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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第3話
16/596

3-1






     3-1




 今、パトロールをしている私の隣りにケイがいる。

 こうして一緒に歩くのは一ヶ月振りだ。

 試合の後彼は沙紀ちゃんの所で残務処理をしてて、私達の所へやってきたのは結局その一週間後。

 私達もショウの怪我が治るまではたまっていた書類の整理をやっていて、殆どオフィスにこもりっきりだった。

 知らない間に世間では生徒会会長の選挙があったらしいけど、バタバタしていた私達はそんな事すっかり忘れてた。

 関係ないしね、基本的に。

 テストなんていう性質の悪い物も終わり、今はもうすぐ夏休み突入という最高の時期。

 幸せっていう気分が心の奥から浮かんでくる感じ。


「今日、どこかにご飯食べに行こっか」

「いいね、それ。俺おごるよ」

「でもあなた、そんなにお金持ってないでしょ。いつもギリギリで……」

 するとどうだ。

 ケイは口元を微かに緩め、キャッシュカードを兼ねるIDを端末に通した。

「え、嘘」

 そこには表示が壊れてると思うような数字が、くっきりはっきりと現れた。

 勿論、見間違いでもないし夢でもない。

 詐欺でもしたのかな。

「この前のショウの試合。あれが、賭の対象になってたの知ってた?」

「うん、モトちゃんから聞いた」

「それの結果がこれ。勝ち負け以外のオプションにも、相当つぎ込んだのが利いた」

 一体賭けたのか、そしてショウのオッズはどれだけだったのか。

 いい度胸をしてるよ、この人も。

「色々使って大分減ったけど、利益は還元しないと。儲かったのは、ショウとユウのおかげなんだし」

「減ったって、これでもすごいお金じゃない。何に使ったの?」

「教えない。怒られるし、恥ずかしいから」

 さらに口元を緩め、端末とIDをしまうケイ。

 これ以上は聞かないでおこう。 

 というか、正直聞くのが怖い。

 ケイの答えじゃなくて、それを聞いた時の自分の行動が。

 だって、マンガ買いましたとか言われた日には本当……。

「でも、聞きたくない?」

「絶対聞かない。それがあなたのためでもあるわよ」

 ケイは私の表情から何かを悟ったらしく、硬い表情で私との距離を置いた。

 そう、それでいいんだって。


 そんな事を話している間に、私達はD-4の手前までやってきていた。

「うん、問題なし。さて、帰りのコースに行こっか」

「平和だな、ここは。やっぱり雪野さんがいると違うな」

「浦田君だっているでしょ、ここには。ほら、行くわよ」

 私は背中から抜いたスティックでケイをぐいぐい押し、歩くよう促した。

「人を羊か牛みたいに……。わ、脇は押すな」

「嫌だ」

 かまわずつつく私。

 この人、脇は本当に弱いんだよね。

「だからっ」

 ケイはスティックを払いのけ、必死になって逃げ出した。

「逃げるなっ」

「追うなっ」

 馬鹿な事を言い合って走り出す私とケイ。

 と思ったら、ケイが突然足を止めた。

「どうかした」

「あれ、誰」



 長い黒髪、金のショートヘア、茶のセミロング等々。

 全員服装は私と同じ制服だが、スカートの裾はかなり短くシャツからはおへそが出ている子も。

 顔立ちも結構整っていて、スタイルも申し分ない。

 でも、こんな派手な子達がここにいたかな。

「私も見た事無い。誰だろう」

「可愛いけど、雰囲気がどうも気になる」 

 ケイは表情を険しくして、警棒に手を当てた。

「そこまで警戒しなくてもいいんじゃない」

「何言ってるんだよ。自分だって構えてるのに」

「まあね」 

 私もケイと同意見なのだ。

 外見はともかく、彼女達の笑顔は見ていていい気持がしない。

「……大当たりね」

 女の子の一人が、壁際で話をしていた男の子を突き飛ばした。

 しかしその動きはかなり早く、床に転がった本人さえ気づかなかっただろう。 

「ハハッ、何やってんの」

「大丈夫、ボク?」

 勘に触る笑い声。

 誰かが、ガムの紙屑を男の子に投げつけた。

 笑い声が、ひときわ大きくなる。 

「何あの子、変な服来て」

「あの顔だもん、仕方ないわよ」

「ふん、それもそうね」

 取りすぎの女の子を露骨にあざけり、また壁際の男の子を転ばした。

 ここまで来ればみんなも彼女達のおかしさに気づくはずだが、誰も何も言おうとはしない。 

 彼女達から遠ざかったり顔を伏せたりはするのに、それ以上のアクションを起こさないのだ。

「どうなってるの、一体。それに、あの子達は何なの」

「世の中には色々な人がいるから、ああいうおかしな連中もたまにはいるよ」

「目の前にも一人いるから、それは分かるけど。でも、周りの子は何で黙ってるの?せめて、ガーディアンにでも連絡すればいいじゃない」

「聞いてみようか。……ちょっと、済みません」

 ケイは近くにいた男の子に声を掛け、女の子達から隠れるようにして教室に入った。

 当然私も、教室に入る。



「……アシスタントスタッフ?」

「ああ。この前の選挙で当選した次期会長が、他の学校から呼んだらしい。格闘技の腕も買われたって噂だ」

「ふーん、なるほど」

 ケイは鼻を鳴らして、彼女達が歩いているだろう廊下側の壁に目をやった。


 アシスタントスタッフとは、生徒会において特殊な位置を占める役職である。 

 局長や課長といった幹部を含め生徒会のスタッフは、全員生徒会と学校側の審査を経て生徒会に参加する事が出来る。

 審査は公正中立かつ厳密で、かなりの能力と資質がなければスタッフになるのは難しい。

 学校側の審査は名目だけで、実際は生徒会の審査だけなんだけど。

 それでも生徒会の総務局と事務局の審査は受ける必要があり、おかしな連中は一発で跳ねられる。

 でも、アシスタントスタッフは違う。

 彼らは生徒会の幹部がほぼ自由に登用出来るスタッフで、審査は簡単な身辺調査程度。

 いわば各幹部のブレーンという訳だ。

 といっても使える人を採らなければ、困るのは結局採用した本人である。

 だから普通は優秀な生徒を好待遇で採用したり、学外から連れてきたりもする。

 するんだけど、ああいう子達を連れてくるかな。


「次期会長のアシスタントスタッフだから、みんな強い事が言えなくて。ああいう感じであちこちを廻って、ついにここへ来たらしい」

「ふーん。よそではどうか知らないけど、そう甘くないわよ私達は」

「すごいな。俺は生徒会の会長に逆らうなんて、とてもとても」

 ケイはわざとらしく肩をすくめ、どこかへ逃げようとした。

 当然そんな真似をさせるはずがなく、脇腹にスティックを突き付けて動きを止める。 

「達って言ったでしょ。大体自分の方が無茶やってるくせに」

「知らないって。……君は俺達が出ていって、10分くらいここで待ってて。その後で帰れば、あの連中に見つからないと思うから。今の話はリークって程じゃないけど、目を付けられたら困るからね」

