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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
192/596

18-2






     18-2




 彼が去った後の受付。

 普段通りの喧騒。

 行き交う人々。 

 違うのは、私の心境。

 私達の、だろうか。

「あれと似てるな。舞地さんの知り合いと」

 やはり、平然と口にするケイ。

 おそらく、誰もがが思っていた事を。 

 不思議そうな顔をするのは後輩の二人だけで、他のみんなは何も言わない。 

「大体あの子は、転校してきたの?それとも、短期にここへ来てるだけ?」

「傭兵だから、短期間在学するだけでしょうね。あの口振りから言っても、ずっといる雰囲気ではなかったから」

「どういう子なの。その愛想が悪い以外では」 

 やや表情を改める沙紀ちゃん。

 サトミは気だるげに腕を組み、近くのラックに背をもたれた。

「悪い子じゃなかったわ。そういう振りというか、そうしたい気持はあっただろうけど。普通の中学生と、それ程大差はなかった」

「でも真理依さんの例を考えるとって事か?確かに、困るわね」

「そんな事はさせないわよ」

 静かに、力を込めて語るサトミ。 

 舞地さんとモトちゃんを比べるという訳ではなく。

 彼女にとってあの子は、他の誰かと比べるという存在ですらない。

 私にとってのサトミやニャンがそうであるように。

 その身を守るためなら、自身の全てを懸けられる。

 またそれは、私も同様だ。


「とにかく、一旦呼び戻した方が良くないか」

 私達が熱くなり過ぎてると思ったのか、そう提案してくれるショウ。

 サトミはこくりと頷き、端末を取り出した。

「……私。……今どこに。……どういう事。……分かった。あなたは、そこにいて。……ええ、すぐ行くから」

「どうしたの」

「医療部にいる」

 唇を噛みしめるサトミ。

 手の中で固く握られる端末。

 私はテーブルにあったスティックを取りに戻り、背中のアタッチメントに取り付けた。

 ショウとケイは、すでにオフィスと飛び出している。

「丹下ちゃんは、ここで。何かあったら、連絡を入れるから」

「了解。真理依さん達には、どうする」

「……少し待って」

「分かった」

 何か言いかけたのを止め、すぐに飛び出ていくサトミ。 

 私も彼女達に頷き、その後を追う。

 胸の奥に広がる、嫌な予感を打ち消しながら……。



 白い壁と、白いカーテン。 

 ベッドサイドに腰を掛ける、セミロングの女の子。

「どうしたの、みんな。血相を変えて」

「怪我は」

「かすり傷。大袈裟なんだから」

「万が一という事もある」

 彼女の傍ら。

 破れたジャケット。

 頬にはガーゼ、腕には包帯。

 名雲さんは重く呟き、顔を背けた。 

 厳しい表情で。

「相手は」

「多分、傭兵だ」

「でも、どうして」

「今、どこにいる」

 矢継ぎ早に質問する私達。

 名雲さんが何かを言いかけた時。

 開けてあったドアに、人影がよぎった。


「お前、ふざけるなよ」

 襟首を掴まれる名雲さん。

 そんな彼を、射殺すような視線で睨み付ける塩田さん。

「塩田さん、私は」

「黙ってろ」

 叱責にも似た、鋭い一言。

 顔を伏せ、肩を落とすモトちゃん。

 普段とは全く逆の展開。

「伊達の知り合いって事だけじゃなくて、お前を信頼してたつもりだった。それが、この様か」

「済まない」

「狙われたのは元野じゃなくて、お前だそうだな」

「ああ」

 低い、絞り出すような言葉。

 塩田さんは彼を突き飛ばし、ようやく襟を離した。

「何がワイルドギースだ。ふざけやがって」

「塩田さん。落ち着いて下さい」

「うるさいな。俺は、こいつと話をしてるんだ」

「だからって」

 こちらへも食ってかかって来そうな視線。

 威圧されそうになりつつ、しかしそれを跳ね返す。

