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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第15話
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15-1






     15-1




 動くと汗ばむ程の陽気。

 ヘアバンドを押さえ、風にそよぐ髪の感触を楽しむ。

 青い空と白い雲。

 広いグランドを見渡し、胸一杯に初夏の空気を吸い込む。

「何してるの」

「ちょっとね」

「失恋の痛手からは立ち直った?」

 おかしそうに笑う、ジャージ姿のニャン。

 私はすぐに彼女へ組み付き、耳元でささやいた。

「へ、変な事言わないで。失恋なんてしてないわよ」

「あ、そう。よりを戻したの」

「もう」

「子供が恋愛だなんて、随分おませんちゃんね」

 嫌な事をさらりと言ってくる黒沢さん。

 彼女に向かって牙を剥くと、ふっと笑われた。

 綺麗なだけに、様にはなっている。

 やられる側としては、たまった物ではないが。

「……普通悲しい事があると、少しは痩せるんですが」

 人の後ろからやってきて、頬をつつく青木さん。

 相当に失礼だな。

「も、もういいって。ほら、練習したら」

「自分こそ、ガーディアンの仕事は」

「それは、その。たまにはいいじゃない」

 へへっと笑い、辺りを見渡す。


 槍?

 ……ああ、やり投げのか。

 取りあえず手に取り、腰でためる。

「せっ」

 重いが、扱えない事もないな。

 少し長い分、バランスを気を付けないと。

「あなたは何をしてるの」

「面白いなと思って」

「馬鹿」

 持って行かれる槍。

 面白くないな。

 その内買おう。 

 いや、ショウの実家に拝領した奴がある。

 あれで、少し練習しよう。

 してどうするのかって話だけど……。

「んー、これは」 

 長い棒。

 かなり、長い棒。

 棒高跳び用のポールだ。

 ふーん、意外と軽い。

 しなりもあるし、悪くない。

 ちょっと、やってみよう。 


「本気?」

「当然」

 コーチから簡単なレクチャーを受け、ポールを持ったまま走る練習を数度。 

 バーの高さを2mにしてあるので、飛べなくても問題ない。

「行きます」

「どこにでも行ってよ」

 素っ気ない見送りを受けて走り出す。

 ややぶれるフォーム。 

 横風が気になるが、トップスピードに乗せて助走区間を駆け抜ける。 

 迫るマット。

 ポールを下げ、地面すれすれで滑らせる。

 手首に伝わる抵抗。

 ポールの先端が、くぼみとなっているボックスを捉える。

 しなるポール。

 体を預けつつ腹筋に力を入れる。

 浮き上がる体。

 近くなる空。 

 何とも言えない爽快感。

 などと感動している間もなく、横風が吹き抜ける。

 ポールのしなりは無くなり、後は下へ落ちるだけ。

 マットは遠く、真下には地面が見えている。

 怪我をする高さではないが、落ちたいとも思わない。

 仕方ないな。


「せっ」

 真横にあるバーへ足を掛け、感覚だけで蹴りつける。

 微かな抵抗。

 当然下へ落ちるバー。 

 それと同時に、真横へ跳んでいく私。

 横風に乗り、緩やかに落ちつつ右へ流れる。

「よっ」

 左右に立っている、バーを支えている棒。

 それにかろうじてしがみつき、伝って下へと降りていく。

「着地成功」

 マットに降りた方が早いとも思うが、気にしない。

「あなたは、普通に生きられないの」

「怪我が無くてよかったわね、くらい言ってよ」

「反省の色無し、ね」

「というか、反省した事ってあります?」

 やいやいと騒ぐニャン達。

 それに必死で言い返す私。

 たまにはこういうのも悪くはない。

 彼女達の友人として。

 元陸上部として、ここだって私の居場所なんだから。




 G棟内の直属班が待機するオフィスの一室。

 そこに顔を揃える私達。

 広い部屋に10人以上。

 何をやるのか知らないが、喉が渇いた。

「その格好は何」

「ちょっとね」 

 適当に答え、目の前にあったペットボトルを傾ける。

