エピソード(外伝) 12-2 ~ユウ視点~
家族
後編
朝食を食べ終え、サトミと一緒に庭を歩いていく。
手入れの行き届いた、趣がある緑の景色。
大きな石や、川のせせらぎ。
枯山水と言うんだろうか、詳しくは知らないが気持が落ち着いてくる。
「そろそろタケノコじゃない」
「え?」
「竹林って無いのかな」
日本庭園の趣よりも、タケノコの方が私には価値がある。
ショウの実家は、そろそろ出てくる時期だろう。
ただここは少し北にあるので、もっと後かもしれない。
「あなたは、食べる事以外考えられないの」
「考えられない」
はっきりと言い切り、背伸びして辺りを見渡す。
遠くに、森のような木々は見える。
しかし、竹ではないようだ。
どちらにしろ、すごい眺めではあるけど。
「どこからどこまでが、この家の敷地なんだろ」
「さあ。ショウの実家よりは広そうね」
「でもあそこは都心だから、土地代が高いでしょ」
「そうね。どちらにしろ、私達には縁のない話よ」
鼻先で笑い、水を浴びた葉を指で弾くサトミ。
水の珠が空に飛び、朝日を跳ね返す。
「勝手に誰か住んでても分からないんじゃない?」
「あなた、ショウの家でも同じ事言ってたわね」
「だって、もったいないもん」
訳の分からない事を言って、小道と並行して流れる小川のほとりに腰を屈める。
木漏れ日にきらめく水面。
さらさらと流れる音が、耳に心地いい。
「ずっとここにいたいね」
「養子になれば」
「そういう意味じゃなくて」
すぐ隣にあるサトミの足を撫でようとしたら、ふと影が顔に落ちた。
「舞地さん」
「何してる」
「川見てる」
「そう」
単調な会話。
ただ私達の間では十分に意志の疎通が図られていて、何の問題もない。
「今日は暖かいですね」
「は、はい?」
突然と後ろから掛かる声。
淡いブルーのブラウスと、紺のタイトスカート。
穏やかな表情をほころばせ、丁寧に頭を下げる舞地さんのお母さん。
後ろで結い上げられた黒髪と、優しげな顔立ち。
私も地面から、丁寧に頭を下げる。
「ユウ、それでは土下座よ」
呆れ気味に私を立たすサトミ。
お母さんはくすっと笑い、舞地さんの肩に手を置いた。
「いつも真理依がお世話になってます」
「いえ、私達は迷惑を掛けてばかりで。特に彼女は」
「失礼ね」
「ふふっ。大丈夫でしょうけど、危ない事はしてませんか」
笑顔の中に見える、微かな不安。
私とサトミは顔を見合わせ、小さく頷いた。
「ええ、まあ」
「学校外生徒と言うんですか?女の子なのに、転校を繰り返して暴れ回っているなんて話を聞いてるものですから」
「は、はい」
「ここにもあまり帰ってこないし、帰ってきても全然話をしてくれなくて」
笑顔で語るお母さん。
青いシャツにジーンズというラフな格好の舞地さんは、困った顔をして腰の辺りを撫でている。
「ご飯は食べてる?寝る所はある?」
私のお父さんがしたのと同じ質問。
親ならば、当然の事だろう。
「大丈夫。今はアパートを借りて、同じ学校に通ってます」
「それは聞いたけれど。お金が足りなくなったら、いつでも言ってきなさいよ」
「本当に、大丈夫です」
「真理依は頑張り屋さんだから、自分で駄目だとは言わないじゃない。だから私も、心配で」
胸元で手をもみほぐすお母さん。
舞地さんはますます困った顔をして、口元で何か呟いている。
少し可愛い。
「お母様、予定は良いんですか。どこかの議員が来ると聞いてますが」
「そうね。私は会わなくてもいいんだけど」
「またそういう事を言って。華蓮が応対するのはまだ無理だと、この間も言ったでしょう」
「はいはい。それではお二人とも、また後で」