 彼の気持ちは、痛い程分かる。

 私だって、同じ態度を取った事がある分。

 でも、だからこそ。

 彼に言える。


「お互い様じゃないですか」

「あ?」

「あ、あの時、私が叫んだ事覚えてます?」

「忘れるか。大体、それとこれとは話が違う」

 聞く気もないといった態度。

 モトちゃんは一人小さくなり、サトミが肩を抱いている。 

 名雲さんも同様で、ただ俯くだけ。

 重く、苦い空気。

 そして、沈黙。


「怪我は」

 静かに、落ち着いた口調で尋ねる舞地さん。

 池上さんはすぐにモトちゃんに歩み寄り、その手を取った。

「……申し訳ない。この責任は、全部私達にある」

「当然だ」

 あくまでも怒りを解かない塩田さん。

 舞地さんは黙って頭を下げた。 

 その後ろにいた、若干不満げな柳君も。

「何か、言いたい事でもあるのか」

「名雲さんも怪我をしてる」

「司、止めろ」

「口だけは一人前だな。文句があるなら、掛かってこい。何なら、全員でもいいぞ」

 一瞬濃くなる、舞地さん達の気配。 

 だが塩田さんは、わずかにも動じない。

 彼の単純な実力で言えば、舞地さんにも及ばないかもしれない。

 ただそれは怒り、自暴自棄ではない。

 紛れもない自信と確信を込めた、いつもの戦いをくぐり抜けてきた戦士としての態度。


「何を騒いでるんだ」

 呆れ気味に入ってくる、白衣を着た男性。 

 胸元には「緑 主任医師」とある。

「また君か」

「いえ、俺は」

「理由は知らないけど、ここは病院だよ。もう少し、静かにしてくれないかな」

「はい、済みません」

 殊勝に頭を下げ、そのまま病室を出て行く塩田さん。

 彼の後を、サトミとケイが追う。

「君達も」

「あ、はい。済みません」

「悪いと思うのなら、ケンカなんてしないように。怪我は大した事無いから、今日は帰って大人しくしてなさい」



 場所を変え、モトちゃんのオフィスへとやってくる私達。

 会話は少なく、沈黙が長く続く。

 重い空気、交わされない視線。

 滅入っていく気持。 

 彼等が誰で、何者なのか。

 十分に分かっていた。

 そのつもりだった。

 彼等は学校外生徒で、普通の生徒とは違う存在。 

 転校を繰り返し、敵対する相手を時には実力で排除し。

 大勢の人間に、恨みを買っている。

 そんな人達の中でも、一番有能なグループ。

 逆を返せば、最も狙われる存在。

「済みません。私のせいで」 

 深く頭を下げるモトちゃん。

 名雲さんは静かに首を振り、微かに顔をしかめた。

 それは傷の痛みか。

 彼女の気遣いに、心苦しく思っているからか。


「襲ってきた連中のめどは付いてるのか」

 淡々と。

 感情を押し殺すように尋ねるショウ。

 塩田さんみたいな激情ではなく。

 しかし、彼の怒りは伝わってくる。

 隣にいて、肌が刺すように痛い。  

「誰かは分かってるし、襲ってきた奴については全員片付けた」

「仲間は」

「いるだろうな。後から来るような事も言ってた」

「そいつらは、どこにいる」

 今にも飛び出ていきそうな顔。

 名雲さんは首を振り、壁を指差した。

「名古屋じゃない。東京か、大阪か。あちこちから集まってくる」

「いつ」

「情報は俺も集めてる」

 苛立たしげな口調。

 睨み合う二人。

 重い空気に、険悪さが加わってくる。

「舞地さん」

「襲ってきた連中は、全員私達で対応する」

「そうじゃなくて」

「これは、私達の問題だ」


 室内に響く激しい音。

 一斉に向けられる視線。

 私は構わず、拳をもう一度テーブルに叩き付けた。

「ふざけた事言ってるんじゃないわよ。渡り鳥だか傭兵だか知らないけど、こっちは友達が襲われたのよ。下らない事にこだわってる場合じゃないでしょ」

「……でも」

「舞地さん。私もユウと同意見です。怪我をしたのは私の責任ですし、それを皆さんが気にする必要はありません。覚悟という訳ではないですけど、こうなる事態も予想はしてましたから」

