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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第17話
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17-1






     17-1




 向けられるハンディカメラとライト。

 インカムを付けた男の子が丸めた紙を振り、周りの人間に指示を飛ばす。

 進むカウントダウン。

 スタジオ内に走る緊張。

 照明が眩しい。


「……お昼の一時、いかがお過ごしでしょうか。さて始まりました、放課後通信のコーナー。今日は、ガーディアン連合の方をお呼びしています」 

 慣れた調子でまくし立てる、制服姿の男の子。

 正面のハンディカメラに愛想良く笑いかけ、視線はその側で掲げられている指示の書かれたスケッチブックにも向けられる。

 一旦彼に寄るカメラ。

 男の子は間を置いて、おもむろに手を横へ指し示した。

「中等部から高等部2年の今に至るまで、学年及び学内トップ。容姿端麗、成績優秀、才色兼備。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 小気味いいテンポ。 

 良過ぎるとも言えるが。

「という訳で本日は、遠野聡美さんをお招きしてます」


 カメラが横に流れ、硬い表情のサトミに向く。

 緊張というよりは、少し呆れているのかも知れない。

「ご出演頂き、ありがとうございます。あなたについては知らない人はいないと思いますが、御自身で自分の評判はどう思われます?」

「気にならないといえば嘘になりますが、高く評価されているのは素直に嬉しいです」

 好感の持てる、落ち着いた受け答え。

 撮影クルーの人達も、感心した様子で何度と無く頷いている。

「あなたのファンは男性だけでなく、女性にも多いですよね。その優れた容姿だけでなく、細やかで優しい性格に惹かれる人が多いとか」

「いえ。私はただ、自分の気付いた事をしているだけです」

「その奥ゆかしさが、また魅力の遠野さんですね。では、一旦CMに」

 ADの指示通りに進行が進み、モニターには出資企業のCMが流れている。

 リンゴパン?

