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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第14話
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     14-8




「そういう事もあるわよ」

 事も無げに言ってのける池上さん。

 私が口を開くより早く、彼女が手を振った。

「この間の真理依がそうだったように、私達は今でも狙われてるし」

「でも今までは、名前を売るためにどちらかといえば正面から来てたのに」

「色んなタイプがいるんでしょ。とにかく、警戒を怠らない事ね」

 思った程は心配をしていない彼女。

 少し意外である。

 私はその不満を打ち消す意味も込め、ラズベリーパフェを頬張った。

 控えめな甘さと、程良いクリームの舌触り。

 ファミレスではちょっと出せない味である。

 ちなみに今いるのは、神宮駅前近くのオープンカフェ。

 この間、神代さん達に連れてきてもらった店だ。

 売りはチョコパフェだが、これも美味しい。

「過保護だな」 

 焼きプリンを少しすくい、それを口へ運ぶ舞地さん。

 そして首を振り、一人で満足している。

「だって」

「世の中、おかしい奴の一人は二人はいる。いちいち気にしていたら、こっちが持たない」

「そうだけど、やり口が気になって。突き飛ばしただけで逃げるなんて」

「何とか先生が助けたんでしょ」

 池上さんの問いに頷き、例の先生の事を手短に説明する。


「その人なら知ってる。線の細い、気弱そうな。でも、意外と度胸はあるのかしら」

「さあ。サトミの前で格好付けたかっただけじゃないの?あの子、綺麗だから」

「それはあり得る」

 真顔で頷く舞地さん。

 私は冗談のつもりだったんだけど、そう言われると自分でもそうかなと思ってしまう。


「人の世話を焼くより、雪ちゃんは自分の方を何とかしたら」

「自分って?」

 分かっていつつ、聞き返す。

 池上さんもそれを理解した顔で、私を見つめ返す。

「あなた達もはっきりしないわね。付き合ってもいないのにケンカして、周りを巻き込んで」

「別に、ケンカをしてる訳じゃ」

「死人みたいにぼーっとした顔してたの誰よ。私は、ゾンビが転校してきたのかと思ったわ」

「馬鹿、こんな小さいゾンビがいるか」 

 何か、嫌な否定の仕方をする舞地さん。

 ただ二人とも私が少しは元気になったのを感じ取って、こういう冗談を言ってくれるのだろう。

 その内容はともかくとして。

「ショウの事はいいの。あの子はあの子で頑張ってるから」

「ふーん。随分物わかりがいいわね。悟りでも開いた?」

「かもね。それよりサトミの事も、ちゃんと考えておいてよ」

「その遠野は」

 少なくとも、私の隣にはいない。

「大学へ行ってる」

「ああ、大学院の彼氏の所。浦田君のお兄さん」

「しかし、不釣り合いな」

「失礼ね。ヒカルは確かにああだけど、頭だけは良いの」

 あまりフォローになってない気もするが、言わないよりはましだ。

 本人も気にしないので、何も問題はない。

「その彼氏には言ってある?」

「いや。あの子は現実には適応しないタイプだから。サトミが本当に狙われない限りは、黙っておいた方がいいの」

「そう?」

「見た目以上に、直情型なのよ。特に、サトミの事に関しては」

 高校にはヒカルがいないから、ケイはその代役を買って出ている訳だ。

 彼の私情、恋愛感情とはまた別な物もあるだろうけど。

「あなた達がいいなら、私は別に……。何よ」

「お腹一杯」

 1/3程になったパフェを、池上さんの方へ押す。

 無理をすればどうにかなるが、頑張ってどうにかする代物でもない。

「本当に小食ね。真理依は」

「私が食べて欲しいくらいだ」

 言葉通り、少しげんなりしている舞地さん。

 焼きプリン、コーヒープリン、牛乳プリン、それにババロアとスフレ。

 それぞれの量は少ない物の、お代わり自由と来た日には。

「テイクアウトしたら」

「そうする」 

「あなた達は食べないから小さいのよ」

「そういう問題じゃないと思う」

 二人して声を合わせて抗議をするが、池上さんは美味しそうに私のラズベリーパフェを頬張っている。 

 すらりとしたスタイルと長身と言ってもいい身長。

 少しは、信じてもいいのかも知れない。

 ただ、食べられない物は食べられない。

 という訳で、結局は小さいままでしかいられない自分を嘆くしかない。

 最近の悩みからすれば、笑ってしまうくらいの。

