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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
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18-4






     18-4




 淡々と議事を進めるモトちゃん。

 彼女のペースに合わせ、端末を操作して画面を変えたり書類を出したりする。

 私も一応はガーディアンなので、今彼女が話している内容もある程度は理解出来る。

 そうでなければ、友達という事だけで手伝いはしない。


「大まかには以上です。何か、ご質問があれば受け付けます」

 読み終えた書類を重ね合わせ、整えるモトちゃん。 

 とはいえ今の言葉は、儀礼的な物。 

 今まで質問は殆ど無く、あってもかなり構成された内容。

 つまり彼女の話は、これで終わる。

 はずだった。


「どうぞ」

 笑顔で促すモトちゃん。

 席を立ち、配布された書類を振る男。

 自警局の幹部。

 中等部から、私達とやり合っていたあの男。

 今は理事の息子に張り付いているようだけど。

「二、三いいですか」

「構いませんよ。時間は……、分かりました」

 進行役に確認を取り、彼女は男と向き合った。

 男の方は視線を強め、書類を手の平で叩く。

「例の、ガーディアン統合案。元野さんが、責任者の一人ですよね」

「ええ」

「統合後の組織構成に、偏りがあるんじゃないですか。連合の関係者の比率が多いように思えます。幹部級職が1/3。現場は1/2。これは、どういう事です」

「どういう事とは」 

 逆に問い返すモトちゃん。

 男は書類をもう一度叩き、彼女を睨み付けた。

「ガーディアン連合は、あくまでも自警局の下部組織。対等な関係にないのは、ご理解頂けますか」

「無論です。我々は、ボランティア的な存在ですから」

「そうなると、この比率は連合を故意に優遇しているとしか思えません。今年度フォースとの合併した際でも、幹部職は1/4、現場は1/3でした。かつての、同じ組織だったフォースですら」

 どうだと言わんばかりの、勝ち誇った顔。

 男は周りを見渡し、同意を求めた。

「仰っている事は、十分承知しています。ただ組織が上下関係にあるからといって、各個人まで上下関係にある訳ではありませんから」

「どういう意味です」

「この比率を決めたのは、両組織の評価データに従った数値です。無論今後調整はしますが、連合に有意な評価が算出された事実は変わりません。そちらの説明にも、そうなっていませんか」

 穏やかに尋ねるモトちゃん。

 それとなく大きな会議室内に広がる、同意の空気。

「これはあくまでも、全体のデータでしょう。各個人となったら、また話は違うんじゃないですか」

 諦めない男。

 モトちゃんも穏やかな表情を崩さす、静かに頷いた。

「勿論です。ですから各個人をより厳密に調査し、選抜していきます。その比率はあくまでも目安であって、統合の際には上下します。もしかして全員が生徒会ガーディアンズから選ばれる可能性もあります」

「皮肉ですか」

「まさか。大きな組織に属していれば、後は努力もせずに安穏としていられる。そんな考え方は止めて下さいと言っているだけです」

 笑顔は変わらない。 

 落ち着いた口調も。

 だがその言葉に、一瞬にして空気が引き締まる。


「数を減らす以上、反発も予想しています。ですから厳正厳密に選考をし、その反発に耐えうるだけの組織を作らないといけません。それからすれば比率というのは、あくまでも些末な内容です」

 続けられる厳しい言葉。

 静まり返るガーディアン達。

 モトちゃんは構わず、話を続ける。

「フォースが統合された時同様選考されなかった方々へのフォローは行いますし、事前に辞退する方もいるでしょう。また人数が減るという事は、各自の負担が増える事へつながります。むしろ選考されない方が、楽かも知れませんね」