 そのままの形だな。

 買うけどさ。


「はい。引き続いて遠野さんにお話を伺っていこうと思います。そこで彼女を良く知る方にも、御登場願いましょうか。どうぞ」

 ディレクターの目線に頷き、カメラの前にフレームインする。

「同じくガーディアン連合のガーディアン、雪野優さんです。どうも、こんにちは」

「あ、こんにちは。お父さん、お母さん見てる?」

 明るく笑い、カメラに向かって両手を振る。

 下の方からサトミが突いてきたが、気にしない。

 大体これの、どこが優しいんだ。

「お二人のお付き合いは、中等部に入学した頃からだそうです。すると、遠野さんについても色々お詳しいですか」

「ええ。言えない事も、色々と」

「はは。それはまたいずれの機会として」

 上手くはぐらかす司会者。

 生放送は、ハプニングがあるから面白いのに。

「では、遠野さんの長所や短所はどうですか?」

「お菓子を買ってくれるのは、長所かな。でも、知り合いの男の子をよく怒ってる」

「い、いや。ちょっと質問と答えが。……ま、いいでしょう」

 ADのカンペを読み、先へ進めていく。

 何よ、聞いたから答えたんじゃない。

「最近、こんな事があったというエピソードがありましたら教えてもらえますか?」

 リハーサル通りの質問。

 まさかストーカーを退治しましたとは言えず、私の家でご飯を食べた事を説明した。

 無難で平凡な内容だが、そういうのがいいらしい。

 どんなのかは、私にはまるで理解出来ないけど。


「やはり聞いておきたいのは、恋愛についてですが。今は付き合ってる方がいらっしゃるんですよね」

「ええ。大学院にいる、同い年の男の子と」

 やや照れつつ答えるサトミ。

 撮影クルーから失望のため息が漏れる。

 どうでもいいが、どうして女の子までため息を付く。

「立ち入った質問ですが、どんな方ですか」

「外見は、普通かしら。でも優しくて、温かい人です」

「なるほど。やはり性格ですか。うん、なるほど」

 進行を忘れ、自分の事のように頷く司会者。 

 どうも、サトミファンはあちこちに点在するな。

 私設サトミファンクラブの幹部としては、嬉しくもあり苛立たしくもある複雑な心境だ。

「雪野さんは、その方と親しいんですか?」

「ええ。何かぽやーっとして、野宿してたら猫に周りを囲まれるような人」

「朴訥としたタイプ?」

「そうですね。サトミにはもったいないというか、多分そのうち天罰が下ると思う」

 ははと笑い、サトミの肩を叩く。

 睨み殺されそうな視線を感じたが、気のせいだ……。



「見てた?」

 オフィスへ入るなり、真っ先にそう尋ねる。

「ユウの親が、どうやって学内放送を見れるんだ」

 インスタントラーメンをすすりつつ、こちらを横目で見てくるケイ。

 嫌な子だな。

 その場の雰囲気って物があるのよ。

「ねえ」

「あ、ああ。面白かった」

 ショウはおにぎりを一気に頬張り、かろうじてそう答えた。

 何か、求めていた感想とは違う。

「モトちゃーん」

「知らないわよ、見てたこっちが恥ずかしかったわ」

 友達甲斐の無い人達だ。

 メインのサトミといえば、言葉もないという顔で私の後ろに突っ立っている。

「楽しかったでしょ」

「あなたは、そうかも知れないわね」

「へん、そうですか」

 舌を鳴らし、机の上にあったおにぎりをかじる。

 梅だ? 

 美味しいじゃない。

「手くらい洗って」

「もう遅い」

「本当に、世話の焼ける子ね。モト」

「はいはい」

 放られる、ウェットティッシュ。 

 仕方ないのでおにぎりをくわえ、両手を拭く。

 この方が、行儀が悪いんじゃないのか?

