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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第15話
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     15-3




 卓上端末を閉じ、ノートも閉じる。

 滋賀まで来ても、勉強は怠らない。 

 この部屋で缶詰になっていて、他にやる事が無いからとも言える。

 私の隣にいるショウも、同じ事をやっている。

 また細かい事まで書いて。

 適当でいいんだって、適当で。

 それが成績につながるという事は考えず、リュックに全部荷物を詰める。

「もう終わり?」

「ええ、終わりです」

 はっきり言い切り、軽く首を回す。

 疲れた、精神的に。

「玲阿君は頑張ってるよ」

「俺は、このくらいやらないと分からないんで」

 真面目な事を言ってるショウ。

 何か自分へ言われているようで、身につまされる。

 仕方ないな。

「何してるの、雪野さん」

「え、その。ちょっと、復習を」

 さっきのノートを取り出し、起動させた端末で色々調べながら読み直す。

 ついでにショウの脇を突いて、復讐もする。

 やる気を出させてくれてありがとう、なんて事は言わない。

 小泉さんはそんな私達を、優しい笑顔で見守ってくれている。

 面倒見が良くて、気が付いて、顔も綺麗で。

 こういう人が先輩ならと思わせる人。

 実際草薙高校にいないのが、本当に残念としか言いようがない。

 彼を退学させたのは私達だという負い目がある分、余計に。


 小泉さんはそれを気にしないと言ってくれているけれど。

 私の方は、気にしてしまう。 

 あの時もっと考えて行動していれば、また違う局面になっていたはずだ。

 彼は学校に残り、きっと前自警局長も。

 今さらという後悔。

 自分の至らなさを、改めて痛感する。


 そうしていつものように物思いに耽っていると、机の上にあった端末が音を立てた。

「はい。……ええ、今行きます」

 また出動か。

 当事者同士で解決出来る事だとは思うが、呼ばれたからには行くしかない。

 そういう契約だ。

 舞地さん達がそうなように、私も契約を違える事はしたくない。

「さてと、沢君がいないから俺が仕切ろうかな」

 軽い調子で、そう宣言する林さん。

 それに対して異論を唱える者は、誰もいない。

「ふざけるな、誰がお前なんかに。くらい言ってくれ」

 逆に文句を言われた。

 難しい人だな。

「好きにすればいい。清水がやりたいなら、別だけど」

「まさか。何でも好きにやって頂戴」

 投げやりな先輩2人。

 小泉さんは困ったものだという顔で、首を振っている。

「分かりましたから、早く行きましょう。いつもトラブルが大した事無いとは限らないんですし」

「だ、そうだ。雪野さんと玲阿君、行こうか。小泉君達は、取りあえずここで」

「あ、はい」

「面白い事があるといいな」


 そう林さんが呟いたのとは裏腹に、トラブルは軽い小競り合い。

 殴り合いもなく、せいぜい肩を押し合ったくらい。

 ただ、その方がいいのかなとは思う。

 大怪我を負ったり、武器で殴り合ったりするよりは。

 今までの自分が荒んでいると思える程の、拍子抜けするようなトラブルばかり。

 力ではなく、口で説明すれば分かってくれる人達。 

 多分これが、一番いいんだと思う。

 ガーディアンとしても、人としても。

 力尽くで抑えれば、確かにその場は解決する。

 でも本質はどうだろう。

 草薙高校にいる時は、考えはしても不可能だと思っていた事。

 モトちゃんがかろうじて、それに近い事をやってはいたが。

 あれは彼女だから出来る、個人の能力に頼った例外でしかない。 

 どのガーディアンもが、彼女のように話し合いでトラブルは抑えられない。

 だから私は矢田自警局長の、マニュアルでトラブルを抑えるという話も信用してはいなかった。

 理想に過ぎると。


 しかしここにいて、その考えを少し改めた。

 もしかして何らかの形では、可能ではないかと。

 すぐには無理でも、時間を掛けて、個別に対応して、根気よく話し合えば。

 トラブルを出来るだけ話し合いで抑え、そのトラブル自体を減少させ無くす事も出来るのではないだろうか。

 私には、その方法すら思いつかないにしろ。



「いつも、済みません」

 申し訳なさそうに頭を下げてくるガーディアン達。

 私は手を振って、このところ使っていないスティックの位置を直した。

「仕事だから。いくら貰えるのかは、聞いてないけど」

 軽く愚痴って、壁を拳で叩く。

 ジャブという程でもない緩やかなもの。

「もっと怖い人かと思ってたら、結構普通ですよね」

「何よ、怖いって」

「いえ。傭兵は怖い人ばかりだって、噂を聞いてたので」

 苦笑しつつ、意見をを求めるセミロングの女の子。

 それには周りから、同意の声が上がる。

 私もくすっと笑い、林さんを見やった。

「確かに傭兵と呼ばれる連中は、おかしな奴も多い。全員が全員とは言わないが」

「みなさんは、どうなんですか」

「俺は、気が弱いから。体格を見たら分かるだろ」

 見るからに強そうな、大柄のショウをつつく林さん。

 やはり上がる、それを肯定する声。

 逆だよ、逆。

「……あの良かったら、少し教えて欲しいんですけど」

「勉強は無理よ」

 分かっていても、先手を打つ。 

 当然返ってくる答えは、違うものだ。

「いえ、そうじゃなくて。俺達訓練とかあまりしてないから、いつも不安なんです。教育庁のマニュアルは古いのしかないし。この地区の担当官が、適当らしくて」

「教育庁に知り合いがいるから、それは何とかしよう」

 軽く請け合う林さん。

 行き着く先は沢さんなので、妙に楽しそうだ。

「訓練、か。この学校はそう荒れてないから、あまり厳しくやらなくてもいいんだけど。やっぱり一番大事なのは、こちらは組織的に動く事。逆に言えば、相手にはそう動かさせない事」

