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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第3話
20/596

3-5






     3-5




 今日は珍しく雨が降っている。

 丁度いい機会という事で、みんなは管理人さん夫妻と街へ買い出し。

 滞在が後3日くらいとはいえ、育ち盛りである10代の若者が8人。

 放っておけばどれだけでも食べる年頃だ。 

 といっても、このメンバーの中で私は小食派。

 美味しい物は好きだけど、そうたくさんは食べられない。

 体が小さいしね。


「雨、止まないな……」

 海の見えるリビングの窓辺に立ち、いつ止むとも知れない細雨を眺める。

 夜遅くまで見ていた映画がたたったのと、お留守番も兼ねて私は居残り。

 特にやる事がある訳でもなく、カニの到着を待っていればいいだけだ。

 あれだけは、多分入る所が別だと思う。

 テレビでは古い刑事物のドラマを再放送していて、ひたすらに地味な聞き込みをして回っている。

 他のと違って銃撃戦とかの無い、落ち着いた作り。

 地に足が着いた捜査というのか、可能性を一つ一つ消していき犯人を捜し出す。

 犯人が絶対悪で無いのも、好きな理由の一つである。

 やがてドラマが終わり、エンディングテーマであるアコースティックギターの演奏が流れ出す。

 少し物悲しいメロディで、雨がしとしと降っている今の雰囲気にも良く合っている。

 私はソファーに寝転がり、目を閉じてその曲に聴き入っていた。


「風邪、引くわよ」

 声に気づき顔を上げると、いつの間にかモトちゃんが反対側のソファーに腰掛けていた。

 テレビは、この地方のニュースを流している。

 どうやら、一瞬だけ寝入ってしまったようだ。

「みんな戻ってこないね」

「お昼食べてくるんじゃない。私達も何か食べようか」

 キッチンを指さすモトちゃん。

 昨日私と一緒に映画を見ていた彼女も、お留守番組である。

「まだ寝起きだから、あんまり食欲無い」

「私も。お茶なら飲む?」

「うん」

「あ、いいわ。私がやるから」

 私を手で制してキッチンへと向かうモトちゃん。

 少しして、急須と湯飲みを乗せたお盆を持って戻ってくる。

「熱いのでいいわよね」

「ありがとう」

 こぽこぽと音を立てて注がれる番茶。

 香ばしい香りが湯気に乗って顔に掛かる。


「テスト、どうだった?」

「普通。いつもと変わりなかったよ」

 テーブルに置いていた端末を操作して、昨日配信されたテストの結果を見せる。 

 各教科とも、平均前後といった具合。

 当然、学年と学内の順位もごく普通。

 モトちゃんは成績が良くて、常に上位をキープしている。

「ショウは私と同じくらい、沙紀ちゃんが意外といいんだって。何か置いてかれたって気がする」

「だったら、負けずに頑張りなさい」

 諭すように微笑み掛けるモトちゃん。

 私は出来の悪い妹よろしく、ヘヘッと笑い頬を撫でた。

「例の子は」

「さあ。でも元気な顔してたから、追試は無いと思う」

「あそこまで極端な人も珍しいわね。数学は赤点ぎりぎり、国語社会はトップレベルなんて」

 大笑いする私とモトちゃん。

 0点取った時は、さすがに笑えなかったけどね。


「サトミはどうだったって?」

「1、2、5、1、1……」

 モトちゃんが、一桁の数字を羅列していく。

 それはサトミの各教科ごとの順位。

 当然学年では断然のトップで、得点調整を済ませた学内順位もやはりトップ。

 普通の学校では新カリキュラムを修めた生徒がトップらしく、私達の学校でもトップクラスには彼等の名前が並んでいるとの話だ。

 しかしサトミ嬢は普通の教育しか受けていないのに、そんな彼等を差し置いて中等部以来トップをひた走っている。

 ヒカルが中等部にいた頃はいい勝負になりかけたんだけど、あの子理数系がいまいちなんだよね。

「次期生徒会長も、新カリキュラム組だって?」

「モトちゃんも知ってるの」

「ええ。かなりの切れ者だって噂。ユウは会った事があるんでしょ」

「うん。いい人のような、なんて例えたらいいのか難しいな」

 夏休み直前に彼と会った時の事をふと思い出した。

 一概に、どうと判断出来る人ではない。

 それだけ大物なのだろうし、結局は私には縁のない偉い人だ。

 あまり関心なさそうな顔をしたら、モトちゃんが表情を改めて私を見つめてきた。

