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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第17話
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17-3






     17-3




「ただいま」

「おかえり」

 カメラ片手に出迎えてくれるお父さん。 

 私は体を引き気味にして、玄関を上がった。

「どうしたの」

「優が制服を着てるって聞いて。朝は見られなかったからね」

 切られるシャッター。

 反対側の手には、ビデオカメラが下がっている。

「いつも着てるじゃない」

「中等部のは久し振りだから、記念に取っておかないと」

「その頃のと、ごっちゃにならない?」

「まさか。優も成長してるから、間違える訳無いよ」

 嬉しい事を言ってくれるお父さん。

 つい壁にもたれたりして、こっちもポーズを取ったりする。

「あなたは、どうして帰ってくるの」

 血も涙も無い事を言ってくるお母さん。

 この人だけは、本当に。

「娘が家に帰ってきて、何が悪いの」

「寮は」

「その、あれよ。中等部の頃は、しばらく家から通ってたじゃない」

「すぐ形から入りたがるんだから」 

 読みが鋭いな。

 のんきに娘を撮影しているお父さんとは、かなりの違いだ。


 お父さん達はすでに夕食を済ませていて、二人に見られながら食事を取る。

 さすがに制服は脱いでいて、シャツとスパッツに着替えているが。

「何か、ケイがLDだって」

「LD……。ああ、学習障害」

「問題なの?」

「彼は実生活で困ってないから、何の問題もないよ」

 どうやらその意味を分かっているらしいお父さんが、そう教えてくれる。

 大体あの子の場合は、それ以前に性格を見てもらった方がいい。

「優。あなた、どこでそんな事聞いたの」

「ちょっとね」

 今日合った事をかいつまんで、二人に説明をする。

 あくまでも、私が理解した範囲で。


「なるほど。こういう言い方はどうかと思うけど、親は大変だろうね。生活面も、精神的にも」

「生活は分かるけど、精神的にって?」

「親はそうなった原因が、自分にあるんじゃないかって思うものよ。自分のせいで、子供が辛い目に遭ってるなんて具合に」

 訥々と話すお母さん。

 その肩をそっと抱くお父さん。

 聞かされて気付く、逆を返せば実感のない話。 

 私に分かるのはその意味であり、二人程真に迫った感覚ではない。

 親としての責任よりも、愛情という事なのだろうか。

「後はどこまで面倒を見たらいいのかとか、手を貸すべきではないのかとか。本当に大変だと思うわよ」

「サトミ達も、そんな事言ってた」

「あの子達は苦労してるから。それとこっちは親切で手助けしても、向こうは屈辱と感じるかもしれない。憐れみ、同情、憐憫として」

「まさか」

 頼りなく呟き、シャーベットにスプーンを滑らせる。

 良かれと思っていても、相手の取り方次第では根本から違ってくる。

 優越感は抱かないにしても、お母さんの言うような部分はあるのかも知れない。

 またそれが、自分に向けられたと考えたら。

 決して、いい気持ちはしないだろう。

「だからって、何もしない訳にはいかないでしょ。まさか、無視するなんて」

「それはそうだよ。でも、その子の気持も理解してあげないと。親御さんは勿論、本人も1から100まで面倒を見てもらいたくはないと思う」

「その部分と、こちらの気持の兼ね合いよね。とはいえ、そこまで人の気持ちが理解出来たら誰も苦労はしないけど」

「私は、でも。出来るだけ、あの子のために……」 

 強くは言えない自分。

 揺らぐ自信。

 自分のやる事と、相手の気持ち。

 親切が本当に親切なのかという。 

 やはり私には、あまりにも複雑で難し過ぎる。

「……いいよ。私は私の好きなようにやるから。駄目なら、謝ればいいだけだし」

「また、脳天気な事を。知らないわよ、どうなっても」

「そう育てたのは僕達だからね。こればかりは仕方ないよ」

「な、何が仕方ないのっ」

 笑い声と笑顔。

 いつも通りの、中等部の頃と変わらない光景。

 きっとこの先も続くはずの。

 そんな意識の片隅で、ふと考える。

 あの子の家庭はどうなのかと。

