表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第2話
14/596

2-6






     2-6 




 結局精密検査でもショウに異常は認められず、私達は先生にお礼を言って医療部を出ていった。

 行きと違い、帰りはヒカルの車。

 8人乗れるワゴンで、見た事無いと無いなと思ったら最近ローンで買ったらしい。

 優秀な彼にはあちこちから奨学金が出てるし、サトミが少し出すんだってさ。

 それは結構だね。

「俺にも運転させろよ。四駆だろ、これ」

「何駆でもいいの。いいから、大人しくしてなさい」

 助手席に座っているサトミが、怖い顔で振り向いた。

 まずいと思ったのか、ショウは後ろに倒していたシートに身を伏せた。

「怪我が治ったら、いつでも乗れるじゃない。ねえ、ヒカル」

「うん。それにもうすぐ夏だし、みんなで海に行こうよ」

 バックミラー越しにみんなを見渡すヒカル。

 私は大きく頷いて、いじけているショウの肩をそっと叩いた。

「だから、その時はショウが運転すればいいでしょ。そのためにも、早く怪我直さないと」

「でも、良くそれだけで済んだわね。やっぱり鍛え方が違うのかしら」

 私の隣りに座っている沙紀ちゃんが、半ば呆れ気味にショウを見る。

「肉体改造が成功したんだろ。あんなのよく飲んだよ、本当」

「え、何の事?」

 私とショウは見つめ合って、必死に笑いを堪えた。

「怪しいわね、二人とも。何か隠してるんじゃない」

 厳しい言葉が、助手席から飛んでくる。

 するとショウはわざとらしく鼻歌を歌い、後ろのスペースに顔を突っ込んだ。

「ん、なんだこれ」

 訝しい顔をして、大きなバックを引きずり出すショウ。

 黒くて、滑らかな手触りの生地。

「何かそれ見覚えあるね、これ」

「そうか?」

「そうよ」

 私はショウからバックを受け取り、膝の上に置いてみたじ。

 隣にいる沙紀ちゃんは思い当たる節がないのか、あまり関心なさそうにバックを眺めている。

 サトミとヒカルは話し込んでいて、こっちを振り返ってはこない。

「ショウ、もう一度見てよ」

「俺に聞かれても。……ヒカル、これなんだ」

 最も確実な方法を採ったショウ。

 一瞬振り向いたヒカルは、爽やかな笑顔と共に答えを返した。 


「サトミのバックだよ」

「な、何で持ってくるの?後で取りに行くって……」

 声を張り上げかけたサトミだったけど、私達の視線に気づきすぐに口をふさいだ。

 そして、そのままドアから出ていこうとしている。

 死ぬ気か、この人は。

「ちょっと、どこ行くの。大体、このバッグ何なの」

 サトミは私の手から、強引にバッグを持っていこうとする。

「別に大した物は……。あ」

 するとファスナーがきちんと閉めてなかったのか、中の物がぽろりと転がり落ちてきた。

 サトミが拾うより早く、私の手が伸びる。

「歯ブラシ……」

「だ、駄目。ユウ、駄目だって」

 私はかまわずサトミからバッグをひったくった。

 ファスナーを開けば、出てくる出てくる。

 下着に着替え、ヘアブラシにフェイスケア用品、ヘアバンドなどなど。

 彼女が寝る前に使っている、フェイスクリームまで入ってる。

 何をやってるんだ、何を。


「サトミちゃん、お姉さんは悲しいよ」

「そ、その。通うのが面倒だったから、つい」

「ふーん、へーえ。どう思います、丹下さん」

「私、子供だから分かんない」

 首を振る沙紀ちゃん。

 一緒に震えた胸はとても子供のそれじゃないけど、今はよしとしよう。

 私と沙紀ちゃんは運転席と助手席に身を乗り出し、二人の顔を覗き込んだ。

「ねえ、これどういう事?ねえ、教えてよ」

「楽しかった?ねえ、楽しかった?」

 悪戯っ子かさながらに、目を輝かせて二人に迫る私達。

 前を向いて、聞こえない振りをするサトミ。

 窓に映る彼女の顔は、いつになく赤い。

「……ユウ」

 見かねたのか、ヒカルが穏やかな口調で話しかけてくる。

 私はさらに身を乗り出し、何度も頷いた。

「え、何」

「……これはね、子供には分からない事だよ」

 優しい、限りなく優しい言い方。

 そうまるで、幼子にでも言い聞かせるような……。

 って、誰が子供なんだ。


「あ、あなたね。どうしてそういつも、地味に嫌みなの?ちょっと、サトミも怒ってやってよ」

「どうして?私も光と同じ意見よ」

 しれっと言い放つサトミ。

 でもって、のんきにヒカルの手を握った。

 このっ。

「優ちゃん、何もそこまで怒らなくてもいいじゃない」

 私をなだめようと、沙紀ちゃんが私の体を引き戻す。

 ため息混じりに振り返ると、そこには大人の体を持った女性が一人。

