エピソード(外伝) 13 ~神代さん視点~
後輩
最後のキーを押して、DDを取り出す。
ラベルも書いてあるし、プロテクトも掛けた。
「終わった?」
「うん。そっちは」
「終わればいいなと思ってる」
ペンの後ろを噛み、頭をかく短いお下げ髪の女の子。
可愛らしい顔と、小柄な体型。
女のあたしから見ても、いいなと思ってしまうくらいの愛らしさ。
「貸して、チィ」
「ごめんね」
「いいよ。提出期限って」
「今日。ナオがここに来て、1週間目」
小さく拍手をするチィこと、渡瀬千恵。
このG棟全体を統括する丹下さんの後輩に当たる子で、事務が苦手で落ち着きのない子。
ただそれがまた可愛いというか、チャームポイントに思える子。
「……出来た。後はチィのサインを入れて終わり」
「ありがと。でも、こんなのいちいち書かなくても」
「雪野先輩みたいな事言わないで。ほら、行くよ」
やってきたのは、G棟隊長の隊長室。
その前に立っている大柄な男の子に一言告げ、中へと入れさせてもらう。
大きなデスクの向こう側。
ポニーテールと精悍で綺麗な顔立ち。
真剣な表情で端末に見入っている丹下さん。
「あの、シフト表と休暇申請書を持ってきました」
「ご苦労様。そのボックスに入れておいて」
「はい」
シフト表と二人分の休暇申請書を入れ、一礼して下がろうとする。
すると丹下さんは手を挙げ、ソファーの方を指差した。
「少し休憩するから、付き合わない?」
「ええ、構いませんけど」
「お茶入れてきますね」
自分から動き出すチィ。
丹下さんとは付き合いが長いので、その辺りの呼吸は飲み込んでいるのだろう。
あたしは少々落ち着き無く、枝毛を捜す振りをする。
「ここには慣れた?」
優しく尋ねてくる丹下さん。
ぎこちなく頷くあたしを見て、彼女が口元を緩める。
「緊張しないでよ。肩書きはG棟隊長だけど、私はあなたと1才しか変わらない普通の女の子よ」
「は、はい」
声をうわずらせると、完全に笑われた。
しかし、緊張するなという方が無理だ。
彼女は紛れもない、生徒会幹部。
そしてここは草薙グループが運営する学校であり、それだけの立場にいれば自ずと将来も約束されているいわばエリートと言っても存在なのだから。
無論彼女はそんな素振りはわずかにも見せず、あたしのような人間にも優しくしてくれる。
「優ちゃんには、普通に接してるでしょ」
「あの人は、役職に就いてませんから」
「案外固いのね。でも、事務方なら仕方ないか。現場は役職も関係ないから、誰でも横一線って考え方が強いのよ。私もあなたも、例えば局長だって」
鼻で笑い、足を組み替える丹下さん。
その名前を出すたびに、彼女の態度が荒れる。
また、それを隠そうともしない。
自警局長と言えば本当に生徒会の大幹部であり、その名の通り自警局のトップ。
生徒会の資格を持つキャリアであり、根本的に私達とは別な存在と言ってもいい。
そんな彼が前にいれば、多分今以上に緊張するだろう。
ただ丹下さんの彼に対する評価は、この通りだ。
それはそれで、こっちが緊張する。
「お茶、持ってきました。紅茶でいいですよね」
「ありがとう。お菓子は」
「スフレを少々」
目の前に置かれるティーカップと、パッケージに包まれた幾つかのお菓子。
取りあえずミルクと砂糖を入れ、一口含む。
「チィちゃんは、高校に慣れた?」
「ええ。ナオとも知り合えましたし、楽しいです」
「ナオって、神代さんの事?」
「直樹だから、ナオ。ナオキでも格好良いですけどね」
私には何が格好良いのか分からないが、チィは嬉しそうにチョコをかじっている。
男みたいな名前だと昔はよくからかわれ、親を恨んだ時もあったんだけど。
今ではあたしも気に入っている。
「二人で休みを取って、遊びにでも行くの?」
「駅前で、春物のワゴンセールやるんです。土曜日の前に行きたくて」
「そうね。私も休みが欲しいわ」
大きく伸びをして、ポニーテールを横へ振る丹下さん。
G棟隊長であり生徒会幹部であるため、彼女は夜遅くまで学校に残っている。
以前にいた中学ではここまで生徒が学校運営に関与する事はなく、その意味では驚きと新鮮さを味わえる。
「勝手に休めないんでしょうか?」
「あなた達が休むのにも、申請書がいるくらいよ。私が休むとなったら、それこそ局長の許可を仰ぐか余程の事がないと」
諦め気味の笑顔。
ただあたしにはどうしようもないので、曖昧に頷いて場を取り繕う。
「いいじゃないですか、勝手に休めば。沙紀さんがいなくても、誰も気付きませんよ。ずっと、奥の部屋にいたって言えば」
「怖い事言わないで、チィちゃん」
「平気平気。弾けましょうよ、パーンと」
横へ手を広げ、すぐに「でも無理か」と物悲しげに呟くチィ。
本当にコロコロと、感情が変わっていく子だ。
見ている分には面白いけど、付き合っていると少し疲れる。
「もういいから。えーと、これを元野さんへ渡してきて」
「備品受理書?」
「向こうとこっちで、色々交換してるの。基本的にはこちらからの貸与なんだけど、それをやるとまた上がうるさいから」
