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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第16話
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エピソード(外伝) 16 ~塩田視点~





     忍




「あ、忘れ物?」

 画面の向こうで手を合わせている元野。

 どう見てもポーズというその姿を睨み付け、俺は彼女を促した。

「何をだ」

「向こうの学校に届ける一時転入用の書類です。えーと、こんな感じの封筒に入ってます」

 隣から遠野が差し出した封筒をカメラに近付けてきた。

 「草薙学園」と書かれた、素っ気ない茶色の封筒を。

「お前の机にあるんだな」

「ええ」

「ちょっと待ってろ。おい、元野の机ってどれだ」

「今座ってる所です」

 邪険に指差してくる女の子。

 悪い事をした訳でもないのに、怖い奴だな。

「へいへい。封筒、封筒と。……これか」

「あ、はい。中身を確認してもらえますか?履歴書と、転入に関する学校の許可書、私達の評価表も入ってます」

「これと、これと、これだな。ネットワークで送ってやる」

「書類じゃないと駄目なんです。今から取りに……」

 俺は画面へ手を振り、机から降りた。

 掃除をしていた女の子が睨んでくるが、ここは受け流そう。

「届けてやるよ。滋賀だろ」

「遠くありません?」

「ショートツーリングさ。すぐ行くから待ってろ」

 通話を終え、書類をリュックへ放り込む。 

 キーは持ってる、財布もある、IDカードも。

「すぐ戻るから、後頼むぞ」

「楽しそうでいいですね」

「お前、元野みたいな奴だな」

「それは光栄です」

 慇懃に頭を下げられた。

 どうも俺の周りは、こういう奴が多いな。

「何かあったら、生徒会ガーディアンズの風間か阿川に連絡しろ」

「分かりました。塩田議長」

「いいんだよ、それは」

 わざとらしい敬礼をしてくる彼女。

 開け放たれていた執務室のドアから出ても、それは続く。

 どいつもこいつも、人を馬鹿にしやがって。

 勿論その原因は、俺自身にあるんだが。



 滋賀なんて近い。

 実質、1時間もあれば着く。

 制限速度という言葉を忘れれば。

 琵琶湖に沿って続く湖岸道路。

 日射しにきらめく湖面、空を舞う水鳥。

 対向車線のライダーへピースサインを返し、ギアを落とす。

 走っている間に決めた、待ち合わせ場所の喫茶店。

 駐車場には、連中の車が止まっている。

 店内にいるのは遠野達だが、元野の姿はいない。 

 いなくてもいいが、どうしていない。

 まずはバイクを停めて、辺りを見渡して。

 湖側の歩道。

 日射しは街路樹で程よく遮られ、湖からは涼しげな風が吹いてくる。

 海とは微妙に違う雄大な眺め。

 そこを歩く、一組の男女。

 一人は元野。

 男の方は、やたらでかい。

 歩く姿にも隙はなく、顔もいいと来ている。

 玲阿よりも渋くて甘いといった所か。

 なんか面白くないな。

 いや、面白いのか。



 正面から歩いてくる二人。

 何気なく歩いていく俺。

 たわいもない会話。

 時折かわされる視線。

 お互いを信頼し、意識した。

 二人は俺に気付く事もなく、通り過ぎていった。

 別に変装した訳でも、顔を隠してもいない。

 気配を消すでもなく、相手の気を逸らすのでもない。

 ただ歩いていっただけだ。

 勿論全く何もしないのではく、意識を薄く保つ。

 自分はそこにある存在なのだと。

 風景の一つにでもなったように。

 歩道に石が落ちていたとして、いちいち気に留める人間はいない。

 見えてはいる、石だとも分かっている。

 でも、気には留めない。

 俺という人間を分かっている相手にはやや難しい物の、やってやれない事はない。

 例えば、今のように。

 とはいえ、そういつまでも遊んでる場合でもない。


「楽しそうだな」

「え」

「わっ」

 目を丸くする二人。

 向こうにとっては、突然目の前に現れた俺をようやく認識して。

「ど、どこから」

「ずっといたさ。鮒寿司はまずいっていう辺りから」

「さすが忍者だな」

 すぐに冷静さを取り戻し、苦笑する名雲。

 元野は露骨に嫌な顔をして、俺を睨んでいる。

 こいつがこういう事をするから、他の奴に影響するんだ。

「ほら、書類」

「ありがとうございます。……全部揃ってますね」

「当たり前だ。そう何度も、往復出来るか」

「冗談ですよ」

 気さくに笑う元野。

 俺はリュックを背負い、二人に手を振った。

「じゃあな」

「もう帰るのか」

「色々忙しいんだよ、ワイルドギースさん」

 軽く返し、すぐ近くにあったバイクへまたがる。

「ったく、日本海でも行きたいぜ」

「何です、それ」

「伊達とレースして……。あ、お前は知らないか」

「懐かしい名前だな」

 笑う名雲。

 伊達との付き合いは俺とは比べ物にならないので、思うところも色々あるのだろう。

「研修だか知らないけど、無茶させるなよ」

「私達は大丈夫です。それは、ケイ君達に言って下さい」

「今から……。いや、戻る。あいつを見ると、頭が痛くなる」

「分かりますよ」

 分かってどうする。

 多分、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろうが。




