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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第17話
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17-2






     17-2




 新しい道、新しい建物、新しい眺め。

 何もかもが生まれ変わったような。 

 なんて事はなく、普段と同じ光景を少し左側から見ているだけの事。

 付け加えるなら、1年前まで毎日通っていた場所。

 私の母校、草薙中学は。


 正式名称は総合多年制学校法人・草薙グループ、中等部。

 さらに言うなら、中央校(南地区)と続いていく。

 実際にそこまで並べ立てる場面は無く、中学校とか中等部と大抵は呼んでいるが。

 それでも懐かしい事に変わりはなく、短い間でも通うとなれば感慨もひとしおである。

 しかしその前に、まずはどこへ行けばいいんだろうか。

「えーと」

 昨日もらったプリントを開き、場所を確認する。 

 今いるのが正門で、高校がこっちで、体育館が。

 いや、これは第3体育館か。

 おかしいな、全然分からない。

 教棟の位置が入れ替わった、なんてはずもないし。

 単に地図が読めないだけか。


「どうかした?」

 元気な笑顔と明るい声。

 私の顔を覗き込んでくる、長身の女の子。

 さらさらした長い髪を耳元でかき上げ、肩にそっと手を置いてくる。

「ここへ行きたいの?」

「ええ、まあ」

「ちょっと待っててね。……おはようございます。……いえ、伺う用事も出来ましたので。……はい、失礼します」

 端末でどこかへ連絡を取り終わると、彼女は自分の肩口を指差した。

「私は、ガーディアンっていうの」

「はあ」

「分からないか。とにかく案内して上げるから、一緒に行こう」

 優しく微笑み、歩くよう促す彼女。

 私の手を握って。

 教棟や建物の一つ一つを説明しながら。

 まるで、子供に説明するように。



 説明がガーディアンのなんたるかに及んだ頃、ようやく私は目的の場所へとたどり着いた。

「誰かに用事?」

「ええ、浦田さんに」

「分かった。ちょっとそこに掛けてて」

 受付前のソファーにちょこりと座り、膝の上に手を置く。

 一旦奥の部屋へ消えた彼女が、すぐに笑顔で戻ってくる。

「そういえば、名前聞いてなかったわね」

「雪野です」

「私は尾上おのうえ。浦田さんは奥の部屋にいるから、会いに行こうか」 


 やはり手を引かれ、廊下を通って半分開いたドアの前へと立つ。

「浦田さん、お連れしました」

「ご苦労様。それで、どなた?」

「雪野さんです」

「え」

 大きい机の向こうで、書類を持ったままこちらを見てくる浦田さん。

 私は普通、エリちゃんと呼んでいるが。

 彼女の周りにいたサトミ達も。

「おはよう」

 淡々と、そう挨拶する。

 それ以外の言葉も思いつかないので。

「ええ。お早うございます。でも、どうして尾上さんと」

「案内してもらいました」

「だけど、どうして。あ、ユウさん。制服が」

 高等部の紺ではなく、もう少し浅い色の中等部の制服。

 袖にガーディアンのIDはなく、高校生と判断する材料はどこにもない。

 何よりも、この小柄な体型が。

「あの、あれよ。可愛いじゃない。ねえ、ショウ」

「そ、そう。似合ってる。うん、似合ってる」

「新鮮でいいんじゃないの」

 笑うどころか、慰めてくれるサトミ達。

 それがより一層、虚しさを誘う。

「う、浦田さんのお知り合いですか?だけど新入生に敬語って」

 予想通りの勘違いをしている尾上さん。

 ケイは困惑気味に、エリちゃんへ目配せをした。