 林さんは狭い廊下で、私達とガーディアン達で二手に分けた。

「一応、こっちのリーダーを俺。そっちを、君とする」

「あ、はい」

「俺達は3人。君達は、8人か。そっちへ抜けるから、それを食い止めてみて」

「分かりました」



 前後で4名ずつの隊列を組むガーディアン達。 

 廊下の幅が狭いため隙間はなく、いきなり突破するにも2人分の壁はそれなりに厚い。

「君達は、警棒や武器を使って構わない。こっちも使うけど、攻撃はしない」

「は、はい」

「じゃ、作戦タイム。5分後に始めよう」

 そう言って、私達を呼び寄せる林さん。

 向こうの8人の輪とは違う、3人の小さな輪。

 というか、身長差でいくと階段だ。

 第1段目が極端に低いのは、言うまでもない。

 踏み台だね、まるで……。

「さてと」

 重い表情での切り出し。

 息を整え、次の言葉を待つ私達。

 林さんは私とショウを交互に見つめ、おもむろに口を開いた。

「……たまには、外でお昼を食べようか」

 真顔でそう語る林さん。

 暗号、ではない。

 真顔で、お昼の事を相談している。

「馬鹿じゃないの」

 失礼とかそういうレベルではなく、ここまでくるとそう言うしかない。

 さすがにショウも私をたしなめはせず、がくっと肩を落としている。

「冗談だ。大体今さら相談する必要もないだろ。3人が勝手に動いて、向こうに突破すればいいだけだから」

「組織だって動くんじゃないんですか」

「俺は、個人プレーが好きでね。……しかし彼等がそれを望んでるみたいだし、少し策を練ろうか」

 さらに私達を側に寄せ、小声で話し出す林さん。

 そして5分という時が、瞬く間に過ぎていく。


「行くよ」

 林さんが手を振ると、彼等も再び隊列を組み手を振り替えしてきた。

「さっきの通り動いて。簡単だろ」

「ええ、まあ」

「じゃあ、始めよう」

 前を指す指先。

 同時に走り出す私とショウ。

 ガーディアン達は一斉に警棒を抜き、体の前でそれを構える。

 隣の壁を利用して抜く事は、出来なくもない。

 強引に突破するのだって。

 それを防ぐのも、訓練の一つだろう。

 ただ今は、組織体組織の戦い。

 その事を考えるのなら、私達は別な行動を取った方がいい。


 前後二列になっているガーディアン達との距離が、一気に迫る。

 緊張と不安の表情が間近で読み取れ、その息づかいまで聞こえてきそうな程。

 私達が強引に突っ込むと思ったのか、さらに身構える彼等。

 こちらは姿勢を低くして、スティックを抜く。

 ショウも腰の警棒を。

 数段増す、彼等の緊張感。 

 攻撃をしないという約束はあっても、目の前で見せつけられれば話は別だ。

 偶発的に、また感情が高ぶって、何が起きるかは予想が付かないから。

 彼等に経験が少なくても、ガーディアンをしていればその考えは頭によぎる。

 だが、後ずさる人は一人もいない。

 ここを突破されないよう、恐怖すら漂わせた表情でその場を死守している。

 立場としては敵同士。

 だけど、その気持は痛い程分かる。

 今以上に強くなりたいと思っている、彼等の気持ちも。

 かつて私自身も歩み、また今も進んでいる同じ道を……。


 衝突寸前というところで、足を止めかかとで強引にブレーキを掛ける。

 体重の分ショウは、私より少し前まで滑ったが。

 突然の行動に戸惑うガーディアン達。

 私達が次に何をやるのかを窺うような、強い警戒心。

 こちらの一つ一つの動きに集中する視線。

「という訳さ」

 緊迫した空気とはかけ離れた、軽い口調。

「あっ」

 一斉に声を上げるガーディアン達。

 彼等の後ろ。

 リーダー役となった男の子の背後で警棒を振っている林さん。

「い、いつの間に」

 誰しもが思う、当然の疑問。

 林さんは警棒を腰のフォルダーへ収め、私達を指差した。

「雪野さん達に気を取られいる間に、壁際から。みんな体を固くし過ぎて、隙間が出来てた」

 勿論それだけはなく、気配を悟られる事無く行動した彼の類い希なる能力があっての事だろう。

 塩田さんの隠行と同じかどうか分からないが、あれ程なら大抵の人は知らない間に背後を取られるはずだ。

「それと廊下はずっと後ろまであるんだから、もっと有効に使えばいい。突っ込んできたら一部の人間が下がり、左右は散開。2人の背後に回り込み、俺を狙うとか」

「あ、はい」

「突破されない事だけを考えてると、今みたいなのに引っかかる。人数は多いし自分達の方がこの場所には詳しいんだから、その辺りをもっと考えるんだ。危ないけど、窓の向こうに一人くらい隠すとか」

 まさかという顔をするガーディアン達。

 道具がなければ無理で、彼等はそれを持っていないから仕方ないだろう。

 無くてもやる人はいるが。

「そういうのは多少分かるんですけど、2人が突っ込んできたらそれを食い止めるのに精一杯だと思って」

「確かに、そうだ。でも、2対8という数なら相手が強くても対処の方法はいくらでもある。さっき言ったように、取り囲むとか」

 ショウを呼び寄せ、その周りにガーディアンを配置させる林さん。

 そして彼の腕と、足を一つずつ指差していく。

「腕は2本で、足も2本。単純に言えば、4人同時に掛かるとかなり厳しい。その犠牲を前提にしての話だが」

「雪野さんがいたら、8人同時にやられますよ」

「理屈としては、そうだ。その場合は、相手を分断させる事を考えればいい。そうすれば2人は注意が仲間に逸れて、動きも鈍くなる」

 的確なアドバイスに、ガーディアン達は真剣な表情で頷いていく。 


 言っている内容はガーディアンとしての初歩的な行動だ。

 ただ、それを改めて聞かされると私でもそうかと思う。

 無意識にやっていたり、サトミやケイが私達の知らない部分でやっていたりもするが。

「それと、道具。警棒とバトンだけじゃなくて、捕縛用の物があれば危険を犯さず相手を拘束出来る。俺達ガーディアンの目的は相手を倒す事じゃなくて、トラブルを抑える事だから」

