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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第13話   2年編前編
140/596

エピソード(外伝) 13 ~神代さん視点~






     後輩




 最後のキーを押して、DDを取り出す。

 ラベルも書いてあるし、プロテクトも掛けた。

「終わった?」

「うん。そっちは」

「終わればいいなと思ってる」

 ペンの後ろを噛み、頭をかく短いお下げ髪の女の子。

 可愛らしい顔と、小柄な体型。

 女のあたしから見ても、いいなと思ってしまうくらいの愛らしさ。

「貸して、チィ」

「ごめんね」

「いいよ。提出期限って」

「今日。ナオがここに来て、1週間目」

 小さく拍手をするチィこと、渡瀬千恵。

 このG棟全体を統括する丹下さんの後輩に当たる子で、事務が苦手で落ち着きのない子。

 ただそれがまた可愛いというか、チャームポイントに思える子。

「……出来た。後はチィのサインを入れて終わり」

「ありがと。でも、こんなのいちいち書かなくても」

「雪野先輩みたいな事言わないで。ほら、行くよ」


 やってきたのは、G棟隊長の隊長室。

 その前に立っている大柄な男の子に一言告げ、中へと入れさせてもらう。

 大きなデスクの向こう側。

 ポニーテールと精悍で綺麗な顔立ち。

 真剣な表情で端末に見入っている丹下さん。

「あの、シフト表と休暇申請書を持ってきました」

「ご苦労様。そのボックスに入れておいて」

「はい」

 シフト表と二人分の休暇申請書を入れ、一礼して下がろうとする。

 すると丹下さんは手を挙げ、ソファーの方を指差した。

「少し休憩するから、付き合わない?」

「ええ、構いませんけど」

「お茶入れてきますね」

 自分から動き出すチィ。

 丹下さんとは付き合いが長いので、その辺りの呼吸は飲み込んでいるのだろう。

 あたしは少々落ち着き無く、枝毛を捜す振りをする。


「ここには慣れた?」

 優しく尋ねてくる丹下さん。

 ぎこちなく頷くあたしを見て、彼女が口元を緩める。

「緊張しないでよ。肩書きはG棟隊長だけど、私はあなたと1才しか変わらない普通の女の子よ」

「は、はい」

 声をうわずらせると、完全に笑われた。

 しかし、緊張するなという方が無理だ。

 彼女は紛れもない、生徒会幹部。

 そしてここは草薙グループが運営する学校であり、それだけの立場にいれば自ずと将来も約束されているいわばエリートと言っても存在なのだから。

 無論彼女はそんな素振りはわずかにも見せず、あたしのような人間にも優しくしてくれる。


「優ちゃんには、普通に接してるでしょ」

「あの人は、役職に就いてませんから」

「案外固いのね。でも、事務方なら仕方ないか。現場は役職も関係ないから、誰でも横一線って考え方が強いのよ。私もあなたも、例えば局長だって」

 鼻で笑い、足を組み替える丹下さん。

 その名前を出すたびに、彼女の態度が荒れる。 

 また、それを隠そうともしない。

 自警局長と言えば本当に生徒会の大幹部であり、その名の通り自警局のトップ。

 生徒会の資格を持つキャリアであり、根本的に私達とは別な存在と言ってもいい。

 そんな彼が前にいれば、多分今以上に緊張するだろう。

 ただ丹下さんの彼に対する評価は、この通りだ。

 それはそれで、こっちが緊張する。


「お茶、持ってきました。紅茶でいいですよね」

「ありがとう。お菓子は」

「スフレを少々」 

 目の前に置かれるティーカップと、パッケージに包まれた幾つかのお菓子。

 取りあえずミルクと砂糖を入れ、一口含む。

「チィちゃんは、高校に慣れた?」

「ええ。ナオとも知り合えましたし、楽しいです」

「ナオって、神代さんの事?」

「直樹だから、ナオ。ナオキでも格好良いですけどね」

 私には何が格好良いのか分からないが、チィは嬉しそうにチョコをかじっている。

 男みたいな名前だと昔はよくからかわれ、親を恨んだ時もあったんだけど。

 今ではあたしも気に入っている。

「二人で休みを取って、遊びにでも行くの?」

「駅前で、春物のワゴンセールやるんです。土曜日の前に行きたくて」

「そうね。私も休みが欲しいわ」 

 大きく伸びをして、ポニーテールを横へ振る丹下さん。

 G棟隊長であり生徒会幹部であるため、彼女は夜遅くまで学校に残っている。

 以前にいた中学ではここまで生徒が学校運営に関与する事はなく、その意味では驚きと新鮮さを味わえる。


「勝手に休めないんでしょうか?」

「あなた達が休むのにも、申請書がいるくらいよ。私が休むとなったら、それこそ局長の許可を仰ぐか余程の事がないと」

 諦め気味の笑顔。

 ただあたしにはどうしようもないので、曖昧に頷いて場を取り繕う。

「いいじゃないですか、勝手に休めば。沙紀さんがいなくても、誰も気付きませんよ。ずっと、奥の部屋にいたって言えば」

「怖い事言わないで、チィちゃん」

「平気平気。弾けましょうよ、パーンと」 

 横へ手を広げ、すぐに「でも無理か」と物悲しげに呟くチィ。

 本当にコロコロと、感情が変わっていく子だ。

 見ている分には面白いけど、付き合っていると少し疲れる。

「もういいから。えーと、これを元野さんへ渡してきて」

「備品受理書?」

「向こうとこっちで、色々交換してるの。基本的にはこちらからの貸与なんだけど、それをやるとまた上がうるさいから」

「局長か」

 つい舌を鳴らし、腕を組む。


 殆ど会った事はないが、あの人が嫌な人間なのは分かる。

 局長という立場には緊張しても、人間としては全然別物だ。

 本当にどうして、ああいうのが局長だなんていってられるんだろう。

「神代さん。ここではいいけど、よそでそういう態度取らないでよ」

「あ、済みません。丹下さんに影響されて」

「何、それ。緊張してるとか言っておいて。とにかく、早く行ってきて」

「はい」



 通い慣れた経路を歩いていき、ガーディアン連合のA-1オフィスへとやってくる。

 あたしがいた中学ではガーディアン組織は生徒会しかなく、こうした私設ともいえるガーディアンの集まりは少し面白い。

 また集まっている人達も個性的で、雪野先輩達がその代表だ。

「……あそこ、何かやってない?」

 耳元に顔を寄せ、小声で尋ねてくるチィ。

 少し先にある、階段の辺り。

 数名の男に囲まれる、気が弱そうな男。

「オフィスが近いのに、まさか」