 男の子は小さく頷いたが、不安げに私達を見つめてきた。

「あ、あの。俺はいいんだけど、自分達は大丈夫なのか?」

「任せてって。揉め事には慣れてるし、ああいう連中を放っておくのは気が済まないの」

「へぇ、さすがガーディアンだな。ちょっと感心したよ」

 ぎこちないながらも笑顔を見せる男の子。

 この信頼に応えるためにも、やる事はやらないとね。

 そして廊下からは、また女の子の嬌声が聞こえてきた。

「ケイ、行こう」

「ああ」

 私達は男の子に軽く手を振り、様子を窺いつつ廊下に出た。


 さっと周りを見渡すと、一様にほっとした顔ばかり。

 どうやら女の子達は、もうどこかへ行ってしまったようだ。 

 私は呼吸を整えて目を閉じ、耳へと意識を集中した。

 ……右手から笑い声が聞こえる。

「間違いない、向こうにいる」

「すごい耳してるな。犬笛でも聞こえたりして」

「ばうっ」

 ケイの脇腹に貫手を突き刺して走り出す。

 「ぐわっ」っと叫び声が上がったけど、全然気にしない。


 角を右に曲がりさっと見渡す。

 ……後ろ姿だけど、かなり先の階段を上ってるのが見える。

 その前から、女の子が荷物を抱えて下りて来ている。

 嫌な予感、いや確信といってもいい。

 私は床を蹴り、一気にトップスピードへ持っていった。


「キャッ?」

 悲鳴が響き、本や書類が宙を舞う。

 それと同時に、女の子の体も。

 頭を下にして、尖った階段の角へ落ちていく。

「……大丈夫?」

 私はギリギリの所で女の子に追い付き、反り返りながらもその体をしっかりと抱きしめた。

 結構大柄で落ちている速度プラス体重も掛かってくるけれど、後二人来ても大丈夫。

 女の子は恐怖と驚きで、声も出ないようだ。

 どこか打った様子もないし、少し経てば落ち着くだろう。

 私は女の子をゆっくりと降ろし、階段の下まで連れていった。

「後で拾うから、ここで待ってて」

 微かに頷く女の子の肩を叩き、階段の上を見上げる。

 小馬鹿にした笑顔を浮かべている女の子達を。

「そんなにおかしい?」

「おかしいわよ、何必死になってるの」

 耳をふさぎたくなるような、いやらしい笑い声。

 位置関係からいっても、見下ろす視線。

「転ばすくらいだったらまだしも、これはやり過ぎよ」

「だったらどうするの。ガーディアンみたいだけど、私達を捕まえる?」

「暴行の現行犯は拘束してもいいんでしょ。ほら、こっち来たら」

 女の子の一人が手をひらひらとさせる。

 挑発か。

 乗ってやろうじゃない。


「……腕に自信があるみたいだな、あんたら」

 ようやく追い付いてきたケイが、鼻を鳴らして上を見上げる。

 彼女達は少し身構えて、腰の警棒に手を添えた。

「また地味なのが来たわね。その辺のガーディアンにやられるような腕はしてないのよ」

「5対2でも掛かってくる気?何ならマンツーマンでもいいのよ、こっちは」

「ケイ下がってて。私一人でいいから」


 私は彼を振り向きもせず、階段に足を掛けた。

 視線は真っ直ぐ女の子達に向けられている。

 散乱する本や筆記用具。

 それを踏まないように、一歩一歩階段を上っていく。

 すると踊り場にいた女の子の一人が、階段を下りてきた。

 かまわず上り続けると、女の子が前に立ちふさがる。

 彼女の長い足が、丁度目の前に位置する。

「上にいる方が有利って、当然分かるわよね」

 言葉が終わると同時に、靴先が顔に飛んできた。

 顎を引いてそれをかわすと、さらに足が伸びて鼻先に触れそうになる。

 私は迷わず、階段を蹴った。


 その勢いで体を後ろへひねり、階段上で宙返りをしてみせる。

 頭上に階段が見える風景になっても、何一つ不安を感じない。

 この程度の場所だったら難なく着地出来るし、ここから攻撃につなげてもいいくらいだ

 引きつけた足を階段へ向け、軽く腕を横に伸ばしてバランスを取る。

 独特の浮遊感が体を包み込み、階段へと舞い降りていく。


 彼女の荷物が無い場所を見定め、着地の体勢に入ろうとした時。

 目の前にスティックが突きつけられた。

 このまま行けばバランスを崩して。階段に激突。

 骨折どころか、場合によっては命すら危ない。

 だがスティックは私の顔に当たる事無く、警棒によって跳ね退けられた。

 ケイが私の前に回り込み、警棒を振るったのだ。

 音もなく着地を終えた私は、警棒を構えるケイの背中を見る事となる。

 彼の存在も、あれだけ派手な動きをした理由の一つだ。


「ふん、一応は避けたわね」

「あのくらい、普通でしょ」

「次は逃がさないわ」

 私を蹴ろうとした女の子が、階段の上で片足をわずかに上げる。

 悪くないバランスだしそれなりの腕前のようだが、何一つ恐怖を感じない。

 文字通り私を見下しているのと、私の体型から判断してたかをくくっているのだろう。

 だから、現実を教えてあげる。

 その行為の愚かさを、身を持って……。

 そう思って階段に足を掛けると、ケイが手を出して行く手を遮った。

 肌に突き刺さってくるような威圧感。

 甘さなど微塵も感じさせないその背中。

 それが向けられているのが自分でなくてよかったと、心底思える程の。

「……そこまでやったんだ。どうなっても文句は言うな」

 警棒を腰に差し、階段を上っていくケイ。

 女の子達は踊り場の後ろ一杯まで下がり、各々が伸ばした警棒を構えた。


 やがてケイが踊り場に着き、女の子達がその周りを取り囲む。