 身につまされる話を、ガーディアン達と一緒になって聞く私とショウ。

 訓練する必要があるのは、私達も同じらしい……。

「ただ、君達が誰一人逃げ出さなかったのは良かった」

「一応、ガーディアンですから」

 はにかみ気味の返事。

 照れくさそうに声を上げる他のガーディアン達。

 もしかしてその言葉を聞きたくて、林さんは今までの事をやったのかもしれない。 

 いつも落ち着いていて、軽い雰囲気の林さん

 その細い目元に浮かぶ、優しさに満ちた輝き。

 小泉さんのそれと負けない程の。



「何をしてるんですか」

 ガーディアン達の間を強引にすり抜けて、こちらへとやってくる警務委員長。 

 その幹部である人達も。

「初歩的なレクチャーを」

 林さんの答えに、警務委員長の顔が微かに変化した。 

 少しの、しかし紛れもない苛立ちと不満。

「そういう事は、私達警務委員会で行いますので。みなさんは、ガーディアンのサポートに専念して下さい」

「何よ、それ。別に……」

「分かった。俺が出過ぎた真似をしたみたいだ。申し訳ない」

 前に出かかった私を制するように、早口で謝る林さん。

 どうしてと思う間もなく、林さんは平然とした様子で歩き出した。

 すれ違い様、一瞬身構える警務委員会の面々。

 当然林さんは何もせず、彼等の隣を過ぎていく。

「あ、あの」

 何とも言えない表情のガーディアン達。

 林さんへの申し訳なさと、警務委員長の発言への気持。 

 しかし彼等に何かが出来る訳もなく、去っていく彼の背中を見送るだけで精一杯だった。

「ごめん、私達も戻るから」

「は、はい。本当に、済みませんでした」

「いいよ、気にしなくて。それじゃ、またね」

 出来るだけ明るく声を掛け、最後に警務委員長を視界に捉える。

 慌てて向こうが目を逸らし、それはつかの間で終わったが。

「ユウ」

「分かってる」

 ショウに促され、早足で廊下を歩いていく。

 沸き上がる不満と怒りを抑えて。

 もしかしてこれが、沢さん達の言っていた事なのかとも思いながら……。  



 待機室に戻り、一気にお茶を飲む。 

 それで感情が収まる訳ではないが、何かしないとやってられない。

「落ち着けって」

「出来ると思う?」

「無理だ」

 あっさりと認めるショウ。

 ただ、私のように表へ出さないくらいの自制心はある。

「彼も、部外者に指導をされたら面白くないさ」

「だからって、あの態度はないです。何様のつもりよ、一体」

「警務委員長だ」

 返ってくる、当たり前の答え。 

 ただそれの含む意味は、私なりに分かっている。

「向こうには向こうの立場があり、私達は部外者に過ぎない。そういう事ですか」

「まあね。もう慣れた、こういうのには」

 投げやりでもない、何一つ変わらない態度。

 それが当たり前の事で、彼等はどこでもそういう経験をしていたのだと分からされる。

「本当は、慣れたら駄目なんだと僕は思うんだけど」

「君は人がいいから。大体、向こうの言う事にも一理ある。そうなるとこちらは、聞き流して学校を去る日を待つしかない」

「難しいところですね」

 しみじみと呟く小泉さん。

 私はそんなしんみりとした心境にはなれず、拳で太股を何度も叩く。

「何してる」

「叩いてる」

「馬鹿」

 一言で切って捨てられた。

 面白くないが、その通りなので叩くのを止める。

 そのストレスが他に移り、足が揺れる。

「玲阿、大人しくさせて」

「いや、俺に言われても」

「じゃあ、誰に言えばいい」

 言葉に詰まる私達。

 舞地さんは仕方ないという様子で苦笑して、警棒をデスクの上に転がした。


「その警務委員長が言ったように、私達はガーディアンのサポートをするのが仕事だ。彼等へのレクチャーは、契約外と言ってもいい」

「そうだけど」

「林が、口で軽く説明するだけで終われば良かったのに」

「悪かったね」 

 参ったというつもりか、軽く両手を上げる林さん。

「それとも、向こうの出方を見たかったとか」

「舞地さん、怖い事を言わない」

「お前に言われたくない」

「あ、そう」 

 簡単なやりとり。

 しかし聞き逃せない程の、深い内容が込められた会話。

「出方って」

「舞地さんが深読みし過ぎてるだけだ。俺は善意で、教えたんだから」