「それにしても、良く出演したわね。あなた、ああいうの嫌いなのに」

「周りがうるさくて。一度出れば、もうこの後はいいっていうから」

 疲れきった顔で、モトちゃんの隣りに座るサトミ。

 ただペットボトルに口を付けただけで、おにぎりやサンドイッチには手を伸ばそうともしない。

 気持ちは分かるけどね。

 しかしわざわざみんな見てくれたのはいいけど、どうも反応が鈍いな。

「御剣君」

 ショウの向こうに隠れていた、大きな体。

 猫撫で声を出し、するりと近付く。

「ねえ、どうだった」

 マグカップにお茶を注ぎ、にこりと微笑む。

 御剣君はぎくりと笑い、視線を背けた。

 おい。

「い、いや。その、まああんな感じじゃないですか。ねえ、浦田さん」

「遠慮せず言ってやれ。笑わすなと」

「あなたには聞いてないわよ。そんなに変な事はしてないでしょ」

「自覚無しか。遠野さんは、どう思われます」

「私は、大丈夫よ。私は」

 嫌な念の押し方をするな。

 それにどうも、ここは居心地が悪い。




「よう。笑ったぞ」

 人の顔を指差し、大笑いする塩田さん。

「うるさいな。ねえ、どうだった」

 彼の隣でバインダーを抱えていた木之本君は、困ったように少し笑った。

 いいよ、もう。

「大変だったね、遠野さん」

「本当に。出るんじゃなかったわ」

 やるせなくため息を付き、デスクの上に指を滑らせるサトミ。

 黄昏気味で、妙に艶めかしい。

 言っている事は、ともかくとして。

「でも、連合のPRにはなったな。木之本、何か手当出してやれ」

「広報活動の一環として、申請しておきます。ただ、予算がぎりぎりですから」

「いいですよ、無理しなくても」

「あれだ。予算編成局へ行って来い。で、また恥を掻いてこい」



「はは」

 いきなり笑う天満さん。

 中川さんも笑いを堪えつつ、端末を操作してわずかながらの予算を組んでくれた。

「君も、よくやるね」

 沢さんは冷静に指摘して、さっきのビデオを眺めている。

 何がそんなに面白いんだか。

「来週は、丹下さんらしい」

「七尾君、知ってるの?」

「さっき、司会者が言ってた。ポニーテールの似合うガーディアンって」

 なるほど。

 ポニーテールの子は他にもいるだろうが、あのコーナーに出るレベルとなれば限られてくる。

 しかし、随分身内で攻めてくるな。

「遠野さんは、どうしてる?」

「もう、恥を掻きたくないって逃げました」

「分かる、分かる」

 何度も頷く天満さん。

 分からないでよね。

「あなた、こうしてあちこち聞いて回ってるの?」

「そういう訳でも無い訳でも」

「どっちよ」

 やはり笑われた。

「笑い事じゃないんですけど」

「ごめんなさい。でも、無理ね」

 結局は笑う中川さん。

 何だ、それ。

 どうも、ここも駄目だな。

 他に行こう。

 確実な所へと。



「どうだった」

 テーブルに並んで座る、3人の男女。

 私はそこに手を付いて、全員を見渡した。

「そ、その。あれ、ねえ」

「あ、うん。ほら」

「え?ま、まあ。えと、よかったですよ」

 無難な答え。

 慎重に言葉を選び、おかしな事は言わないという雰囲気。

 言えないとも思えるが、気にしないでおこう。

「そうよね。みんな面白いとか、恥ずかしいとか言ってさ」

「分かるな、それ」

 ぽそりと呟く渡瀬さん。

 しかしすぐに神代さんに肘で突かれ、両手を振りながらニコニコ笑う。

 いい傾向だ。

「でも遠野先輩って、ああいうの嫌がるタイプじゃないの?」

 もっともな質問。

 私もそう思っていたが、あの子は仕方なくとしか説明しなかった。

「今度は、沙紀先輩ですよね」

「渡瀬さん、知ってるの?」

「ええ。そんな事を何となく、沙紀さん言ってました」

 その話を聞いていた小谷君は皮肉っぽく口元を緩めて、小さく頷いた。

 何か知ってそうだな。

「浦田さんが関係してるって、俺は聞きましたけど」

「ケイ?どうして」

「さあ。ただ、バックマージンを取ってるとかどうとか」

 聞き捨てならない話だな。 