 冗談っぽく告げるモトちゃん。

 少し緩む空気。

 だが緊張感は、完全には失われない。

 彼女の言葉に対する集中力は。


「ま、まだ私の話は終わってません」

「どうぞ。時間もまだあります」

「この緊急時の警備員導入に際する規則です」

「今回の議題には無いはずですが」

 冷静に返すモトちゃん。

 男は鼻を鳴らし、上の位置にある席から彼女を指差した。

「仮にも統合案の責任者が、分からないとは言いませんよね。いくら今回の議題と関係ないとはいえ、警備員の立場については生徒の自治を揺るがしかねない問題なんですから」

 再び勢いを取り戻す男。

 モトちゃんはゆっくりをこちらへ顔を向け、私が抱えている書類の束を指差した。

「雪野さん。上から3枚目の書類をお願いします」

「え、ですが」 

 公式な場面上、敬語でやりとりする私達。

 私の方は、焦りを含みつつ。 

 それでも彼女はゆとりある笑顔を浮かべ、私を促した。

「もしかして、4枚目でしたか?」

「いえ。3枚目です」

「どうも」

 私の差し出した書類を受け取り、モトちゃんは再び男と向き合った。

 一瞬の鋭い笑顔を、私だけに見せて。


「お待たせしました。警備員導入に際する規則でしたね。それが、何か」

「緊急時においては、学校長または理事会の要請により警備員を学内へ導入出来るとあります。ただしその後、自警・総務・学内活動及び学校との合同調査委員会を設置し、報告書を生徒会へ提出すると」

 間を取る男。

 静かに待つモトちゃん。

 殆どの人は資料や端末ではなく、二人の姿に注目している。

「我々生徒が、学校の行動に制約を付けるのはどうなんです」

「先程仰られた、生徒の自治という原則があります。調査委員会や報告書は、その歯止めです」

「生徒が、学校をチェックするとでもいうんですか」

「子供は常に愚かで、大人は常に正しいとは限りませんから。特にこの学校では」

 あちこちから上がる笑い声。

 男は顔色を変え、机を手で叩いた。

 すぐに集まる注目。 

 モトちゃんのそれとは違い、音へ対する反応として。

「調査したからといって、どうなるんです。分かった、善処する。それで終わりじゃないんですか」

「そうならないために、学校も調査委員会へ参加して貰ってるんです」

「逆でしょう」

「いいえ。学校といっても教職員や理事だけではありません。草薙グループの監査部門に参加して貰うつもりです。警備員導入による不正な支出や、権力の乱用がないかを。無論生徒の側は、学校の不当な介入ではないかという論点で調査するのでしょうが」 

 淀みなく、滑らかに説明するモトちゃん。

 あらかじめ、質問内容を予想してたように。

「いくらここが中央校だからといって、草薙グループの監査部門が参加するとは思えません。それは元野さんの、勝手な思い込みじゃないんですか」

「手元の資料には、こうあります。先日ご連絡があった学内に関する調査の件に関しまして、お返事をさせて頂きます。当グループと貴校との密接な関係を鑑み、受諾する旨をお伝え致します。理由の概要としては、こうあります。グループ内の不正根絶。将来における草薙グループへの就職する人材への、よりよい環境作り。生徒育成という観点における……」


 次々と読まれていく理由。

 圧倒される男。

 モトちゃんはそれを見て、途中で説明を切り上げた。

「何よりもまず、学校が生徒へ手本を示すべきだと書いてあります。つまり不正行為や不用意に生徒を威圧して、何の教育かと」

 私の手元へ戻ってくる書類。

 彼女は進行役へ視線を向け、軽く頷いた。

「そろそろ時間が来たようですので。それ以外の疑問点は、連合本部の方へご連絡下さい。私もそちらへいる機会が多いですから」

「現場へは、いつ出向くんですか。元野さん。そんな忙しいようでは、デスクワークしか出来ないでしょう」


 皮肉。

 いや。敵意すら含む口調。

 険悪になる男の気配。 

 しかしモトちゃんは、微かにも揺るがない。

 反発も怒りも、憐れみすらも無い。

「確かに私は、事務仕事を中心に仕事をしています。それが、何か」

「ガーディアンである以上、現場に出なければ意味がないと言ってるんです。つまりは、腕でしょう」 

 わざとらしく抜かれる警棒。

 それなりの速度で。 

 モトちゃんの態度は変わらない。 

 ただし、男の周りにいる人達は違ったが。

 明らかな怒りと敵意。

 挑発的な男の行為に対する、苛立ちを表現する。

「確かに私は、運動能力の面についてはかなり劣ります。ガーディアンとしての平均以下でしょうね」

 あっさり認めるモトちゃん。

 侮蔑的に笑う男。

 より怒りを強くする周囲。

「それって、私に対する侮辱かしら。私も運動能力では、ガーディアンの平均以下ですから」

 厳しい口調と物腰。

 敵意ですらない、刺すような威圧感。

 北川自警課課長は男を睨み付け、彼女へは微笑みかけた

 当然男は真っ青な顔になり、モトちゃんはそちらへ微笑み返す。

「ではお聞きしますが。暴力で何を解決するおつもりでしょうか」

「え」

「暴れている生徒達。それを殴りつけて、解決する。あなたの論拠を借りると、そうなりますが」

 初めての、攻めの姿勢。

 言葉に詰まる男を見上げ、モトちゃんは薄く微笑んだ。

「ガーディアンである以上、実力でトラブルを解決するのは当然です。また生徒も、それを求めています」

「だ、だから」

「そう。だからこそ、自戒すべきではないでしょうか。我々がトラブルの当事者となっていないか。行動が、周囲にどういう影響を与えるのか。権力、力を持つからこそ、謙虚になるべきです。力があるから振るうのではなく、何のために振るうのかを考える必要があると思います」



