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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第18話
191/596

18-1






     18-1




 刺すような強い日射し。

 青い空に浮かぶ、大きな白い雲。

 だが風は澄み、緩やかに前髪を揺らす。

 梅雨の明けた、夏の始まり。

 それでもここは、程良い涼しさを保っている。

 きっと真夏でも。

 土地として高台にあるというだけではなく。

 周りに生い茂っている木々が、初夏の暑さを爽やかに彩っている。

 郊外ではなく、都心に近いのに。

 しかも、自宅の敷地内に……。


 芝の上にちょこんと座り、水分補給をする。

 庭の奥から吹いてくる風は、木々の間をすり抜けてくるためひんやりとしている。

 とはいえ日射しは強く、気温も高い。

 気持ちいいと思っている間に、本当に気持ち良くなって倒れてしまう。

 湧き水に、微かなレモンの風味。

 あっさりとした、だからこそ心地よい味。


「きゃー」

 目の前で上がる悲鳴。

 芝の上に転がる少女。

 今度は、鼻は打たなかったらしい。

 大の字に倒れたサトミはよろけながら立ち上がり、体に付いた芝を払っている。

 白いシャツと、厚手のジーンズ。 

 頭にはヘルメット、エルボーパットとレガースも。

「きゃー」

 また倒れるサトミ嬢。

 私はため息混じりに立ち上がり、彼女の元へ駆け寄った。

 ローラーブレードを駆って。


 ちなみに彼女も、同じ物を履いている。

 車輪にキャタピラが付いているので、こういった芝の上でも走れるという訳。

 走れない人も、中にはいるが。

「何してるのよ」

「だ、だって」

「きゃー」

 すぐ後ろで悲鳴。

 よろめく別な少女。

 元野智美と、人は呼ぶ。

 それでも転ぶ事はなく、少し前に進む。

 こちらへ、ゆっくりと。

「あ、危ない」

 私とぶつかる気らしい。

 子供の三輪車にひかれる人がいたら、確かに危ないだろう。

 彼女の場合は、それよりも遅いけど。

「きゃー」

「きゃー」 

 悲鳴を上げ合い、何故か抱き合う二人。

 本人達は必死で、とにかく倒れまいと懸命だ。

 なんか楽しそうだな。

 彼女達の心境はともかくとして、少し羨ましく思う。

「た、助けて」

「ユ、ユウ。こっち」

「どっちよ」

 手が離せないのか、目で訴えてくるモトちゃん。

 彼女は狐が描かれたTシャツと、茶のキュロット。

 勿論、ヘルメットとエルボーパットとかも付けている。

「芝だから、転んでも平気だって」

「み、見捨てるの」

 大袈裟だな。

 見捨てるんだけど。



 ひゃーひゃーうるさい二人を放っておいて、芝の上を滑っていく。 

 実際には走っているにしろ、感覚としてはそう。

 流れていく景色。 

 頬に感じる風。

 あくまでもゆっくりと、緩やかに滑る。

「バウ」

 併走して走ってくれる羽未うみ

 ボルゾイだけあり、この程度は散歩にもならないといった顔。

 待てよ。

「ロープか、ひも」

「どうして」

「ショルダーと首輪も」

 理由は告げず、用件だけ告げる。

 ショウは首を振りつつ、縁側辺りにあったそれらの品物を持ってきた。

 さて、やるとしようかな。


「おい」

「いいの。ほら」

「バウ」

 走り出す羽未。

 私も一緒に走り出す。

 流れていく景色。

 さっきより早く、勢いよく。

 でも私は、何もしていない。

 ロープを手に握るだけで。

 軽快に走っていく羽未。

 私一人くらいは、平気だと言わんばかりに。

 ショルダーにロープを付けて引っ張ってもらっているんだけど、本当に負担はないようだ。

 ちょっとした犬ぞり気分で面白い。

 げんなりしているショウは、この際見ない事にするとして。


「え」

 いい気分に浸っていた途端。

 景色が変わる。

 石、木の根。

