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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第3話
19/596

3-4






     3-4




 海に来て3日目。

 相変わらずお日様は眩しくて、空は青く海は広い。

 毎日こんなに楽しくていいんだろうかというくらい遊んでいる私達。

 勿論良くって、まだまだこれからだって私は思っている。

「あれ、そうかな……」

 ケイが、カーブから立ち上がってくる車の影を指さす。

 私は目を凝らし、何度も頷いた。

 そして眠気を飛ばすように、軽く伸びを一つ。

 今いるのは、別荘へと続く道路の曲がり角。

 今日は、ガーディアンの後輩達と山へ行っていたモトちゃんがやってくるのだ。

 人望っていうのかな、私達には無い付き合いである。

 というか、後輩なんて殆どいないんだよね。

 中等部の頃から、自分達だけだし。


 やがて黒のRV車がその姿をはっきりと現し、私達の目の前で速度を落とす。

「久し振り」

 運転席に向かって手を振ると窓が開き、サングラスをしているモトちゃんがこ後部座席を指さした。

「久し振りって、この前会ったばかりだろ」

「そういう気分なの。いいから乗って」

 後ろに回り、ケイを押しつつ乗り込む私。

「ごめん、出迎えさせちゃって。私も場所は知ってるけど、自分で来るのは初めてだから」

 セミロングの髪をなびかせ、私を振り返るモトちゃん。

 私は問題ないという顔で前を指さし、出発を促した。

「ここからは殆ど真っ直ぐだから大丈夫。私達も、歩いてきたくらいだし」

「俺は疲れた」

 エアコンの風に目を細めるケイ。

「こんにちは」 

 助手席に座っている、少し茶色掛かったロングヘアの可愛い女の子が素敵な笑顔を見せる。

「や、エリちゃん。疲れてない?」

「うん、平気。私は隣りに乗ってただけだから」

 女の子はモトちゃんに向かってにこっと微笑んだ。

 屈託無いない、可愛らしい顔で。

「モト。何か迷惑掛けなかった」

「お兄さんと違って、エリちゃんはいい子なの。ケイ君も見習ったら」

 そう。

 この子は浦田永理うらた えりちゃん。

 ケイやヒカルの妹さんで、今年中等部の2年。

 去年私達が中等部にいた時は、モトちゃんがリーダーを務めていたガーディアンズに属していた。

 つまりは、モトちゃんの後輩でもある訳だ。

「どうせ俺は出がらしだよ」

「拗ねないでよ、もう。ほら、機嫌直して」

「子供か、俺は」

 それでも、私が渡したガムをしっかりと受け取るケイ。

 彼はすっかり機嫌を直し、大事そうにガムをしまった。

 変な所で、安上がりだな。


「ねえ、お兄さんは」

 そう尋ねるエリちゃん。

 ケイは自分の顔を指差し、彼女と向き合った。

「目の前にいるだろ。ほら、ここに」

「違う違う、珪君じゃない。光兄さんの方」

「あいつはお兄さんで、俺は珪君か。前から思ってたけど、その差はどこから来るんだ……」

「確かにケイ君をお兄さんと呼ぶのは、ちょっと抵抗あるな」

「あ、分かります?だって、ねえ」

 先輩後輩という関係上、モトちゃんには時折敬語になるエリちゃん。

 彼女が「珪君」と呼ぶのも、先輩であるモトちゃんの影響かもしれない。

 でも、その前から「珪君」って呼んでたかな。

「言ってろ。モト、そこ左。で、太陽が正面に来る」

「怒っても、ちゃんと教えてはくれるのね」

「そうしないと、俺が別荘に着かない」

 だけどそれが彼なりの照れ隠しだと、付き合いの長い私達は分かっている。


 少しして別荘へ到着した私達は、車から降りて間近に望む海を眺めていた。

 きらめきと潮騒。

 少しの切なさも抱かせる風景。

「海もいいわね。昨日までは山だったから、私達」

「キャンプファイヤーやったの。夜空に火柱が上がって、すごい綺麗だったな」

「な、なに」

 ハッチバックから荷物を降ろしていたケイが、唸り声を上げた。

「珪君、火が好きだもんね。すごかったよ、本当に。火柱が夜空を焦がすって雰囲気で」

 そう言うと悔しがると知っていつつ、エリちゃんは事細かな説明を繰り返す。

 ケイは完全に手を止め、恨みがましい顔で振り返った。

「……ユウ、俺達もやろう。火を焚こう」

「いいけど、キャンプファイヤーなんて無理よ。花火がせいぜいじゃないの」

「買いに行く。後で街へ行って来る」

「あ、珪君。私も行く」

「何もおごらないからな」

 くぎを差された割には、ニコニコしているエリちゃん。

 ケイはため息を付いて、エリちゃんの荷物を別荘へ運び出した。

「ここはいいから、その光兄さんに会ってこいよ。多分裏庭で、サトミといちゃついてるから」

「はいっ」

 元気良く返事をしてパタパタと駆け出すエリちゃん。

 本当に可愛い子だ。

 普段は何を考えてるか分からないケイも、彼女には甘い。

 彼女のためなら、自分の事など全く省みないって感じだし。

 何だかんだいって、この人もお兄さんという訳。

「あれ、私の荷物は?」

 車の脇へおきっぱなしになっている自分のバッグを指さすモトちゃん。

