エピソードWW3-3 ~ケイ・渡り鳥編~
友達
後編
「もう止めたの?」
「止めました」
きつい口調で、邪険に返す日向。
白鳥はさほど残念さも見せず、カメラをセカンドバッグへしまった。
「普段から、ああしてればいいのに。そう思わない、浦田君」
「渡り鳥としては、目立ち過ぎるんじゃないですか」
「そういう見方もあるわね」
しれっと答え、隣へ視線を流す。
卓上端末で、昨日の日向の映像を見つめる伊藤を。
普段通りの、無表情に近い顔。
ただ、何となく楽しげでもある。
「フレンチだってよ、それも高級」
「仕方ないだろ。役目が違うんだから。俺達は、生徒の掌握。白鳥さん達は、学校の意思確認。役目が違えば、行動も違ってくる」
「じゃあお前は、納得してるのか」
「そこまで人間が出来てるなら、渡り鳥なんてやってない」
力を込めて、メガネを押し上げる岸。
森山は苛立たしげに机を指で叩き、唇を噛みしめた。
「柳は、何してた」
「窓からの襲撃は無さそうだったし、ドアの外にいたよ。でも、お土産にエビをもらった。こんな大きいのを」
「良かったな……」
「うん」
にこやかに頷く柳。
食事が手の届く距離にありながら、エビ一匹で満足する少年。
とはいえ彼の場合嫌がらせを受けた訳ではなく、食事に何かを混ぜられてないかを考慮してでもある。
また食事時に襲撃された場合、副交感神経が優位となるため戦いには不利となる。
その外見とは別に、仕事に対しては徹底的なリアリストの面を持つ。
「状況はどう」
「接触した生徒からは、ほぼ賛同を得てます。元々反感を買いやすい人間だったらしく、今日中にも完全に孤立するかと」
淡々と状況説明する岸。
卓上端末の画面に表示される、昨日接触した生徒からの連絡。
彼の告げた通りの内容。
彼等への協力と、例の首謀者からの離反の誓約書。
書面ではなくネットワーク上の記述だが、その効力は同格である。
法律や規則としてだけではなく、感情や心情的に。
「お嬢様は、もうお出ましにならないの」
「逃亡中の人間が、どうやって舞い戻ってくるんです」
「面白いと思ったのに」
「いいですから、その男を監視してて下さい」
やはりきつく返す日向。
白鳥は肩をすくめ、柳と森山を指差しそのままドアへと向けた。
「広、学校に連絡。彼のIDを抹消、学籍も同様に。それ以外の関係者は、状況を見て判断するようにと。連絡は、繋いだままにしておいて」
「了解」
「各Nシステムに介入して、主要幹線道路をチェック。鉄道、バス、タクシーも同様に」
別な卓上端末が取り出され、幹線道路に設置されている監視カメラの映像が幾つも表示される。
実際に監視しているのは対象者データを取り込んだソフトで、人間は発見の報を待てばいいだけだ。
Nシステムは警察や軍の管理上にあるが、何らかの方法でそこに介入しているらしい。
「岸君、協力者に通達。生徒の自治に関しては、学校との協力が不可欠。先日来学内で活動をしていた人物は、全高連から除名処分を受けていると確認。非合法組織との関係も、推測される。彼への協力は、各人の不利益になる。文面は、あなたと雛で考えて」
「了解」
「後は」
指示を出す者。
各所と連絡を取る者。
書類に文字を書き込み、文章を練る者。
監視へ赴く者。
「君も、何かする?」
「いいえ。慣れない事をしても、失敗するので。お茶買ってきます」
欠伸を噛み殺すケイ。
それは先程飲んだ鎮痛剤の効き目もあるだろうが、やる気もあまり感じられない。
まだ以前の怪我がまだ癒えて無く、腕には包帯が巻かれたままで頬には薄い傷も付いている。
白鳥も無理には勧めず、再び指示へと戻る。
暇そう部屋を出ていったケイを見る事もなく……。
「逃げられた?」
「少し遅かったみたい」
「ホテルの部屋も、引き払ってた」
拍子抜けの顔で戻ってくる二人。
しかし白鳥は予想済みだったのか、彼等を叱責する事無く卓上端末の画面を見つめ続ける。
「広、どう思う」
「さあ」