「怪我しても知らないわよ。手加減なんてしないから」

「女の子の前で格好付けたつもりでしょうけど、恥かいて帰ってね」

「顔が地味だから、はらして派手にする?それとも……」

 正面にいる子が話している間に、後ろにいた子が不意に動く。

 空を裂いてケイの肩に迫る警棒。

 しかしケイは即座に振り向いて、警棒を持った手首を肘で払った。

 さらにそのまま肘を軸にして、裏拳の女の子の鼻に持っていく。

「キャッ?」

 鼻を押さえのけぞったところで、今度は足を素早く払う。

 あっけなくひっくり返った女の子は、床にしゃがみ込み涙目で鼻を押さえている。

「女には甘いタイプとでも思った?俺よりは強そうだけど、油断が過ぎるんじゃないかな」

 ケイは、自分に話しかけていたロングヘアの女の子を指さした。

「こ、このっ」

 まなじりを上げて警棒を振りかぶる女の子。

 それとタイミングを合わせて、残りの女の子もケイに仕掛けた。

 唸りを上げて、4方の異なる角度から突き進む警棒。

 避ける術がないと思われる連携された動き。

 彼らの顔に勝利を確信した笑みが浮かび、そして……。


 激しい音がして警棒同士がぶつかり合う。

 ケイが思い切って前に突っ込み、3つの警棒をかわしたのだ。

 前から振り下ろされた警棒は、体当たりの勢いで威力を殺している。

 背中が汚れているのは、残り3つの警棒が当たったからだろう。

 頬には傷が付き、少しずつ血が滲んで来ている。

 倒れた女の子は、やはり鼻を抑えて床にへたり込んだまま。

 残りの子も、警棒を持った腕を押さえて顔をしかめている。 

 そこに、警棒を腰に戻したケイが突っ込んだ。

「キャッ?」

 3つの悲鳴がほぼ同時に上がる。

 そして、鼻を抑えて転がる女の子が3人。

 抑えた手の間からは、赤い血が筋となって流れ出す。

「血、血が……」

「い、痛い」

「ど、どうして」

 目を潤ませてケイを見上げる女の子達。

 鼻血を流し、床にへたり込んだままで。

 ケイはそれを、醒めきった眼差しで見下ろしている。


 女の子を殴るなんてとんでもないと言われそうだが、私はそうは思わない。

 ケイはあくまでも自分の身を守っただけで、相手が女の子だったというだけだ。

 それに、彼もそれなりには手加減している。

 鼻血なんて、鼻の上を軽く叩けばすぐに出る。

 赤い血が出るから見た目が派手なだけで、実際にはダメージも痛みも殆ど無い。

 それに転ばしたといってもバランスを崩させただけで、あるのは倒れた際の驚きだけだ。


 彼が指摘した通り、彼女達の実力はそれなりの物。

 しかし油断と過信が、この結果を招いた。

 とはいえ授業料と思えば、安い物だ。

 多分ケイは警棒を直接体に浴び、相当の打撲となっているだろう。

 しかし彼は愚痴めいた事を言わず、それ上関心も見せず彼女達に背を向けた。

「ちょっと待って、ケイ。誰か来る」

 螺旋状になって死角になっている階段の向こうから、このブロックでは見た事のない人達が下りてきた。

 3、4人。

 動き。

 いや雰囲気が、普通とは違う。

 一旦引いた方がいいと、思いたくなるくらいに。

「おい、大丈夫か。大体、どうして鼻血出してるんだ」

「相手は……」

 赤のキャップを被った子と私の目が合う。

 さっきまでの女の子達とはまた異なる、身を切るような気迫。

 他の子達からも、それに負けない程の迫力が伝わってくる。

「あなた達、この子を転ばしたのは」

 ダブルポニーの色っぽい顔立ちをした女の子が、明るく尋ねてくる。

 淡いブルーのブラウスに赤のミニスカートと、服装も可愛らしい。

 一見友好的ではあるけど、その瞳は私達を値踏みするかのような光を湛えている。

「俺だよ。文句があるなら、俺に言ってくれ」

 淡々とした口調で返すケイ。

 一気に彼等の雰囲気が重みを増すが、ケイは平然とした物だ。

「ただその前に、言わせてもらう。先に手を出したのはそっちだし、彼女達の行為が目に余ったんでね。記録撮ってあるから、何なら見せようか」

「分かった。こっちに渡してくれ」

 録画用の端末からDDを取り出したケイは、それを彼等に放り投げる。

 DDを受け取った赤キャップの子は、無表情のままそのDDを床に落とした。

 そして、腰から抜いた警棒を伸ばして床へと振り下ろす。

 私のスティック並に長くなった警棒がDDへと迫り……。


「ちょっと、何するのっ」

 叫びも空しく、粉々に砕け散るDD。

 赤キャップの子は警棒を腰に収め、DDの破片を指さした。

 紺のジーパンにジージャンというラフな服装で、彼等の中では一番小柄だ。

 その威圧感漂う雰囲気は、群を抜いているが。

「こんな物の提出しても、揉み消されるのがオチだ。生徒会を敵に廻したいなら別だろうけど」

「……あなた達、一体何者なの」

「次期会長のアシスタントスタッフ。つまり、そこの女達の仲間って訳さ」

 私の問いに、黒のタンクトップを着た格好いい男の子が答えを返す。

 やや長めの髪で、それをかき上げれば女の子に嬌声を上げさせるのはたやすい事だろう。

 しかしその甘い顔が、一瞬にしてすごみを帯びる。

「とはいえ一応、仲間は仲間だ。それなりには礼をさせてもらうぜ」  

 距離を詰める彼ら。。

 さっきとは違い、私もケイも自分一人でやろうとはしない。

 それほど軽い相手ではないと分かっているから。

 先ほどは気にもならなかった背後の階段が、今は不安要素となっている。