 場所は名古屋。

 行って帰ってきただけなので、何の感慨もない。

「お土産は」

「ほら。近江牛」

 肉屋の名前が書かれた紙袋を、デスクの上に置く。

 それをすかさず開ける女の子達。

「……あの」

「近江牛を使ったコロッケだ。まだ温かいだろ」

「はあ」

 釈然としない顔。

 俺は構わず一つを掴み、そのままかじり出した。

「それもいいですけど、決済をお願いします」

「任せる」

「議長名のサインが必要なんです」

「面倒だな」

 適当に書類をめくり、量をチェックする。

 これだけ書くのも大変だろうが、目を通すのも大変だ。

 いくら俺でも、無闇にサインだけを書く真似はしない。

「全部で、これだけか」

「F棟の分は」

 学内の一般教棟は、FからJまで。

 つまり、まだ4倍ある訳だ。 

 一気にやる気がなくなってくるな。

「おい、元野か木之本を」

「いませんよ」

 醒めきった声と、冷たい視線。 

 ああ、そうか。

 今会ってきたばかりだもんな、滋賀で。

「結局俺がやるのかよ」

「これは元々、議長の仕事です。あの子達の仕事ではありません」

「いいんだよ、元野は来年議長になるんだから」

 この辺りは異論もあるんだが、俺はあいつを推すつもりだ。

 木之本は人が良過ぎるし、遠野は逆にきつい面がある。

 他にも有能な奴はいるものの、人をまとめる能力や人間性を考えるとあいつが適任と言える。 

 本人が乗り気でないのはともかくとして。



 刻々と過ぎる時間。

 減らない書類。

 疲れてくる目、重くなる肩。

「あっ。木之本、消しゴムを……」

 そう声を出して、室内を見渡す。

 誰一人いない、議長執務室を。

 虚しいどころの騒ぎじゃないな。

「あーあ、暗くなってきた」

 夕暮れの空。

 飛び交うコウモリ。

 嫌な光景だな。

「止めだ、止め」

 ペンを転がし、書類をまとめてリュックに入れる。

 これを屋上からばらまけば相当気分が良いんだが。



「やってくれよ」

「私は、あなたの100倍は忙しいんですけどね」

「その代わり、俺より100倍優秀だろ」

「貸しですよ」

 しっかりと釘を刺し、書類の束を受け取る大山。 

 俺は事務局に連絡を入れ、残りもここへ持ってくるよう告げた。

「何だ、これ。生徒会規則の公開に関する第3次総会?」

「生徒会が持つ権限が実際はどの程度か、生徒にも知って貰おうと思いまして。生徒会には、退学をさせる権限などないとか」

「あの会長のアイディアか」

「なかなかやり手ですよ。下からの意見を汲み上げ、適度に緊張感も持たせて」

 皮肉っぽい笑顔。

 案の定すぐに、「敵も多いですけどね」と付け加える。

「これが実現したら、今までよりも生徒会の影響力は小さくなる。だから当然、反対する人もいます」

「公開出来ないなら、リークすれば済む事だろ」

「それは最後の手段です」

 否定はしない男。

 学内的には穏健派というイメージだが、心の内は俺でも理解出来ない部分がある。

 今でも生徒会副会長という地位に就き、現場の責任者として実質的に生徒会を動かしてもいるのは単に成績がいいからだけではない。


「雪野さん達は、大丈夫なんですか」

「沢に聞け。俺が進めた話じゃない」

「中川さんがうるさいですよ」

「ああ、丹下は従兄弟だったな」

 礼儀正しくて仕事も出来て、人を引きつける魅力もある。

 元野とはまた違う、力強いリーダーシップを持つ子だ。

 どうして浦田と仲がいいかは知らないが。

「どうせなら、俺を連れてけって話だぜ」

「もう行ってきたんでしょう」

「詳しいな、お前」

「何でも知ってます、私は」

 大仰に頷く大山。

 実際は各門に取り付けられているカメラの映像を見たんだろうが、こいつが色んな情報を握っているのもまた事実ではある。

 少なくとも俺はカメラに向かって、滋賀に行きますとは告げてない訳だし。

「それはいいんですけどね。学内で不穏な動きがあるようです」

「馬鹿が暴れてるのか」

「その準備段階でしょう。玲阿君達がいなくなったから、いいデモンストレーションの場と思ってる節があります。自分達を押さえつける人間がいない間に、勢力を拡大しようとするつもりのようです」

「舐められたもんだな、俺達も」

 そういう意味で名が売れているのは、圧倒的に玲阿と雪野。 

 名雲達も同様で、後は七尾や丹下。

 俺自身分かってはいたが、確かに手薄にはなっている。

「風間も阿川もいるだろう」

「風間君は、復学したばかり。阿川君は、表向きは大人しいです」

「……それが、傭兵って可能性は」

「ありません。背後関係は調査中なので、断定は出来ませんが」

 ただ沢が何も言い残さなかった点から見て、その辺は心配ないだろう。

 そうだとしても、別に問題はない。

 むしろ手加減をしなくて済む分、助かるくらいだ。

「風間達は知ってるのか」

「ええ。情報局から連絡が行ってます」

「ちょっと会ってくる。後頼むぞ」

 ドアへ行きかけた途端、それが開いて女の子が二人入ってきた。 

 一人は険しい眼差しで俺を睨み、もう一人は楽しそうに俺を指差している。


「何だよ」

「沙紀は」

「知らん。元野に封筒を渡して、すぐに戻ってきただけだ」

「使えない子ね」

 厳しい事をさらりと言ってくる中川さん。

 杉下さんの前ではああまでしおらしかった子が、こうだ。

 天満さんは天満さんで、声を上げて笑ってるし。

 この二人って、本当に偉いのか?