「気のない返事ね。いいわ、取りあえず当初の目的は達成出来たんだから」
彼等がこの学校に招かれた理由。
学内の治安を回復し、今後の憂いを断つ事。
その点に置いては、白鳥が宣言した通りである。
首謀者とその仲間は逃亡、賛同者も離反。
熱病のように盛り上がっていたムードは、冷え込むのもまた早い。
また一度失敗した場所に、再度自治運動を働きかけようとする者はいないだろう。
少なくとも、彼等が高校生の間は。
「雛」
「知りません、私は」
余程根に持っているらしく、そればかり繰り返す日向。
岸は依然、賛同者との連絡。
ただその視線は、物言いたげに白鳥を見つめる。
「何よ」
「まさかこれで終わりとは、言わないですよね」
「終わったじゃない。私達の依頼は」
「なる程」
言葉と一致しない態度。
岸はそれ以上突っ込まず、卓上端末の操作に専念した。
「勿論、このままの訳無いでしょ」
白鳥は席を立ち、その長い髪を後ろへたなびかせる。
そして威厳と自信を込めて、ふくよかな胸元を反らした。
「渡り鳥がどういう存在なのか、教えてやらないと」
空に降りる夜のとばり。
しかし街並みは灯りに彩られ、通りにはいい気分で歩くスーツ姿の男女が目立つ。
ささやかな飲食店街。
ただそこに集う者にとっては、心を癒す場所。
「何だよ、イチゴプリンって」
「イチゴクリームが混ざってるプリンだよ」
「そんな事は聞いてない。どうして俺が、買いに行かないといけないんだ」
「最近愚痴っぽいね」
短く評する柳。
森山はむっとしつつ、自分でも気付いているのかその口を閉じた。
「えーと、ここかな」
「こんなの、コンビニでも売ってるだろ」
「伊藤さんに、そう言ったら」
「それが出来るなら、俺は部屋で寝てる」
やるせなく落ちる肩。
それが不意に揺さぶられる。
「なんだよ。もう閉まってるのか」
「違う。あれ」
女性客で賑わう洋菓子店の前に佇む彼等。
その視界の先にある、ビジネスホテル。
彼等が取り逃したはずの、今回の自治運動の首謀者。
落ち着き無い動き、辺りを探る視線。
大きなバッグをしっかりと抱きしめ、血走った目で玄関前からロビー内をうかがっている。
「何やってんだ、あいつ。せっかく逃げれたのに」
独り言のように呟く森山。
明らかに挙動不審な男は、ホテル前に停車していたタクシーを拾った。
「付けるぞ」
「ここで捕まえないの」
「どこへ行くか知りたい。少なくとも、逃げる様子じゃ無さそうだし」
友人を装い、先行するタクシーを追尾させる彼等。
尾行ごっこと運転手に告げ、数台の間隔を置いて。
その間にも森山は、一人で呟き続ける。
車内で周囲を気にしつつ、端末を使い続ける男。
怯えと怒り、不安。
様々な負の感情が、遠い窓越しにも伝わってくる。
「……学校」
一旦速度を緩める先行車。
尾行を気にした動きでもあるようだが、男の注意は後ろよりも学校へと向けられている。
「運転手さん。抜いて下さい、先に行きます」
速度を緩める事無く、それをパスする後続車。
森山は行き先を告げ、シートに深く腰掛けた。
思案。
悩みと似た、しかし明らかな一線を画す表情で。
ホテル前の、小さなロータリー。
その手前で停車する、一台のタクシー。
周囲を窺う視線。
警戒した動き。
だが足は、確実に進んでいく。
玄関ではなく、建物の脇。
植え込みの奥へと。
「止めとけ、鍵が掛かってるから」
「なっ」
振り向く間もなく、襟首を捕まえられ組ひしがれる男。
森山は手を離し、それをかかとで代用した。
「俺達を襲おうとしたんだろ。転校しようとしても、学校のIDは使えなくなった。金もない、仲間も逃げた。学校を支配するどころか、自分の立場も危うい。誰のせいって、俺達のせいで」
淀む事なく出てくる台詞。
薄暗い、非常灯の灯りのみがあるホテルの裏手。
彼が告げたように非常ドアは内側からロックされていて、取っ手もない。
「そりゃ恨むよな。逃げる前に、仕返しもしたくなるよな。せっかく上手く行きかけてたのに、突然やって来た連中に邪魔されたら」