 サトミはファミレスの食券で、私はノート一冊だ。

 運動会の参加賞じゃないんだから。

「あの男。ヒカルの前に、そっちに天誅を喰らわすか」

「内局の知り合いに聞きましょうか。報道部は内局の管轄ですから、何か聞けると思いますよ」

「あんた、そんな所に知り合いいるんだ」

 感心する神代さん。

 渡瀬さんは付き合いっぽく、適当に頷いている。

 私同様に……。

「俺、自警局だから」

「え、ガーディアンじゃないの?」

「一応、生徒会資格を持ってます」

「ふーん、エリートか。まあ、ケイみたいな例もあるけどね」

 あの子の場合は中高と生徒会に入ったのに、二度とも除名だからな。

「雪野さんも、誘われてるって聞いてますよ」

「私は、サトミ達のおまけでね」

 軽く拗ねて、ため息を付く。

 せっかく誉めてもらいに来たのに、結局はという話だ。

 とはいえ慣れてるので、すぐに気持を切り替えて背筋を伸ばす。

 慣れるな、という指摘は気にしない。

「さてと、遊んでても仕方ないし帰ろうかな」

「人を勝手に呼んで、何言ってるの」

「どこか、行くんですか」

 私はこくりと頷き、袖に付いているガーディアンのIDを指差した。

「ちょっと、指導にね」



 体育館の壇上。

 向かってくる男の子達を、マットの上に投げ飛ばすショウ。

 館内に響く、感嘆に似たどよめき。 

 投げられたのは、100kgはありそうな子ばかり。

 それをたやすく、息も切らさずに。

 ちなみに私は見慣れているので、自分ならこう攻めるなどと考えたりする。

「はい、ありがとうございました。それでは休憩を挟みまして、再び玲阿君の模範演技を見てもらいます。自由参加ですので、彼に勝てると思える人がいたら事務局の方へ申し出て下さい。それでは、解散」

 そつなく説明を終え、マイクをオフにする塩田さん。 

 普段の軽い態度はまるでなく、落ち着いた大人の佇まい。

 見た目はいいので、様にはなっている。


「はは、なんだそれ」

 腹を抱えて笑うケイ。

 舞台の袖口へ戻ってきた塩田さんはタオルを受け取り、ため息混じりに顔を拭いた。

「何とでも言え。しかし、まだやるのか」

「当然です。中等部での指導も、議長のお仕事の一つですから」

「お仕事って、元野。ただの進行役だぞ」

「ショウ君の代わりに、投げ飛ばしても構いませんよ」

 薄く笑うモトちゃん。

 ショウがすがるような視線を向けるが、塩田さんは彼を手で追い払った。

「冷えたお茶でも持ってこいよな。気が効かないと言うか」

「怖がってるんですよ、みんな」

 可愛らしい笑顔で、ペットボトルを差し出すエリちゃん。

「お、悪い。何だよ、怖がってるって」

「ユウさん達もそうですし、伝説の塩田先輩が来るとあっては」

「何だ、伝説って……」

 落ち込む塩田さん。

 ただ思い当たる事は多々あるらしく、言い返す様子はない。


 場所を、体育館内の休憩室へと移る私達。

 これからの進行を説明しに来る中学生はみんな緊張気味で、その初々しさがまた可愛い。

 指導というのは高等部のガーディアンに課せられた義務の一つで、小規模な物なら月に数度は行われている。

 私も塩田さん同様、そういう柄ではないが。

「要は、今の続きでいいんだろ。お前らは気楽にして、進行はこっちに任しとけ」

「は、はい」

 かしこまる中学生達。

 多分、何を言っても「はい」と答えそうだ。

 それがまた可愛いのよ。

「よかったら、どうぞ」

 エリちゃんが持ってきたペットボトルを配っていくサトミ。。

 それには男の子だけでなく、女の子までが真っ赤になって下を向く。

 相変わらず、受けがいいな。

 お姉様は。

「あなたも、どうぞ」

 目の前に置かれるペットボトル。

 優しく微笑む、黒髪の美少女。

 思わず見入ってしまう。 

 訳はなく、睨み返す。

「私が中学生だっていうの」

「体格は負けてるじゃない」

「まさか」 

 素早く席を立ち、すぐに座る。

 ため息も出ないとは、まさにこの事だな。

 誰かに、栄養が吸い取られてるんじゃないか?