 さぼって陸上部にいました、とは答えない。

 誰が見たって、分かってはいるだろうけど。

「これで、全員だな」

 ホワイトボードを背にして、室内を見渡す名雲さん。

「前から言っている通り、来週から他の学校に行ってもらう。やる事はガーディアンの仕事だから問題ないが、ここ程治安が良くない可能性もある」

 各自の端末に転送される地図。

 ……琵琶湖。

「滋賀だ。日本海側程トラブルはなく、太平洋側よりは荒れてる。ちょうど良いと思ってな」

「じゃあ、僕からグループの振り分けを」

 名雲さんの隣りに座っていた沢さんが、静かに語り出す。

「池上さんと名雲さんと一緒に行くのは。元野さん、丹下さん、遠野さん、木之本君、七尾君」

 その情報も、端末へと送られてくる。

「舞地さんと僕と一緒に行くのが。雪野さんと、玲阿君」

 なる程。 

 この間は別々って話だったけど、一緒になった。

 だから何だという訳でもないが。 

 素直に嬉しい。

 と、心の中だけで思う。

「それで、柳君は浦田君と」

「俺達だけ、色気無いですね」

「駄目?」

 寂しげにケイを見つめる柳君。

 ケイは何故か頬を赤らめ、首を振った。

「と、取りあえず二人で楽しもうか」

「そうだね」

 楽しげに笑う二人。

 何だかな。

「しばらくここを離れるんだから、何かあったら今の内に済ませろよ」

「何を」

「身近なところでは、寮の冷蔵庫やペットの世話。ため込んだ洗濯物や、大きな物は事前に送る」

 さすがに経験者だけあり、すらすらと例を挙げる池上さん。 

 舞地さんは遠い目で、机を見つめている。 

 半分寝ているようにも見える。

「別に難しく考える必要もない。いつも以上に金をもらって仕事をするだけだ」

「僕は給料制だったよ」

「大変だな、公務員は」

 苦笑し合う名雲さんと沢さん。

 しかし、私は何をすればいいんだろう。

「ねえ、どうする」

「さあ、俺は別に。池上さんが言ってた、寮の冷蔵庫くらいかな」

「だよね」

 ショウと二人で頷き合い、取りあえず家に帰ろうとだけ考える。

 でもそれは、普段もしている事だ。

「サトミは」

「ヒカルと顔を合わせるくらいね」

「モトちゃんは」

「私もこれといって。一生いなくなる訳でもないし、一人きりで行く訳でもないから」

 返ってくる、同じような答え。

 ただ目を移すと、沙紀ちゃんが少し浮かない顔をしている。

「どうかした?」

「え?えと、何の話だった?」

「向こうへ行くまでに、こっちで何するのかって」

「あ、ああ。そうね。私は、そうね……」  

 物思いに耽るような、薄い瞳の輝き。

 悩んでいるという程ではないが、何かを気に掛けているのは明らかだ。

「妹さん達の事?」

 静かに切り出すモトちゃん。

 沙紀ちゃんは息を付き、前髪を引っ張りながら頷いた。

「私が妹離れしてないっていうのかな。寮に住んでるから家を出てるのも同じだけど、家にはいつも帰ってるから」

「少しの辛抱よ」

「ええ」

 彼女にしては珍しい、気弱な微笑み。

 私は兄弟がいないのでよく分からないが、そのくらい悲しい物なのだろう。

「サトミはいいの?お兄さんと会わなくて」

「この間、一緒に会ったでしょ。モトこそ、お父さんに会いに行ったら」

「東京まで行けって?」

 冗談とばかりに手を振るモトちゃん。 

 それは距離以外の理由もあるのだろう。

 会うのは嬉しいとしても、苦い思いはしたくない。 

 というか、味わいたくない。 

 それにしても家族、か。



 ひたっと私に寄り添う女の子。

 何かを話す訳ではなく、何かする事もなく。 

 遠慮気味に、だけど決して離れようとはせずに。

「優ちゃんの妹になる?」

「うん」

 可愛らしい声で、素直に頷く愛希あきちゃん。

 沙紀ちゃんの妹で、彼女よりは優しげで大人しい顔立ちだ。

 どちらかといえば、可愛いタイプだね。

 今は中1で、体型的には私より少し小さいくらい。

 ちなみに私は高2。

 こういう時は、神様を恨みたくなる。

「あなたは、何照れてるの」

「て、照れてないよ」

 やんちゃそうな顔を赤くする真輝まさき君。 

 彼は弟で、中2。

 この子の方が精悍で活発そうで、沙紀ちゃん似かな。