 理由は定かではないが、足が地面に掛かり体が宙を舞う。

 速度が出ていた分、かなりの勢いで。

 視線の先に見える、まだ抱き合っているサトミ達。

 彼女達は、後ろにいたはずだ。

 こんな事もあるかと思いつつ、下に現れた雲を眺める。

 などと、悠長に構えている場合でもない。


「よっと」

 足を畳み、頭を体に近付けて回転の速度を増す。 

 もう少しか。

 後はひねりを入れて、右へ流れていた体を戻す。

 最後にロープを離して、着地の体勢へ。

 前宙一回転半ひねり、といったところ。

 また何もしなくたって、芝生の上に落ちるだけ。 

 これといった不安はない。

 足を開いて膝を曲げ、着地の衝撃に備える。

 少し腕を開け、バランスを取りながら。

 すぐに伝わる、柔らかな感触。

 芝にしては、柔らか過ぎる。

「バウ」

 緑ではなく、白い毛並み。 

 私を乗せたまま振り返る羽未。

 彼女があのまま走っていれば、その姿は遥か前方にあるはず。

 でも羽未は、私の下にいる。

 私を待ってくれていた。 

「ありがとう」

 その大きな背中にそっと頬を寄せ、柔らかな毛並みに触れる。

 夏の日射しも敵わない、温かさに。


「何やってるんだ」

「いいじゃない」

 羽未にまたがったまま、ショウの所までやってくる。

 彼は黒のタンクトップに、薄い青の短パン。

 足元は私同様ローラーブレード。

 サトミ達のような、ヘルメットは付けていない。

 それも、私同様。

「馬じゃないんだぞ」

「見れば分かるわよ」

 軽く飛び降り、羽未の頭を撫でてお礼をする。

 私なら、毎日でもこうして遊ぶけどな。

 ただのここの家の人はみんな体が大きいので、初めからそんな気もしないのだろう。

 どこの家でも、そんな気はしないかもしれないが。


「やらないの」

「モーターの調子が悪いし、怒られる」

 肩をすくめるショウ。

 彼のは、モーター内蔵。

 なんでも、どこかの壁に激突したらしい。

 今日だけではなく、過去何度も。

 でも壊れたのは、壁の方。

 怒ったのは彼の身を思ってなのか、それとも。

 あまり考えないでおこう。

「木之本君は」

「あそこ」

 芝の上に棒を突き立てながら歩く、優しげな顔の少年。

 視線は時折、腰に付けられた端末へと向けられる。

「何してるの」

「宝探しだってさ。お祖父さんが言うには、先祖の宝物があるらしい。本当かどうかは知らないけど」

 疑わしそうに木之本君を見やるショウ。

 とはいえ古い家なので、宝物とはいかないまでも古銭くらいはある気もする。

「見つけたら、何割」

「全部やるよ」

「ふーん。羽未」

「バウ」

 芝に鼻先を近付け、ゆっくりと歩く羽未。

 するとその手が、芝を掻き始めた。

「ここを掘れって」

「骨でも埋めたのか?」

 興味を引かれたらしく、顔を近付けるショウ。

 だがその顔は、すぐに引き戻される。

「どうしたの」

「いた」

 あった、ではなく。

 いた。

「ヘビ?」

「まさか。ミミズだよ」

 長物は嫌いなので、遠ざかっていくショウ。

 私もそう好きではないので、距離を置く。

 羽未はそんな私達に構わず、喜々として穴を掘り続ける。

 まさか、食べないだろうな……。 


「おっと」

 突然肩に感じる重力。

 何かと思ったら、薄茶の猫が乗っていた。

 それも、大きな。

 ショウのお父さんがもらったヤマネコで、イエネコとは訳が違うサイズ。

 言ってみれば、小さい虎。

 とはいえ子供の頃から飼われているため、性格はイエネコと大差ない。

「どうしたの、雪野さん」

「ん。この子を乗せたまま羽未の上に乗ったら、ブレーメンの音楽隊みたいだなって」

「はは」

 明るく笑い飛ばす木之本君。

 また冗談を、という顔で。

 私は結構本気だったのだが、今日の所は止めておこう。

「にゃー」

 案外可愛らしい声を出し、地面に降り立つコーシュカ(koshka)。

 ロシア語で、子猫という意味らしい。

 昔は、そのままだったのだろう。