 彼等を慰める訳でもなく。

 この場を取り繕う事でもなく。 

 自分の気持ちを語るモトちゃん。

 彼等への思いを。

 自分自身の決意を。

「まともな連中じゃないとしても?」

「私達は、十分それに対応出来ると思います」

「そうかも知れないけど」

「大体こちらでどう考えても、向こうは考慮してくれませんよ」

 落ち着いた、しかし鋭さを湛えた微笑み。

 舞地さんはテーブルの上に置いてあったキャップに触れ、俯きながらため息を付いた。

「本当に、普通じゃない奴もいる。例えばさっき怒って出ていった、忍者と関わりのある奴とか」

「強いんですか?」

「腕は、大した事無い。ただし、手段を選ばない。武器も平気で使う。人を斬るなんて、なんとも思ってない」

「浦田君がどうなったか、忘れた訳じゃないでしょ」

 いつもとは違い、冷静な面差しで告げる池上さん。

 怜悧と言ってもいい程に。

「智美ちゃん達の言いたい事は分かるけど、大怪我した後では遅いんだから」

「逃げる訳にも行かないだろ」

「暴れればいいって物でもないの」

 手の平で、強めに叩かれるテーブル。

 一瞬身を引くショウ。

 しかし彼が、意見を翻す様子はない。

「傭兵自体の人数はたかが知れてるし、あなた達なら確かに対処出来る。でも連中は金を使って、人を雇うのよ。この間のように、それこそ何百人と」

「街のチンピラなんだろ」

「そうよ。でも、数は圧倒的に多いわ。あなたはともかく、他の子は一人で100人も相手に出来ないでしょ」

「俺だって、100人は相手に出来ないさ。でも、そいつらを押さえる事は出来る」

 妙に自信を込めた台詞。

 池上さんは眉をひそめ、彼を見据えた。

「傭兵に、知り合いでもいるの。それとも、浦田君に頼むとか」

「まさか。ただ、そういう連中を抑えられる知り合いはいる」

「そう。……とにかく、あまり甘くは考えない事ね」

「勿論」 

 過信でも、おごりでもない。

 室内の空気が一瞬にして張りつめる程の、強い意志が伝わってくる。

 この件に関する、彼の気持ちが。

 敵に回る事を想像もしたくない、恐怖にも似た感情を覚える程に。


 池上さんに付き添われ、寮へ戻るモトちゃん。

 怪我は彼女が言っていた通り、かすり傷。 

 精神的に参っている様子もないし、そこまでひ弱な子でもない。 

 それに名雲さん達も、今はいない。

 これ以上話をする心境でもないのだろう。

「あなた一人?」

「サトミ……。塩田さんは」

「どうにか、落ち着いた。あの人も、自分で分かってるわよ。言い過ぎたって事くらい」

 若干の皮肉っぽい表情。

 私が彼に怒鳴った事を言いたいのだろう。

「夏休みも近いっていうのに、今揉めなくても」

「私が揉めてる訳じゃ無いわよ。今回は」

 最後にそう付け加え、少し伸びをする。

 さっきまでの緊張で、体が硬くなっている感じ。

「ショウは」

「一応、モトちゃんの護衛。すぐ戻ってくると思う」

「大袈裟、とも言えないわね」

 面白く無さそうに鼻で笑うサトミ。

 先日の舞地さん。

 その前は、ケイ。

 彼女自身、ストーカーに狙われてもいた。

 思い出したくもない事実もある。

 忘れようもないと、分かってはいても。

「子供のお守りも疲れる」

「浦田君」

「何」

「僕も、そう思う」

 疲れ切った顔をして、私達の前に座る木之本君。

 塩田さんの最も身近にいるのは、モトちゃんと彼。

 私達にはない気苦労を、幾つも抱えているのだろう。

「仕事はいいの?」