お母さんは優しく微笑み、「だるいわね」と呟いて歩いていった。
見た目よりもフランクな人だな。
「だるいって」
「お母様……。母は出がいいから、おっとりしてるの」
顔を赤らめる舞地さん。
お母様って。
たださすがにそれは突っ込まず、足元にあった石をひっくり返す。
「お」
虫が、そろそろっと逃げていった。
春だ。
私が嫌がらせをしたからだとも言える。
「何してる」
「自然が残ってるなと思って。でも、気持ち悪い」
勝手な事を言って、もう一つひっくり返す。
ミミズが出てきたら嫌だな。
「ユウ、止めて」
「だって」
「大体、それに意味はあるの?」
「無い」
きっぱりと言い切り、川の畔に手を掛けて中を覗き込む。
底は浅く、澄んだ流れがたゆまなく続いている。
カエルよりも、オタマがいるかな。
「落ちるわよ」
「だって、オタマ」
「蛙の子供でしょ」
夢のない事を言う人だな。
丸くて小さな尻尾があって、可愛いじゃない。
顔は、あまり可愛くないけど。
「何か、お探しですか」
「オタマをちょっと」
「台所にありますよ」
とぼけた答え。
誰だ、一体。
「……一磨さん」
「どうかしましたか?」
「いえ、そうですね。お玉は台所にあります」
恥ずかしくなって、サトミを引っ張りその場を離れる。
この子がいたら、また何かありそうだし。
「聡美さん、昨日は申し訳ありませんでした」
丁寧な口調で謝ってくる一磨さん。
サトミは足を止め、彼を振り返る。
「謝るのなら、舞地さんにではないんですか」
「遠野。お兄様、気になさらないで下さい」
「ああ。どうも、俺は嫌われたようだな」
苦笑する一磨さんと、困惑する舞地さん。
サトミは険しい表情で、彼を見つめ続ける。
「いいから、もう行こうよ。舞地さんも」
「私が逃げる理由はないわ。家を出て行けと仰られるのなら、今すぐ立ち去りますが」
「参ったな」
あくまでも笑顔を崩さない一磨さん。
サトミの剣呑な物腰も無くならない。
「二人とも止めて。私は気にしていないから」
「舞地さん」
「やはり、帰ってこない方がよかったのかもしれない」
「それはありません。絶対に」
力強く言い切るサトミ。
舞地さんが戸惑う程に。
「昨日も言ったように、ここは舞地さんの家です。そして、舞地さんの家族がいるです。あなたを待っている人がいるんですよ」
「サトミ、ちょっと」
「ユウは黙ってて。一磨さんは彼女の兄として、それをどう思ってるんですか」
「厳しいですね、君は」
少し辛そうになる一磨さんの表情。
それでもサトミは、険しい視線のまま彼を見つめ続ける。
「真理依と家を天秤に掛けるつもりはないが、俺にもそれなりの責任があります。当主と跡取りが対立してたら、お家騒動の元だ。ひいてはこの地域に混乱をもたらし、大勢の人に迷惑を掛ける事にもなる。他人よりも家族を大事にするとまでは、今の俺には言いきれません」
「そうでしょうか」
「聡美さんは、どうなんです」
「私は言い切れます。人がどうなろうと、私は家族を第一に考えます」
挑戦するするようなサトミの口調。
しかし一磨さんは軽く頷いて、周りに生い茂る緑を指差した。
「俺にとっては、その範囲が広いんですよ。企業、親戚、スポンサー相手。俺には彼等も家族で、その一人一人に責任がある」
「だから舞地さんには、犠牲になってもらうとでも?」
「極端に言えばそうです。真理依もその自覚は、当然あります」
一磨さんとサトミの視線を受ける舞地さん。
しかし彼女は何も答えず、風にそよぐ前髪を抑えている。
いつものように、落ち着いて物静かに。
「舞地さん」
「遠野の気持ちは嬉しいけど、私もそのつもりだから」