「誰が信じる、そんな話」

 不意に話に入ってくる清水さん。 

 ただ何故か、からかうような眼差しを彼に見せている。 

 それは今の会話の流れからとは違う、もっと暖かみのある瞳の色で。

「もういいって。さてと、ご飯でも食べに行こうか」

 ごまかすように立ち上がり、林さんは一人で部屋を出ていってしまった。

「どう思う?」

「さあ。そこまで色々考えられるなら、ここには来てないだろ」

「なるほどね」

 確かに、そうだ。

 私達に足りない、そういった部分を分からせるために沢さんはここへ連れ来ている。

 何が足りないのかは、まだはっきりとはしないけど。 

 どちらにしろ、楽しくない事になりそうなのは分かっていた……。



 広く、果てのない水面。

 彼方の山々は薄雲にかすみ、水鳥が気持ちよさそうに青空を飛んでいる。

 開けた窓から吹き込む、初夏の香りの澄んだ風。

「潮の香りはしないよね」

「したら困る」

 真顔で答えるショウ。

 琵琶湖畔を併走する、片道2車線のさざ波街道。

 水面のきらめきと心地よい風を受けながら、流れていく景色を飽きもせず見続ける。

「面白い?」

「うん」

 笑顔で答え、BGMを変える。

 緩いポップス。

 渚の歌に。

「違うだろ」

「だって、湖の歌なんてないもん」

「あるだろ。多分」

「例を示してよね」

 二人して笑い、ふと押し黙る。

 琵琶湖畔を走る私達の車。

 乗っているのは私達だけ。

 沢さんは近畿庁へ、小泉さんは清水さんと共に実家の敦賀へ。

 舞地さんは米原の高校へ行っている。

 林さんは知らないが、近所を食べ歩いているという話。

 それはそれで、羨ましい。


 ショウはいつもの通り薄着で、スリムジーンズにチェックの半袖シャツ。 

 まだ寒いと思うんだけど、彼は平気らしい。

 私は白のニットシャツと、赤のショートスカート。

 茶のブーツが、ちょと重い。

「しかし、広いな」

「琵琶湖だもんね」

「本当に、これ湖か」

 間の抜けた発言。

 この眺めを見ていない人なら、きっとそう思う。

 見ていても、そう思うかもしれないが。

「多分そうじゃないの」

 同じくらい間の抜けた答え。 

 似た者同士という声は、聞き流す。

「あ、バイク」

 私の声より先に、速度を落とし車を脇へ寄せるショウ。

 ピースサインを残し、私達を追い抜いていくバイクの群れ。

 ショウはパッシングでそれに応え、後方を確認して車線に戻る。

 名古屋では味わえない出来事。

 逆に言えば、遠くに来たなと実感させられる。

「どう?」

「たまにはいいんじゃないのか」

「まあね」

 短い、会話とも言えない会話。

 ただお互い、相手の言いたい事は分かっている。

 少なくとも私は、そのつもりだ。

 仮に勘違いだとしても、今の気分は悪くない……。



 湖畔のドライブインに立ち寄り、テーブルに付く。

 鮒寿司だってさ。

 誰が食べるのやらと思っていたら、周りで何度もオーダーが入った。

 名産ではあるかもしれないが、あれは食べ物ではない。

 レジの側には大きな水槽があり、巨大ナマズがふらふらしてる。

 一体、何の店なんだか。

「お待たせしました」

 肉の焦げる匂いと、脂の弾ける音。

 鉄のプレートが、目の前に置かれる。

「ごゆっくり、お楽しみ下さい」

「はい」 

 ウエイトレスさんに深々と頭を下げ、近江牛にも頭を下げる。

 別に、冥福を祈ってる訳じゃない。

「頂きます」

 手を合わせ、切り取った端を一口頬張る。

 溶ける。

 溢れる。

 とにかく、美味しい。

 ちなみに私のは、100g。

 ショウのは、500g。

 放っておけば、1kgでも食べるだろう。

「ビールは、っと車だったな」

「止めてよね」 

 思わずオーダーしかけていた手を戻し、内心で舌を鳴らす。

 そのくらいの分別は、私にもある。

「舞地さんって、どこ行ったんだ」

「ほら、この間の男の子。あの子の通ってた学校に」

「なるほど。他人事じゃないな」

 ショウの言う通りだ。

 あの時冗談ではなく命の危険を感じたし、彼を警察に引き渡したのは紛れもない私達自身だ。

 舞地さんが、心を通わせていた男の子を。

 それが過去の事だとしても。

 いや。過去の事だからこそ、私達は忘れるべきではない……。