「いつもはもっとうるさいんだけど、優ちゃんの前だと大人しいわね」

「お、俺はいつもこうだって」

「嘘」

 ぽつりと漏らす愛希ちゃん。

 一瞬睨みかけた真輝君だが、妹には怒れないらしく口元で何かを呟いてマグカップを傾けた。


 場所は沙紀ちゃんの実家。

 私の家と同じようなリビングと内装。  

 ハングル語で書かれた色紙が飾ってあるのが、目に付く程度。   

 ただ何を書いてあるのかは、この家にいる誰も読めないらしい。

 わざわざ飾るくらいだから、良い事が書いてあるんだろう。

 そう思いたい。

「夕ご飯どうする?」

「悪いじゃない」

「気にするタイプ?」

「多分」

 二人で一緒に笑い、私は愛希ちゃんの髪を撫でた。

 彼女もはにかみつつ、私に寄り添ってくる。

 頼られる事を強く実感出来る瞬間。

 自分よりも弱く、だけど自分を慕ってくれる存在。

 沙紀ちゃんがあんな顔をしたのも、今はよく分かる。

 それにこれだけ可愛ければ、余計に。

「でも、いいか。私はサトミもモトちゃんもいるし」

「二人とも、お姉さんじゃないの?」

「かな。それより沙紀ちゃん達はいいわね、楽しそうで」

「優ちゃんだって、玲阿君と一緒じゃない」

 にやりと笑って返してくる沙紀ちゃん。

 こっちはどうにも言いようが無く、少し唸る。

 否定する気は無いが、肯定するのは恥ずかしい。

 さすがにまだ、そこまでは素直にはなれない。

 それでも前よりは、自分の中で認めているけど。 

 彼と、自分との関係を。


「彼氏?」

 不意に口を開く真輝君。

「ま、まさか。ねえ」

「どうだか。本人達が否定してるだけじゃなくて?」

「へえ」

 妙に頷かれた。

 真顔で。

「真輝の恋は、失恋で終わったわ」

「な、何言ってんだ。お、俺は別に何も」

「あれ、優ちゃんは嫌い?」

「い、いやそうじゃなくて。その、俺はだからさ。だって、あれじゃん。年離れてるし、会ったばっかりだし」 

 しどろもどろの真輝君。

 話題が話題なので私も恥ずかしいが、その慌てようはちょっと可愛い。 

 そんな余裕を持てる心境になっている、今の自分。

 それだけ経験を重ね、年を取ったという事だろう。

 惚れられた強み、という程強気ではない。

 とにかく私にも、たまにはこういう事があるようだ。

 年に何回か、くらいは。



「どうしたの」

 首を振り、フォークで夏みかんをつつく。

 日に何回かそういう事があるだろう、サトミの部屋で。

「用意は済んだ?」

「ええ。殆どが服ね。大きい物は、向こうで揃えた方が早そうだし」

「サトミ達は大勢で行くからいいけど、私達は少ないもん」

「いいじゃない。ショウと二人きりになれて」

 くすっと笑い、マグカップを軽く掲げるサトミ。

 私もそれに自分のマグカップを重ね、俯き加減に否定する。

「舞地さんも沢さんもいるから。それに、二人きりになったからどうという事でもないし」

「だけど、前よりはましでしょ」

「まあ、ね」

 先日までの、彼との行き違い。

 距離を置き、心が離れ。

 それがこの先も続くと思っていた。

 こうして一緒に旅行出来るなんて、絶対無理だと。

 その時の事を考えれば、今は夢のようとも言える。

 だけど。

 私達が距離を置いていた事。

 激しく言い合った事。 

 お互いの気持ちを伝え会った事。

 それは紛れもない現実だ。

 ローテーブルの奥にあるスティックを見るまでもなく、その事を強く実感する。


「私達はいいとしても、ケイ達はどうなのかしら」

「柳君と二人だもんね。少し心配だな」

「彼の体が?」

 意味深ににやつくサトミ。

 私も悪い笑みを浮かべ、二人で密やかに笑う。

「柳君も、あの子の何を気に入ってるのか。謎ね」

「良いところがあるんだって、多分」

 4年以上付き合っておきながら、そう答えてしまう私。

 何がいいと聞かれても、特に出てこないので。

「サトミだって、ヒカルを気に入ってるじゃない。私は、その方が謎よ」

「あ、あの子には色々と良いところがあるの」

「例えば」

「それは、えーと。ここまで出かかってるんだけど」

 喉を押さえ、一人で唸るサトミ。

 多分、一生出てこないだろう。

 無い答えを見つけろという方が無理なのだ。