「局長か」
つい舌を鳴らし、腕を組む。
殆ど会った事はないが、あの人が嫌な人間なのは分かる。
局長という立場には緊張しても、人間としては全然別物だ。
本当にどうして、ああいうのが局長だなんていってられるんだろう。
「神代さん。ここではいいけど、よそでそういう態度取らないでよ」
「あ、済みません。丹下さんに影響されて」
「何、それ。緊張してるとか言っておいて。とにかく、早く行ってきて」
「はい」
通い慣れた経路を歩いていき、ガーディアン連合のA-1オフィスへとやってくる。
あたしがいた中学ではガーディアン組織は生徒会しかなく、こうした私設ともいえるガーディアンの集まりは少し面白い。
また集まっている人達も個性的で、雪野先輩達がその代表だ。
「……あそこ、何かやってない?」
耳元に顔を寄せ、小声で尋ねてくるチィ。
少し先にある、階段の辺り。
数名の男に囲まれる、気が弱そうな男。
「オフィスが近いのに、まさか」
「でも、怪しいでしょ」
「うん。どうする?」
「決まってるじゃない」
気付けば一目散に駆け出しているチィ。
あたしも慌てて後を追う。
「何やってるんですかー」
走りながら声を掛けてくるチィに、一瞬戸惑う男達。
だが彼女の小柄な体格を見て、すぐに表情が緩む。
警棒を隠そうともせずに。
「お前には、関係が……」
「あるのよっ」
腰の警棒を抜き、チィはそれを男達の間に振り下ろした。
叫びながら仰け反る男達。
「な、何するんだ、お前」
「聞いてるのはこっち。恐喝してない?」
その場で警棒を激しく振り回すチィ。
見ようによっては、彼女が脅しているとも取れる。
「何だ、これ。伸びない」
「馬鹿。あたしの使いなよ」
「ありがと。……と、これでよし」
小気味いい音がして警棒が伸び、その先端が男達の喉元へと突きつけられる。
息を呑み後ずさる男達。
距離を詰めるチィ。
騒ぎに気付いたのか、オフィスからもガーディアン達が出てくる。
「お、おい。行くぞ」
やや長髪の優男が、あたし達へ険しい眼差しを向けつつあごを振った。
周りを見る限り、こいつがリーダー格か。
ブランドっぽい上下の服と、傲慢な顔立ち。
金持ちの暇つぶしといったところだろう。
最悪な奴だ。
「お前ら、覚えとけよ」
「そっちこそね」
いつにない鋭い眼光で男を睨むチィ。
全身から発せられる激しい気迫と、その体格からは想像も付かない威圧感。
彼女を脅そうとした男が言葉に詰まり、口元で何かを呟いて歩き出す。
取り巻き連中も素早く男に続き、この場は取りあえず収まった。
残されたのは青い顔で壁にもたれる男の子と、駆け寄ってくるガーディアン達。
そして、去っていく男達を睨み付けるあたし達だった……。
「あ、あの。これをお渡しするように言われて」
「確かに受け取りました。でも、ケンカしろって言われた?」
「元野さん。ごめんね、今のは彼女の冗談だから」
「は、はい」
丹下さんの部屋より、やや狭い執務室。
暖かく微笑む木之本さんと、当たり前でしょと苦笑する元野さん。
二人はG棟のガーディアン連合を統括する責任者で、別組織の私達にも優しく接してくれる良い先輩である。
雪野さん達とも仲がいいようだが、タイプとしては少し異なる。
「それで、結局はなんだったの?」
「脅されてた子の話では、恐喝だね。それも、組織化の傾向がある」
「新入生、それとも編入生か。えーと、資料はと」
疑似ディスプレイが展開され、大きな机の上にさっきの男のプロフィールが表示される。
この高校に出資している企業の、子会社。
その社長の息子。
あの態度も、それで頷ける。
「ま、まずいですか?」
体を小さくして、元野先輩を見上げるチィちゃん。
あたしも少し不安になって、首をすくめて彼女を見上げる。
でも元野さんは首を振り、出資企業の一覧を表示させた。
「メインスポンサーの息子でも誰でも、恐喝の現場を見たら同じ対応を取って」
「で、ですけど。後で困った事になりません?多分この学校に寄付とかもしてるだろうし」
「その程度は、大した影響力にならないよ。寄付してるのは学校に対してで、生徒会や僕達にじゃない。それと生徒には自治権があるから、そういった学校の干渉を受けない」
「と、木之本先輩が仰ってます」
大袈裟に肩をすくめ、元野さんは机の上に指を組んだ。
その柔和な瞳が真っ直ぐと、チィそしてあたしへと向けられる。
人の心まで見透かすような、強く澄んだ眼差しが。
「問題が全くないとは言えない。学校からの圧力はなくても、個人的に何かを仕掛けられる可能性もある」
「は、はい」
「駄目だと思ったら、迷わず誰かに相談しなさい。私達でも、丹下さんでも。その時は、必ず助けに行くから」
何か言いたげなチィ。
あたしはそれを代弁するつもりで、口を開いた。
「だけど、そうなると今度は元野さん達が困るんじゃ」
「後輩を守るのは先輩の役目。私は、教わった事を実践してるだけよ」
「実践、ですか」