「でも、怪しいでしょ」

「うん。どうする?」

「決まってるじゃない」


 気付けば一目散に駆け出しているチィ。 

 あたしも慌てて後を追う。

「何やってるんですかー」

 走りながら声を掛けてくるチィに、一瞬戸惑う男達。

 だが彼女の小柄な体格を見て、すぐに表情が緩む。 

 警棒を隠そうともせずに。

「お前には、関係が……」

「あるのよっ」

 腰の警棒を抜き、チィはそれを男達の間に振り下ろした。

 叫びながら仰け反る男達。

「な、何するんだ、お前」

「聞いてるのはこっち。恐喝してない?」 

 その場で警棒を激しく振り回すチィ。

 見ようによっては、彼女が脅しているとも取れる。

「何だ、これ。伸びない」

「馬鹿。あたしの使いなよ」

「ありがと。……と、これでよし」

 小気味いい音がして警棒が伸び、その先端が男達の喉元へと突きつけられる。

 息を呑み後ずさる男達。

 距離を詰めるチィ。


 騒ぎに気付いたのか、オフィスからもガーディアン達が出てくる。

「お、おい。行くぞ」

 やや長髪の優男が、あたし達へ険しい眼差しを向けつつあごを振った。

 周りを見る限り、こいつがリーダー格か。

 ブランドっぽい上下の服と、傲慢な顔立ち。

 金持ちの暇つぶしといったところだろう。

 最悪な奴だ。

「お前ら、覚えとけよ」

「そっちこそね」

 いつにない鋭い眼光で男を睨むチィ。

 全身から発せられる激しい気迫と、その体格からは想像も付かない威圧感。

 彼女を脅そうとした男が言葉に詰まり、口元で何かを呟いて歩き出す。

 取り巻き連中も素早く男に続き、この場は取りあえず収まった。 

 残されたのは青い顔で壁にもたれる男の子と、駆け寄ってくるガーディアン達。 

 そして、去っていく男達を睨み付けるあたし達だった……。


「あ、あの。これをお渡しするように言われて」

「確かに受け取りました。でも、ケンカしろって言われた?」

「元野さん。ごめんね、今のは彼女の冗談だから」

「は、はい」

 丹下さんの部屋より、やや狭い執務室。

 暖かく微笑む木之本さんと、当たり前でしょと苦笑する元野さん。

 二人はG棟のガーディアン連合を統括する責任者で、別組織の私達にも優しく接してくれる良い先輩である。

 雪野さん達とも仲がいいようだが、タイプとしては少し異なる。

「それで、結局はなんだったの?」

「脅されてた子の話では、恐喝だね。それも、組織化の傾向がある」

「新入生、それとも編入生か。えーと、資料はと」

 疑似ディスプレイが展開され、大きな机の上にさっきの男のプロフィールが表示される。


 この高校に出資している企業の、子会社。

 その社長の息子。

 あの態度も、それで頷ける。

「ま、まずいですか?」 

 体を小さくして、元野先輩を見上げるチィちゃん。

 あたしも少し不安になって、首をすくめて彼女を見上げる。

 でも元野さんは首を振り、出資企業の一覧を表示させた。

「メインスポンサーの息子でも誰でも、恐喝の現場を見たら同じ対応を取って」

「で、ですけど。後で困った事になりません?多分この学校に寄付とかもしてるだろうし」

「その程度は、大した影響力にならないよ。寄付してるのは学校に対してで、生徒会や僕達にじゃない。それと生徒には自治権があるから、そういった学校の干渉を受けない」

「と、木之本先輩が仰ってます」

 大袈裟に肩をすくめ、元野さんは机の上に指を組んだ。

 その柔和な瞳が真っ直ぐと、チィそしてあたしへと向けられる。

 人の心まで見透かすような、強く澄んだ眼差しが。


「問題が全くないとは言えない。学校からの圧力はなくても、個人的に何かを仕掛けられる可能性もある」

「は、はい」

「駄目だと思ったら、迷わず誰かに相談しなさい。私達でも、丹下さんでも。その時は、必ず助けに行くから」 

 何か言いたげなチィ。

 あたしはそれを代弁するつもりで、口を開いた。

「だけど、そうなると今度は元野さん達が困るんじゃ」

「後輩を守るのは先輩の役目。私は、教わった事を実践してるだけよ」

「実践、ですか」

「そう。そしてあなた達は、それを後輩に伝えていくの」 

 優しく語る元野さん。

 瞳には柔和な輝きが戻り、あたし達を包み込むように捉えている。

「だけど、問題が……」

 木之本さんがそう言いかけると、ドアが開き人が入ってきた。


「受付が、書類を受け付けてくれない」

「どれを」

「これを」

 差し出されるレポート調の書類。

 地震でもあったのか、震えてかすれる汚い文字。

 目立つ修正箇所。

 しかも、自分の名前まで間違えている。 

「……どうしてあなたが書くの」

 額を抑える元野さん。

 木之本さんはその書類を受け取り、苦笑気味に私達を指差した。

「これは僕が清書するから、二人の話を聞いてくれないかな」

「聞くだけなら」

「相談に乗ってという意味だよ」

 しっかり釘を差す木之本さん。

 浦田先輩は舌を鳴らし、机の上にあるさっきの出来事が書かれた書類を手に取った。


「今は、組織化の段階って事か。金持ちのやる事は分からん」

「どうします?」 

 生真面目な顔で尋ねるチィに、浦田先輩は真顔で頷いた。

「まず、こいつを捕まえてくる。次に荒縄でぐるぐる巻きにして、ボートへ乗せる。最後はプールに浮かべてやればいい」

「は、はい?」

「次の日の朝になれば、渡瀬さん、神代さんって呼んでくる。二度と悪さもしない」

 あくまでも真顔で語る浦田先輩。

 チィは目を丸くして、口を開けたまま彼を見つめている。

 おそらく、彼女の概念は無かった考え方なんだろう。

 また大抵の人間には無いとも思う。

「冗談じゃないんだよ、先輩」

「俺は本気だよ。それか校旗と一緒に掲揚してやればいい。スポンサーのご子息として、特別待遇だ」

「馬鹿じゃないの、あんた」

「ああ、俺は馬鹿だよ」

 開き直った。

 本当に、この男だけは。

「ケイ君、少し真面目に答えてあげてよ。大体、同じ事を2度やっても面白くないでしょ」

「ええ?」

「こっちの話」

 一斉に首を振る先輩達。

 立ち入らない方が良さそうなので、ここは聞き流そう。


「それと浦田君。早く解決しないと、また」

「ああ」

 木之本さんの注意を受け、分かったとばかりに手を挙げる浦田先輩。

 早くしないと、どうなるんだ。

「神代さん達の言いたい事は分かる。早くしないと鬼が、破壊神が来るんだよ」

「またそういう事を」

 笑い飛ばそうとしたら、元野さん達も真顔で首を振った。

 この人達、大丈夫か?

