14-9
14-9
駐輪場の隅にある洗車スペースで、スクーターを洗う。
最後にワックスを拭き取り、チェーンに油を差す。
特にチューンはしてなくて、その技術もない。
それでも、これくらいは自分でやってもいいだろう。
「……何してるの、あの子達は」
「さあ」
おざなりに答えるサトミ。
駐輪場の前にある、広いスペース。
大きなバイクのカウルを外し、中を覗き込んでいる男の子二人。
楽しそうな笑い声と、笑顔。
初夏の空に負けない程の。
「友情、なのかしら」
呆れても物も言えないという表情。
それは同感なので、放っておいて自分のスクーターをチェックする。
「オイルも換えた方がいいのかな」
「さあ。ユウも最近かさついてたから、油差したら」
皮肉っぽく笑うサトミ。
私は濡れた手をタオルで拭き、スクーターを始動させた。
点灯する表示パネル。
特におかしい点はなく、ナビも正常に作動している。
「何一つ問題なし、と。サトミのは?」
「私は、滅多に乗らないから」
「その方が、却って危ないのよ」
「何の話、一体」
くすっと笑い、サトミは私のスクーターへまたがった。
「これって、中等部の頃から乗ってない?」
「大丈夫。まだまだ乗れる」
「これと決めたら、貫き通すの?」
「自分こそ、何の話よ」
もう一度二人で笑い、走行距離をチェックする。
これで遠くへ行った事は滅多にないが、基本的には私の足代わり。
車に乗るようになった今も、このスクーターだけは手放せない。
「あの子達も、殴り合ったと思ったらあれだから」
「ユウも、人の事言えないでしょ」
「私は、その。女の子には、色々と事情があるのよ」
適当にごまかし、エンジンを切る。
微かに聞こえていたエンジン音が消え、辺りには静けさが戻ってくる。
「納得してないって顔ね」
私の鼻を軽くつつくサトミ。
「そうでもないけど。やっぱり、どうしてショウがああなったのか分からなくて」
「レクチャーしてあげましょうか」
「理由が、分かってるの」
こくりと頷き、切れ長の眼差しがショウへと向けられる。
「反抗期よ、反抗期」
「何、それ」
「言葉の通り」
楽しそうな表情。
最近見なかった顔。
それは、私のせいでもあるが。
「確かに私達は思春期だから、おかしいとは思わないけど」
「違う」
「何が」
「それは、第二次反抗期でしょ。ショウのは、第一次反抗期」
どう違うんだという視線を、彼女へと向ける。
向こうも分かっているらしく、すぐに説明をしてくれた。
「第二次は思春期特有の症状で、親や社会からの自立を求め出す。でも自分の力が足りなくて、その間で苛立つのよ」
「ショウもそうじゃないの?」
「違う、違う」
強く否定するサトミ。
「あの子は、第一次。自我が芽生えてきて、自分で何でもやりたがる事」
「え?」
「つまり。お母さんに反発する子供って訳」
耳元に響く笑い声。
私も取りあえず笑う。
ぎこちなく、呆れ気味に。
「何よ、それ」
「さあ。その先は、自分で考えたら」
「考えるまでもないじゃない」
「そうね」
この子の楽しそうな理由が、やっと分かった。
しかし、どうしてこの時期に。
「色々あって、あの子も成長してるのよ」
「ふーん。血の気が多くなっただけだと思ってた」
「それは自分でしょ」
「嫌な事言わないで」
なるほど、そうか。
そういう訳か。
「成長、か」
「ユウはどう?」
「さあ。してるといいね。心身共に」
「心はともかく、体はどうかしら」
誉めてよね、たまには。
「それとあなたに言い寄ってきた子に、ケイが怒ったでしょ」
「あったね、そんな事」
「あれもユウの事だけじゃなくて、ショウを馬鹿にされたから怒ったんだと思う」
工具を広げ、楽しそうに笑っている二人。
私達がよく知っている、見慣れた光景。
お互い思いが伝わってくるような。
「他にも色々あるけど、全部説明しても面白くないから」
「あ、そう。私も別に、聞かなくてもいい」
「急に余裕ね。この間までと、全然違うじゃない」