「俺達の崇高な理念を邪魔する反動分子め。今は一時的に身を引くが、必ずこの手で総括をしてやるからな」
「総括、ね」
「貴様らのような理念もない連中に、俺達の崇高な行為が理解出来る訳がない。生徒の生徒による、高度な自治の確立を。一部の権力者にすりよる貴様らに鉄槌を下し、その考えが誤りだと必ず思い知らせてやる」
雑草とかかとの間で、激しく罵倒する男。
森山はわずかにかかとを浮かし、すぐに振り下ろした。
一瞬止まる、長台詞。
だがそれは、すぐに何事もなかったかのように再開される。
「疑問を持たず漠然と体制に流される貴様らに、何が分かる。この社会は支配者による搾取から脱却して、我々市民の手によって指導運営されるべきだ」
「理屈は立派だな。しかも、俺にも分かりやすい。さすがに、扇動役に選ばれただけはある」
「だったら、すぐに解放しろ。今ならまだ間に合う。共に手を携えて、腐った……」
もう一度振り下ろされるかかと。
今度は顔が、地面にめり込む程に。
「少し黙れ。いや、関係を聞こうか。学校との」
「な、なんだと。俺が体制に日寄ったとでも言うのか」
「古い言葉を使うな。それと、質問してるのは俺だ」
再び落ちるかかと。
男はうめき声を上げ、恨みがましい顔を上げた。
「き、貴様。人を侮辱するにも程があるぞ。俺が私利私欲のために、運動してるとでもいうのか」
「違うのか」
「証拠を見せてみろ」
「タクシーの中で、学校と連絡しなかったか?無論盗聴は無理だけど、口の動きは読める。断片しか話さなかったのは立派だが、約束が違うってどういう事だ」
答えない男。
振り下ろされるかかとを警戒してか、首の辺りが縮こまる。
しかし森山は足を完全に離し、地面に転がっていたバックを拾い上げた。
「弁証法的唯物論第一巻?端末、領収書……」
中身を広げていく、森山と柳。
いつまで経ってもこれという物はなく、彼の表情に落胆の色が浮かび出す。
対照的に男は、上体を起こして皮肉っぽく微笑んだ。
「納得してくれたかな」
「うるさいな。おい、暇ならお前も探してくれ」
「無いと思うけどね、俺も」
だるそうに、一度チェックした物を手に取るケイ。
たた態度はともかく、簡単な連絡事項的な書類に真剣な視線を走らせている。
「学校の行事連絡だな、これは。暗号でもないし」
「分かってる」
「今度、若狭へ遠足に行くんだ。おやつは500円まで。バナナはおやつに含まれませんだって」
薄暗い、塀と建物の間。
羽虫が飛び、じめじめとした空気が漂う。
その中で、馬鹿笑いする男。
「おい」
「悪い。しかし、今時マルクスって。まだ社会主義に移行する程、資本主義が成熟してるとも思えないけどね」
気のない調子で本をバッグの上へ置くケイ。
森山はそれを拾い上げ、一枚一枚めくり始めた。
「無いって。もう、3回目だろ」
「万が一って事がある」
「希望にすがるなよ。別にこいつは、悪い事をした訳でも無い。せいぜい、学校を混乱させただけで」
「俺は、そう思ってない。こいつは学校と組んで、生徒を都合のいいように扱おうとしてただけだ。自治って言えば聞こえはいいけど、結局はこいつがボスになって他の生徒を支配するだけに決まってる」
頼りなげになる口調。
遅くなる、手の動き。
対して男の方はついに立ち上がり、彼と肩を並べた。
「さあ。返してくれ。ここまでの侮辱と非礼は、特別に許してやる。俺も、渡り鳥を相手にする程馬鹿じゃない」
「黙ってろ」
「だったら、気の済むまで探してくれ。どうせ、何も見つからないんだから」
「黙れって言ってるだろ……」
苛立ったように手を振る森山。
下を向く本。
その間から落ちる、一枚の写真。
森山は素早くそれを掴み、表を向けた。
場所は、ホテルのロビー。
やや不鮮明だが、人物の特定は出来る程度。
一人はスーツ姿の男性。
もう一人は、ラフな出で立ちの若者。
年齢としては、高校生といった所か。