「勿論それは例えなんだけど、厄介な連中がいるんだ」

「はあ」

「破壊神は分身がいて、それが知恵を司る。あと使役されている獣がいて、そいつは破壊神の守護をしてる。それが戦いに飢えてるんだ、また」

 笑い気味に説明してくる浦田先輩。

 ただ元野先輩も笑ってはいるものの、止めようとはしない。

 全く理解出来ないが、一応覚えておこう。

「とにかく、その破壊神達が動き出す前に対処しないとまずい」

「あたし達が危険な目に?」

「それは無いんだけど……。モト達は忙しいし、場所を変えよう」



 G棟の一角。

 生徒会ガーディアンズが使用している、やや広い部屋。

 控え室のような場所でくつろぐ数名の男女。

 暇そうに雑誌を読んだりTVを眺めているが、全員が独特の雰囲気を身にまとっている。

 彼等は自警局長直属のガーディアンで、パトロールや事務をしない代わりに最前線で戦う事を義務付けられている。

 独特の雰囲気は、その辺りが関係しているのだろう。

「浦田さん。どうしたんですか」

「舞地さん達に用があって。自分こそ」

「俺は、局長付きのガーディアンなんです。それで、ここへも出入りしてまして」

 意味ありげに笑う小谷君。

 浦田先輩も鼻で笑い、部屋の奥を指差した。

「いる?」

「ええ。4人とも」

「浦田君、また悪だくみ?」

「俺にも面白い事やらせてくれよ。今度は何やるんだ」

 楽しそうに声を掛けてくる直属班の人達。

「組織恐喝を未然防止しようと思いまして」

「面白いな、それ。どいつがやってる」

「某企業のご子弟が。ただみなさんの手を煩わす事でもないし、新人に経験を積ませたいんで」

「君らしくないわね。どうせその辺に埋める気でしょう」

 どっと起きる笑い声。

 浦田先輩は「人聞きの悪い」と呟き、私達を奥へと連れて行った。


「どうした」

「ちょっと、この子達の相談に乗って欲しくて」

「お前、斡旋料はいくらもらうんだ」

 精悍な顔を緩める名雲さん。 

 隣にいた柳さんは可愛らしい顔をしかめ、彼を肘でつついた。

「浦田君は、そんな事しないよ。多分」

「人が良いわね。それで、相談って何」

 綺麗な顔を私達へ向けてくる池上さんと、ぼんやり机を見つめる舞地さん。

 彼等の事を詳しく知らないが、雪野先輩達と仲のいい人達だ。

 ただ直属班に所属しているくらいだから、全員高い能力を持っているのは間違いない。

「組織恐喝を企んでる連中がいるんです」

「それで、どうしたい」

「え?」

 唐突で簡潔な質問。


 顔を見合わせる、私とチィ。 

 何故か連れてこられた小谷君は、暇そうに天井を見上げている。

「どうすると言われても」

「何も考えてないのか?」

「い、いえ。首謀者を抑えて、組織の解体をしようと」

「俺が聞いてるのは、具体策だ。力尽くで行くのか、説得するか。学校から手を回すか、それとも親の方から動かすか」 

 やはり何も返せない私。

 まさか、いきなりそこまで求められるとは思っていなかったのだ。

「突っ走れとは言わないが、多少は考えておけよ」

「は、はい。済みません」

「責めてるんじゃない。お前がその辺の連中なら、こっちで手取り足取り教えてやるさ。ただわざわざ浦田が連れてきたから、一応一言な」

「はあ」

 名前の出た浦田先輩はTVに向かい、ゲームを楽しんでいる。

 負けてはリセットの繰り返し。

 そう言われるだけの人間には、とても見えない。

「あの、ゲームばかりやってますけど」

「馬鹿はほっとけ。で、お前はどうだ」

「俺ですか?片っ端から捕まえればいいと思いますよ」

「派手に脅して、他のトラブルへの示威行動にもするって?悪い奴だな」

 鼻で笑い、小谷君を見つめる名雲さん。

 その視線はそのまま、チィへと向けられる。

「お前は」

「渡瀬千恵、15才です」

「……名前は聞いてない。雪野みたいな奴だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 多分誉めてはいないだろうが、本人は嬉しそうなので黙っておこう。