「元野さん達がいないと、仕事が滞っちゃうのよね。塩田君」

「あいつらは俺の部下で、企画局の人間じゃない」

「駄目な上司の下で働くよりはましだと思わない?」

「却ってやりがいがあるんだよ。多分……」

 控えめに言い返し、それとなく大山へ視線を送る。

「二人とも、自分の仕事はいいんですか」

「上がいなくて動かない組織なんて、ない方がましよ。嶺奈の場合は、いない方がましだってみんな言ってるけど」

「そういう事言うの。ふーん。予算編成局長へのネガティブキャンペーンでもやろうかな」

 楽しそうに笑う二人。

 話題がそれたのを大山に感謝して、俺はドアへと歩き出した。

「どこ行くの」

「馬鹿が暴れそうだから、風間達と相談する」

「だから、あなた達が暴れるんでしょ」

 鋭く突いてくる中川さん。

 普段から大人相手に交渉しているだけあって、物怖じという言葉は彼女にはない。

「でも、面白そうじゃない。誰かに取材させようかな。古き戦士達の詩なんて感じで」

「今から台本でも書きますか?」

「うん。まずは大山君が、恐喝されて丸裸になるシーンから」

 馬鹿げた提案。

 ただこういう突拍子もないアイディアから、これはという物が生まれてくる。

 天満さん自身が、どちらに価値を置いているかは知らないが。

「でも、傭兵って事はないの?」

「私も、そう思った」

「大山が言うには、大丈夫らしい。俺も、その手の連中は見かけてない」

「本当?なんか心配だな。ちょっと聞いてみよう」

 突然端末を取り出し、連絡を取り出す天満さん。

 頬が微かに赤い。

「……こんばんは、私です。……ええ、お体のお加減は。……あ、いいえ。そんなの全然大した事無いです。……はい、また伺いますので。……いえ、声を聞けただけで私はもう。……ええ、はい、はい。……失礼します」

 端末へ深く一礼するや、北東を確かめそちらへも頭を下げた。

 一仕事終えたという顔で。

「あなたね、観貴さんに連絡してどうするの」

「襲われたら大変じゃない」

「大学生を襲う訳無いでしょ。ったく、いつまで先輩先輩って言ってるのよ」

「一生に決まってるじゃない」 

 力強い肯定。 

 それには中川さんも言葉がなかったらしく、腰に両手を当てている天満さんを呆れ気味に見つめている。

「もういい。とにかく俺は行ってくるから。大山、書類を頼むぞ」

「ええ。食事は3人分でいいですから」

 ぞっとしない言葉を背に受けて、俺は副会長執務室を後にした。

 俺の悪口を聞こえよがしに話す彼等に背を向けて……。



 ああいうのが生徒会の要職を勤めてるんだから、意外とこの学校も危ないな。

 いくら成り行き上とはいえ、もう少しはまともな人間を……。

「何してるんだ」

「俺が聞きたい」

 両手に紙袋を提げ、ため息を付く風間。

 生徒会ガーディアンズF棟隊長という、全ガーディアンの筆頭である立場。

 それが、これだ。

 本当にこの学校は、大丈夫か。


「ジャンケンで負けてさ」

「ゴミなんて、他の奴に捨てさせればいいだろ」

「そこがそれ。外様は立場が無くて」

 風間の執務室。

 ではなく、F棟A-1のオフィス受付。

 俺同様、こういう場所が好きらしい。

「外様って。お前は、中等部からの繰り上がりだろ」

「高校は、3年からだ。それなのにいきなり上へやって来たら、反感も買うってもんさ」

 辺りへ響く笑い声。

 それをどこまで気にしているのかは、かなり疑わしい。

「馬鹿が暴れる準備してるらしいが、どうなってる」

「ああ、そんな話もあったな。えーと」

 近くの卓上端末を操る風間。

 表示される、非公開のレポート。

 人数は20人程度、学外組織とのつながりもあるか。

「1年が、調子に乗ってるらしい」

「よくある話だろ、こんなの。それとも、俺のいない間に平和になったのか」

「俺も別に気にしてないんだが、わざわざ情報局から……」

 話の途中で切り替わる画面。

 緊急の入電。

 何人かが、廊下で暴れてるとの情報。

「どうする」

「そりゃいくさ、当然だろ」

「F隊長自ら?」

「お前もその気じゃないのか、ガーディアン連合議長」



 偶然ではなく、示威的な意味も考慮してか目と鼻の先で暴れてる連中。

 すでにガーディアンが押さえてはいるが、暴れ足りないという顔だ。

「状況は」

 意外と冷静に尋ねる風間。 

 現場にこいつが出てくるのは慣れてるのか、ガーディアン達は敬礼もせず説明を始めた。

 単に暴れてガラスを割った程度の、よくある話。 

 怪我人もいて、心の中に何かが動き出す。

「さてと、どうする」

「決まってる」

 自然と前に出た風間は、腕を押さえつけていたガーディアンに手を振った。

 開放される腕。 

 突っかかってくる男。 

 その顔に、前蹴りがめり込む。

「無茶苦茶だな、お前」

「突っ込んできたこいつが悪い。なあ」

 返事もせず、床へ膝を付き顔を押さえる男。

 意識がある分、まだましか。

「仲間は何人いる。何がやりたい」

「う、う……」

「仲間は、長良川の鵜か」

 馬鹿だ。

 冗談だとしても、ここで言うか?

 風間も俺の視線に気付いたらしく、咳払いをして男に背を向けた。

「後は頼む」

「あ、はい」

「それと、報告書に俺の事は書くなよ」

「分かってます」

 こいつが復学してから、まだ数ヶ月。

 それでもガーディアン達は、信頼と敬意に満ちた眼差しを向けてくる。

 無論そういった事に、時間は大した意味を持たないが。



「始末書でも書く?」

 笑い気味に指摘する、大人しそうな女の子。 

 風間同様他校へ研修に行っていた子で、丹下がガーディアンを志すきっかけになった子らしい。

「デモンストレーションって奴さ。ガキに舐められてても仕方ないだろ」

「復讐されても知らないわよ。それに矢田君だった?あの子は、こういう事にうるさいそうじゃない」

「現場の責任者は俺だ。だから、俺が何でも決める」

 楽しそうに笑う風間。

 面白いおもちゃを見つけた子供のように。

 本当にこいつに任せておいて、大丈夫なのか?