 とにかくコーシュカは羽未に負けないくらいの早さで芝の上を駆け、まだ騒いでいるサトミの足元へ丸まった。

 猫娘同士、気が合うのかも知れない。

「小判は?」

「今の所、金属反応は無いね。もう少し、精度の良い探知機があれば……」

「どうしたの」

「反応あり」

 腰に提げてある端末を指差す木之本君。

 それは微かなアラーム音を立て、画面に何かを表示している。

「成分からいって、陶磁器かな」

「古いお皿?古伊万里とか」

「どうだろう。掘ってみない事には」

「任せて。ショウー」

 別に、面倒がっている訳ではない。

 人の庭を勝手に掘るのは良くないと思っただけだ。

 大体、暑いし。


「人の庭で何をする気かな」

 私の全てを覆う影。

 首が痛くなりそうな位置にある、風成さんの顔。

 私は彼を見上げ、足元を指差した。

「財宝が埋まってるらしいので」

「掘るの」

「ええ」

「駄目駄目。そんな事は」

 強硬に否定する風成さん。 

 彼に付いてきたショウは背負っていたシャベルを地面に突き立て、肩をすくめた。

「あそこは、どうなんです」

 苦笑気味に指差す木之本君。

 私達のすぐ側。

 勢いよく土を掻き出す羽未を。

「犬だからいいんだよ」

「バウバウ」

「止めて」

 いつの間にかやってきたサトミが、嫌そうな顔をする。

 私は小さなスコップを放り出し、芝の上にしゃがみ込んだ。

「掘りたいのよ、私は」

「あなた、許可は得てあるの」

「知らない」

「本当に、犬ね」

 何が本当にか知らないが、それなら犬でいい。

「おじさん達から、好きにしていいとは聞いてますよ」 

 控えめに申し出る木之本君。 

 すぐにシャベルを手にするショウ。

 風成さんは嫌そうな顔をして、私達から距離を置いた。

「どうか、なさったんですか」

「わっ」

 彼の真後ろから声を掛けたモトちゃんは、自分の方が驚いて数歩飛び退いた。 

「あ、悪い」

「私の気配にも気付かない程、気を取られているとか」

「さあ、何の事やら」

「ショウ君、お願い」

 彼女の言葉を受け、一気に掘り進むショウ。 

 みるみる土が掻き出され、穴が深くなっていく。


「止めた方がいいと思うけどな」

「どうして」

「親父達の埋めた、誰かの骨とか出てきたらどうする」

「まさか」

 素早く穴から離れ、サトミ達の後ろに回る。

 信じてはいない。

 そんな事をやるとも思っていない。 

 でも、しゃれこうべも見たくない。


「何かに当たった」

「ほ、骨?」

「あのな。ここからは、スコップで行くか」

「僕も見てみる」

 しゃがみ込む二人。

 木之本君はペンのようなアナライザーを取り出し、それを穴の中へと差し入れた。

「磁器かな。玲阿君、慎重に」

「ああ」

 穴の中から出てくる、ショウの手。

 そこに握られる、乳白色の物体。

「欠片だな。でも、これってどこかで」

「みんなで、宝探し?」

 後ろから聞こえる、しとやかな声。

 優雅な仕草で歩いてきた流衣さんは、耳元の髪をかき上げながらショウの手へと視線を向けた。

「それが、宝物?」

「さあ。俺にはただの、割れ物にしか見えない」

「あなたは、見る目がないのよ。ちょっと貸してみて」

 手渡される、磁器の欠片。

 瞬間細まる、流衣さんの瞳。

 彼女はそれを木之本君へ向け、優しく微笑んだ。

「年代って、分かるかしら」

「データとリンクすれば、大まかには」

「どう?」

「……古い年代では、適合する物がないですね。多分、かなり最近の物じゃないんですか」

「私も、そう思う」


 走り出す風成さん。

「四葉」

 鋭いスライディングからのカニばさみ。

 倒れる巨体。 

 それでも彼は素早く立ち上がり、ショウと向き合った。

「お前。義兄に向かって、何しやがる」

「姉さんの命令だからな」

「このシスコンが」

 宙を舞う巨体。

 プロレスのドロップキックに似た動き。

 軽くかわすショウ。

 だがその後頭部に、体と足をひねった風成さんの飛び後ろ蹴りが突き進む。