「池上、少し教えてやれ。俺は疲れたよ」

「そうね……。取りあえず、G棟Aブロックの新人ガーディアンを全員集めなさい。それで、どうすればいいか話し合って」

「話し合うんですか?」

「そう。とことんね」

 悠長な事を言い出す池上さん。

 柳さんはニコニコ笑っているだけで、舞地さんは黙って机を見つめ続けている。

 本当に、大丈夫だろうか。


「不安?」

「い、いえ。ただ、議論をするより一人でも捕まえるなりした方がいいと思いまして」

「同感です」

「あなた達の独断で出来る事でもないでしょ」

「それは、そうですけど」

 同時に答える私とチィ。

 池上さんはくすっと笑い、端末をチェックし出した。

「集めるのは生徒会ガーディアンズだけでなく、連合も。結論が出るまで、徹夜してもいいわ。今会議室を抑えたから、そこで話し合って」

「全員より、少人数の方がいいと思いますが」

「君、小谷君だった?その辺りは、君に任せる」

「分かりました」

 うっそりと頷く小谷君。

 私は彼に顔を寄せ、小声で尋ねた。

「どうして、全員じゃないの」

「惰性でやってる奴と話し合っても仕方ない」

「ある程度、出来る人間だけでって事?随分、上からの視点の発言じゃない」

「嫌なら、全員で議論してもいいよ」

 私ははっきりと頷き、端末を取り出した。

「まずは全員に連絡して、来る人だけで。途中退席も自由。これでどう」

「結局は同じだと思うけど」

「プロセスを大切にしたいのよ」

「なるほどね」

 やや醒めた表情。

 彼の言いたい事は良く分かり、その方がスムーズに進むだろう。

 また私の考えが偽善的である事も、良く分かっている。

 彼が言う通り、私自身同じ結果になると思っているから。

「密談は済んだ?」

「ええ。後はこちらでやらせて頂きます」

「そう。多少は、役に立てたかしら」

「はい。ありがとうございます」 

 頭を下げる私と小谷君を見て、チィも慌ててそれに倣う。

 この子は多分、まだ分かっていないだろう。

 だから、チィはいいんだ。

 下らない事に捉えられないで、素直に生きているから。

 私みたいに、ポーズだけで生きていないから。


 物思いに耽りつつあった私の頭越しに、声が飛ぶ。

「浦田君が監督者として付き合うから、何かあったら彼に責任を取ってもらって」

「いえ。私達だけで十分です」

「そう。残念ね」 

 苦笑して浦田先輩の背中を見つめる池上さん。 

 何が残念だったのかは、聞かないでおこう。

「浦田君、終わったよ。浦田くーん」

 警棒を振りかぶり、柳さんはそれを真っ直ぐ振り下ろした。

 唸りを上げる警棒と、揺れる浦田先輩の後ろ髪。 

 風圧の届く距離とは思えないが、彼の髪が揺れたのは紛れもない現実だ。

 彼等の実力の一端を思い知る光景。

 浦田先輩が私達をここへ連れて来た理由も、分かった気がする。


「で、何するって」

「1年のガーディアンだけで話し合います」

「悠長な。俺は関係ないから、いいけどね」

 あくまでも素っ気ない態度。

 本当に私達の事を思っているかどうかは、それを見る限りは疑わしい。

「神代さん達は、その話し合いをやってて。俺は、もう少しここで遊んでるから」

「あ、はい。また、連絡します」

「分かった。スッポンエキスでも飲んで、徹夜で頑張ってくれよ」

 喉元で、何とも楽しそうに笑う浦田先輩。

 この人は、放っておいた方が良さそうだ。



 G棟の最上階にある、小さめの会議室。

 たくさんのペットボトルとお菓子。

 隣にはキッチンも付いていて、軽食くらいなら料理も出来る。

 円卓上の机に付く、50名あまりの1年生達。

 全員がガーディアンであり、私や小谷君の説明に耳を傾けている。

 ただ関心が無さそうな人もすでに見受けられ、また出席率も70%程度。

 これでも多いと、小谷君は言っていたが。

「さて。意見がある人は」

 数名が口を開き、そこを中心にして話が広がっていく。


 しかし関心のない人達は相変わらずで、中には寝ている人もいる。

 時間が過ぎるにつれ席を立つ人も出始め、日が暮れる頃には半分以下になっていた。

 また一度休憩を入れると、1/3あまりに。

 仕方ないといえば、仕方ない。

 組織恐喝が問題なのは全員分かっていても、話し合ってどうするというムードがどこかに漂っている。

 ここへ来たのは私達が生徒会の関係者であり、多少の強制力を感じてもいるのだろう。

 惰性で続けられる話し合い。

 内容は具体的だが、熱気は感じられない。

 取りあえず話し合っているといった具合。

 また初対面の人が多いために、親睦会的な気持の人も多いと思う。


 気付けばチャイムが鳴り、終業時間がやってきた。

 ガーディアンだけではなく、生徒会やクラブ活動も終わりになる時間。

 それに合わせて、数名の男女が帰っていく。

 これ以降も学内に残るのは可能だが、中等部の頃でもここまで遅くなった事は珍しい。

 まして、徹夜なんて。

「何か、楽しいよね」