 終わる会合。

 席を立つガーディアン達。

 ただそれは、ごく一部。

 大半の人はこの場に残り、輪を作ったり話し込んでいる。

「さすがだね」

「沢さん」

「次期連合議長どころか、局長の目も出てきたかな」

「私は、生徒会の資格がありませんから」

 やんわりと否定するモトちゃん。

 ただし周囲の空気を感じる限りでは、その指摘が間違いとは思えない。

 敬意と信頼。 

 何より辺りを包み込む、暖かな空気。

 今の局長では決して作れない空気。

「資格を取るのは難しくないよ、君なら」

「そう仰ってくれるのは嬉しいんですけど、こちらのお二方がいますから」

「私は現場指向だから」

「私は、事務局長かな。書類にけちを付けて、可愛い男の子をいびるのも楽しそう」

 くすくす笑う、沙紀ちゃんと北川さん。

 沢さんは大きく頷き、モトちゃんを指差した。

「さあ、どうする」

「どうするんでしょうね」

 曖昧に笑うモトちゃん。

 沢さんもそれ以上は言わず、もう一度頷いた。

「しかしさっきのは、なかなか良かったよ。勧進帳かと思った」

「あら、分かってました?」

「目はいい方なんだ」

「どういう事」

 小首を傾げる北川さんの前に、さっきの書類を差し出す。

 書類や端末を操作する順番を書いた、私のメモ用紙を。

 これを読んで何が分かる訳はなく、間違えてもさっきのような説明は出来るはずもない。

 いつかサトミがやったのと、同じ事だ。

「さすがね」

 そっと肩に触れる沙紀ちゃん。

 モトちゃんは微笑みながら首を振り、床を指差した。

「普段から、サトミやケイ君を相手にしてるのよ。虎や狼が真下でうろうろしてるのに、隙は見せられないじゃない」

「あの程度は、ネズミ以下?」

「そんな所。しかも、塩田さんもいるんだから」

「最近、愚痴っぽいね」

 私もモトちゃんの肩に触れ、ころころと笑う。

 自分の迷惑分も兼ねて。

「勿論この子が、一番大変なんだけど」

「何よ、私だって役に立ってるわよ」

「じゃあ、今の議題についての事後レポートをお願い」

 肩に置いてあった手を下ろし、脇腹を掴む。

 変な叫び声が上がったが、気のせいだ。

 それはそれで、親しみ安い印象を与えるだろうし。

「あ、あのね」

「気にしない、気にしない。偉くなっても、見捨てないでね」

「今すぐ見捨てたい」

 逃げていく彼女にすがりつき、別な声も上げさせる。



「無茶苦茶だな」

「いつまでもしがみついていくという、アピールです」

 場所を会議室から、ラウンジへ移してくつろぐ私達。

 モトちゃん達は仕事が立て込んでるのかも知れないが、結構余裕の表情だ。

 私は別に立て込んでないし、立て込んでいても構わない。

 ここにいれば、その内何とかなるだろう。 

「……短冊」

 テーブルに置かれた、半紙と箱。

 七夕用に何か書いて、箱へ収めるらしい。

「大きくなりますように」

 口に出す必要はないが、念を込めるために。 

 無理なのは分かっていても、思いとはまた別な話。

 人としては、何より気持が大切だから。

 即物的な願いを込めた言い訳を込めて、そう思う。

「沢さんは?」

「健康」

 真顔で短冊を差し出してきた。

 悪くはないし、確かに大切な事だ。

 少々ずれている気がしないでもないが。

「沙紀ちゃんは」

「みんなで仲良く」

 子供か。

 どうもみんな、なってないな。

「北川さんは」

「人には見せないの」

「見せてよ」

「人の話を聞いてないの、あなたは」

 隠す北川さん。

 へん、いいや。

 短冊の色は覚えたから、笹へ飾る時チェックしてやる。

 同じ色は限りなくある気もするが。

「モトちゃんは」

「私も丹下さんと大差ない」

「特定の人と、じゃないでしょうね」

「まさか」

 差し出される短冊。

 綺麗な文字。