「そう。そしてあなた達は、それを後輩に伝えていくの」
優しく語る元野さん。
瞳には柔和な輝きが戻り、あたし達を包み込むように捉えている。
「だけど、問題が……」
木之本さんがそう言いかけると、ドアが開き人が入ってきた。
「受付が、書類を受け付けてくれない」
「どれを」
「これを」
差し出されるレポート調の書類。
地震でもあったのか、震えてかすれる汚い文字。
目立つ修正箇所。
しかも、自分の名前まで間違えている。
「……どうしてあなたが書くの」
額を抑える元野さん。
木之本さんはその書類を受け取り、苦笑気味に私達を指差した。
「これは僕が清書するから、二人の話を聞いてくれないかな」
「聞くだけなら」
「相談に乗ってという意味だよ」
しっかり釘を差す木之本さん。
浦田先輩は舌を鳴らし、机の上にあるさっきの出来事が書かれた書類を手に取った。
「今は、組織化の段階って事か。金持ちのやる事は分からん」
「どうします?」
生真面目な顔で尋ねるチィに、浦田先輩は真顔で頷いた。
「まず、こいつを捕まえてくる。次に荒縄でぐるぐる巻きにして、ボートへ乗せる。最後はプールに浮かべてやればいい」
「は、はい?」
「次の日の朝になれば、渡瀬さん、神代さんって呼んでくる。二度と悪さもしない」
あくまでも真顔で語る浦田先輩。
チィは目を丸くして、口を開けたまま彼を見つめている。
おそらく、彼女の概念は無かった考え方なんだろう。
また大抵の人間には無いとも思う。
「冗談じゃないんだよ、先輩」
「俺は本気だよ。それか校旗と一緒に掲揚してやればいい。スポンサーのご子息として、特別待遇だ」
「馬鹿じゃないの、あんた」
「ああ、俺は馬鹿だよ」
開き直った。
本当に、この男だけは。
「ケイ君、少し真面目に答えてあげてよ。大体、同じ事を2度やっても面白くないでしょ」
「ええ?」
「こっちの話」
一斉に首を振る先輩達。
立ち入らない方が良さそうなので、ここは聞き流そう。
「それと浦田君。早く解決しないと、また」
「ああ」
木之本さんの注意を受け、分かったとばかりに手を挙げる浦田先輩。
早くしないと、どうなるんだ。
「神代さん達の言いたい事は分かる。早くしないと鬼が、破壊神が来るんだよ」
「またそういう事を」
笑い飛ばそうとしたら、元野さん達も真顔で首を振った。
この人達、大丈夫か?
「勿論それは例えなんだけど、厄介な連中がいるんだ」
「はあ」
「破壊神は分身がいて、それが知恵を司る。あと使役されている獣がいて、そいつは破壊神の守護をしてる。それが戦いに飢えてるんだ、また」
笑い気味に説明してくる浦田先輩。
ただ元野先輩も笑ってはいるものの、止めようとはしない。
全く理解出来ないが、一応覚えておこう。
「とにかく、その破壊神達が動き出す前に対処しないとまずい」
「あたし達が危険な目に?」
「それは無いんだけど……。モト達は忙しいし、場所を変えよう」
G棟の一角。
生徒会ガーディアンズが使用している、やや広い部屋。
控え室のような場所でくつろぐ数名の男女。
暇そうに雑誌を読んだりTVを眺めているが、全員が独特の雰囲気を身にまとっている。
彼等は自警局長直属のガーディアンで、パトロールや事務をしない代わりに最前線で戦う事を義務付けられている。
独特の雰囲気は、その辺りが関係しているのだろう。
「浦田さん。どうしたんですか」
「舞地さん達に用があって。自分こそ」
「俺は、局長付きのガーディアンなんです。それで、ここへも出入りしてまして」
意味ありげに笑う小谷君。
浦田先輩も鼻で笑い、部屋の奥を指差した。
「いる?」
「ええ。4人とも」
「浦田君、また悪だくみ?」
「俺にも面白い事やらせてくれよ。今度は何やるんだ」
楽しそうに声を掛けてくる直属班の人達。
「組織恐喝を未然防止しようと思いまして」
「面白いな、それ。どいつがやってる」
「某企業のご子弟が。ただみなさんの手を煩わす事でもないし、新人に経験を積ませたいんで」
「君らしくないわね。どうせその辺に埋める気でしょう」
どっと起きる笑い声。
浦田先輩は「人聞きの悪い」と呟き、私達を奥へと連れて行った。
「どうした」
「ちょっと、この子達の相談に乗って欲しくて」
「お前、斡旋料はいくらもらうんだ」
精悍な顔を緩める名雲さん。
隣にいた柳さんは可愛らしい顔をしかめ、彼を肘でつついた。
「浦田君は、そんな事しないよ。多分」
「人が良いわね。それで、相談って何」
綺麗な顔を私達へ向けてくる池上さんと、ぼんやり机を見つめる舞地さん。
彼等の事を詳しく知らないが、雪野先輩達と仲のいい人達だ。
ただ直属班に所属しているくらいだから、全員高い能力を持っているのは間違いない。
「組織恐喝を企んでる連中がいるんです」
「それで、どうしたい」
「え?」
唐突で簡潔な質問。
顔を見合わせる、私とチィ。
何故か連れてこられた小谷君は、暇そうに天井を見上げている。
「どうすると言われても」
「何も考えてないのか?」
「い、いえ。首謀者を抑えて、組織の解体をしようと」
