13-8
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とにかく参った。
通常のガーディアンの仕事に加えて、沙紀ちゃんの所で事務の研修。
正確には、再研修。
ケイを笑ってる場合じゃなかった。
指導は神代さん。
彼女は優しいけど、やる事は多い。
今まで殆どサトミやケイへ任せていたから、本当に1から始めるような物まである。
大体無駄な手続きが多いんだ。
それに、ガーディアン連合と書式が違う物もたくさんある。
別に嫌だから言っている訳じゃなく。
こういうのを簡素化して統一化すれば、時間も有効に使えて予算も他へ回せるのに。
などと、事務ばかりやっていたせいかそんな事を考えてしまう。
今までは大して気にも留めていなかったのに。
サトミやケイが普段言っていた不満が、今は少しは分かる。
それだけでも、こうして事務の研修をした甲斐はあったかな。
とはいえ、根を詰め過ぎても仕方ない。
少しは息抜きをして、ジュースを飲んでと。
「暇そうね」
「へ」
教棟と教棟を結ぶ渡り廊下。
窓からは熱田神宮の杜が、わずかに見えている。
私はそちらへ向けていた視線を外し、後ろを振り向いた。
わずかに映り込んでいた、青いスーツをより確かな物へとするために。
「……どうしてこんな所に」
「責任者として、たまには視察をね」
ゆとりある、大人の微笑みを見せる理事長。
他意があるかどうか読み取る事は出来ないし、仮にあったとしても私にはどうしようもないだろう。
そのくらいの能力の差、力の差、人間としての違いを実感させられる。
「あなたこそ、仕事はいいの。ガーディアンの」
「ジュースを飲むくらいの余裕はあります」
強引に抜け出してきたんだが、取りあえずそう答える。
彼女は苦笑して、隣にいた中年の女性へと顔を向けた。
「先生。どう思います、この態度。」
「子供らしくていいじゃないですか。それと、私を先生を呼ばなくても。理事長」
「私にとっては、今でも先生です」
初めて見る、理事長の敬意に満ちた態度。
紺のスーツを着た、中年の女性。
いや。以前も会った例の理事は、仕方なさそうに首を振り私と視線を交わした。
「高校生だった彼女を教えていた事があるの。その縁で、理事を任されているのよ」
「はあ」
「勘違いしないでね、雪野さん。私は恩師だったからではなく、先生が高校教育の優れた指導者だったから理事に就いてもらってるの」
おそらく、その説明に間違いはないだろう。
恩や情で公私混同するタイプでないのは、私にもよく分かっている。
無論、そういう面が全くないとも思えないが。
「元野先生はお元気?」
「誰です、それ」
「あなたのお友達のお母さんよ」
そう言われて、ようやく言葉と記憶が結びつく。
モトちゃんのお母さん。
確かあの人は、以前理科の教師だったはずだ。
「という事は?」
「先生と元野先生は、私の恩師なの。天崎先生も」
「天崎さんって。あの人は、教育庁の」
「研修で、高校教師をしていた時もあるのよ。あの二人が出会ったきっかけというあれね」
おかしそうに、子供っぽく笑う理事長。
理事も同様に、口元を抑えて微笑んでいる。
多分モトちゃんも知らないだろう話。
人としてのつながりを感じる瞬間。
「古い話よ」
「確かに。あの頃はただの高校生に過ぎなかった私は、理事長なんて名乗ってますし。先生も、理事に」
「それは、あなたが無理矢理頼んだからでしょ」
もう一度笑う二人。
懐かしさと、微かな寂しさを含ませて。
今はもう戻れない、遠い日を振り返って……。
さすがにいつまでも話し込んではいられず、彼女達に別れを告げて沙紀ちゃんのオフィスへと戻る。
それは、理事長達の台詞かも知れないが。
「こんにちは」
「ん?」
パトロールの週別シフトを組んでいると、私の前に男の子が立った。
「何よ、からかいに来たの」
「相変わらずですね」
苦笑してDDを差し出す小谷君。
まだ仕事しろって?
