表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第1話   1年編
2/596

1-1






 春っていうのは気持ちがいい。

 咲き誇る花や芽吹く緑が綺麗なのもそうだけど、私は風が好き。

 暖かなそよ風が頬を撫でるだけで、なんだか心が弾んで鼻歌でも歌いたくなる。

 ある人は「もし夏にこんな風が吹いたら寒く感じるんだ」何て言ったっけ。

 最初聞いた時は「何言ってるんだろ」と思ったけど、今はいろんな意味で考えさせられる。


 そんな事を考えていたら、窓から風が吹いてきた。

 優しい日溜まりの中でこんな風を受けていたら、すぐにでも夢の中へ入ってしまいそうだ。

 だけどここは西側の廊下なので、いつまで経っても目は冴えたまま。

「クシュッ」

 いくら春の風が好きでも、さすがに日陰で吹かれるものじゃない。

 私はぐずつく低い鼻を軽くこすって、冷え込む廊下を小走りで駆け抜けた。

 角を曲がってしばらく行くと、小さな窓から明かりが漏れている。

 知らない内に足が早くなる。

 窓はもうそこ。茶のショートカットが後ろに流れる。


「うー」

 わずかに差し込む日差しを浴びて一息ついた。

 おかげで鼻のぐつつきも止まったけど……。


「……じゃないっ」

「……でしょっ」


 何やら言い争う声がする。

 どうやらこの先にある階段からだ。

 私はつかの間の温もりに別れを告げ、階段へと急いだ。


「どうせ……なんでしょ」

「第2講堂も知らないなんて、これだから編入生は嫌なのよ」

「あなたみたいな人が入ってくるから、学校の質が落ちるのね」

「どうでもいいけど、あなたは入学してもいい事はなくてよ」

「ま、おとなしくしていれば、無視くらいで勘弁して上げるわ」

 勘に障る笑い声が辺りに響きわたる。

 私は壁際に身を寄せ、少し様子を窺った。

 階段の踊り場には、品は良さそうだが陰険な顔の女子生徒が3人。

 そして彼女らに囲まれる形で、一人の女子生徒が俯いている。

 その中の一人が手を伸ばし、俯いている女の子を壁際に突き飛ばした。

「何よ、さっきから黙ってて。私達が話してあげてるんだから、返事くらいしたら」

「これだから貧乏人は嫌ね。どうせ寄付金が払えないものだから、高等部の試験まで待ったんでしょ」


 大企業と政府に自治体が共同出資して創設された、この高校。

 その生徒は、高等部だけでも相当な人数に上る。

 また実感はないが我が学校は結構優秀らしく、越境入学してくる者も多い。

 ただ小等部からの越境入学は、試験以外に多額の寄付が必要。

 高等部からはそれが免除されるため、高等部から編入してくる生徒も多い。

 ちなみに私は地元なので、小等部からここに在籍している。

 お金も払えないし、試験もなくて助かった……。


「とにかく入学したからといって、あんまり浮かれない事ね。入学早々退学なんていやでしょ」

「さっ、どきなさいよ」

 もう一度突き飛ばし、階段を上ろうとする3人。

 そこに私がふらりと飛び出る。

 彼女達は驚きの表情を浮かべ、私を見上げた。

「……すいません。第二講堂ってどこですか?」

 妙に生真面目な顔で尋ねてみる。

 彼女達は突然現れた私という存在と、何とも不自然な質問に戸惑いを見せている。

「な、何よっ。用でもあるのっ」

 それでも、さっき女の子を突き飛ばした女が口を開いた。

「用があるから出てきたんじゃないの。私、これでもガーディアンでね。エアリアルガーディアンズの、雪野優ゆきの ゆうっていうんだけど」

 それを聞くや、3人は顔を引きつらせる。

 どうも聞き覚えがあるらしい。

「あ、あなたがっ?」

「そ、そういえば、背中の棒……」

 一人が、私の背中に見えるスティックを指差している。

 真っ青な顔で後ずさる彼女達。

「ほら。背も小さいし、顔も丸いわ……」

 余計な事まで小声で言ってる。

 確かに顔の輪郭は丸っこく見えるが、それはショートカットのせいだ。

 黒い瞳はそこそこ大きいはずだ。

 ふっくらとした唇もほんのり赤みがさして、それなりに見れると思うのだが……。

 肌はそんなに白くないけど、きめが細かいとよく言われる。

 言っておくが身内にじゃなくて、他人に。

 唯一の欠点は、いかんせん体つきがいまいち貧弱な所か。

 ある人なんか「さらしでも巻いてるの」と言ってきた。

 さらに悲しいのは、その時と今の体型に大差がない事……。


「ちょっと」

 その貧弱な体と丸っこい顔で声を掛けると、背を向けかけていた3人は慌てて振り返った。

「は、はい」

 小刻みに震えながら、直立不動の姿勢で並んでる3人。

 私は斜に構え、声を低くした。