「……な、なんだ」

「別に」

 ショウから視線を外し、隣を見る。

 女性にしてはかなりの長身、大人びた顔立ち。

 ますます気が滅入ってきた。

「いいじゃない、少しくらい小さくたって」

 慰めてくるモトちゃん。

 じゃあ、小さくなってよ。

「もういい。私は一生丸まって過ごす」

「もう丸いじゃない」

 サトミの言葉を無視して、背を丸める。

 そのまま、少し椅子を揺らす。

 何か面白い。

 意味は全然無いけど。

「へへ」

「これよ」

「こっちが馬鹿みたい」 

 呆れる二人を放っておいて、椅子を止めてチョコを食べる。

 あー、極楽極楽。


「でも、ちょっと気が重いな」

 ぽつりと呟くエリちゃん。  

 セッティングが進む壇上。

 体育館にも、中等部のガーディアンが集まりつつある。

「何が」

「その。私に言い寄って来る人がいて。その子が、今日もここにいるの。今、あそこにいる子」

「初耳だな」

 表情を変えないまま、エリちゃんの指先を目で追うケイ。

 反対側の袖口。

 警棒を振り、大笑いしている大柄な男の子。

 派手な服と、いわゆる最近の子といった顔。。

 今はこちらを見て、友達らしき子と笑い合っている。

「なるほど。ショウ、この後は俺がやる」

「無茶するなよ」

「お前に言われたくない」

 始められるストレッチ。

 下を向く顔。

 薄い、酷薄とも言える表情とともに。

「じゃあ、塩田さんに」

「いいわ、ユウ。絶対に止められるから」

 そういうサトミも、止めようとはしない。

 勿論私も、止める気はない。 

 彼が何をやるのかは分かっていても。

「本当にいいの、エリちゃん」

「大丈夫です。木之本先輩。私がやってもいいですけど、それだと角が立ちますから」

 可愛らしい笑顔。

 彼女に言い寄っているという男の子は、この距離から見てもかなりの大柄。

 手の中で警棒を転がす仕草も様になっていて、その腕前は何となく想像が出来る。

 それでも彼女は、落ち着いてそう答えた。

 また木之本君も、その意味で心配している訳ではないだろう。

「揉めない方がいいと、僕は思うけど」

「先輩は人がいいですね。珪君に見習わせたいくらい」

「妹に付く悪い虫を退治するだけさ。やっと、目が覚めてきた」



 戸惑いとざわめき。

 ある一人へと集中する視線。

「……玲阿君の体調不良により、ここからは彼に代わってもらいます」

 険しい形相でケイを睨み付ける塩田さん。

 彼はぺこりと頭を下げ、襟元のピンマイクを指で突いた。

「それでは始めましょうか。武器を所持した相手への対処、ですね」

 袖口から出てくる、警棒を持った数名の男の子達。

 壇上の中央に立っていたケイは数歩下がり、自分の腰に差している警棒を確認した。

「塩田さん、ここからは僕だけで結構ですので」

「了解しました。では、お願いします」 

 他人行儀な挨拶を交わし、塩田さんがこちら側の袖口へと戻ってくる。

 その途端ショウの襟首を掴み、喉を締め付けた。

「お前は、何をやってるんだ」

「だ、だって。ケイが」

「あいつに任せたらどうなるか、考えてみろ」

 真っ赤になるショウの顔。

 考えられる訳がない。

「ったく。遠野」

「妹を案じる、兄の気持ちですよ」

 隣にいるエリちゃんの肩を抱くサトミ。

 ようやくショウを開放した塩田さんは、額を抑えて彼女達を指差した。

「責任は、お前達で取れ」

「心配性ですね」

「じゃあお前は、あいつを信用出来るのか」

「無理ですね」



 警棒を構える数名の男の子と、平然と説明をするケイ。

 手にはペットボトルがあり、話の間を縫って口にしている。

「我々は、複数での対処を前提としています。仮に一人でいる時複数に襲われた場合は、基本的に逃げて下さい。不満は分かりますが、怪我をして損をするのは自分です」

 不平の声が上がる前にそう説明し、シャツの袖をまくる。

 自ずと高まる緊張感。

 なおもレクチャーを続けるケイだが、不意に一人の男の子が動いた。

「意識は常に広く。そうすれば私のように弱くても、十分に対処出来ます」

 すねを蹴られ、床に転がる男の子。

 彼がわざと隙を見せたと理解してないから、そういった事になる。

「はい、全員掛かってきて」

 合図と同時に、他の子達も警棒を振り上げて突進する。

 ケイは一歩下がってそれを確かめ、左へ動いた。

 床に倒れた男の子を避け損ね、まごつく彼等。

 その隙を突き、先頭の一人の足を払い突き飛ばす。

 後は彼を支えきれず、集団で倒れていく。

「周りをよく見て、集中するように。複数を相手にせず1対1なら、余程の人間でない限り対処は出来ます」 

 意外とまともに進行するケイ。

 おざなりな拍手がなされ、倒れた男の子達も下がっていく。

 しかし続いて壇上に出てきたのは、先程エリちゃんが言っていた男とその仲間。

 ケイの事を知っているのか、嫌な笑みを浮かべている。

 それでも、彼の態度は変わらない。


「スタンガンですか。じゃあ、来て下さい」

 突っ立ったまま手招きするケイ。

 男は警棒のスタンガンを作動させ、大きく振り上げた。

 微かに見える火花と、乾いた音。

 かするだけでも、それなりの威力が期待出来るだろう。

「本気でいいんですか」

「どうぞ、遠慮無く。ただ電圧は下げた方がいいですよ」

「無理だな」

 そう言うや、鋭い出足を見せる男。

 一気に詰まる距離。

 振り下ろされる警棒。

 ガーディアン達から上がる悲鳴。

「がっ」

 叫び声が上がり、床へ転がる巨体。

 ケイはそれを平然と見下ろし、ペットボトルに口を付けてお茶を飲んだ。

「水が通電するのは、誰でも知っている通り。勿論、都合よく手元にあるかどうかは別ですが」 

 ペットボトルをこちらへ投げ、今度は自分の警棒を抜く。

 先端から火花が散ったのを見ると、彼の持ち物ではないようだ。

「この」

 赤い顔で立ち上がる男。

 仲間がすかさず、彼へペットボトルを渡す。

「では、自分がスタンガンを使う時はどうするか。行きますよ」

「こいよっ」

 無造作に突っ込むケイ。

 陰惨な笑みを浮かべ、彼へお茶を浴びせる男。

 しかし、ケイは床へ倒れない。

 ざわめくガーディアン達。 

 戸惑う男。

 その足元に、警棒が押し付けられる。

「簡単な話で、スイッチを切ればいい。後は軽く拭けば、グリップ部分には通電しない」

「がっ」

 体を仰け反らせて卒倒する男。

 ケイは警棒を腰のフォルダーへしまい、濡れた髪をかき上げた。

「この野郎っ」

 床に倒れた男を見て、仲間が一斉に襲い掛かってくる。

 先程の子達よりは素早い動き。

 それでもケイは慌てない。

 再び抜かれる警棒。

 先端が彼の前方で円を描き、男達が同じ動作で順に倒れていく。

「対複数の場合は、こうしてスタンガンを使うのが効果的です。ただし先程のように自分が感電する時もあるので、使用には注意するように」

 説明もそこそこに、新手が現れる。

 警棒、バトン。

 全部で、10名近く。

「単純に言えば、こういう場合は逃げて下さい。1対2でも、訓練した相手ではやられる可能性が高いですから。とはいえ今は、そうも言ってられず……」

 突然屈むケイ。 

 そのまま床に倒れている男達の警棒を掴み、いきなり放る。

「わっ」

 慌てて下がる男達。

 ケイは最も間近な一人の腕を極め、軽く鳩尾をひざで突いて転がした。

「よく一番強い奴から倒せとか、弱い奴から倒せと言いますが。そこまで冷静に判断出来る訳がありません。だから逃げるか、1対1の場面を作って倒すか。一番いいのは、戦う状況にならない事ですが」

 両手に警棒を持つケイ。 

 どちらもスタンガンが仕込まれていて、乾いた音が壇上に広がっていく。 

 人数では圧倒的に不利。

 しかし不用意に近付けば餌食になると思ってか、すでに向こうの方が逃げ腰である。

 その空気を敏感に察知したらしいケイは、薄く笑って前屈みになった。

「それとガーディアンにとって大切なのは、相手に二度と襲うという気を起こさせない事。そのためには、刃向かってくる人間は徹底的に叩いておく必要があります。復讐などという気が起こらない程に」