 だけど、一生付いて回る切なさを……。




 取りあえずワイルドギースとの会合も上手く終わり、多少は気が楽になった。

 ケイの言う通り、取り越し苦労ならそれが一番いいんだし。

「……大丈夫、ですよね」

 女子寮に常設されている、警備会社の詰め所。

 各種セキュリティを管理するコントロールルームも兼ねていて、あちこちに配置されている監視カメラの映像を見る事も出来る。

 場所柄警備員は全員女性。

 ただし相手が格闘技有段者だろうと、それを歯牙にもかけない凄腕の人達である。

「特に問題なし。あなたも、心配性ね」

「ちょっと、色々ありまして」

「そう言って、自分が襲われないでよ」

 そのからかいに、詰め所全体に笑い声が広がっていく。 

 私も曖昧に笑い、モニターの一つへ目をやった。

「この子は」

「生徒よ。IDもチェックしてある」

 細身の、血色の悪そうな顔。

 あまり知り合いにはなりたくないタイプ。

「露骨に怪しいんじゃ」

「女の子と一緒だったから。特に、脅されてる様子もなかったし」

「はあ」

 変わった趣味の子もいる物だ。

 こう見ると、ケイがまともに思えてくる。

 無論彼の見た目は、ごく普通だけど。 



 詰め所を出て、自分の部屋へと向かう。

 今でもまだ自宅くから学校へ通っていて、今日は少し荷物を取りに来ただけ。

 それと、サトミへ会いに。

「……あなた、出戻ったんじゃ」

 かなり失礼な事を言ってくる子と、廊下の途中で出会う。

「荷物を取りに来ただけよ。自分こそ、酒瓶抱えて」

「ちょ、ちょっとね」

 さすがに恥ずかしそうにするモトちゃん。

 いくら女子寮とはいえ、度が過ぎる。

 私も同じような真似をする時があるけれど。

「サトミは?」

「部屋にいるわよ。おかしな人間も見てない。例の、格好いい先生を除いては」

「ああ、地理の。それは少し、気にくわないな」

「同感ね」

 二人して笑い、近くのラウンジへと入る。


「最近サトミ、あの先生とよくいるの?」

「みたい。話でしか聞いてないけど」

「気持は分からなくもないか」

 気は弱そうだけど、格好いいし優しそうだし。

 個人授業と行かないまでも、安心は出来そうだ。

「あの先生が学会で何やら発表するらしくて、サトミとかが協力してるのよ」

「ふーん。それで、寮にも。……まさか、部屋に二人きりって事は」

「そんなふざけた事があったら、これよ」 

 五合の瓶を振り回す真似をするモトちゃん。

 それはサトミにではなく、勿論その先生にだろうが。

「あーあ。でもそうなら私も、地理を取れば良かったな」

「今から混ぜてもらえば」

「いや。地理嫌い」

「どっちなの」

 笑われたが、本当だから仕方ない。

 あの先生やサトミと一緒にいるのは楽しいかも知れないけど、地理は駄目だ。 

 どこにどんな国があったっていい。 

 何が採れたって、何が掘れたっていい。 

 テーブルに付けば、私の目の前に大抵の食べ物はやってくるんだから。

「会議室で、地図やグラフを作ってたみたいよ。少し顔を出して確認したから」

「あの先生よりも、サトミが発表した方が早くない?」

「多分ね。だからあの子を頼ってるんでしょ」

「それも気にくわないな。私のサトミを」

 勝手な事を言い、ミネラルウォーターを飲む。

 モトちゃんのお父さんが持ってきた物で、珍しく私でも楽しめる。

「ヒカルが拗ねない?」

「そのグループには、男の子もいるわよ」

「ああ、そう。ならいいや」

「サトミに対して?先生に対して?」

 さすがに鋭いモトちゃん。

 私は適当に笑い、ミネラルウォーターを一気に飲み干した。

「じゃ、私サトミに会ってくる。モトちゃんは、飲み会でもやってて」

「失礼ね」

「違うの?」

「……当たってるけど」

 酒瓶を前にして顔を赤らめる少女。

 普段はお姉さんで怖い時もあるけど、こうしてみれば私と大差ない10代の女の子だ。

 夕方から酒盛りをするのは、この際置いていくとして……。



 サトミの部屋へ上がり、机の上に置かれた書類の山に気付く。

 地名や地図、細かな数字の書かれた物ばかり。

 モトちゃんの言っていた、例の先生の資料だろう。

「手伝いしてるんだって?」

「ええ。私も、嫌いじゃないから」

 数字を見るだけで楽しめる人なので、その言葉に偽りはないだろう。 

 あの先生への私情を何となく感じるのは、私の気のせいかも知れないが。

 ただそれはお互い様なので、口にはしない。

 私だって、恥ずかしい。

「それで、変なのは来なかった?」

「大丈夫よ。まさか、女子寮には入れないわ」

「うん。ただ、気を付けた方がいいよ」