 やがて彼等は歩みを止め、ギリギリの間合いで私達との位置を保つ。

 ぶつかり合う視線と気迫。

 一触即発の状況の中、タンクトップの子がすっと前に出た。 

 だがその彼を遮るようにして、幼い顔立ちをした男の子が手を横へ伸ばす。

 服装も半袖シャツに綿パンと、彼の雰囲気に合っている。

「……この人達と戦う必要はあるの?僕は気が進まない」

「司、契約相手の名誉を守るのも仕事の内だ。今は自分の感情より、契約を遵守しろ」

 赤キャップの子が、やや強い口調でたしなめる。

 今までの言動を見ていると、どうもこの子がリーダー格らしい。

「分かってる。でも、僕は戦わないから」

「だからあなたは、子供なのよ」

 ダブルポニーの女の子が彼の肩を軽く叩き、クスッと笑った。

「勿論私も、やる気無し。後は二人で頑張って」

「お前らな。今の話を聞いてなかったのか」

「自分だって嫌々やってるくせに。変な所で真面目なのよね、あなた」

「職務に忠実と言ってくれ……。ったく、俺達だけ悪者かよ」

 男の子は舌を鳴らし、腰にある警棒から手を離した。

「ねえ、あなた達もそう思うでしょ」

 女の子が、何故か話をこっちに振ってくる。

 思わず答えにつまった私に代わり、ケイが自然な仕草で肩をすくめた。

「俺達に振られても。でも帽子被ってる子の言った事は、何となく納得出来る。その相手が俺達というのは、この際別として」

 自分の事ながら、素っ気なく返すケイ。

 私も遠慮気味に頷いた。

 するとタンクトップの子が、笑顔を浮かべて私達に近寄ってきた。

 別に不意を付いて何かするという訳ではなく、彼の共感を得たようだ。

 言ってる事と行動が違う気もするけど、取りあえずはよしとしよう。


「話が分かるな、お前達。俺は2年の名雲祐蔵なぐも ゆうぞう。そっちは」

「私は1年生の雪野優、こっちの子も1年で、浦田珪」

「2年の池上映未いけうえ えみよ。話分からないわね、あなた達。人間、感情を忘れたらお終いよ」

 大げさに首を振る池上さん。

 しかも、長いため息まで付かれてしまった。

「そ、それはそうだけど、私はその感情に任せて動き過ぎるから。その反省を込めて、名雲さんの意見に賛成した訳で……」

「元気そうだものね、あなた。そっちの男の子は、ジメッとしてるけど」

「俺もそう思う」

「初対面で、そういう事言いますか」

 落ち込む様子もなく鼻で笑うケイ。

 私は別段慰めもせず、つい笑ってしまった。

 あ、睨まれた。

 どうも、少しは気にしてるようだ。

「……いい加減にしろ。やる気が失せる」

 というかすっかりやる気の失せた赤キャップ君が、ため息を付いてキャップを被り直した。

 すると後ろで微笑んでいた男の子が、前髪をかき上げ表情を引き締めた。

 幼さの残る、愛らしい顔立ち。

 どうしたのかと思ってると、その視線が後ろに向いている。 

 柔らかだった瞳を、刃のような輝きに変えて。

 気になった私は、彼らを気にする事なく後ろを振り向いた。

 不意打ちする人達には見えないし、仮にされても対応は出来るから。


「何があったんだい」

 穏やかな顔立ちと、柔らかな口調。

 ケイよりやや長身、ただs決して大柄という訳ではない。

 その立ち振る舞いは自然の一言で、どこにも力が入っている様子はない。

 しかし、打ち込む隙が全く見つけられないのもまた事実である。

「……沢さん、どうしてここに」

 沢さんは優しく微笑んで、さりげなく私達の間に入り込んだ。

「連絡が入ったんだよ。二人のガーディアンが、無茶しようとしているって。情報が不確かだったから、僕一人で来たんだけど。なかなか面白い状況だね」

 彼等の鋭い視線を意に介さず淡々と語る沢さん。

 両手をポケットへ入れたままで。

「雪野さん達に手助けがいるとも思えないけど、ここは僕の管轄ブロックでもあるから」

 彼はさらさらした黒髪を軽くかき上げ、こちらを睨み付けている彼等を見渡した。

 すると赤キャップ君が、深く被っていたキャップをわずかに上げた。

沢義人さわ よしひとか。長野で会って以来だな、フリーガーディアン」

「……あの時は世話になったね」

「君、九州にいたんじゃなかったの」

「色々あってね、池上さん。僕は去年からここにいるよ」

 彼らの沢さんを見る目は、私達へのとは明らかに違ってくる。

 敵意でも憎しみでも無い、純粋な闘志を込めた眼差しに。

「今は、この学校の組織に雇われてるのか」

「いや。ただのガーディアンとして、このブロックを任されているだけさ。つまりここで問題を起こすようなら、僕が相手になる」

 沢さんは、さっきからポケットに手を入れたまま。

 決して有利な体勢とは思えないが、彼等がその隙を狙う様子はない。

「君達なら、僕の実力を知っているよね。それでも来るのなら、いくらでも相手になるよ」

 決して大きくはない声。

 でもそれは、藪に伏せていた虎がその身を起こし咆吼したと思えるほどの、とてつもない威圧感を持って彼等に向けられた。

 だが、それでひるむ人達ではないようだ。

 却ってその闘志に火を付けてしまったらしい。

 ずっと大人しくしていた男の子でさえ、つぶらな瞳を輝かせている。

「それも楽しそうだが、またいずれな。名雲、その子達を立たせろ」

 冷静に指示する、赤キャップの子。

 名雲さんは不承不承といった感じで頷き、それでも優しく女の子達を立ち上がらせた。

「真理依。沢君とやらないの」

 多少不満顔の池上さんが、彼に文句を言う。

 彼?