からかい気味の視線。
言っている意味は分かるが、ここは黙ってやり過ごす。
自分の中ではもう解決しているので、細かい事は関係ない。
終わりよければ全て良し。
我ながら、ちょっと現金かな。
「今日は、どうするの?」
「さあ。何も考えてない」
「そう。……たまには、こうして過ごすのもいいのかしら」
「うん」
遠くで聞こえる男の子の歓声。
それに耳を傾け苦笑する私達。
幾つもの出来事と、交錯する気持。
世の中には、私と彼だけでは無いと気付かされた。
人の思いはそれぞれだとも。
でも、それを伝えあう事は出来る。
分からなかったら、聞けばいい。
自分の気持ちを語ればいい。
その時必ず答えは見つかる。
少なくとも、私はそうだった。
私達は。
柔らかな午後の日差し。
緩やかに過ぎる時。
大切な人と過ごす、私にとってかけがえのない瞬間……。
ただ、いつまでも遊んではいられない。
「こんにちは」
「あら、どうしたの」
「お手伝いにやってきました」
「じゃあ、軽くやる?」
事もなげに振り抜かれる木刀。
辺りの空気が裂ける音がして、それは床の寸前で止まる。
「いえ。今日は、こっちを」
担いでいたホウキを振り、隣にいるショウへ笑いかける。
勿論彼も、ホウキを持って。
「四葉君だけじゃなくて?」
「ええ、事情がありまして」
「無駄に広いし、いいかもね」
朗らかに笑う女性。
私もくすくす笑い、道場の隅へ行って床を掃き始めた。
彼が以前からやっている、知り合いの道場でのアルバイト。
スティックの代金を、少しでも自分の力で支払うための。
それを知らなかった自分。
言わなかった彼。
でも今は違う。
ショウは側にいて、彼は私と同じ事をしている。
少しはにかみ気味に、でも嬉しそうに。
きっと私の、思い過ごしではなく。
ロッカールームには、私のリュックがある。
あの日から、必ず持ち歩いているスティックを収めて。
私と、彼のスティック。
いや、今はまだ彼の物かも知れない。
私が同じくらい、スティックの代金支払う日までは。
それがずっと先の事になればいいと思うのは、悪い考えなのだろうか……。
第14話 終わり
第14話 あとがき
玲阿四葉・暴走編とでも言いましょうか。
結局は、雨降って地固まるですが。
それなりの雰囲気は、表現出来たかなと。
基本的には、サトミの指摘通り第1次成長期。
去年からの出来事、ユウと二人きりになった山ごもり。
彼は彼なりに、色々思う所があったんでしょう。
その結果であり、なるべくしてなった話。
保護者への反発が、あの仲違いの発言へとつながってる訳でもあります。
また元には戻りましたが、きっと少しは成長した事でしょう。
その時彼が何を思っていたかについては、エピソード14にて。
ちなみに彼が掃除を良くやっているのは、こうした隠れた前提があったからこそ。
他の事はともかく、掃除に関しては上手いようです。
慣れですね。
今回登場したキャラについて、少し。
御剣武士。
新1年、おそらくは南地区出身。
ショウとはかなり親しい様子。
実力は彼に並ぶ程で、体格はやや細め。
顔は精悍というより野性的。
本人はそれを自覚するも、すぐ忘れる。
血の気の多さはショウ以上で、物事を深く考えないタイプ。
ただユウ達には、頭が上がらない?
風間、石井。
中等部編で登場した、丹下の先輩。
去年まで、他校で研修(転校)していた様子。
性格としては、その頃のまま。
ただ、学外でもかなり暴れていたらしい。
傭兵相手に?
現在の立場は風間がF棟隊長、石井が副隊長。
矢加部。
2年生で、最近復学した。
中等部編にも出てきた、財閥のお嬢様。
四葉を慕うが、上手くいっていない。
かなりきつめの性格で、ユウとは敵対関係。
中等部の途中で、転校したらしい。
戻ってきても、性格はそのまま。
第15話は、他校での研修編。
本編以外に、ユウとは違う高校へ行った者達のストーリーも予定しています。