 ドライブインでソフトクリームを買い、湖を眺める。

 気持は気持、食欲は食欲。 

 同じにする気はないし、出来る訳もない。

 冗談ではなく。

 自分に言い訳をして、コーンをかじる。

「寒くない?」

「美味しいよ。それに流衣さんも、コーンは好きだって」

「姉さん、食べてたかな」

「最近、目覚めたんじゃないの」

 私が目覚めさせたとは言わずに、溶け始めたコーン内のクリームをすする。

 この食感がまた。

「おっ」

 垂れてきたクリームを飛び退いてかわし、すかさずコーンをくわえ込む。

「ふぇいこう」

「馬鹿か」

「いいじゃない」

 手を使わずコーンを一気にかじり、手を払う。

 予は満足じゃとでも言いたい気分で。    

「バイク多いね」

「カーブが緩いし、道が走りやすいからな。俺だって」

 悔しそうなショウ。

 そう思うとケイや柳君がバイクで行ったのは、このためかもしれない。

「ん?」

「どうした」

「あれ、ケイ達のじゃない」

 ドライブインに面した道路のコーナーを曲がっていく、2台のバイク。

 後方の1台が、白と赤と青のトリコロールカラー。 

 ケイのと同じデザインの。

「ナビを……」

 端末を連動させて、チェックをする。

 彼のなら、識別信号で分かるはずだ。

「あ、消えた」

 ぎりぎり、識別出来る範囲を越えた所。

「衛星は」

「沢さんじゃあるまいし、聞けばいいだろ」

「それじゃ、負けを認めた事になる」

「何のだ」

 呆れるショウ。

 こっちは地団駄を踏み、怒りを表現する。

「あー」

「止めろよ、恥ずかしい」

「面白くない」 

 端から見てたら面白いだろうなと思いつつ、馬鹿な事を止める。

 勿論、自分で一番分かってるから。

「サトミは何してるのかな」

「寝てるだろ、舞地さんみたいに」

 確かにあの子は、そういう面もある。

 夜中まで起きて、何をやってるんだか。

 しくしく泣きながら、皿の数でも数えてたら似合うんだけど。

 性格的には、逆だからな。

 どっちかというと、夜叉だ。

「話、してないのか。連絡すれば済むだろ」

「どうして私から。そんなの、負けじゃない」

「またかよ」

 もう知らんと言いたげなショウ。

 こっちは意地が掛かってるので、固く拳を握り締める。

 ただ、単に向こうから相手にされてないだけなら。

 そんな訳はないと、別な思いも込めて私はさらに拳を握り締めた……。




 休日は終わり、今日も待機室で時間が過ぎるのを待つ。

 人もいる。

 私は屋上で手すりに手を掛け、景色を眺めていた。

 もやの彼方にかすむ湖面。

 北を望めば山の尾根が続き、その向こうには若狭湾が広がっているはずだ。

 琵琶湖沿いの平地に広がる都心部と、周囲の自然。

 やはり名古屋とは違う景色。

 自分の知らない眺め。

 傍らに友はいなく、湿り気を吹くんだ風の中一人佇む。

 黄昏ともいかない、だけど感傷的な気分。

 我ながら弱いなと思い、知らない間に出していた端末をしまう。

 ボタンを押せば、すぐに声は聞こえる。

 簡単な事だ。

 ショウには負けを認めると言ったけど。 

 それで済むなら、私はいつでもボタンを押す。

 だけど彼女達から掛かってこない限り。

 勿論、向こうとの勝ち負けではなく。

 彼女達が頑張っていて、私一人泣き言を言っていられない。 

 周りにいる人数は、確かにサトミ達の方が多い。

 でもケイは、柳君ただ一人。

 彼からの連絡も、全くない。

 そういうタイプではないと分かっているけど、勿論寂しさは募る。

 巡る考え、出ているはずの結論。

 今の苦しさを解決するのは簡単で、別に悪い事ではない。

 頭では、そう分かっている。

 私がそうしないのは、ただ一つ。

 気持の問題だ。

 子供じみた意地の張り方。 

 後で考えれば、無駄な事で悩んでいたと思うかも知れない。

 またこれを我慢したからといって、どうかなるという気もしない。

 沢さんが私をここへ連れてきた理由とも、きっと関係ないだろう。

 全ては自分が勝手に思い込み、意地になっているだけの話。

 それでも私はスカートのポケットを上から抑え、ため息を付いた。



「邪魔だったかな」

 軽い調子で声を掛けてくる林さん。