 少しの不安と、胸の痛みを感じながら……。



 自宅からは距離があるので、スクーターで学校へと向かう。

 たまにはやっている事とはいえ、この制服で中等部へ向かう事には意味がある。

 ケイ辺りに見られれば、無意味だと一言で切って捨てられるとしても。

「ん」

 前方に現れる、見慣れた大きなネイキッドのバイク。

 テールの辺りに見えるロゴは、「CB1100」

 すでに製造中止となって久しいタイプである。

 ハンドルの中央にあるコンソールを操作して、識別番号をチェックする。

 表示される幾つもの情報。

 向こうもバックミラーで、こちらを確認している事だろう。


 高等部の正門をパスして、中等部編の正門へと入っていく。

 教棟へ続く道ではなく、駐輪場へと向かう前のバイク。

 私もその後へと続く。

 居並ぶ自転車やスクーター。

 ただ免許の関係上、大型のバイクはあまり見られない。 

 その中に止まる、大きなネイキッド。

 ヘルメットを取ったショウは、それをシートの辺りにロックさせてこちらに手を振ってきた。

 私もヘルメットをロックして、軽く手を挙げる。

 同じ事をやっている仲間に。

 中等部の頃と変わらない気持と共に……。



 いい気分でオフィスに入ると、受付の机に伏せている男の子が目に入った。 

 そんな人間は、そうそういない。

「朝から、何してるのよ」

「朝だから寝てる」 

 返ってくる、無愛想な声。

 この人も、何も変わってないな。

 いや、進歩がないと言うべきか。

「示しが付かないだろ」

「元々付いてない」

「なるほど」

 真顔で納得するショウ。

 そうじゃないでしょうが。

「サトミは」

 答えない。 

 答えるようにしてみよう。

「ねえ」

 動いた。

 もう少しかな。

「ねえって」

 起きた。

 拳を固め、床を踏みしめて。

 怒ってるようにも見えるけど、気のせいだ。

「おはよう」

「脇を突くな」

「伸ばさないと固くなるでしょ。サトミは」

「いないなら、知らない」

 やっぱりそうか。

 だったら、起こすんじゃなかった。

「木之本もいないな」

「一緒にどこかへ行ったのかな。エリちゃんは?」

 また答えないケイ。

 どうしてこう、朝に弱いんだろうか。 

 ふぬけどころか、抜け殻その物だ。 

 中身は一体、今どこで何をしてるんだろう……。


「おはよう」

「あれ」

「挨拶に、少しね」

 笑顔で現れるモトちゃん。

 小さな紙袋を振りながら。

 来た理由は大体分かったので、彼女とすれ違ってドアへと向かう。

「逃げたら、ひどいわよ」

「に、逃げなくてもひどいじゃない」

「友達でしょ。喜びも悲しみも一緒に分け合わないと」

 どんな友達だ。 

 また袋から出てくるのが、木の枝とか得体の知れない液体とか。 

 この人のお父さんは、行商でもやってるのか……。


「ぐ……」

 殴り合った時でも見せないような、苦しい顔をするショウ。

 私はペットボトルで、水を一気に飲み込む。

 それを、何とも微笑ましげに見守るモトちゃん。

 サトミ以上の鬼だな。

「何人かいないわね」

「すぐ来るだろ。おい、お前も飲め」

「俺は寝てる」

 伏せたまま、ふざけた事を言う男の子。

 そんな事がモトちゃんに通じる訳もなく、ショウを促し強引に体を起こさせる。

「……なんだこれは」

 小さな瓶を照明に透かすケイ。

 半透明な液体の中に、意味不明な物体が漂っている。

 はっきりとは見えないし、見たくもない。

「いいのよ、エリちゃんに飲ませても」

「この、鬼が」

 私と同じ感想を漏らし、それでも一気に瓶をあおった。

 苦くはないらしいが、当然美味しくもないらしい。

 辿るコースはやはり私達と同じく、ペットボトルである。

「甘い……。糖尿になるんじゃないのか」

「糖分は0、らしいわよ」

「根拠を言え」

「大丈夫。お父さんは、まだ生きてる」 

 そう言われれば、そうだ。

 これらを口にしなかった方が、より健康で長生きするような気もするが。


 少しして、サトミと木之本君もやって来た。

 自警局へ書類を取りに行っていたらしい。

 仕事が増えるから、行かなくてもいいのに。

「モトちゃん一人で来たの」

「塩田さん達と一緒に。今、自警局長と会ってる」

「あの、可愛い子?」

「そうそう」

