内、在校生じゃないの」

 大笑いする私達。

 塩田さんも鼻で笑い、フォトスタンドを指で弾いた。

「辞めるよりはましさ」

 結局はそこへ行き着く結論。

 途切れる会話。

 先程までのような重さよりも。

 切なさで満たされた気持と共に……。




 ガーディアンの仕事が早く終わったので、学校の外へご飯を食べに行く。

 食堂のご飯は美味しいけど、たまには目先の違うものを食べてみたい。

 今みたいな気分の時は、特に。

「お好み焼きだって」

 もんじゃもある、焼きそばもある。

「自分で焼けるし、面白そうじゃない」

 同意と取れる発言をするサトミ。

 モトちゃんはショーウインドウに置かれたイミテーションを覗き込み、小さく頷いている。

「私達はこれで足りるけど、ショウ君達は」

「問題ない」

「僕も」 

 返事をしない人が一人。

 今すぐここから立ち去りたいという顔にも見える。

「ちょっと」

「俺に、お好み焼きを焼けと」

「たこ焼きもあるよ」

「客に焼かせるなんて、店員の怠慢じゃないのか」

 訳の分からない論理。

 とにかく彼を引き込み、お店の中へと入っていく。


 無論ケイに焼かせる訳はなく、私とモトちゃんで焼いていく。

 サトミは温度の調整とかがうるさいのでパス。

 変に細かいんだ、この人は。

「モチは」

「あるわよ」

 ショウのもんじゃへ、ケイへ渡したモチを放り込む。

 一体、どれだけ食べれば気が済むのかな。

「暑い時に食べる物じゃないわね」

「冷たい焼きそばなんて、もっと嫌」

 仲良く広島風を分け合う、サトミとモトちゃん。

 木之本君はケイに、お好み焼きのひっくり返し方を伝授してる。

 たわいもない、何でもない時間。

 少しの笑顔と、普通の会話。

 取り立てて騒ぐ程でもない食事。

 でもこういう瞬間が、私にとっては一番嬉しい。


「あ」

 鉄板から上がる湯気。

 その向こう側。

 奥にある座席から出てきた、数名の男性。

 半数はスーツ姿で、低い物腰。

 彼等に囲まれているのは、白いシャツに紺のジーンズの男の子。

「奇遇だな」

 苦笑する生徒会長。

 正確には、元。

 その立場上、企業や自治体関係者との会合も多いと聞く。

 今は選挙中だし、色々複雑な事情があるんだろう。

「済みませんが、外でお待ち下さい。私も、すぐ参りますので」

 そう言うや、慌てて去っていく男性達。

 大人と子供。

 どちらが偉いのかという話だ。

「いい身分ね」

「そういう後ろ指をさされないよう、ここで会ってる」

「ふーん」

 はっきり言えばどうでもいい。 

 というか、縁のない世界。

 お好み焼き屋で悪巧みされても、ちょっと嫌だし。

「選挙は、どうです」

 唐突に切り出すケイ。

 会長もさすがに、怪訝そうな顔をする。

「この前対立候補の票を、50票は減らしました。そういう訳なので」

「話は聞いている。君の行動こそ選挙違反になりかねないし、むしろ迷惑だ」

「ちっ。度量が小さいな」

 何を言ってるんだ、この人は。

 しかもたまに本気だから、怖いんだ。

「私は急ぐが、ここの会計はどうする」

「勿論私達で払います」

 はっきりと申し出るモトちゃん。 

 会長は少し笑い、満足げに頷いた。

「そういう答えをしてくれて、助かる」

「そうはいかない。ここは私が払っておこう、なんて台詞を待ってるかも知れませんよ」

 冗談っぽく笑うサトミ。

 モトちゃんは彼女を肘で突き、生徒会長を促した。

「君達が、私に投票しているのを期待するとしよう。それでは」



 選挙か。

 突然夜中に思い出し、端末をチェックする。

 生徒会長選挙は……、これか。

 やはり、まだ投票をしていなかった。

 オンラインなので、投票は24時間受付中。

 他人が端末を操作したり、強制させる事は可能といえば可能。