「これ運んだら持ってく」

「冗談、冗談」

「いいから、先に入ってて。永理も世話になったし、このくらいはするよ」

「とボーイさんも言ってるし、行こモトちゃん」

 「誰がボーイだ」という突っ込みを無視して、私達は別荘へと入った。


「例によって気の利く子ね」

「性分なんでしょ、あれが。でも誰にもああ親切じゃないのが、私は怖い」

「確かに。最初は女の子にならそうかなと思ってたけど、ビールを頭から浴びせたのには参ったわ」

「ああ、中等部に入学した頃の話ね。でもあれは、あの女の子が悪かったのよ」

 私はリビングのドアを開け、モトちゃんを先に行かせた。

「あ、こんにちは」

「どうも、こんにちは」 

 何だか他人行儀な挨拶してると思っていたら、沙紀ちゃんがソファーの上で正座していた。

 そう言えば、この二人はそんなに面識がなかったっけ。

 モトちゃん忙しいし、沙紀ちゃんも忙しいから。

「彼女は、何故正座を」

「さあ、私にもさっぱり」

「ち、違うのよ。ちょっと本を読んでて……」

 沙紀ちゃんの前には、ガーディアンの規則とその用例が書かれた本が転がっている。

 その周りにはノートやペン、2学期から改正される学内規則のプリントも

「頑張り屋さんね、生徒会ガーディアンズさんは。ユウも見習ったら」

「わ、私だってその、あの。少なくともトレーニングは欠かさないわよ」

「実務もやりなさいって事。サトミやケイに押し付けてばっかりじゃなくて」

「説教しないの。自分だって、トレーニングは逃げるくせに」

 まずいとばかりに目線を逸らすモトちゃん。

 しかし私は、ここぞとばかりに押し返す。

「お酒飲み過ぎてるから、運動が苦手なのよ。控えなさい、ちょっとは」

「そんなに飲んでない、私。人聞きの悪い事言わないで」

「でも元野さんが一晩でボトル空けたって、優ちゃん言ってた」

 笑いつつ話す沙紀ちゃん。

 モトちゃんは大きく手を振り、人の頬に指を立ててきた。

「そ、それ間違えてる。あれは、私とユウで2本のボトルを空けたのよ」

「だったら、優ちゃんも一本空けたの。すさまじいというか、何というか」

「誤解よ、それも。殆どはモトちゃんが一人で飲んだんだから。2本、ええこの人は2本のボトルを空けました」

 唸り声を上げ、しかしまだあきらめないモトちゃん。

 案外、こだわるな。


「でも丹下さんの体格だったら、私より飲みそうだけど」

「私そ、れほど飲まないの。お二人とは違いまして」

「そう?。丹下さんは、晩酌で五合ごんごう飲むはずよ」

「だから飲まないって」

 しかし沙紀ちゃんがどれだけ否定しても、モトちゃんは首を横に振る。

「だって、ユウはこの小さな体で一升飲むんだから。絶対五合よ、もう決定」

「誰が一升飲むって?この年でそんなに飲んでたら、アル中になるでしょ」

「あれ、この間夜中に一升瓶持ってきた人は誰だった?」

「私よ。モトちゃんにはお世話になったから、そのお礼だって言ったじゃない」

「じゃあそれを一人で飲んで、そのまま寝ちゃった人は」

「わ、私よ。ショウが試合で大怪我しなかったから。それに試合にも勝って、つい嬉しくなって」

「飲んだくれ姉妹……」

 呆然とした顔で私とモトちゃんを指さす沙紀ちゃん。

 私達はむっとした顔をして、ソファーへと歩み寄った。

 向こうもソファーから下り、私達を迎え撃つ体制を整える。


「おい、なにやってんだ」

 不意に後ろから声がする。

「あ、ショウ君。久し振り」

「この前会ったばかりだろ。それより、何やってるんだ」

 半ズボンにパーカーという格好のショウが、睨み合っている私達を怪訝そうに見つめてくる。

元野さんが、大酒飲みという話を」

 ポソッと呟く沙紀ちゃん。

「違うわよ。丹下さんが、晩酌に五合飲むの。で、ユウは一升飲む」

「一晩でボトル2本空ける人が良く言うわね。そう思わない、沙紀ちゃん」

「さあ。飲んだくれ姉妹じゃないから、私」   

「あら。聞いた優姉さん、今の」

「聞いたわよ、智美姉さん」

「ぐい飲み姉さんなのね、二人とも」 

「ああっ。ショウ君今のどう思う?ひどいと思わない?」

「智美姉さんの言う通りだわ。だってそうでしょ、ショウ」

「違うわよ、玲阿君は分かってくれるわよね」  


「ちょ、ちょっと3人同時に喋るな。こっちが疲れてくる……」

 私達の剣幕に押されるかのように、一歩下がるショウ。

「誰が酒飲みでもいいから、少し落ち着け」

「落ち着けないから騒いでるんじゃない。分かってないわね、ショウは」

「そうよ。本当に格闘馬鹿なんだから」

「それに大酒飲みはこの二人で、私は関係ないの。分かってる、玲阿君?」

「あ、ああ」

 ショウはさらに下がっていく。

 開いた距離を埋めるべくさらなる前進を試みる私達。

 やがて壁間際で追い込んだ所で、全員でショウを睨み上げる。

「お、俺は何もやってないだろ」

 火の噴くような視線を避け、壁づたいに逃げ出した。

「あ、待てっ」 

 即座に後を追って廊下に出てみたものの、人の気配はすでに無い。

「……右は食堂で行き止まり」

「すると、左か」

「右に行けば、縁側に出られるわ」 

