17-11
17-11
タックルからの頭突き。
その上から肘を落とし、ガードが空いたところで腕を取って顎の下に足を差し込む。
タップされるマット。
手を解いて立ち上がり、一礼してフェイスガードを取る。
「雪野さん。何してるんです」
苦笑気味に歩み寄ってくる水品さん。
ここは自宅から程近い、レイアン・スピリッツ(RAS)のトレーニングセンター。
今は軽いスパーリングを終えたところという訳だ。
「昔を懐かしんで、少し」
「相手が自信を無くしますから、程々に」
「別に、プロじゃないんだし。私に負けたからといって」
「デビューしてますよ、彼は。それも、連勝中です」
肩を落として、壁際に去っていく大柄な男性。
向こうも本気じゃなかったし、何もそう気にする事はないと思うんだけど。
勿論私も、本気じゃなかったけどね。
「いっそ、ライセンスを取りますか?」
「私は、プロ志望じゃないので」
「じゃあ、インストラクターの勉強は」
「どうにかやってます」
実技の方は問題ないと水品さんも言ってくれているが、学科というかルールやスポーツ生理学も勉強しなければいけない。
それでも好きな事なので、比較的頭には入ってくる。
いっそ大学も、そういう方面に進んだ方がいいのかな。
「将来は、ここで働くつもりですか?」
「さあ。まだ受かってないし、向いてるかどうかも分かりませんから」
「玲阿家の跡を継ぐとか」
「はは」
笑い様膝を跳ばし、かわしたのを確認してその先を伸ばす。
だがそれも難なく避けられて、気付いたらこめかみにつま先が突き付けられていた。
不意を突いたくらいでは、どうにもならないな。
「あーあ、面白くないな」
「師を蹴った感想が、それですか」
「やだな、先生。スキンシップですよ、スキンシップ」
背中をペタペタと叩き、明るく笑い飛ばす。
それを見ていた周りから起きる、戸惑い気味などよめき。
「先生、怖がられてますよ」
「雪野さん程じゃありません」
「あ、そう」
膝の辺りに狙いを定め、まずは肩口を掴んで……。
「ユウユウ」
間の抜けた呼び名。
思わずこっちの膝が砕けてきた。
「ニャン」
「間の抜けた呼び方しないで」
私と同じ感想を漏らす、ジャージ姿のニャン。
「どうして、こんな所に来たの」
「こんな所で悪かったですね」
拗ねる先生に笑いかけたニャンは、ストレッチをしながら私の隣りに並んだ。
本当に、何しに来たんだ。
「最近、ユウユウが遊んでくれなくてさ」
「先週、香嵐渓にいったでしょ」
「サトミちゃんとばっかり遊んでさ」
この子もすね始めた。
何よ、みんなして。
私だって一生懸命やってるのに。
「ちょっと、拗ねないで」
「チジミ。イカチジミがいい」
「水品さん。どうします、この子」
「誰かに買いに行かせましょう。私はまだ仕事がありますから、雪野さんをお願いします」
膝を抱えてうずくまっていた私を転がして去っていく水品さん。
「先生ー、見捨てないでー」
「もう、恥ずかしいから止めて。子供じゃないんだから」
「最近は、そういう気分なのよ」
倒立の要領で体を起こし、足を振って手首を返し前方宙返りで立ち上がる。
この程度は軽くやれないと、インストラクターなんて遠い夢だからね。
勿論、こんな事をやってる人はどこにもいないけど……。
「サトミが、遊んでくれないのよ。中学生に捕まっちゃって」
「あの子は、お姉様だもの。下級生には、受けはいいわよ」
「でも、高校ではあまり寄ってこないじゃない」
「同級生や上の立場の人間からすれば、邪魔というか怖いから。のんきに付き合ってるユウユウ達が、珍しいの」
人の鼻を突いてくるニャン。
自分だって、サトミと遊んでるのに。
どうも私の周りには、自分の事を棚に上げる人間が多いな。
「私も、少しは成長してるのかな」
「してなかったらどうするの」
「そうだけどさ。そういう実感ある?」
「いや、聞かれるとちょっと」
はかばかしくない答え。
二人とも首を振り、マットの上にしゃがみ込む。
「年は取ってるんだけど」
「体も、少しは大きくなったけど」
「本当に」
「ねえ」
仕方なく漏れてくるため息。
お互いに肩を叩き合い、寄り添って膝を抱える。
子供のように、昔のように。
成長。
それは良い方向への変化とでも言うんだろうか。
中等部の頃と比べれば、私や彼女も少しは何かが変わっているだろう。
だけど、変わらない方がいい事だってある。
小等部の時と全く同じでいい事だって、あるに決まっている。
今の、私とニャンのように。
何も言わなくても、側にいるだけで幸せになれるなら。
時と年齢。
それを経ても、それとは関係なく。
変わらないでいられる自分達でありたい。
振り返った昔と、見つめる今。
紡がれ続けた、変わらない関係。
この先、まだ見る事もない遠い未来も。
その思いもまた、変わらない。
第17話 終わり
第17話 あとがき
違う意味での、中等部編でした。
ケイの妹であるエリちゃんが出てきたんですが、やや影が薄かったかなと。
とはいえメインは、高畑さんでしたので致し方ないかも。
という訳で、彼女の事を少し。
高畑風。
華奢で小柄、愛らしい顔立ち。
中等部3年生。
軽度の精神疾患。
話し方はたどたどしく、礼儀正しい。
かなり生真面目で、純粋な性格。
絵を描くのが好きで、パステル画が得意。
中学生なので本編にはさほど関わりませんが、時折登場するかと思います。