「ガーディアン統合のプレケースとして、生徒会ガーディアンズや自警局から何人か来てる。その子達に、全部頼んでおいた」

「来期は、いっそあなたが議長を勤める?」

「そうなる前に、遠野さんを推すよ」

 たわいもないやりとり。

 今の自分には、心地いい軽さ。


「サトミも言ってたけど、夏休み前に暴れなくてもと思わない」

「選挙が近いから、混乱を狙ってるのかも。または、それと連動させて何かを企んでるとか」

「選挙?」

 思わず聞き返し、全員から睨まれる。

 何よ、私はまだ選挙権は無いわよ。

「雪野さん。生徒会長の選挙の事」

「ああ、後期の。ふーん、今知った」

「あなたも一票持ってるのよ」

 それは前から知っている。

 今まで行使してきたか、記憶はないが。

「本命は誰」

「現職が、圧倒的有利。これまで堅実に生徒会を運営してきてるし、不正も減ってきてるから。改革が進みつつあるのも、ポイントだと思う」

 政治評論家みたいな事を言う木之本君。

 私と違って生徒会関係者と会う機会も多いので、それなりに事情は知っているのだろう。

 今の説明は、一般的に広く知られている事かも知れないけど。 

 どちらにしろ、単なる一生徒の私にはあまり関係ない。

「対抗馬とか、他に有力な人は?」

「遠野さんや元野さんが立候補すれば、少しは面白くなるんだろうけど」

「面白いな、それ。受付って、まだ間に合うのかな」

「二人とも、怖い事言わないで」

 露骨に嫌そうな顔をするサトミ。

 とはいえお互い人気はあるので、面白い結果になる可能性はある。

 立候補しないのは、初めから分かっているけど。


「ねえ、他にいないの」

「いるにはいるよ。ただ、どの程度かというと」

「何の話かな」

「今度の選挙は、誰に投票しようか相談中です」 

 手を出し出すケイ。 

 それを見下ろす、生徒会長。

 木之本君が困惑気味に、その手を下ろさせる。

「済みません。今のは、冗談ですから」 

 生真面目な子だな。

 不真面目な木之本君なんて、見たくもないけど。 

「いや。それより、元野さんが襲われたと聞いたんだが」

「正確にはあなたの雇っている、名雲さんが襲われたんです。彼女は、その巻き添えですよ」

「随分厳しいな、今日は。彼等を雇っているのは、公式には認めていないんだが」

 半ば肯定に近い台詞。

 サトミは剣呑な物腰を緩めず、彼を見上げた。

「結果的にとはいえ、彼女が怪我をしたのは確かなんです。どう責任を取るおつもりですか」

「各種の補償は無論行う。ただ、襲われたのは名雲さん自身の問題だ。私も、そこに関与する義務はない。権利、かな」

「そういう契約なんですか」

「本当に鋭いな、今日は。詳しい話はするなという契約だから、これ以上は話さない」

 曖昧に、それとも上手く逃げる会長。 

 サトミもさらに話を進めるつもりは無いらしく、険しい視線を彼から外した。

 内心の怒りは、とても収まっているようには見えないが。


「私の当落より、自分達の心配をしたらどうだ。傭兵を相手にするつもりなんだろ」

「詳しいですね」

「情報局局長も兼務してるから、話はいくらでも入ってくる。相当数入ってくるつもりらしいが、生徒会側の審査で殆どふるい落とした」

「学内は、それ程問題なし。すると、学外ですか」

 軽く頷くケイ。

 だが彼の眼差しも、いつにも増して鋭い。

「ガーディアン連合議長補佐への暴行行為。来期の議長本命候補。仮にガーディアンの統合が早く済んだ場合は、組織のナンバー3までには入る。無論生徒会も、我々の行動をバックアップしてくれますよね」