「止めた。もう止めた」

 あっさりと、しかも投げやりにそう宣言した。

 虚しさと物悲しさを漂わせ。

 そんな人と付き合っている自分を省みたのかも知れない。

 ヒカルも悪くはないんだけどね。

 弟同様、良いとも言えない……。


 何か空気が重くなってきたので、話題を変える。

 ショウの事を突っ込まれるのも嫌だし。

 嫌というのは正確ではなく、気恥ずかしい。

 最近色々意識した分、彼の話題はちょっと駄目だ。

 自分で考えるだけで照れるのに、人に言われるなんて。

 という訳で、やるせないため息を付いているサトミの前に卓上端末を置く。

「滋賀のどこに行くの」

「え?」 

 長い眠りから覚めたという顔。

 悪い夢、かもしれない。

 当然目が覚めても、その夢が現実になるだけだけど。

「え、えーと。私達が長浜で、ケイが彦根、ユウはここね」

「近いじゃない」

「いざという時には集まれるようにしてあるのよ、きっと」 

 それなら最初から全員同じ所でやればいいのにと思いつつ、自分の場所をもう一度確かめる。

 木之本か。

 あの木之本君じゃなくて、琵琶湖北の。

 日本海も近いし、悪くないかな。

「でも、しばらくは離ればなれだね」

「寂しい?」

「自分こそ」

 お互いに指を差し合い、少し視線を伏せる。


 ショウの事ばかりを考えていたけれど。

 いつの日か、彼女と別れる時も来るのだろう。

 学校を卒業し、どちらかが結婚をし、時が移っていけば。 

 当たり前の、どこにでもある出来事。 

 今までに何度と無く繰り返された事。

 私にまだ、その意味すらも分からない。

 理解したくないとも言える。

 サトミやモトちゃん達と離ればなれになり、時折お互いの声を聞くくらいになる。

 数日という間ではなく、何年も会えなくなるなんて。

 あって欲しくはない。 

 でも、その時は必ず訪れる。

 永遠に会えなくなる訳ではないけれど。

 その時を想像するだけで、胸の奥が痛くなる。

 切なさで心が締め付けられる。

 決して避けては通れない、いつか来る未来を思うと。

「今日は、一緒に寝ようか」

「いいわね」

「いつも寝てるけど」

「そう言わないの」

 声を上げて笑う私達。

 その時が来るのは、遠い先の事とは思わない。

 寂しいのも分かっている。 

 だから、一つでも思い出を作ろう。

 また会った時、今に戻って語れるように。

 特別な何かだけではなく、ささやかなありふれた日常の出来事を刻んでいこう。

 私はその瞬間が好きだから。

 その思い出も大切にしたいから。 

 目の前の微笑みに同じ気持ちを重ね、私はそう思い続けた……。




「せんべつ?何を選んで欲しいんだ」

 すっとぼけた事を言ってくる、ガーディアン連合議長。

 というか、塩田さん。

「……冗談だよ。おい、浦田。何か言いたい事でも」

「いえ、別に。先輩じゃなかったら、指の一本くらいは折ってたかなって」

「真顔で言うな。初めに言っとくけど、金はないぞ。そういうのは、大山か中川さんの所へ行ってくれ」

 やっぱり。

 期待はしてなかったし、最初から分かってた。

 だから落胆もしないし、残念にも思わない。

「お前らな、もう少しリアクションしろ。どうしてっ、とか。下さいよっ、て」

「言ったら、出てくるんですか」

「だから、無いんだって」

 無茶苦茶だ。

 そりゃ私達だって、無愛想にもなる。

「元野や木之本は、そんな事言いにこなかったぞ」

「諦めてるんですよ、あの二人は。連合の困窮した財政を知ってますから」

 さも情けないという顔で首を振るサトミ。

「あ、あのな。ここに金がないのは、俺のせいじゃないぞ。ガーディアン関連の予算はまず自警局に回って、その余剰というか向こうの裁量でこっちに……。誰か聞け」

 一応聞いてるのはショウくらい。

 ケイは眠そうに棚にもたれていて、サトミは枝毛を探している最中。

 私は聞いていたと思う。

 思う、というのは内容を覚えてないから。 

 それを人は、聞いてないという……。

「しかしお前達、大丈夫か?そんな他の学校に行くなんて」

「塩田さんも、中等部の頃行ってたじゃないですか」

「あの時は、屋神さんと一緒だった」

 だから大丈夫なんだと言いたげな顔。