「誰だよ、これ」
「で、でっちあげだ。俺は、そんな所では会って……」
「そんな所?じゃあ、どんな所なら会ったんだ」
「そ、それは」
暗がりの中でも分かる、血の気の引いた顔。
逃げ道は素早く柳が防ぎ、また動く前に森山の拳が喉元に突き付けられる。
「話を聞かせてもらうぜ」
「き、貴様らの仕事は学内の治安維持で、俺は関係ないだろっ」
「確かに契約は済んだ。でも、渡り鳥としての仕事はまだ終わってない」
端正な顔に浮かぶ笑顔。
凄惨な、今の闇よりも深い。
「概ね、間違いではないわ。合ってる訳でもないけど」
報告を終え会議室を出て行った森山のレポートを、隣へ滑らせる白鳥。
表紙にだけ視線を走らせた伊藤は、それを前へ放った。
「学校と例の首謀者の関係に気付いたのだけは、誉めてもいいわね。ただ実際の関係は、あの子が推測した程単純じゃない」
彼の物とは違うレポート。
それには詳細なデータも添えられ、今回の事態に関する内容が書かれている。
学校と首謀者が癒着していたのは、事実である。
ただそれは、より複雑な結びつきとなっていた。
今回の自治運動は、実際には現学校経営陣と対立するグループの仕組んだ物。
自治運動を名目に学内を混乱させ、現経営陣の退陣を要求するという。
それを察知した現経営陣は、自治運動家達へ自分達と連携するよう接触。
自治運動家は両者に報酬を競わせ、学内をさらに混乱させる。
ここに来てようやく事態を悟った現経営陣達は、渡り鳥を招聘。
毒を持って毒を制すという考えによって。
しかしその間も現経営陣は、自治運動家と接触を続ける。
彼等が味方に付けば良し。
渡り鳥を切ればいいだけの事。
敵に回っても、こちらには渡り鳥がいる。
傷付くのは、勝手に暴れ回る高校生同士。
自分達には、何の不利益もない。
ちなみに自治運動家は、傭兵と呼び方を入れ替えても差し支えない。
「よくある話よね」
鼻先で笑う白鳥。
卓上端末には、現経営陣からの謝罪が絶え間なく届いている。
「大体、隠す事でもないのに。大人っていうのは、どうしてこう体面にこだわるんだか」
「あなたもすぐに、その大人になるのよ」
「大丈夫。私は永遠に美少女だから」
ふざけた答え。
伊藤は聞かなかった素振りをして、小さく欠伸をした。
「学内の混乱は収まりつつあるし、学校も謝ってきてる。今度こそ、終わったわね」
「首謀者は」
「解放したわよ、もう。渡り鳥がなんたるかを、分かってもらった上で」
「脅して、協力者にしたんでしょ」
今度は白鳥が聞こえなかった振りをして、髪を横へ撫でつけた。
「あなたは、いつから気付いてたの」
レポートから顔を上げるケイ。
その地味な顔を、端正な顔の二人が真っ直ぐ見据える。
「初めに、学校と接触した時から。使いっ走りの俺に対しても、妙に低姿勢だったので。あれでおかしいと思わなければ、どうかしてます」
「確信を持ったのは」
「本当に自治運動に困ってるなら、教育庁を頼ればいい。全高連や学生運動に対処するセクションは、今でもあるだろうし。でも、渡り鳥を頼った。自分達の評価を下げる必要もなく人目にも付きにくい、アンダーグラウンドに」
事も無げにされる説明。
その推測を誇る訳でもなく。
「例の写真は、どこで手に入れたの」
「適当に撮った写真を合成しただけです。例の男はともかく、学校側は誰でもいい。現に、あっさり口を割ってくれました。渡り鳥に必要なのは証拠以前に、証言だと思ったので」
「暇そうにしてたのに、怖い子ね」
「どうも」
悪びれずに頭を下げるケイ。
白鳥はため息を付き、彼の背中にあるドアを指差した。
「森山君にとっては、助かったんだろうけど。写真のお陰で」
「余計な手出しでしたか」
「いいえ。でも、あの子が気付かなかったらって思わなかった?」
「だったら、そこまでの人間なんでしょう」
厳しい口調、突き放した台詞。
表情に揺れはなく、その言葉を取り繕う事はない。
「悪かったわね。あなたの研修だったのに」