「私、今忙しいの。これは局長にでもやらせれば」
「そうじゃなくて、来月の予定表です。コピーして、各ブロックに配って下さい」
真顔で言う小谷君に、私は席を立ってDDを手に取った。
「ネ、ネットワークで送ればいいじゃないっ。このくらいのデータなら、量も内容も問題ないでしょ」
「矢田さんは、コピーして配るようにと。一応、局長として通達ですから」
「下らない。誰がこれをコピーすると思ってるのよ」
私だ。
雑用は、私の仕事だ。
G棟はA-1からE-5まで。
生徒会ガーディアンズが5×5の25と、連合が約20。
予備も含めて、50はいるか。
「取りあえず、DDを確保しないと。小谷君来てよ」
「え、俺も?」
「後輩は、黙って先輩を手伝うの」
小谷君を伴ってやってきたのは、装備や備品の置かれた一室。
中にはそれを管理する人もいて、私を見るなり眉をひそめた。
「何ですか」
「DDちょうだい。50枚くらい」
「正確な数と用途を申請書に書いて、提出して下さい」
「また?」
渡された小さな紙に必要事項を書き込み、彼女へ渡す。
「余ったら、返して下さいよ」
「分かってる。人を泥棒みたいに言わないで。ねえ、小谷君」
「さあ、俺は何とも」
肩をすくめDDの入った箱を持っていく小谷君。
私も隣りに並び、壁を適当に叩く。
「別に横流ししてる訳じゃないのよ。ただ返すのが面倒でその辺に置いてたら、あの子怒って。いちいち文句付けてくるの」
「自警局は、備品の管理がうるさいらしいですよ。やはり、矢田さんの通達で」
「ったく、お金あるのに細かいな。連合なんて、余ったプリントの裏にメモ書いてるのに」
「はあ」
困惑する小谷君を指差し、箱を机に置いてもらう。
さて、次はと。
「マスターがこれで、と。これだけの量、同時にコピー出来る?」
「出来るとしても、やはり数回に分けた方が無難だと思います」
「分かった。それはいいとして、後はラベル書きね」
背を向けようとする彼の頬へスティックを近づけ、席に座らせる。
「確かに、小谷君一人だと大変か」
「あの。これは雪野さんの仕事では」
「仕方ない、応援を呼ぼう」
彼の話を聞き流し、端末で連絡を取る。
「呼んだ?」
「どうかしました?」
大きい女の子と小さな女の子が一緒に入ってきた。
一人は神代さん、もう一人は渡瀬さん。
同じ1年で同性という事もあり、お互い気が合うようだ。
「呼んだよ。今からDDをコピーして各ブロックへ配るから、ラベル書いて」
「自分で書いたら、雪野先輩」
「私、すぐ間違えますから」
「横暴な先輩に、断固抗議する……。人がいたら、困りますね」
姿勢を低くしてラベルを手に取る後輩達。
先輩思いのいい子達ばかりだ。
脅したという考え方は、この際気にしない。
「大体、どうして小谷君がいるんだよ」
「届けただけなのに、捕まった」
「あ、間違えました」
全然仕事をしない後輩達。
出来ない人もいるようだが、見ないようにしよう。
「いいから、早く書いて。全然進んでないじゃない」
「じゃあ、自分で書きなよ」
「右に同じ」
「前へ倣え」
リコールだよ。
下克上だよ。
仕方ない、褒美を遣わすか。
「後であれ。ラーメン、ラーメンおごるから」
「チャーハンは」
「私、餃子」
「俺、杏仁豆腐」
勝手な意見が飛び交う室内。
しかしここで逃げられては、元も子もない。
「分かったわよ。だけど、ちゃんと書いてよ」
「はいっ」
揃ったいい返事が響き渡る室内。
すらすらと走っていくペンと重ねられていくラベル。
卓上端末は順調に、DDをコピーしている。
これで一安心だ。
そして、ふと思った。
別に、手書きじゃなくてもいいんじゃない?
端末を使えば、5分と経たずに綺麗な文字が印刷出来る。
「ちょっ、ちょっと」
私の言葉に顔を上げるみんな。
……ま、いいか。
みんなで食事をするのも楽しいし。
「後、唐揚げも付ける」
「はいっ」
元気な笑顔と返事。
私も微笑みでそれに応え、書き上がったラベルをDDに貼っていく。
先輩と後輩。
今までと違う意味での関係。
私が塩田さんへ抱くような気持ちを、彼等が抱くとは思わない。
でも、それでいい。
私には私のやり方があり、それが駄目なら私が先輩として認められないだけの話だ。
彼等には手本となる人が他にもたくさんいて、その人達に付いていけばいいんだから。
一生懸命にペンを走らすみんな。
この子達がこれからも笑顔を保ち続けられるようにと、願わずにはいられない。
先輩という肩書きに関係なく、頑張りたい。
私の中に芽生えた一つの気持ち。
それを人は、成長と呼ぶのだろうか……。
第13話 終わり
第13話 あとがき
二年編。
ここからが本編とも言います。
ユウ達は2年に、当然新入生も入ってきました。
先輩、後輩という新しい関係も出てきましたし。
これから、色々あるんでしょう。
新1年生に付いて、少し。
神代さんは、転入生。
少し悪っぽい雰囲気ですが、流れがちな性格がそうさせたともいえます。
事務が得意で、整理整頓が好きな子。
怪我をした経緯や、中等部の話もその内なんとかしたいですね。
渡瀬さんは丹下さんの後輩で、北地区出身。
小柄でお下げ髪という、いかにもという可愛らしい子。
性格はユウ以上にちゃかついていて、ただ内省的な面はあまりありません。
彼女より感情の起伏が激しく、見てて飽きない子。
この子も、丹下さん絡みで中等部編でしょうか。
それと、小谷君。
かなりの策略家ですが、自分の行動を気にするなど意外といい子。
毒気の薄いケイみたいなものですね。
ユーモアのセンスもあり、ショウを慕ってます。
矢田の後輩という点がどう関係してくるのかなど色々含みがある子でもあります。
今回は導入編の意味合いもあり、展開するのは第14話以降。
色々ありますので、よろしければご期待下さい。
それに比例して、ますますストーリーは長くなっていきますが。