 この前までとは全く逆の態度。

 子供というか、何というか。

「ちょっと待ってろ。……おい、すぐこい。……あ、知るか」

「誰です」

「責任者だ」



 少しして、顔をしかめた沢さんがやって来た。

「僕にも、多少はやる事があるんだけどね。用があるなら、そっちから来てくれないか」

「俺は仕事で忙しいんだ」

「元野さんと木之本君、の間違いじゃないのかい」

「あんた。俺達が行くのに、文句付けてたのはそれか」

 鼻で笑うケイ。

 塩田さんは「うっ」と漏らし、大袈裟に手を振った。

「お前、馬鹿だな。そんな訳あるか。自分が忙しくなるからって、後輩を無理矢理引き留めるなんて」

「本当。立派な先輩です事」

 サトミは醒めた眼差しを彼に向け、たおやかに口元を押さえた。

「で、僕に何か」

「無いよ、もう」

「塩田さん」

 情けない声を出すショウ。

 それはさすがに堪えたらしく、軽く咳払いをした。

「えと、なんだ。向こうに、例の傭兵とかはいるのか」

「どうだろう。彼等はそれと知れずに入り込んでいる場合もあるから。ただ、危険な連中はいないと調査済みだ」

「危険って」

「君が総入れ歯にさせた、例の金髪君とか」 

 薄く笑う沢さん。

 塩田さんも凄惨な笑みを浮かべ、デスクに腰掛けた。

「あんなの、大した事無いだろ」

「腕はね。ただ連中のグループは人数が多いし、手口が姑息だ」

「油断は禁物か。俺としては、そっちの方が面白いけどな」

「ひどいね、君は。僕も、同感だが」

 小さく頷き合う二人。

 こうしていると、彼等がかなり特殊な人間だと思い知らされる。

 私も色々経験をしてきた方だが、この人達に比べればその足元にも及ばないだろう。

「その辺については、何か考えてあるのか」

「心配だったら、君も付いてくる?」

「まさか。こっちが手薄になる隙を突かれたら困る」

「昔に比べれて、随分冷静になったね」

 確かにそうだ。

 私達はともかく、舞地さん達がいなくなり沢さんもいなくなる。

 勿論ガーディアン自体はたくさんいるものの、学校との確執を知る人は殆ど行ってしまう。

 その辺りの意味も含まれているのだろう。

「阿川や風間達がいるし、大丈夫だけどな」

「雪野さん達の後輩もいるだろ」

「御剣は使えるが、他に誰が」

「元野さんの代わりに、事務をやってくれそうな子とか」

 神代さんの事か。 

「雪野さんの代わりになる、小柄だけと強い子もいる」

「沢さん、詳しいんですね」

「ガーディアンに関しては。それ以外の生徒は、殆ど知らないよ。浦田君と違って」

 不意に名前が出てくるケイ。

 だが彼は何も言わず、ただ会釈をしただけだ。 

 沢さんもそれ以上は話を進めず、口を閉ざした。 

 よく分からないが、その辺りは二人だけが知る何かがあるのだろう。


「……こんにちは」 

 するっと入ってる天満さん。

 その後ろには、副会長と中川さんが。

「何だよ」

「餞別」 

 高級ホテルのアニメティグッズを、箱詰めでくれる天満さん。

 私はそれをありがたく受け取り、数をチェックした。 

 これなら、モトちゃん達の分もあるな。

「そんなの、適当に買えばいいだろ」

「気持なの、気持。それまだ配布前のだから、後で感想をレポートでね」

「モニターじゃないですか」 

 軽く突っ込む副会長。

「という訳で私は、現地にスペシャルゲストを呼んでおきました」

「あ、誰だ」

「あなたは行かないから、関係ないんです」

「もったいぶりやがって。向こうに着いたら、お前が待ってるんじゃないだろうな」

 驚く副会長。 

 もっと驚く塩田さん。

「冗談ですよ。私も、そこまで酔狂じゃありません」

「お前ならやりかねん。女装するくらいだし」

「見たくないわね」

 腕を組み、それをさする中川さん。

 結構真に迫った言い方で。

「そういう気持ち悪い話はいいから、みんな気を付けなさいよ」

「あ、はい」

「しかし武者修行なんて」

「研修だよ、中川さん」 

 沢さんの指摘に彼女は「同じよ」とあっさり返し、ため息を付いた。

「沙紀も連れて行くんでしょ」

「心配かい、従兄弟の身の上が」

「当たり前じゃない。私の跡はあの子に継がせようと思ってたのに。仕方ない、愛希ちゃんを引き取るか」