 なるほど。 

 でもそうすると、私達をここへ送り込んだ理由も少しは疑いたくなる。

 単に中等部が荒れてるだけで、たまたま選ばれたのか。

 その彼に、何らかの意図があるのか。

「モトちゃんは、どうして私達がここへ連れてこられたと思う?」

「偶然でしょ。初めは、生徒会の誰かを出向させる予定だったって聞いてる」

「じゃあ、こいつのせいか」

「兄妹愛よ、愛。いいじゃない、ケイ君にもそういう感情があるって分かったんだから」

 誉めてるのか、からかってるのか。 

 1:9で後者だな。

「でも、いいんじゃないのか。最近色々あって、疲れてたし。気分転換って事で」

「あなたは、ガーディアンの指導があるでしょ」

「何も、俺がやらなくたって。……あいつ、武士を呼ぶ。去年までここにいたんだし、俺よりはましだろ」

「余計揉め事を増やす気もするけれど。学校が荒れてるのなら、あのこの方がいいのかしら」

 お伺いをたてるように、こちらを見てくるサトミ。

 断る理由もないので、両手を振って二人を促す。

 私の負担も減って、言う事無しだ。

「さてと、私はそろそろ帰ろうかな。高校へ」

「いいご身分ね」

「可愛い中学生でも侍らせて、お姉様でも気取ったら。じゃ、また今度。木之本君、みんなをお願いね」

 のんきな事を言って、部屋を出て行くモトちゃん。

 紙袋はしっかりと置き残して。

 落とし物として、よそのガーディアンに届けようかな……。 


「そんな子いないわよ。全く、あの子は」

「局長は、可愛かったじゃない」

「見た目はね。でも、性格はどうかしら」

「好みがうるさいんだから。それなら、ケイはどうなるの」

 見た目は地味で、内面は悪魔。

 箸にも棒にも掛からないとは、まさにこの事だ。

「悪かったな」

 さすがにむくれるケイ。 

 確かに、目の前で言う事ではない。

「冗談よ、冗談。書類の方は、私も少しやるからさ」

「ありがとうって言いたいけど。それは、元々ユウの仕事だ」

「あ、そうなの。今知った」

 私ものんきな事を言い、適当に上からめくっていく。

 シフト表に、レポートに、一般生徒からの、ガーディアンの権限改善要求。

 新規希望者のリスト、規則変更への要望書。

 何か、もう一仕事やった気になった。

「やれよ」

「……じゃあ、どれか選んで」

「木之本君。簡単なのを、こちらのお嬢様に」

「取りあえず、僕らのシフト表を組んで。基本的に全出勤で」

 これは今までもやっていた物の一つである。

 やり方も十分分かっているので、特に問題はない。

「ありがとう。じゃあ、やってみる」

「いいよ。こっちは僕らで分担しようか」

 てきぱきと書類を分けていく木之本君。

 元々事務系なので、こういう事をやらせればケイ以上である。

「助かるわ、本当に」

 こちらを見ながら、振り分けられた書類をめくるサトミ。

 普段は全部私がやってるのよ、なんて顔で。

 そちらは見ないようにして、シフト表へと目を向ける。

 しかし全出勤って、土日も出るんじゃないだろうな……。


 さすがにそれは全員が拒否して、土日は完全オフ。

 元々仕事はないし、そこまでの義理もない。

 勿論木之本君も、そのつもりだったようだ。

 真面目だけど、規則だけの固い人間じゃないから。

 どこかの誰かに見習わせたいくらいだ。

「こんな感じかな」

「見せて」

 シフト表を手に取り、指でなぞりながら視線を走らすサトミ。

 採点を受けている生徒の気分が良く分かる。

「基本的に全員が出勤なのはいいとして。あなた早く帰る日があるのね」

「都合があるの、色々と」

「ショウと一緒の日に」

 ここは小声で指摘してくる。

 私は机の下で手を振り、どうにか応えた。

 動揺を見せただけとも言えるが。

「特に問題ないし、いいじゃないかしら。それに休みたいなら、みんな勝手に休むし」

「またそういう事を。基本的には、シフト表に従って行動しないと」

「無理よ。ここは少人数なんだから」

「遠野さん達も、人数が増えた場合の事を考えたら。いずれはそうなる可能性が高いんだし。そうなると、今まで程はアバウトにはやれないよ」

 たしなめるというよりは、諭すに近い言葉。

 木之本君も、サトミがその程度は十分理解している上でそう語る。  

 だから彼女も、素直に彼の話に耳を傾ける。

 人の気持ちや思いは、そういう物だと私は思う。