 寸前でしゃがみ込みかわしたショウは、バックステップで彼との距離を開いた。

「義弟に、手加減無しか」

「しつけだ、しつけ」

「だったら、あなたは誰がしつけるの」

 風成さんの肩に手を置く流衣さん。

 戦っている二人以上の、苛烈な闘志を秘めて。

「な、なんだ」

「これは、一体どうしたのかしら」

 彼の喉元に突き付けられる、磁器の欠片。

 正確には、その尖った部分。 

 風成さんは額の辺りに汗をかき、顎を引きながらそれを見た。

「は、破片だろ」

「何の」

「そ、それは、その。古い家だから、ご先祖様がゴミと一緒に埋めたんじゃ」

「さっきの、木之本君の話を聞いてた?これは、最近の品物だって」

 すごみを増す声。 

 薄くなる表情。

 濃くなる気配。

 琉衣さんは欠片をショウへ放り、ため息を付いて俯いた。

「あれは薄くて壊れやすいから、慎重に扱ってと言っておいたでしょ」

「ち、違うって。肘が当たったと思ったら床に落ちて、慌てて拾おうとして」

「拾おうとして?」

「その、足を出したら反射的に横へ出て。壁にひゅーって」

 遠い、空の彼方を指差す風成さん。

 笑う琉衣さん。

 俯いた顔から、声だけが漏れる。

「どうして、埋めたの」

「そ、その。怒られると思って」

「あなたは、子供?」

「い、いや。成人男性だと思う。多分」

 今度は風成さんが笑う。

 その笑い声も、空の彼方へと消えていく。


「……捨てたつもりだったのに」

「そう、皿なんて捨てればいいんだよ。また買えって」

「血は、捨てられないのよね」

「は、はい?」

 顔を上げる琉衣さん。

 凛とした、武神にも似た顔。

 震える程に美しい、戦いの化身。

 全身から立ち上る、赤い闘気。

 胸元で狭く構えられる、二本の手刀。

「あ、あの」

「玲阿瞬が長女、玲阿流衣。参る」

「ど、どこに……。わっ」

 慌てて仰け反る風成さん。

 瞬速をもってその喉元を過ぎる、彼女の貫手。

 彼のTシャツが大きく避け、引き締まった胸元が露わになる。

「お、お前。つけ爪してるな」

「武器の有無は関係ない。戦いは勝ってこそ、その本分がある」

「ば、馬鹿。あ、危ないからっ」

 夏の空に消える叫び声。

 それをのんびりの眺める私達。

 休日に相応しいかどうかは分からない、少し派手な夫婦ゲンカ……。



 結局風成さんはおじさん達にもこっぴどく怒られ、しばらくは炊事当番だとか。

 師範代のする事ではないが、琉衣さんの怒りを鎮めるにはそれでも甘いと思う。

「どうしてこなかったの」

「転ぶのが分かってて行く馬鹿はいない」

 簡潔に答えるケイ。

 嫌そうな顔をしているサトミを見ながら。

「それで結局、何が出たって」

「江戸時代の古銭が少し。木之本君が言うには、売るとお小遣いくらいになるって」

「本当はかなりの額で、あの子がいくらかポケットに入れてるんじゃないのか」

「あなたと一緒にしないで」

 きつく睨み付けてくるサトミ。

 ケイではなく、私を。

 冗談で羽未に彼女を引かせたのを、余程根に持ってるらしい。 

 大して早くもなかったのに、何をそう怒るかな。

 大体、きゃーきゃー喜んでた癖に。

 悲鳴という意見もあるが、気にしない。


「暇だね」

 欠伸をして、落書きしていたプリントをゴミ箱へ放る。

 で、また違うプリントを持ってくる。

「仕事をしろ、仕事を」

「嫌だ」 

 差し出された書類に猫の絵を描き、突き返す。

「おい」

「いいじゃない。鉛筆だから、すぐ消せる」

「そういう問題か」

「そうよ」

 力強く断言して、手の中で鉛筆を回す。

 あーあ、なんかやる事無いかな。

「おぼっちゃまは」

「さあ。私は、あの子の親じゃないから」

「じゃあ、何なんだ」

「恋人?」

 突然突っ込んでくるサトミ。 

 勢い余って宙に浮かび上がる鉛筆。

 手首を返してそれを掴み、彼女の鼻先に突き立てる。

「あ、あのね」

「何」

「……何でもない」

 あっさりと負けて、引き下がる。 

 悔しいな。

 サトミでも描いてやれ。 