「何だ、心配そうな顔して」

「いや。よくそんなので、F棟隊長になれたなと思って」

「好きでやってるんじゃない。生徒会長が指名してきたんだ」

「裏があるのかどうか知らないけど、待遇はいいのよ。部外者な分、風当たりはきついけど」 

 風間と同じ事を言う彼女。

 ただ実際に気にしているかどかは、あいつ同様疑わしい。

「でも、沙紀ちゃんがいないのは寂しいわね」

「七尾もいないんだぜ」

 文句を言い合う二人。

 後輩がいないからって、そう騒ぐ事か。


「……書類は」

「ごめん、もう少し待って」

「仕事しなよ」

 素っ気なく言ってくる女の子。

 肩には長いバトンを背負い、その佇まいにも隙はない。

 言ってる事とやってる事のギャップはともかくとして。

「あんた、何してるの」

「馬鹿が暴れるっていう情報があるから、風間達と話し合おうと思って」

「どっちがどれだけ殴るかの相談?」

「人の事言えるのか、土居」 

 苦笑する風間。

 土居と呼ばれた少女はわずかに肩をすくめ、バトンを床へと降ろした。

「片っ端から殴って、それで終わりだと思うけどね」

「怖いな、あんた」

「あんたの先輩程じゃないよ」

「俺の先輩って、屋神さんや三島さん?」

 ここは素直に頷く土居さん。

「ああいうのと比べちゃ駄目さ」

「でもあんたは先輩達と一緒に、学校とやりあったんだろ」

「それはあんた達の先輩も同じじゃないのか。右藤さんとか、左古さんも」

「私達はその時、ここにいなかったから」

 曖昧で、少し寂しげな微笑み。

 仮に彼女達があの場にいれば、俺達と行動を共にしたのは間違いないだろう。

「どうでもいいさ、そんなのは」

 軽い調子で話を終わらせる風間。

 終わらせたいという顔にも見える。

「峰山君や小泉君の事を考えると、私達はちょっとね」

「石井。それは止めろ」

「あなたが一番気にしてるんじゃない」

「うるさいな」

 拗ねた口調。 

 子供のような顔。

 俺も深くは立ち入りたくない話題なので、黙ってやり過ごす。

「とにかく、その馬鹿連中はこっちでもマークする。お前も連合の議長として、対応を頼む」

「ああ。それで、矢田はどうする」

「こっちで、適当に報告書を上げる。使えない人間を頼る程、人はよくないんでな」

 辛辣な台詞。

 それに対し、誰一人として異論は唱えない。

 俺は無論の事。

「分かった。外部の連中と連携してる可能性もあるから、そっちも調べておいてくれ」

「ああ。それと、無茶するなよ」

「お互いにな」



 風間のオフィスを後にして、連合の本部へと向かう。

 自警局などの生徒会組織とは違い、こちらはボランティアに近い弱小組織。

 特別教棟から程近い古ぼけた小さな建物が、かろうじて与えられている。

 建物の玄関を警備していたガーディアンは、俺を見るなり敬礼をしてきた。

 かなり冗談っぽく。

「何か、情報は入ってるか」

「F棟で、1年生が顔を蹴られたというくらいです」

 知ってか知らずか、どこかで見た話を聞かされた。

 ただ、それ以外は特に無いという。

 さっきの今で、すぐに動く程馬鹿じゃないか。

「俺はもう少し外にいるから、後を頼むぞ」



 いつもの事とはいえ、外にいるのは気分が良い。

 部屋にこもって書類を書くなんて、馬鹿のやる事だ。

 生い茂った木々と、点在する廃材。

 周囲からの視界を遮る立地条件を兼ね揃えた空間。

 人の気配は薄いが、時折刺すような視線を背中に感じる。

 連合の本部より古ぼけた、しかし大きな建物。

 広い入り口の前には、柄の悪そうな男が数名たむろしている。

「誰だ、お前」

 敵意を露わにした口調。

 物騒な物腰。 

 俺は愛想よく笑い、自分の下腹部を指差した。

「ちょっと、トイレを探してて。ここにあるかな」

「ここは、立ち入り禁止だ。草むらでやってこい」

「分かったよ。愛想悪いな」 

 適当な事を言い、男達の視線を避けて建物の裏へと回る。

 伸び放題の雑草。

 飛び交う虫、ぬかるむ足元。

 顔に掛かりそうになったクモの巣をかわし、腰からワイヤーを伸ばす。 

「よっ」

 投げると同時に、内部のジャイロが回って加速を付ける。

 かなり高い位置の窓枠に付着する先端。

 さてと、久し振りに遊ぶとするか。


 澄み切った強い風。 

 眼下に望む、深い緑。

 彼方には山々の尾根も見え、小鳥のさえずりが耳をくすぐる。

 爽快というか、贅沢というか。

 都心にいながらこれだけの眺めを見られる場所は、そう幾つもない。

「よっと」

 窓の屋根に飛び降り、胸の奥まで空気を吸い込む。

 足元に見えるのは、さっき俺を威嚇してきた男達。

 まさか俺がここにいるとは、考えもしないだろう。

 仮に見つけても、変な鳥が止まってるくらいにしか。

 屋神さんがここに居座った理由は悪い連中を抑えるためじゃなくて、この眺めを見ていたかったんじゃないだろうか。

 こうして風に吹かれながら熱田神宮を見ていると、何となくだがそう思えてくる。

 あの人がどんな思いでここに閉じこもり、1年を過ごしたのかは聞いてない。

 聞かなくても分かる事だ。

 だからこそ、余計に反発したくなった訳でもあるが。

「……なんだ、これ」

 何気なく振り向いた壁の一角。

 刻まれたアルファベッド。

 風雨にされされて少し欠けているが、読めなくもない。