「そうね。そうなったら、少しは改めるわ」

「うん。その時も、融通を利かせればいいだけだから」

「いい加減じゃない、結局」

「みんなに感化されてるから」 

 明るく笑う木之本君。 

 サトミも一緒になって、おかしそうに笑っている。


「何を、ほのぼのしてるんだか」 

 聞こえてくる、陰気な声。

 明るいのが苦手なのか、この人は。

 前世は、モグラじゃないのかな。

「いいだろ。じめじめしてるよりは」

「俺の事はから、書けよ」

「か、書いてる」

 からかった途端反撃されるショウ。

 それでも以前よりは仕事も出来ていて、卓上端末上の書類も半分ほどは文字が埋まっている。

「どれ……。またマニュアル通りに、あんた」

「それの、どこが悪い」 

 当然言い返すショウに、ケイは横から覗き込んで彼の画面を指差した。

「効率が悪い。要点だけを押さえれば、形式にはこだわらなくていいんだから」

「俺は、こうでしか書けない」

「いばるな」

「俺に、多くを求めるな」

 何だか、普段と逆にも思える会話。

 以前はケイがこういった事務的な事を、ショウに教えるなんて滅多になかった。 

 それはショウが事務に殆どタッチしていなかった事が一つ。

 それと今は、ケイが教えるに足るレベルにまで彼が達してきたのだろう。

 口調はともかく、これはこれで微笑ましい光景だ。

 なんてみんなを見守っているから、自分の仕事が全然進まない……。



 それでも意外な程の早さで、全ての書類を片付け終えた。

 サトミとケイ、木之本君がいれば当然とも言える。

 私達は、あくまでもおまけだな。

 邪魔をしていたという話もあるが。

「終わった終わった」 

「まだあるわよ」

「無いって」

「はい」 

 目の前に置かれる、分厚い本。

 自警局警備課、警備行動規則。

 要は、マニュアルだ。 

「覚えてるとは言わないけど、大体は分かってる」

「それは、高等部のでしょ。これは、中等部の」

「また?もう、嫌」

「こっちが嫌よ。副読本でもいいから、目を通しておいて。高等部のつもりでやって、失敗したら恥ずかしいでしょ」

 追加される本。

 1、2、3……。

 もう少し、資源の使い道を考えて欲しいな。

「簡単なのお願い」

「仕方ない子ね。紙芝居にでもする?」

「いいね、それ」

 真顔で答え、本の半分をショウへ押し付ける。

「いや、俺は別に」

「誰って、あなたが一番読むの。木之本君、ショウをお願い」

「いいよ。だったら、まずはこれだね。DDがあるから、これと一緒に」

 優しく、丁寧に教え出す木之本君。 

 素直に、メモを取りながら画面に見入るショウ。

 真面目な人達だ。

「すぐ高校へ戻るんだし、要点だけ教えてよ」

「また楽をしようとして。基本的には高等部と同じで、私達がいた頃とも大差はないの。ただ違う点も、幾つかあって」

 ノートを開き、箇条書きをするサトミ。

 綺麗な字が速い速度で、一気に書き込まれていく。 

 これを見ただけで、十分頭が良くなった気になるくらい。

 それを人は、馬鹿と言う……。


 説明を受けて、分かった。

 気になった。 

 というか、どう違うのか分からない。

 サトミも、それ程気にしなくていいと言う。 

 じゃあ、教えないでよ。

「ただ、一つ問題があるの。治安悪化の原因だと、永理は言ってるけれど」

「なに」

「トラブルに対する緩やかな対応。規則を簡単に要約すれば、こちらが先に手を出す事を禁じてる」

「殴られるまで待てって?怪我したら、誰が責任を取るのよ」

 サトミに怒っている訳ではないが、目の前には彼女がいるのでつい声を大きくしてしまう。

 理屈としては正しいのだろう。

 立派とも言える。 

 現実を無視すればの話だが。


 相手が素手ならまだしも、警棒や場合によってはナイフを持っている場合もある。

 それでもただ取り囲んで見ているだけなら、相手がつけあがって当然だ。

 また対処のしようがないので、ガーディアンは弱腰になるしかない。

 随分下らない規則改正だな。

「誰よ、これを変えたのは」

「自警局の内規だから自警局長と言いたいけれど。この場合は、生徒会長からの勧告があったらしいわ。規則改正の際に行った会議の議事録では、そうなってる」

「あ、大丈夫。サトミ」

「何が」

 訝しそうな顔をするサトミへ、私はにこっと微笑んだ。