「真理依って、あなた女の子?」

「ああ。池上達と同じ2年で、舞地真理依まいち まりえという。帽子が悪かったかな」

 キャップを取る舞地さん。

「へぇ」

 思わずケイが声を出すが、それも道理。

 強い意志を湛えた切れ長の黒の瞳。ラインの整った鼻梁。

 薄い口元は、厳しく引き締まっている。

 頬はやや痩け気味で、若干焼けた肌と相まって何とも凛々しい雰囲気だ。

 黒髪は後ろで束ねられ、肩のやや下まで伸びている。

 沙紀ちゃんに似たタイプの美人だけど、彼女はさらに野性味を加えた感じ。

 それによく見ると、胸元がちょっと膨らんでる。

 私より少し背が高いし、胸も負けてるね。

 勿論池上さんには及ぶべきもなくて、2連敗。

 大体私って、勝った事あるのか……。


「そうですか、ご丁寧にどうも……」

 私はがっくりと肩を落とし、深々と頭を下げた。

「雪野、だったな。どうかしたのか?」

「いいえ、何でもありません。私の事は忘れて下さい……」

「よく分からないな。ともかく、私達は帰るからな」

 舞地さんの指示に従い階段を上り出す一行。

 沢さんは何も言わずそれを見送るだけ。

 私も口を聞く気力がないので、黙っていた。

「DDを壊したまま帰ってくの?」

 何げに呟くケイ。

 彼女達は足を止め、彼を振り返った。

「……弁償なら応じるが」

「いや、そうじゃない。せめて一言くらい謝って欲しいなと思って」

 すると舞地さんがこちらを振り向いて、少しだけど頭を下げた。 

 演技やポーズとしてではなく、気持を込めて。

 勿論彼女の本心は分からない。

 でも私はそのお辞儀を、そう捉えた。

「アシスタントスタッフの横暴は認めるんだね」

「私個人としては。ただ、その証拠がなければどこへも報告しようがない。簡単にDDを渡した自分の甘さを反省しろ」

「素直ですね、案外。こんなの誘導尋問とも言えないのに」

 ケイはポケットから録画用のDDを取り出し、今の声を再現させた。

「言っただろ、証拠がないと。この子達をどうにかしたかったら、別な証拠を用意したほうがいい」

「はいはい。引き留めて悪かったです」

 頭を下げたケイに舞地さんは一瞬目を留めたが、すぐにみんなを促して階段を上っていった。



 その姿が見えなくなった所で、私もようやく気持が落ち着いた。

 今さらって話だしね。

 それに別な興味も、新たに湧いてきたから。 

「沢さんって、フリーガーディアンだったんですか」

「昔ね。今は、フォースの一隊長だよ」

 いつもの穏やかな笑顔を浮かべる沢さん。

 フリーガーディアンの所属は学校ではなく教育庁にあり、各学校やその組織の求めに応じて出向を繰り返している。

 その職務はガーディアンの組織化であったり個人の護衛であったりとか言われているけど、公表されていない事柄も多くはっきりとは分からない。 

 満足に授業を受けなくとも問題ない程の高い知能。

 苛酷な状況に置かれても一人で戦い抜ける優れた身体能力と、強靱な精神力。

 おそらく全国に10人はいない資格で、私もその本人を見るのは初めてだ。

 普通は荒れた学校へ行く場合が大半らしいんだけど、沢さんはどういう経緯でここへきたんだろう。

 聞いてみたい気はするけれど、そこまで踏み込むのはためらわれるのも事実だ。

 何か事情がありそうだし、沢さんが話してくれるまで待つ事にするとしよう。


「でも、そんなに凄腕なのにただの隊長なんて。フォース……、予算編成局は何考えてるんですか」

 ケイの質問に、沢さんは苦笑して顔を少し伏せた。

「丹下さんと同じ、君達の監視というか調整役だよ。最初は僕もどうしてって思ってたけど、今ではすっかり納得してる。自分達でも、そう思わないかな」

「ま、まあ多少は。でも、私達だって好きで問題を起こしてる訳じゃないですよ。いつも相手が悪かったり、仕方なくやってるんですから」

「ふーん」

 わざとらしく頷くケイを睨み付け、私は沢さんの方を向いた。

「連絡してくれた人って、もしかして私達が話を聞いた男の子からですか?」

「ああ、そんな事を言ってた」

 なるほど。

 人の親切に触れるっていうのかな、ちょっと嬉しい。

「それと、さっきの人達は一体?」

「アシスタントスタッフとして全国を回っている連中だ。短期契約のガーディアンを中心にやっていて、僕も何度か顔を合わせた事がある」

 沢さんの顔が、一瞬鋭くなる。

 先ほどの経緯から見て、友達という訳でもないようだ。

 かといって明らかな敵とも思えない。

 そんな事考えている間に、沢さんの表情はもう和らいでいる。

「特にあの可愛い顔をした子。柳司りゅう つかさ君は強くてね。この学校で彼と対等に戦える人は……。そう、玲阿君か、SDCの代表代行の三島さん。そのくらいだろう」

「へえ、意外。あの子、繊細な感じなのに」

「残りの3人も、君か君以上かな。池上さんはケンカじゃなくて、頭で勝負するんだけどね」

 それを聞いて、もう一度驚いた。

 自分で言うのもなんだけど、格闘技の腕にはそれなりの自信があるから。

 やっぱり世の中は広いなどど、思わずたわいもない感想を抱いてしまった。

「だったら、俺なんて足元にも及びませんね。これからあの人達に会ったら、すぐ隠れないと」

「注意する事だよ、色々と」

 意味深な笑みを浮かべ、ケイを見つめる沢さん。

 彼は口元を緩めただけで、何も答えなかい。

「それじゃ僕はそろそろ帰る。彼らは刺激さえしなければ、大人しいものさ。その辺だけ気を付けて」

「あ、はい。どうもありがとうございました」

「どうも」

 優しく微笑んで去っていく沢さん。

 私とケイはその背中を見送り終え、階段の下を見下ろした。

 散らばっていた筆記用具や本はなく、陰に隠れていた女の子の姿もない。