 顔がサトミで、体が猫。

 名付けるなら、サトミ猫だな。

 はは。

 馬鹿みたい。

 私が……。


「お腹空いた。パロトールついでに、購買でも行って来ようか」

「俺、アメリカンドッグ」

「私は、リンゴムースお願い」

 こくこくと頷き、ドアを飛び出る。

 じゃあ私は、何にしようかな。

「一人で、どうしたんですか」

「あ、渡瀬さん。購買……、じゃなくてパトロール」

「一人で?」

「うん」

 見つめ合う二人。

 通り過ぎていく生徒達。

 流れる時。

「変わってますね」

「そうかな。私達は4人しかいないから、最高でも4人だよ」

「ああ、そういえば。冷静に考えると、無茶苦茶ですね」

 笑われた。

 それも、かなり楽しそうに。

「いいの。それより、渡瀬さんは」

「私も買い出しです。ジャンケンに負けたので」

 両手でチョキを出す渡瀬さん。

 当たり前だが、横歩きはしない。

 そんな事をするのは子供か、私くらいだ。

「雪野さん?」

「何でもない。一緒に行こうか」

「ええ」


 小さい者同士、肩を寄せ合い歩いていく。 

 なんて程でもないんだけど、大きくもない。

 ガーディアンとしてなら、完全に下から数えた方が早いだろう。

 誰が最後尾かは、考えないとして。

「玲阿さんは?」

「私は、あの子の親じゃないから」

「じゃあ、恋人ですか」

「はは」

 軽く笑って、彼女の肩を揉む。

 やや強めに、威圧を込めて。

「はは」

「へへ」 

 笑い合う私達。

 奇異な目でこちらを見てくる、他の生徒達。

 別に気にしない。

 いつもの事だ。


 これで舞地さんがいたら、本当に小さい者同士の寄り合いだな。 

 なんて事を思いつつ、例により混み合っている購買へと寄っていく。

 広い横長のスペースで、私が主に利用するのは軽食や駄菓子のコーナー。

 文房具も、たまには買うけどね。

 購買部は低いケースに品物が並んでいて、それを向こう側のカウンターへ渡すスタイル。

 色とりどりのお菓子やノートを眺めているだけで、もう満足といいたくなるくらい。

 人混みを掻き分け、お菓子やジュースをカゴに放り込んでいく渡瀬さん。

 どれを買うのか、全部頭に入ってるんだろうか。 

 見ている限りそんな気はしないんだけど、放っておこう。 

 気持は、分からなくも無いし。    

「えーと、アメリカンドッグ下さい。後、これを」

 リンゴムースと、自分用にカレーせんべいを渡す。 

 ショウは、いないからいいや。

 カレーせんべいも、袋ごと買うから。

「……これ下さい」

 真横から、少し高い位置にあるカウンターへ伸びる手。

 ふ菓子か。

「わっ」

「どうした」

「い、いや。こっちの話」

 小さい者が揃ったとは言わず、曖昧に笑う。

 舞地さんはまたかという顔をして、ふ菓子の入った大きな袋を手に提げた。

「玲阿は」

「私は、あの子の親じゃないから」

「そう」

 突っ込みもしない舞地さん。

 彼女らしいが、少し寂しい。

 言われた時の恥ずかしさは、この際置いておくとして。

「お待たせしました……。あ、こんにちは」

「ああ。また、たくさん買って」

「平気です。軽いですから」

 頭の上まで、お菓子の入った袋を持ち上げる渡瀬さん。

 恥ずかしい子だな。 

「何よ」

「雪野と似てるなと思って」

「私は、もっと落ち着いてるわよ」

 頭の上に向けられる、舞地さんの指先。

 その先にある、私の買ったカレーせんべい。

「どうかしました?」

「雪野は元気だなと思って」

「そうですね。私よりも元気ですものね」

 朗らかに笑う渡瀬さん。

 鼻で笑う舞地さん。

 虚しく笑う私。

 周りの喧騒に消える笑い声。

 このまま自分の存在も消してみたい……。



 消える訳もないし、消さなくてもいい。

「辛いな、これ」

 文句を言いながら、人のせんべいを食べる男の子。

「ガラム・マサラ配合?なんだ、それ」

「カレーを作る時入れる、基本的な香辛料」