「彼女の事は、後で説明するから。あなたは、授業に出てちょうだい」

「あ、はい。では、また放課後に」

「ええ。お疲れ様」

 尾上さんが立ち去ったのを確認して、自分が疲れたように椅子へ崩れるエリちゃん。

 私もよろめきながら、机に手を掛けてため息を付く。


 そんな私の振り向かせ、サトミは真顔で両肩に手を置いてきた。

「あなたは、何がしたいの」

「だって」

「ただでさえ子供に間違えられるのに、もう。本当に着てくると思わなかったわ」 

 普段制服の彼女も、今日は白のシャツと黒のストレートパンツ。

 髪は後ろで束ねられ、茶のキャップも被っている。 

 この子の場合は、大学生でも通用する。

 どうでもいいけどさ。

 ショウとケイは普段と大差ない格好。

 というかケイは、1年中変わらない。 

 上着を着るか着ないかの違いだけで。

 それこそ、本当にどうでもいい。


「取りあえず書類の整理を……。わっ」

 部屋へ入って来るなり、細い目を丸くする木之本君。

 視線は間違いなく、私へと向けられている。

 もういいっていうの。

「雪野さん。そんな格好してたら、中学生と間違えられるよ」

「もう遅い。今、手を引かれて来た所だ」

「冗談、じゃないみたいだね」

「俺は、もう知らん」

 やるせないため息を付くショウの肩に触れた木之本君は、抱えていた書類の束を机の上へと置いた。

 何だ、これは。

 いや、書類だけどさ。

「これは、ここのガーディアンの仕事でしょ」

「みんな授業に出てるから、やる人がいないんだよ」

「だからって。ねえ」

「じゃあユウは、オンラインの授業を受けてなさい。こっちは、私達で片付けるから」

 あっさり見捨てて、書類を仕分け出すサトミ。

 ここは取りあえず、助かった事にさせてもらおう。

 色々と。


「大体、どうして私達をここへよこしたの。塩田さんは」

「最近治安が良くないので、中等部の指導も兼ねてと聞いてます。お願いします、先輩」

 明るく笑うエリちゃん。

 プレートには、G棟隊長とある。

 冗談抜きで幹部だな、この子。

「じゃあ、俺は寝る」

「珪君もやるの。取りあえず、みんなのプロテクターを磨いてね」

「お前な」

「大丈夫、大丈夫」

 差し出される、細長いサラミ。

 何が大丈夫か全く分からないけれど、ケイはそれを受け取り部屋を出ていった。

 勿論逃げた訳ではなく、プロテクターを磨きに行ったのだ。

 妹に弱いのか、サラミが嬉しかったのか。

 どちらにしろ、雑用係なのは間違いない。

「俺は」

「ショウさんは、ユウさんと一緒にオンライン授業を受けてて。その代わり呼び出しがあったら、すぐに」

「結局俺達も、雑用か」

「そんな所。じゃあ、お願いしますね」



 個室にこもり、並んで卓上端末と向き合う。

 表示される問題集。

 モニターではオンライン専従の教師が、何やら説明している。

 滋賀で見た顔だ。

 いや。この人自体は、名古屋にずっといるんだけど。

「しどけない?」

 分からないので、検索する。 

 ……だらしない、気楽な様。

 そういえばこの間サトミが、

 「あなたはいつもしどけないわね」

 とか言ってたっけ。

 言い得て妙だな。

「葵の上の心境?浮気男の馬鹿さ加減に、怒ってるわよ」

 設問に対し、思わず声を出して答える。

 分厚い辞書をめくっていたショウはびくっと顔を上げ、恐る恐るこちらを伺ってきた。

 心当たりがある、はずもない。

 単に声の大きさにびっくりしただけのようだ。

「ど、どうした」

「光源氏は切腹物っていう話」

「え?時代が違うだろ」

「いいの。頭の中将も右に同じ」

 女性をもてあそぶ浮気男共を撫で斬りにして、次の問題に取りかかる。


 葵の上の元に現れた怨霊とは、誰を指す?