 私は首を振り、乱れた前髪を横に流した。

「外の空気を吸いに来ただけです。ずっと部屋にこもってると、息が詰まって」

「分かるよ。清水さんは舞地さんは、何ヶ月でも平気だろうけど」

「はは」

 なるほどと思いながら笑い、手すりに背を持たれる。 

 風にはためく、濃紺のセーラー服。

 この学校の制服で、今日から着るようになった。

 ここにいる、残りの間だけ。


「ガーディアン達に慕われてるって?」

「まさか。物珍しくて、話し掛けてくれるだけですよ」

「それも含めてさ。人に好かれるタイプなんだよ、君や玲阿君は」 

 からかう訳でもなく、落ち着いた口調で言ってくれる林さん。

 自分では自覚がないので、曖昧に頭を下げる。

「傭兵としての仕事はどうかな」

「普段とあまりやってる事が変わらないので、なんとも。ただ、新鮮な気持ちではあります。新しい学校で、知らない人達の中にいるんですから」

「新鮮、か。俺も、そういう時があったのかな」

 遠い眼差しが、もやにかすむ琵琶湖へと向けられる。

 寂しさでも切なさでもない、深い瞳の色と共に。

「小泉君なら、そういう気持ちが大切だっていうんだろうけど。俺はもう」

「舞地さん達も、同じ事を良く言ってます」

「荒んだ生活を送ってきたら、俺達は。多少は感情が薄れるのも仕方ないさ」

 面白くも無さそうに笑い、手すりを飛び越える林さん。

 その向こうはコンクリートがせり出していて、彼は軽やかに降り立った。

「驚かないの?」

「慣れてますから」

「こういう事に?君も、案外訳が分かんないな」 

 今度は楽しそうな笑い声が上がり、林さんは無造作にその端を覗き込んだ。

「高いが、飛び降りれない事もない。ですか?」

「え?」

「あれ、違いました?」

「い、いや。まあ、そうなんだけど」

 困惑気味の間があり、景色を前にして手すりにもたれた。


「結構修羅場をくぐってるとか」

「まさか。普通の高校生ですよ、私」

「屋神さん……。塩田君の後輩で、学校とやり合ってるんだろ」

「それは、まだ決めてません。なし崩し的に、流されてるきもしますけど」

 消極的に答え、手すりを両手で掴む。

 冷たく、固い感触。

 今の答えとはほど遠い、自分の心の中のような。

 未だにある、その事へのわだかまり。 

 半ば巻き込まれていても、心のどこかで関係ないという気持が残っている。

 トラブルを避けたいという気持。

 自分には荷が重過ぎ、きっと他にもっと適役な人がいる。

 あくまでも私自身は部外者である。

 そんな思いが胸の中にある。 


 塩田さんが一言やってくれと言えば、私はそれに従うだろう。

 でも彼は、むしろ否定をする。

 思いを託すという気持は見せても、やれとは言わない。

 私への信頼の無さ、それとも私が信頼してないと感じ取っているから。

 身を案じているとも、出来ないと思っているのかもしれない。

 どちらにしろ、私はあまり前には進んでいない。

 玲阿流の心構えを倣おうと努力し、強くなろうと誓っても。

 越えられない線を感じている。

 それはすぐ目の前にあって、つま先が掛かっているような状態なのに。

 もう向こう側にいる人達も見えるのに。

 私はそこで、立ち止まっている。

 あれこれ言って、色々な素振りを見せ。 

 だけど進みもせず、引き返しもしないで。

 曖昧な態度を、取り続けている。



「……あ、済みません」

 いつも間にか、物思いに耽っていた。

 最近よくある事だとはいえ、少し失礼だったか。

 林さんは手すりの向こう側で首を振り、冗談っぽく私の顔を指差した。

「そういう顔してると、男の子にもてるだろ」

「は、はい?」

「憂いを帯びた美少女って感じでさ。玲阿君がいなかったら、俺も危ない所だった」

 感に堪えないといった様子で、もう一度首を振る林さん。

 こちらは慌てて手を振り、少し後ずさった。

「私は別に。見ての通りの、小さいなりをした女ですから。本当に、全然」

「そう。だったら、少しは自覚した方がいい」

「はあ」

「大内さんみたいに、それを利用する程になっても困るけど」

 ふと出てきた、懐かしい名前。

 そういえば彼女も、傭兵だった。

「あの子は、元気ですか?」

「面識があるんだったな。ああ、相変わらず厳しい。でも、前よりは丸くなった」