 私達は力強く頷きあい、廊下を右へと走り出した。


 小高い木が生い茂り、涼しい風が縁側へとそよいでくる。

 足元の土は程良い湿り気を含んでいて、サンダル越しに柔らかい感触を伝える。

 裏庭とはいえ広さはその辺りのグラウンドくらいあり、ちょっとした林のようだ。

「いないわね。どこ行ったんだろ」

「ここは広いから。一旦入られたら分からないわよ」

「どうする、優ちゃん」

 しかしそんな風雅は関係なく、険しい顔で周りを見渡す私達。

 すると沙紀ちゃんが、近くの木陰を指さした。

「あそこ、遠野ちゃん達がいる」

「向こうも気づいたみたいね」

 軽く手を振るモトちゃん。

 木陰から出てきたサトミとヒカルも、手を振ってくる。

 手つないでるよ、いいんだけどさ。

「ショウ、ショウ見なかった?」

「いや、見ないけど」

「どうかしたの?」

 そう尋ねられて、顔を見合わせる私達。

 どうって、どうよ。

「何か用事でもあるのかな」

「えと、その、あのさ」

「……用という程の用じゃないんだけど。ねえ」

 私の視線を受けた沙紀ちゃんが、ぽつりと一言。

「私はどうでもよかったんだけど、飲んだくれ姉妹が怒っちゃって」

「それって、ユウとモトの事?」

「この二人は、よく飲むからね」

 大笑いするヒカル達。

 私とモトちゃんも、ニッコリ笑って沙紀ちゃんと腕を組んだ。

「面白いわね、丹下さん」

「本当、面白い」

「じょ、冗談だって。冗談。ひゃっ」

 かまわず脇をくすぐる私達。

 足をじたばたさせるが、もう知らん。

「二人とも止めなさいよ。ユウはともかく、モトまで」

「はいはい」

 最後にもう一くすぐりして腕を放すモトちゃん。

 ともかくと言われた私も、仕方なく解放する。


「こんにちは」

 サトミ達と一緒にいたエリちゃんが、丹下ちゃんに向かって頭を下げる。

 この二人も、初対面か。

「あ、こんにちは。私は優ちゃん達の同級生で、丹下沙紀です」

 妙に礼儀正しく挨拶する沙紀ちゃん。

 エリちゃんはもう一度頭を下げ、落ち着いた態度で自分も挨拶を始めた。

「私は、浦田永理です。ご承知かも知れませんけど、光兄さんと珪君の妹です」

「浦田3兄弟では、一番まともな子よ。ねえ、サトミ」

 話を振られたサトミは、わざとらしく声を上げてモトちゃんの腕に飛びついた。

「……何じゃれてんだか」

「あ、ショウ」

 この雰囲気なら大丈夫だと思ったのだろう、しかし様子を窺いつつ私の隣に来るショウ。

 何も、逃げなくてもいいのに。

 私達も、追わなければいいんだけど。

「仲いいのね、あの二人」

「彼女は、僕達のお姉さんみたいな子だから。特に聡美はいつもユウ達の世話をして大変だから、余計モトには甘えたくなるんじゃないかな」

 気になる部分も多少あったが、私もヒカルの意見に賛成である。

「そう言えば、珪は」

「荷物運んでくれてる、ボーイさんは。おかげで助かりました」

 ヒカルに頭を下げるモトちゃん。

 そして「気にしないで」と言って頷くヒカル。

 何か違うと思うんだけど、まあいいか。

「光兄さんは、あまりそういう事しないね」

「鈍いというか、ホワーとしてるからこの人。しないんじゃなくて、出来ないのよ」

「ボケボケだもんね、ヒカル」

「ヒカル君は浦田よりもっとまともだと思ってたけど、意外」

「大物なんじゃないの、ヒカル君は」

 モトちゃんに肩を叩かれ、明るく笑うヒカル。

 分かってるのかな、意味が。


「モトちゃん達、朝ご飯食べた?」

「ええ。サービスエリアで少し」

「早く海行こうよ、海。私、着替えてくる」

 別荘へ向かって一目散に駆けていくエリちゃん。

 私達は歩いて、その後に続く。

 さらさらとそよぐロングヘア、跳ねるような軽やかな足取り。

 あの後ろ姿も、また可愛い。

 彼女みたいな妹がほしいなとつくづく思う瞬間だ。

 将来サトミとヒカルは結婚するんだし、サトミはエリちゃんが義妹になる訳か。

 結構羨ましいな。

 でも残ったケイと結婚するなんて、あり得ないし考えたくもない。

 だったら、養子にもらうとか。

「……娘さんを下さいって言ったりして」

「え、何それ」

 隣を見上げると、怪訝な顔をしているサトミの顔が。

「い、いや。深い意味はない」

「深いのか浅いのか知らないけど、結婚の挨拶なら逆じゃない?男の人が言う台詞でしょ」

 サトミとは反対側に回ってくる沙紀ちゃん。

 こういう話には敏感だな、思春期の少女達は。

「だ、だから何でもないって」

「そういう趣味かも、ユウは。気を付けた方がいいわよ、二人とも」

 意味深な含み笑みをして、モトちゃんが私の前に立つ。

 すると叫び声を上げて、サトミと沙紀ちゃんがモトちゃんの腕にしがみついた。

 自分達の方が、どうかしてるんじゃないの。

 ちょっと羨ましいのは、この際我慢するとして。



 水着に着替えた私達は、別荘の前に広がるプライベートビーチでのんびりとくつろいでいた。

 ここはこの間の海水浴場と違い、波はいつまで経っても穏やか。

 海辺にいるのは私達だけで、広い光景に微かな潮騒が聞こえている。

 右手には小さな岬が見え、左手はただひたすらの海。