 三条の御息所が通説だが、この男はあちこちで恨みを買ってるからな。

 案外名も知れぬ、行きずりの女性かも知れない。

 大体、化けて出てくる場所が違うんだって。

「……相手が違うのよ」

「あ、何が」

 不思議そうに、こちらを見てくるショウ。

「相手って、ユウしかいないぞ」

「わ、私は相手にしなくていいから」

 相手にされないような事を言い、画面へ顔を向ける。


 その直後に卓上端末の隅に表示される、呼び出し画面。

 そういう訳でスティックを背負い、アームガードとレガースを着ける。

「ケンカかな」

「続きがある。場合によっては、サトミ達も来るらしい」

「使いぱしりって訳。リーダーなのに」

「今さらって話だろ」 

 顔を見合わせて笑い、頷き様駆け出す私達。

 いつものように。 

 自分達の望む、自分達に出来る事をするために。



 私一人なら迷った所だが、取りあえずはショウの後を付いていく。

 それに野次馬が集まっているので、その内辿り着く寸法でもある。

「邪魔だ」

「どかせばいいじゃない」

「ここでもか。俺達は進歩無いな」 

 そういうや壁を蹴りつけるショウ。

 鈍い振動が廊下を一気に駆け抜ける。

 地震とも違う、低い地鳴りと共に。

「どけよ」

 払われるショウの手。

 それに合わせて割れる、大勢の野次馬。

 見慣れない。

 しかし長身で凛々しい彼に、自ずと視線が集まってくる。

 ちなみに私はその後ろに完全に隠れているので、見えてはいない。

 向こうからも、こちらからも。

「どう?」

「殴り合ってはいないな。今は」

「了解。……サトミ?……うん、今着いた。映像は……。そう、待ってる」

 ショウの襟に付いた小型のカメラから、今の映像はサトミ達の元へと届いている。

 関係者のデータは向こうに任せて、私達は取りあえずこの状況を抑えるとしよう。

 余計揉めるという突っ込みは、聞かない事にする。 


「はい、離れて」

 背中からスティックを抜き様伸ばし、距離を詰めていた彼等の間に通す。

 揺れる前髪、はためくスカート。

 青ざめた顔が、揃ってこちらへと向けられる。

「何を揉めてるの。話してみて」

「あ、あなたは。誰よ」

 金に近いロングヘアをかき上げ、こちらを睨む女の子。

 その相棒らしい、ワンレンっぽい髪型の女の子も警戒した顔をする。

 彼女達は、悪そうな男の子達と対峙していたそうだ。

 こちらはこちらで、また癖がありそうだが。

「ガーディアン。高等部のね」

「嘘。制服が」

「それに、私より小さい」

「体はいいのよ。ほら、IDが違うでしょ」

 南地区とのロゴが入っていない、ガーディアン連合のIDを指で指す。

 しかし二人は、なおも疑わしげにこちらを睨み付けてくる。

「本当に俺達は、高等部のガーディアンだよ」

 苦笑気味に、学校のIDを取り出すショウ。

 高等部2年、玲阿四葉の文字。

 二人の顔色が変わり、口を開けたまま彼を指差す。 

「れ、玲阿さんですか」

「ああ」

「す、済みません。済みません」

「いや、謝られても」

 恐縮する二人と、もっと恐縮するショウ。

 多分彼の事を知っているんだろう。 

 そんなのは毎日の話なので、そちらは任せて私は馬鹿連中の方へと向き合う。

 非常に苛立たしく、また虚しい。


「揉めてた理由は」

「そ、その女達が突然文句付けて来たんだ」

 腰を引き気味に言ってくる男の子達。 

 外見は派手だが、ショウの見た目に動揺しているらしい。 

「どんな文句を」

「そ、それは」

 野次馬へと流れる彼等の視線。

 顔を伏せ、申し訳なさそうにしている小柄な少女へと。

 いつか中等部であった、あの子だ。

「何したの。話によっては、覚悟しなさいよ」

「い、いや。俺はただちょっと」

「関係ない。ただのケンカです」

 不意に後ろから掛かる声。 

 さっきの二人がショウの制止を振り切りこちらへと近付いてくる。

「こいつらが前から気にくわなかったから、ケンカをしようとしただけです」

「何だと。調子に乗ってると」

「……いい加減にしなさい」 

 押し殺した低い声を出し、スティックで床を打つ。

 途端に言葉に詰まる両者。 

 青い顔をした女の子達は私とショウへ一礼して、野次馬の方へと歩き出した。 

 例の彼女と目を合わせる事もなく。

 その視線を背に受けながら。

「あ、あいつらを放っておくのか。お、俺達は殴られそうに……」

 私が拳を固めたのを見て、慌てて口をつぐむ。

 別に殴ろうとした訳ではなく、良く分からない展開に苛立ちを感じただけだ。

「じゃあ、あなた達も行って。それと、もう二度とふざけた事をやらないように」