「分かってる。ユウもね」

 池上さん達と同じ事を言ってくれるサトミ。

 私はやはり曖昧に笑い、ベッドへ背をもたれた。

 そして、少しの間を置く。

 心の整理をするために。


「……ショウに会った」

「ええ」

 余計な口を挟まず、静かに相づちが打たれる。

 震えている拳。

 理由は分からない。

 不安や焦りを感じる場面でもない。

 その拳をベッドへ隠し、話を続ける。

「取りあえず、何かあったらあの子に連絡して。多分、すぐ来てくれるから」

「……ありがとう」

 短い、たった一言の言葉。

 私とショウの、今の関係を知っての。

 私の気持ちと彼の気持ちを痛い程分かっている彼女の、たった一言。 

 全てを込めた、「ありがとう」

「これで、私が襲われた甲斐も少しはあったかしら?」

「仲直りさせるための、自作自演?」

「だったらどうする?」

「私が闇討ちするわよ」

 口元から漏れる笑い声。

 久しぶりに心から笑える気分。

 彼との関係が解決した訳ではなく。

 サトミの件も含め、むしろ問題は増えている。

 それでも、私は笑った。

 自然にこみ上げる笑いを、今までの気分で押し殺すなんて馬鹿馬鹿しい。

 笑いたければ笑い、怒りたければ怒り、泣きたければ泣けばいい。

 感情を押し殺すのが大切な時もあるだろう。

 でも今は、素直に笑いたい。

 誰でもない、私自身がそう思ってる。

 人の目を気にして、相手を気遣うのもいい。

 ただ、そればかりでもいられない。


 ショウの突然の変化。

 この間言い合った事。

 私は私で、彼は彼。

 当たり前だけど、気付かなかった事。

 彼と私は、同じではない。

 違う事だってある、全部が同じなはずはない。

 私の考え、彼の考えが。

 それをすれ違いと取るのか。 

 お互いの成長と取るのか。

 まだ私には分からない。

 そして心が癒えた訳でもない。

 だけど。

 自分の心には素直でいたい。 

 そう。

 自分の心には……。




 といった気概はあっても、やる事はない。 

 相手がいないし、探しようもない。

 ただの悪戯なら、なおさらに。

 それでも警棒を握り、出来るだけ手に馴染ませる。

 スティックよりは小さいが、確かに感じる重さ。

 居合いではないので腰に差す必要もなく、阿川君から借りたフォルダーで腕の中に収めてみる。

 腕を振れば手の中へ落ちてくる仕組みで、使い方によっては袖口にしまったまま攻撃を防ぐ事にも使える。

 勿論そうする必要もないのだが、ギミックぽくて気に入っている。

「何してるの」

「慣れないから、練習」

 手の中で警棒を回し、グリップの方をサトミへと向ける。

「十分慣れてるじゃない」

 苦笑して警棒を手に取るサトミ。

 彼女は4年使っているので、私よりは扱いに慣れている。

 と思う。 

「ユウなら無くても平気でしょ」

「丸腰だと不安なの」

「私は、相手がどうなるか不安だわ」

 静かにテーブルの上へと置き、冗談っぽく笑っている。

 お互い相手の気持ちは分かっているので、多くは語らない。

 ショウの時とはまた違うつながり。

 それは彼女が女性だという理由と、それ以外の言葉にはしにくい部分がある。

 第一感情や気持を全て説明出来るなら、私はこうして悩んでいないだろう。

「……A-2で生徒同士の乱闘。最寄りのガーディアンは至急現場へ向かって下さい」

 受付に響く入電。

 私は警棒を掴み、袖の中へとセットした。

 サトミも腰のフォルダーへ触れ、こくりと頷く。

「大丈夫?」

「自分こそ」

 軽く手を触れ合い、ドアへと向かう。

 A-2は、私達がいたブロック。

 ケンカは毎日あり、勿論場所は選ばない。

 単なる偶然。

 そう言い切れるかどうかは分からない。

「私も行くわ」

「沙紀ちゃん」

「場所が場所だし、たまには現場に出ないとね」

「よくやるよ」 

 椅子に座ったままのケイへ、警棒を手渡す沙紀ちゃん。

「他にもガーディアンはいるんだし、やばいと分かってて行く事無いだろ」

「教棟の責任者としては、そうもいかないの」

「ったく」

 文句を言いつつケイは警棒のフォルダーを腰に付け、レガースとアームガードを取り付けた。

 インナーのプロテクターは、全員事前に着けている。

「……サトミ」

「なに」

「ショウへ連絡して」

 全員の視線を感じつつ、サトミへ告げる。

 そこまで切迫した事態ではない。

 また私にとって、決して楽しい事でもない。

 だけどサトミが傷付く可能性を減らすためなら、そんなのはどうでもいい。

 ショウの言葉に似ていたなと思い、少し口元を緩める。