 少し難しい問題を解いた子供が勝ち誇るように。

「私達は高校生だから、中等部の規則には縛られない」

「あなたね。面白いけど、今は中等部にいるんだから」

「いいの、いいの。始末書書けばいいだけでしょ」

「また、そういう事を」

 額を抑えるサトミ。

 でもその下から見える口元は、悪戯っぽく緩んでいる。

 なんだかんだといっても、私達は同じだから。 

 外見や性格がではなく。 

 心が、思いが。

 子供で、無茶で。

 だからこそ私はサトミが好きで。

 きっとサトミも……。



「高校生だから、中等部の規則は適用されない?冗談でしょ」

 にこっと笑うエリちゃん。

 私もにこっと笑い、首を振る。

「ユウさん。考えてる事は大体分かるんだけど、それはちょっと」

「大丈夫。エリちゃんには、迷惑を掛けないから」

「私よりも、ユウさんは」

「始末書は慣れてる。あー、何か気が楽になってきた」 

 懐かしいとはいえ、1年振りで慣れない場所。

 今までとは違う環境、知らない人達。

 縮こまっていた意識が、一気に開いていく感覚。

 ついでに体も大きくなったみたい。 

 いいじゃない、気持だけでもそう思ったって……。

「確かにその方が、対応は楽よ。ただあまりやり過ぎると、始末書で済むかとどうか」

「心配ないわ、永理。私が言いくるめるから」

「聡美姉さんまで。先輩、何か言って下さい」

「止めても聞かないんだよね、この二人」

 ため息を付く木之本君。

 胃薬でも飲みたそうな顔をしているから、モトちゃんが置いていった紙袋の中身を全部進呈しよう。

 余計、体に悪そうだけど。

「ショウさん」

「悪い。俺も、二人に賛成だから」

「停学になっても?」

「それは俺達が悪いんじゃなくて、規則が間違ってる」

 はっきりと、力強く言い切るショウ。

 何て言うのか、格好いい。 

 エリちゃんもそう思ったらしく、一瞬言葉を詰まらせて咳払いをした。

 この子も、ショウに憧れる一人だからな。

 その事を、口にはしないけど。


「困ったな。珪君、何か言ってやって」

「心配しなくていい」

「どうして」

「俺は大人しくしてる」

 一人逃げる気か、この男は。

「みんなで燃え上がって、停学でも退学にでもなれば」

「どこ行くの」

「学生は、勉強がその本分だ。ガードマンは、君らに任す」

 ふざけた事を言って、ケイはドアの向こうへと消えた。


「でも、どこへ行くつもりだ」

 私を見てくるショウ。

 首を振り、私はサトミを見る。

「知らないわよ、あの子の親じゃないんだから」

「全然駄目ね。どこが天才少女なの」

「少女って、もうすぐ17よ」

 そう言われてみればそうだ。

 私は当分、童女だけどね……。

「ただ、難しく考えなくても行き先は幾つもないわ」

「本屋さん?」

「候補の一つではあるけど、台詞を考慮する限りでは学内にいるわね」

 推測で返される答え。

 ただ彼女は、すでに行き先を確信しているようだ。。

「今の中等部で、ケイが立ち寄りそうな場所は?」

「トイレ、食堂、購買、図書センター」

「まだあるでしょ」

「……ああ、そういう事か」 

 ショウは手を叩き、そのままサトミを指差した。

 何か、二人で楽しそうだな。

 私も混ぜてよね。

「どういう事」

「ほら、高畑さん」

「ああ。でも、どうして」

「それは知らない」 

 何だ、それ。

 全然駄目だな。

 いや。私が。

「彼女に負けたのが、余程悔しかったらしいよ」

「勝ちとか負けとかあるのか?」

「さあ。ただ浦田君は、何か賭けてるような事を言ってた」

 仕方なさそうに笑う木之本君。

 間違いなく、ケイの負けを確信したように。

 それについては、誰一人異論がない。

「知らんぞ、俺は」

「僕だって。でも、誰か止めた方がいいんじゃないかな」

「放っとけ。取られるものも無いんだし」

「そういう問題?」 

 全く、いないければいないで困らせる子だ。

「いいよ。私見てくるから」

「じゃあ、私も行くわ。こっちはお願いね」

「ああ。ユウ、賭けるなよ」

 嫌な台詞を背に受けて、ドアを出ていく。 

 外馬に乗るのが、また面白いのに……。



 授業中の時間。

 廊下に生徒は殆どいなく、いても生徒会関係者かガーディアン。 

 後は学校の、教職員。