 白い砂浜、緩やかに流れ着く波、限りなく青い海と空。

 まるで時間までもがゆっくりと過ぎていくような気分にさせられる。

 私は波打ち際に腰を下ろし、寄せては帰る波に手を付けていた。

「……何食べたらそうなるの?」

 思わずモトちゃんに尋ねてみる。

「基本的には食堂のフリーセット食べてるんだから、ユウと同じよ。それにサトミや丹下さんの方がすごいじゃない」

 くすっと笑い、なだらかに膨らんだ胸元を押さえるモトちゃん。 

 オレンジ色のセパレートで上はタンクトップ。

 確かにサトミ達ほど胸はないけど、背が高いからなかなかに格好良い。

「私だって、丹下ちゃんには負けるわ。ユウじゃないけど、あの子卑怯なくらいのスタイルしてるもの」

「その五合ごんごうさんは、何やってるの」

 未だに沙紀ちゃんをそう呼ぶモトちゃん。

 例によって穴を掘っているショウとヒカルを横目でパスし、太股の辺りまで海に浸かっている沙紀ちゃんに目をやった。

 正面にはケイがいて、二人はがっちり組み合ってワーワー騒いでいる。

 どちらが投げられるか遊んでいるようだ。


「あの二人仲良いいじゃない。私は彼女ととそれ程付き合いがないから、知らないけど」

「そうね。この間までは、丹下ちゃんの所で仕事を手伝ってたし」

 サトミの説明にモトちゃんは軽く頷いた。

 ちょっと笑っているようでもある。

「ケイ君の手伝いね。頼もしいのか、頼もしくないのか」

「馬鹿とはさみは使いようって言うじゃない。ケイだってそれなりには役に立ってたって」

「ユウ、それ褒めてるの?でも、変な組み合わせだわ」

 腕を組み彼女よりは醒めた視線を注ぐサトミ。

「見た目が?確かにケイ君と丹下さんでは、ちょっと釣り合わないかな」

「そ、そこまでは言わないわ。それにケイは、光と外見は似てるのよ」

「はいはい」

 なだめるようにサトミの髪を撫でるモトちゃん。

 その間にも、二人の戦いは白熱化していた。


 体術としては沙紀ちゃんが数段上だろうが、水に浸かっていて足元は滑りやすい砂地。

 条件面から言えば、何でもやらかすケイの方が有利か。

 沙紀ちゃんは上体を揺すりケイを横に振ろうとするが、足をどうにかされてるらしく大きな動きには至らない。

「や、やるわね」

 にやりと笑いケイと額を合わせる沙紀ちゃん。

「俺だって、一応はエアリアルガーディアンズなんでね」

 脇をしぼり、沙紀ちゃんの腕を極めに掛かるケイ。

 だがそれを予期していたかのように、沙紀ちゃんの体が沈み込む。

 するりと腕を抜け、後ろに下がろうとしたケイの首を脇に抱えた。

 そして腕を掴んで腰を落とし、そのまま一気に後ろへ放り投げようとするが……。


「きゃっ」

 突然腕を放し、顔を抑える沙紀ちゃん。

「油断大敵、火の車」

 ケイは意味不明な事を言って、その身を海に沈み込ませた。

 沙紀ちゃんは、おそらくケイが掛けた海水をまだ拭いている。

 正式な試合なら沙紀ちゃんが明らかに勝っていただろうが、ルールがないとあの子は強い。

 激しい水しぶきが上がり、ふっと浮き上がる沙紀ちゃんの体。

 頭から水を滴らせたケイが、彼女の腰を抱えて一気に抱き上げたのだ。

「鼻、抑えてた方がいいよ」

 そう忠告し、腰を後ろへ勢いよくひねる。

 このまま決着かと思われたが、しかし。

「ん、んん?」

 びくとも動かない沙紀ちゃんの体。

 抱え上げているケイは、顔を真っ赤にしているがやはり動かない。

「私だって、伊達に生徒会ガーディアンズじゃないの」

 強い日差しを跳ね返すような、不敵な笑みを浮かべる沙紀ちゃん。

 その両手をケイの顎に持っていき、ぐいと押す。

 バランスを崩しのけぞっていくケイの体。

 そこに沙紀ちゃんの体重が加わって。

「おわっ」

 体を横にひねり、何とかかわすケイ。

 横倒しになった二人の体が水面に沈み、派手な水柱を上げる。


「……引き分けかしら」

「さあ、私は専門家じゃないから」

 大笑いしているケイ達を眺める、サトミとモトちゃん。

 どっちも力を出し切っていないと言う点では、私も論評のしようがない。

 沙紀ちゃんの技はもっと鋭いし、パワーもその辺の男の子なんか相手にならない。

 それにケイは水を顔に申し訳程度掛けただけで、彼本来の機転を効かしていない。

 遊びでそこまで真剣になるタイプじゃないしね、この二人。

 するとそこへ、エリちゃんが近寄っていった。

 赤のワンピースで、スカート付きの可愛い感じ。

 お兄さんの助太刀でもするのかな。

「やーっ」

 元気な掛け声。

 振り向いて何か言い掛けるケイ。

 その腕をがしっと掴み、沙紀ちゃんへ微笑み掛ける。

 沙紀ちゃんもにこりと笑い、反対側の腕を取る。

 でもって二人でケイの首を掴み、ツインでのブレーンバスターが炸裂。

 やはり上がる水柱。

 ぷかぷか浮いてくるケイの体。

 沙紀ちゃんとエリちゃんは、肩を組み合って腕を高々と上げた。


「遊ばれてる……」

「可哀想な子ね」

「私はノーコメント」

 辛辣な意見しか発しない私達。

 その間にもエリちゃんは、腰を屈め今度はヒカルへと近寄っていく。

 穴掘りに必死な兄上は、気が付いていない。