「またこんな事をやってるって噂でも聞いたら、覚悟しなさいよ。あなた達も、今更退学したくないでしょ」

「は、はいっ」

「じゃ、行って」

 私が手を振るや、激しく頭を下げ逃げ去っていく3人。

 タイムを計りたい程の早さで。

「馬鹿みたい」

 笑い半分苛立ち半分で彼女達が消えた廊下を睨んでいたら、肩をつつかれた。

「あ、あの」

 振り返ると、絡まれていた女の子がおどおどしながら頭を下げている。

 私も釣られて、頭を下げる。

 きりがないと思ったのか、女の子は遠慮気味に顔を上げてはにかみ気味に微笑んだ。

「あ、ありがとうごさいました。lあの、私……」

「気にしなくていいよ。そうそう、第2講堂は真っ直ぐ行って右の階段で2階。そこまで行けばもう分かるわ。入学式はもうすぐだから、急いだ方がいいよ」

「ありがとうございます」

 もう一度、深々と頭を下げる彼女。

 相当恥ずかしくなってきたので、背中のスティックを意味もなく触ってみたりする。

「あんな馬鹿達は気にしなくていいからね。じゃ」

 私は彼女に背を向け、来た道を引き返した。

 しかし入学式前から仕事とは、高等部も先が思いやられるね。






  スクールガーディアンズ






 1-1




 私も新一年生として出席した入学式は無事終了し、生徒達は自宅や寮に帰っていく。 

 とはいえ、そういう人達は少数派。

 残りの生徒達は、クラブや生徒会関連の活動が待っている。

 そして私も、ある場所へと向かっていた。

 やがて目的の部屋へたどり着いたところで、ドアの前に立つ。

 ……開かない。

 今時手動のようだ。

 自分で開けますとも、ええ。

 室内には安っぽいロッカーや卓上端末が置かれていて、一応テレビなんかもある。

 その室内には、本を読んでいる地味目な男の子が一人。

 服装もパーカーに紺のジーンズという、大人しい物。

 ちなみに私の服装は、こう。

 白のブラウスにパステルグリーンのボレロ。胸元には薄茶のスカーフがリボン状に結ばれている。

 タータンチェックのスカートは膝のやや上ってとこ。

 足元は少しクリーム色がかった短めのソックスに、紺のスニーカー。

 別に私服でもいいんだけど、コーディネートを考えるのが面倒な私は大抵制服で済ませている。

 結構いいデザインだしね。


「よう」

 だるそうに手を挙げてくる、地味な彼。

 私も手を挙げそれに応える。

「いつ荷物とか運んだの?」

「先週。引っ越し屋さんに頼んで、春休み中にやってもらった」

「ありがとう。届け出関係とか、更新する装備とかは……」

「全部済ましてある」

 机の上にある書類を見せる男の子。

 細い目に低い鼻、若干細目の顎。

 髪もただ伸ばしただけの感じで、やはり地味としかいいようがない。

「相変わらずね、ケイ。気が回るというかなんというか」

「どうも。だけどリーダーはユウなんだから、本当は自分でやらないと」

「い、いいじゃないの。私はそういうの不向きなんだから」

 ケイは笑いながら、紅茶を私のマグカップに注いでくれた。

 ほんわかと立つ湯気が、ゆっくり天井に上っていく。

 私の好きな瞬間だ。

「いいお嫁さんになるわよ」

「じゃあ、誰か紹介してくれ」

「嫌だ」

「何だ、それ」

 苦笑するケイ。

 フルネームは浦田珪うらた けいだが、久しく「浦田君」なんて呼んでない。

 向こうも冗談でない限り、「雪野さん」って呼んでこないけどね。

「みんなは?」

「まだ来てない。ここが正式に利用できるのは午後からだから。それに、入学式が終わったばかりだろ」

「時間前に来るのは、あなたくらいだものね」

「どうせ、俺はおかしな人間ですよ」

 自分で言ってる。

 だけど本当なので、フォローのしようがない。


「今日が入学式……。明日から一揉めあるかな」

「ええ」

 ちょっと気が重い。

 編入生と繰り上がり組との対立はこの時期から始まると言っていい。 

 現に中等部では、入学式や始業式の度に一悶着があった。

 特に小、中等部の編入試験で入った連中は変にエリート意識を持っていて、何かと揉め事を引き起こしている。

「でも今日の感じでは、特におかしな雰囲気もなかったでしょ。何だかんだ言ってもみんな高校生なんだし、もう騒ぐ年でもないよ」

「ああ、そうかな」

 ケイは曖昧に頷いて、室内を見渡した。

「しかしこのオフィスは狭いな」

「仕方ないわよ。全員で4人しかいない弱小ガーディアンだもの」

「さっき生徒会ガーディアンズのオフィス見たんだけど、この倍はあった。なんか、悲しいね」

 彼はほら吹きで皮肉屋なので、私はその発言を真に受けない。

 それを裏付けるかのように、鼻先で笑った。

 本当に仕方のない人だ。


「す、すいませんっ」