「矢田君はどうする」

「自警課課長が丹下の知り合いですから、現場サイドはこっちで抑えられます。それに課長は、モトとも顔見知りですし」

「かくして彼は、孤立の度を深める。今度の選挙では私の推薦人名簿を断ったし、少し面白くなりそうだ」

 意外な事実を、さらりと話す会長。

 つまり、ますます学校側へ寄っているという訳か。 

 どうでもいい、とも言えない。

 彼の行く末を案じる訳ではなく、その地位と権力を考えれば。


「じゃああなたが当選したら、別な人を指名すれば。局長は、生徒会長が選べるんでしょ」

「理屈では。ただし学校側の意向も、それなりには聞く必要がある。言うなれば、学校指定枠さ」

「何よ、それ。政治家みたいな事言って」

「生徒会という組織の体質上、仕方ない。ただし周りから学校の狗と思われて、なおかつ居座る心境は知らないが」

 なる程。

 そこまでして、頑張る理由。 

 すぐに思い当たるのは、屋神さんの話。

 あえて学校側に付き、結果が分かっていながら塩田さん達と対立した彼。

 学校を、生徒を想って。

 自分を犠牲にした、偉大な先輩。

 だがあの局長が、そういう考えで動いているようには見えない。

 むしろその逆。

 本心から学校側に付いているとしか。

「面白くないな」

「それが現実よ。特に組織は」

「良かった。私は組織に関係なく生きてて」

「あなたも、一応は組織の一員でしょ」

 仕方なさそうに笑うサトミ。 

 私としては実感が薄いので、あまり気にしない。

 そういうしがらみがないからこそ、ガーディアン連合に所属しているから。

 無論全くない訳ではないが、それは非常に緩い。

 むしろ横へのつながりを、強く意識する。

 縦の関係を嫌う訳ではないし、それが必要なのも理解はする。

 ただ、私には向いてない。

 それだけだ。


「雪野さん達が気楽な分、僕や元野さんに負担が掛かるんだけどね」

「私に、事務仕事をやれっていうの」

「現場に居続けたい気持は分かるけど、責任のある仕事をするのも悪くないと思うよ」

 重く、優しい言葉。

 木之本君らしい、私達への期待を込めた。

「俺が議長になりたいって言ったら」

「大丈夫。議長補佐の権限で、僕が差し止める」

「真顔で言うな」

「差し違える、じゃなくて?」

 笑うサトミ達。 

 私も少し笑う。

 気楽な気持で。

 彼等の話よりも。

 この雰囲気を楽しみながら。

 温かさと、つながりを感じて。

 この光景を守るためにも。

 私自身に出来る事をしよう。

 例え微力でも。

 誰かのために、という考えがおこがましいとしても。

 彼等のために頑張ろう。

 勿論、モトちゃんのためにも……。



「もうすぐ選挙だよ」

「生徒会長のだろ」

 すぐに帰ってくる答え。

 物知りだな。

 バイクの後ろから飛び降りて、軽く両手を横に広げる。

 止まってから降りろ、という突っ込みは気にしない。

「優ちゃん、今日はどうかした」

「スイカがあるって聞いたので」

「あるよ。試し割りが出来るくらいに」

 楽しげに笑う、ショウのお父さん。

 私も一緒になって笑い、彼の足元に転がっている大きな玉の群れを眺める。

 行商でもやる気かな。

「知り合いが、軽トラで運んできやがった。どう考えても食べきれないから、聡美ちゃん達にも」

「ありがとうございます。……これかな」

 腰を屈め、スイカを手の平で叩く。

 軽い音。

 はずれ。

 やや重い、しかし若干鈍い。

 はずれ。

 いい響き、重い音色。

 持った感じも、悪くない。

「私、これ」

「分かるのか?」

 疑わしそうな顔で見てくるショウ。

 私は両手で抱えいたスイカを持ち上げ、彼の胸元へ突き付けた。

「じゃあ、食べてみなさいよ。ほら、ほら」

「止めろ」

「嫌だ」

「仲いいな」

 冗談っぽい呟き。

 真後ろで、にやにや笑う瞬さん。

 私は慌てて飛び退き、ショウも飛び退く。

 スイカが落ちそうになったので、二人ともすぐに近付いてそれを支える。 

 馬鹿だ。

 私が。

 いや。私達が……。



「美味しい」

 何故か悔しそうな顔をして、スイカを頬張るショウ。

 彼が食べているのは、さっき私が選んだ物。

 これで、また選ぶ楽しみが出来た。 

「チンピラ、ね」

 淡々と呟く瞬さん。

 彼は塩の瓶を手に取り、三角にカットされたスイカに振りかけた。

「風成に頼め」

「ああ。前の時も頼もうと思ったけど、先輩達が先にやってたから。でも今度は、モトも絡んでるし」

「任せる。俺は大人しい、一市民として過ごす」