「俺が聞いてるのは、具体策だ。力尽くで行くのか、説得するか。学校から手を回すか、それとも親の方から動かすか」
やはり何も返せない私。
まさか、いきなりそこまで求められるとは思っていなかったのだ。
「突っ走れとは言わないが、多少は考えておけよ」
「は、はい。済みません」
「責めてるんじゃない。お前がその辺の連中なら、こっちで手取り足取り教えてやるさ。ただわざわざ浦田が連れてきたから、一応一言な」
「はあ」
名前の出た浦田先輩はTVに向かい、ゲームを楽しんでいる。
負けてはリセットの繰り返し。
そう言われるだけの人間には、とても見えない。
「あの、ゲームばかりやってますけど」
「馬鹿はほっとけ。で、お前はどうだ」
「俺ですか?片っ端から捕まえればいいと思いますよ」
「派手に脅して、他のトラブルへの示威行動にもするって?悪い奴だな」
鼻で笑い、小谷君を見つめる名雲さん。
その視線はそのまま、チィへと向けられる。
「お前は」
「渡瀬千恵、15才です」
「……名前は聞いてない。雪野みたいな奴だな」
「お褒めに預かり光栄です」
多分誉めてはいないだろうが、本人は嬉しそうなので黙っておこう。
「池上、少し教えてやれ。俺は疲れたよ」
「そうね……。取りあえず、G棟Aブロックの新人ガーディアンを全員集めなさい。それで、どうすればいいか話し合って」
「話し合うんですか?」
「そう。とことんね」
悠長な事を言い出す池上さん。
柳さんはニコニコ笑っているだけで、舞地さんは黙って机を見つめ続けている。
本当に、大丈夫だろうか。
「不安?」
「い、いえ。ただ、議論をするより一人でも捕まえるなりした方がいいと思いまして」
「同感です」
「あなた達の独断で出来る事でもないでしょ」
「それは、そうですけど」
同時に答える私とチィ。
池上さんはくすっと笑い、端末をチェックし出した。
「集めるのは生徒会ガーディアンズだけでなく、連合も。結論が出るまで、徹夜してもいいわ。今会議室を抑えたから、そこで話し合って」
「全員より、少人数の方がいいと思いますが」
「君、小谷君だった?その辺りは、君に任せる」
「分かりました」
うっそりと頷く小谷君。
私は彼に顔を寄せ、小声で尋ねた。
「どうして、全員じゃないの」
「惰性でやってる奴と話し合っても仕方ない」
「ある程度、出来る人間だけでって事?随分、上からの視点の発言じゃない」
「嫌なら、全員で議論してもいいよ」
私ははっきりと頷き、端末を取り出した。
「まずは全員に連絡して、来る人だけで。途中退席も自由。これでどう」
「結局は同じだと思うけど」
「プロセスを大切にしたいのよ」
「なるほどね」
やや醒めた表情。
彼の言いたい事は良く分かり、その方がスムーズに進むだろう。
また私の考えが偽善的である事も、良く分かっている。
彼が言う通り、私自身同じ結果になると思っているから。
「密談は済んだ?」
「ええ。後はこちらでやらせて頂きます」
「そう。多少は、役に立てたかしら」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げる私と小谷君を見て、チィも慌ててそれに倣う。
この子は多分、まだ分かっていないだろう。
だから、チィはいいんだ。
下らない事に捉えられないで、素直に生きているから。
私みたいに、ポーズだけで生きていないから。
物思いに耽りつつあった私の頭越しに、声が飛ぶ。
「浦田君が監督者として付き合うから、何かあったら彼に責任を取ってもらって」
「いえ。私達だけで十分です」
「そう。残念ね」
苦笑して浦田先輩の背中を見つめる池上さん。
何が残念だったのかは、聞かないでおこう。
「浦田君、終わったよ。浦田くーん」
警棒を振りかぶり、柳さんはそれを真っ直ぐ振り下ろした。
唸りを上げる警棒と、揺れる浦田先輩の後ろ髪。
風圧の届く距離とは思えないが、彼の髪が揺れたのは紛れもない現実だ。
彼等の実力の一端を思い知る光景。
浦田先輩が私達をここへ連れて来た理由も、分かった気がする。
「で、何するって」
「1年のガーディアンだけで話し合います」
「悠長な。俺は関係ないから、いいけどね」
あくまでも素っ気ない態度。
本当に私達の事を思っているかどうかは、それを見る限りは疑わしい。
「神代さん達は、その話し合いをやってて。俺は、もう少しここで遊んでるから」
「あ、はい。また、連絡します」
「分かった。スッポンエキスでも飲んで、徹夜で頑張ってくれよ」
喉元で、何とも楽しそうに笑う浦田先輩。
この人は、放っておいた方が良さそうだ。
G棟の最上階にある、小さめの会議室。
たくさんのペットボトルとお菓子。
隣にはキッチンも付いていて、軽食くらいなら料理も出来る。
円卓上の机に付く、50名あまりの1年生達。
全員がガーディアンであり、私や小谷君の説明に耳を傾けている。
ただ関心が無さそうな人もすでに見受けられ、また出席率も70%程度。