「学内の組織や規則を大幅に見直すつもりらしいわよ、彼。ひょっとして、私達にも何か影響があるかも」

「ガーディアン自体が無くなる訳じゃないんでしょ。それに、私達が学校の生徒なのはどうやったって変えられないじゃない。平気平気」

「ユウらしいわね、そういうの。私も人伝てに聞いた話だから、実際にどうなるかは知らないけど」

 曇った顔で、湯飲みを手にするモトちゃん。

 だがそれを口に運ぼうとはせず、そのままの姿勢で動かなくなる。 

「どうしたの。もしかして、次期会長の視点で視たの?」

「そうじゃない。彼のそういった話を聞いて、少し不安になっただけ」


 「視た」というのは、彼女の優れた感応能力を差している。

 言うなれば、他人の視点を借りてその人の気持ちになりきる事。

 別段超能力とかいう物ではなく、モトちゃんはそれだけ相手の気持ちを深く理解出来るのだ。

 ただ分かるのはその人固有の思考や感情で、その場その場の心の動きまでもが分かる訳ではない。  

 また彼女は人の思考や感情を理解しても、一方的に同情したり責めたりはしない。

 情で流される程甘くはないし、その情を無視する事もない。

 その辺りも、みんなに慕われる理由の一つだろう。


「彼、ガーディアンに強い関心があるらしいの。だから、私達にも影響があるかなと思って」

「そうすると、まずは自警局の沙紀ちゃんに何かあるのかな」

「分からない。ともかく、注意はしておいた方が無難ね」

「苦手だな、そういうの。サトミかケイに任す」

 モトちゃんの忠告に、私は脳天気な意見を返した。

 まだ事が起きていないので、彼女もそれ以上言いようがないようだ。

「それに塩田さんや副会長もいるんだし、そう心配する必要も無いんじゃない。局長だって、一応いるし。いくら生徒会長だからって、一人で何もかも決められる訳無いわよ」

「確かに。ちょっと考え過ぎてたかな」

 しかし、モトちゃんの顔が晴れる様子はない。

 私のような末端のガーディアンとは違い、彼女はすでに幹部に近い立場でガーディアン連合に参加している。

 つまり私は個人の立場で物事を見ればいいのに対し、大勢の人間を統括する彼女はその責任を負う立場から状況を判断しないといけない訳だ。  


「……ごめん。せっかくの休みなのに、こんな話して」

「いいよ。私にも関係のある事だし、気を付けとく」

「ええ。次期会長が就任する夏休み明けね、まず注意するのは。彼が悪い方向へ物事を進めなければ、何も問題は無いんだけれど」

「こればっかりは、その時がこないとね」

 私の言葉に軽く頷くモトちゃん。

 吹っ切れたという程ではないが、思い悩むのはもう止めたようだ。 

 その後私達はその話題に殆ど触れる事もなく、みんなが帰ってるまでたわいもない話をして過ごした。

 心の奥に沸き上がった、微かな不安と共に。

 今ではない、その時にならないと気付かないだろう事柄に……。



 帰宅する日を明日に迎えた私達は、自分達で作った料理で管理人さん夫妻にお礼をした。

 お二人は例の慰霊碑の管理もされていて、その意味も込めてである。

 また来年もその次の年もきっと来ると、私達は管理人さん夫妻に約束をした。

 去年も、その前もそうだったように。


 砂浜に下りると、月明かりが周りを照らしてくれていた。

 夜の海が綺麗に輝き、ゆるやかな波の流れがそれを揺らしていく。

 足元に、淡いピンクの貝が落ちている。

 押し寄せた波に流されていく小さな貝。

 その姿はやがて砂浜から消え、海へと去っていく。

 どうという事でもないが、胸に切なさを感じたのは確かだ。

 管理人さん達との別れが、感傷的な気分にさせているらしい。

 夜の海、潮の香りという演出のせいもあるだろう。

 潮騒に混じり、人の声が聞こえてくる。

 男女の声。

 言い争っているとまで行かないが、女性の口調がやや強い。

 対して男性の方は、かなり冷静だ。

 潮騒と距離があるためか、はっきりとは聞こえてこない。

「……本気で……。……二度と……」

「自分で……。……悪いのは俺……」

「……仲間が……。……無理して……」

「……悪い。……そうしないと……」

 途切れ途切れに伝わる台詞。

 やがて会話が終わったようで、ただ潮騒だけが聞こえている。

 砂浜を駆ける音。

 それも消え、もう一つの足音がこちらへ近づいてくる。

 その姿が、月明かりに浮かび上がる。


「あ、ユウ」