「だ、だって」

「言いたい事があるなら、今全部言え」

 腕を組み、彼女達を見下ろすショウ。 

 先程までの優しくて、少し気弱な態度はどこにもない。

 身を斬るような威圧感と、刃にも似た視線の他は。

「い、いえ。何も。い、行こう」

 最後にこちらを睨み付け、一目散に逃げていく男の子達。 

 あれは、反省も何もしてないな。

 とはいえ、それなりの抑止力にはなっただろう。

 根本的な解決になっていないのは気がかりだが。



「また、あなた達は」

 割れる野次馬。

 脅された訳でもなく。

 ただ歩いてきただけの彼女を通す人達。

 まっすぐ伸びた背筋、凛とした佇まい。

 気高さ、尊厳、人としての強さを具現化した存在。

 切れ長の瞳を細くなり、横へと滑っていく。

 直立不動の姿勢を取る、視線を受けた野次馬達。

 サトミは首を後ろへ傾け、ケイと何やら話し始めた。

「……分かった。木之本君、彼女」

「うん。ちょっと、待ってて」

 ケイの言葉を受け、野次馬の方へと歩いていく木之本君。

 彼が向かったのは、やはり例の少女である。


 野次馬を解散させ、ラウンジへと向かう私達。

 彼女の隣には木之本君とサトミが座り、静かに話を聞き始めた。

高畑風たかばた ふうです」

 相変わらずの可愛らしい顔。

 赤らんだ、ふっくらとした頬。

 たどたどしい口調、ぎこちなく動く手元。

「でも、どうしてここに、いるんです」

「手伝いに、ちょっとね。高畑さんは、授業いいの?」

「良くはないです」

「そうだよね」

 真顔で頷く、木之本君と高畑さん。 

 気が合うな、嫌な点で。

「じゃあ、教室まで送ろうか」

「お願い、します」

 ぺこりと頭を下げてきた。

 遠慮しますとか、自分で行けますとは言わずに。

 その素直さが、また可愛い。


「……永理を付けてやったら」

「余計な世話かもしれない。本人がどう思うかさ」  

 低い声で会話を交わす、サトミとケイ。

 先頭には高畑さんと木之本君がいて、この間の絵の事を楽しげに語り合っている。

「あの子にだって、大抵の事は自分で出来そうに見える。手助けな必要な時はともかく、全部をやる訳にもいかないだろ」

「まあね」

「それと彼女の親が、どう考えてるかもある。自分の事は全部自分でやらせるんですっていう、教育方針かも知れない。強制的に自立を促すような」

 皮肉っぽい言い方。 

 サトミは小さく首を振り、指で耳元の髪を巻き取った。

「冷たいのね」

「今知った?」

「いいえ、出会った頃からずっとそう思ってた」

 あっさりと言うサトミ。

 言葉とは裏腹に、親しげな口調で。

 ケイは微かに笑い、先を行く高畑さんの背中に視線を向けた。

「どっちにしても、あの子はいいよ。この学校は教育レベルも高いし、就職の斡旋もしてくれる。俺よりは、余程まともな人生を送れる」

「あなたよりも駄目な人がいるの?」

「きついね、天才少女は」

「たまにはね」

 いつもだろというケイのつっこみを聞き流し、サトミは高畑さんの隣へと並んだ。

 親しい人にしか見せない、優しい笑顔を浮かべて。

 彼女によく似合った、その隠された心の内を表すような……。



 私達がやって来たのは、いつか来た教室。

 中ではすでに授業が始まっていて、ドアを開けたこちらに全員の視線が向けられる。

 全員といっても、生徒数は20名に満たない数。

 かなりの幅を置いて机が並べられ、その上には教科書や端末。 

 画用紙や、何に使うのかおはじきやおもちゃのブロックも置かれている。

「高畑さん、どこに行ってたの。心配したわよ」

 厳しく、しかし暖かい表情で彼女を出迎える若い女性。

 高畑さんは頭を下げて一言謝った。

 理由は何も告げずに。

「いいわ、戻ってきたのなら。あなた達は?」

「高等部から出向しているガーディアンです。彼女と以前出会った事があるので、送らせてもらいました」

 丁寧に挨拶するショウ。

 あなたは、本当に律儀だね。

「ありがとう。良かったら、少し見ていく?」

「お邪魔でなければ」

「じゃあ、適当にやってて」

 気さくに笑い、教室の前へと戻っていく女性。

 教師は彼女だけではなく、窓際に男性が一人、後ろにも男女が一人ずつ。

 今は全体を見渡しているが、状況によっては個々の生徒に付くのだろう。


「計算?」

 複雑な数式や図形の照明などではなく、単純に物の数を数える作業。

 大きめの机にはおはじきがばらまかれていて、先程の女性がそれを指差した。

「さあ、数えてみて」

「はい」 

 一礼する高畑さん。 

 礼儀正しいというより、癖らしい。