 ただしその手のチェックは厳重だし、申し出れば生徒会が再投票もさせてくれる。

 それよりも、誰に投票するかだろう。

 小さく現れる、複数の候補者。

 現職と、新人。

 目を引くのはやはり会長と、例の息子。

 別にあの人を強く推しているとか、共感している訳ではない。

 ただ次善という選択肢なら。

 この中で選ぶとしたら、彼しかいない。

 手早く投票を済ませ、端末を枕の脇へ転がす。

 胸の中にある、多少の不安。

 疑念というのだろうか。

 彼の能力や実績ではなく。

 人間性や、考え方。

 これからの行動は、あまり読めない。

 良い方向へ向かってくれる事を、期待してはいるけれど。 

 何かを隠しているのは間違いないし、それは舞地さん達へともつながってくる。

 素直な気持ちで投票出来なかった理由。

 それでも信じてみたい。

 彼を。

 人という存在を……。


 考え事をしたせいか、寝付きが悪い。

 授業は自習だし、少し起きていよう。

 パジャマのまま部屋を出て、ラウンジの自販機で買ったジュースを抱えて戻ってくる。

 昼間とは違い、閑散とした廊下。

 照明はどこか薄暗く感じ、自分の足音がやけに大きく聞こえてくる。

 曲がり角。

 向こうから聞こえる足音。

 大丈夫とは思うが、一応警戒して足を止める。

 何より、前例があるから。

「どうしたの」

 腰を落としている私を見て、くすくす笑う警備員さん。

 こちらもすぐに姿勢を直し、頭を下げる。

「また襲われる事でもした?」

「そうじゃないんですけど。一応。あ、これどうぞ」

 買ったばかりのジュースを渡し、にこりと微笑む。

 真夜中まで働いている彼女達への、感謝の意を込めて。

 しかし、それ程嬉しそうな顔ではない。

 むしろ、困惑気味にも見える。

「みんな色々くれるのは嬉しいんだけど、私達もジュースやお菓子くらいは買えるのよ」

「え、ああ。そうですね」

「というか、余ってるのよ。ちょっと来て」


 ジュースにあられ、チョコにポテチ。

 冷凍ミカンなんていう、訳の分からないものまである。

「それで」

 眠そうな顔で、ベッドの上に正座するモトちゃん。

「お裾分け」

「明日にしてよね」

 欠伸をして、しかし自分の好物は持っていく。

 何だ、それ。

「サトミは」

「寝てる」

 ベッドの上から返ってくる、ふにゃふにゃした声。

 いいや。

 この子には、酢昆布で。

「暑いのに、一緒に寝てるの?」

「あの子が勝手に来ただけ。子供じゃないんだから、一人で寝てよ」

「じゃあ、モトちゃんは私の部屋で寝れば。私が、ここで寝るから」

「ふざけた事言わないで」

 速攻でベッドに潜り込む女。

 自分だって、子供じゃない。

「あー、狭いなー」 

 私もその真ん中へ潜り込み、自分の居場所を確保する。

 どちらにしろ小さいので、大した事はない。

 私的には。

「自分の部屋で寝てなさい」

「それは、あなたもでしょ」

「あー、眠い」

 ひとしきりの言い合いと笑い声。 

 やがてそれも収まり、健やかな寝息が聞こえてくる。

 重なり合う手足。

 触れ合う頬。

 3人の体が一つとなったように。

 静かに、安らかに。

 真夏の夜は、更けていく……。



 朝からうるさい二人を振り払い、教室へと走り込む。

 学校からの情報はすでに配信されていて、端末には自習の文字が表示されている。

「だから、分かったって言ってるでしょ」

 机を叩き、二人を睨み付ける。

 当然二人も、私を見下ろしてくる。

 なんか、押し潰されそうだな。

「冷たいのよ」

「よだれを、何とかして」

 がらがらの教室。

 当然声も、良く通る。

 私への注目も、集まってくる。

「変な事言わないで。寝てる時に、少し付いただけじゃない」

「川かと思ったわ、私は」 

 陰険な事を言ってくるサトミ。 