「だからといって、家族がばらばらでいいんですか?離れて住んでいるという意味ではなく、気持が」
「もう慣れた」
乾いたささやき。
空を見上げる顔に注ぐ木漏れ日。
緩む口元が映し出され、目元は闇に消える。
「……母を手伝ってくる」
「舞地さん」
「遠野も来てくれると助かる」
「……分かりました」
いつも通りのしなやかな足取りで歩いていく舞地さん。
サトミは何か言いたげな視線を一磨さんへ向け、すぐにその後を追った。
「済みません。あの子、少し複雑な家庭環境で。家族の事となると、ああなるんです」
「俺こそ、配慮が足りませんでした。昨日の浦田君といい」
「いえ」
「そして遠野さんが言っていたように、俺はすぐ側にいる家族すら助けられないんですよ」
自嘲気味な表情。
だがそれはすぐに消え、自信とゆとりに溢れた元の彼へと戻る。
「まだしばらくは、ここへいてくれますか?」
「私は構わないんですが、サトミがどう言うか。それと、舞地さんも」
「そうですね。ただ母や華蓮の事を考えると、もう少しはいてくれると助かります」
しかし、自分はどうなのかは語らない。
表情にも表れない。
サトミが怒る理由の一つ。
表せない、という理由が合ったとしても。
木漏れ日を受け、小川を見つめ続ける一磨さん。
私は彼からそっと離れ、その背中に頭を下げた。
「真理依に……」
「はい?」
「いえ、何でもありません。今日いらっしゃるは大切な方ですから、粗相がないようにと伝えて下さい」
「あ、はい。分かりました」
一磨さんはいつまでも小川を見続ける。
こちらか見える背中は、木漏れ日の当たらない薄暗い闇の中。
輝く小川とは違う世界に、彼は立っていた……。
どこぞやの偉い議員先生はお帰りになり、代わって私がリビングでくつろいでいる。
何をしに来たのかは知らないし、私には関係ない。
選挙権が2年後に取得出来るとはいえ、選挙区が違うし。
それに政治家なんて、お座敷で芸者さんの帯を解いてるというイメージが強い。
サトミ達、大丈夫だったかな。
「疲れた」
お茶の入ったグラスを手にして、私の前に座るサトミ。
紺のスーツと、胸元の白い花。
髪は後ろで束ねられ、顔は薄く化粧も。
楚々とした雰囲気で、また似合っている。
「おかしな事されなかった?」
「まさか。女性よ」
「ああ」
何だ。
いや、何だじゃないけど助かった。
「それに利権絡みじゃなくて、最近の教育事情について話に来たの」
「ふーん。暇な人だね」
「彼女は教育族なの。その関係で、議員団の見学先を探してるらしいわ」
見学ね。
父兄参観じゃあるまいし。
「どうしてここに?」
「舞地さんが草薙高校へ通ってるから、お父様がかなり寄付してるんですって」
「じゃあ、うちを見学しに来るの?断ってよ」
「あなたに、そんな権限は無いでしょう」
ごく冷静に指摘された。
分かってるけどさ。
でも、寄付をしてるのか。
少し意外だな。
「親らしい事は、ちゃんとしてるじゃない」
「そうね。下らない理由は考えずに、私も素直にそう思いたいわ」
誰が聞いているのかも分からないのに、平然と言い放つサトミ。
却って、こっちの方が焦るくらいだ。
「で、サトミはアメでももらった?」
「どうして」
「いい点取ってるから、ご褒美に」
「馬鹿」
クリスタルのテーブルを滑る、ルージュの箱。
どこかのブランドみたいな絵柄が描いてある。
「最近は、こういう物をくれるみたいよ」
「私はアメの方がいいな」
「確かに、これはちょっと色が強いわね」
箱を開け、キャップを取って色を確かめるサトミ。
彼女が言う通り、やや赤がきつい。
でも、サトミなら似合うだろう。
私なら、お稚児さんになるけど。
「まあいいや。ちょっと、外行ってくる」