 似合わないというか、あり得ない答え。

 元将校にして、前大戦の英雄。

 古武道宗家の直系で、世界的な格闘技団体であるRASレイアン・スピリッツの格闘顧問。

 前職は、国際的VIPの警備もこなしたセキュリティコンサルタント。

 本人がその気でも、周りが一市民としては見てくれない。

「でも、どうするの」

「さあ。俺は知らない」

「馬鹿な男達がたくさんいるのよ、この家には」

 辛辣に評する、ショウのお母さん。

 肩をすぼめる、その馬鹿な男達。

 よく分かんないな。

「優さんも、関わらない方がいいわよ」

「でも、友達の事もあるので」

「じゃあ、智美さんだけを見てなさい。そのチンピラとかどうとかは、無視していいから」

「はあ」

 分かりにくい心遣い。

 とにかく曖昧に頷き、まだ小さくなっているショウに視線を向ける。

「どういう事」

「俺からは何とも言えない。それに、チンピラが来るって決まった訳でもない」

「まあね」

 スイカにかぶりつき、口の中の種を感じる。

 微かな引っかかりを。

 ただ、このまま飲み込んでも心配はない。



「どこに」

「いや、生えてこないかと思って」

「あなた、幾つ」

「16才」

 真顔で人を見下ろすモトちゃん。

 不安や怯え怒りではなく、呆れと諦めの表情で。

「どこの世の中に、スイカかの芽が生えてくる人間がいるの」

「それは言い切れるの?医学的に、証明されてるの?」

「子供じゃないんだら。もっと、他の心配でもしたら」

「大丈夫。一つは解決した」

 玲阿家の実家で話された事を、彼女にも告げる。

「どうやって抑える気?」

「知らない」

「大体そのチンピラ以前に、傭兵自体が来るの?」

「私に聞かれても。でも、モトちゃんは襲われたんでしょ」

 こくりと頷き、腕の包帯へ触れる彼女。

 少し辛そうに笑いながら。

「不覚だった」

「何が」

「私のせいで、大事になったのが」

「少しは、私の苦労が分かった?」 

 笑うモトちゃん。 

 さっきよりは、明るく。

「ケイが言うには、生徒会長選挙と絡んでくるかもしれないって」

「そういえば、もうすぐだったわね。学校が、またおかしな連中を転校させてるのかな」

「一体学校は、何がしたいのよ」

「聞いてみれば」

 なる程。 

 確かに、あの時は聞いてみた。

 分からなかったから。

 ……待てよ。


「昔の事なんだけど」

「なに」

「愛想の悪い、でも少し格好いい男の子がいたでしょ」

「ああ。すぐに転校した」

 モトちゃんの顔に浮かぶのは、単に昔を懐かしむ表情。 

 どうやら、まだ出会ってはないようだ。

「彼が、どうかした」

「いや。名雲さんと似てるかなって」

「唐突ね。それと、比較の対象にはなりにくいと思う。彼とは長く一緒にいた訳ではないし、まだ子供の頃の話だから」

 無難な。

 当たり障りのない答え。

 読みようによっては違う見方があるかも知れないが、本心とも取れる。

 肝心の部分は、語ってないとしても。

「どうしたの、急に」

「たまには昔を振り返るのもいいかなと思って」

「まだ、そんな年じゃないでしょ」

 屈託のない笑顔。

 少なくとも、そう思わせるような。

 私の気遣いを感じ取って、かもしれない。

 彼女らしい優しさと強さ。

 でもそんな彼女は誰に頼ればいいのかと、思ったりもする……。



 翌日。

 購買ではなく、外のスーパーへ買い出しに。

 学内で大抵の物は揃えられるが、品揃えを考えるとこちらへ来てしまう。

 とはいえお菓子を買いに出た訳ではなく、連合の備品を調達に。 

 生徒会だと業者を通すんだろうけど、そこまでの量ではないしツテもない。

 モトちゃん達は、知らないが。

 日比野の中央卸売市場に併設された、大型スーパー。

 その場所柄と学校からの補助金があるらしく、草薙高校や中学の生徒は格安で利用出来る。

 車を出す程でもないので、歩いていく私達。

「業者に頼めばいいだろ」

 文句を言う男の子の鼻先に、チラシを突き付ける。

 「DD 100枚まとめて激安価格」

 赤字必至、ともある。

「主婦か」

「生徒会やモトちゃんに頼むと、手続きが必要でしょ。その代わり、浮いた分で何か買ってもいいって」

「ますます所帯じみてきたな。……なんだ、あれ」

 足を止めるケイ。

 私も同様に立ち止まり、歩道の脇へ体を寄せる。


 数名の、柄の悪い若者達。

 この辺では見かけない。

 また、高校の生徒でもない様子。

 その中の一人がこちらを見て、隣の仲間に何やら話しかけている。

「賞金でも掛かってるんじゃないのか。先生」