 治安が悪い割には、意外である。

 そう思った途端、廊下の先に人影が見えた。

 移動中ではなく、明らかに集まって話し込んでいる雰囲気だ。

「ケンカ、でもないかな」

「だったら、何をしてるの?」

 何も語らず、床を蹴って廊下を駆け出す。 

 自分で言った通り、ケンカではない様子。

 ただ、急ぐ理由はある。


 人目を避けるためか、こちらに気付かず階段へと入っていく女の子達。

 こちらは足音を消し、サトミに静かに歩くよう手で合図する。

 押さえ気味の小さな声だが、言葉の勢いは強い。

 また敵意というよりは、気持ちをぶつけているような感じ。

 片方が、一方的に話しているようだが。

「……もう知らないって言ってるでしょ」

「でも」

「関係ないのよ。あの時は偶然、そばにいただけなんだから」

「行こう。……風も、早く教室に戻って」

 遠ざかっていく、おそらくは階段を下りていく足音。

 消える物音。

 ため息も、壁を打つ音もない。

 伝わってくるのは、切なげな気配だけだ。

「ユウ、私達も戻るわよ」

「え、でも」

「人間、一人でいたい時もあるわ。それに、少し調べたいの」



 オフィスへ戻り、以前の報告書を調べ出すサトミ。

 卓上端末と書類、手書きのメモ用紙も置いてある。

「ケイは」

「まだ戻ってない」

「使えない子ね」

 サトミは書類をめくり、それを戻して文字を指でなぞった。

「全然調べてないじゃない。これの責任者は、誰」

「ケンカでもないのに調べないわよ。どうかしたの、聡美姉さん」

「友情について少し」

「はい?」

 笑顔のまま小首を傾げるエリちゃん。

 私もスティックを磨いていた布を、床へと落としそうになる。

「いいわ。聞いてくるから。ユウ、行くわよ」

「今戻ってきたのに」

「面倒がらないの。ショウも」

「俺が何で」

 モップを担いだまま聞いてくるショウ。

 何で掃除をしてるんだと、こっちも聞きたい。

「か弱い女の子を、危険な目には遭わせられないでしょ」

「どこ行くつもりだ」

「場所じゃなくて、今の状態がという意味。突然やって来て好き放題に暴れてる高校生なんて、いい標的じゃない」

「暴れてるのは、ユウだろ。冗談だって……」 

 私が机の縁を持ったのを見て、すかさずごまかした。

 勿論、持ち上がらないけどね。

 これが、また。

「おい」

「だって、上がらないから」

「固定されてないなら、上がるさ」

「いえ。それは固定されて……」

 反対側の縁を持ち、力を込めるショウ。

 下の方から聞こえる、乾いた音。

 その直後、長い机が軽々と持ち上げられた。

「固定、されてるんですけどね」

 冷ややかな笑顔を浮かべるエリちゃん。

 ショウはそっと机を床へ戻し、後ずさりながらドアを出ていった。

 もう少し、考えて動きなさいよ。

「請求は、玲阿家なりRASレイアン・スピリッツへお願い」

「じゃあ、いくらか上乗せしようかな。そろそろ水着も欲しいし」

「私の分もお願い」

「了解。それと、本当に暴れないでね」


 しっかりと釘を差された。

 年下の子に。

 いいんだ、外見はエリちゃんの方が大人びてるから。

 それはそれで、余計落ち込んでくるが。

「どこ行くんだ」

「3年の、野並のなみさんと赤池あかいけさんへ会いに」

「誰だ、それ」

「この間ケンカしかけてた子達よ」

 その後で、「まともな方」と付け加えられる。

 今は授業中なので、やはり廊下に生徒の姿は殆ど無い。

 そこに響く、サトミの綺麗な声。

 窓に映る、凛とした横顔。

 絵になる光景とは、こういう事を言うんだろう。

「逆じゃないのか」

「この前の事を調べるのならね」

「全然分からん」

「行けば分かるわ」

 私は先程の会話から、何となくではあるが推測をしている。

 彼女の取る行動ではなく。 

 その意図を。

「でも、俺が言った通りだな」

「何が」

「聞く順番さ」



 廊下の前方。 

 二人の男の子。

 向こうも即座に、こちらへと気付く。

 一瞬すぐ近くの階段へと向けられる視線。 

 だが彼等は、そこへは入らない。 

 半ば意地になった顔付きで、足を遅めながらもこちらへと近付いてくる。

 当然私達が引く理由は、何一つ無い。

「何、ふらふらしてるんだ」

 陰険に言い放ってくる男の子。

 聞きようによっては、かなり笑える台詞である。