「何笑ってるの」

「こっちの話」

「……私。……ええ、そう。悪いけど。……分かった、向こうで」

「来るって?」

 端末をしまい、頷くサトミ。

 私は息を整え、ドアを指差した。

 微かに震える指先を気にする事もなく。

「それじゃ、行こうか」



 私達がいたのは、A-1のオフィス。

 絶えず入ってくる情報を聞きながら、現場へと向かう。

 少しずつ増える野次馬と喧騒。

 彼等を避けつつ、先を急ぐ。

 その野次馬が、一気に増える。

 彼等を押し下げるガーディアン達が、私達に気付き手を挙げてくる。

 こちらもそれに応え、強引に野次馬の間をすり抜けていく。

「な、なんだ」

「お、押すな」

 以前ならスティックで威圧するところだが、そういう気分ではない。 

 自分と、サトミの事を考えるだけで精一杯だから。


 どうにか最前列まで来て、状況の把握に務める。

 男性が二人、口から血を出して向かい合っている。

 私達が心配した事ではなく、ただのケンカのようだ。

 気は抜けたが、揉めるよりはいい。 

「問題無さそうだし、帰ろうか」

「ちょっと待って。済みません、暴れてたのはこの二人だけですか?」

 二人に事情を聞いているガーディアンの一人へ話し掛ける沙紀ちゃん。

 おそらく3年の女の子がこちらを向き、周囲を囲む野次馬を指差した。

「中に逃げ込んだみたい。今は私達しかいないから、全員に聞いて回る訳にもいかないし」

「分かりました。その連中についてはこちらでどうにかします」

「お願い。ほら、離れて」

 容赦なく二人のすねを蹴る女の子。

 大人しそうだが、やる事はやるタイプのようだ。


 沙紀ちゃんはそういった物の、野次馬の数は100名あまり。 野次馬の間をすり抜けてはいないらしいから、まだ中にいる事になる。

 どちらにしろ、どうやって。

「全員調べるの?」

「まさか、揺さぶるだけよ。……逃げた人間は、警察へ連絡した方がいいかも。最近ドラッグを持ち込んでる連中がいるらしいから」

「青少年法の、適用外の事例って奴?初犯でも、確実に刑務所行きだ」

 ケイが沙紀ちゃんへ応えた途端、数名の男が動き出した。

 反対側の野次馬でも、数名。

 そちらは先程のガーディアン達が、押さえに掛かっている。 

 ではこちらは、当然。


 一気に割れる野次馬。 

 その間を駆け抜ける男達。

 側にいた男に足を掛けて倒し、素早く指錠をはめる。

 残りは3人。 

 今一人を沙紀ちゃんが押さえ、二人となった。

「サトミッ」

「大丈夫っ」

 相当の勢いでサトミへ突っ込む男。

 それを半身になってかわし、太股の外側に警棒を叩き込む。

 あっけなく崩れ、ケイが後ろ手で指錠をはめる。

「後は……」

「あっちにまかせればいい」



 低く呟き、指を差すケイ。

 私達がやって来た廊下の奥。

 こちらへ駆けてくる、数名の男女。

 そちらへ逃げていく男。

 距離が迫り、すれ違うと思った瞬間。

 男は壁に飛ばされ、動きを止めた。

「来たみたいね」

「呼べば来るわよ」

 他人事のように言い、息を付く。

 一番それを信じて願い、また不安になっていた私が。

「おまけ付きか」

「浦田」

「分かってる。俺からは、揉めない」

 拘束した男達を廊下の端へ転がし、しかし手は警棒へと添えられる。 

 何を警戒しているのかは知らないが、それは彼に任せておこう。


「助かったわ」

 私達を代表する形で声を掛けるサトミ。 

 ショウは首を振って、気弱そうに微笑んだ。

「約束を守っただけだ」

「そう。でも、随分な人数出来たわね」

「え、何言ってんだ」

 怪訝そうな声と顔。

 私達も、当然彼を見つめる。

「聞いてないのか?暴れてたのは、もっと大勢……」



 耳元をかすめていく警棒。

 振り向くと野次馬の中から、さらに10名あまりがこちらへと突っ込んできた。

 どうしてと思うより早く、体を動かす。

 サトミを壁際へ下げ、袖から警棒を。 

 やはり馴染みにくい、少しの重み。 

 それでも牽制気味に、上段で構える。

「止めるのなら、まだ間に合うわよっ」

 聞く耳を持たず突っ込んでくる男達。

 仕方ない、完調ではないけどやるしかない。


 真っ正面から来た一人の腕を叩き、逆手に持ち替えその隣を抜こうとした男の脇を突く。

 手首に伝わる、鈍い痛み。

 スティックよりも短い分、どうしても力を込めて振ってしまう。

 それを見透かされたのか。

 警棒に警棒が重ねられる。 

 あっけなく床へ落ちる警棒。 

 すでに半分は、ショウと沙紀ちゃんが片付けている。

 ここは無理せず、サトミを守る事に専念しよう。