 あの子は私の物だと内心で応え、取りあえず笑う。 

 そんな私の心を悟ったように、中川さんも笑う。

 少し、すごみを加えて。

「何してるの、二人とも」

「別に」

「何でもないです」 

 十分何でもある素振りで顔を逸らす私。

 油断ならないな、この人も。

「近畿庁と教育庁の知り合いには連絡してあるから、何かあったらそっちにね」

「あ、はい」

「君も過保護だね」

「何とでも言って。沙紀が拉致される事を考えれば、このくらいは当然よ」

 かつて傭兵に拉致された経験がある中川さんはそう言い切り、沢さんを睨み付けた。

「僕は傭兵じゃないよ。やってる事は同じだけどね」

「あなたや伊達君をどうこう言うつもりはない。あのワイルドギースとかいう子達もね。だからってああいう連中がいる所へ従兄弟を送るのを、納得した訳じゃないのよ」

 厳しい口調で言い返す中川さん。

 沢さんは肩をすくめ、塩田さんを振り返った。

「俺だって、納得はしてないさ。試練が人を育てるばかりじゃない」

「どうも僕の案は、評判が悪いな。いっそ、取りやめにする?」

「まさか。こいつらがいないと何も出来ないなんて思われたら、たまった物じゃない」

「どっちなのよ」

 苦笑気味に突っ込む天満さん。

「さあな。別に俺が行く訳じゃないし、せいぜい頑張ってくれ」

「だそうだ。出発は明日だし、準備は」

「ええ、なんとか」

「じゃあ、今日は早く休むといい。興奮して、夜更かししないようにね。雪野さん」

 どうして私だけ。

 とは聞かず、みんなの笑い声を聞く。

 ああ、分かってる。 

 そんな事。

 生まれてきてから、死ぬまでずっと……。



 翌朝。

 車に荷物を詰め込み、頭の中で忘れ物をチェックする。

 多分無い。

 いざとなれば、100km走ればいいだけだ。

 などと、前向きに考える。 

 忘れ物を前提にする事自体、後ろ向きとは考えずに……。

「どう?」

「準備完了。後は、出発するだけよ」

 自分達の車を指差すサトミ。

 大きなRV車で、名雲さんがフロントガラスを拭いている。

「大人数でいいね」

「またそれ?それなら、あの子達はどうするの」

 RV車の後ろ。 

 停まっている、2台のバイク。

 ケイと、柳君のだ。

「本気で、あれでいくの?」

「滋賀なんてすぐそこだし、この方が楽だ」

「ショートツーリング」

 即座に返ってくる答え。 

 ライダーズジャケットと厚手のジーンズ。

 バイクのリアシートには、大きめのバックパックが付けられている。

「米原までは一緒よね」

 サングラスをずらしてこちらへやってくるモトちゃん。

 どうやら、彼女が運転するらしい。

 名雲さんか七尾君がすればいいと思うけど、サトミよりは何百倍かましだ。

「しばらく会えなくなるけど、泣かないでよ」

「大丈夫、昨日泣いたから」

「ね」

「あ、なる程」

 笑って手を取り合う私達。

 その間に、全ての準備が整ったようだ。

「おーい、行くぞー」

 叫ぶ名雲さん。

 サトミとモトちゃんは私の肩に軽く触れ、彼の元へと走っていった。

 私もそれを見届け、自分達の車へと向かう。

 寂しさだけではない、心がときめくような気持。

 今までとは違う場所。

 知らない土地への。

 震えにも似た、出立の時への高ぶりかもしれない……。



 幹線道路を西へ走る私達。

 米原で分岐する道路。 

 名雲さんと私達は右へ。 

 ケイと柳君のバイクは左へと曲がる。

 遠ざかっていく二つのシルエット。

 その姿は、すぐに消えて無くなっていく。

 北上する2台の車。

 やがて先を行く車が、右へと曲がる。

 私達は直線を行く。

 離れていく車。

 遠ざかる距離。

 一台となり北を目指す私達。

 胸に募る寂しさ。

 隣でショウが運転をしていても。 

 後ろに舞地さんと沢さんがいても。

 今の寂しさは埋められない。

 いつか会える。

 すぐに会えると分かってはいても。

 子供のような悲しさは消え去らない。

 人との別れを殆ど経験しない私にとっては、何よりも辛い事。

 ショウと行き違いになった時も違う感情。

 彼女達が私にとってどれだけ大切な存在だったかを、改めて実感する。

 だからせめて。 