 私は、そこまで度量が大きくないが。

「随分強気じゃない。ケンカしたいなら、掛かってきたら。私達は 中等部のガーディアンほど甘くないわよ」

 途端に押し黙る彼。

 見た目はそう悪くないが、内面はどうだろう。

 とはいえ、これで静かになるんだから可愛いとするべきかな。

 だがそれは、私の勘違いだったようだ。


「小さいくせに、偉そうな」

 男の子が、再び口を開き出す。

 ディップで固めた付き立った髪と、着崩した派手なシャツ。

 勝ち気で苛立ち気味の顔付き。

 この時期に特有の。

「でかい図体してたら、偉そうにするの。そういうのを、日本語では馬鹿っていうのよ」

 普段はここまで言わないし、言う気もない。

 ただ中等部という環境と彼等が、妙に神経を高ぶらせる。

 昔の自分に戻ったとも言える。

「ちっ、ガキが。そっちのお姉さんは……」

「その間の抜けた服、着替えてきたら。いえ、いいわそのままで」

「え」

「あなたの顔と釣り合ってるから」

 私以上に辛辣なサトミ。

 声が優しくて丁寧な分、余計に効果がある。

「このっ」

「落ち着け。少し、黙らせてやるから」

 いきり立つ男を制して、警棒を抜くもう一人の男の子。

 肩までの長髪と、ネクタイなしの制服。

 今の男と同じような顔付き。

 顔自体は勿論違うんだけど、気持や感情の高ぶりが似ているんだろう。

「ユウ、どうする。先に手を出すなという事だけど」

「言ったじゃない。私達は、関係ないって」

「そうね」

「おい、俺が話してるんだ」

 いきり立つ長髪の男。

 馬鹿にされてるくらいは分かるらしい。

「それとも、お前がやるか」

 私達の後ろへいたショウへと向けられる警棒。

 挑発気味に。

「ご指名よ」

「俺が?勘弁してくれ」

「嫌なら逃げてもいいんだぜ。それとも、済みませんでしたって謝るか」

 すぐに上がる笑い声。

 嘲笑でもいい。

 それでもショウは顔色一つ変えず、私を手で促した。

「何よ、女の子にやらせる気」

「恥ずかしいだろ」

「がたがた言わないの」

 腕を引っ張り強引に向こう側へと放り出す。


 笑い声はすぐに、どよめきへと代わる。

 その凛々しさや格好良さだけにではなく。

 間近で見て改めて分かる、その長身と引き締まった体型。 

 そして何よりも、彼の放つ独特の威圧感。

 人によっては、それだけで戦意を失う程の。

「やり合う理由もないんだし、今日はもういいだろ」

「び、びびってるんだろ」

「かもな」

 適当に返すショウ。

 だが長髪の男は何を勘違いしたのか、笑みを浮かべて警棒を振り上げた。

「これからの事も考えて、俺の事を教えてやる。たっぷりとな」

「止めないのか」 

 彼から体を逸らし、ショウはもう一人の男へと話し掛けた。

 無謀とも誘いとも取れる行動に、彼等の方が戸惑いを見せる。

 それをどう捉えたのか、警棒が引かれて素早く前へと出た。

 ショウの鼻先目がけて。



 仰向けに倒れる体。

 顔の位置を過ぎていく警棒。

 愉悦の表情を浮かべる男。

 無論それは、幻想でしかない。

 倒れながら伸びる、ショウの足。

 長いリーチが、たやすく男の膝を蹴りつける。

 勢いよく前のめりに倒れてくる男の襟首を掴み、引きつけ様肩を極める。

 そのまま体を入れ替えて男の上へと乗り、反対側の腕をその顔の前へと持ってくる。

「ぐっ」

 鈍い呻き声。

 ショウは素早く男から離れ、やるせないため息を付いた。

「中学生相手に、大人げない」

「だから、嫌だったんだ」

 もう一度漏れるため息。

 ただ最後に腕を顔の前へと入れたのは、彼の優しさである。

 あのまま床に叩き付けられれば、鼻どころか前歯も数本折れただろう。 

 それが伝わったかどうかは、分からないが。

 肩を外され、のたうち回っている彼に。

「何をしたのか知らないけど、放っておくの」

「そこまで面倒はみたくない。こっちだって、鼻をかすった」

「じゃあ、いいわ。行きましょ」

 床で呻く男を一瞥すらせず、その脇を通り過ぎていくサトミ。

 相棒の男も弾かれたように道を空け、彼女を通す。 


 ショウとは違う、むしろそれ以上の内面からの恐怖。

 サトミがそう意識しているかどうかは関係ない。

 自分を映し出す鏡、つまりは相手が彼女をどう捉えるかだ。

 遥か高見を舞う、鷹の心を……。