 私はそれに手を添え、自分の気持ちも込めた。



「おい、仕事しろ」

「え」

 テーブルの上に置かれる紙袋。

 視線を先にある、凛々しいがどこか軽そうな顔。

「風間さんこそ」

「丹下よ。お前、いつから俺に意見出来るようになった」

「でしたら、仕事はなさってるんですね」

「北川。そういう事は言うな」 

 何だ、それ。

「俺は、率先して現場を見回ってる訳だ。決して、さぼってるんじゃなくて」

「自分で言ってれば、世話無いな」

 彼の後ろに付いていた七尾君が、呆れ気味に呟く。

 同感だ。

 というか、塩田さんと大差ないな。

「何だよ」

「いえ。私達の先輩と同じ事を言うと思って」

「塩田か。あいつと一緒にされても困る。俺は一生懸命、誠心誠意」

「さぼってるんだろ」

 再び突っ込む七尾君。 

 彼に飛びかかる風間さん。 

 取っ組み合う二人。

 似たり寄ったりだな。

「君達。少し静かにしてくれないか。他の子達に迷惑だ」

 静かにたしなめる沢さん。 

 二人は睨みつつ距離を開け、お互いの顔を指差し合った。

「よう。フリーガーディアン」

「知ってるのかい」

「一部では、公然の秘密ってやつさ」

 緩む風間さんの口元。

 子供。 

 悪戯を企む時の顔。

「見せてくれよ」

「何を」

「決まってるだろ。銃だ、銃。持ってるんだろ」 

「学内には持ち込まないようにしてる」

 呆れた質問に、平然と返す沢さん。

 それでも風間さんは諦めず、彼の肩を揺すった。

「けちけちするな。別に撃たせてとは言わないから」

「だから、持ってないんだって」

「持ってない訳あるか。俺なら、風呂場にでも持ってくぞ」

 自分を基準で語るな。

 面白いけど、無茶苦茶な人だな。


「風間さん、恥ずかしいですから。沢さん、済みません」

「いいよ、丹下さん。君達も先輩には苦労するね」

「本当に」

 しみじみ呟く沙紀ちゃん達。

 モトちゃんと私。

 風間さんは鼻を鳴らし、テーブルに腰掛けた。

「そこは、椅子じゃありません」

「細かい事言うな。お前は、俺の親か」

「上司です」

 きつい顔で胸元のIDを指差す北川さん。  

 彼女は、自警課課長。

 生徒会ガーディアンズは、自警局自警課に所属する。 

 全ガーディアンの筆頭である、F棟隊長でも。

「偉いよ、お前は」

「だったら、言う事を聞いて下さい」

「それはどうかな」

 笑えるな。

 他人事だと。

 自分が言われたら、スティックを抜いてるだろうが。

「もう、いや」 

 恥ずかしそうに顔を背ける沙紀ちゃん。

 多分彼女達は、中等部の頃ずっとこういう経験をしてきたんだろう。

 塩田さんもふざけてる面はあるけど、あの人はそれなりに節度がある。

 そう考えると、私達の方が先輩には恵まれてるかも知れない。

「何だよ」

「いえ。面白いと思って」

「悪かったな。馬鹿で」

 自覚はあるらしい。 

 無かったら、本当にどうしようもない所だ。

 というか、誰も付いてこないだろう。

 自覚がないので、本人は気にも留めないだろうが。


「お前か。今度の局長候補って」

「周りがそういうだけです。私は生徒会のメンバーでもありませんし」

「統合すれば同じ事だ。それに資格なんて、簡単に取れる。今の局長でもなってるくらいだからな」

 笑う風間さん。

 周りに今の台詞が聞こえる事を、少しも気にしていないようだ。 

 故意というより、そういう性格なんだろう。

 私としては、決して嫌いではない。

「せっかく今まで、上は北地区で占めてたっていうのに」

「え、どういう事です」

「説明してやれ」

「中等部の北地区は生徒会ガーディアンズが強くて、南地区はガーディアン連合が強い。結果として高等部で合流した際は、生徒会ガーディアンズを多く抱える北地区が幹部を占めるのよ」