 ペットボトルを傾け、にっこり笑うチィ。

「友達と一緒に夜遅くまで起きてて、キャンプみたいじゃない」

「そうかな」

「そうなの。バーベキューでもやりたいな」

 突拍子もない事を言いだしてきた。

 顔は笑っているが、目は本気だ。

「やらないよ」

「ここって、電熱コンロだった?」

「やらないのっ」

 机を派手に叩くと、疲れ気味のみんなが一斉にこちらを見てきた。

 人が減った分、少しの事が全体に伝わっていく。

「な、何でもない。ちょ、ちょっと休憩」


 チィを連れ、キッチンへと逃げ込む。

 さすがに、机を叩いたのはやり過ぎか。

 ただ意識していた訳ではなく、気付いたら叩いていた。

 私も、疲れているようだ。

「焼き鳥無いかな」

 冷蔵庫を探りだすチィ。 

 何をやってるんだか。

「あたしは疲れた。それに、眠い」

「スッポンドリンクあるよ。原液だって」

「そんなの飲める?」

「私なら飲まない」 

 当然あたしも飲まない。 

 大体、原液って何だ。

 間違いなく、浦田先輩の差し入れだな。


「みんなも疲れてるみたいだし、ご飯作ろうか」

「いいけど、出来るの?」

「チャーハンくらいならね。今、何人いるのかな」

 キッチンから出て会議室のドアを少し開ける。

 さらに減っている。 

 10人前後、といった所だ。

 これでも、良く残った方だろう。

「予想どおり、か」

「え?」

「何でもない。それより、チャーハンは」

「あ、うん」

 冷蔵庫から取り出された食材が、手際よく刻まれていく。 

 言うだけの事はあり、期待出来そうだ。


 フライパンを器用に返していくチィ。

 その香ばしい匂いに釣られてか、キッチンにぞろぞろと入ってきた。

「チャーハン?」

「うん。もうすぐ出来るから、待ってて」

「いいわね。でも、少なくない?」

「仕方ない。サンドイッチでも作るか」

 わいわい騒ぎながらキッチンを動き回るみんな。

 楽しそうな笑顔と、時折上がる叫び声。

 ここにいて良かったと思える、暖かな雰囲気。


 初対面で、集まった目的も味気ない。

 でもみんな、楽しそうだ。 

 そして、一つの事に向かって力を合わせて頑張っている。

 多分池上さん達が、話し合いをしろといった理由。

 はっきりとそうは言わなかったけど、あたしはそう捉えた。

 またそれは、いい結果へ向かいつつある。

「チィ、後はお願い。あたし、会議室片付けてくるから」

「うん、分かった」

「火傷しないでよ」

 顔を赤くしてフライパンを振る彼女に微笑みかけ、私は楽しげな喧騒の巻き起こるキッチンを後にした。


 人気のない会議室。

 灯る照明と、真っ暗な窓の外。

 キッチンの騒ぎが嘘のような静けさ。

 物悲しいと言いたくなるくらいの。  

「一人で、何してるんだよ」

「ん」

 机に伏せていた小谷君は体を起こして、大きく伸びをした。

「寝てた」

「帰らないの?」

「内偵中だから」

 意味ありげな笑顔。

 彼は局長付きのガーディアン。

 先日の一件。

 局長の指示を受け、私達を探り分裂を誘っていた事をふと思い出す。

「局長に反対する可能性がある人間を捜し出すって訳?」

「まあね」

「多分それ、ここにいる全員だよ」

「だから困ってる。神代さんも分かってるだろうけど、その全員が優秀だから。能力としても、人間としても」

 困ったようには見えない表情。

 彼の立場と、内心はともかくとして。

「馬鹿馬鹿しい。義理がある訳でもないのに」

「先輩だからな、一応。昔は世話にもなったし」

「もう返しただろ」

「それは、俺が決める事じゃない」

 苦笑気味に呟く小谷君。


 遠い目が、真っ暗な窓の外を捉える。

 彼が何を見つめているのかは、私には分からない。

 また、知る必要もないだろう。 

「チャーハン出来ましたっ」

 けたたましい叫び声と共に戻ってくるチィ。 

 小さな体で、大きなトレイを抱えて。

「危ないよ」

「大丈夫。それより小谷君、暗い顔してるねー」

「そうか?」

「ああ、そこ照明が壊れてる」 

 ……なんだ、それは。

 意外に鋭いと思ったら、そうくるか。

 ただ意識していないだけで、彼の異変に気付いてるのは確かかも知れない。

 落ち着き無く皿を置いていく姿を見る限りでは、何とも言えないが。



「……結局、ガーディアンと言っても何も出来ないんだよな」

 ため息混じりに語る、髪を短く刈り上げた男の子。

 苦笑する、周囲の生徒達。

 大きなテーブルの片隅に集まる私達。

 始まった頃は狭く思えたここも、今は閑散としたもの。

 少し静かにしているだけで物音が響き、時折吹き抜ける春の突風が窓を揺らす。

「大体、どうしてガーディアンになったのよ」

「中等部に入った時、クラブの勧誘かと思って行ったら」

「夢も希望もない話だな」

「お前も同じだろ」

 少しの笑い声と、共感の表情。

 きっかけは誰でも、そんな程度の事だろう。


 何となく。

 格好いい人がいた。

 面白そうだった。