「あなたは、じっとしていられないの」
「いい天気だもん」
明るくサトミに笑いかけ、廊下の方へと歩いていく。
しかしその前に、玄関まではどう行けばいいのかな……。
大体、外に出ても迷うんだ。
外と言っても、今いるのは未だに庭のどこか。
敷地から出るには、もう少し先まで行かないと駄目らしい。
ここへ来た時こんな所を通ったかなと思いつつ、玉砂利の敷き詰められた道を歩いていく。
立て看板くらい、作って欲しいな。
それでもどうにか、大きな門へ辿り着く。
守衛さんだろうか。
スーツ姿の大柄な男性が、二人立っている。
ちょっと怖い。
「あの」
「雪野様ですね」
様かどうかはともかく、雪野ではある。
「外へ出たいんですけど」
「分かりました。お車を回しましょうか」
「いえ、散歩程度なので」
「あ、はい。門を出て右の方へ行きますと、商店街がありますので」
柔らかい物腰の、大柄な男性達。
そのギャップが、怖くもありおかしくもある。
そんな彼等の見送りを受け、のんびりと道を歩いていく。
通りの左右に並ぶ商店街。
それなりの活気と賑わい。
名古屋の繁華街とはまた違う光景だが、心和む雰囲気だ。
ついたこ焼き屋さんへ目が行くのは、仕方ないと思おう。
駄菓子、か。
なんだこれ、ゼリーかな。
カレーせんべい。
ん、ラムネもいい。
気付いたら、リュックが少し膨らんでいた。
ついつい、ね。
花屋さんの軒先で見慣れぬ花をつつき、隣で寝ている黒白の猫もつつく。
お、あくびした。
はは。
何が楽しいという訳でもないけれど、気分がいい。
どうもあの家は、肩が凝るから。
猫のひげを左右から引っ張って、変な顔にさせる。
「ほら、にゃー」
「ぎゃー」
嫌な声だな。
鼻掻いてみよ。
「にー」
気持ちいいんだろうか、目を細めて額をぶつけてきた。
面白いな。
「猫好き?」
顔を上げると、エプロン姿の若い女性が笑っていた。
店員さんだろう。
「好きというか、可愛いなと思って。おたくの猫ですか?」
「この辺に住んでる猫よ。あなた、よそから来たの?」
「ええ。でも,
どうして」
「ここで猫といえば、舞地さんと決まってるもの」
朗らかに笑う女性。
そういわれてみれば、妙に猫が目に付く。
灰色や、黒や、茶。
チンチラや、アメリカンショートヘアみたいなのもいる。
「あそこの、上の娘さんが好きらしいの」
「はあ」
「昔はご飯を上げたり、病気や怪我の面倒を見てたらしいわ。優しい子なのね」
「猫娘みたい」
「後が怖いから、あまり言わない方がいいわよ。一応、この辺りを取り仕切ってる家だから」
やや固くなる女性の表情。
だが自分も「化け猫屋敷」と呟いている。
あまり信憑性はないな。
「そんなに怖いんですか」
「噂ではね。これだけお金持ちなら、その手の話はいくらでもあるわよ」
「なるほど」
猫の頬を左右から掴み、ぐいっと引っ張る。
手を伸ばして抵抗してきたけど、構わず引っ張る。
「はは、面白い」
「いじめないでね」
「ここの皮膚は、柔らかいんですよ。知りません?」
「私、猫には詳しくないから」
返ってくる、当たり前な答え。
確かに、相づちを打たれても困る。
今度は耳を掴み、少し後ろへ引っ張る。
「ちなみに、アシカです」
「はは。それは本当に面白いわ」
「でしょ。目の辺りの毛を降ろすと、おじいさんにもなります」
大笑いする女性と、猫をいじくる私。
猫は嫌そうな顔で、それに耐えている。
いや、猫の嫌な顔って知らないけどね。
私がされたら嫌だなって事で……。
「……何してるんですか」
「猫と遊んでるの」
「いじめてるようにしか見えないんですが」
真上から私を見下ろす、ジーンズとTシャツ姿の華蓮さん。