「カレーは、カレー粉で作るんじゃないのか」

「あなたも、実家で炊事当番をしてきなさい」

 突き付けられるスプーン。

 私はその上に乗っていたリンゴムースごと口に入れ、口元を舐めた。

「あ、あなたね」

「それより、仕事は終わったの」

「終わりましたよ。私と浦田君が頑張ったお陰で」

 陰険に睨んでくる遠野さん。

 私は構わず紅茶でムースを流し込み、書類の入った封筒とDDを手に取った。

「出してくる。サトミも来て」

「面倒ね」

「いいから、ほら。ショウ達も」



 ぞろぞろと、A-1ブロックへとやってくる。

 提出先である、生徒会ガーディアンズへと。

「お届け物です」

「あ、また会いましたね」

 握手を交わす、私と渡瀬さん。

 笑っているのは私達だけ。

 いいんだ、自分だけ楽しければ。

「丹下ちゃんは?」

「呼びましょうか」

「忙しいんじゃなくて」

「忙しいでしょうね」

 笑いながら連絡を取る渡瀬さん。

 分かりにくい子だな。


「忙しいのよね、私」

「仕事、仕事」

「受け取るのは、私の仕事じゃないの」

 沙紀ちゃんは渡瀬さんの頭を軽く撫で、封筒を脇に抱えた。

「チィちゃんも、こういう事で呼び出さないで」

「だったら、どうして来たんですか」

 自然に、純粋な問い掛け。

 ふと緩む、沙紀ちゃんの表情。

「いいから、遊んでないで仕事して」

「真面目ね。ナオは」

「あんたが、不真面目なんだろ」

 素っ気なく返す神代さん。

 彼女も仕事中だったのか、右手にはペン左手には定規を持っている。

 どうして持ったままなのかは、理解出来ないが。

「いいわ。後は阿川さん達に任せて、少し休みましょう」

「へぇ」

 奥のドアから、顔を半分だけ覗かせる阿川君。 

 相当に恨みがましい表情で。

 今のは見なかった事にしよう。 

 山下さんが、グローブの手入れをしていたのも。



 駄菓子ではなく、もう少し高そうなお菓子を前にしてくつろぐ私達。

 組織が違うと、予算も違う。

 それはこういった形でも現れる。

「どうして、ポケットに入れるの」

「お腹一杯だもん」

 はたきに来たサトミの手をかわし、チョコレートをポケットに突っ込む。

「恥ずかしいわね、もう」

「今さらだろ」

 鼻で笑うケイを睨み、それでもキャラメルをもう片方のポケットへ入れる。

 別に、そこまで食べ物に困ってる訳ではない。

 でも、目の前にあれば話は違ってくる。

 何が違うのかは、自分でも分からないけど。

「元野さんは?」

 不意に声を掛けてくる、ショートカットの綺麗な女の子。

 誰かなと思いつつ、別なお菓子を物色する。

「さあ。私は、あの子の親じゃないので」

「見れば分かるわ」

 冷静な人だな。 

 少し笑っているようにも見えるけど。

「サトミ、知ってる?」

「重要監視区域をチェックするなんて、言ってた気もする」

「何、それ」

「淡水と海水の混ざってるあの池や、例のクラブハウス。とにかく学内全域をガーディアンがカバーするように、自警局から通達が来てるの」

 なる程。

 しかしあの子一人で、そんな所へ行けるのか。

「そんなの、モトちゃんにやらせないで自警局が勝手にやればいいじゃない。え、沙紀ちゃんよ」

「私も所詮は、末端の一人だから。もっと偉い人に言って貰わないと」

「誰に」

「自警課課長とか」

 私の傍らに立っている、ショートカットの綺麗な子を指差す沙紀ちゃん。

 彼女の胸に下がっているIDを確認して、沙紀ちゃんへ顔を戻す。

「今の、嘘」

「もう遅いの。北川さん、何か緊急の用件でも」

「いえ。ガーディアン統合の事で、少し聞きたい点があっただけ。木之本君は塩田議長の手伝いが忙しくて、話を聞けなかったから」

「でしたら、彼女へどうぞ」

 逃げようとするサトミの手を握る沙紀ちゃん。 

 顔を見合わせ笑い合う二人。 

 周りの温度が低くなるような表情で。

「私はデータを取りまとめただけで、あの子達程内容は理解してません」

「どうしてあなたは、幹部にならないの?」