 警棒を落とさせた男の後ろから、その膝を蹴る。

 後は、任せた。


 男達と直接向かい合っているのはショウ。

 少し後ろの左側に沙紀ちゃん。

 反対側が、私とサトミ。

 ケイは、姿が見えない。

 多分、また何かやってるんだろう。

 男達は、後二人。

 ショウなら、何の問題もない。


 油断。

 それとも集中が途切れたのだろうか。 

 反対側から人が迫っている事に、全く気付いていなかった。

 そうと分かった時には、かなりの側まで数名の男が。

 反撃は出来る。

 しかし、今の体調では少し苦しい。

 ここは怪我を覚悟で……。

「矢加部さんっ」

 私達の反対側。

 一人で壁にもたれている矢加部さん。

 取り巻きの連中は、全員床に倒れている。

 青い顔、引きつった表情。

 また彼女の実力から言って、敵う相手ではない。

 そちらへ行こうとするが、すでに私達の方へも迫っている。

 だからといって、見捨てる訳にもいかない。

 例え襲われているのが、矢加部さんだとしても。

 そう思い悩む間に新手達との距離は詰まり、その先頭の男が警棒を抜いた。

 こちらもサトミの警棒を借りるか。

 しかしまた落としたら、今度はその隙をつかれる。

 私は、一体どうしたら……。



 目の前をよぎる、鈍い銀色の輝き。

 自然とそれを掴む手。

 手首が返り、先端が床まで伸びる。

「セッ」 

 そのまま腕を上へ振り、振り下ろされた警棒を吹き飛ばす。

 さらに下へ持っていき、くるぶしを叩く。

 呻き声を無視して、男を乗り越える。

 こちらへ来ているのは3名。

 並列になり、同時に掛かってくる。

 なる程ね。

「サトミ」

「程々に」

「分かってる」

 全身が熱くなりそうな高揚感。

 彼女の声を聞き、それを落ち着かせる。

 大丈夫、もう大丈夫。 

 今の自分なら。

 手の中にあるスティックを握り締め、心の中で呟く。


 スティックを上段へ構え、無造作に振り下ろす。

 ただ一心に、それだけに集中して。

 いや、それすらも意識せず。

 残像すら残らず床の寸前で止まる先端。

 手首を返してスティックを回し、今度はその先端へ手を伸ばす。

 前よりも明らかに良いバランス。

 最も速度を生み、最もパワーを出せるのが分かる。

 微妙に左右へ揺れながら、大きな円を描くスティック。

 内部に振り分けられた重りが、その動きを生む。

 前とは違う、初めての揺れ方。    

 でも、何一つ問題はない。 

 自分の腕の動きを疑う人がいるだろうか。

 スティックは吸い込まれるようにして、私の手の平へと降りてくる。

 それを指先の感覚だけで掴み、元の長さへと戻す。

 目の前に迫っていた男達が床にひれ伏した訳ではない。

 だが、彼等が襲ってくる事はもうあり得ない。

 縦に裂けたプロテクター。

 その左右にはじけ飛んだ破片。 

 倒れる事も出来ないといった顔。

 そんな彼等に背を向け、サトミへピースを送る。

「やり過ぎよ」

「怪我はさせなかった」

「まあね」

 くすっと笑い、私を前へ押し出すサトミ。

 反対側の壁際へと。


 青白い顔の矢加部さん。

 その足元に倒れる、数名の男性。

 ショウは革手袋をジーンズの後ろへしまい、こちらを向いた。

 彼から見た、私と矢加部さんの距離はほぼ同じ。

 でもショウは、彼女を助けに向かった。

 私の元にではなく。 

 スティックを放るだけで。

 何もしなかった。


「そう、だよね」

「ああ」

 短く言い合い、お互いにはにかむ。

 今は、言葉じゃない。 

 それだけで、全てが通じる。 

 彼の気持ち、彼の意図、彼の意志が。

 私は私、彼は彼。

 そして私達は、お互いを信頼している。

 分かり合っている。


 安っぽい感情で私を助けるのはたやすい。

 また、自分を助けに来なかった事を怒る子もいるだろう。

 私よりも、別な子を選んだと。

 そうじゃない。

 そんな訳はない。

 少なくとも、玲阿四葉という男の子に関しては。

 他の誰でもなく、私はそう断言出来る。

 目の前に飛んできた。

 私の手の中に収まったスティックを握り締めていれば、それは分かる。

 私と、彼のスティックを。



「何がおかしいんですが」

 刺々しく問い掛けてくる矢加部さん。

 私は首を振り、手にしているスティックを手持ちぶさたに腰の辺りで揺らした。

「……俺の警棒は」

「ここよ」

 いつの間にか拾っていたサトミが、ショウへと放る。

 彼は逆シングルでそれを掴み、手の中で何度か回して腰のフォルダーへと収めた。

「珍しいわね、フォルダーを付けてるなんて」