 ……何だか、もうどうでもよくなってきた。


 私はバックシートにもたれ掛かり、力無く首を傾けた。

 そこには、私以上にぐったりしているショウの姿が。

 いくら大怪我をしていないとはいえ、体の痛みが無い訳ではない。

 むしろ集中の切れた試合後の今の方が、痛みは増すくらいだろう。

「大丈夫?」

「ああ、少し痛いけど、自分の馬鹿さ加減が分かってちょうどいい」

 反省と、自戒を込めた言葉。

 でもどこか誇らしげな、明るい笑顔。

 その笑顔に言い知れない息苦しさを覚えた私は、微かに顔を伏せてささやいた。

「だったら、今日は何食べる?口の中切れてるなら、柔らかい物がいいのかな」

「ん、そうかもしれないけど。でも……」

 何となく口ごもり気味のショウ。

 私は気にせず、ヒカルに声を掛けた。

「ヒカル、ちょっとあそこのスーパー行って。今日の夕食を……」

 そこまで言って、口を閉じた。

 よく考えてみれば試合は終わったんだし、もうショウのご飯を作る必要はない。

 それに、ここで発表する必要もない。

 どうやら、試合が終わって気が緩んでたようだ。   

 などと、冷静に分析している場合でもない。

 サトミと沙紀ちゃん、バックミラー越しにはヒカルの視線も飛んでくる。


「夕食って何?ご飯は食堂で食べればいいでしょ」

「どういう事かしら。納得のいく説明をしてもらいたいわ」

「……ショウは静かだね。どうかしたの?」

 ヒカルの指摘に、シートへ顔を伏せて抵抗するショウ。

 私も顔を伏せて、ひたすらに押し黙る。

 だがその程度であきらめる人達でないのは、私達が一番分かっている。

「……光、まずはスーパーへ行きましょ。何か分かるかもしれないわ」

「そうね。少し聞き込んでみたら、面白いかも」

「分かった。ユウ、希望通りスーパーに行くからね」

 おそらくはもう分かっているはずなのに、あえてじわじわと攻めてくる。

 友達甲斐が無いというか、あるというか。

「どこにでも、行ってよ……」

 かろうじてそれだけ呟き、私はシートを後ろへ倒した。

 そしてショウと一緒に、ぐったりと身を横たえる。

 隣を見ると、苦笑気味にショウがこっちを見てきた。

「参ったな、さすがに」

「本当よ、もう」

 私達は小声でささやきあって、くすくすと笑う。

 サトミ達は私達の事で盛り上がっているらしく、こっちを気にしている様子はない。

「でも、ユウには世話になったな」

「そう?迷惑ばっか掛けてたんじゃないの」

「そんな事無いさ。俺は、その、感謝してる」

 ぶっきらぼうなショウのささやき。

 私は、ただショウを見つめ続けた。

「だから、今度は俺が飯でもおごるよ。……いいかな?」

「うん、すごい嬉しい」


 カーブで車が揺れ、宙に浮いた私とショウの体が微かに距離を詰める。

 そしてほんの少しだけ、二人の指先が触れ合った。

 私達は何も言わず、指先を触れ合わせ続けた。


 サトミ達に比べれば淡い、まるで子供のような振る舞い。

 でも私にとっては、とても神聖でとても大切な事。

 私の大切な気持ちを込めて、触れ合っているのだから。

 ショウの気持は分からない。

 でも伏せている彼も、指を離そうとはしていない。

 それだけで、私の心は十分に満たされる。

 気恥ずかしさと嬉しさが、そんな心の中に入り交じる。

 そしてこうも思った。 



 こんな事で喜ぶなんて、やっぱり私は子供なのかなと。

 勿論答えはどこからも返ってこず、代わりに心の中は暖かな気持で満たされ続けるのだった。






                                                               第2話 終わり









   第2話 あとがき




 甘いです。

 ちょっとやり過ぎかなと思いましたが、まあこのくらいはいいかと。

 問題はトレーニングと試合ですね。

 ユウとショウの甘い関係とは対照的に、あっさりしてますから。

 特に試合は、あまりにも淡々と終わってしまいました。

 とはいえ格闘シーンやトレーニングシーンを延々と書いても何なので仕方ないかなと、自分を弁護しています。

 それに今回のストーリーはユウとショウの関係がメインで、試合はその次です。

 また色々伏線もありますが、それは当然今後につながっていきます。


 さてユウとショウについては、ようやくスタートラインに立った段階です。

 この二人についても、今後どうなるか楽しみです。

 何せ、指が触れ合っただけで満足してますから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