 当たり前だが、そんな事はない。

 多分。

「一度、耳鼻科で見てもらったら」

 ごく冷静に指摘してくるモトちゃん。

 人を、病人みたいにいって。

「いいから、二人は仕事してきて」

「今日は特に、予定はないのよ」

 そうサトミが答えた途端、彼女は端末を取り出した。

「……おはよう。……ええ、今一緒に。……分かった、すぐ行くわ。……はい」

「誰」

「丹下ちゃん。話があるから来てくれって。モトも」

「行ってらっしゃい」

「あなたも指名が掛かってるのよ。ほら、用意して」



 朝から授業も受けず、沙紀ちゃんのオフィスへやってくる。

 どう考えても、高校生のライフスタイルじゃないな。

 いいか、紅茶も美味しいし。

「何してるんです」

 不思議そうに人を見てくる神代さん。

「それは、私が知りたいわよ。あなた、授業は」

「自習だから、こっちの手伝いを優先させてます。さぼってる訳じゃないよ」

 私の事を言ってるんじゃないだろうな。

 ソファーに座り込んで紅茶をすすってるのを見れば、誰でもそう思うだろうけど。

「あなたの親玉に呼ばれたの。でも私は、しばらくここで遊んでいていいんだって」

「のけ者?」

「人聞きが悪いわね。適材適所って言って」

「あ、そう。暇だったら、ちょっと教えて欲しいんだけど。あたし地元じゃないから、この辺の地理が良く分からなくて」 

 テーブルの上に広げられる、名古屋市街と近郊の地図。

 夏休み中に警備対象となっている、クラブの試合会場に赤い丸が打ってある。

「これとは関係ないんだけど、今後の事もあるから一度下見しろって言われてて」

「渡瀬さんに頼めば?あの子も地元でしょ」

「行く時は、頼むつもりです。ただ前もって、多少は知っておきたくて」

 伝わってくる熱意。

 はにかみ気味な表情の中に見える、彼女の真剣さ。

「真面目だね」

「別に、そんな」

「悪くないと思うよ。本当に」

 照れる彼女に笑いかけ、私が知っている施設に関しての事を説明する。

 私自身大して分かってはいないし、人に教える程でもない。

 ただ彼女の気持ちに触れた今、それを大切にしたい思いが勝っている。

 拙い、決して大した役には立たない事だとしても。

 少しでも、その力になりたい。

 彼女の先輩として。

 かつて自分が歩んだ道を辿ってくる仲間に対して。


「神代さんは、実家にはいつ帰るの」

「始まってすぐに。終わりがけにこっちへ戻ってきて、下見をする予定です」

「どこ?」

「伊勢です。近いから、いつでも帰れますけどね」

 幼い、あどけない表情。

 少しの切なさが重なった。 

 実家から、両親からも遠く離れて。

 いくら友達が出来たからと言って、一人で暮らすのはどんな気持なのだろう。

 子供っぽいと言われても、私には真似が出来るかどうか。 

「……どうかした?」

「ん。その、あれ。塩田さんもあっちの方だなと思って。あの人は、伊賀上野」

 さすがに彼女へ告白するのはためらわれたので、そうごまかす。

 つまり彼も、一人でここへ来ている訳だ。

 サトミやケイ、木之本君も。

 舞地さん達は、言うまでもなく。

「一人暮らし、か」

「雪野先輩も、そうじゃないの」

「私は、しょっしゅう実家に帰ってるもん。大体寮と、半々くらいかな」

 というか実家から十分に通える距離で、中等部の頃はしばらくそうしていた。 

 結局親離れが出来ていないのか、自立出来ていないのか。

 そこまで深刻な問題でもないと思うが、周りが周りなので多少は気になる。


 目の前をよぎる人影。

 眠そうな顔で、私の隣へ座るケイ。

「あなたも呼び出されたの」

「ああ」

 鈍い反応。

 朝はいつもこうなので、放っておく。

「浦田先輩は、実家に帰らないの」

「ああ」

 普段以上に無愛想な返事。

 そこから何かを感じ取ったのか、神代さんはおずおずと頷き席を立った。