 簡潔に説明する北川さん。

 そう言われれば、そうかも知れない。

 現に風間さんと沙紀ちゃんは、北地区出身。

 生徒会は南地区にも存在するからまた違ってくる物の、自警課課長も北地区の北川さん。

 つまり生徒会ガーディアンズの弱い南地区は、上に立てない訳か。 

 私はガーディアン連合なので、気にもしていなかったけど。

「あと、あれ。頭のいい女がいるだろ。気の弱そうな男と」

「彼等も確実に、幹部職へ就くよ」

「ちっ。丹下、北川。頑張れ」

「俺は」

 自分の顔を指差す七尾君。

 風間さんは彼の頭を撫で、「お前はいいんだ」と訳の分からない慰め方をした。

「なんだよ、それ」

「じゃあ、局長になりたいのか」

「嫌だけど」

「馬鹿野郎。しかし、なんか揉めそうな雰囲気だな。会長選挙絡みかどうか知らないけど」

 不意に鋭さを増す表情。

 彼の視線は沙紀ちゃんや私を通って、沢さんへと向けられる。


「君も、大まかには聞いてるだろ」

「一応、先輩が絡んでるからな。右藤さん達が」

「右藤って」

「海坊主みたいな男と会った事無いか。前の自警局長が峰山、その前が屋神さん。そのもう一つ前が、右藤さんさ」

 苦笑気味に語られる系図。

 私にも多少の感慨がある名前。

「でも、SDCにいる人は?可愛い感じの、いつも木刀振り回してる」

「あれは、弟だ」

 初めて知る話。

 塩田さん達の過去はあえて調べていないので、今さら分かる事も多い。

「その右藤さんと対になってたのが、左古さん。前のSDC代表代行が三島さん。その前の代表が涼代さんだっけ。で、その一つ前が左古さん」

「そうだったんですか」

「左古さんは、今の代表の鶴木と同門だ」

「彼女と?」

 真由さんは、私も知っている。

 ショウの実家である玲阿流と関係のある、実戦系剣術の宗家。

 私も中等部の頃から、彼女の道場へ通っているから。

 ただその、左古さんや右藤さんには出会っていない。

「彼女の道場では、その左古さんはいませんでしたよ」

「鶴木が、会わせなかったらしい。ほら玲阿か。あれとケンカすると思って」

「そんな訳は」 

 否定は出来ず、語尾を曖昧にする。

 今の彼ならともかく、中等部の頃は分からない。

 ケンカは大袈裟にしても、派手にやり合った可能性はある。


「どうしてそう、揉めたいかね」

「風間さんなら、どうなさるんですか」

 静かに、ややからかい気味に尋ねる北川さん。

 彼は短めの前髪をかき上げ、子供っぽく笑った。

「勿論学校について、いい思いをするさ。矢田みたいに」

「左古さん達は、学校を辞めたのに?」

「先輩は先輩。俺は俺。何かを頼まれた訳でもないし、偉い奴らとやり合ってどうなるかはお前も分かってるだろ」

「多少は」 

 濁した答え。

 肩をすくめる沙紀ちゃん。 

 七尾君も苦笑して、鼻の辺りに触れている。

「待ってるのは後悔と、厳しい処分さ」

「そうでしょうか」

「中等部で体験済みなんだよ、俺達は。なあ、七尾」

「気分は良かったですけどね。結果はともかくとして」

 自嘲気味な笑顔。

 だが共感と感慨に満ちた表情を彼等がしている事も、また事実である。

「何にしろ、好きにしてくれ。お前らのやる事に協力する気はないが、矢田に付く気もさらさら無い」

「風間さん」

「なんだよ」

「いえ。別に」

 あっさり。

 簡単過ぎる程に下がる沙紀ちゃん。

 彼は彼女を険しい顔で睨み付け、紙袋を指で突いた。

「俺はもう、ああいうのは嫌なんだ」

「分かりますけど。これは、どうしたんです」

「例の統合案絡みの資料でございますよ。元野さん」

「私に振られても。統合案を推し進めているのは、生徒会長ですから」

 するっと逃げるモトちゃん。