 低い笑い声。

 交差する警棒から飛び散る火花。

 きな臭い香り。

「例えば、こんな具合に」

 そう言うや、いきなり突進するケイ。


 後はもう、一方的になるしかない。

 背を向けて逃げ出す男達。

 恐慌とも言うべき様で。

 全員が壇上から逃げていく中、一人の男の子を壁際へと追いつめるケイ。

 その頭上に警棒を構えて。

「あ、あの」

「どうした」

 優しい、優し過ぎる笑顔。 

 魂を奪う悪魔がきっとそうだと思えるような。

 男の子は喉を鳴らし、自分の警棒を落として両手を上げた。

「そ、その僕は。あの、浦田さんが」

 名前は合っているが、様子から見てケイの事ではないようだ。

 では他に、浦田さんといえば。

「永理が、どうかした」 

 あくまでも優しく尋ねるケイ。

 襟元のマイクは、すでにオフにしてあるらしい。 

 男の子は壁を背にしたまま、彼の影に落ちた顔を引き締めた。

「ぼ、僕。浦田さんが、好きなんです……」

 唐突な告白。

 勿論この場合は、エリちゃんの事だろう。

 まだあどけなさを残す、可愛らしい顔立ち。

 真面目そうで、少し気が弱そうな。 

 だけど限りなく真摯な姿勢で、彼はそう告げた。

 他人事ながら、思わず私の心を打つ程に。

「だから」

 冷徹に、何の感情も交えず返すケイ。

 男の子は一瞬詰まり、それでも拳を固めて言葉を継いだ。

「で、ですから。お兄さんに一言、ご報告を」

「じゃあ、これを掴んで」

 喉元に突き付けられる警棒。 

 すぐさま火花が飛び散り、彼の鼻先をかすめていく。

「で、でも」

「はい、お終い。帰っていいよ」

「そ、そんな」

 泣きそうな顔で詰め寄る男の子。

 ケイはそれ以上近付けないように、警棒をさらに突き出した。

「俺はあいつの保護者じゃないし、その程度の覚悟も出来ない奴を相手にする気もない。突っかかってきたさっきの馬鹿の方が、まだましだ」

「え。で、ですけど」

「言いたい事があるなら、本人に言え。身内を落として親しくなろうなんて考える前に」

 辛辣な一言。

 だがそれは的を射ていたらしく、男の子はそのまま膝を付いて動かなくなった。

 彼を一瞥すらせず、警棒を床へ捨てるケイ。

 会話自体は壇上にしか聞こえていないだろうが、苛立ちは誰の目にも明らかだ。 

 だがそれの怒りは、すぐに霧散する。

「……ありがとうございました」

 低い、抑えた声。 

 慌てて顔を上げるケイに、塩田さんは優しく微笑んだ。

 先程の彼に、負けないくらいに。

 壇上に、累々と倒れる中学生を指差しながら。

「急ではありますが、本日はこれで終了させて頂きます。引き続いてミーティングを行いますので、関係者は至急本部までお戻り下さい。勿論、浦田君も……」



 床に正座する浦田君。

 その肩口に警棒を置く塩田さん。

 さすがにスタンガンは、作動してないが。

「楽しかったか」

「い、いや。そういうつもりでやった訳では」

「医療部で手当を受けてるのが8名、内3名が入院。治療費は、こちら持ち」

 時間しては数秒もない、だけど絶えきれない程の重苦しい沈黙。

 塩田さんは警棒をケイの顎に当て、それを上へと上げた。

 当然顎も、上へと上がる。

「おい、どうする」

「あれ。自警局から、また横領しますから」

「これ以上揉め事を増やしてどうする」

 笑う塩田さん。

 笑うしかないといった具合に。

「ガーディアンは、復讐する気がないくらいに相手を叩きのめす?誰から、そんな事を教わった」

「それは勿論、先輩の背中を見て……」

 肩を打つ警棒。

 軽く叩いただけだが、鎖骨に当たったらしくケイの顔がしかめられる。

「痛いか。あいつらは、もっと痛いぞ」

「し、指導ですよ。あんただって、俺達にあのくらいは」

「時代が違うんだ。この、馬鹿が」

「どっちがだ」

 もう一度落ちる警棒。

 やはり顔をしかめたケイだったが、それは肩の寸前で止まっていた。

「……もう、いい」

「ありがとうございました」

「誰が、許すと言った」

「え」

 崩した足を揉みながら見上げるケイ。 

 塩田さんの笑みが深くなる。 

 悪戯っぽく、子供のように。

「中等部に短期間出向するよう要請が合ったんだが、お前行ってこい」

「何で、俺が……。俺が行けるなんて、夢みたいです」

「よし。雪野、分かったな」

「え?」