 顔をしかめ、私から気まずそうに顔を逸らすケイ。

 彼にしては珍しい態度。

 声からいって、相手はおそらく沙紀ちゃんだ。

「話、聞こえてた?」

「ううん、殆ど聞こえなかった。ケンカでもしたの?」

 ケイは曖昧に頷き、パーカーのポケットに手を入れた。

「……夏も、そろそろ終わりかな」

 答えではない答え。

 感慨深げな呟き。

 その言葉通りの、冷たい夜風。

 夏休みはまだしばらくあるけれど、秋の訪れは決してそう遠い話ではない。

「ほら」

 パーカーを脱ぎ、私に渡すケイ。

 私は黙って、それを羽織った。

 冷たい夜風がパーカーを揺らし、寒さから私を守ってくれる。

「ショウは?」

「みんなとカードゲームやってる。私は一休みして抜けてきたの」

「悪かったね。せっかくの最後の夜なのに、俺が相手で」

 いつもと同じ、皮肉っぽい態度と台詞。

 その表情からは、彼の心の動きを読みとる事は出来そうにない。

「べ、別に付き合ってるとかそういうのじゃないから。た、ただ、他の男の子より仲がいいってだけで」

 ケイの変化に違和感を感じつつも、その手の話にはつい動揺してしまう私。  

「奥手というか、子供というか。ユウ達には、それくらいの方がいいのかも」

「馬鹿にして。自分こそ、沙紀ちゃんとどうなのよ」

「そういうふうに見たら、丹下に悪い。大体、向こうが相手にしないさ」

 動揺する様子もなく、淡々と語るケイ。

 私には私なりの考えがあったが、それを口にするのは取りあえず止めた。

「さてと、みんなの所へ戻ろうか。丹下も行ってるだろうし」

「ケンカしてたんじゃないの」

「謝っておいたよ。理由は……、その内話す」

「そう」

 別荘へと歩き出す私達。

 月明かりに照らされたケイの横顔は、やはり普段と変わる事はなかった。

 でもその外見とは明らかに違う、彼の異変。

 とはいえそれを、彼に問いはしなかった。

 自分がいつもと違うのを一番分かっているのは、ケイなのだから。

 今私が出来るのは、彼の隣を歩く事。

 ただそれだけ。

 彼もそれを望んでいると感じつつ。

 貸してくれたパーカーの袖の長さに、ケイも男の子なんだなとふと思った……。



 そして地元へと戻ってきた私達。

 私は寮を離れ、学校から程近い実家へと帰っていた。 

 普段でも月に何度かは帰っているけど、ここまで続けて泊まるのは春休み以来だろう。

 リビングのソファーに寝ころんで丸まってると、明るい笑い声が聞こえてきた。

「優、子供みたいな事しないの」

「だって、子供だもん」

「あなた、もう15才よ」

 優しい笑顔で私を見つめているお母さんを見上げる。

 私と同じ様な茶のショートカットで、やや幼い顔立ち。

 背格好もさほど違わず、まるで将来の私を見ているよう。

 昔の写真やビデオからも、その姿がかなり似てるのが分かる。

 性格的には私ほどちゃかついてないけれど、かといって落ち着いている訳でもない。


「風邪引くよ、優」

 反対側のソファーに腰掛けてテレビを見ていたお父さんが、やはり優しい笑顔で声を掛けてくれる。

 穏やかな顔立ちで、ちょっと短く刈り上げた髪型。

 その笑顔通りの優しい性格で、昔から怒られた記憶がない。

 前回の大戦で従軍した際、敵兵を撃てなくて捕虜になったとか。

 そこで向こうの兵士と親しくなって、その時もらったという小さな勲章が家にある。

 詳しい経緯はお母さんも知らないらしく、何度聞いても絶対に教えてくれない。

 二人とも30代後半、少なくとも見た目は若い。


「大丈夫。それよりお父さん少し運動したら。前より太ってない?」

「この年になると、どうしてもね。一応食事には気を付けているんだけど」

「私は頭の方が心配よ。薄くなったら、離婚しようかしら」

 お父さんが真顔で頭を抑えたので、笑ってしまった。

「冗談よ、冗談」 

「だって、良かったねお父さん」

「薄くならないとは言ってくれないんだ……」

 まだ引きずってる。

 そういうのが危ないんだよって言うと、余計気にしちゃうか。

「優、今日はどうするの」

「お昼食べたら、道場に行ってくる」

「暗くなる前に帰って来るんだよ」

「知らない人に付いて行ったら駄目よ」

「私、そこまでは子供じゃない……」

 ちょっとむくれつつも、そんな二人の気遣いが嬉しい私だった。


 という訳で、お昼ご飯を食べ終えると私は道場へと向かった。

 家からスクーターで10分ほど。

 小等部でまだ自宅にいた頃は、良く通ったコース。