 彼女達にもそう思われる存在でありたい……。



「大きいなー」

 両手を広げ、何度か手を振る。 

 別に意味はない。

 強いて言うなら、琵琶湖の大きさを表現した。

 悲しいのは悲しい。

 感動は感動。

 そういう物だ。

 などと、自分に言い訳をする。

「学校はまだ?」

「もう着くよ。その前に一休みと思ってね」

「あ、沢さん」

 コーヒーの香りがする紙コップを片手に、湖岸に降りてくる沢さん。

 車はドライブインに止めていて、私とショウもペットボトルを地面に置いている。

「舞地さんは」

「寝てるよ」

「あの人は、いつまで寝てるんだ」

「体を休めてるの」

 強くショウに言い返し、お茶をがぶ飲みする。

 どうして私が言い訳をと思いながら。

「危ない学校なんですか?」

「どこだろうと、君達なら問題ない」

「はあ」

「生徒達の体質には、問題があるが」

 意味ありげに呟く沢さん。

「どういう意味ですか」

「行けば分かる。色々と」

「また、もったいぶって」

「確かにそうだ」

 珍しく笑い声を上げ、沢さんは足元の石を湖面へ蹴り入れた。

 波立つ水面に波紋が広がり、それはやがて消えていく。

「君達は今度行く学校にどう影響出来るのか。それとも、されるのか」

「今の石のように?」

「ああ。僕や舞地さんはもう、影響なんてされないけどね」

 薄い、感情のこもらない微笑み。

 舞地さんも時折見せるような。

「さてと、どう思う?」

「駐車場ですか?」

「鋭いね、さすがに」

 ショウに頷き、沢さんが景色を眺めるように私達の耳元へささやきかけた。

「この手の仕事に、監視は付き物だ。教育庁のチェックだけではなく、学校側のが」

「それは、誰が」

「勿論、僕達の存在が邪魔な連中さ」

 今の状況を楽しむような表情。

 生き生きとした、学校では見た事のないような。

 フリーガーディアンとしての本質を、わずかだが垣間見た気分である。

「何にしろ、大した事じゃない。相手の出方も少し分かったし、そろそろ行こうか」

「あ、もしかして。そのために、休憩を」

「さあ、どうだろう」

 傾斜になっている湖岸を登っていく沢さん。 

 やはり読めない人だ。

 それとも、私達が単純過ぎるのか。 

 どちらにしろ中川さん達が言っていた通り、警戒は必要だろう……。



 大きな道路から路地へ入り、少し進んだ頃。

 長い塀と、その向こう側に見える緑色のネット。

 塀の途中にある門からは、広いグラウンドが現れる。

 私達の高校よりはかなり狭い敷地。

 休日なので、生徒らしい姿は殆ど見られない。

 その辺りも、私達の学校とは違う点だ。

「ここ、ですか?」

「ああ、まずは偵察を」

 ナビの画面に映る映像。

 学校の俯瞰図。 

 それがズームされ、赤い車がその周りを走っている。

「あれ」

「これって」

 間違いなく、私達の車である。

 だけど映画じゃあるまいし、こんなシステムなんて。

「沢のだ」

 いきなり後ろから声が掛けられた。

「え?」

「フリーガーディアンなら、監視衛星の画像くらいは閲覧出来る」

 まだ眠そうな舞地さん。

 その体をようやく起こし、何気ない表情で学校の塀を眺めている。

「ここは?」

「あ、あのね。もう着いたのよ」

「あ、そう。すぐだったな」

 もういい。

 2時間をすぐと言うような人は。

「滋賀、か」

「どうかしたの」

「別に」

 十分何でもあるという口調。

 ただ無理して聞く事でもないので、私はナビを操作した。

 寄る。

 まだ寄る。

 窓から手を出す。

 それも見える。

「これすごい」

「雪野、おもちゃじゃない」

「いいじゃない。ふーん、悪い人の監視とかに役立ちそう」

「誰の話だよ」

 運転席で、人のいい笑顔を浮かべるショウ。

 あなたはねと、内心で答えて画面を変える。

 長浜付近。

 ある高校の駐車場。

 そこに停まる1台のRV車。 

 はっきりとはしないが、何名もの人間がその周りに見えている。

「はは、これサトミ達じゃない?」

「止めろよ」

「止めない。えーと、ケイ達は」

 画面を彦根方面へと移す。

 バイク、バイクと。

 これは違う、これも。

 えー、これか。