 思わず聞き返すと、即座に睨み返された。

「止めなかったお前達も同罪だ。こうなるって分かってたのに」

「だって、エリちゃんに言い寄る馬鹿がいるっていうから」

「他に言いたい事はあるか」

「いえ、何一つございません……」

 平伏して、ケイの足をスティックで突く。 

 この子が、全部この子が悪いのよ。

「ごめんなさい。私のせいで」

 申し訳なさそうに頭を下げてくるエリちゃん。

 私は首を振り、もう一度ケイを突いた。

「いいよ、気にしなくても」

「じゃあ、突くな」

「ああ、ごめん」

 最後にもう一度突いて、少し笑う。

 中等部か。 

 面倒な気はするが、面白そうでもある。

 何と言っても、1年前まで通っていた所。

 こうして慌ただしく訪れるだけでも懐かしさ込み上げてくる。

 そこに少しの間でも通うとなったら。

 自ずと心が浮き立ってくる。

「……お前達だけだと、何か不安だな」

「じゃあ、どうするんです」 

 サトミは苦笑して、まだ肩を落としているエリちゃんの頭を撫でた。

 彼女は不満もないのか、先程から至って落ち着いた物だ。

「木之本、悪いがこいつらに付いていってくれ」

「構いませんよ。授業はオンラインで受けれますし」

「え。授業も受けるの?」

「当然だよ」 

 真顔で言い切る木之本君。

 困った子だな。

 いや。私がね。



 高等部へと戻り、どてりとソファーに崩れる。

「凝ってますね」

「色々あって、疲れたの」

 ふくらはぎの辺りに心地いい感覚。

 それが少しずつ上へと上がり、腰の辺りがいい圧力で押されていく。

「あー」

「……何してるの」

「だらけてるの……」

 顔を上げると、書類の束を持って見下ろしている沙紀ちゃんと目が合った。

 渡瀬さんに、腰を揉んでもらっている私が。

「人のオフィスで、楽しそうですね」

「そ、そういう訳じゃ。ただ、少し留守にするから挨拶しにきたの」

「塩田さんから聞いてるわ。中等部へ出向するって」

「後はお願い。それとも私達がいない方が、楽かしら」

 冗談っぽく語るサトミ。

 彼女は私のようにだらっとはしていなく、委任が必要な仕事の書類を作っている。

 そんなのいつでも出来るのに、わざと人がだらけてる時にやるんだから。

 本当に、ねちねちした子だな。

 それが私の仕事だとか、だらけるなという意見は気にしない。

「私も戻りたいな。そう思いません、沙紀先輩」

「ん、まあね」

 若干曖昧に笑う沙紀ちゃん。

 渡瀬さんは、もっと無邪気に微笑んでいる。 

 遊びで行くなら、確かに楽しいだろう。

 私は仕事で行くのに、浮かれてるが。

「神代さんは」

「自警局へお使いに」

「仕事してるんだ」

「少なくとも、あなたよりはね」

 サトミは可愛らしく小首を傾げ、私の鼻先へ指を突き立てた。

 言ってる事は、鬼その物だが。

「うるさいな。それより、いつから行けばいいの」

「明日よ」

「え。じゃあ、用意しないと」

 サトミをぐいぐい押し、受付を横切っていく。

 奇異な視線があちこちから向けられるが気にしない。

 どうせ明日かはいないんだし。

 いつか戻ってくるという事は、全く忘れるとして……。  



「服、制服は」

「着てるじゃない」

 お茶をすすりながら、お母さんが目を胸元へと向けてくる。

 私は激しく首を振り、テーブルに手を付いた。

 クッキーも食べた。

 美味しいな、これ。

 いや、違う。

「そうじゃなくて、中等部の」

「あなた、今からやり直すの」

「出向で、しばらく行く事になったのよ」

「そう。確か押入の奥に」

 思案の表情でリビングを出ていくお母さん。

 私もすぐに付いて行く。

 取りあえず、このクッキーを確保した後で……。


「えーと、これは違うと」

「冬服じゃない。あ、手袋」

「いちいち開けないで。誰がしまうと思ってるの」

「考えた事もない」

 ふざけた事を言い、押入の上へと潜り込む。

「わ」

「今度はどうしたの」

「に、人形が」

「ひな人形でしょ」

 下から落ち着いて答えるお母さん。

 しかし、今睨まなかったかこれ。

 睨む訳がないんだけどさ。

 とにかく、拝んでおこう。

「……あなたは、何をしてるの」

「こ、怖いじゃない」

「もういいから、降りてきなさい。制服、あったわよ」

「よしっと」

 最後に柏手を打ち、押入から飛び降りる。