「冗談、だろ」

 D・Y。

 K・M。

 これが何を意味するのかは、考えるまでもない。

 熱田神宮を望む、最高の場所。

 そこに刻まれるイニシャル。

 どんな思いで、何を考えて刻んだのか。

 誰の目にも付かない、意味すらもない行為。 

 でもこれからは、記念の落書きとは違う何かが伝わってくる。

 おいそれと、俺のイニシャルを刻め込めない程の。

 重く、熱い気持ちが。

 赤く染まり始める熱田の杜を眺めながら、俺はそのイニシャルに手を添えた……。



 別に、熱田神宮を見に行った訳じゃない。

 あのクラブハウスは悪い連中の巣なので、おかしい連中がいないか探って見ただけだ。

 しかしそこは、屋神さんが抑えていた場所。

 今もそれなりに統制は取れていて、これといった問題はなかった。

 こうなるとやはり、外部とのつながりか。

「何か」

「1年が、悪さしようと企んでるらしい」

「それと俺と、どう関係ある」

「外の連中と連携するかも知れない。お前、悪い連中の事詳しいだろ」

 冷静な眼差しを注いでくる阿川。 

 俺は机に腰掛け、その視線を受け止めた。

「そこは机だ」

「ああ、そうだな」

「……知り合いがいないとは言わないが、これといった情報は聞いてない。それより、中等部の方が荒れてるらしい」

 意外な、ただ聞いても仕方ない情報。

 俺達が口を出す事柄でもないし、高校生が出しようもない。

「そんな事は、君が動かなくてもいいだろ」

「どうして」

「君は連合の議長。指示を出す人間が動いてたら、下の人間が迷惑だ」

「厳しいわね。阿川君」

 阿川同様、冷静な眼差しを見せてくる山下さん。

 この二人の考え方や行動は分かっているので、特に苛立つ事はない。

 むしろ俺達のように好き勝手に動いてる方が、どうかしてるんだから。

「俺はこういうのが好きなんだ」

「じゃあ、好きにするといい。G棟で暴れる連中についてはこちらでも、一応チェックはしておく」

「ああ。……丹下がいないと、気が楽か?」

「かもな」

 ようやく笑う阿川。

 中等部からの関係を持ち出せば、この二人は丹下の上にいた人間。 

 今はそれが逆転してるとなったら、面白くないと考えるのが普通だろう。

「はっきり言えば、俺は地位や役職なんてどうでもいい。やれと言われたから、やってるだけだ。君と同様に」

「醒めてるな」

「君だって屋神さんの件がなかったら、議長なんてやってないだろ」

 ストレートな指摘に、今度は俺が笑う。

「お前は、右藤さんや左古さんか」

「さあね。先輩も後輩も関係ない。やれと言われた事をやるだけさ」

 変わらない醒めた姿勢。

 冷たいというより、距離がある感じ。

 単純に俺へではなく、人全体に対して。

 それとも、自分自身にも。

「だからあなたは、誤解されるのよ」

「悪かったね」

「またそうやって。……ただ私達もパトロールは強化するけど、犯人探しみたいな真似はしないわよ」

 ある意味、阿川以上の冷静さ。 

 自分の立場を弁え、そこから踏み出そうとはしない態度。

 それが普通と言えばそれまでだが、この二人は少し違う。

 だからこそこういった話を持ち込め、信頼が出来る。

 何もしないのではなく、自分達の信念に基づいて行動しないんだから……。




 寮の自室。  

 ぼんやりとTVを眺め、チョコをかじる。 

「馬鹿が」

 小さな浮き輪を足に付け、池を渡ろうとするタレント。

 当然すぐにバランスを崩し、池の中へと沈んでいく。

 水蜘蛛の術とテロップが出ているが、こんな事をするなら泳いだ方が早い。

 大体それ以前に、目立ち過ぎる。 

 そうと気付かれないのが忍であって、自分も欺いて敵の中に潜む事もあるくらいだ。

 そういう意味では、あの時の屋神さんは忍者だな。

「何がおかしいんです」

 優雅にお茶をすする大山。

 こいつの場合は、公家だ。

「別に。それより、食堂行こうぜ」


 空いている食堂内。

 混雑時のピークはすでに過ぎていて、みそ汁もかなり煮詰まり気味だ。

「この後、学校へ戻るのか」

「仕事が終わってませんからね」 

 学校へ住んでるという噂があるくらいだからな。

 今日も寮へ来たのは、着替えを取りに来ただけだ。 

「あなたの書類も残ってますから」

「あれくらいすぐだろ。いいよ、俺も泊まるから」

 そう答え、ふとある事思い出した。 

 これも、噂を。

「俺達が一緒に泊まってるから、ホモっていう噂があるの知ってるか」

「そういう事もあるでしょう」

 周りにも聞こえるくらいの声で言いやがった。

 案の定嫌な視線が、全身に突き刺さってくる。

 本当だったのね、というささやきも。

「お前な」

「軽いジョークがあれば、食も進むというものです」

「無くなったよ、俺は」

「では、私が」

 人の食べ差しを口に運ぶ大山。

 辺りから聞こえる、地鳴りのようなどよめき。

 この野郎、確信犯だな。

「もういい。今日は止める」

「そうですか。では、私の布団でも温めておいて下さい」

 悲鳴に近い声。 

 集まってくる人間。

 一人平然と箸を進める大山。 

 そして俺は頭を抱え、そのまま机へとひれ伏した……。




 寮の廊下。

 虫が告げたとは言わないが、それなりに勘は働く方だ。

 先日の、遠野の一件。