 突然ドアが開き、息を切らした男の子が入ってくる。

 私は傍らに置いていたスティックを掴み、素早く立ち上がった。

「どうかした?」

 そんな私とは違い、腰を降ろしたままマグカップを片手に尋ねるケイ。

 何で慌てたりしないのか不思議だが、この人はいつもこうである。

 とにかく慌てない。

 鈍いのではなく、怖いまでに冷静なのだ。

 ハチが目の前に飛んできても、平気でマンガ読むくらいに。

 「慌てた方が危ない」からだって。

 そうかもしれないけどさ。



 飛び込んできた男子生徒は、彼の様子を気にしながら話し始めた。

「そ、そこの教室で、何人かが集まって揉めてるんです。武器とかも持ってるみたいで……」

 「何人か……」の辺りで、ゆっくりと部屋を出て行くくケイ。

 人間性はともかく優秀ではあるので、その判断に心配はいらない。

 ちなみに私はじっくりと話を聞く。

 過去の失敗がそうさせるのだ。


「学校内に持ち込み禁止の武器はあった?それと人数は何人くらい?」

「よ、よく見てませんが……、木刀や警棒くらいしか見ませんでした。人数は20、いや10人ずつくらいだと……」

 この慌てようだと正確な情報がどうか分からないが、とりあえずは参考にしよう。

「そこの教室って、どこ?」

「こ、ここを出て右に行った、304教室です」

「分かった。ありがと」

 プロテクターを着け終えた私は、伸縮式のスティックを担ぎドアを開けた。

 ドアを出て一気に走り出す。

 廊下にいた生徒達の唖然とした表情があっという間に後ろに流される。

 いや、私の早さに驚いたんじゃない。

 せっかくつけたプロテクターが、ひび割れた部分からぽろぽろと落ちていったからだ。

 新しいの、欲しいな……。



 しばらく廊下を走っていくと、少しまた少しと人が増えていく。

 ここからは歩いた方がいいようだ。

「ちょっとごめんなさい」

「い、痛っ」

「な、何すんだっ」

 長い棒状のスティックで、人混みをかき分ける私。

 それに当たった野次馬が何か文句を言っているようだが、全く気にしない。

「痛てっ。てめえっ」

 偶然頭でスティックを受け止めた野次馬の一人が、前に立ちはだかり睨み付けてきた。

 横幅が私の倍はありそうで、上半身の振り方も悪くない。

「人の頭をこづいて、挨拶もなしか?」

 嫌な笑顔を見せる男。

 無視して男の脇を過ぎようとしたが、男は道をふさぎ私の顔を覗き込んできた。

「……ん?結構見れる顔じゃないか」

 むかつく奴だが、なかなかいい事を言う。

 ここは笑顔の一つでも見せて、穏便に済まそうかな。

「あ、駄目だ。胸がないや、こいつ」

 目の前が、真っ赤に燃え上がる。

 私は近くにいた男の子のショルダーバックを奪い取り、男の顔目掛けて振りかぶった。

 中身がぎっしり詰まったバックは、うなりを上げ顔を目指す。


「……落ち着けよ」

 もう少しで命中というところで、バックが床に落ちる。

 落とされた。

 突然背後から現れた、大柄な男の子の掌底で。

「お前も、下らない事を言うな」

 男の子は馬鹿男を睨み、バックを拾った。

 さらに埃を払って、それを持ち主に返す。

 持ち主は男の子に感謝の笑顔を、私には恐れの表情を残し人混みに消えていった。

「て、てめえら……」

 何か言いかけた馬鹿男は、私達の睨みを受けしゅんとなる。

 こっちが悪者みたいで、非常にストレスが溜まる。

「ユウ。こんな奴ほっといて、早く行くぞ」

「分かってるわよ。大体ショウこそ、今頃来て。何やってたのよ」

 鼻を鳴らして、冷や汗を流し小声でひたすら謝っている馬鹿男の脇を抜ける。

 こっちが勘弁して欲しい。

「まだ式が終わったばかりだろ。それより、もっと穏やかにやれって」

「い、今のは緊急事態よ。でないと、現場に行けないじゃない」

「緊急事態ね……。確かにその格好は、緊急事態って感じだな」

「え?あっ」

 プロテクターの残骸を身にまとっている私をじっと見つめるショウ。

 私は気づかない振りをして、先を急いだ。


 隣を一緒に歩く彼を、ちらっと窺う。

 甘さを漂わせた彫りの深い顔で、二重の澄んだ綺麗な瞳が特に目を引く。

 勿論他のパーツも、それに負けないクオリティ。

 身長は見上げる程で、スタイルも均整が取れている。

 加えてきびきびとした身のこなし。

 左右に分けた長い髪をかき上げる仕草は、ショーモデルでも到底太刀打ち出来ない格好良さである。

 彼は焦げ茶の革ジャンに黒のスラックス。足元にはブーツを履いている。

 ちょっと着崩した感じで、彼にはよく似合っている。 

 フルネームは玲阿四葉れいあ しようという、小難しい名前。

 ただ「シヨウ」とは発音しにくいので、私達は「ショウ」と呼んでいる。