「ただ、これが止められないんだよな」

「こんな遅くまで残って、手当も出ないのに?」

「結局、好きでやってるんだよ」

 全員から上がる同意の声。

 はにかんだ微笑み。

 真っ暗な窓の外。

 寂しげな照明の光。

 閑散とした室内。

 でもここには何かがある。

 ここにいる人達の心には、言葉には代えられない何かが。


 あたしがガーディアンを志したきっかけも、みんなと同様たわいもないものだ。

 それからも、半ば惰性で続けていた。 

 あの日、パトロール中に襲われるまでは。

 今でも心に残る傷、消えない腕の傷。

 本気で止めようと思った。

 また、そのきっかけでもあった。

 だけど退院してあたしが向かったのは、どこでもないガーディアンのオフィスだった。

 襲ってきた連中の特徴を報告し、居場所を突き止め、捕まえた。

 それから現場には出ず、ずっとデスクワークに専念していたあたし。

 この学校に来て、それが変わりつつある。

 傷は癒えず、恐怖心もぬぐい去れてはいないけれど。

 静かに、熱く語る人達。

 自分の思い、学校への気持。

 言葉足らずで、時々脱線する話。

 伝わるみんなの心。

 伝えるあたしの気持ち。

 眠たさや疲れを吹き飛ばすような、気持ちいい瞬間。

 自分だけじゃないと、ここにもいると思える。

 そう思っていたのは、あたしだけじゃないんだって……。




 白み始める空。

 肩に掛けていた毛布を畳み、ティーポットからコーヒーを注ぐ。

 苦みと少しの酸味。

 徹夜明けにはちょうど良い味。

 少し意味合いが違ってきた話し合いは数時間前に終わり、あたしは眠そうなチィを連れて自分の部屋へと戻っていた。

 あたしのパジャマを着るや、すぐに眠りについたチィ。 

 それを見届け、自分もソファーへ横になる。 

 眠れる訳はないと分かっていて。 

 それまでの話し合いで熱くなった気持ちが、すぐに醒める訳はない。


 頭の中を巡る幾つもの考えと気持。

 どれが正しくて間違えているかじゃない。

 一人一人の気持ちがぶつけられ、受け止められたんだから。

 気持は高ぶっているのに、何を話したかは少しずつ忘れていく。

 熱い、心の底を揺さぶるような思いを残して。

「あんたは、よく寝れるよ」

 笑っているような寝顔に微笑みかけ、軽く髪を撫でる。

 この子の場合は話し疲れて、もう限界だったんだろう。

 ジェスチャーを交え、何度もキッチンを往復して。 

 自分の思いを、つかえながらも話し続けたチィ。

 それに耳を傾けていたあたし達。 

 そんな事の繰り返しだった。

 結局これといった結論が出た訳ではない。

 パトロールの強化と、聞き取り作業という当たり前の事だけで。

 ただあたしは、それでいいと思う。

 足りない事は後から考えていけばいい。 

 それでも駄目なら、先輩達を頼ればいい。

 昨晩唯一出た結論は、自分達の力の無さを認めた事だから。




「眠い……」

 壁に寄り掛かり、長いため息を付く。

 授業中も半分寝ていたが、体が溶け出しそうな気分。

 対照的にチィは元気一杯で、あたしの隣で飛び跳ねている。

「元気いいね、あんた」

「ナオ、ちゃんと寝ないから。私なんて、夜通し踊れるくらい」

 本当にステップを踏み出すチィ。

 恥ずかしいなと思っていると、すぐに止めた。

「馬鹿みたい」

「自分で言わないで」

「そうなんだけどさ。……来た」

 素早く身構えるチィに、あたしもどうにか反応する。


 廊下の奥。

 数名の男。 

 例の優男を中心にして、周りを威嚇しながらこちらへ歩いてきている。

 昨日の今日だが、気持に変化はないようだ。

「……こちら神代、ターゲットを確認。A-1オフィス前に集合」

 端末に返される、確認の合図。

 それをしまい、震える腰の警棒に手を触れる。

 いや、震えているのはあたしの手か。

「ナオはいいよ。揉めた時は、私が前に出るから」

「ごめん」

「いいって。その代わり、報告書はお願い」

 笑顔で手を合わせ、並び合うあたし達。

 向こうもこちらに気付いたらしく、懐に手が伸びる。

 ガーディアンだと分かってはいるようだが、引く気はないらしい。

 無謀で、馬鹿で、どうしようもない。

 それともスポンサーの息子という立場を、過信しているのだろうか。


「……神代です」

「どうした?」

「例の組織恐喝犯の首謀者を発見しました。ガーディアン連合の、オフィスのすぐ前です」

「まずいわね。出来れば、あなた達だけで今すぐ取り押さえて。多少無理しても構わない」

 珍しく、切羽詰まった声で指示してくる丹下さん。 

「後で、スポンサーからクレームが来るという事は?」

「大丈夫、こっちで処理出来るから。私もすぐ向かうから、お願いね」

「あ、はい」

 やや切羽詰まった口調。

 後ろの方で笑い声が聞こえた。  

 それも、聞き慣れた声が。

「ナオ、来るよ」

「あ、うん」

 端末をしまい、腰を少し落とす。