「さっきまでは、スティックを差してたんだ」

「そんな事はどうでもいいですっ。玲阿君、行きましょうっ」

 苛立った顔付きで、自分達がやって来た方向を指差す矢加部さん。

 取り巻きの連中もどうにか起き上がり、あちこちを押さえながら壁に手を付いている。

「玲阿君」

 押し殺した声と赤い顔。

 その瞳が、怒りから疑惑へと移っていく。

「まさか、雪野さん達と……。冗談、ですよね。今さら、そんな事をしてどうするんですか」

 辺りへ響く高笑い。

 だがショウの足は、一歩も前へと動かない。

「こういっては何ですけど、あなたの居場所がそちらへあるとは思えません。御自身でも、そう思われませんか」

「ああ、そうかもな」

「でしたら、私と一緒に来て下さい。それがお互いにとって。いえ、全員にとって一番いいいのですから」

 思わず全員が頷くかと思わせる程の、自信に満ちた口調。

 また、真理をも含んだ言葉。

 明らかに溝が出来た私達。

 それを今さら、どう埋めようというのか。

 この先誰と一緒にいた方が、彼にとっては良い事なのか。

 感情だけでは推し量れない、将来をも含めて。

 名家の一族であるショウ。

 ただの高校生に過ぎない私。 

 財閥、旧家の娘である矢加部さん。

 家柄、格式、世間の目。 

 そのどちらと、釣り合いが取れるのか。

 身を引くなどとは思わないけど。

 思わないけど。

 その方が彼にとっていい事なら、私は……。



「ごめん」

「え?」

 笑顔で聞き返す矢加部さん。 

 歩き出すショウ。

 彼女へ背を向けて、真っ直ぐとこちらへと歩いて来る。

「その、さ」 

 私とサトミの前で振り返り、彼は矢加部さんと目を合わせた。

 しかし彼女は顔を逸らし、それを避ける。

「約束があるから」

「遠野さんを助けるというのなら、今済みました」 

 顔を背けたまま返す矢加部さん。

 ショウは少し頷き、一瞬私と目を合わせた。

 私は顔を逸らさず、素直に見つめ返す。

 彼の言葉を待つために。

 それが例え、どんな言葉であったとしても。

「……俺は、ユウを守るって決めてるから」

「それはどういう意味なんです。こういう場面での事を言ってるんですか。それとも」

「意味なんて無いよ。ただ、ユウを守るだけさ。俺には、その事くらいしか出来ないって分かったし」

 自嘲気味な、そして彼が時折見せる気弱な笑顔。

 誰よりも強いはずなのに、それを照れて恥ずかしがる男の子の。

 私が、誰よりも一番知っている……。


 息が詰まったように動きを止める矢加部さん。

 でもそれはつかの間で、彼女はすぐに笑顔を浮かべた。

 高飛車で、傲慢な笑い声と共に。

 内心を隠すためか、ショウの甘い考えを本心から馬鹿にしているのか。

 私には分からない。

 もしかして、彼女自身にも。

「分かりました。せいぜい、お二人で仲良くやっていて下さい。子供同士で」

「矢加部さん。俺は」

「何か」

 怒りに満ちた眼差し。 

 しかしすがるような、期待をつなぐような瞳の色。

 ショウは少しの間を置き、首を振った。

「……色々親切にしてくれて、ありがとう。嬉しかった」 

 苦しげに、絞り出すように語るショウ。

 彼にとっては、無理をした台詞。

 そう語りかけられた相手にしてみれば、歓喜で痺れる程の。

 ただそれは、過去形で語られた。

 彼の優しさを表す一言。 

 そして、誰にもはっきりと分かる決別の言葉。

 以前の彼なら、まず口にしなかっただろう。

 相手を傷つけると分かる事など、決して。

 申し訳なさそうな表情。

 しかし非難を甘んじて受けようという、毅然とした態度。

 彼は変わり、だけど変わっていない。



「……馬鹿馬鹿しい」

 短く言い捨て、足早に歩き出す矢加部さん。

 ショウを振り返る事も、それ以上声を掛けもせず。

 歩いていく、去っていく。

 私は彼女を決して好きではないけれど。

 今の心境は、きっと誰よりも分かるつもりだった。

 この間の自分と重なる彼女の姿。

 そして、結末。

 結局誰も傷付かないなんて事は無く。

 もしそんな事があるとしたら、それは夢物語に過ぎない。

 現実から逃げ出した、違う世界の話。 

 私が生きている限り。

 嬉しい事があれば、悲しい事、苦しい事がある。 

 例えば今度のように。

 それがないに越した事は無いけれど。

 その悲しみや苦しみが、何かの糧になる時だってある。 

 そう思い込みたいだけだとしても。

 私はそれを、信じている。

 今度の自分がそうだったように。

 これから、もし同じ事があったとしても。