 音も無く背後へと忍びより、海へと突き飛ばすべくその手をすっと伸ばす。

 が、しかし。

「惜しかったな」

 一瞬早くその間に割って入るショウ。

 没頭しているヒカルは気付いていない。

「……じゃ、こういう事で」

 エリちゃんは、両手でショウの厚い胸板を勢い良く付いた。

 それだけではなく、足も刈って。

「おおっ?」

 叫び、後ろ向きのまま海へと吹っ飛ぶ巨体。 

 大きく水が跳ね、近くにいたヒカルへも降り注ぐ。

「雨?」

 ようやく顔を上げ、のんきに青空を見上げる。

 本気でこういう事を言うんだ、この人は。

「ともかく目的は達成出来ました。ご協力感謝します」

 尻餅を付いたショウに向かって深く一礼するエリちゃん。

「面白いな、それ」

「はは、面白かった?」

 方や髪をかき上げ立ち上がり、方やじりじりと後ずさる。

 ちょっとエリちゃんの頬が赤い。


 前から思ってたけど、彼女ショウの事が好きなんじゃないかな。

 好きといっても、憧れに近い物だろうけど。

 色んな意味で格好良いからね、この人。

 例えるなら私にとっての、塩田さんみたいなものだろう。

「そういう事をやる子には、お仕置きしないと」

「お、大人げないな。ほら、子供のちょっとしたお遊びじゃない」

「兄は崖から落としたけど、さて妹はどうしよう」

「が、崖……」

 口元を両手で押さえさらに下がるエリちゃん。

 ショウはにやりと笑い、彼女を捕まえるべく両手を差し伸べた。


 だが、その手が素早く引き戻される。

 空一閃。

 鋭い浴びせ蹴りが、ショウとエリちゃんの間を過ぎる。

 続いて砂浜を滑るような、真下からの足払い。

 バックステップでそれをかわし、間合いを十分に取るショウ。

 砂浜に手を付き、半笑いで見上げるケイ。 

「お仕置きって、誰の許可を得てるんだ」

「やられたらやり返って事だ。それにお前だって投げ飛ばされただろ、エリちゃんに」

 何も答えず黙って立ち上がったケイは、手を横へ伸ばしてエリちゃんを下がらせた。

「このまま引くか、俺とやるか。学校最強の男、玲阿四葉君。さあどうする」

「無論やるさ。俺は今まで、一度も背中を見せた事が無いんでな」

「か、格好良い」

 背中越しに聞こえてきた声に思わず頭を抑えるケイ。

「ったく。誰のために苦労してると思ってんだ」

「なら、止めるか」

「まさか。妹に悪い虫が付くのを見過ごすなんて、俺には出来なくてね」

「……誰が悪い虫なのよ」


 素早くショウの隣りに並ぶ私。

 それは言い過ぎっでしょって事で。

「さて、私達二人に勝つ自信がある?」

 私とショウは胸元で腕を組み、ずいと一歩前へ出た。

 これにはケイも顔をしかめて、エリちゃんをかばいつつ後ろに下がる。

「形勢不利、かな」

 すると今度はヒカルがケイの隣りに立つ。

 顔を見合わせて苦笑する、二人の兄。

「甘い兄貴共だ。それでもまだまだ」

「二人まとめて面倒見るからね。エリちゃん、その後は覚悟してなさいよ」

「は、話が大袈裟になってるっ」

 悲痛な叫び声を上げるエリちゃん。

 そんな事にはかまわず、さらに前へ出る私達。

 背後が海の浦田兄弟は、もう下がる事も出来ず難しい顔で私達を見つめてくる。

「ほほっ。お困りのようね」

 さらに割って入る、一つの影。

 その破壊的なスタイルを、惜しげもなく夏の日差しにさらしている沙紀ちゃんだ。

「私が浦田兄弟に加わると、少しはバランスが良くなるんじゃない?」

 ハイタッチ気味に手を握り合うケイと沙紀ちゃん。

 そこにヒカルとエリちゃんとも、手を重ねていく。

「これでなんとかなるかな。ショウ、まだやるつもり?」

 見た目は同じだけど、ケイとは全然違う優しい笑顔を浮かべるヒカル。

 あくまでも私達を思っての気遣いだろうけど、それが逆に悔しい時もある。

 例え、子供じみた発想だと分かっていても。

 どうせ見た目も子供だしね……。

「こっち、こっちきてー」

 声を張り上げてサトミとモトちゃんに呼びかける私。

「やだ。私、非戦闘員だから」

「モトちゃーん、そんな断り方ないでしょー。困ってる人を助けるのがガーディアンじゃないー」

「仲裁ならいいけど、ケンカ嫌いなの。サトミに頼んでー」

 しかしモトちゃんの隣りに座っていたサトミも首を振る。

「家族と戦うなんて、私出来ないから」

「か、家族って。まだ結婚してないだろー」

「愛情より、友情を取ってよー」

 ケイ達に迫られ、長くもない腕を必死に振る私。

 それがあまりにも哀れに思えたのか、ようやくサトミが立ち上がってくれた。

「……分かったわ。それなら、過保護な兄と悪戯な妹を懲らしめるという意味で」

「あ、聡美姉さんが裏切ったっ」

「永理。その言葉、高く付くわよ」

 口元だけを微かに緩め、鋭い眼差しを向けるサトミ。

 エリちゃんは口元でもごもご言って、ヒカルの背中に逃げ込んだ。

 その呼び方からも分かるように、この二人はすでに姉妹の関係にあると言っていい。

 しかしヒカルと結婚するという事は、今サトミが言ったようにケイが弟として付いて来るんだよね。

 じゃあケイも「聡美姉さん」とか呼ぶのか?