「……どういう事?」

「1、沢さんが荷物を拾って帰した。2、正気に戻って自分で拾って帰った。3、あの女達と仲間だった」

「ええ?」

「その辺を知るには、これを見ればいい」

 そう言ってケイは、ポケットからDDを取り出した。

「それってもしかして」

「さっきの経緯を録画したDD。彼女に渡したのは、空のDD。向こうも分かってたと思うけど」

「だから沢さんも、忠告っぽい事言ってたんだ。不器用なのに、そういうのは上手いんだから」

 何にしろ、これであの子達の行動を表に出す事が出来る。

 次期会長だか何だか知らないけど、そんなのに怖がるよう程いい生徒じゃない。

 私は湧き上がる感情のままケイの脇をむんずと掴み、一気に駆け出した。

 目指すはD-1ブロック。DDの提出先。

 床に崩れ落ちる音が後ろから聞こえたけど、気にせず走る。

 その内、私が通報されるかな……。



 そのDDを提出した私達は、オフィスに戻り多少疲れた精神と肉体を休めていた。

 何だかんだ言って、あの人達と睨み合ったのは疲れたから。

「……可愛い感じでね、ショウと同じくらい強いんだって」

「見てみたいな、それは。出来れば軽く……」

 サトミがすごい顔で見てきたので、ショウは慌てて口をふさいだ。

「やっと怪我が治ったのに、そういう事言わないの。それに次期会長のアシスタントスタッフなんでしょ」

「大丈夫。そんな悪い人達には見えなかったし、私達の事なんて、向こうは気にもしないって」

「そうだと良いけど……」

 サトミがそう呟いた途端、私の端末が机の上でプルリと揺れた。

「で、出て」

「ユウに掛かってきたのよ。どうして私が」

「いいから、ほら」

 嫌がるサトミの手を取って、強引に端末を握らせる。

 次に、ぐいぐいとサトミの耳元に携帯を持っていく。

 一応は抵抗が感じられるが、今の私は普段にない程の力が沸いている。

 勘が告げるのだ、これを取るのは絶対まずいと。

「な、何この力は……。は、はい、遠野ですが」

 通話ボタンを押したので、仕方なくサトミが応対する。

「あ、局長……。ええ、揃っていますが。……はい。……はい、分かりました」

「何だって?」

 恐る恐るお伺いを立てる私。

 サトミは端末を私の低い鼻に突きつけ、慈悲深い顔で微笑んだ。

「全員で、自警局の局長室まで来て下さいって」



 まただよ、生徒会の特別教棟。

 さすがに顔を覚えたのか、警備をしているガーディアンは愛想笑いをして会釈をしてくる。

 偉そうにされるのも嫌だけど、こう下手に出られても困る。

 勝手知りたるとまではいかないまでも、これだけ呼び出されてたら局長室なんて迷わず行ける。

 受付の子なんかも、「またですか」と苦笑気味に挨拶をしてくれた。

 ええ、またなんですよ。


 応接室に通された私達は、アイスコーヒーを前にのんびりとくつろいでいた。

 今さら緊張したって仕方ないもの。

 無我の境地じゃなくて、あきらめてるだけなんだけど。

 エアコンは効いてるしアイスコーヒーは冷たいし、極楽極楽。

 呼び出されるのも悪くないね。

「……来たわよ。秘書さんが動き出した」

 サトミが耳打ちしてくれる。

 私はソファーに崩れていた体を起こして、一応は身なりを整えた。

 するとドアが開き、矢田自警局局長がおでましになる。

 夏本番というのにシャツの一番上までボタン止めて、ネクタイまでしてる。

 ビシッとしてるのはいいんだけど、どうもね。

「お忙しいところ、申し訳ありません」

「分かってるなら呼ばないでよ……」

「雪野さん、何か言いましたか」

 私はしらっとした顔で首を振り、ストローに口を付けた。

「用件はお分かりでしょう。先ほど君達が提出したDDについてです」

 局長は端末を取り出し、それを正面にある大きなテレビのワイヤレス端子に接続した。

 画面には、揉める少し前の映像が映っている。

「あの女の子達でしょ。手癖というか足癖というか、とにかく悪いのよ」

 私の声が聞こえていないのか、局長は早回しをしてビデオを先に進めた。

「問題は、これです」

 画面に映るケイの姿。

 その周りには、鼻を抑えた女の子達が泣きそうな顔で倒れている。

「浦田君の行動は自衛のためで、規則違反ではありません。それは分かります」

「ならいいじゃない」

「ただいくら彼女達の行為がひどいとしても、これはやり過ぎです。相手は女の子……」

「ユウも女の子」

 ショウが硬い顔付きで、局長を見つめる。

 言葉を詰まらせた彼に代わって、サトミが映像を操作し始めた。

「ケイは鼻の上を軽く叩いて、申し訳程度に転ばせただけです。それも身を守るために。でも彼女達は、この子を突き落として……」

 サトミの言葉が止まり、ビデオの画像がズームになる。


 それは女の子が突き落とされる寸前の映像。 

 彼女はは、下からやってきた女の子達にわずかながら頷いている。

 しかもその目線がケイが腰元に付けていたカメラ、つまり私達をはっきりと捉えているのだ。

 指も、こちらを指しているように見える。

「……これで分かった。彼女達は次期会長のアシスタントスタッフ。つまり彼女達に逆らうのは次期会長に逆らうのと同じ。次期会長は彼女達にあえて目立つ行動を取らせて、自分や生徒会に反抗的な連中を見つけだそうとしたんじゃないかな」

「それと、彼女達が共犯というのはどういう関係があるんです」

 難しい顔で静止画像を見入る局長。

 ケイに代わって、サトミが後を引き継ぐ。

「ガーディアン、つまりユウ達が後を付けているのに気づいた彼女達は、自作自演の転落事故を作り上げた。一般生徒よりも高い能力と権力を持つガーディアンが、どう対処するか見たかったんでしょう」