 それがあったにもかかわらず、依然として警備の緩い男子寮。

 調子に乗った奴が暴れるのはたまにある事で、寮内でのガーディアン配置計画もそれが一因となっている。

 ただし今は、殆どの人間が寝静まった真夜中。

 歩いているのは、俺くらい。

 だといいんだが。

 非常階段の扉。

 今はキーが掛かっていて、何の問題もないように見える。

 微かに床へ落ちた埃の筋が、最近開けた形跡を物語ってはいるが。


 音もなくドアを開け、中へと入る。 

 かろうじてという表現の似合う、弱々しい照明。

 素っ気ない、頑丈さだけが取り柄の階段。

 上から聞こえる声に耳を澄ます。

 漂ってくるのは、タバコの香りか。

 少しずつ階段を登り、懐に手を入れて確かめる。

 無論、心臓の音は平静を保っている。


 輪になって、馬鹿騒ぎをしている男達。

 ドラッグはやってないようだが、話の質はあまり良くない。

 どうもこいつらが、暴れようとしている連中の一部らしい。

 この時期なら、血の気が騒いで仕方ない面もある。

 俺自身、人の事をあれこれいえる程まともにやってきた訳でもない。

 この程度なら特に問題はなさそうだし、暴れた時軽くあしらえばいいか。

「……適当に暴れればいいんだよ。玲阿とかがいない内なら、どうにかなる」

「本当にそれで、大丈夫だろうな」

「今学校にいる奴なんて、大したのは残ってない。授業中なら余計に」

「女でも誰でもいい。何人か骨でも折れば、びびって手も出せなくなるさ」

 聞こえてくる馬鹿笑い。

 俺は階段を下り、静かにドアを閉めた。

 思わず緩む口元を感じながら……。



「何か」

「授業中に暴れようとしてる馬鹿がいるから、監視しろ。リストはこれだ」

 昨日撮影した映像から、すでに人物の特定は出来ている。

 御剣は転送された画像を自分の端末で確かめ、うっそりと頷いた。

「あの、殴っていいんですか」

「お前の判断に任せる」

「分かりました」

 心底嬉しそうな笑顔。

 放っておけば、自分から殴りかかるような奴だからな。

「玲阿達がいなくて、自分達をアピールするいいチャンスだと思ってるらしい」

「なるほど。分からなくもないですけどね」

「お前も、名前を売るチャンスだろ」

「いえ。滅相もない」 

 頭を低くする御剣。

 血の気は多いが、そういう事を考える奴ではない。

 それに放っておいても、こいつの場合は自然と名は知れ渡る。

 中等部と同様に。

「どうせなら、今からとっ捕まえて殴ればいいじゃないですか」

「そんな事したら、こっちが捕まる。少しは考えろ」

「いいアイディアだと思うんだけどな」

「お前だけで大丈夫かな。なんか、不安になってきた」

 むくれる御剣を睨み返し、少し考える。

 もう何人か、呼んだ方がいいな。


 小さいのと大きいのと、素っ気ないのがやってきた。

「こいつらをしばらく監視しろ。授業中に暴れる可能性がある」

「あたし達は、生徒会ガーディアンズなんですけど」

「気にするな」

「分かりました」

 不安そうな顔をする大きい方と、朗らかに笑う小さい方。

 大丈夫、だと思う。

「局長は承知してるんですか?生徒会や自警局の対象リストにない生徒を監視する事を」

「俺の独断だ。責任は、俺が取る」

「分かりました」

 落ち着いた、やや意味を含んだ笑顔。

 確かこいつは、矢田の後輩だったな。

 少し癖はありそうだが、逆に使える人間とも言える。

「実際は、大丈夫だと思うけどな」

「何か、策でも?」

 瞳を細める、素っ気ない男。

 俺は適当に手を振り、机から降りた。

「一応他のガーディアンにも、それなりに指示はしてあるって事さ」

「手当って出ます?」

「チ、チィ」

 慌てる大きいのと、何がという顔をする小さいの。

 面白いな、こいつら。

「風間に伝えとく。実際は丹下の持ってる予算から出る事になると思うけどな」

「ありがとうございます」

 丁寧な一礼。

 真剣だからこそ、こちらも悪い気はしない。

 浦田辺りにやられたら、首でも絞める所だが。

「よし、帰っていいぞ」

「失礼します」

 ぞろぞろと帰っていく1年達。

 それ程親しく付き合ってる訳ではないが、面白そうだし使えそうな連中だ。

 雪野達の後輩というのも、何となく納得出来る。


 1年の授業が多く行われているブロックの廊下。

 放課後直後だけあり、人でごった返すという状況。

 その中に混じっている、辺りを威圧する感じの男達。 

 何人かは、さっきのリストとも合致する。

「お前、何見てるんだ」 

 ようやく気付く男。

 俺はもたれていた壁から離れ、軽く笑いながらそちらへと近付いた。

 不穏な空気を察してか、辺りにスペースが生まれ野次馬の壁が作られる。

「それだけ偉そうにしてたら、誰だって見たくなるさ」

「なんだと」

 即座に詰まる距離。

 周囲のどよめきと歓声。

 言葉にならない、薄暗い期待感も伝わってくる。

 馬鹿にケンカを売った馬鹿が、どうなるのかという。

「有名になりたいんだろ」

 小声で、そうささやく。

 周囲の騒ぎ声、自身の興奮。

 それを通り越して響くようにして。

 また本人には、そうと気付かれずに。

「てめえ。ケンカ売ってるのか」

「やっと分かったか。早くしないと、玲阿達が戻ってくるぞ」

