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結局精密検査でもショウに異常は認められず、私達は先生にお礼を言って医療部を出ていった。
行きと違い、帰りはヒカルの車。
8人乗れるワゴンで、見た事無いと無いなと思ったら最近ローンで買ったらしい。
優秀な彼にはあちこちから奨学金が出てるし、サトミが少し出すんだってさ。
それは結構だね。
「俺にも運転させろよ。四駆だろ、これ」
「何駆でもいいの。いいから、大人しくしてなさい」
助手席に座っているサトミが、怖い顔で振り向いた。
まずいと思ったのか、ショウは後ろに倒していたシートに身を伏せた。
「怪我が治ったら、いつでも乗れるじゃない。ねえ、ヒカル」
「うん。それにもうすぐ夏だし、みんなで海に行こうよ」
バックミラー越しにみんなを見渡すヒカル。
私は大きく頷いて、いじけているショウの肩をそっと叩いた。
「だから、その時はショウが運転すればいいでしょ。そのためにも、早く怪我直さないと」
「でも、良くそれだけで済んだわね。やっぱり鍛え方が違うのかしら」
私の隣りに座っている沙紀ちゃんが、半ば呆れ気味にショウを見る。
「肉体改造が成功したんだろ。あんなのよく飲んだよ、本当」
「え、何の事?」
私とショウは見つめ合って、必死に笑いを堪えた。
「怪しいわね、二人とも。何か隠してるんじゃない」
厳しい言葉が、助手席から飛んでくる。
するとショウはわざとらしく鼻歌を歌い、後ろのスペースに顔を突っ込んだ。
「ん、なんだこれ」
訝しい顔をして、大きなバックを引きずり出すショウ。
黒くて、滑らかな手触りの生地。
「何かそれ見覚えあるね、これ」
「そうか?」
「そうよ」
私はショウからバックを受け取り、膝の上に置いてみたじ。
隣にいる沙紀ちゃんは思い当たる節がないのか、あまり関心なさそうにバックを眺めている。
サトミとヒカルは話し込んでいて、こっちを振り返ってはこない。
「ショウ、もう一度見てよ」
「俺に聞かれても。……ヒカル、これなんだ」
最も確実な方法を採ったショウ。
一瞬振り向いたヒカルは、爽やかな笑顔と共に答えを返した。
「サトミのバックだよ」
「な、何で持ってくるの?後で取りに行くって……」
声を張り上げかけたサトミだったけど、私達の視線に気づきすぐに口をふさいだ。
そして、そのままドアから出ていこうとしている。
死ぬ気か、この人は。
「ちょっと、どこ行くの。大体、このバッグ何なの」
サトミは私の手から、強引にバッグを持っていこうとする。
「別に大した物は……。あ」
するとファスナーがきちんと閉めてなかったのか、中の物がぽろりと転がり落ちてきた。
サトミが拾うより早く、私の手が伸びる。
「歯ブラシ……」
「だ、駄目。ユウ、駄目だって」
私はかまわずサトミからバッグをひったくった。
ファスナーを開けば、出てくる出てくる。
下着に着替え、ヘアブラシにフェイスケア用品、ヘアバンドなどなど。
彼女が寝る前に使っている、フェイスクリームまで入ってる。
何をやってるんだ、何を。
「サトミちゃん、お姉さんは悲しいよ」
「そ、その。通うのが面倒だったから、つい」
「ふーん、へーえ。どう思います、丹下さん」
「私、子供だから分かんない」
首を振る沙紀ちゃん。
一緒に震えた胸はとても子供のそれじゃないけど、今はよしとしよう。
私と沙紀ちゃんは運転席と助手席に身を乗り出し、二人の顔を覗き込んだ。
「ねえ、これどういう事?ねえ、教えてよ」
「楽しかった?ねえ、楽しかった?」
悪戯っ子かさながらに、目を輝かせて二人に迫る私達。
前を向いて、聞こえない振りをするサトミ。
窓に映る彼女の顔は、いつになく赤い。
「……ユウ」
見かねたのか、ヒカルが穏やかな口調で話しかけてくる。
私はさらに身を乗り出し、何度も頷いた。
「え、何」
「……これはね、子供には分からない事だよ」
優しい、限りなく優しい言い方。
そうまるで、幼子にでも言い聞かせるような……。
って、誰が子供なんだ。
「あ、あなたね。どうしてそういつも、地味に嫌みなの?ちょっと、サトミも怒ってやってよ」
「どうして?私も光と同じ意見よ」
しれっと言い放つサトミ。
でもって、のんきにヒカルの手を握った。
このっ。
「優ちゃん、何もそこまで怒らなくてもいいじゃない」