 ケンカは苦手でも、気持で負けたくはない。


「また、お前らか」

 頭から人を小馬鹿にした態度。 

 ガーディアンのIDやオフィスのプレートを見ても、ひるむ様子はない。

 粋がっているのと、やはりスポンサーの息子だからだろう。

 それにどの程度の力があるのか、草薙高校に来たばかりのあたしには良く分からないが。

「あれからこっちも聞き込んでね。被害報告が、10件近くある」

「だからどうした」

「捕まえるか?ガーディアンが。警察呼んだ方がいいぞ」

 一斉に起こる笑い声。

 不敵に笑い、警棒を抜くチィ。

 一瞬にして空気が張りつめ、男達が数歩下がる。

「無理してでも捕まえろって指示が出てるの。廊下は完全に封鎖してるから、逃げても無駄よ」

「だ、誰が逃げるか」

「当たり前じゃない。逃がさないっての」

 チィが手を振ると、乾いた音を立てて警棒が伸びた。


 長さにして、倍以上。 

 雪野先輩のスティック程ではないが、かなりのリーチだ。

「ば、馬鹿が。男に敵うと思ってるのか」

「女に勝てると思ってるの?」

 軽快に返し、距離を詰めるチィ。

 怯え気味に下がる男達。

 見た目通り、口だけか。

 親の立場と金だけで、今まではどうにかなっていたのだろう。

 だが現実は、当たり前だがそう甘くない。

 あたしにとってそうだったように、こいつにも。

「大人しく捕まるなら良し、嫌なら2、3日唸ってもらう」

「ふ、ふざけやがって」



 全員が警棒を抜いた瞬間。

 オフィスのドアが開き、数名の男女が出てきた。

 それへ反応する形で、男達は一斉に目をそちらへ向ける。。

「な、何だおまえらは」

「関係ない奴は、向こうへ行け」

「そうだ。ガキは引っ込んでろ」   

 その瞬間。

 空気が震え、茶色のつむじ風が目の前を過ぎた。

「が……」

 床へ落ちる警棒。 

 腕を押さえ、うずくまる男達。

 流れる脂汗と、早まる呼吸。

 雪野先輩は仁王立ちで、そいつらを見下ろした。

「誰がガキだって」

「ユウ、落ち着いて。全員、IDを出しなさい」

 低い氷のような口調。

 心を切り裂くような冷たい視線。 

 青ざめた顔でIDを取り出す男達を睨み付け、遠野先輩はそれを受け取った。

「スポンサーの息子ね」

「そうだ。お、お前達なんか、俺のオヤジに言えば……」

「圧力を掛ける気」

 ふと微笑む遠野先輩。

 辺りの温度が数度下がった感覚。

 見ているあたしの背筋が凍るくらいだから、見据えられている男達は生きた心地がしないだろう。


「お父様と会社の広報宛に、メールを送らせてもらうわ。ご子息が学校で何をやっているか。そうね、500人分のアドレスで足りるかしら」

「そんなの難しくない?」

「もう一桁増やすなら、難しいわ」

「ならいい。どうでもいいけどさ」

 舌を鳴らし、男達を睨み付ける雪野先輩。


 例の優男は顔中から汗を流し、懐へ手を入れた。

 照明に光る、刃の輝き。

 辺りから上がる、小さな悲鳴。

「ば、馬鹿にしやがって。お、俺が、どういう人間か教えてやる」

「十分分かったわよ」

「馬鹿は自分でしょ」

 あくまでも冷ややかな二人。 

 そして自分達に向けられているナイフを、全く気にも留めない。

「こ、このっ」

 男が一歩踏み出した。

 だが次の瞬間。 

 その数倍の早さで、壁に叩き付けられた。 

 呻き声も聞こえない。

 かろうじて動く手足で、生きているのが判別出来るだけで。


 やっと駆けつけた来た1年のガーディアン達と、あたしとチィ。 

 呆然とするこちらをよそに、楽しそうに笑っている先輩達。

 一人は失神、他の連中は青い顔でうずくまったまま。

 それが気にならないのか、それとも当たり前の光景なのか。

 色んな意味で、体が震えた。

 チィも同様らしく、疲れ切った顔で警棒をしまい首を振っている。

「チィちゃん、神代さん」

「あ、沙紀さん」

「一歩遅かったわね。オフィスに元野さんがいないから、止められないとは思ってたけど」

 医療部に連絡を取り、連中を一旦オフィスへ連れて行くよう指示する丹下さん。

 その隣では、苦笑気味な浦田先輩がいる。


「破壊神って、この事だったんだね」

「ああ。それで、獣はショウ。間違いじゃなかっただろ」

「なんか、夢に見そう」

 ため息混じりに首を振るチィ。

 あたしは彼女の肩に手を置き、「そうだね」と呟いた。

 骨身に染みて、良く分かった。

「小谷君は、と。ちょっと」

 いつの間にか来ていた彼を呼び寄せる浦田先輩。

 彼も分かっているという顔で、、こちらへやってくる。

「矢田君には、こう報告して。自警局を改革するという意見はあったが、局長に対する不満は殆ど聞かれなかったと。基本的には現状維持というムードだったって」

「昨日の内容とは、大分違いますけどね」

「あの男の胃に穴を開けたいなら、それでもいいよ。それとこの馬鹿息子に関しては、警察に突き出してから報告書を上げる。学内での被害届も、今警察へ提出した」

「揉み消されないように、ですか。大変ですね、浦田さんも」