「誰だか知らないが、じゃあお前からやってやる。馬鹿の骨を折っても、仕方ないけどな」

 懐から出される警棒。

 それがいきなり、太股へと振り下ろされる。

 狙いとしては、そう悪くない。

 動きの遅さ、テクニックの無さ、タイミングの悪さはともかくとして。


 当たるより先に足を引き、膝から上をひねって手首を払う。

 握りが甘いのかあっさりと落ちる警棒。

 それを下から蹴りつけ、宙で掴む。

 馬鹿の癖に、いいのを使ってるな。

「ほら、返すぜ」

「なっ」

 顎の下に軽く当て、口が開いたところで警棒を突っ込む。

 歯を折ってもいいんだが、それは次からの出方を見るとしよう。

「落ち着けよ」

 背後から振り下ろされた警棒を、肘で落として受け止める。

 今度は股間へと持っていき、太股の間に挟ませて床に転がす。

 失禁は、大丈夫か。

 せいぜい、下着が濡れた程度だな。

「こ、この」

「なんだ。お前らも恥掻きたいのか」

 殺意すら感じる視線を向けてくる男達に笑いかけ、鼻先で笑ってみせる。

 辺りの空気が一気に重くなるが、大した事じゃない。

 はっきり言えば、眠くなるレベルだ。

「誰だ、お前」

「そのくらい調べろよ。でもお前達馬鹿だから、ヒントを一つやる。俺は3年のガーディアンだ」

「ガーディアン」

 すぐに気まずい顔とへ変わる男達。

 しかし、反抗的な態度は変わらない。

 調子に乗って暴れるくらいだからガーディアンを相手にする覚悟もあるだろう。

「1年に馬鹿がいるから、ちょっと見に来ただけさ。用があるなら、探しに来い。いつでも相手になってやる」

「てめえ」

「それと、今度は忠告だ。お前ら弱いから、人数を集めとけ。じゃあな」

 背中に突き刺さる視線。

 割れる野次馬。

 餌は撒いたし、後は仕上げに掛かるとするか。



 人気のない、薄暗い空間。

 差している日が陰っているような印象すら感じる。

 雑然と積まれた廃材。

 手入れのされてない木々。

 辺りの視界を遮るには絶好の場所。

「やっと来たか」

 欠伸混じりに振り返り、薄く笑いかける。 

 昨日見た馬鹿連中と、おそらくはその仲間。

 リストに挙げた人間は、全員揃っている。

「いつでも来いって言っただろ。それとも、みんなの前で負けるのは恥ずかしいのか」

「お前ガーディアンの幹部なんだろ。玲阿達より、いい的だぜ」

「今頃謝っても遅いぞ。これから、俺達の言う事を聞くなら別だけどな」

「嫌だと言っても、聞かせてやる。何がガーディアンだ。そんなの警備員の真似だろ」

 失笑。

 見下げた視線。

 昨日俺にやられた二人はともかく、全員の反応がそれだ。

 履歴でも、この辺りの中学から進学した連中ではないと分かっている。

 ただ編入には一定の成績と、面接もある。 

 この手の馬鹿が入り込まないように。

 しかし現に、俺の前で笑っている。

 去年。そして一昨年同様。

 考えたくはないが、学校が招いた連中だろう。

 学内を混乱させるため。

 俺達の力を削ぐために。


 今さらこういう真似をする資格はない。

 それは雪野達か、その後に続く奴の仕事だ。

 屋神さん達がいなくなり、それを止める事の出来なかった俺のやる事ではない。

 全てはもう終わっている。

 俺に出来るのは後に続く連中を探し、鍛えるくらいでしかない。

 屋神さん達がそうであったように。

 それに及ばない俺には、それ以外に何も出来ない。

 理屈としては。

 当然、感情としてはまた別だ。


 俺もわずかだが、学校とやり合ったという自負はある。

 信じてくれる人を傷付けようと、自分がどうなろうと。

 戦う覚悟はある。

 先輩達のように。 

 その意思を知る者として。

 志を半ばにして、ここから去るしかなかった人達。

 学校を、生徒を思い。

 後を託していった人達。

 それを見てきた俺だからこそ。

 自分の下らない理屈にこだわる気もない。

 その資格はなくても、認められなくても。

 感情は止められない。

 昔も。

 今も


「よっと」

 壁を蹴り、宙へ舞い上がり警棒を振り下ろす。

 まさか俺から突っかかるとは思わなかったのか、それだけで二人が床に崩れる。

 数に頼むから、こういう事になる。 

 それ以前に、実力が伴ってないか。

 不意を突かれ、あっさり浮き足立つ馬鹿達。

 囲まれると面倒なので、目の前の男を蹴り付けもう一度上へと上がる。

 飛んでくる警棒をはたき落とし、それを足で捉えて蹴り返す。

 向こうにしてみれば、何が起きてるのか理解出来てないだろう。

 適当な奴の顔に降りて、それを蹴り様警棒を横へ振る。

 突っ込んできた奴の首を抱え、膝を当てて足を上へと振り上げる。

 反転する景色。

 下になる青い空。

 それを眺める間もなく足を左右に開いて迫ってきた警棒を叩き落とす。

 雪野や伊達ならもう少し軽く動くんだろうが、ああいう特別な人間と比較しても仕方ない。

 残ったのは、俺が昨日やった二人。 

 初めから、襲う気すらなかったようだ。

「ほら、来い」

「い、いえ。お、俺達はその」

「や、止めろって言ったんですけど。他の仲間も、来るのを止めたって言ってたし」

「仲間?」

 外部に通じてたのは何となく分かってたが、新手がいた訳か。 

 こいつらはどうにかなったとして、そっちにも警戒した方がいいな。