「私達も、舞地さんの事で助けて貰いました」

「借りが何とかって言ってたっな。彼女は教えてくれなかったけど、雪野さん知ってる?」

 どうしようかとも思ったが、隠す事でもないと思い簡単に経緯を説明した。

 あくまでも簡単に、その時の事を思い出さないように。


「義理堅い子だ。やってる事は、無茶苦茶だけど」

 意外と辛辣に評する林さん。 

 ただそれは私も同感なので、特には口にしない。

「その子が、峰山君を警察に突き出したんだろ」

「峰山……。ああ、はい」

 前自警局長の事だ。

 やはり名前を言われても、ピンと来ない。

「面白いな、それは」

「ただの馬鹿ですよ」

 今度は私が辛辣に評して、自分で笑う。 

「そう。……雪野さん達は、傭兵になろうって思わないの」

「え?」 

 唐突な質問に、返す言葉も見つからず動きを止める。

 だが言われた言葉を心の中で繰り返せば、答えはすぐに見つかった。


「私は、草薙高校の生徒ですから」

「君達程の腕があれば、お金は勿論色々な名誉も地位も手に入れられるよ」

 深い、複雑な笑み。

 今まで彼の見せた事のない、闇の底を思わせるような。

 心を奪われ、吸い込まれてしまう程の。

「……そうですね。それは魅力的ですけど、私は慎ましやかに生きる方があってるみたいです」

「なるほど」 

 即座に破顔する林さん。 

 先程までの昏い闇は微塵もなく、いつもの明るさに溢れた笑顔。

「乗らないな、君達は」

「達って」

「塩田君にも似たような事を言ったんだ。でも、あっという間に逃げられた」

「そう、ですか」

 ゆっくりと間を置いて、そう答える。 

 胸の中に沸き上がる嬉しさと暖かさ。

 自分は彼と同じなんだという実感。

 かつての憧れであり、今でも他の先輩とは違う気持を抱ける人と。

「玲阿君は?」

「多分、同じ事を言うと思います」

 一応は、そう答える。

 実際は、何の疑いもなく。

「信頼か。いいね、そういうのは」

「林さんは、どうなんです」

「俺はフリーランスの傭兵だから、一人で気楽にやってるよ」

 軽い調子で答える林さん。

 ただそれを寂しく思っている様子がないのも、また彼らしい。

「裏切らない、信頼する、助け合う。でしたっけ。渡り鳥の誓い」

「ああ」

「舞地さん達と仲が良いのに、どうして渡り鳥じゃないんですか」

「え?」

 不意を突かれたという具合に驚かれた。

 気まずそうな顔にも見える。

「ねえ」

「好き勝手にやってる方が気楽なんだ」

「でも、やってる事は同じなんでしょ」

「君は突っ込んでくるな」

 腰からワイヤーを取り出し、それを手すりに掛ける林さん。

 そのまま体がふっと浮き上がり、下へと飛び降りた。

 逃げたな、それも無茶苦茶な方法で。

 だけど、甘いんだよ傭兵さん。


「よっ」

 お腹の当たりに重力を感じ、景色を上へ流していく。

 故障なんて事は気にしない。

 下は土で、どうとでもなる。

 そう思いたい。

「おっ」

 隣で叫ぶ林さん。

「こんにちは」

 明るく挨拶して、壁を蹴る。

 彼も苦笑しつつ壁を蹴り、降下を続ける。

 何も飛び降りてまで逃げなくてもと思いながら。

 同じ方法で後を追った自分の事は、この際忘れるとして……。


 地面に降り立ち、しっかりと足を踏みしめる。

 ボタンを操作してフックを外し、ワイヤーを巻き付けながら。

 久し振りだけど、結構上手くいった。

 もしもの時を考え、たまにはやった方がいいようだ。

 いつ必要になる事態が訪れるかは気にせずに、そう思う。

「何やってるんだ」

「自分だって」

「全く、傭兵でもこの高さではあまりやらないっていうのに」

 誉めてるのか呆れているのか。

 ただそれは、お互い様だ。

「やっぱり、恥ずかしいんですか」

「え、何が」

「そういう誓いをしたりするのが」

「ああ、その話」

 さすがにもう逃げはせず、ワイヤーをしまい教棟の壁にもたれる林さん。

 私はその前に立ち、姿勢を正した。

「まあね。子供じゃあるまいし」

「口で言わなくても分かってるって?」

 言葉は返ってこない。

 その代わりに優しい微笑みと、それを隠すように髪を触れる仕草が。

「それとも、自由な立場で舞地さんと助けるとか」

「随分、好意的な解釈だな」