「そういう柄ではないので。人の上に立つ器でもありませんし」

「皮肉、それ?」

 薄く微笑む北川さん。

 サトミはたおやかに手を振り、沙紀ちゃんへ視線を向けた。

「彼女のような統率力も、人を引きつけるだけの力もありませんから」

「惜しいわね。あなたなら、連合の議長にもなれるのに」

「それはモトに任せます。木之本君でもいいけれど」

 何の迷いも感じさせず返すサトミ。

 北川さんも説得という勢いではなく、確認しただけの様子。

 ただ彼女がそう聞いてしまった気持は、分からなくもないが。

「モトちゃんが議長ってのは、本当なの」

「塩田さんは、そのつもりらしいわよ。他に候補者は何人かいるとしても、彼女に敵う人間がいるかどうか」

「そこに、サトミや丹下達が推すから確実って事」

 さりげなく補足するケイ。

 なるほどね。

 友は出世して、私は一人取り残される訳か。

 とはいえ別に羨ましくもない。

 向上心が無いと言われればそれまでだけど、面倒な仕事をやるよりはいい。



 自警課課長だけあり北川さんは忙しいらしく、すぐに帰ってしまった。

 仕事が終わっても、また仕事という感じなんだろう。

「どうしたの、ユウ」

「みんなは大変だなと思って。私は気楽で良かったって」

「俺は今でも忙しいけどね」

 含みのある言い方をするケイ。

 その意図は分かるが、それ程気にはしていない。

 単に面倒なだけはなく、効率や精度を考えれば余計に。

「モトに頼んで、役職にでも付いたら」

「嫌だ。私はあくまでも現場で、生徒との肌と肌の触れ合いを」

「熱血教師か」

 笑われた。 

 みんなに。

 側を通りかかった、知らない子にまで。

「あのね」

「それより」

 人の話を遮るショウ。

 今、私の怒り以上に大切な事があるとでも言うのか。

「旧クラブハウスなんて、モト一人で大丈夫なのか」

 そういう事か。

 確かに、心配だな。

 でも、一人で行く程不用意な子ではないと思うけど。

「名雲さんが一緒に行ってるわ」

「なら、大丈夫か」

 納得する一同。

 納得してないのは私と、答えたサトミくらい。 

 どうも面白くない。

「仲いいな、あの二人」

 はっきりと言葉にするケイ。

 後輩二人は、不安と好奇心の入り交じった顔で彼を見ている。

「あれは、悪い男に縁があるかも」

「何ですか、それ」

「昔いたんだ。その時は向こうの方がモトを意識してて、彼女もそれを悪くないと思って感じだった」 

「随分語るのね」

 少し迫力を込めて彼を見据えるサトミ。

 ケイは構わず、鼻で笑った。

「しかし、大丈夫かな」

「何が」

「今の男は、結構周りから恨まれてるから」

 もう一度笑うケイだが、さっきよりは少し表情に翳りが帯びる。

 サトミも同様に。

 それを気にしたのか、神代さんが明るい声を出して彼に話しかけた。

「その男の子は、どういう感じだったの」

「格好いいけど、愛想の悪い奴。とはいえ中学生の頃の話だから、今は全然変わってるかもしれない」

「確かにあいつは、格好よかったな」

 あなた程じゃないと、全員がショウに突っ込む。

 どうもこの人は、根本的に分かってないな。

 それに、昔から変わってない。 

 いや。もっと格好良くなったかな。

「雪野さん、どうかしました」

「別に。私は何も変わってないなと思って」

 丸い、ように見える頬を両手で包みため息を付く。 

 大体私は、あの頃と比べてどれだけ成長したんだ。

「私も、全然変わりませんよ」

「へへ」

「はは」 

「はー」

 渡瀬さんと二人でため息を付き、辺りの空気を悪くする。

 成長し過ぎてる沙紀ちゃんをじっと睨みながら。



「……何か、騒がしいわね」

 人の頭越しに、受付辺りを見ようとするするサトミ。 

 見えないし、見えて欲しくない。

 というか、見ちゃ駄目。

「腰を浮かさないで」

「いいの、私が見るから」

 単に見たいだけとも言えるが、気にしない。

 ガーディアンの女の子が数人、輪になって騒いでいる。

 よく分からないけど、揉めてる訳ではないようだ。