 それがまた、可愛かったりする。

「すっと数えろ、すっと」

 横から口を挟むケイ。

 高畑さんは顔を上げ、彼を睨み上げた。

「何だよ」

「じゃあ、一緒にやってみて」

「あのな。俺は高校生で、自分は中学生だろ。相手になると思ってるのか」

「負けるのは、恥ずかしい事では、ありません」

 相当に挑発的な言葉。

 ケイは喉の辺りで唸り、彼女と向き合うように机の前に出た。

「浦田君、止めた方がいいよ」

「この子を応援したい、木之本君の気持ちは分かる」

「いや。そういう事じゃなくて」

「構いません。じゃあ、行きますよ」

 おはじき一つ一つを指差していく高畑さん。 

 もう片手は指を折っているようにも、暗算をしているようにも見える。

 対照的にケイは、おはじきを上から見下ろしているだけだ。 


「……29です」

「よく見ろよ。31」

「先生」

「え、ええ。29で、高畑さんが当たってる」

 遠慮気味に告げる女性。 

 ケイを不安そうに横目で眺めながら。

「頭、悪いですね」

「な、なに」

「済みません、直接的、過ぎて」

 いきり立つケイを無視して、おはじきを片付ける高畑さん。

 冷静に面白い子だな。

「とにかく、邪魔、しないで下さい」

「この……。先生、他のをお願いします」

「あ、はい。じゃあ、このブロックを数えてみて」

 正方形の形をしたブロックを積み重ねた、階段状の立方体。

 無論これも数を数えるのに、複雑な手順を必要とはしない。

「……17」

「どこ見てるんだ。14」

「先生」

「あ、えと。その17で、高畑さんが当たってる」

 明らかに顔色を変える女性。

 視線をやはり、ケイへと向けて。

「え、でも。3、3、3、3と2で14じゃ」

「この間に、あるのは、なんですか」

「あれ」

「よかったら、数え方を、教えましょうか」

 真顔で申し出る高畑さん。

 ケイは完全に動きを止め、ブロックを食い入るように見つめている。

 予想を裏切らない子だな。


「……あの、ちょっと」

「はい、何か」

「あの子は、一体」

 おはじきを数えているケイを視線で捉え、小声で尋ねてくる女性。

 サトミは胸元で手を振り、自分も彼を見つめた。

「空間把握や認知能力が平均より下回りますけど、ご心配する程ではありません。毎年学校で施行される総合能力検査対象のIQも、120を超えますし」

「120なら、優秀なレベルだけど。LD(Learning Disabilities)かしら」

「学習障害、ですか。確かに計算は不得意で、字や絵は下手ですね。不器用というか、感覚共応が一部未発達のように見受けられます」

 良く分からない単語を並べ立てるサトミ。

 女性は十分にそれを理解しているようで、二人で難しい内容を話し合っている。

「どういう事?」

「さあ。俺は精神年齢が未発達だから」

「私は、身体的に未発達って?」

 面白く無さそうに笑う私とショウ。 

 というか、笑い事じゃない。

「いいね。木之本君はまともで」

「僕も、まだまだだよ」

 生真面目に首を振る木之本君。

「あなたがまだまだなら、私なんてどうなるの」

「俺も。今日からは、少し真面目に勉強しよう」

「いい事だね、それは」

 嬉しそうに言われた。 

 まるで、自分の事のように。

 本当に人がいいというか、善人というか。

 色んな意味で見習いたい物だ。

 一番に見習わせたい人もいるが。 


「……と、呼び出しか」

「サトミ。仕事」

「分かった。それでは、私達はこれで」

「あ、はい。良かったら、また来てね」

 気さくに笑う女性。

 私達は彼女と他の先生達に礼を告げ、ドアへと向かった。

 そこで、ふと思い出した。

「高畑さん。悪いけど、その子の事お願い」

「はい、分かりました」

 席を立ち、真顔で頭を下げる高畑さん。

 普通なら逆なんだろうけど、この場合に限っては何一つ間違っていない。 

 脂汗を流して、2桁のかけ算と取り組んでいる男の子を見ながらそう思う。

 お昼まではまだ時間があるし、しばらくは彼女に面倒を見てもらおう。

 厄介者を押し付けたという意見もあるけど、ここは気にしないでおく……。



 トラブルといっても大した事はなく、数名同士の軽い小競り合い。

 ショウが前に進み出ただけで収まる程度の。 

 しかし場の空気は悪く、何かあればこちらへ向かってきそうな雰囲気だ。

「治安が悪いってのは、本当だな」

「デモンストレーションでもする?」

「雪野さん」

 抑えてという顔で首を振る木之本君。

 確かに、中学生相手にムキになっても仕方ない。 

 あまり楽しい気分ではないが、ここは自重しよう。 