これでも多いと、小谷君は言っていたが。
「さて。意見がある人は」
数名が口を開き、そこを中心にして話が広がっていく。
しかし関心のない人達は相変わらずで、中には寝ている人もいる。
時間が過ぎるにつれ席を立つ人も出始め、日が暮れる頃には半分以下になっていた。
また一度休憩を入れると、1/3あまりに。
仕方ないといえば、仕方ない。
組織恐喝が問題なのは全員分かっていても、話し合ってどうするというムードがどこかに漂っている。
ここへ来たのは私達が生徒会の関係者であり、多少の強制力を感じてもいるのだろう。
惰性で続けられる話し合い。
内容は具体的だが、熱気は感じられない。
取りあえず話し合っているといった具合。
また初対面の人が多いために、親睦会的な気持の人も多いと思う。
気付けばチャイムが鳴り、終業時間がやってきた。
ガーディアンだけではなく、生徒会やクラブ活動も終わりになる時間。
それに合わせて、数名の男女が帰っていく。
これ以降も学内に残るのは可能だが、中等部の頃でもここまで遅くなった事は珍しい。
まして、徹夜なんて。
「何か、楽しいよね」
ペットボトルを傾け、にっこり笑うチィ。
「友達と一緒に夜遅くまで起きてて、キャンプみたいじゃない」
「そうかな」
「そうなの。バーベキューでもやりたいな」
突拍子もない事を言いだしてきた。
顔は笑っているが、目は本気だ。
「やらないよ」
「ここって、電熱コンロだった?」
「やらないのっ」
机を派手に叩くと、疲れ気味のみんなが一斉にこちらを見てきた。
人が減った分、少しの事が全体に伝わっていく。
「な、何でもない。ちょ、ちょっと休憩」
チィを連れ、キッチンへと逃げ込む。
さすがに、机を叩いたのはやり過ぎか。
ただ意識していた訳ではなく、気付いたら叩いていた。
私も、疲れているようだ。
「焼き鳥無いかな」
冷蔵庫を探りだすチィ。
何をやってるんだか。
「あたしは疲れた。それに、眠い」
「スッポンドリンクあるよ。原液だって」
「そんなの飲める?」
「私なら飲まない」
当然あたしも飲まない。
大体、原液って何だ。
間違いなく、浦田先輩の差し入れだな。
「みんなも疲れてるみたいだし、ご飯作ろうか」
「いいけど、出来るの?」
「チャーハンくらいならね。今、何人いるのかな」
キッチンから出て会議室のドアを少し開ける。
さらに減っている。
10人前後、といった所だ。
これでも、良く残った方だろう。
「予想どおり、か」
「え?」
「何でもない。それより、チャーハンは」
「あ、うん」
冷蔵庫から取り出された食材が、手際よく刻まれていく。
言うだけの事はあり、期待出来そうだ。
フライパンを器用に返していくチィ。
その香ばしい匂いに釣られてか、キッチンにぞろぞろと入ってきた。
「チャーハン?」
「うん。もうすぐ出来るから、待ってて」
「いいわね。でも、少なくない?」
「仕方ない。サンドイッチでも作るか」
わいわい騒ぎながらキッチンを動き回るみんな。
楽しそうな笑顔と、時折上がる叫び声。
ここにいて良かったと思える、暖かな雰囲気。
初対面で、集まった目的も味気ない。
でもみんな、楽しそうだ。
そして、一つの事に向かって力を合わせて頑張っている。
多分池上さん達が、話し合いをしろといった理由。
はっきりとそうは言わなかったけど、あたしはそう捉えた。
またそれは、いい結果へ向かいつつある。
「チィ、後はお願い。あたし、会議室片付けてくるから」
「うん、分かった」
「火傷しないでよ」
顔を赤くしてフライパンを振る彼女に微笑みかけ、私は楽しげな喧騒の巻き起こるキッチンを後にした。
人気のない会議室。
灯る照明と、真っ暗な窓の外。
キッチンの騒ぎが嘘のような静けさ。
物悲しいと言いたくなるくらいの。
「一人で、何してるんだよ」
「ん」
机に伏せていた小谷君は体を起こして、大きく伸びをした。
「寝てた」
「帰らないの?」
「内偵中だから」
意味ありげな笑顔。
彼は局長付きのガーディアン。
先日の一件。
局長の指示を受け、私達を探り分裂を誘っていた事をふと思い出す。
「局長に反対する可能性がある人間を捜し出すって訳?」
「まあね」
「多分それ、ここにいる全員だよ」
「だから困ってる。神代さんも分かってるだろうけど、その全員が優秀だから。能力としても、人間としても」
困ったようには見えない表情。
彼の立場と、内心はともかくとして。
「馬鹿馬鹿しい。義理がある訳でもないのに」
「先輩だからな、一応。昔は世話にもなったし」
「もう返しただろ」
「それは、俺が決める事じゃない」
苦笑気味に呟く小谷君。
遠い目が、真っ暗な窓の外を捉える。
彼が何を見つめているのかは、私には分からない。
また、知る必要もないだろう。
「チャーハン出来ましたっ」
けたたましい叫び声と共に戻ってくるチィ。
小さな体で、大きなトレイを抱えて。
「危ないよ」
「大丈夫。それより小谷君、暗い顔してるねー」
「そうか?」
「ああ、そこ照明が壊れてる」
……なんだ、それは。