「そういう性格なので」

 悪びれず答え、微笑み返す。

 林さんは私に背を向け、教棟の玄関へ向かって歩き出した。

「やっぱり、傭兵は止めた方がいい」

「どうしてですか」

「考え方が、甘過ぎる」

「私は、そういう自分が好きですよ」

 背中越しに手を振る林さん。

 私は少し距離を置いて、その背中を追った。

 きっと自分の考えは間違っていないと思いながら。

 柔らかな日差しにも似た、彼の微笑みを思い浮かべて……。



 バスルームを出て、濡れた頭にタオルを掛ける。

 勿論体には、バスタオルを巻いて。

「暑い」

 冷蔵庫を開け、ビールを。 

 飲むのは控えて、お茶にする。

 一人で飲む程の気分でもないし。

「あー」

 火照った体を通っていく、冷たい感覚。

 今飲むと汗が噴き出るんだけど、それを補ってあまりある心地よさ。 

 まだ体が濡れているので、バスタオルを撒いたままうろうろ歩く。

 熊、というよりは濡れネズミだ。

 でも、可愛いネズミもいると言い聞かせる。

 お酒を飲んでなくても、思考は回ってない。

 いつも回ってないからとも言える。

 インターフォンが来客を告げた。

 ルームサービスを頼んでないし、誰だろう。

「はい」

 受話器を取り、画像をオンにする。

 長い黒髪と、澄んだ眼差し。

 一瞬の間を置き、誰かを理解する。


 ベッドサイドに腰掛け、もう一口お茶を飲む。

 隣ではペットボトルを下の方に下げ、気だるそうにしている舞地さんがいる。

 髪を下ろして、前髪を少し上げている彼女が。

「だるそうだね」

「少し、飲んだから」

 この人が一人で飲むなんて、珍しい。

 飲めない体質ではないが、大抵は付き合いでという気がしていた。

「……知り合いに会ってきた」

「そう。名雲さんなんて、会えない会えないって言ってるのに」

「忙しいのを口実にして、会わないだけだ」

 厳しい一言。 

 ただそれは、間違いなく自分自身にも向けられている。

「この間草薙高校に来ていた、私の知り合いを覚えてる?」

「え、うん」

 忘れられる訳もなく、すぐに答える。

 今朝から分かっていた、だけど彼女は語らなかった事。

 舞地さんは視線を伏せ、指先でうっすらと赤くなっている頬に触れた。 

 それが頬を伝い顎を過ぎ、ゆっくりと膝の上へと置かれる。

「聞いてると思うけど。あの子のお姉さんのような子がいて、この間の休みに会いに行った」

「うん」

「向こうも事情は分かっていて、笑って許してくれた。おかげで、私は気が楽になった」

 膝の上で固められる拳。

「でもそれは、自分の苦しさをあの子に預けただけの気がしてきて」

「考え過ぎだって。一人で生きてる訳じゃないんだし、誰かに話すのは悪くないと思うよ」

「そうかな」 

 気弱そうで、不安そうな表情。

 私を頼るように、上目遣いで見つめる舞地さん。

 お酒を飲んで、私なんかに相談しにきて。

 それだけ彼女は、悩んでいたんだろう。


 かつて思いを寄せていた子との仲違い。

 その気持ちは、私にも痛い程分かる。

 以前よりもより確かに、自分の事のように。

 ショウとの仲違いを経験した自分には。

 私達はどうにか元通りになった物の、彼女が以前の関係に戻る事はないだろう。 

 きっと、もう二度と。

 そう思うと余計に、胸が詰まる。

 ただ一つ、疑問があった。

「舞地さん」

「何」 

 話をして少しは気が楽になったのか、柔らかい表情で尋ね返す舞地さん。

「どうして私の所へ来たの。清水さんの方が、良かった気もするんだけど」

「あの子には、あの子の事情がある」

「事情って、舞地さんみたいな?」

「子供には分からない事」

 私の頭をそっと撫で、そのまま立ち上がる。

 そしてこちらを振り返り、だけど何も言わないまま部屋を出ていった。



「何よ、もう」

 勝手に来て、愚痴って、人をからかって満足して帰っていって。

 これで彼女が元気にならなかったら、どうしようかという話だ。

 勿論元気になったから、私は怒っていられる訳で。

 心地よい、おかしな苛立ち。

 ただ、今夜の眠りは安らかになりそうだ。













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