 考えたくないな……。



 そんな事はさておき、波打ち際で激しく睨み合う私達。

 こちらは私、ショウ、サトミ。

 向こうはケイ、ヒカル、エリちゃんに、沙紀ちゃん。

 単純な格闘技の腕だけなら沙紀ちゃん以外は問題ないけど、浦田兄弟の連携は要注意だ。

 特に、ケイとヒカルの組み合わせは。

 しかも今回は、守るべき対象にエリちゃんがいる。

 とはいえこっちも、連携では負けていない。

 バックアップにサトミもいるしね。

「……ケイと光、あの二人はショウが担当して」

「あいつらが相手か。ちょっと面倒だな」

「じゃあ私が、沙紀ちゃんを引きつけるとして」

「永理はまかしておいて。妹のしつけくらいはね」

 寄せ合っていた顔を離し、ショウがいきなり駆け出した。

 向こうもヒカルが素早く反応する。

「遅いんだよっ」

 脇に手を差し入れ、裏投げ気味に海へと放るショウ。

 吹っ飛んでいくヒカルを横目に、私とサトミも走り出す。

 私はショウの背中に隠れるようにして、彼等との距離を詰める。

 サトミは陽動的に、私よりゆっくりと前進していく。

「ユウッ」

「了解っ」

 ショウがこちらを振り返り、両手を揃えて前に出す。

 砂浜を蹴り付け、その手の平に足を掛ける。

 次の瞬間にはショウの腕が斜め上に上げられ、私の体は空高く舞い上がった。

 一瞬の開放感が胸を包み、水平線の向こう側が微かに見えたような気にもなる。

 海から這い上がってきたヒカルを難なく飛び越え、その後ろからやってきていたケイもあっさりとかわす。

「よっと」

 水しぶきを上げ軽やかに着地。

 目の前には、すでに構えを取っている沙紀ちゃんの姿が。

「こんなシチュエーション、前にもあったね」

「あの時は私が負けたけど、今度はそう簡単にいかないから」

「どうかな」

 素早く沈み込み、沙紀ちゃんの膝元へタックル。

 難なく足を取った私は、違和感を感じつつもその体を砂浜に転がした。

「さて、後はサトミがエリちゃんをお仕置きして終わりと」

「本当に、そう上手く行くかな?」

「え?」

 不敵な笑みを浮かべる沙紀ちゃん。

 私は足を掴んだまま、エリちゃんの元へ向かったサトミへ目をやった。


 視線の先にあった物。

 それはヒカルと向かい合って、身動きが取れないでいる彼女の姿。

 格闘技の腕は、ヒカルの方が上。

 でもって、彼氏と彼女。

 策を練るにも、そういうのを全く意に介さないし通用しない相手。

 動ける訳がない。

 しかも、そのヒカルを止めるべきショウの姿もない。

 海にも、砂浜にも、別荘の方にも。

「誰か探してる?」

「わっ」

 背後から掛かる笑い気味の声。

 振り向けば、薄ら笑いを浮かべるケイがいた。

「ショウならあそこ」

 ケイが指さす先を、ずっと辿っていく。

 波打ち際、何かが突き出ている。

 良く、見てみる。

「……足?」

「そう。自分で掘ってた穴に落ちたんだよ。というか、俺が誘い込んだんだけどね」

「だって」

 豊か過ぎるバスト越しに見上げてくる沙紀ちゃん。

 そして次の瞬間、私の体がふわっと浮き上がる。

 彼女が、足を上へ持ち上げたのだ。

 普通なら軽く耐えきれる動きだけど、今は完全に気を抜いていた。

 次は一気に落ちていく。

「うわっ」

 いわばシーソーの要領。

 気付けば長い足を抱えたまま、寝ころんでいる私。

 やはり顔が隠れる程のバスト越しに、沙紀ちゃんが見下ろしてくる。

 逃げだそうにも脇を足で締め付けられていて、いわばひっくり返ったカメ状態。

 手足が短いから、まさにそのままだ。


「これからどうするつもり?私、下から睨まれてるんだけど」

「俺も睨まれてるよ。永理ー、こっちー」

 いつの間にか腰まで浸かる所まで逃げていたエリちゃんが、こっちへやってくる。

 手には浮き輪を持っていて、さらに遠くまで逃げられる準備までしているし。

「終わった?」

「ああ。光ー、サトミー」

 手を振るケイを見て駆け寄ってくるヒカル、そしてサトミ。

 苦笑気味のモトちゃんもやってくる。

 私は沙紀ちゃんの手を借りて、ようやく起きあがる事が出来た。

「珪」

「分かってる」

 頷きあう浦田兄弟。

 二人は表情を改めて、浮き輪を抱えているエリちゃんを招き寄せた。

「あ、あの」

「ともかく、みんなに迷惑掛けたのは確かなんだ」

「まずは、ショウに謝ろうか」

「……はい」

 素直に返事をして、足だけ見せているショウの元へと向かうエリちゃん。

 私達もその後に付いていく。


 エリちゃんは穴の側に屈むと、立て膝を付いて中を覗き込んだ。

「ごめんなさい、ショウさん。私ちょっとやり過ぎて、調子に乗ってました」

 そして深く頭を下げる。

「いいよ、俺もお仕置きってのは言い過ぎだった。それより、ここから出してくれると嬉しかったりする」

 もぞもぞと足を動かすショウ。

 というか、足しか見えていない。

「あ、はい」

 エリちゃんはその足を掴み、唸りながら引き始めた。

 しかしそれなりに体重のあるショウを引っ張り上げるのは、そう簡単ではないようだ。

「私も、及ばずながら手伝いますか」

「ユウさん……」

「行くよっ」

「はいっ」

 私が右、エリちゃんが左足を掴む。

「よっ」

「やっ」

 掛け声よろしく引っ張る私達。

「がっ」

 だが体は上がらず、変な叫び声が聞こえてきた。

 潮騒で掻き消えるには、やや悲痛な声が。


「ユウ、エリちゃん。ショウ君の股でも裂いてるの?」

「あ、そうか。一緒の方向に引っ張らないとね。でも大丈夫、ショウ足長いから」

「だったら、光そっち持って。俺はこっちから引っ張る」

「限界に挑戦するのも面白そうだね」

 こういうのには、妙に気の合う二人。