 その我慢がいつまで続くかは、ともかくとして。

「ガーディアンが、調子に乗りやがって」

 帰り際に、そう呟く揉めてた連中の一人。

 良く聞く台詞。 

 今まで、聞き流した事の無かった。

「どっちが」

 警棒を抜き様、彼の首筋へ突き付けるサトミ。

 聞き流さないのは、私やショウだけではない。 

 でなければ、私達はサトミと一緒にはガーディアンをやってない。

「生徒会に報告して、停学になりたい?それとも、今から医療部に行く?」

「い、いや」

 おそらく彼が知るガーディアンとは異なる応対。

 ざわめく彼の仲間と野次馬達。

 サトミは冷酷な視線を彼の首筋へ注ぎ、手早く警棒を引き戻した。

「私達がすぐいなくなる高校生だって、甘く見ない事ね。特に、今ここにいる人達は」

 冷たい、凍り付いた湖の底から届く声。

 エアコンがまだ入っていない、汗ばむような初夏の陽気。

 その汗が引いていき、全身が総毛立つ感触。

 彼女のそばにいつもいる私ですら、それを抑えるのに精一杯だ。

 初めて彼女を目の当たりにした彼等には、現実とは思えない程の光景だろう。 

 綺麗な外見と相まった、磨き込まれた刃のようなその雰囲気は。

「戻りましょう」

 一切を振り払い、歩き出すサトミ。

 自然と割れる野次馬の間を抜けて。

 彼女らしく凛として、颯爽と。



「結局、遠野さんが一番脅してるんだよね」

 うどんをすすりながら指摘する木之本君。

 サトミは彼のどんぶりに一味を振りかけ、きっと睨み付けた。

「私は、当たり前の事を言っただけよ」

「どう思う、浦田君」

「見てないから知らない」

「あ、そうか。……辛いよ」

 今頃言う男の子。

 でも食べている。

 汗を吹き出しながら。

「木之本君。無理しなくても、ショウが食べる」

「あのな。……うわ」

 少し麺をすすり、声を上げるショウ。

 一体、どれだけ入れたんだ。

「体に悪いぞ」

「残すともったいない」

「そうだけど」

 サトミへと向けられる視線。 

 しかし睨み返され、すぐにラーメンへ顔を伏せる。

 ケンカは強いのに、これだからな。

 そういう所が、またいいんだけどさ。

 なんて事を思い、熱くもないのに一人で顔を赤くする。

「私が、食べましょうか」

 控えめに申し出る高畑さん。

「でも」

「私、辛いの、好きなんです」

「じゃあ、少しだけ食べてみて」

 どんぶりを受け取った彼女は、それに一礼して箸を付けた。

 表情も変えず、汗もかかず。

 それなりの速度で麺がすすられていく。

「辛くないんじゃないの」

 レンゲを伸ばし、汁を少しすくう。

 何となく赤く見えるけど、別に。

「やっ」

 慌てて水を飲み、舌を洗い流す。

 鬼だな、こんな事をする人は。

「あー」

「うるさいわね」

「誰がうるさくさせてるのよ。木之本君、怒ってやって」

「食べ物は、粗末にしちゃ駄目だね」

 諭すように話し掛ける木之本君。

 サトミは下を向き、小声で一応謝った。

 何よ、可愛いじゃない。

「高畑さん、いい子いい子してやって」

「あ、あのね」

「いい子、いい子」

 ケイに言われた通り、サトミの頭を撫でる高畑さん。

 それには彼女も怒れないらしく、顔を赤くして俯いている。

 いつもこうだと、周りの人も親しみやすいのに。

 ただ彼女自身のスタイルがあるし、気さくなサトミというのも違和感があるけれど。

 はしゃぎ回るサトミという絵も、あまり想像はしたくないし……。



 午後からはケイも戻ってきて、G棟A-1のオフィスに詰める。

 高畑さんは自分の教室へ。

 また明日も会えるし、その内ここへも来てもらおう。 

 中等部に来てよかったな。

「どうして、ガーディアンが軽く見られてるのかしら」

「緩やかな対応をするよう、生徒会や自警局から通達が来てるの。こちらは下部組織だから、従うしかなくて」

「上からの」

「どっかで聞いたような話だな」

 サトミと頷き合うケイ。 

 彼の言いたい事は、私にも何となく分かる。

「高校みたいに、学校から圧力が掛かってるっていうの?」

「中等部の内から抑えておけば、後になって困らない。そういうのが普通と思うだけよ」

「面白くないな」

「だから、ユウさん達が何とかしてくれるんじゃないの?」

 にこっと笑うエリちゃん。 

 意味深に、彼女のお兄さんのように。

 また話しぶりからいって、多少はケイから話を聞いているのだろう。

「怖い子ね」

「聡美姉さんほどじゃないわ。今の生徒会長と自警局長は、去年の後期に転入してきたの。だからみんなは知らないし、向こうもみんなの事を知らない。高校で学校とやり合ってるというくらいにしか」