 体よくからかわれている気がしないでもない。

「面白くないな。北川」

「何でしょう」

「少し、レクチャーしてもらえますか」

「今さら、もう。私も忙しいんですからね」

 肩を落とす風間さんを引き連れ、颯爽と去っていく北川さん。

 沙紀ちゃんも苦笑気味に、彼等の後を付いていく。

 どっちが先輩だっていう話だな。


「七尾君はいいの」

「隊長がここにいるのに、副隊長が離れる訳にも行かない」

「言い訳だけは、一人前になったね」

「先輩のご指導ご鞭撻が良かったんでしょう」

 笑う七尾君。

 沢さんも仕方なそうに笑い、視線をラウンジ内へ走らせた。

「何か」

「いや。傭兵がまた入り込んでるっていう話だから、警戒はしようと思って」

「見るだけで分かるんですか?」

「雪野さんは、分からない?」

 返って苦くる質問。

 先日の、滋賀での出来事。

 食堂内にいた、独特の気配を放つ男達。

 彼等は無論、自分から名乗った訳ではない。

 それでも私とショウは、その正体を察知した。

「同種、というと雪野さんには悪いけど。言葉にしなくても、分かる部分がある」

「ええ」

「すごいですね。私にはとても」

 感心した顔で首を振るモトちゃん。 

 沢さんは薄く微笑み、彼女の穏やかな顔を見つめた。


「さっきみたいな前をした君が、だろ。僕達はこちら側、元野さんや遠野さんはそちら側という訳さ」

「私は平凡な、どこにでもいる女の子ですけど」

「あの名雲さんを怒れる女の子なんて、そうはいないよ」

「いるじゃないですか。映未さんとか、舞地さんとか」

 確かに彼女達は、名雲さんを怒る事が出来る人間だろう。

 池上さんの場合は、たまに蹴り付けている。

「昔の彼を知っていたら、僕でもああいう真似は出来ないよ」

「荒れてたっていう話ですか?」

「名雲と柳といえば、名前を聞いただけで相手が逃げていった」

「それは、沢さんもでしょう」

 柔らかく返すモトちゃん。

 沢さんは別段否定せず、腰に差していた警棒をテーブルの上へ置いた。

 ガーディアンとして支給されている物とは違う、やや細身のタイプ。

 彼がこれを抜いた場面はあまり記憶にないが、その時どうなるかは想像が付く。

「過去は過去で、どうでもいい。そう思うなら、今の彼は格好良くて強い男だけどね」

「大事なのが今だけだとは、私も思いませんよ。とはいえ、詮索する必要もないでしょう」

「そうかもしれない。僕が立ち入る事ではないし、そこまで彼と馴れあう理由もない」

 つかの間浮かぶ、強烈な闘志。 

 周りの音が掻き消え、時が止まったとさえ思える程の。 

 それに気付いたのは、この場にいた3人だけだろう。 

 またそれに動じた者は、誰一人としていない。

「どちらにしろ、気にはしてるんですね」

「ワイルドギースがどう動くかで、今後も変わってくる。その気になれば、この学校を乗っ取る事とが出来る人達だから」

「まさか」

「やらないと思ってるのかい」

 鋭い、相手を探るような笑顔。

 柔らかく、包み込むように微笑み返すモトちゃん。

「出来ませんよ。ワイルドギースだろうと、傭兵だろうと」

「どうして」

「私達は勿論、沢さん達には全然及びません。謙遜や自分を卑下している訳ではなく、客観的に判断して。ですけど」

 小さな間。

 穏やかな顔から消える笑顔。

 先程の沢さんにも匹敵する、強烈な意思。

 息が詰まると錯覚すら思うくらいの。

「私達が、そんな真似はさせません」

「なる程」

「塩田さん達が学校側と揉めた件とは関わりなく。ここは私達の学校ですから。それを守るのも、無論私達です。誰のためでもなく、自分達のためにやってみせますよ」

 戻る笑顔。

 それまでの張りつめた空気は一転して、普段の和やかな佇まいで彼へと微笑む。

