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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第16話
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16-12





      16-12




「これは……」

 庭先で立ち尽くし、呆然とするお父さん。 

 足元に空く、大きな穴。

 深い、でもいい。

「何か植えるから、穴掘るって言ってたじゃない。だから、ショウに頼んで」

「い、言ったけど。植えるのは、これだから」

 抱えられた、小さな鉢植え。

 白い札には、「ミニニンジン」と書いてある。

「タイムカプセルでも埋められそうだね」

「はは」

 親子で笑っていると、リビングでサトミも笑っていた。

 黒のTシャツに、赤いハイウエストのスカート。

 少し長めの白いソックスが、綺麗な足をより映えさせる。

「時期がずれてません?ニンジンなら、3月か夏頃に蒔くと聞いてますけど」

「最近品種改良された物なんです。暇なら、レポート書いてくれと会社で言われて」

「家庭菜園ではなく、理科の実習ですか?」

 屈託のない笑顔。

 この間の事を感じさせない、自然な表情。


 二人でリビングの窓辺に腰掛け、庭を眺める。

 初夏の強い日差し。

 梅雨前の、一足早い夏。

 緑の葉は輝き、小さな花が健気に咲き誇る。

 どこからかは入り込んだ猫が塀の上からこちらを見つめ、気のない顔で去っていく。

「……いつから気付いてた?」

 そよ風が髪を揺らし、コンディショナーの香りを辺りに漂わせる。

 サトミはそっと耳元の髪をかき上げ、空を仰いだ。

 澄んだ、普段通りの彼女の顔で。

「さあ、いつからかな」

「気付いてはいたんだ」

 安堵感ではなく、むしろ気は重くなる。

 知っていて、分かっていて。

 でも彼女は私達に何も言わず、全てを任せていた。

 それは何もしないのではなく、私達を信頼していたから。

 どういう結果になったとしても、それを受け入れようとしていた。

 だから。

「でも、どうして分かったの」

 少しの沈黙。

 微かに下がる視線。

 影に落ちるその表情。

 だが顔はすぐに引き上げられ、初夏の日差しにきらめいた。


「ほら、私って天才だから」

「馬鹿」 

 軽く彼女の頬に触れ、窓から降りる。

 サンダル越しにに伝わる、土の感触。 

 ショートパンツから伸びた足を吹き抜ける風が心地いい。

「何、それ」 

 振り返るとサトミが、見慣れないぬいぐるみを抱いていた。

 黒と白のツートンで、形は魚っぽい。

「シャチよ。光がくれたの」

「どうして」

「この間水族館で欲しいって言ったのを、まだ覚えてたみたい」

「そう」

 嬉しそうに、小さなシャチを抱きしめるサトミ。

 丁寧な作りで、奇妙にひれが揺れている。

 以前見た、柳君の持っていたぬいぐるみにも似た動き。

 その時ケイはどんなぬいぐるみを持っていたと、彼は言っていただろうか。


「あの子にしては、気が効くね」

「たまには、そういう事もあるわよ」

 彼をかばうような強い調子で言い返し、シャチを膝の上に置く。

「ショウは」

「家へ、お肉取りに行った。サトミのおごりなのに」

「食べてるのは、あの子だけでしょ」

「まあね」

 スペアリブと焼き肉に、しゃぶしゃぶ。

 とはいえサトミが買ったの分はその一部で、今言った通り殆どは玲阿家から持ってきた物だ。

 特待生で奨学金をもらっているとはいえ金銭的には私以上に苦しい面もあり、それに文句を言う人は誰もいない。


「俺、冷麺食べたいな」

 ニンジンスティックをくわえ、サトミを見下ろすケイ。

 買ってこいとでも言いたげに。

「その辺を掘ったら」

「ミミズでも食べろって?」

「嫌い?」

 厳しい、知らない人が聞いたらいたたまれないような雰囲気。

 私は慣れているので、顎の辺りを指で掻く。

「おぼっちゃまは、まだか」

「頼めばいいじゃない」

「出前を?悪い女だ」

 そう言いつつ、端末でショウと連絡を取る。

 この辺りはお互い様で、二人は視線を交わして薄く笑い合った。


「お金はないけど、違うお礼をした方がいい?」

 からかうような表情。

 しかし瞳は真剣味を帯び、揺らぐ事無くまっすぐに向いている。

「お礼って、何を」

「色々してくれたから」

 静かに、短く答えるサトミ。

 しばし重なる、二人の視線。 

 空を雲が覆い、庭先に影を落とす。

 少しの冷たさ、澄みきったと例えても言いような。


「別に、必要ない」

 淡々とした態度。

 いつもと変わらない、感情の乏しい。

「いいのよ。私に出来る範囲でなら、少しくらいの事は」

「気を遣ってるとか、そういう意味じゃない」

「だったら、どうして」 

 それはサトミにも分からないのか。

 不思議そうに、傍らに立つ彼を見上げる。

「……礼なら、先にしてもらってる」

 彼女の膝辺りを指差すケイ。

 そのまま背を向け、首筋を押さえながら歩いていく。

「どういう……。もしかして、サトミに膝枕されたの知ってるとか」

 以前ケイが襲われた時。

 本当はサトミは知っていて、医療部が来るまでの間彼を膝枕していた。 

 私は彼女からそれを聞かせていたが、みんなが誤解しないように黙っていたのに。

「悪いわね。わざわざ」

 軽い調子で、その背中に声を掛けるサトミ。 

 膝にあった、シャチのぬいぐるみを振りながら。

 すると彼女も、気付いていたという訳か。

 このぬいぐるみの出所を。

 誰が本当の持ち主で、彼女に手に渡るようにしたのかを。



 私には想像も出来ない、違う次元でのやりとり。

 それを何でもない、当たり前の事のように交わす二人。

 いつもは一緒に笑い合う友達。

 でもその本質は、今見ていた通り。

 優れた知性と推測力。

 揺るぎない決断と行動。

 あくまでもさりげなく、自然に。

 人にはそうと、悟られないように。




 分かっているのかこの二人だけという事も、きっとたくさんあるのだろう。

 さすがはサトミ、そしてケイという訳か。

 どちらにしろ、結局この二人には敵わな…。 















     第16話 あとがき




 対ストーカー編でした。

 サトミよりも、ケイがメインでしょうか。

 誰が一番怖いのか、という話でもあります。

 また本編で説明しなかった箇所も、幾つかあります。

 いつの間にか、ケイがスタンガンを浴びていたとか。

 吉澤先生の拳の怪我とか。

 ラーメン屋での、吉澤先生との出会いとか。 

 この辺りを書くと説明口調になってしまうので、割愛しました。

 本編、つまりユウの視点以外での出来事ですので。

 そういった箇所が幾つかあり多少分かりにくくなっているとは思いますが、ご了承下さい。


 一番分かりにくいのは、サトミとケイの関係かも知れません。

 これはユウが言っている通り、恋愛関係ではありません。 

 では何なのかと聞かれると、私も答えようがありませんが。

 分かっているのは何があっても、ケイはサトミを守るという事。

 またサトミは、彼を信頼しているという事です。



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