 呆れ気味の視線は、この際気にしないでおく。

 人形に睨まれるよりはましだから。

「優、もしかして着ていく気?」

「当たり前じゃない。中等部へ行くんだから」

「高校生なのに?」

 聞かなかった事にして、取りあえずジャケットだけを羽織ってみる。

 デザイン自体は、高等部の物と大差ない。

 ただ紺が若干浅い色で、若やいだ雰囲気を醸し出している。

「ちょうど、ぴったり」

 手を伸ばし、思わず笑う。 

 お母さんも笑った。

 少し悪そうに。


「何よ」

「あなた、それいつのだと思ってるの」

「いつって、中等部で着てた……」

「そうよ。もう、1年以上前の服よ。それなのに、どうしてサイズが変わってないの」

 手を伸ばしたまま固まる。

 動けない。

 きついから。

 肉体的にではなく、精神的に。

「す、少しくらいは」

「全然駄目ね」

 肩の辺りを抑え、首を振るサトミ。

 彼女が着ているのも、やはり中等部のジャケット。

 腕は明らかに短く、肩は突っ張り気味。

 前のボタンは、はめたらはじけ飛びそうだ。

「どう、新調する?」

「まさか。私は、私服を着ていきます」

「でも、ちょと嬉しいわね。成長した証を見るのは」

 優しく、暖かい眼差し。

 サトミははにかみ気味に、短い袖口を指で引く。

 ふとした日常の、小さな幸せ。 

 私を置き去りにした……。



 いいんだ、無駄が無くて。

 その分、無駄に生きてるからちょうどいい。

 寮には戻らず、制服を自室のハンガーに掛けてシャツと靴下を揃える。

 リボンと、ハンカチ、ティッシュ、昔使っていたリュック。

 後は、何もいらないかな。

 というか、元々何もいらないんだけど。


「サトミは」

「本屋さんだって」

「そう」

 気のない返事をして、ざるそばをすするショウ。

 夏のそばは犬も食わないというけど、この人は違うらしい。

「日本酒でいいかな」

「あ、済みません」

 お父さんは笑顔でお酌をして、自分のグラスも半分程満たした。

「しかし、中学校か。大丈夫?」

「ええ、俺は」

「何よ、私は問題だって言うの」

「い、いや。そういう訳では」

 慌てて首を振る男の子。

 私はそば湯をあおり、つまようじをくわえた。 

 意味はなく、強いて言うなら雰囲気だ。

 江戸っ子なのよ。

 名古屋生まれの名古屋育ちだけど。

「珪君はこないのかな」

「塩田さんに説教くらってます」

「相変わらずだね、あの子は。でも、そこがいい所だよ」

 笑うお父さん。

 何から何まで全否定したくなるが、取りあえずは自重する。

「まだ、妹さんが通ってるのよね。永理ちゃん」

「あの子はいい子よ。兄二人に似ず」

「確かに、見た目も性格も似てないよな」

「いい事じゃない」

 ただ確実に血縁関係であるのは、いかんともしがたい。

 それに、たまに似てる時がある 

 勿論、いい部分がね。


 リビングのテーブルにアルバムを広げ、みんなで囲む。

 映っているのは、昔の私達。

 私やニャン達が映っている、小等部の写真もある。

「こう見ると、全然変わってないわね」

「少しは大きくなってる」

「顔がよ。でも、おばさんもそうかな。あ、おばさんは失礼ですね」

 楽しげに笑うサトミ。

 お母さんはわざとらしく肩をすくめ、私を指差した。

「私の昔が、この子と同じよ。ね、お父さん」

「でも、会ったのは大学の頃だから」

 それ以上は話さないお父さん。

 お母さんも、ただ笑うだけだ。

 相変わらず、この辺りの事は教えてくれないな。



 忘れていた出来事。

 薄れていた記憶。

 懐かしい顔。

 もう二度とは無い事もある。

 あの頃は、それが永遠に続くと思っていた。 

 でも過ぎてしまえば一瞬で。

 今という時間も、いつか振り返る時が来るのだろう。

 その時も、こうして楽しく過ごせたら。 

 あの頃はよかったと、一緒に笑い合える人が側にいたら。



 まだ過去を懐かしんで過ごすには早い年だけれど。

 これからも、そんな思い出を加えていきたい。

 笑顔を浮かべるみんなを見守りながら、そんな思いを抱く。

 古いアルバムの、魔法のような力。

 今も色褪せない、思い出の拠り所。






 







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