「やっぱり君は怖いよ」

「私は何も出来ません。ただ、その気構えだけは持っておきたいだけです」

「そういう人間が、一番怖いんだ。だから狙われたのかも知れない。名雲君を襲うと見せかけて」

 不意に、思わぬ事を口にする沢さん。 

 モトちゃんは笑顔を崩さず、その話に聞き入っている。


「二人とも、考え過ぎじゃないの」

 それ以上の不意を突く口調と台詞。 

 七尾君は軽く伸びをして、沢さんの警棒へ触れた。

「来るならやっつける。来ないなら放っておく。そういうもんでしょ」

「それは、君の考えかな」

「俺というか、先輩達からそう教わったというか。あれこれ考えても、なるようにしかならないんだし」

 楽観的。

 気楽過ぎるとも言える考え。

 分からなくもないが。

 沢さんのように警戒するのか。

 モトちゃんのように覚悟を決めるのか。

 七尾君のように、自然体で挑むのか。

 どれが正しいとか、間違いではないと思う。

 また私は、どれでもない。

 この期に及んでも、まだ。

 なし崩し的に、流されていくだけで。



 オフィスに戻り、さっきの会合で貰った書類やDDをサトミに渡す。

「疲れ気味ね。何かあったの」

「あり過ぎて、話す気も起きない」

「お茶入れてあげて」

 すぐに差し出されるコーヒー。

 優しい笑顔を浮かべるショウ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……あれ、少し美味しい」

 一応警戒して飲んだんだけど、かなり良くなっている。

 今までまずかったのは、量を気にしてすぐに薄めていたからだ。

 というかサトミが一度にたくさん作らせ過ぎるから、分量を把握出来なかったんだろう。

 希望も込めてだけど、一杯分ならこれからも問題ないかもしれない。

「ですって」

「え、ああ」

「どうしたの」

「見本だよ、見本。俺が作ったの」

 嫌な顔でマグカップを傾けるケイ。 

 キッチンの奥に見える、コップの山。

 前言撤回。

「お前は、どうして言った通りに作らないんだ」

「作ってる」

「じゃあ、後からお湯を足すな」

「少ないと思って」

 思った通りの会話。

 それで薄くなる。

 また粉を足す。

 また水を足す。 

 気付けばしゃびしゃび水の出来上がりだ。

「人が疲れてるのに、馬鹿な事やってないでよ」

「俺は真剣にだな」

「何」

「真剣にやれば、どうにかなるかなって……」

 気構えとしてはそうだろう。

 とはいえ大切なのは結果で、経過じゃない。

 少なくとも、食べ物に関しては。

「それで、何が疲れたって」

「沙紀ちゃんの先輩で、風間さんっているでしょ」

「F棟の隊長だろ。なんか、ふざけた男」

 鼻で笑うケイ。

 私は彼に頷き、先程の経緯を説明した。



「局長ね。どうよ、遠野さん」

「私は知らないの。浦田君こそ、どうなの」

「除名になった人間が、どうやって」

「そうだったわね。忘れてたわ」

 嫌みな女の子。

 ケイは陰気な顔で彼女を睨み、わざとらしく脇腹をさすった。

 季節の変わり目は、何かと痛むらしい。

「でも、無い話じゃないんだろ」

「理屈としてはね。ただモトが引き受けるかという話よ。後は生徒会が認めるかどうか」

「じゃあ、議長は」

「間違いないわ。木之本君が立候補でもしたら、また別だけれど」

 あり得ない話。

 彼の能力としては可能だが、性格的に無理だ。

 胃に穴が空くか、過労で倒れる。

「だったら、統合したらどうなるの」

「今まで通り、生徒会のメンバーがトップに立つ形は変わらない。ただ、もっとオブザーバー的な立場になる。結果生徒会はそういった出向者の合議制になって、そのうち議会制に移行する」