 ショウの足を掴んで向き合った彼等は、「せいっ」という掛け声と共に後ろへと下がった。

 またもや上がる叫び声。

「駄目だね。穴の幅が狭いから、裂けそうにない」 

「なら、次はあれやろう」

「いいお餅が付けそうだよ」

「何遊んでるの、二人とも。丹下ちゃん、そっち持って」

「あ、うん」

 ケイ達を押しのけ足を取るサトミと沙紀ちゃん。

 だけど、何となく持ち方が違う。

 下からじゃなくて、上から足を掴んでいるのだ。

 つまり引っ張るというよりは。

「せいのっ」

「はいっ」

 腰を入れてショウを押し込む二人。

 「ムギュッ」とかいう唸り声が聞こえてきた。

「あ、ごめんなさい。今のわざと」

「だって、お約束だから」

 大笑いした二人は最後に足の裏をくすぐって、その手を離した。


「止めなさいよ、みんな」

 腕を組んで私達を見渡すモトちゃん。

 すっとぼける私達を眺めつつ、彼女は穴の側にしゃがみ込んだ。

「要は、この穴が駄目なんだって。引っ張るより、壊した方がいいわ」

 そう言って、穴の縁を掘り始める。

 大きくなっていく穴。

 そこに、押し寄せる波が迫りくる。

 砂は泥となり、やがて濁った水と化して穴へと流れ込む。

「お、おいっ。水が、水がっ」

 中でどうなっているのかは知らないけど、ショウの足が激しく動く。

「あんなにはしゃいじゃって。ショウも子供だな」

「海だからね」

 のんきな事をいう浦田兄弟。

 エリちゃんは、モトちゃんと一緒に穴を掘り始めた。

「……ここ掘ったらどうなるのかしら」

 サトミの足が、砂浜に埋まっていく。

 そこを伝い、勢いを増して流れていく海水。

「危なくないの?」

 その先を掘り進んでいる沙紀ちゃんが笑いながら尋ねてくる。

 行き着く先には、ショウの埋まった穴がある。


「ちょっとみんな、いい加減にしなさいって」

 私はショウの足をむんずと掴み、掛け声を上げながら後ろに引っ張った。

「む、無茶すんなっ」

「溺れたくなかったら、黙っててっ」

「その前に、首が……」

 いやな引っかかり方を幾度も感じつつ、どうにかショウの体を外へ出す事に成功した。

 私もその気になれば、火事場ではなくてもそれなりの力が出るようだ。

「大丈夫?水飲んでない?」

「一応、礼は言っとくよ」

 首を押さえ苦笑するショウ。

 私はその視線を避け、体に付いた砂を払ってあげた。

「しかしお前らな、冗談にも程があるぞ」

「ごめんなさい、私また迷惑掛けちゃって」

 ぺこりと頭を下げるエリちゃん。

 しかし他の子は、ヘヘッと笑うだけで砂まみれのショウを眺めている。

 まったく素直じゃ無いというか、子供っぽいというか。

 これじゃ、どっちが年上何だか分かんないね。



「……みんなー、お昼ご飯出来たわよー」

 管理人のおばさんが、砂浜まで降りてきて呼びかけてくる。

「はーい」

 笑いながら別荘へと歩き出す私達。

 勿論ショウだって笑っている。

 誰もが、今この瞬間を楽しんでいる。

 少なくとも私はそう思っている。

 そしてここにいるみんなに、いつまでもこの笑顔を浮かべていてほしい。



 そのためにも。

 ガーディアンとして、学校の生徒達を守るように。

 みんなの事も、守っていきたい。

 例え今の私には力不足でも。

 その思いだけは、いつでも必ず持ち続ける。


 砂浜を歩いていくみんなの背中に、ふとそんな事を考えた私だった。




 その日の夜。

 夕食を終えた私達は、再び砂浜に下りていた。

 日はすでに沈み、空には無数の星が瞬いている。

 足元をサーチライトがおぼろげに照らし、時折その光が海をきらめかせる。

「……さてと」

 携帯用の缶オイルを取り出すケイ。

 どこから拾ってきたのか、彼の前には枯れ木が積み上げられている。

 ちぎった新聞に火が灯り、枯れ木の下で弱く燃えている。

 ケイは缶を枯れ木の上にかざし、その腹にナイフを突き立てた。

 オイルが枯れ木へこぼれ、青い炎が立ち上る。

 周りに青い光が広がり、周囲を囲んでいた私達をその光で包み込む。

 闇の中に浮かび上がる私達。

 炎の揺らめき、舞い上がる火の粉、薄く見える暗い海。

 その幻想的な光景に、心まで吸い込まれそうな気持になる私。


「……あちっ」

 静寂を破る叫び声。

 なおもオイルをかけようとしたケイだったが、自分の手にオイルを被りそこに火がついたのだ。

 幸い炎はすぐに消え、大急ぎで波打ち際へと駆けていった。

「あの子は、ムードも何もあったものじゃないわね」

 肩をすくめ闇に見えるケイを笑うモトちゃん。

 視線が合ったサトミも、笑いながら口を開く。

「本当、誰に似たのかしら」

「僕は知らないよ」

「私も」

 血を分けた兄弟を、情けなさそうに見つめるヒカルとエリちゃん。

 血を分けていなくても、その気持は誰しもが理解しただろう。  

「大体、オイルを掛ける必要があったのか?」

「さあ。単に派手な火が見たかっただけでしょ、どうせ」

 私はショウから受け取った枯れ木を、ようやく赤くなり始めた炎の中へ投げ入れた。

 ぱっと火の粉が舞い、周囲の闇を瞬間だけ焦がす。

「火傷は、してないよね」

 少し心配そうにケイの背中へと視線を送る沙紀ちゃん。

「燃えたのは一瞬だから、大丈夫だと思う。でも私も気になるし、丹下さん悪いけど様子見に行ってくれない?」

「ええ」

 モトちゃんからタオルを受け取った沙紀ちゃんが、小走りで駆けていく。

 やがて波打ち際に屈む、その背中。


「……放っておいても死ぬような子じゃないけどね」

「自分で勧めて、その台詞?」

 悪戯っぽい目線でモトちゃんを見るサトミ。

 くすっと笑い合って、二人は手にしていたビールの缶を重ねた。

「サトミ達も、そう思ってるの?」

「そうならいいなってくらいには」