「いいえ。俺も色々と勉強になりました」
「そういってくれると、少しは気が楽になるわ」
表情を和ませる白鳥。
ケイも微かに笑い、レポートを彼女達に戻した。
「初めにも聞いたけど、あなただったらどうしてた?」
「例の馬鹿を捕まえて、鼻でも削いで終わりですね。勿論、削ぐ前にこっちの言う事を聞いてくれるでしょうけど」
「知り合いに、鼻を削がれそうになった女の子がいるのよね。似たような顔の二人組で。あなた、知らない?」
「さあ。あいにく渡り鳥の知り合いは、殆どいないので」
婉曲ともいえる否定。
白鳥は深く追求せず、話題を変えた。
「私達はもう、他の学校へ行くんだけど。あなたはどうするの」
「他の連中がまだ終わってませんから。しばらく、この辺で遊んでます。若狭も近いですし」
「よかったら……。いえ、なんでもないわ。怪我も治ってないんだから、大人しくしてなさい」
放課後のグラウンド。
クラブ活動の準備か、ジャージ姿の生徒達が少しずつ用具を用意している。
そこから離れた塀に沿って植えられた、数本の常葉樹。
塀より上からの、外部の視線を遮る役目。
環境に配慮し、また景色の潤いとしての役目。
そこに集う者達には、安らぎをも提供する。
一本の木にもたれ、ため息を付く少年。
端正な顔は翳りを帯び、長身の背は丸められ小さく見える。
「……結局、俺は何も分かってなかったって事だろ」
「学校とあいつの関係は見抜いた」
「それ以外は、全部外れじゃないか」
「そういう見方もあるな」
あっさり肯定する岸。
森山はもう一度ため息を付き、流れていく雲を見上げた。
「今まで俺は、何をやってたんだろ」
「今頃悩まれても困る」
厳しく言い放つ日向。
その口調とは裏腹に、どこか嬉しげに。
「偉いよ、お前は」
「でしょ」
「お前じゃない」
笑顔で応えた柳に手を振り、その後ろからやって来たケイへ指を向ける。
それでも柳は笑顔を浮かべたまま、ケイの腕に抱きついた。
「森山君もよくやったけどね。まだまだだよ」
「お前だって、何もやってないだろ」
「浦田君がやれば、同じ事なの」
「そうですか」
反発気味に答えた森山は、視線を伏せて口を動かした。
「お前は、これからどうするつもりだ」
「仲間の仕事が終わるまで、この辺で遊んでる」
「……俺達と、一緒に来る気はないのか」
風に乗るささやき。
おそらくは白鳥が言いかけた言葉。
短い。
だからこそ、思いのこもった。
「それは嬉しいけど。俺にも、一応は戻る場所があるから」
視線を伏せるケイ。
浮かぶのは言葉通りの嬉しさと。
微かな切なさ。
別れを告げる言葉に対しての。
「だよな。忘れてくれ。それによく考えたら、お前がいるとムードが悪くなる。女の子も寄って来ないし」
素っ気なく返す森山。
顔を上げ、視線を交わす二人。
その思いを、お互いの気持を伝えあうように。
「柳は」
「僕も勿論、戻るよ」
ひしとケイの腕にしがみつく柳。
それこそ、頬が触れ合わんばかりに。
「好きにしてくれ。しかしずっと同じ所にいたら、もう渡り鳥でもワイルドギースでもないだろ」
「じゃあ、森山君達がワイルドギースになれば」
「そんな自信があるなら、俺はため息を付いてない」
いきなり暗くなる森山。
それに対し、一斉に笑う仲間達。
「……何」
出立の日。
車のサイドミラーで髪を整えていた日向は、普段通りの調子で問い掛けた。
物言いたげに側へ立っているケイへと。
「髪も目も、あの時と違うなと思って」
「当たり前だ。あれでは、目立って仕方ない」
「だから普段は、そうしてるって」
「え」
耳元で止まる指先。
見開かれる瞳。
「いや。だったら面白いかなと」
「馬鹿馬鹿しい」
「だろうね」
あっさり認め、彼女から離れるケイ。
日向はその背中に険しい視線を飛ばし、すぐにサイドミラーへと戻った。
「何を話してた」
「大した事じゃない。金髪碧眼も悪くないって言っただけだよ」
メガネを押し上げる仕草が、一瞬止まる。