 私はその悲しみや苦しみから、目を背けたくはない……。



 沙紀ちゃんのオフィスへと戻り、スティックを握り締める。

 意味はない。

 ただ、気持は落ち着く。

 しいて理由を挙げるなら、それだ。

「何が、守るだ。爺やじゃあるまいし」

 小馬鹿にした顔でショウに笑いかけているケイ。

 ショウは頬を赤くして、きっと睨み付けた。

「わ、悪いか」

「さあね。キスとは言わないまでも、せめて抱きしめたら」

「馬鹿か、お前は」

「あんたには負ける」

 喉元で笑い、意外と長い指をショウの鼻先へと突きつける。

「俺達と別れた後、どこにいた」

「どこって、それは」

「え、矢加部さんの所でしょ」

 私の答えに、サトミがたおやかに手を振った。

 彼以上に、おかしそうな顔で。

「彼女の所になんて、殆どいないわよ。無理矢理連れて行かされた時以外は」

「じゃあ、どこに」

「モトのオフィスや、ここ。後は、名雲さんの所。私達と入れ違いにね」

 珍しく、声を上げて笑うサトミ。

 ケイは「馬鹿だ」と呟き、もたれていた壁から起き上がった。

「木之本君から説教は喰らうし、大変だったんだよな」

「う、うるさい」

「雪野さんを大切にしないと駄目だよっ、て。あの子もからかってるのか、真面目なのか」

「う、うるさいって」

 こっちが恥ずかしくなって、スティックでテーブルを叩く。

「優ちゃん、それは備品だから」

「ああ、ごめん。でもさ」

「もういいじゃない。玲阿君は戻ってきたんだから」

 優しく笑いかけてくれる沙紀ちゃん。

 仕方なく私も納得して、スティックを見つめる。

 この程度の事ではかすり傷一つ付かず、艶を消したシルバーの表面がおぼろげに私の顔を映している。

 以前の自分を見ているような気持。

 また、それを忘れないでおこう。

 どんな時の事も。

 それは全て、自分の事なんだから。


「それより、サトミを襲ったって奴は」

「さっきの連中は、血の気の多い1年生。エアリアルガーディアンズを探しに来たけれど、どこのもいない。で、近くにいた者同士が大乱闘。遠野ちゃんの事とは、無関係ね」

「馬鹿はどこにもいる。なあ、玲阿君」

「何だ、俺の事か」 

 ぐっとすごみを増すショウの佇まい。

 しかしケイは微かにも気にした様子はなく、背中を掻き出した。

「落ち着けよ。また負けたら、格好悪いだろ」

「今ならどうだ」

「勝ち逃げが好きでね。もう、二度とやらん」

 からかい気味の口調。

 ショウは歯を噛みならし、苛立たしげにテーブルへ拳を向けた。

「止めなさい」 

 低い、サトミの制止。 

 慌てて手を引くショウ。

 今まで何度も見た、やっぱり変わらない構図。 

 ケイにからかわれ、サトミに怒られて。

 少し拗ねた顔をする。

 私がずっと見続けている光景。

「いいじゃない。ケイなんか、放っておけば。高校生になっても、おしっこ漏らすような子だし」

「あ、ああ」

「あれは、スタンガンで……」

「知らないわよ。小便小僧君」

 ショウの代わりにケイをいじめ、二人で一緒に笑い合う。

 見つめ合う。

 お互いの気持ちを確かめるように。 

 それもまた、いつもの事。

 これからも、そうしていられたらと思う事……。



 翌日。

 自分達のオフィスへ全員でやってくる。 

 やはり中は綺麗で、荒れた様子はない。

「掃除してたのよ、私とケイで」

「ああ、そう。じゃあ、しばらくはショウがやるって」

「なんだそれ」

 虚しく呟き、椅子へ座るショウ。

 私はその前に座り、ケイが置いてくれたマグカップを両手で包み込む。

「……コーヒーがいい」

「無いよ、そんなのは。サトミが、ここへ来るたび持って帰ったから」

「盗人?」

「ひ、人聞きの悪い事言わないで。私は痛むと思ったから」

 インスタントコーヒーが痛むなんて話、聞いた事がない。

 この子も、私に負けずリス型だな。

 色々持って帰りたがるという意味で。

 ただ私の場合は本当にリスで、それを隠した場所をたまに忘れてしまう。

 ドングリなら芽が生えるところだけど、ケーキだった日にはもう。

 どうやら私は、忘れ過ぎらしい……。


 少し反省し、何かを忘れていないか考える。

 というか、分かる訳がない。

 やめだ、やめ。

 人生、諦めが肝心。

 無駄な事を考えず、前向きに行こう。

 まずはこの銀紙を、真っ平らに。

「……思い出した」

「ドングリの隠し場所を?」

 真顔で尋ねてくるサトミ。

 恐ろしく人の心を読むなと思いつつ、首を振る。

「小谷君が、ケイによろしくって」

「……ケイ」

 突然鋭くなるサトミの瞳。 