 4階建てのビルで、一階が事務所2階がジム、3階がトレーニングルームになっている。

 この道場は、ショウのお祖父さんが総帥を務める玲亜流と深い関係がある。

 いわゆる古武術の部類に当たる玲亜流をよりスポーツライクにアレンジした、言ってみれば一般向けの道場。

 名称はレイアン・スピリッツ、略してRASと呼ぶ事もある。

 ここは各地にある支部の中でも有力な支部の一つで、指導者も一流の人が揃っている。

 そういう訳で、広い意味では私とショウは同門なのである。


「こんにちは」

 自動ドアをくぐり、建物の中へと入っていく。

 すると見慣れた受付の人が、ニッコリ笑ってくれた。

「トレーニングに来たの?」

「いえ、ちょっと遊びに」

 私は会釈をして、階段を上がっていった。


 サンドバッグがきしみ、マットに人が叩き付けられる。

 規則正しい掛け声、荒い息づかい。

 床が音を立て、鋭い蹴りが交差する。

 そんな光景を見ていると、何とも言えない気持になってくる。

 つい体が動き出し、近くのサンドバックへと足が向く。

「……よっと」

 軽く向こう側に押し、素早く腰を下ろす。

 戻ってくるサンドバック。

「やっ」

 軸足を返して腕を後ろへ引き、左足を廻して伸ばす。

 膝から先をさらに伸ばし、中央を思いっきり蹴りつける。

 まるで折り畳んだようになるサンドバッグ。

 その形のまま天井すれすれまで飛んでいって、サンドバックを吊している鎖が変な音を立てた。

 同時にフロア内が静まり返り、次いでどよめきが上がる。

「ち、違うわよ。このサンドバックが軽いんだってっ」

 言い訳してみたけど、時すでに遅し。

 みんな目も合わせてくれない。

 私は乱れたショートスカートの裾を直し、ため息混じりに壁際に背を持たれた。 

 当然さっき蹴った時は、誰もこちらを見ていないのを確認してある。  

 それに高く足を上げてないし、大丈夫だと思う。

 そう、自分に言い聞かせる。 


 さっとフロアを見渡しても、知り合いは見あたらない。

 指導員の人は顔くらい分かるけど、私が通っていた頃の先生とかはいないようだ。

 せっかく来たのに、これではみんなを脅かしにだけで終わってしまう。  

 仕方なく壁から離れドアの方へ歩き出すと、私の前に人が駆けてきた。

「あ、あの……」 

 遠慮気味な小さな声。

 私は腰を少し屈め、彼女の視線に合わせた。

「ん、何」

「お、お姉さんは、この道場の人なんですか」

 小等部高学年くらいの、お下げ髪の女の子。

 頬が赤いのは、練習と緊張のためだろう。

「昔、ここに通ってたの。今はたまに顔を出す程度だけどね」

「そ、そうなんですか。さっきのミドルキック、すごい綺麗でした」

「あ、見てた。はは、ありがと」

 私も頬を赤くしてしまう。

 ともかく、見られたのが女の子でよかった。

「……どうしたら、あんな事が出来るんですか?」

「そうね、毎日練習したからかな」

「私も毎日練習すれば、お姉さんみたいになれます?」

「勿論。もっともっと強くなれるわよ」

 表情を輝かせて何とも嬉しそうに微笑む女の子。

「それと、無理をしないのとあきらめない事。無理をしたら結局続かないし、とにかく続ける事に意味があるの。それは格闘技だけじゃなくて、どんな事にもね」

「はいっ」

 弾けるような笑顔と、とびきり元気のいい返事。

「それじゃ練習頑張って」

「はい、ありがとうございましたっ」

 私は女の子の髪をそっと撫で、ジムを後にした。



 川沿いの道を、スクーターで走る。

 川原には親子連れや子供達の姿が見え、水遊びを楽しんでいる。

 私も小等部の頃は、良くここに来たものだ。

 たまに家へ帰ってくると、そんな思い出がふと蘇る。

 お父さんやお母さんは何も言わないけれど、中等部の頃寮へ移ると言った時だけは寂しそうに笑っていた。

 確かにここから学校は遠くなく、実際にこのくらいの距離に住んでいる場合は自宅から通っている人が大半だ。

 もしかして、自分もそうした方がいいのだろうか。

 それをお父さん達も、望んでいるのだろうか。

 ヘルメット越しに、子供達の笑い声が聞こえてくる。

 黄金色にきらめく川面を眺めながら、私はそんな事を考えていた。


「ただいま」

「お帰りなさい。早かったのね」

「うん、知り合いが誰もいなかったの。あ、今日私が夕ご飯作る」

「優が?お父さん、嬉しいな」