「怖い怖い」

 私はそんな事いちいち気にしないので、いい加減にからかう。

「最初にユウが突っかかるからでしょ。それに、骨を折ったのはショウじゃない」

「少し、関節をずらしただけだ。放っておいても直る」 

 痛みとしては折れた方がましかも知れないとは突っ込まない。

 あれだけやられれば、少しは懲りるだろう。

「まだ授業中ね」

「さぼってないのかな、あの二人は。なんとかさんと、なんとかさん」

「野並さんに、赤池さんよ。さあ、どうかしら」

 教室のドアにある、小さなガラス窓を覗き込むサトミ。

 すぐに手を挙げ、壁際を指差した。

「大丈夫。いたわ」

「俺達より真面目だな」

「私は授業に出なくても平気なの」

 嫌みな事を言う子だな。 

 またそれが本当なだけに、反論のしようがない。

「どうせ馬鹿よ、私は」

 壁際でしゃがみ、膝を抱える。 

 拗ねた訳ではない。

 日が当たって、程良く温かいから。

 初夏。

 外はもう、汗ばむような陽気。

 梅雨時期の、つかの間の晴れ間。

 そろそろ半袖でもいいくらい。

 明日から、ブレザーはもういらないかな……。



 騒がしい周囲。

 話し声と足音だろうか。

 うるさいな。

「ちょっと、静かに……」

 顔を上げた途端、ざわめきが収まった。

 目の前に見える、ふくらはぎや靴。

 霞の掛かっていた意識が、すこしずつ覚めてくる。

 状況も、少しずつ分かってくる。

「わっ」 

 叫びながら立ち上がると、私を取り囲んでいた人達も一斉に後ろへ下がった。

 寝てたよ、完全に。

「ここ、どこ」

 聞いてから気付く。 

 尋ねるんじゃ無かったと。

「どこって」

 顔を見合わす、最前列にいた女の子達。

 彼女達でなくても、答えようがないだろう。

「分かってる、廊下よ廊下。中等部の廊下」

「は、はい」

 笑われた。

 労るように。

「言っておくけど、迷子じゃないからね」

 誰にでも無く宣言する。

 強いて言うなら、自分に向けて。

「あのさ。綺麗な女の子いなかった。髪の長い、白のブラウス着た子」

「さっき、向こうへ行きましたよ。野並さん達と」

 人を置き去りにしてか。

 というか、晒し者にして。




「やっと起きたの」

 壁から体を起こし、こちらを見やるサトミ。

 私は舌を鳴らし、その通った鼻筋に指を突き付けた。

「起こしてくれればいいじゃない」

「ごめん、忘れてた」 

 とてつもない言い訳をされた。 

 言い訳とも呼べない程の。

「それで、どこにいるの。そのなんとかさんは」

「話したくないって、帰ったわ。無理をして聞いてもどうかと思うし」

「サトミは大体分かってるんでしょ」

「きちんと確かめたかったの。いいわ。あの場にいた、他の子に聞いてみるから」

 肘の辺りで腕を組むサトミ。

 少し物憂げに。

「もう、あなたの好きにしてよ。ショウはいないの?」

「お菓子買いに行ったわ」

「何で、使いっ走りなの」

 たまにあの子の行動は、ずれる時がある。

 あれだけ強くて、あれだけ格好良くて。

 それなのに、そんな事をするなんて。

 勿論、そういう部分が彼らしいとも言えるけど。

 この間のように、一人で突っ走りよりはましとも言える。

「ケイは、まだやってるじゃない」 

 開いたドアの向こう。

 教室の一番後ろの席。

 プリントを前にして、ペンを持ったまま固まるケイ。

 彼の周りには高畑さんや彼女のクラスメートがいて、あれこれ口を挟んでいる。

「また計算が出来ないの?」

「ひらがなの書取よ。この教室内で、ケイが一番下手だったの」

「当たり前じゃない、そんな事」

 しかし教わってるというよりは、からかわれてる雰囲気だ。

「でもここの子って、ハンディキャップを抱えてるんでしょ」

「ケイも同レベルって事じゃないのかしら。それに字を書く事に関しては、この子達より出来ないんだし」

「なるほど」



 なんにしろ、楽しそうなのはいい事だ。

 人間、笑っていれば気分はいい。

 どんな人でも、どんな環境でも。

 それを否定する事は無いんだから。 

 笑われているのが、自分の友人であるのはこの際忘れるとして。    






   







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