 お父さんが前大戦のターニングポイント・北陸防衛戦の英雄で、玲阿流という古武術とも関係が深い。

 だからそんなショウの後ろを走っていると、女の子の視線が集まっているのがよく分かる。

 何といっても格好良いからね。

 ケイに少し分けてあげればと思う位だ。


「で、状況は……?どうした?」

「はい?」

 ぽけっとしてたんで、ちょっと不意を付かれた。

 言っておくけど見とれてたんじゃなくて、ケイの不幸を考えていたのだ。

 さすがに3年も顔を付き合わしていれば、もう見とれるなんて事は無い。

 と思う……。

「何でもない。ケイが先に行ってる。聞いた話では大した事なさそうだけど、行ってみないとどうなってるかは分からないわ」

「まあな」

 さっきの出来事で恐れをなしたのか、私達が歩いていくと人混みがさっと分かれ道を作ってくれる。

 楽に進めるのはいいけど、どうも注目を浴びて恥ずかしい。

 何か、誤解が多いんだよね。

 誤解じゃないという意見が聞かれそうだけど……。


 そんなこんなの内に、私達は304教室の前までやってきた。

 争いに巻き込まれたくないのか、この辺りにいる野次馬はまばらである。

 逆に言えばいい根性の連中だ。

 中の様子を窺おうと、ドアに近づく。

 ここはさすがに自動。

 すると突然ドアが開き、何やら黒い物が飛び出てきた。

 違う、物じゃなくて黒い服を着た人だった。

 黒服の男はドアに挟まったままぐったりしてて、身動き一つしない。

 でもそんな彼のおかげで、中を見られるようになった。

 壁に身を寄せ、室内を覗き込む。


 室内の状況は、通報してくれた人の話と大差ない。

 木刀や警棒を持っている連中が、教室の前後で向かい合っている。

 人数も、彼が話していた通りである。

 ただ少し違うのは、中央で机に腰掛けているケイの周りに何人か倒れている事。

 おそらく彼を敵と思い込み向かっていったはいいが、返り討ちにあった連中だろう。

 一見弱っちそうだけど、あれでも柔術とボクシングを体得しているのだ。

 私達は中の雰囲気を慎重に見極め、室内に入っていった。


「どうも」

 軽い感じで入っていくショウ。

 私も笑顔とまではいかないが、明るい顔付きでケイの側に向かう。

 睨み合っていた連中は、訝しげな表情で明らかに怪しい私達を見ている。

 で、ここからが肝心。

 変に刺激すると、騒ぎが大きくなる。

 より細心に、そして大胆にである。

「何があったか知らないけど、今日は入学式なんだし。ここは穏やかに」

「そうそう。さ、そんな物持ってないで」

 私とショウは二手に分かれ、呆気に取られている連中から木刀や警棒を取っていく。

 素早くやらないと、何で武器を取られるのか疑問に思う人が出てくるのでちょっと焦る。

 というか、抱えるのが辛い。

 手が短過ぎるんだよね。

 体が小さいとも言うけどさ。


 それでもどうにか、全員の武器を回収出来た。

 何か隠し持っているかも知れないが、この段階でそこまでは手を出せない。

「一体、なんだっていうの?」

 小声で尋ねると、ケイは皮肉っぽく口元を緩めた。

 動作が小さいので、連中には気づかれていない。

「よくある話さ。俺がここに荷物を置いた。どこに座ろうと勝手だろ。てめえ生意気だ。やるかこの野郎。上等だ……。だって」

「倒れているのと、さっき飛び出てきたのは?」

 ニヤニヤしながら尋ねるショウ。

「いきなり殴りかかって来くるから。正当防衛さ」

 パーカーに付いた木くずを見せるケイ。

 よく見れば、頬にも赤い筋が付いている。

「分かった。ここは私が一つ……」

 そう言ったら、二人が不安そうにこっちを見てきた。

「何よっ」

「いいか。穏便にだぞ、穏便に」

「俺も人の事言えないけど、何にしても程々に」

 どうも信用がないな。

 なおも何か言いたそうな二人には目もくれず、両者の代表を呼ぶ。

 見てなさいよ、私だってこのくらい出来るって所を。


「……とにかく、今日はこのまま解散して。調書も取らないし、生徒会にも報告しないから。」

 片方の代表いかつい顔のスキンヘッドと、もう片方の代表の痩せた男は、露骨にため息を付いて私を睨んだ。

「馬鹿か。俺達にもメンツってのがあるんだよ。ガーディアンが来ました、はいそうですかっていくと思ってんの」

「自分達のケリくらいは、自分で付けられるんだよ。てめえは引っ込んでろ」

 このくらい言われるのは馴れている。

 私は穏やかな表情を崩さずに、話を続けた。

「そうはいっても、あなた達の行動でもう迷惑を受けている人もいるのよ。この教室だって、午後からは使うかもしれないし。何か不満があるなら後で聞くから、とりあえずはこの教室から出て」