「結局反抗的な態度を取ったものだから、ユウはブラックリストに載ったという訳さ」

 何よ、自分が暴れたのに人のせいにして。

「総務局長がそんな事をするなんて、私には信じられませんが……」

「次期会長って、総務局長だったの。知らなかった」

 局長が呆れた顔をしているが、この所忙しかったんだから仕方ないじゃない。 


 総務局とは生徒会各局の局長によって構成される局で、生徒会の意志調整機関。

 その上には事務局もあるけれど、生徒会としての施策や決定はここで議論される。

 最終的な決定権は生徒会長にあるものの、ここでの意見を無視して行動を起こすのはまず無理と言っていい。


「じゃあ、副会長は立候補しなかったの?」

「大山さんですか。ええ、自分は上に立つ器ではないと仰られて。私達も、説得はしたんですが」

 何だ、会長にならなかったのか。 

 私もちょっと期待してたのに。

「ただ次期会長は、大山さんに引き続き副会長を依頼するようですよ」

 ちなみに生徒会副会長の人事については、当選した会長が選任して先ほどの総務局に計る仕組みである。

「よく分からないけど、それならいいや。呼び方も変えずに済むし」

「あのね、ユウ。そういう問題じゃないでしょ」

 困った子供を見るような顔をするサトミ。

 だって、それ以外思いつかないんだもん。

「とにかく、それは今議論する問題ではありません。私がみなさんを呼んだのは……」

 局長がやな話を蒸し返しかけたところで、テーブルに置いてあった局長の端末が音を立てた。

「……はい矢田です。……あ、はい。……え、ええ。……ええ、先ほどから……。ですが……。……いえ、分かりました。……はい」 

 最初はそれなりに明るかった局長の顔が、話を終えた頃にはすっかり暗くなっていた。

「どうかしたの」

「総務局長、つまり次期会長からなんですが、すぐ来るようにとの連絡です」

 私はソファーから立ち上がり、胸元で小さく拍手した。

「あなたも、呼び出される事あるのね。ほら、早く行ってきて」

「呼び出されたのは私だけではありません。あなた達も、全員総務局へ来るようにとの事です」

 拍手をしていた手が丁度合わさったところで、私の動きが止まる。

 浮かべていた笑顔も固まった。

「提出したDDを見たようね。ですよね、局長」

「ええ、そうです。経緯はともかく、アシスタントスタッフに危害を加えたのですから。さて、総務局へ行きましょうか。案内しますから、付いてきて下さい」

 サトミの問いに答えた局長は、眼鏡を押し上げ少し不安げな顔で立ち上がった。

 それにしても、次期会長か。

 どんな人なのか、少し興味あるな。 



「……こちらでお待ち下さい」

 例によって、綺麗で礼儀正しい秘書さんがお出迎えしてくれた。   

 総務局へ来るのは初めてだけど、それほど自警局と変わりなくてこざっぱりした機能的なデザインである。

 ただ私達がいる場所は、応接室ではなくて局長室。

 ソファーに座る事もなく、ドアを背にして突っ立ている。

 秘書さんはもういないし、お茶を持ってくる気配もない。 

「やな感じだね、どうも」

「ああ。矢田、その次期会長ってどんな奴なんだ」

 若干険しい表情をしたショウが、さっきから元気のない局長に尋ねる。

「……情報局の局長を兼務している人で、僕達と同じ1年生です。高等部から編入して、例の新カリキュラムを受けているとか」

「スーパーエリートか。それはそれは」

 皮肉な笑みを浮かべて鼻を鳴らすケイ。

 情報局は簡単に言えば生徒に関する情報を扱う局で、下らない噂や学校からの連絡事項、流行情報、各生徒の個人情報や進学情報なんてのも扱っている。

 それはいいとして、新カリキュラムとはね……。

「帰ろうかしら、私」

「何よサトミ、私だって我慢してるんだから。それにしても遅いわね」

「静かに、来ましたよ」

 局長が、小声で注意してくる。

 興味が無くなったと思ったら来るのか。

 勿論、来るのは初めから決まってるんだけど。


 ドアが開き、秘書さんらしい人が二人入ってきてその脇に立つ。

 続いて、長身の甘い顔立ちをした男の子が入ってきた。

 髪はやや長めで、前髪が顔に掛かるくらい。

 服装は局長と同じ制服で、この人もネクタイを締めている。

 人の良さそうな笑顔を浮かべてはいるが、その裏に何か含んでいるようにも取れる。

「矢田君、彼等が例のガーディアンか」

 やや高音のよく通る声。

 強い人格と、人の上に立つ者だけが持つ独特のオーラ。

 圧倒され気味の局長は、微かに頷いて私達を心配そうに見つめてきた。

 そんな事はお構いなしに、次期会長が口を開く。

「ビデオを見せてもらった。彼女達が、私のアシスタントスタッフだと知っての行動かな」

「誰でも関係ありません。結果的に手を出したのは謝りますが、間違った事をしたとは思ってませんか」

 ケイはいつも通りの淡々とした口調で、次期会長に言い返した。

 さらに深くなる次期会長の笑み。

「……矢田君。君は自警局の局長だな」

「え、ええ」

 取りあえず頷く局長。

 次期会長の言葉はなおも続く。

「つまり君は、全ガーディアンを監督する立場にある訳だ。その点において、彼の行動をどう思う」

 遠回しな、しかし明らかな叱責。

 局長は言葉を詰まらせて、弱々しく視線を落とした。

「聞けば彼等は、以前から生徒会の監視を受けているそうじゃないか。それなのに今回こういう事が起きてしまった。是非とも、君の判断を聞きたいね」

 意図するところは分からないが、局長を責め続ける次期会長。

 またそれは、同席している私達へのプレッシャーをも兼ねる。


「どうした矢田君、顔色が悪いが」

「い、いえ。僕は、その……」

 かすれるような声を出し、額の汗を拭く局長。

 下がり落ちていない眼鏡を何度も触れる。

 だが、彼の口から私達への処分は出てこない。

 そう。よく考えてみれば局長は私達を呼びだして怒りはしたが、何らかの処分を下した事は一度もなかった。

 それは、私達が規則を犯していないからではない。

 彼は私達を怒ると、最後にいつもこう言った。


 「これからは気を付けるように」


 あまりにもありふれた、聞き流していた言葉。  

 でも今は、その意味が分かる。

 私達を心配してくれる、そして信頼してくれている彼の気持ちが。


「……ガーディアンの規則において、彼の行動に問題はありませんので」

 長い間を置いて、かろうじてそう答える局長。

 だが、次期会長は容赦しない。

「私は規則を聞いてない。彼等をどうするかを聞いてるんだ。勿論今の私に、それをどうこうする権限はない。だから、彼等を監督する君が判断を下すべきだろ」

「し、しかし。彼は自衛のために仕方なく……」

「じゃあ質問を変えよう。君は部外者であるガーディアン連合のガーディアンと、同じ生徒会である私の部下のどちらを重く考えている」

「それは比較の対象に……」

「比較しなくていい。どちらを選ぶかを聞いている」

 机に頬杖を付き、局長を見上げる次期会長。

 ここまで来れば、局長自身後がないのは分かっているだろう。

 しかし、それでも彼は何も言わない。

 私は小さく息を付いて、ガーディアンのIDを付けた袖に手を伸ばした。

「ユウ、待って」

 サトミが耳元でささやき、私の腕を取る。

「辞めるのは簡単よ。でもそれでは、局長の気持が無駄になるわ」

「だからって、このままじゃ局長の立場が……」

「どうした君達。何か言いたい事でもあるのか」

 めざとく私達に話を振ってくる次期会長。

 腕を取られている私は、唇を噛みしめて顔を伏せた。

 分かってる、感情で動いても仕方ないと。

 でも、このまま何もしないでいるなんて……。


「新カリキュラムも大した事無いですね」

 ぼそっと呟くケイ。

 次期会長の顔に、怜悧な影が走る。

「催眠と自己暗示による、幼児期からの英才教育。それを受けるには優れた資質と能力を必要として、最終過程まで到達する者はさらに限られる。物心付いた頃には、大学院卒レベルの学力が付いてるんですよね」

「それを知っていて、大した事無いか。学内においての成績は上の下。数学に至っては0点が2度。なあ、浦田君」

 生徒のプライバシーには一切関与しないとの規則を持つ情報局。

 だがこうしてケイの成績が知れている事からも明らかに、相当の個人情報を情報局は抑えている。

 それでも生徒会が、今までその情報を悪用した事は無かったと言われる。

 生徒会は生徒のために存在する組織なのだから。

 しかし、彼は……。


「確かに俺は馬鹿で、ろくな人間じゃない。知識、判断、推理力、認知、思考力、どれもあなたにはかなわない。でもその程度で俺達の上に立とうとするには、無理がありますね」