「あら、私の料理では何かご不満かしら」

「い、いや。そういう訳では」

 慌ててリビングを出ていくお父さん。

 お母さんは見えなくなったその背中に向かって、「てやっ」と叫んで拳を突きつけた。

「全く、優の事になるとあれなんだから」

「ちょっといい?」

「ええ」

「ありがとう」

「母親にお礼はないでしょ」

 苦笑して手にしていた雑誌をソファーに置くお母さん。

 私はすぐに話を切り出さず、テーブルにあったキャンディを手の中で転がした。

 包みが乾いた音を立て、かさついた感触が手の平から伝わってくる。


「……お父さん、優しい?」

「急に何。ええ、優しいわよ。勿論、私もお父さんに優しいし」

「そうなんだ。そう……」

 テーブルに戻したキャンディがその上を滑り、グラスに当たって小さな音がする。

「毎日、楽しい?幸せ?」

「でなかったらこんな顔してないわ。可愛い娘も、ここにいるし」

 そういって、淡く膨らむ胸を押さえるお母さん。

「一緒にいる事だけが愛情じゃないのよ。大事なのは相手を思う気持ち。どれだけ少しでもそれが続くかだと、私は思ってるわ」

「……お母さん」

「無理なく続けるのが大事って、昔お父さんから聞かなかった?」

「思い出した、今」

 私ははっきりと頷き、道場での自分の言葉を思い返していた。

 そして、お父さんからそれを聞かされた日の事も。


「過剰な愛情を注ぐのは結局誰のためなのか、それはいつまでも続けられる事なのか。与えたり与えられたりするのじゃなくて、胸の中で想ってさえいればそれでもいいんじゃないかしら」

 お母さんの言葉が静かに心へと届いてくる。

 その暖かい気持と共に。

「でも私達が優を愛する気持は何よりも大きくて、いつまでも無くならないわ」

「過剰じゃないの、それは」

「まさか。まだまだ足りないって思ってるわよ、私は」

 お母さんの笑い声に、私の笑い声が重なっていく。

「私が何考えてるかって、よく分かったね」

「親だもの、当然でしょ」

 さらっと答えられた私は、ソファーから立ち上がりお母さんの隣りに座り直した。

 そしてもたれ掛かるようにして、ぴったりと寄り添う。

「あら、甘えちゃって」

「いいじゃない、子供なんだから」

「またお父さんが拗ねるわよ」

 するとそのお父さんが、ひょこっとリビングに戻ってきた。

 目が合う私とお父さん。

 一瞬の間があって。

「寂しいな、男親は……」

 物悲しい呟き。

「お父さんはこっち。ほら早く」

 私は空いている反対側のソファーを手で叩いた。

「あ、そう?」

 ころっと表情を変えて私の隣りに座るお父さん。

 結局私はその間に収まり、ニコニコと二人の顔を見上げた。 

「夏なのに、何やってるの私達は」

「いいんだよ、お母さん」

「ふーん。こうして愛情は妻から娘へと移っていくのね。昔はそうじゃなかったのになー」

「さ、紗弥さやさんっ」

「何、睦生むつお君」

 どうするのかなと思ってたら、お父さんの手がお母さんの肩にそっと廻された。

 その間には、勿論私がいる。




 そうだよね。

 お父さんが、私だけに愛情を注いでる訳はない。

 そして私もお母さんも、お父さんを愛してる。

 私は二人の温もりに包まれながら、お父さんとお母さんの子供に生まれてきた喜びを噛みしめていた。  






                                                       第3話 終わり















     第3話 あとがき




 海で遊ぶ彼等を書きたかった訳です。

 よって、特に内容はありません。

 3-5が第4話以降への伏線となっているくらいですね。

 夏休みという事で他にも書こうと思えば書けますが、本編としてはこのくらいです。



 それと新キャラについて。

 モトはまだキャラクター的に確立してません。

 穏やかなお姉さんタイプですが、口調がサトミや丹下と重なる部分があり書き分けが難しいです。

 とはいえ彼女も主要キャラの一人であり、その内彼女をメインした外伝エピソードシリーズを書きます。

 もう一人は永理。

 まともな性格で、非常にいい子です。

 ただ中等部所属なので登場機会は少ないかと。



 第4話からストーリーは大きく展開していきますので、よろしければ今後もお付き合い下さい。


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