「ああ。じゃあ、俺達も挨拶しに行こうか」

「今から?」

「嫌な事は、早く済ませたいんでね」



 怯え気味のガーディアン達に挨拶をして、奥へと進む。

 すると連絡でも入っていたのか、途中で小谷君が私達を出迎えてくれた。

 何かを悟った顔。

 視線はケイで止まり、私へと流れてくる。

「珍しいですね。自警局に来るなんて」

「うん。私というより、サトミとケイが」

「局長はいるかしら」

「はい。でも、今ちょうど来客中でして。それでも構わなかったら」

「私達は、問題ないわ」

 小谷君はサトミへ会釈して、局長室へと続く通路を歩き出した。


「……失礼します。小谷ですが」

「どうぞ」

 インターフォン越しに聞こえる、矢田局長の声。

 厚いドアが開き、広い室内が少しずつ見えてくる。

 数名の男女。

 小谷君の言っていた、来客だろうか。

「あ」

 誰でもなく、私がまず声を上げる。

 向こうでも、似たような声が。

 気まずそうに視線をかわす私と矢加部さん。

 しかし彼女は局長に何かを告げ、それっきりこちらを見る事もなく局長室を飛び出ていった。 

 取り巻きも慌ててその後を追い、入れ替わりに私達が中へと入る。

「こ、小谷君」

 明らかに焦っている局長。

 小谷君は一礼して、私達を手で示した。

「雪野さん達が、面会を希望でしたので。何か、問題でしたか?」

「い、いや。ただ、今はちょっと」

「矢加部さんは局長補佐待遇のアシスタントスタッフですから、構わないと思ったんですが」

「う、うん。問題はないです」

 誰が信じるんだという、局長のうろたえ方。

 しかし、矢加部さんが局長補佐って。

 事務的な能力は認めるが、人の上に立ったりましてや誰かを支えるのには一番適さない人間だ。

「あ、あの。僕に何か」

「今度は、ユウとショウの仲違いの策略ですか」

「え?い、一体何の」

「矢加部さんは、そういう小細工を好む人ではない。彼女の自尊心をくすぐり、けしかけた人がいるんでしょうね」

 切れ長の瞳は、誰でもない局長へと向けられている。

 そのまま相手を凍り付かせかねない、震えるような冷たさを湛え。

「それとも、実行犯は別にいるのかな。例の、自警局幹部。自分の手は汚さず、嫌な事は部下任せ。そりゃ出世するよ」

「僕はただ、指示に……。い、いや」

「学校の?まあいい」 

 薄く微笑み、デスクへ手を掛けるケイ。

 その口元が横へ引かれる。

「文句があるなら、直接言ってこいと伝えたはずだ。それとも、俺達をからかって楽しんでるのか?」

「ぼ、僕はそんな気は。でも、これがきっと生徒全員のために」

「不平分子を一掃して、従順な生徒だけで学校を運営するって?ゲシュタポでも気取ってるのか?」

 ケイの顔から消える笑顔。

 袖からIDが取られ、それをデスクへと叩き付ける。

「これで満足か。それとも、退学申請でも欲しいのか」

「う、浦田君」

「落ち着け」

 ケイの肩に触れ、後ろへと下がらせるショウ。

 彼はデスクに置かれたケイのIDを手に取り、ため息混じりに

髪へ触れた。

「俺は、お前を責める気はない。自分の思い上がりが、こういう結果へつながったんだから」

 切られる言葉。

 伏せられる視線。

 その手が、デスクの中央へと置かれる。

 微かに聞こえる、鈍い音。

 一瞬にして表面に、ひびが走る。

「……ユウの事は、また別だ。次は、お前がこうなる」

「ぼ、僕は」

「やると言ったらやる。話は終わりだ」

 掌打と発勁の生み出した、信じられない一撃。

 人がそれを受ければ、怪我以上に内蔵へのダメージとして伝えられる。

 二度とは修復が出来ない程に。

 ショウは苛立ちすら見せず私の後ろへ立ち、乱れた気を整えている。

「という訳です。私達もそう我慢がきく方ではないので、局長もそれをご認識下さい」

 事務的に伝え、ドアへ向かうサトミ。

 ケイがすぐにその後を追う。

 ドアの前で私を待つショウへ手を挙げ、息を付いた。

 言いたくはないし、今すぐこの場から立ち去りたい。

 それでも、サトミの言う通り。

 私の我慢は、そうはきかない。

「……今度は本当に、愛想が尽きた。それと、生徒のためっていう言葉は二度と使わないで」

「雪野さん」

「あなたは忘れてるかも知れないけど、私もこの学校の生徒よ」

 背中に当たる声を聞きもせず、ドアをくぐる。



 きっとまた、ここへ来る時がある。

 その時も今と同じ気分なのだろうか。

 それを少し憂鬱に思いながら、私はみんなの後を追った。













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