意外に鋭いと思ったら、そうくるか。
ただ意識していないだけで、彼の異変に気付いてるのは確かかも知れない。
落ち着き無く皿を置いていく姿を見る限りでは、何とも言えないが。
「……結局、ガーディアンと言っても何も出来ないんだよな」
ため息混じりに語る、髪を短く刈り上げた男の子。
苦笑する、周囲の生徒達。
大きなテーブルの片隅に集まる私達。
始まった頃は狭く思えたここも、今は閑散としたもの。
少し静かにしているだけで物音が響き、時折吹き抜ける春の突風が窓を揺らす。
「大体、どうしてガーディアンになったのよ」
「中等部に入った時、クラブの勧誘かと思って行ったら」
「夢も希望もない話だな」
「お前も同じだろ」
少しの笑い声と、共感の表情。
きっかけは誰でも、そんな程度の事だろう。
何となく。
格好いい人がいた。
面白そうだった。
「ただ、これが止められないんだよな」
「こんな遅くまで残って、手当も出ないのに?」
「結局、好きでやってるんだよ」
全員から上がる同意の声。
はにかんだ微笑み。
真っ暗な窓の外。
寂しげな照明の光。
閑散とした室内。
でもここには何かがある。
ここにいる人達の心には、言葉には代えられない何かが。
あたしがガーディアンを志したきっかけも、みんなと同様たわいもないものだ。
それからも、半ば惰性で続けていた。
あの日、パトロール中に襲われるまでは。
今でも心に残る傷、消えない腕の傷。
本気で止めようと思った。
また、そのきっかけでもあった。
だけど退院してあたしが向かったのは、どこでもないガーディアンのオフィスだった。
襲ってきた連中の特徴を報告し、居場所を突き止め、捕まえた。
それから現場には出ず、ずっとデスクワークに専念していたあたし。
この学校に来て、それが変わりつつある。
傷は癒えず、恐怖心もぬぐい去れてはいないけれど。
静かに、熱く語る人達。
自分の思い、学校への気持。
言葉足らずで、時々脱線する話。
伝わるみんなの心。
伝えるあたしの気持ち。
眠たさや疲れを吹き飛ばすような、気持ちいい瞬間。
自分だけじゃないと、ここにもいると思える。
そう思っていたのは、あたしだけじゃないんだって……。
白み始める空。
肩に掛けていた毛布を畳み、ティーポットからコーヒーを注ぐ。
苦みと少しの酸味。
徹夜明けにはちょうど良い味。
少し意味合いが違ってきた話し合いは数時間前に終わり、あたしは眠そうなチィを連れて自分の部屋へと戻っていた。
あたしのパジャマを着るや、すぐに眠りについたチィ。
それを見届け、自分もソファーへ横になる。
眠れる訳はないと分かっていて。
それまでの話し合いで熱くなった気持ちが、すぐに醒める訳はない。
頭の中を巡る幾つもの考えと気持。
どれが正しくて間違えているかじゃない。
一人一人の気持ちがぶつけられ、受け止められたんだから。
気持は高ぶっているのに、何を話したかは少しずつ忘れていく。
熱い、心の底を揺さぶるような思いを残して。
「あんたは、よく寝れるよ」
笑っているような寝顔に微笑みかけ、軽く髪を撫でる。
この子の場合は話し疲れて、もう限界だったんだろう。
ジェスチャーを交え、何度もキッチンを往復して。
自分の思いを、つかえながらも話し続けたチィ。
それに耳を傾けていたあたし達。
そんな事の繰り返しだった。
結局これといった結論が出た訳ではない。
パトロールの強化と、聞き取り作業という当たり前の事だけで。
ただあたしは、それでいいと思う。
足りない事は後から考えていけばいい。
それでも駄目なら、先輩達を頼ればいい。
昨晩唯一出た結論は、自分達の力の無さを認めた事だから。
「眠い……」
壁に寄り掛かり、長いため息を付く。
授業中も半分寝ていたが、体が溶け出しそうな気分。
対照的にチィは元気一杯で、あたしの隣で飛び跳ねている。
「元気いいね、あんた」
「ナオ、ちゃんと寝ないから。私なんて、夜通し踊れるくらい」
本当にステップを踏み出すチィ。
恥ずかしいなと思っていると、すぐに止めた。
「馬鹿みたい」
「自分で言わないで」
「そうなんだけどさ。……来た」
素早く身構えるチィに、あたしもどうにか反応する。
廊下の奥。
数名の男。
例の優男を中心にして、周りを威嚇しながらこちらへ歩いてきている。
昨日の今日だが、気持に変化はないようだ。
「……こちら神代、ターゲットを確認。A-1オフィス前に集合」
端末に返される、確認の合図。
それをしまい、震える腰の警棒に手を触れる。
いや、震えているのはあたしの手か。
「ナオはいいよ。揉めた時は、私が前に出るから」
「ごめん」
「いいって。その代わり、報告書はお願い」
笑顔で手を合わせ、並び合うあたし達。
向こうもこちらに気付いたらしく、懐に手が伸びる。
ガーディアンだと分かってはいるようだが、引く気はないらしい。
無謀で、馬鹿で、どうしようもない。
それともスポンサーの息子という立場を、過信しているのだろうか。
「……神代です」
「どうした?」