「ないね。私は全ての面で君に勝っていて、君が私に勝てる要素は何一つない。新カリキュラムにおいては、運動能力の向上もプログラムの一つに入っているよ」

「じゃあそのプログラムに、人の心を読む方法はありました?」

「社会学とコミュニケーション理論は、最も初期に組まれるプログラムだ。人の上に立つ人間は、相手の心を理解する必要があるからな」

 何を下らない事をという顔でケイを見つめる次期会長。

「それなら俺が、今何を考えてるか分かります?」

「簡単だ。私を挑発して、困惑しきっている矢田君から目を逸らさせる事。友情というのか、そういうのは。まあ、ここは君の策に乗っておくよ」

「それ以外に俺の考えは」

「君らは私の管轄外だから、多少強引な手を使っても処分はされない。またここで強い印象を与えておいて、私との今後の関係を有利に持っていく」

「前言撤回。新カリキュラムはなかなかですよ、半分だけ当たったから……」


 そう言うや、ケイが一気に走り出す。

 呆気に取られる私達をよそに、彼は机を回り込み次期会長の後ろに立った。

「人には感情があって、それを読み切らないと完全とは言えない」

「何のつもりだ」

 笑い気味に尋ねる次期会長。

 対してケイは、無表情のまま口を開いた。

「あなたを殺すと言ったら?」

「脅しにしては度が過ぎるな。しかも意味がない」

「追い込まれた人間がどうするかっていう事ですよ。あなたを殺せば、少なくとも俺達はガーディアンをクビにならなくなる」

 次期会長の背後に回ったケイの手が、彼の首筋に当てられる。

 その手には何を握っているのか、次期会長の顔がわずかに強ばる。

「確かに無意味だよ、こんなのは。少し考えれば、自滅的で場当たりな行動だとすぐわかる。だけど、後先を考えないで動く人間の心まで読み切れたかな」

「私も前言を撤回しよう。君は相当に大した物だよ。後一歩という所だがな」

「……俺が背後に張り付いた後は指一本動かしていないから、人を呼ぶ余裕はない。なるほど、ある程度の危険は予想してたんだ」

「そういう事だ」

 ニヒルな笑みを浮かべ、ケイを振り返る次期会長。

 首筋に当てられていた、細く丸めた紙をケイの手から受け取って。

「これで人を殺す、か。普通の者なら、簡単に謝罪の言葉を口にしただろう」

「冗談が好きでね。大体本当に殺すなら、有無を言わさず殺ってる」

「君が言うと本気に聞こえるな」

 苦笑した次期会長は、机に置いてある端末に目をやった。

「カウントダウンでもしようか」

「結構。俺にも見えてる」

 肩をすくめ、会長の後ろから離れるケイ。

 その瞬間、私の隣にいたショウが動いた。


「伏せろっ」

 言いざま低い姿勢でケイに飛びかかるショウ。

 同時に開くドア。

 飛んできたのは一本の警棒。

 ケイの体を押さえ込んだショウの背中をかすめ、壁で跳ね返る。

 彼は動きを止めない。

 時間差で飛んできた警棒を、まるでパスされたバトンを受け取るように後ろ手で受け止めた。

 2撃目も尋常ではない早さと威力。

 それを投げた者、そして難なく受け止めるショウの実力。

 サトミの体を抱いてドアの死角に逃げていた私は、背中からスティックを抜いてさらなる攻撃に備えた。


「……あれを避けるなんて。一体どんな人なの」

「それを見に行くんだよ」

 明るい声がして、あどけない顔立ちの男の子が入ってきた。 続いて、ダブルポニーの女の子も。

「あなた達……」

 驚きと戸惑いの表情で彼等を見つめる私。

 向こうも気づいたのか、開けられたドアの前で足を止めた。

「雪野さん。また会ったわね」

 うっすらと微笑み、小首を傾げる池上さん。

 そう、先程会った色っぽい彼女だ。

「今のを防いだのは」

 一緒に入ってきた柳君が、警棒を握りしめているショウの前に立つ。

「そうすると、投げたのは」 

 警棒の柄の部分を柳君に向け差し出すショウ。

 怒りではなく、感嘆混じりの眼差しで。

 柳君は警戒する様子もなくそれを受け取り、腰に差した。

「一度手合わせしたいな。僕、強い人好きなんで」

 陽気な口調、屈託のない笑顔。

 無邪気にショウを見上げる視線も可愛いものだ。

 その言葉に含まれた意味を除けばだが。

「申し出は嬉しいけど、俺の一存じゃ決められなくてな。最近過保護になってるんだよ」

「……それはよかった。司、その辺でやめておけ」

「あ、真理依さん。名雲さんも」

 柳君が振り向いたドアから、舞地さんと名雲さんが入ってくる。

「何のために呼び出したかと思ったら。会長、事前に状況くらいは教えてくれ」

「次期会長だ。それに、私は何もされていない。なあ、矢田君」

 突然話を振られた局長は、ずり下がった眼鏡を直しつつ壁に手を付いて立ち上がった。

 さっき警棒が飛んでくる前に、私が突き飛ばしたのだ。

 悠長に、床へ伏せさせる暇がなかったので。

「……え、ええ。トラブル時の訓練の様子を、総務局長に見てもらっていただけです」

 咄嗟にしては上手い言い逃れをする局長。

 次期会長は満足げに頷いて、部屋にいる全員を見渡した。

 塩田さんや副会長にも共通した、何もかも包み込む大きな笑顔で。

「という事だ。私の身を案じてくれたのは嬉しいが、いきなりこれはな」

 テーブルの上に転がった警棒を振った次期会長は、それを柳君に放りおもむろに立ち上がった。


「例の彼女達は、昨日付けでアシスタントスタッフを辞退した。今頃はもうよその学校へ行って、ここであった事など忘れてしまうと思う。浦田君の行動は多少問題があったが、すでに私とは関係の無い話だ」

「用済みじゃなくて、それも最初から予定通りか。確かにあんなのが居続けたら、生徒会の評判は一気に下がる。ここで辞めさせれば責任を彼女に押し付けて、その英断を下した次期会長は株が上がる寸法になる」

 ケイの言葉に、次期会長はどうとでも取れる笑顔を見せる。


「それと舞地さん達も、アシスタントスタッフを辞めてもらった。これからは矢田自警局長の元で、直属のガーディアンとして働くのでよろしく」

「そ、それは……」

 全く聞いてなかったのか、局長が何か言いかける。

「別に厄介払いじゃない。私のボディガードは他にもいる。彼等はそんな退屈な仕事より、現場の方がいいだろうと思っての事だ」

「そういうお考えでしたら、僕はかまいませんが。ただ、彼等がそれを納得してくれるかどうか」

「先ほど話をしておいた」

 全員の視線を受けた舞地さんは素っ気なく頷き、局長に向かって軽く頭を下げた。

「矢田君が、見た目程甘くはないと分かったのも収穫だな」

「するとさっきの話は……。い、いえ、何でもありません」

 自分が試されていたと悟った局長は、一気に老け込んだ顔になり力無く肩を落とした。

「それと雪野さん達も申し訳なかった。本当はただ君達と話をしたかっただけなんだが、つい調子に乗ってしまって。浦田君のデータは私個人が勝手に調べた物で、情報局に非はないと思ってくれ」

 真摯な表情で私達に語りかける次期会長。

 底知れぬ奥深さを持つ彼に、私は返事を返すのも忘れてしばし口を開けていた。


 しばらくは駄目だと分かったのか、サトミが代わりに返事をしてくれる。 

「いえ、私達こそ色々とご迷惑をお掛けしまして。今回の非礼はガーディアン連合を通して正式に謝罪しますので、生徒会としての処分がありましたら遠慮なく連合の方へご連絡下さい」

「君も相当に策士だな。これだけ人がいる中でそう言われては、私も強く出ようがない。処分を免れ、なおかつ私の寛大さを示す機会を与えてくれたという所かな」

「恐れ入ります。私の言葉がお気に触りましたら、こちらで自主的に判断いたしますが」

 サトミは固い顔付きで、袖に付けているガーディアンのIDに手を伸ばした。

「さらに追い込んでくるな。分かっているだろうが君達への処分はないし、謝罪も必要ない。君達がガーディアンを辞めたら、何をするか見てみたい気もするが」

「私達は、これ以外何も出来ませんから」

 うっすらと微笑みIDから手を離すサトミ。

 ケイの交渉術とは違う、洗練された理詰めの展開。

 隣で聞いているこっちまで、サトミの言葉に引き込まれていく感じ。 

 彼女の見た目通り、鋭くて綺麗でたおやかで……。

「という訳で、みなさん帰ってもらって結構だ。私の会長就任は夏休み明けだから、その時はよろしく頼む」

「あ、はい」

 私もみんなと一緒に頭を下げる。

 次期会長は大きく頷いて、ドアの方を手で示した。

「それでは失礼します」

「失礼します……」

 私達はひとかたまりになって、ぞろぞろと部屋を出た。


 最初はどうなるかと思ったけど、取りあえず無事に済んだようだ。

 次期会長は……。

 どういう人なんだろ。

 新カリキュラムを受けた人はエリート意識が強いのが普通なのに、彼はどうも様子が違った。

 ただああいうタイプも中にはいるのかも知れないし、あのキャラクター自体カリキュラムで作られた物かもしれない。

 とにかくこれからは彼がこの学校を統括していく訳だし、一目会えたのは良かった事だ。

 結局私には縁のない、上の世界の人だとしても。


 うん、そう深く考える必要もない。

 後は帰って、ケイのおごりでご飯を食べに行くとしよう。

 お腹一杯になってよく寝れば、今日の事なんてすっかり忘れるし。

 それもまた良し。

 ……なのかどうかは分からないけど、すでにご飯の事で半分くらいは忘れつつある私だった。



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