「本当に?」

「生徒会長は、それに近い形にしたいらしい。俺としては、トップダウンの方が動かしやすいと思うけどね」

 見てきたように語るケイ。

 彼は会長と親しいというか話す間柄にあるので、多少は何か聞いてるのだろう。

 私としては具体的にどうなるかの想像も出来ないし、仮にそうなるとしても私が卒業した後の話だ。

「よく分かんないな」

「俺だって分かってない。正確に言えば、会長にだって」

「何、それ」

「将来の事は、誰にも分からないって話。仮に会長が落選すれば、根本的に何もかもが違ってくる」

 なるほど。

 それは、私にも分かる。

 違ってどうなるかまでは分からないし、彼が何をしてきたかもよく分かってないが。

「木之本君は、当選するって言ってたよ」

「ダブルスコアどころか、一桁差よ。現職というだけでも強いし、対抗馬がね」

 皮肉っぽく笑うサトミ。

 卓上端末に表示される、候補者の一覧。

 今の生徒会長を筆頭に、何人もの顔写真が並ぶ。

 例の、理事の息子も。

「どうしてこいつは、立候補したんだ。当選しないだろ」

「厳しいわね、あなたも」

「違うのか?」

 真顔で尋ねるショウ。

 サトミは苦笑気味に首を振り、画面を切り替えた。

「本人も、当選するとは思ってないでしょう。ただし顔を売るには有効な手段よ。それに選挙は、この後もあるんだから」

「本当の選挙みたいだな」

「新カリキュラムは収めてるし、馬鹿でないのは確かね。学校がバックに付いてるなら、資金もある」

「無いのは人望と人気だけ。一番肝心な物がない」

 辛辣に評するケイ。 

 いや。辛辣とも言えないか。

 あの男に会った経験からいって。 

 お母さんはいい人なのに、どうしてああなってしまったんだろう。


「ユウ?」

「あ、うん。ちょっと、この男の子とを考えてた。お母さんはいい人なのに、なんでって」

「あなたと一緒ね」

「おい」

 小さく吠えて、腕を組む。

 それこそ、逆だ。

 あの親から、よくここまで育ったと言って欲しい。

 お母さんはお母さんで、同じような事を言うだろうが。

「選挙に傭兵、ね。いっそ大量に転校させて、そいつらに投票させればいいのに」

「会長が差し止めてるんでしょ」

「俺は結構見てみたいけどな。こいつが何をやるか」

 皮肉と言うよりは、怜悧な表情。

 単純に彼への敵意だけではない、知的な欲求をも含んだ。

「俺は知りたくもないし、興味もない」

「あ、そう。君は醒めてるね」

「大体、おかしな真似をしたらどうする」

「それが面白いんだろ」 

 見つめ合う二人。 

 方や呆れ気味に、方や嬉しそうに。

 当たり前だが、意見の一致は見いだせそうにない。

「お前には、付いていけん」

「見捨てられたよ」

「元々見捨てられてるじゃない」

 むっとするケイを放っておき、卓上端末を手前に引き寄せる。

 えーと、この辺かな。


「……出ない」

「どうかしたの」

「会長戦のオッズ」

「馬鹿」

 一言で人を評して、何やら操作するサトミ。

 パスワードかIDを入力すると、画面全体に幾つものオッズ表が現れた。

「内緒よ」

 口元に指を当て、薄く微笑む少女。

 悪戯を企む幼い子供のように。

 それはいいけど、一体どこでこういう情報を仕入れてくるのかな。

 もしかして、身内に胴元がいたりして。

 止めよう、怖くなってきたから。

「……全然話になってないんだ。賭ける意味がないね」

「対抗馬に賭ければ」

「落選するんでしょ」

「間違いないわ」 

 なんだ、それ。 

 仕方ないな、もっと他の賭けに。

「定期テストのトップ予想。……遠野聡美が最有力になってる」

「あら、そう。知らなかったわ」

 わざとらしい笑顔。

 とはいえ、これも結果は目に見えている。 

 他の人に賭けて、サトミを妨害するなら話は別だけど。

 いや。そうか。

 例えばこの辺の何人かに賭けて、サトミを私の家にでも閉じこめて。

「私は、オンラインでの受験資格もあるのよ」

 ちっ、見破られたか。

 仕方ない。

 こうなったら猛勉強して、私がトップに。

 なんて事は100年経っても無理なので、別なオッズをチェックする。


「草薙高校のNO.1男子は誰か……」

 オッズじゃなくて、人気投票だった。

 七尾君、柳君、名雲さん、阿川君、風間さん。

 意外な所で、木之本君も上位に入っている。 

 やっぱり身内の名前があると、素直に嬉しい。 

「はは」

「どうしたの」

「ケイは欄外にもない」

「悪かったな」 

 むくれるケイ。

 その彼の肩を叩きながら、私以上に笑うサトミ。

 とはいえ知名度が低いので、載ってこないという理由もあるだろう。

 また、彼の価値はそれ以外の部分にある。

 どの部分かは、よく分からないけど。

「トップは誰」

「え」

「え、じゃなくて」

 覗き込んでくるケイの脇に貫手を突き付け、後ろへ下がらせる。

「見なくていいのよ」

「へっ。この野郎」

 何故かショウへポコポコ拳をぶつけるケイ。 

 彼でなくても、誰が一位かはすぐに分かる。

 私が一番。

「お祝いでもしてあげたら」

「な、何が」

「素直じゃないのね」

「う、うるさいな」

 気弱に言い返し、一瞬ショウと目を合わせる。 

 私以上に弱い微笑み。

 困惑と、気恥ずかしさの重なった。

 トップは一桁の差を付けて、彼。

 そこから辿れる、彼とのベストカップル。

 上位にはサトミや、あの矢加部さんがいる。

 そして一位は。




 私は端末の画面を消し、その手をそっと胸へと触れた。

 彼同様の困惑と気恥ずかしさを、和らげるために。

 それとも、感じ取るために。

 彼と並んで書かれていた、自分の名前を思い浮かべながら。












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