「じゃあ、そいつらも連れてこい」

「む、無理です。もう、他の学校へ行ってますから」

「他の学校……。お前ら、傭兵か」

「い、いえ。そんな大層な物じゃなくて。ただ、たまに学校を転校してるくらいです」

 焦りの塊という二人。

 昨日の時点ではもう少しやる気を感じたが、どうも様子がおかしい。

「よく分からんけど、傭兵とは違うんだな。その見習いか、真似をしてるって訳か」

「は、はい。そういう感じです」

「どっちにしろ同じ事だ。今日中に、全員の転校手続きを取れ。もしやらなかったらどうなるか、分かってるな」

 首が飛びそうな勢いで頷く二人。

 顔は青を通り越して、白くさえ見える。

 今のを見てというのもあるだろうが、精神的に何か追い込まれたようでもある。

 どうでもいいし、それを気にする必要もないが。

「その馬鹿達は早く連れて帰れ。それと俺は」

「し、塩田さんですよね」

「お、おい。な、何でもありません。あ、後は俺達がやるので、お、お帰り下さい」

「言われなくても帰る」

 深々と頭を下げる二人の横を通り過ぎ、旧クラブハウスへ続く道から一般教棟へと戻っていく。

 男達の態度と言葉の意味に、釈然としないものを感じたまま……。




 落ち着きを取り戻す学内。

 とはいえ暴れたのは、その程度の判断しか出来ない奴と考えるのが妥当。

 本当にやばい連中は身を潜めて様子を窺ってるんだろうが、その時はその時だ。

 どこからか情報を掴んだ風間達を軽く受け流しながら、俺は普段通りの生活へと戻っていった。

 寮から近いコンビニ。 

 店内は寮生でいつも賑わいを見せていて、その規模や品揃えはちょっとしたスーパーにも引けを取らない。

その帰り。

 大通りではなく、住宅街を抜ける裏道を抜けていく。

 人を嫌う訳ではないが、時にはこういう場所を歩きたい時もある。 

 暗い、闇の中を。

 自分にとっては、心和む場所を。


 行く手の角。

 街灯の下に影はない。

 しかし、微かな気配が伝わってくる。

 敵意、それとも殺意。

 どちらにしろ、俺の身が危ないのに変わりはない。

 まずは足音を消し、ジャケットの懐へ手を入れる。

 前方以外に、異変はない。

 囮でもないようだ。

 ただ、明らかにそうと分かるような気配。

 この間の馬鹿連中でも無いようだし、意外とやばい相手かも知れない。

 どちらにしろ、後れを取るつもりはないが。


「……相変わらず、物騒だな」

「てめえ」

 俺は懐から抜いたナイフを手の中へ収め、目の前に現れた男を見据えた。

 以前より長くなった髪、鋭さを増した瞳。

 ここにいるはずのない男を。

「峰山。どうしてお前がここにいる」

「たまには母校へ来るのもいいと思ってな。勿論、中には入れないが」

 静かな、俺の敵意を風のように逸らす受け答え。

 そしてその、言葉の意味。

 入れないのは、誰かに邪魔される訳じゃない。 

 俺ですら、そんな真似はしない。

 ただこいつ自身が、それを許しはしないだろう。

「今度も馬鹿な連中を抑えたんだ。感謝されてもいいと思うが」

「……だからあいつらは、俺の名前を知ってたのか」

「そういう訳だ。じゃあな」

 背を向ける峰山。

 ここへ来た理由は、俺の知った事じゃない。

 聞く気もない。

 もしかして、俺がそうなるはずだった道を歩む男には。


「風間達は、戻ってきてるぞ」

「よそで、何度も会ってる」

「丹下達は」

「滋賀で会った」

 こいつを引き留める理由はない。

 俺にはその資格も。

 ここに残った俺が、去った奴に掛ける言葉も。

「代わってもいいんだぞ」

 それでも言わずにはいられなかった。

 元々こいつは好きじゃない。

 顔を見なくて寂しいと思う間柄でもない。

 結びつくただ一つの一点を除いては。

「丹下さんと七尾を頼む」

「おい」

「君は残って苦しめ」

 短い、笑いを含んだ言葉。

 街灯の下から消える影。 

 見えなくなる背中。

 それ以上掛ける言葉はない。

 足は一歩も前に動かない。

 峰山の言った通り、俺はここに残る人間だから。

 罵られようと、恥を掻こうと。

 ここを去る訳にはいかない。

 屋神さんが解任され、間さん達が辞めた後の苦痛。

 自分だけが取り残され、のうのうと学校に残った事への。

 自分をあざける声を聞くような感覚。 

 内側から自分を責める声。





 それでも俺は、ここに残る。

 戦い続ける。

 生徒のために、後輩達のために。

 ここを去っていった者達のために。











     エピソード 16 あとがき




 結構苦労人というか、過去を引きずってます。

 基本的には表に出ないよう考えてるんですが、能力的にまた人望的にどうでしょう。

 どちらにしろ、頼りになる人ではあります。


 ちなみに忍者という部分について、少し。

 これは血筋がどうこうではなく、幼い頃からの修行が関わるという設定。

 勿論、先祖代々そういう修行をしてきた家系ではあります。

 塩田が伊賀上野から名古屋に出てきたのは、広く見聞を高める為かも。

 それは彼が忍者の家系である、という点が証明されればですが。

 彼の詳細については、またいずれ。




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