 自分程じゃないさ、と笑う先輩。

 小谷君も少し笑って、端末で今の通り報告を始めた。


「後は、舞地さん達にお礼を言いに行って終わり」

「あ、はい。ど、どうも、ありが」

 お礼を言い終わる前に、浦田先輩は背を向けて歩き出していた。

 逃げたようにも見える。

「どうかしたんですか?」

「照れてるのよ」

「はあ」

「全く、素直じゃないというか」

 何故か嬉しそうな丹下さんも、雪野先輩の所へ向かう。

「とにかく」

「終わったね」

「俺はまだ、矢田さんの愚痴が残ってるよ」


 先輩達とは違う笑い声。

 まだ届かない所にいる先輩達。

 いつかそこへ辿り着く日を、胸の中で思う。 

 それには、彼等以上の努力が必要だと分かっていても。

 ただこうして、あたしの周りで笑っている人達がいる。

 同じ気持ちを持って、同じ目標を持って。

 先輩達にはまだまだ及ばないけれど。

 この人達と一緒なら、きっと……。





 チィと二人で、学校近くの神宮駅前にやってくる。

 ファッションビル、ファーストフード店、オフィスビル。 

 目の前に熱田神宮があるとは思えない光景。

 放課後なので中高生らしい人も多いが、土日に来るよりはましだろう。

「ちょっと大きいな」

 ジーンズスカートを、悔しそうにワゴンへ戻すチィ。

「まだ成長するかも知れないだろ」

「それは太るって言うの」

 少し怖い顔で睨まれた。

 普段は何も言わないが、色々気にしているようだ。

 ただあたしはその辺に無頓着で、適当な物を着て好きに食べている。

 太ったら太っただし、別に困らない。

 と、太っていない今は思う。

「大きい体が欲しい。奪いたい」

 何だか怖い事を言いだした。

 周りの女の子も、怪訝そうにチィを見つめている。

 当然、連れの私をも。


「ちょ、ちょっと」

「成長しないのよ。どこもかしこも」

「雪野先輩よりはましだろ」

「後ろにいる」

 身構えて、慌てて振り返る。

 ただ、そこにいたのは子供のマネキン。

 一応、ショートカットのカツラは付けているが。

「あ、あんたね」

「冗談だって。それより、ご飯食べに行こ」

 満面の笑顔。

 切り替えが早いというか、後に引きずらないというか。

 丹下さんが、「疲れるわよ」と暗く笑っていた意味がよく分かった……。


 台湾ラーメンとチャーハンセットを食べ終え、デザートの杏仁豆腐を前にくつろぐあたし達。

 窓の外はもう暗く、スーツ姿の男性達が足早に家路を急いでいる。

「ナオは、どうしてガーディアンになろうと思ったの」

 やや唐突な質問。

 あたしはレンゲを置き、頬杖を付いて鮮やかな照明が光るメインストリートへ目を移した。

「昨日のみんなと同じだよ。入学した頃、勧誘されて」

「ふーん」

「ただ、勧誘してきたのが怖そうな連中でさ。それこそ昨日の話じゃないけど、恐喝かと思った」

 苦笑して、茶色に染めた髪をかき上げる。

 この髪も、服装も。

 その人達の影響だ。


 ガーディアンらしくないと何度も注意を受けた。

 でもあたしは今でも、これを変えていない。

 またこの先も、変える気はない。

 あの人達の後輩だという誇りは。

「チィは」

「道に迷って行き先を聞いた場所が、ガーディアンのオフィスだったの。それからずるずると」

「そうなんだ」

「沙紀先輩に出会ったからって理由もあるんだけどね」

 少し誇らしげな表情。

 多分あたしも浮かべている表情。

「先輩って、大事だよね」

「ああ」

「ここでも、いい先輩に出会えて良かったね」

 嬉しそうなチィ。

 あたしは微笑みを浮かべ、はっきりと頷いた。



 新しい出会い、新しい環境、新しい出来事。

 全てが楽しくて良い思い出になるとは限らないけれど。

 あたしを受け入れてくれる人達がいる限りは。

 今の自分が、その期待に応えられないとしても。

 いつか、少しでも力になれる日が来る時までは。

 あたしはここにいる。






 












エピソード13 あとがき




 後輩から見たユウ達、でもあります。 

 またユウ達から見た塩田さん。

 塩田さんからの屋神さん。

 という流れもあり、それぞれの心境を考えるのもまた一興かと。


 意外と鋭い神代さんで、思った通り渡瀬さんはとぼけてます。

 だから気が合うんでしょうけどね。

 後は小谷君。

 ここで策士振りが垣間見え、なかなか面白い子です。

 苦労人のような気もしますが。

 ちなみに神代・小谷は編入組なので、成績はそれなりに優秀。

 また編入前の生活なんてエピソードも存在したり、しなかったり……。


 最後に少し。

 今回新しく加わったのは3人。

 理事の息子辺りも含めると、さらに何人か。

 キャラが多過ぎて把握出来ないというご意見もあるでしょうが、どうかご了承下さい。



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