「誰かを囲んでるみたい」

「ちょうど、ああいう感じだった」

「何が」

「昔の、その男が」

 指を指すケイ。 

 偶然だろうか。

 ちょうどこちらを向く、女の子に囲まれていた男の子。 

 少し長めの髪。

 凛々しい顔と、細身の長身。

 愛想はないが、格好いいといった風情。

 確かに似てる。

「あいつじゃないのか」

「まさか」

「根拠は」

「無い」

 呆れるショウ。

 とはいえ彼もそれ程自信がある訳ではないらしく、首を傾げている。

「サトミはどう思う」

「似てるには似てる。でも彼とはいつもいた訳でもないし、もう何年も経ってるから」

「でしょ。でも、似てるよね」

「どっちなんだ」

 突っ込みを無視して、端末を手にする。

 古い写真かビデオに、少しは映ってたと思う。


「はは」

「どうしたの」

 サトミに、端末の画面を見せる。

 両腕に包帯を巻いて、困った顔をしているショウの写真。

 片手が骨折で、もう片方は打撲だった。

 あの時は大変だったけど、今となっては少し気恥ずかしい思い出だ。

「これ、まだ光がいるわね」

「こっちは……」

 痛そうな顔で、顎を押さえているショウの写真。

 隣では、木之本君が申し訳なさそうに小さくなっている。

「ショウの写真が多いわね」

「気のせいでしょ」

「ならいいけど」

 あっさりと受け流すサトミ。

 私は端末をしまい、記憶の方へ切り替えた。

「どう?」

「知らない。というか、聞いた方が早い」

 最も簡単で確実な方法。

 初めからそうしろと言われそうだが、これはこれで楽しいの。


「こんにちは」

 控えめに、抑え気味に声を掛ける。

 向こうもこちらの視線は気にしていたらしく、顔をこちらへと向けてくる。

 自然と左右に分かれる女の子達。

 彼と私が向き合う格好となる。

 あの頃は、自然と目が合った。

 今は、見上げる程の位置にある。

 私にとっては、大抵の人と……。

「あの」

「変わらないな」

「はい?」

「制服は、変わったみたいだが」

 薄く、少しおかしそうに笑う彼。

 私を覚えているという顔で。

 当然私は何一つ笑えず、彼を睨み付ける。

 多分これも、昔から変わってないんだろう。

「双子の、愛想がいい方は」

「大学院へ行ってる」

「なる程。あの子は」

「誰」 

 分かっていつつ、つい尋ねる。

 ちょっと困った顔になる彼。

 とはいえ意地悪をしていても仕方ないので、すぐに答える。

「知り合いと、パトロールというか仕事中。大幹部だから、忙しいの」

「そうか」

「あなたは、どうして戻ってきたの」

「仕事だ」

 耳慣れない。

 いや。耳にしたくない言葉。

「傭兵?」

「よく知ってるな。ここにはいないと聞いてたんだが」

「知り合いに、ちょっとね」

 曖昧に答え、彼との距離を開ける。

 精神的にも、少し。

「警戒しなくても、お前達に危害を加える気は無い」

「依頼内容にもよるでしょ」

「詳しいな」

「知り合いもいるし、経験者でもあるの」

 私の言葉と同時に、前へ出るショウ。 

 その斜め後ろへ周り、サトミの位置を確認する。 

「俺は、何もする気はない」

「それは信じたいが、先輩達が傭兵と揉めた経験があってな」

「お前とやり合うくらいなら、契約を放棄するさ」

 素っ気ない口調。

 ただ細い瞳の奥は鋭く輝いている。

「あの子達に捕まって、仕方なくやって来たんだが。やはり、まだガーディアンだったんだな」

「私達は、それ以外出来ないもの。勿論、彼女も」

 鋭く返すサトミ。

 彼は何も言わず、私達に背を向けた。

「また、会いに来る」

「挨拶として?それとも」

 やはり戻ってこない答え。

 去っていく背中。




 微かに苦しくなる、胸の奥。

 これからの展開を考えて。 

 モトちゃんの気持ちを思って。  






    







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