「例の組織恐喝犯の首謀者を発見しました。ガーディアン連合の、オフィスのすぐ前です」
「まずいわね。出来れば、あなた達だけで今すぐ取り押さえて。多少無理しても構わない」
珍しく、切羽詰まった声で指示してくる丹下さん。
「後で、スポンサーからクレームが来るという事は?」
「大丈夫、こっちで処理出来るから。私もすぐ向かうから、お願いね」
「あ、はい」
やや切羽詰まった口調。
後ろの方で笑い声が聞こえた。
それも、聞き慣れた声が。
「ナオ、来るよ」
「あ、うん」
端末をしまい、腰を少し落とす。
ケンカは苦手でも、気持で負けたくはない。
「また、お前らか」
頭から人を小馬鹿にした態度。
ガーディアンのIDやオフィスのプレートを見ても、ひるむ様子はない。
粋がっているのと、やはりスポンサーの息子だからだろう。
それにどの程度の力があるのか、草薙高校に来たばかりのあたしには良く分からないが。
「あれからこっちも聞き込んでね。被害報告が、10件近くある」
「だからどうした」
「捕まえるか?ガーディアンが。警察呼んだ方がいいぞ」
一斉に起こる笑い声。
不敵に笑い、警棒を抜くチィ。
一瞬にして空気が張りつめ、男達が数歩下がる。
「無理してでも捕まえろって指示が出てるの。廊下は完全に封鎖してるから、逃げても無駄よ」
「だ、誰が逃げるか」
「当たり前じゃない。逃がさないっての」
チィが手を振ると、乾いた音を立てて警棒が伸びた。
長さにして、倍以上。
雪野先輩のスティック程ではないが、かなりのリーチだ。
「ば、馬鹿が。男に敵うと思ってるのか」
「女に勝てると思ってるの?」
軽快に返し、距離を詰めるチィ。
怯え気味に下がる男達。
見た目通り、口だけか。
親の立場と金だけで、今まではどうにかなっていたのだろう。
だが現実は、当たり前だがそう甘くない。
あたしにとってそうだったように、こいつにも。
「大人しく捕まるなら良し、嫌なら2、3日唸ってもらう」
「ふ、ふざけやがって」
全員が警棒を抜いた瞬間。
オフィスのドアが開き、数名の男女が出てきた。
それへ反応する形で、男達は一斉に目をそちらへ向ける。。
「な、何だおまえらは」
「関係ない奴は、向こうへ行け」
「そうだ。ガキは引っ込んでろ」
その瞬間。
空気が震え、茶色のつむじ風が目の前を過ぎた。
「が……」
床へ落ちる警棒。
腕を押さえ、うずくまる男達。
流れる脂汗と、早まる呼吸。
雪野先輩は仁王立ちで、そいつらを見下ろした。
「誰がガキだって」
「ユウ、落ち着いて。全員、IDを出しなさい」
低い氷のような口調。
心を切り裂くような冷たい視線。
青ざめた顔でIDを取り出す男達を睨み付け、遠野先輩はそれを受け取った。
「スポンサーの息子ね」
「そうだ。お、お前達なんか、俺のオヤジに言えば……」
「圧力を掛ける気」
ふと微笑む遠野先輩。
辺りの温度が数度下がった感覚。
見ているあたしの背筋が凍るくらいだから、見据えられている男達は生きた心地がしないだろう。
「お父様と会社の広報宛に、メールを送らせてもらうわ。ご子息が学校で何をやっているか。そうね、500人分のアドレスで足りるかしら」
「そんなの難しくない?」
「もう一桁増やすなら、難しいわ」
「ならいい。どうでもいいけどさ」
舌を鳴らし、男達を睨み付ける雪野先輩。
例の優男は顔中から汗を流し、懐へ手を入れた。
照明に光る、刃の輝き。
辺りから上がる、小さな悲鳴。
「ば、馬鹿にしやがって。お、俺が、どういう人間か教えてやる」
「十分分かったわよ」
「馬鹿は自分でしょ」
あくまでも冷ややかな二人。
そして自分達に向けられているナイフを、全く気にも留めない。
「こ、このっ」
男が一歩踏み出した。
だが次の瞬間。
その数倍の早さで、壁に叩き付けられた。
呻き声も聞こえない。
かろうじて動く手足で、生きているのが判別出来るだけで。
やっと駆けつけた来た1年のガーディアン達と、あたしとチィ。
呆然とするこちらをよそに、楽しそうに笑っている先輩達。
一人は失神、他の連中は青い顔でうずくまったまま。
それが気にならないのか、それとも当たり前の光景なのか。
色んな意味で、体が震えた。
チィも同様らしく、疲れ切った顔で警棒をしまい首を振っている。
「チィちゃん、神代さん」
「あ、沙紀さん」
「一歩遅かったわね。オフィスに元野さんがいないから、止められないとは思ってたけど」
医療部に連絡を取り、連中を一旦オフィスへ連れて行くよう指示する丹下さん。
その隣では、苦笑気味な浦田先輩がいる。
「破壊神って、この事だったんだね」
「ああ。それで、獣はショウ。間違いじゃなかっただろ」
「なんか、夢に見そう」
ため息混じりに首を振るチィ。
あたしは彼女の肩に手を置き、「そうだね」と呟いた。
骨身に染みて、良く分かった。
「小谷君は、と。ちょっと」
いつの間にか来ていた彼を呼び寄せる浦田先輩。
彼も分かっているという顔で、、こちらへやってくる。