「任せろ」

 ぐいと前に出るショウ。

 それだけで私達は限りない安心を、彼等には恐怖を与える。

「この間、モトちゃんを襲った連中と関係あるのかな」

「襲ってきたら、間違いない」

 強まる語気。

 みなぎっていく闘志。

 ウォーミングアップ無しでも、彼に敵う人間はまずいない。

「程々にしろよ」

「分かってる」

「だといいけどな」

 諦め気味に、ガードレールへもたれるケイ。

 私も彼同様、ショウとの距離を開ける。


「お前ら、草薙高校の生徒か」

「だったらどうした」

「名前は」

 ショウを見上げながら話す男。

 仲間同様、すでに気圧されている顔で。

「聞いてどうする」

「答えないと、どうなる分かってるのか」

「どうなるんだ」

 鋭い眼光。

 微かに前へ出る左足。

 さらに下がる男達。

「お、お前。俺達が誰だか知ってるのか」

「知る訳無いだろ」

「こっちのバックには、こういう人達もいるんだぜ」

 頬に指を走らせる男。

 どうだと言わんばかりに。

 また大抵の者は、ここで引くだろう。 

 それが普通で、当たり前だ。

「かゆいなら、皮膚科へ行け」

 前に出るショウ。

 彼が下がる事はあり得ない。

 相手が誰だろうと。

 その信念がある限り。

 誰として、行く手を阻む事は出来ない。


「こっちも忙しいんだ。用がないなら、どいてくれ」

「てめえ」

「舐めやがって」

 懐や、パンツのバックポケットに動く手。

 それが抜かれるより早く、ショウの足が閃く。

 地面へ落ちる、ナイフや警棒。

 腕を押さえる男達。

 何が起こったのか、理解出来ないという顔で。

「次は」

 峻烈な声。 

 後ずさる男。

 敵意。 

 または、殺意さえ含んだ眼差しで。

「お前こそ、次はないからな」

「覚えとけよ」

 陳腐な捨て台詞を残し去っていく男達。

 ただその雰囲気からして、楽観出来ないのは十分に理解出来る。

 彼等の人間性も。

「君は、何をやってるのかな」

「向かってきたから、対応しただけだ」

「恨みを買った、の間違いだろ。人まで巻き込みやがって」

 モトちゃんへとは全く異なる対応。

 彼女と彼の能力的な違いを考えれば、当然ともいえる。

 ケイの性格としても。

「あれが、モトちゃんを襲った連中の仲間かな」

「雰囲気としては、そうだろうな。とにかく、これで少しは俺に目が向いた」

「友達思い?それとも、先輩思い?」

「さあ」

 早足で歩いていくショウ。

 何となく、照れ気味に。

「格好いい事で」

「悪いの」 

 反発気味にケイを睨む。

 彼は首を振り、男達が落としていったナイフを見下ろした。

「別に。しかし、その傭兵はどこから金を手にいてれるのかな。例えば、このナイフを買う金とか」

「報酬とか、人を脅したりしてるんじゃないの」

「なんで、そんな事をやってるのかな」

「元々、そういう人間なんでしょ」

 苛立ち気味に、そう答える。

 普段なら、そこまでは思わない。

 初めから悪い人間がいるとは思いたくもない。

 でもモトちゃんが襲われた事で、心境は変わっている。

 そういう連中を信用出来ないし、したくない。

 例の彼を考えると、余計に複雑な心境になってくるが。


「何が違うのかな」

 まだ一人呟いているケイ。

 紙袋を抱えたままで。

「違うって?」

「舞地さんと、あの連中が」

「根本的に、何もかもがよ」

「それは、今の状態だろ。その、前の段階。学校外生徒になった初めの頃から、違ってたのかな」

 単純な。

 しかし、核心を付く質問。

 思わず答えに詰まる。

「ショウは、どう思う」

「そこまで気にした事はないし、したくもない」

 普段の、ケイのようなコメント。

 彼らしくないとも、それだけ怒りが込められているとも言える。

「大体、それが何か関係あるのか」

「無い。でも、その辺の心境は興味ある」

「俺には、分からん」

「名雲さん達の事も?」

 さらに踏み込んだ質問。

 今度はショウも、言葉に詰まる。

「そういう連中と、俺達は一緒にいる訳だ。というか、仲間になってる。知らない、そうですか。で、終わる話でもない」

「知ってどうなるって訳でもないでしょ」

「理屈としては。育った環境、生まれた土地、学校、周りの人間。俺達がさっきの連中になってないとは限らない」

「舞地さん達にみたいになってるかもしれないとは思わないの」

 楽観的。

 希望を込めたとも言える答え。

 ケイは鼻を鳴らし、草薙高校の正門をくぐった。