「あたし、まだ仕事があるんで」

「うん。頑張ってね」

「それは、俺がやるからいい。神代さんは、渡瀬さんを捜してきて」

「え。あ、はい」 

 こくりと頷き、DDをテーブルへ置いて去っていく神代さん。

 ケイは卓上端末を起動させ、それをスロットへ差し入れた。

「気を遣うくらいなら、初めから素直に言えばいいじゃない」

「親が嫌いで帰らないって?」 

 キーを叩きながら、鼻で笑うケイ。

「そういう話は、サトミにすれば」

「言える訳無いでしょ」

「俺はいいのか」

「さあね」

 欠伸をして、テーブルの上に置きっぱなしだった地図へ目をやる。

 もう少し、広い範囲で見たいな。

 えーと。ここが私の家で、ショウがここ。

 モトちゃんはここ、木之本君がここで、高畑さんが確かこの辺。

「静岡がないね、これ」

「その辺」

 地図の右端。

 机の向こう側を指差すケイ。 

「アバウトね。実家はともかく、静岡へは行ったら。お母さんとは、仲が良いんでしょ」

「永理が帰る時に、一応送っては行く」

 初めて聞く話。

 尋ねなかったら、多分彼は言わなかっただろう。

「実家まで?」

「静岡駅まで」

「何よ、それ」

「会いたい人間がいる訳でもないし、多少はこっちでやる事がある」 

 それは逃げの言葉にも聞こえるし、また事実でもある。

 ただ分かっているのは、彼が考え方を変えない事だけだ。

「ヒカルも?」

「あいつこそさ。それと論文や研究で忙しいし、休みも何もないんじゃないの」

「せっかくの夏休みなのに。サトミが可哀想だね」

「付き合ってる事自体、可哀想だったりして」

 皮肉っぽい笑い方。

 悪いと思いつつ、私も一緒に笑う。

「……どうしたんだ」

 怪訝そうに近付いてくるショウ。

 彼も呼び出されたのか。

「サトミが不憫だなって」

「なんだそれ。困ってるなら、助けてやれよ」 

 優しい。

 多分に間の抜けた答え。

 それがおかしくて、もう一度笑ってしまう。

「だから、なんだよ」

「いいの。あなたこそ何よ、その格好」

 濡れたTシャツと汗で光った顔。 

 息は荒く、頬も赤い。

「外を走ってから」

「この暑いのに?」

「暑いからだろ。何言ってるんだ」

 真顔で反論してきた。

 常識とは何か、一度考え直した方がいいかもしれない。

「ショウは夏休み、どうするの」

「みんなと遊ぶ時以外は、稽古かな。バイトもあるけど」

「ああ」

 その何日かは、私も彼と一緒にやる事となっている。

 私個人で、別なバイトもやる予定もある。

 何しろ自分の物の代金だから、自分で払うのが筋だ。

「後は山にこもる」

「お前は、修験者か。それより、サトミを泊めてやってくれ。ずっと寮にいても、つまらないだろうし」

「ああ。お前はどうするんだ」

「俺は寮にこもる」

 なんだ、それ。

 サトミは私やモトちゃんの家にも泊まるから、大して問題はない。

 問題があるのは、放っておけば夏休み中寮にいそうな子か。

「ケイやヒカルも泊めてやってよ。春にはそうしたんでしょ」

「ああ。ユウはどうする」

「泊まる、って合宿じゃないんだから」

 小さく上がる笑い声。

 部屋を出てきたサトミ達も、興味津々という顔でこちらへやってくる。


 夏休み間近。

 いくつかの問題は存在する。 

 気が重くなり、考えたくもない程の事も。

 だからといって、悩み続けていても仕方ない。

 やるべき事はやる。

 でも、それに捉えられ過ぎても良くはない。

 今までがそうだったように。

 ゆとりが無ければ、必ず破綻する。


 人は快楽だけでは生きられないけれど。

 苦しさだけでも、生きていけない。

 そのどちらをも大切にして、前へ進んでいきたい。  






   







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