「矢田君には、こう報告して。自警局を改革するという意見はあったが、局長に対する不満は殆ど聞かれなかったと。基本的には現状維持というムードだったって」
「昨日の内容とは、大分違いますけどね」
「あの男の胃に穴を開けたいなら、それでもいいよ。それとこの馬鹿息子に関しては、警察に突き出してから報告書を上げる。学内での被害届も、今警察へ提出した」
「揉み消されないように、ですか。大変ですね、浦田さんも」
自分程じゃないさ、と笑う先輩。
小谷君も少し笑って、端末で今の通り報告を始めた。
「後は、舞地さん達にお礼を言いに行って終わり」
「あ、はい。ど、どうも、ありが」
お礼を言い終わる前に、浦田先輩は背を向けて歩き出していた。
逃げたようにも見える。
「どうかしたんですか?」
「照れてるのよ」
「はあ」
「全く、素直じゃないというか」
何故か嬉しそうな丹下さんも、雪野先輩の所へ向かう。
「とにかく」
「終わったね」
「俺はまだ、矢田さんの愚痴が残ってるよ」
先輩達とは違う笑い声。
まだ届かない所にいる先輩達。
いつかそこへ辿り着く日を、胸の中で思う。
それには、彼等以上の努力が必要だと分かっていても。
ただこうして、あたしの周りで笑っている人達がいる。
同じ気持ちを持って、同じ目標を持って。
先輩達にはまだまだ及ばないけれど。
この人達と一緒なら、きっと……。
チィと二人で、学校近くの神宮駅前にやってくる。
ファッションビル、ファーストフード店、オフィスビル。
目の前に熱田神宮があるとは思えない光景。
放課後なので中高生らしい人も多いが、土日に来るよりはましだろう。
「ちょっと大きいな」
ジーンズスカートを、悔しそうにワゴンへ戻すチィ。
「まだ成長するかも知れないだろ」
「それは太るって言うの」
少し怖い顔で睨まれた。
普段は何も言わないが、色々気にしているようだ。
ただあたしはその辺に無頓着で、適当な物を着て好きに食べている。
太ったら太っただし、別に困らない。
と、太っていない今は思う。
「大きい体が欲しい。奪いたい」
何だか怖い事を言いだした。
周りの女の子も、怪訝そうにチィを見つめている。
当然、連れの私をも。
「ちょ、ちょっと」
「成長しないのよ。どこもかしこも」
「雪野先輩よりはましだろ」
「後ろにいる」
身構えて、慌てて振り返る。
ただ、そこにいたのは子供のマネキン。
一応、ショートカットのカツラは付けているが。
「あ、あんたね」
「冗談だって。それより、ご飯食べに行こ」
満面の笑顔。
切り替えが早いというか、後に引きずらないというか。
丹下さんが、「疲れるわよ」と暗く笑っていた意味がよく分かった……。
台湾ラーメンとチャーハンセットを食べ終え、デザートの杏仁豆腐を前にくつろぐあたし達。
窓の外はもう暗く、スーツ姿の男性達が足早に家路を急いでいる。
「ナオは、どうしてガーディアンになろうと思ったの」
やや唐突な質問。
あたしはレンゲを置き、頬杖を付いて鮮やかな照明が光るメインストリートへ目を移した。
「昨日のみんなと同じだよ。入学した頃、勧誘されて」
「ふーん」
「ただ、勧誘してきたのが怖そうな連中でさ。それこそ昨日の話じゃないけど、恐喝かと思った」
苦笑して、茶色に染めた髪をかき上げる。
この髪も、服装も。
その人達の影響だ。
ガーディアンらしくないと何度も注意を受けた。
でもあたしは今でも、これを変えていない。
またこの先も、変える気はない。
あの人達の後輩だという誇りは。
「チィは」
「道に迷って行き先を聞いた場所が、ガーディアンのオフィスだったの。それからずるずると」
「そうなんだ」
「沙紀先輩に出会ったからって理由もあるんだけどね」
少し誇らしげな表情。
多分あたしも浮かべている表情。
「先輩って、大事だよね」
「ああ」
「ここでも、いい先輩に出会えて良かったね」
嬉しそうなチィ。
あたしは微笑みを浮かべ、はっきりと頷いた。
新しい出会い、新しい環境、新しい出来事。
全てが楽しくて良い思い出になるとは限らないけれど。
あたしを受け入れてくれる人達がいる限りは。
今の自分が、その期待に応えられないとしても。
いつか、少しでも力になれる日が来る時までは。
あたしはここにいる。
エピソード13 あとがき
後輩から見たユウ達、でもあります。
またユウ達から見た塩田さん。
塩田さんからの屋神さん。
という流れもあり、それぞれの心境を考えるのもまた一興かと。
意外と鋭い神代さんで、思った通り渡瀬さんはとぼけてます。
だから気が合うんでしょうけどね。
後は小谷君。
ここで策士振りが垣間見え、なかなか面白い子です。
苦労人のような気もしますが。
ちなみに神代・小谷は編入組なので、成績はそれなりに優秀。
また編入前の生活なんてエピソードも存在したり、しなかったり……。
最後に少し。
今回新しく加わったのは3人。
理事の息子辺りも含めると、さらに何人か。
キャラが多過ぎて把握出来ないというご意見もあるでしょうが、どうかご了承下さい。