「だから、興味がある。どこでどうなって、傭兵や渡り鳥に分かれていくのか」

「どうでもいいじゃない。今の、あの人達さえ知っていれば」

「まあね」

 気のない返事。

 それきり黙るケイ。


 私も興味がないとは言えない。

 少しは、彼女達から事情は聞いている。

 どうして学校外生徒になったのかを。

 かなり曖昧に、概要程度になら。 

 でも詳しくは知らない。 

 彼女達が渡り鳥になった経緯だけではなく。

 渡り鳥として、何をしていたのかを。

 去年のクリスマスに、話は聞いた。 

 あくまでも耳に心地いい、冒険談のような話を。

 でも、辛く苦しい話は聞いてない。

 例えば清水さんや林さん達みたいに、この学校を去ってしまう程の苦しい胸の内は。



 DDを連合の本部へ届け、何気なく奥を見る。

 受付風のロビー。

 忙しそうに行き交うガーディアン達。

 さらにその奥。

 厳重なドアの、幾つか向こう。

 見えるはずのない場所を。

「透視能力でも身に付けました?」

 冗談っぽい口調。

 普段通り、優雅に微笑む副会長。

 私は軽く会釈して、何となく口ごもった。

「塩田が、名雲君を怒鳴ったそうですね。元野さんが怪我をした事に関して」

「ええ、まあ」

「子供というか、なんというか。雪野さんには、耳の痛い話ですか」

「ええ、まあ」

 同じ答えを繰り返し、空いている応接セットへ促される。

「傭兵絡みなら、私達にもそれなりに責任があります。特に、塩田や沢君は」

「はあ」

「彼等は一つのグループではないにしろ、多少のつながりはあるでしょう。無論現段階のターゲットがワイルドギースとはいえ、先年のトラブルを忘れたとも思えない。この間の、名古屋港での出来事も」

「結局、なし崩しって事ですか」 

 重くなってくる気分。

 私がどう思おうと、どうしようと。

 周りが勝手に動いていく。 

 それを厭うというより、惰性で流される事にやるせなさが募る。

「私達の私的な感情はともかくとして。生徒会としてはガーディアン幹部への襲撃事件として捉え、対応していきます」

「局長は、どうするんです」

「選挙もあるので、極端に学校側へ付く訳にも行きませんよ。対抗馬を推している以上、学校と結託してると思われれば不利になりますから」  

「対抗馬?」

 苦笑気味に頷く副会長。

 引き寄せられる、卓上端末。

 そこに映る、立候補者の映像とプロフィール。


「……これって」

「知り合いですか」

「出会った事があるという意味では」

 横柄でわがままそうな。

 どこか拗ねた感じの少年。

 1年で草薙高校に編入、新カリキュラムを収めるとある。

 母親が、理事を務めているとも。

 半年前、私達がガーディアンの資格を停止されるきっかけとなった男。

「こんなのが、どうして立候補出来るんです」

「推薦者名簿も、各種の資格要件も備えています。何といっても、新カリキュラムですからね」

「でも、人間性は」

「それは選挙期間中に、自ずと明らかになります」

 淡々とした、また確信を込めた言葉。

 あくまでも落ち着いた物腰の副会長。

「面白くないな」

「心配ですか」

「木之本君は、今の会長が圧倒的に有利とは言ってましたけど」

「彼の分析は正しいです。単純に現職としての強みだけではなく、実績も今後の計画も」

 それは私にも分かる。

 ただ、納得は出来ない。 

 こういう人間の立候補を許す事自体。

「どうせ学校側が推してるんですよね」

「おそらくは」

「何かあったら、どうするんです」

「逆手に取ればいいだけです。この程度の相手に後れを取るようでは、先輩達に申し訳が立ちませんし」

 笑い気味の台詞。

 過信やおごりではない、決意を込めた。

 先輩達の意志を継ぐという、強い意志を。

「どうしました」

「いえ。私はそこまで強くなれないなと思って」

 自嘲気味に呟き、小さくため息を付く。

 すると副会長はあまり大きくない目を見開き、口ごもった。

「どうかしました」

「雪野さんにそう言われるとは、思ってもなかったので」

「私の場合は、ケンカが少し強いっていうくらいですから」

「塩田を怒鳴りつけたじゃないですか。二度も。私も彼との付き合いは長いですが、そんな真似をしようとは思いません。精神的な強さがなければ、あんな事は出来ないでしょう」

 優しい、励ますような笑顔。

 そっと差し出される手。

 私もそれを、控えめに握り返す。 

 暖かい、先輩の手を。






    







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