私をなだめようと、沙紀ちゃんが私の体を引き戻す。
ため息混じりに振り返ると、そこには大人の体を持った女性が一人。
……何だか、もうどうでもよくなってきた。
私はバックシートにもたれ掛かり、力無く首を傾けた。
そこには、私以上にぐったりしているショウの姿が。
いくら大怪我をしていないとはいえ、体の痛みが無い訳ではない。
むしろ集中の切れた試合後の今の方が、痛みは増すくらいだろう。
「大丈夫?」
「ああ、少し痛いけど、自分の馬鹿さ加減が分かってちょうどいい」
反省と、自戒を込めた言葉。
でもどこか誇らしげな、明るい笑顔。
その笑顔に言い知れない息苦しさを覚えた私は、微かに顔を伏せてささやいた。
「だったら、今日は何食べる?口の中切れてるなら、柔らかい物がいいのかな」
「ん、そうかもしれないけど。でも……」
何となく口ごもり気味のショウ。
私は気にせず、ヒカルに声を掛けた。
「ヒカル、ちょっとあそこのスーパー行って。今日の夕食を……」
そこまで言って、口を閉じた。
よく考えてみれば試合は終わったんだし、もうショウのご飯を作る必要はない。
それに、ここで発表する必要もない。
どうやら、試合が終わって気が緩んでたようだ。
などと、冷静に分析している場合でもない。
サトミと沙紀ちゃん、バックミラー越しにはヒカルの視線も飛んでくる。
「夕食って何?ご飯は食堂で食べればいいでしょ」
「どういう事かしら。納得のいく説明をしてもらいたいわ」
「……ショウは静かだね。どうかしたの?」
ヒカルの指摘に、シートへ顔を伏せて抵抗するショウ。
私も顔を伏せて、ひたすらに押し黙る。
だがその程度であきらめる人達でないのは、私達が一番分かっている。
「……光、まずはスーパーへ行きましょ。何か分かるかもしれないわ」
「そうね。少し聞き込んでみたら、面白いかも」
「分かった。ユウ、希望通りスーパーに行くからね」
おそらくはもう分かっているはずなのに、あえてじわじわと攻めてくる。
友達甲斐が無いというか、あるというか。
「どこにでも、行ってよ……」
かろうじてそれだけ呟き、私はシートを後ろへ倒した。
そしてショウと一緒に、ぐったりと身を横たえる。
隣を見ると、苦笑気味にショウがこっちを見てきた。
「参ったな、さすがに」
「本当よ、もう」
私達は小声でささやきあって、くすくすと笑う。
サトミ達は私達の事で盛り上がっているらしく、こっちを気にしている様子はない。
「でも、ユウには世話になったな」
「そう?迷惑ばっか掛けてたんじゃないの」
「そんな事無いさ。俺は、その、感謝してる」
ぶっきらぼうなショウのささやき。
私は、ただショウを見つめ続けた。
「だから、今度は俺が飯でもおごるよ。……いいかな?」
「うん、すごい嬉しい」
カーブで車が揺れ、宙に浮いた私とショウの体が微かに距離を詰める。
そしてほんの少しだけ、二人の指先が触れ合った。
私達は何も言わず、指先を触れ合わせ続けた。
サトミ達に比べれば淡い、まるで子供のような振る舞い。
でも私にとっては、とても神聖でとても大切な事。
私の大切な気持ちを込めて、触れ合っているのだから。
ショウの気持は分からない。
でも伏せている彼も、指を離そうとはしていない。
それだけで、私の心は十分に満たされる。
気恥ずかしさと嬉しさが、そんな心の中に入り交じる。
そしてこうも思った。
こんな事で喜ぶなんて、やっぱり私は子供なのかなと。
勿論答えはどこからも返ってこず、代わりに心の中は暖かな気持で満たされ続けるのだった。
第2話 終わり
第2話 あとがき
甘いです。
ちょっとやり過ぎかなと思いましたが、まあこのくらいはいいかと。
問題はトレーニングと試合ですね。
ユウとショウの甘い関係とは対照的に、あっさりしてますから。
特に試合は、あまりにも淡々と終わってしまいました。
とはいえ格闘シーンやトレーニングシーンを延々と書いても何なので仕方ないかなと、自分を弁護しています。
それに今回のストーリーはユウとショウの関係がメインで、試合はその次です。
また色々伏線もありますが、それは当然今後につながっていきます。
さてユウとショウについては、ようやくスタートラインに立った段階です。
この二人についても、今後どうなるか楽しみです。
何せ、指が触れ合っただけで満足してますから。