「断定は出来ないし、聞きづらい事でしょ」

 波打ち際では、腰を下ろしたケイと沙紀ちゃんが楽しそうに話している。

「兄貴としてはどう思うんだ」

「さあ、僕もそういうのは疎い方だから」

「だって、聡美姉さん」

「だから、私に振らないでって」

 サトミは足元にあった花火セットを取り、袋を開けていくつか取り出した。

「はい」

「ありがとう」

 それを受け取ったエリちゃんが、たき火に花火を近付ける。

 微かな煙が上がり、やがて色とりどりの火花が闇を焦がし始める。 

 みんなも花火を一つづつ手にして、たき火の周りに鮮やかな光を広げていく。


「綺麗だけど、もう少し刺激がほしいな」 

「だったら、これは」

 10連発と書かれた筒状の花火が、ショウの前に差し出される。

「手持ちじゃないだろ、これ」

 と言いつつも、喜々として先端をたき火に付けた。

 火花が散り始め、ショウはそれを斜め上にかざす。

 シュッという小気味良い音がして、光の珠が夜空に輝く。

 一つ、二つ、三つ……。

 つかの間明るくなった夜空は、でもすぐに闇へと還っていく。

 ちょっと切ない、素敵な光景。

 私は線香花火を持ち、ライターで火を灯した。

 小さな、本当に小さな火花。

 赤く輝く珠から、光線のような火花が散っていく。

 光は色を失い始め、火花の量も減っていく。

 ついには白い煙を立ち上らせ、赤い珠は消え入ってしまった。


「儚いわね、線香花火は」

 同じく線香花火をやっているモトちゃんが、自分の花火を見ながら呟く。

「それがいいのよ、情緒があって。これがいつまでも続いてたら、誰もやらないわ」

「いい事言うね、女の子達は」

 エリちゃんの花火に火を付けていたヒカルが、おかしそうに笑う。

「どうせ俺は雑な人間だよ」

「拗ねないの、ショウ。ほら、これやろっ」

 私は30連発と書かれた花火をショウに手渡した。

 さすがにこれは手で持てないと思ったのか、砂浜に突き刺すショウ。

 下に付いている導火線に火を灯し、すぐに距離を置く。

 さっきよりも大きな音と、大きな光。

 夜空が赤や青に燃え、闇がそれを消していく。

 綺麗で、やはり切ない光景。

 胸が締め付けられるような、それでいて熱くなるような。

 みんなも同じ思いを抱いているのか、穏やかな顔で夜空を見上げている。

 言葉では言い表せないような、不思議な雰囲気。

 一つの思いを持って、一つの景色を眺めている。

 みんなの気持ちが流れ込んでくるような、そんな錯覚すら私は感じていた。



 しばらくして花火は終わり、私達はたき火の周りに腰を下ろした。

 誰も何も言わない。

 ただ黙って、揺らめくたき火を見つめている。

 それだけで、気持が満たされていくのが分かる。

 心が暖かくなっていくのが。

 肩を寄せ合い、たき火を囲む私達。

 いつまでもこうしていたい。

 ここにいるみんなと、いつまでも。

 私はそう思い、ショウの肩に頭を寄せていた。



 不意に夜風が吹き付け、たき火を揺らす。

 花火を入れていた袋もそれに合わせて揺れ始める。

 その中から、小さな黒い錠剤のような物が飛び出てきた。

 錠剤は風に乗り、まるで吸い寄せられるようにしてたき火の端へと転がった。

 注視する事しばし、錠剤から煙がでて弱い炎が上がる。

 そして黒い炭が、あえて表現するならニョロニョロといった感じで伸び始める。

 次はどうなるのかと思ってずっと見ていたら、ただ炭が伸びていくだけで結局そのまま錠剤は燃え尽きてしまった。

「何、これ」

 猛烈な脱力感に襲われる私。

 それまでの感慨が、一気に台無しだ。

「くだらな過ぎる……」

「ヘビ花火って書いてある」

 袋に入っていた説明書きに視線を落としため息を付くモトちゃん。

「え、どうかしたの?」

 たき火の反対側にいるサトミが、怪訝そうに尋ねてくる。

 炎に遮られて、彼女には見えなかったようだ。

「今、見せて上げる」

 私は錠剤を一つつまみ、サトミ達がいる側のたき火に放り投げた。

 しばらくして、サトミ、ヒカル、エリちゃんの「ああ……」という虚しいため息が漏れる。

「花火買った時、昔の花火だとか言ってお店の人がくれたの」

「ヘビ花火っていうくらいだから、花火なのね一応」

 サトミの乾いた声がして、炭が風に飛ばされていく。

 闇に消えていく、ヘビ花火のなれの果て。

 無論それに感慨じみた視線を送る者は誰もいない。

 私達は口をきく気にもなれず、消え始めたたき火をじっと眺め続けた。


「元気ないね、みんな」

「何かあったの?」

 ようやく戻ってきたケイと沙紀ちゃんが、不思議そうな顔で私達を見渡していく。

「別に、何でもない」

 弱々しく首を振る私。

 ケイは軽く頷き、闇の向こうに見える波打ち際を指さした。

「さっき変な黒い塊が転がってきたけど、あれ何?」

「炭みたいだったけど、何かの燃えかす?」

 二人の質問にも、誰も口を開かない。

 というか、説明したくない。

「……世の中、知らない方が良い事もあるんだよ」

 そんな中、かろうじて呟くヒカル。

 それに合わせ一斉に頷く私達。

「訳分かんないな」

「みんな大丈夫?」

 消えかかったたき火が夜風に揺れ、白い煙を立ち上がらせる。


 煙が上っていく夜空は真っ暗で、星の瞬きだけが見えている。

 そこに私達を感動させた輝きはなく、煙に乗って漂うヘビ花火の残り香が微かに鼻をくすぐった。




 でもその香りが、それなりに切ない気持にさせてくれるのも確かではある。

 さっき見た下らなくもおかしい光景を思い返しつつ、私は闇へと還っていく炎を眺め続けた……。





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