「あっ、画面が消えた」

「衛星が上からいなくなったんだよ」

「彦根の上から?」

「東アジア上空だ。衛星が、どこを飛んでると思ってる」

 呆れたように指摘する舞地さん。

 そのくらい私だって知ってる。

 地球の上だ……。

「事前の配置とも違いない。特に問題はないね」

「入れ物は問題なくても、入ってる人間は?」

「辛辣だな」

「同じ事を考えてるくせに」

 牽制とも付かない会話。

 私には何も分からないが、学校に入れば少しは理解出来るだろう。

 全てはそれからか。



「よろしくお願いします」

 丁寧に挨拶をする男性。

 広い、執務用らしい部屋。

 彼以外にも数名の男女がいて、一斉に頭を下げてくる。

「よろしく。契約は済んでいるから、今からでも動くけど」

「いえ。今日は生徒が殆どいないので。明日以降に」

「分かった。それで僕らの権限は、警務委員長と同等でかまわないよね」

「はい。そういう契約ですので」

 警務委員長とは、草薙高校でいう自警局長らしい。 

 そんな権限を許していいのかと思うが、彼等は納得しているようだ。

「報酬の方なんですが、残りはみなさんがここを発たれる際という事で」

「支払いさえしてくれれば、問題ない」

「はい、それは必ず」 

 即座に頷く男性。

 彼は警務委員長。

 他の人達は警務委員会の幹部との事。

 ただ沢さんが報酬をもらうと口にしたのは、彼がフリーガーディアンの身分を隠しているため。

 理由はよく分からないけど、何かの考えがあるんだろう。

「僕達の仕事はガーディアンのサポートで、期間は2週間。それも、大丈夫だね」

「ええ。現在発生している、生徒同士の抗争を抑えて頂けたら」

「レポートは読んだ。報酬に見合うだけの仕事はしよう」

 笑顔を浮かべる警務委員会のメンバーに頷く沢さん。 

 彼はそのままドアへと歩き出す。

 舞地さんも。

 当然私達も、慌てて続く。


「どう思う?」

「さあな。よその学校が何やってるなんて、全然知らないから」

 廊下を歩く彼等の後に従いながら、ショウと話す。

 同じ学校なので雰囲気は同じだが、多少汚れが目立つ。

「抗争なんて、自分達でどうにかすればいいじゃない」

「助けが欲しい程揉めてるんだろ。ユウとサトミみたいなのが、大暴れしてるとか」

「何よ、それ」

 鳩尾へ裏拳を当て、舌を鳴らす。

 「だからだ」とささやきが聞こえたけど、気にしない。

 固い腹筋だなと思うくらいで。

「舞地さんはどうなの?」

「こういう学校は珍しくない。おそらくこれ以上荒れると、学校が警備会社を導入する。だからそれを阻止するために、私達を雇った」

「生徒の自治を守るため?」

 こちらを向く舞地さん。

 その口元が、微かに緩む。

「そういう発想を出来るから、草薙高校の生徒は評価が高い」

「え?」

「すぐに分かる。それと、連中とはあまり親しくならない方がいい。後で辛い」

「別れっていう意味?」

 舞地さんは首を振るが、答えを返してはくれない。

「沢さん」

「聞かない方がいい事も、世の中にはたくさんある。多分そういう経験を、君達はここで幾つもするよ」

「そうでしょうか」

「どこにでもある学校、どこにでもいそうな生徒達。彼等の考えもまた、どこにでもありそうな発想だから」

 全く答えになってない沢さんの言葉。

 だが舞地さんは苦笑気味に頷いている。

「契約の確認は済んだ。後はホテルに戻って、体を休めよう」

「はい……」

「試練が人を育てるとは限らない、か。塩田君の考えも、あながち間違いじゃない」

 自分に言い聞かせるようにそう言って、沢さんは窓へ遠い眼差しを向けた。

 そこから見える景色ではなく、もっと遠い何かを見るように。


 彼が時折浮かべる、思い詰めた表情。 

 意味の分からない言葉。

 その答えの幾つかは、ここにあるのだろうか。

 私達がここへ来た意味もまた。

 何が待っているのかは知らないが、覚悟はしておこう。

 彼等の思いに応えるため。

 勿論、自分自身のためにも。

 きっと彼等がそうだったように、悲しみをも糧に出来るように。         











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