「僕は、別に何もしてないよ」

「まあまあ。先輩は、みんなの後見人ですから」

 あまり楽しくない説明。

 彼にとっても、私達にとっても。

「一度、会ってみる?」

「嫌だ」

 きっぱりと断り、腕を組む。

「そうね。会ってみましょうか」

「じゃあ、アポ取るから」

 進められる話。

 というか、置いてけぼりな私。

 何だかな。

「私は嫌よ」

「俺も。どうせ、矢田みたいな奴だろ」

「自警局長は、可愛い感じの男の子だけど」

 さりげなく説明するエリちゃん。

 だから、どうしたという訳でもない。

 会う理由もない。

 会わないという理由もない……。



 特別教棟の玄関先。

 プロテクターを身に付けたガーディアンが、バトンを持ち替えこちらへ視線を向けてくる。

「ガーディアン連合G棟隊長、浦田永理です」

 袖口のIDではなく、カード型のID示すエリちゃん。 

 幹部でも一定上のクラスしか所持しない物で、当然私は持っていない。

「伺っています。こちらの方達は」

「高等部から出向されているガーディアンの方々です」

「分かりました。一応代表の方だけ、IDのチェックをお願い出来ますか」

 ガーディアンのではなく、生徒としてのIDを渡すサトミ。

 システムは中高共用なので、読み取りに不都合はない。

 彼は彼女のIDをチェック用の端末に通し、画面へ視線を落とした。

「遠野聡美さん、ですか。確認出来ました」

「はい、どうも」

「どこかで聞いたような……。いえ、何でもありません」

 慌てて戻されるID。

 不穏な空気を察して、すかさずドアの前に立つ。

「開けて下さい」

「あ、はい。今、すぐ。あれ、故障かな」

 集まってくる、警備のガーディアン達。

 嫌がらせ、の訳もない。

 面倒だ、スティックで……。

「ユウ」

「分かってる」

 思わず握っていたスティックをサトミへ渡し、厚いガラスのドアへ爪を立てる。

「あの、止めてもらえますか」

「じゃあ、早く開けて」

「分かってるよ。1年の癖に、態度がでかいな」

 小声で文句を言うガーディアン。

 誰が1年だ。

 ……私がだ。


「むかつくな」

 でも、制服は脱がない。

 こうなったら意地だ。 

 中等部にいる間は、ずっと着てやる。

「その内、みんな分かると思う」

「何が」

「さあ。えーと、ここ」

 やはりガーディアンが警備するドアを指差すエリちゃん。

 さすがにプロテクターは身に付けていなく、雰囲気も先程よりは張りつめていない。

「ガーディアン連合、G棟隊長浦田永理です。自警局長に、お目に掛かりたいんですが」

「伺っています。後ろの方達は、高等部から出向されているんでしたね」

「はい。よろしいですか」

「ええ。局長もお待ちになっています」


 ドアを二つくぐり、ようやく局長室へと足を踏み入れる。

 高校でもそうだが、ここでもそういい気持のする場所ではない。

 自分の意思で、来る事はなかっただろう。

 高校と変わらない広い室内と、落ち着いた内装。

 家具や内装品もそれなりの物が揃っていて、生徒会の資金力を実感させられる。

「初めまして」 

 エリちゃんが言う通りの可愛らしい顔立ちの男の子。 

 少し茶色掛かったさらさらした髪と、二重の綺麗な瞳。

 着ているのは制服だがネクタイは緩められ、ボタンも一番上を外している。

「初めまして。雪野優です」

「お噂は、色々と」

 どうとでも取れる、曖昧な台詞。

 こちらも曖昧に笑い、サトミを肘で促す。

「浦田さんから伺ったんですが、治安があまりよろしくないようですね」

「私が手緩いとも?」

「そうなんですか?」

「あなたとやり合うはありませんよ。学内どころか、国内でもトップクラスの成績を維持する遠野さんとは」

 外見とは裏腹な、内側へと切り込むような事を言ってくる自警局長。

 とはいえ、その程度で動じるサトミではない。

「じゃあ、私に対応を一任して下さいますか」

「いえ。それは」 

 大人びた言葉はともかく、そこは中学生。

 すぐに口ごもり、視線を逸らす。

 昔のサトミに比べれば、可愛い物だ。

 彼の仕草が、演技でなかったら。

「遠野さん、そのくらいで。これは、中等部の問題ですから」