 すると二人は馬鹿にしたような笑顔を浮かべ、鼻を鳴らした。

 まだ平気だ、……と思う。

「どうしても出ていかないのなら、実力行使するわよ。それじゃお互い傷つくし、後味が悪いでしょ。ここは両方とも少し我慢して」

 全く無視される私。

 二人は背を向け、それぞれの仲間の元へ戻っていく。

「ちょっと、もう一度言うわよ。早く出ていかないと……」

 スキンヘッドが振り向き、唾を吐いた。

「うるせえ。女だからって手を出さないと思ったら大間違いだぞ」

 頭の上の方が少し熱くなった。

 でも我慢。

 拳を小指から握り込んで、我慢する。

「ガキみたいな体しやがって。色仕掛けが出来るくらいの奴を連れてこいや」

 これは痩せた方。

 何がそんなにおかしいのか、両陣営から嘲笑がわき上がる。

「誰がガキですって?」

 静かに尋ねる。

 声が震えるのを、抑えるようにして。

 すると痩せた男の指が、はっきりと私を指し示した。

「おまえしかいないだろ。変なプロテクター付けやがって、頭がおかしいじゃないのか?」

 姿勢が低くなり、手が背中のスティックに伸びる。

 床を捉えている足は既に暖まっている。

 後は一歩踏み出すだけだ。

「お、おいっ」

 ショウが、今にも飛びかかろうとしていた私の腕を掴んだ。

「放してよっ。これはもう、私の尊厳に関わる問題なんだから」

「もっと違う事に、尊厳を見出してくれない?」

 背後から落ち着いた声が聞こえてくる。

 同時に振り向く私達。


「サトミ……」

 教室の入り口に、背筋を真っ直ぐ伸ばした一人の少女が立っていた。

 猫科を思わせる、ほっそりとした綺麗な顔立ち。

 加えてスレンダーな体型と、見事なボディライン。

「代表者は誰?」

 私にサトミと呼ばれた美少女は、切れ長の鋭い瞳で両陣営に視線を送る。

 スキンヘッドと痩せ男は、バネで弾かれたようにすっ飛んで来た。

 私の時とはすごい違いだ。

 服装は私とほぼ同じだが、スカートの裾は少し長い。

 彼女は、私みたいに暴れないからね。

「名前は……」

 サトミに名前を呼ばれ、戸惑いながら頷く二人。

 何故名前を知られているか、不思議なのだ。

「調べればすぐに分かるわ。名前も、そして経歴も……」

 二人の疑問を見透かしたのか、ポケットから一枚の紙を取り出し目を通す。

 固唾を飲んで見守る一同。

「停学3回、謹慎5回。現在、生徒会自警局による特別観察を受けている」

 スキンヘッドはぎょっとしてサトミを見る。

 彼女は意に介さず、痩せ男に目をやった。

「停学2回。謹慎8回。同じく特別観察中」

 落ち着きが無くなる痩せ男。

「もう一つ共通しているのは、今度問題を起こすと学校に通知され、その処分が検討される事。退学はまだでしょうけど、長期停学もしくは、留年は必至ね」

「俺達には自警局に通報義務があるんだけど、今日は映像記録用のDDデジタルディスクを忘れてきた。記録がないと報告出来ないんだ」

 サトミの話を受け、即座に続けるケイ。

 この辺の呼吸はさすがである。

「わ、わかった」

「す、すぐ出ていく」

 血相を変え教室を出ていこうとする二人。