観察眼の鋭い者でないと、気付かないくらいに。
「それが伊達メガネじゃなくて、網膜に情報を投影する特殊なモニターだったら面白いとか」
「試してみるか」
「遠慮しておく。レーザーで焼かれたくない」
戻されたメガネを岸は胸元のポケットへしまい、細い目をさらに細めた。
「人を疑るのはいいが、好かれないぞ」
「慣れてるよ」
「俺もだ」
仕方なさそうに笑う二人。
共感ともいえる表情で。
「楽しかったわよ、色々と」
後部座席から顔を出し、朗らかに微笑む白鳥。
日向と岸は軽く手を振り、運転席の森山は指を指している。
「さよなら」
手を差し出す伊藤。
それを握り返そうと手を出すケイ。
すると伊藤は手を引き戻し、怪訝そうな顔をする彼の頬に手を伸ばした。
「……驚かないのね」
「殴られてるのは、慣れてますから」
「一度、驚いたあなたの顔を見てみたいわ」
「それは、俺もです」
今度こそ握手を交わす二人。
伊藤は柳にも手を振り、自分の胸を軽く叩いた。
「ほら」
「え」
「こうよ」
さりげなくケイの手を取る伊藤。
それは自然な仕草で、彼女の胸へと伸びていく。
「驚いてよね」
差し戻された手は、そのままケイの胸元を叩く。
「ああ、渡り鳥の」
「別れの挨拶よ。私の心は、あなたと共にあるっていうくらいの意味で」
車の中で、同じ仕草をする白鳥達。
彼の隣りに立つ柳も。
「俺も、渡り鳥ですか?」
「気持さえ持っていればいいのよ」
素直に頷き、拳で胸を叩くケイ。
伊藤は優しく微笑み、自分の胸をそっと叩いた。
遠ざかっていく二人の姿。
白鳥は苦笑して、隣の伊藤を肘で突いた。
「普段は喋らないのに。美味しい所は持っていくのね」
「後輩に物を教えるのは、当然の事よ。あなたにも教えたように」
「はいはい」
おざなりな返事。
彼女達の前では日向が髪を気にして、岸がメガネをチェックしている。
やたらため息を付く、森山の運転で。
まだ若く。
でも結果を求められる存在。
人に頼ってばかりではいられない。
そう気付く時期。
それを成すためには何が必要なのか。
自分の力は無論。
友の存在。
信頼し、理解し合える相手。
渡り鳥は、群れで飛ぶのだから。
了
エピソード W2 あとがき
正確にはワイルドギース編の外伝、というところでしょうか。
メインはケイ達ではなく、森山達。
馴染みは薄いかと思いますが、第9話の9-6を参照して下さい。
基本的には第15話よりも、こちらが本編。
というか、書きたかった内容です。
渡り鳥とは何か、傭兵とは何か。
この辺りを少しずつ書いていけたらと思ってます。
それぞれのキャラクターについて、少し。
白鳥 さつき(しらとり さつき)
凛とした顔立ちで、スレンダーな女性。
明るく、気が回り、姉御肌の人。
情報戦が得意で、作戦指揮を執る場合が多い。
傭兵の中ではトップクラス。
舞地達とも仲が良い。
伊藤 広
端正な顔立ちで、モデル並みの体型。
白鳥より長身。
口数は少なく、愛想もない。
とはいえ交渉事に長け、弁舌も立つ。
大抵は白鳥と、行動を共にしている。
日向 雛
あどけない顔立ちで、やや小柄。
髪は短め。
変装する事もあるが、本当は金髪碧眼?
男っぽい口調で、性格も少しきつめ。
自分でお弁当を作るのが趣味。
岸や森山とは、幼なじみ。
岸 恵
長身で、理知的な顔立ち。
伊達メガネを掛けていて、それには何らかのギミックが隠されている?
皮肉っぽい事を、良く言う。
参謀タイプで、情報処理が得意。
一見冷静だが、意外と熱くなりやすいタイプかも。
森山 泰
甘く端整な顔立ちで、すらっとした体型。
格闘技の実力は、柳に匹敵する?
性格としては軽く、深く考えないタイプだった。
日向や岸にからかわれる事が多い。
白鳥達からは、雑用係として扱われている。
吉家。
綺麗な顔立ちで、血の気が多い。
三村。
可愛らしい顔立ちで、思慮深い。
二人は親戚らしく、白鳥達とは別行動を取る事が多い様子。