「済みません、浦田さん」

 恭しくやり合うサトミとエリちゃん。

 普段を見ているこちらとしては、笑いを堪えるだけで精一杯だ。

「とはいえ今は局長がガーディアン連合の議長も兼任されているんですから、対応に関しては私からもお願いします」

「え、そうなの」

「1年は、殆どいませんね 高校でのガーディアン統合案が、大きく影響してるのだと思います」

 ようやく持ち直し、説明し出す局長。

 待遇や将来の進学就職を考えれば、当然とも言える。

 それと生徒の気質も、変わってきているんだろう。 


「雪野さん達は私のサポートをしてもらってるんですが、構いませんよね」

「ええ。僕では、使いこなせそうにありませんから」

「そんなぬるい事を言ってるようじゃ、上に行っても苦労するぞ」

 ぽそりと呟くケイ。 

 局長には聞こえていなかったらしく、気弱に笑っている。

 良く知らないけど、ケイの言う通り気苦労が絶え無そうな人だな。

「ただ玲阿さんは、よろしかったらガーディアンの格闘指導をしてもらえると助かります」

「俺は、そんな事が出来る程の人間じゃない」

「1、2年への簡単な指導で結構です。少し強くなって、血の気が多くなっている人達もいまして」

 それとない示唆。

 つまりその辺りを抑えれば、多少はどうにかなるという訳か。

「如才ないわね」

「自分でやる度胸も、やってくれる人もいないだけです」

「もしかして、私達を呼んだのもあなた?」

「高等部へ要請は出しましたけど、生徒会の方が来るとばかり思ってました」

 じゃあ、誰が私達を。

 それこそ厄介ごとを押し付けたのは。

「ちょっと、質問」

「どうぞ」

「要請は、高等部の自警局長に?」

「ええ。多少面倒な事になるとも伝えてあります」

 怪しいな。

 何ならここで失敗させて、難癖でも付けようってつもりかもしれない。

「ユウ、落ち着いて」

「私はいつでも落ち着いてる」

「ならいいわ。とにかく私達は私達で動きますので。無論、責任もこちらで」

「済みません。人に頼るのもどうかとは思ったんですが。ある会合で矢田さんに会った時話したら、正式に要請してくれれば対応すると言われたので」

 何でも話す人だな。

 しかしそうなると、あちらが誘い水を向けてきた訳か。 

「でもあなたは、どうして自分でやらないの」

「厳しい質問ですね。勿論自警局長の権限があれば、暴れている連中もそれに同調しているガーディアンにも対処は出来ます」

「それで?」

「使える物は、親でも使えと言います。せっかくそういう制度があるなら、利用しない手はないでしょう」    

 全く悪びれず答える局長。

 弱気な割には、意外と押しが強い。

 今まであまり会った事のないタイプだ。

「という訳で、みなさんにお任せします」

「あなたは、何をするの」

「僕に出来るのは、人を集めるくらいです」

 しかし私達は、所属すら違う高校生。

 それを呼び付け、指示までするとは。

 口で言ってる事とは違い、普通でないのは確かなようだ。

「ただ、退学なんて事態にはならないようにお願いします」

「人を呼び付けておいて、今さら」

「そうでしたね」

 申し訳なさそうに笑う局長。

 この人の良さそうな、可愛らしい笑みに騙される人もいるんだろう。

 現に、私がそうだ。

「仕方ない。母校が荒れてるってのは面白くないし、やるとしようか」

「元々そのつもりだったんでしょ」

「俺はな」

 笑い合う私達。

 ケイは知らない顔で、腰に下がった警棒を撫でているが。

 それで今の心境を判断は出来ないので、そっとしておこう。



 新しくて、懐かしい場所。

 そして、やるべき明確な目標。 

 曖昧な相手ではなく、はっきりとした。 

 これから起きる事態はともかく、気分はいい。

 結局私には、そういう事しか出来ないんだし。

 またそのために頼りにされているのなら、全力を尽くすだけだ。

 例え利用されているとしても。

 歯車の一つだとしても。

 自分達のやる事に間違いがない限り、私はそれをやり抜くだけだから。    






   







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