 サトミは落ち着いた声で、その背中に声を掛ける。

「この教室では何もなかった気がしたけれど」

「だから教室内は、綺麗なもんだ」

 ケイの言葉を聞いた二人は、冷や汗をかきながら散乱した机や椅子を片づけ始めた。

 当然、仲間の連中も。


「じゃ、じゃあ、片付けたから」

「そ、それじゃあ」

 びくびくしながら出ていこうとする連中。

 その背中に、今度はケイの声が。

「この教室には誰も入らなかったから、ドアから出ていく人なんているか?」

 泣きそうな顔でケイを見る馬鹿連中。

 ここは3階なので、その気持ちは多少分かる。

「この下って、プールあったよな」

 馬鹿連中は悪魔でも見つけたかのように、怯えた目線をケイに送る。 

「えーと、自警局の審査担当は」

 通信機能がある

携帯端末を取り出すケイ。

 これにはたまらず、馬鹿どもは我先に窓から飛び降りていく。

 そして聞こえてくる、すさまじい絶叫と水の音。

「まさか、本当にやるとは。ビデオに撮ればよかった」

 下の様子を笑いながら見ている馬鹿が、もう一人。

 あなたも落ちなよ。

「でも、あいつらの履歴がどうしてすぐに分かった?」

 ケイに呆れ気味な視線を向けつつ尋ねるショウ。

 それは私も聞きたい。

「端末に情報が送られてきたの。連中の顔付きでね」

「誰がそんな事……」

 サトミは窓際に、その細い顎を向けた。

「端末のカメラであいつらを撮って、私に送ってきたみたい。最初の方はもっと緊迫した映像だったわよ。よくあそこまで落ち着かせたものね」

「そう……」

 まだ笑っているケイ。

 本当、やる時はやる人なんだけどね……。


オフィスに戻った私達は、ケイが入れた紅茶を前にしてくつろいでいた。

「でも、入学式では何もなくてよかったね」

「ああ。少し心配してたけどな」

「その代わり、今のがあったじゃない」

「あれくらいなら、ましな方だろ」

 仕方ないといった顔のショウ。

 確かに、そうかなとも思う。

「そう言えば、おまえ入学式にいた?」

 ショウに聞かれたケイは、自分の顔を指して首を振った。

「だからあんなに早くから、オフィスにいたのね。何、それ」

「いいだろ。どうせ、出ても寝るだけだし」

「何言ってるの。サトミも怒ってやって」

「え、ええ。そ、そうね」

 何か口の中でゴニョゴニョ言ってるサトミ。

 隣ではケイが笑いをこらえてる。

「どうした?まさか、サトミも出てないとか言うんじゃないだろうな」

「そうかもしれないとも。言えたりするかな」

「出てる訳無い。端末から情報送ったら、寮につながったんだから」

「昨日夜更かししたから眠くて。それに、式なんて出てもね」

「あのね……」


 私達はガーディアン。

 その職務は、生徒を守り学内の治安を維持する事。

 つまりは、規則を守る事。

 入学式に出席するのは、規則ではないだろう。

 義務でもない。

 でも、どうだ?

 私とショウは空しい笑いを浮かべ、どうしようもない二人をしばし眺めた。

 それ以上に仕方のない自分の事は、取りあえず忘れる事にして……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