「どうしたの、お嬢様」
「そういう言い方は、やめて下さい」
「ああ、ごめん」
猫を持ち上げ、ぐいと頭を下げさせる。
「もう」
「はは」
二人して一緒に笑っていると、花屋のお姉さんが私の顔を指差してきた。
「あなたって」
「ちょっと、彼女の家に泊まってるんです」
「真理依姉さんのお友達。知らなかったんですか?」
「彼女、何も言わないもの」
苦笑して華蓮さんの髪を撫でる女性。
どうやらこの二人も、顔見知りのようだ。
「それで、今日はどんな花を?」
「春らしいのをお願いします。いつもより、少し多めに」
「はい、分かりました。でも、電話で頼めばいいのに」
「ずっとあそこにいると、疲れちゃって。姉さんが家を出た、理由も良く分かるわ」
屈託無く笑う華蓮さん。
女性もくすっと笑い、足元に寄ってきた子猫を持ち上げた。
「真理依ちゃんも、もう少し帰ってきたらいいのに」
「私も、そうは思うんですけどね」
「似た者親子、か。私は、しがない花屋の娘で良かったわ」
「何ですか、それ」
大笑いする二人。
仕方ないので、私も笑う。
猫は周りで、鳴いている。
穏やかな、暖かな光景。
その中に包まれる私。
ここに来て良かったと思える、つかの間の時……。
屋敷へ戻って門をくぐると、さっきの大柄な男性二人が出迎えてくれた。
「これ、よかったらどうぞ」
さっき買った駄菓子を、袋ごと差し出してにこっと笑う。
大変ですねという、ねぎらいの気持も込めて。
「あ、あの」
難しい顔で紙袋を抱く男性。
「お菓子、嫌いですか?」
「い、いや、そういう訳でも無いんですが」
「よかった。お二人で、仲良く分けて食べて下さいね」
もう一度笑い、二人に別れを告げる。
本宅へ向かう道を歩いていると、華蓮さんが突然笑い出した。
「どうしたの?」
「お菓子って、子供へのお土産じゃ無いんですから」
「変かな?」
「しかも、仲良く分けて下さいねって。誰も、取り合いませんよ」
大笑いする華蓮さん。
私はサトミやモトちゃんとよく取り合うから、結構本気で言ったつもりだ。
「楽しそうだな」
するとサトミと同じようなスーツを着た舞地さんが、前から歩いてきた。
脇にはバインダーを抱えていて、どこかの有能な秘書さんみたいだ。
「姉さん、聞いて。優さん、門の所にいる人達へ駄菓子を渡すのよ」
「駄菓子?」
「そう。お父様のボディガードに。そういう人達に、駄菓子は無いです」
「雪野のやる事だから」
フォローしてくれているのかどうか分からない発言。
もう少し労ってよ、先輩。
「それで、花の注文は?」
「済みました。後で届けてくれるそうです」
「分かった」
「優さん、そこでも猫いじめてるし」
人聞きの悪い事を言う人だな。
ひげを引っ張ったり、頬を伸ばしてただけなのに。
それがいじめていると言うのかも知れないが。
猫は喜んでるんだって。
多分。
「猫と遊んで、大人に駄菓子あげて。何がしたいの」
「そう言われると困るけど。暇じゃない」
まさに子供の論理で返し、舞地さんにため息を付かせる。
華蓮さんも呆れているようだが、気にしないでおこう。
「何かしろとは言わないから、少しは大人しくしてて」
「私はいつも大人しいわよ。自分だって、人の事言えない癖に」
「え?」
と言いつつ、いきなり距離を詰めて脇の辺りに拳を突き立てて来る舞地さん。
それを素早く肘で挟み込み、こっちも顔を近づける。
間近に見える精悍な顔。
かなり鋭い視線。
「余計な事を言わなくていいから」
華蓮さんを気にしてか、かなり抑えられた声。
私も頷き、彼女の脇をくすぐってすぐに離れる。
鋭い視線が異様な輝きを見せた気もしたが、忘れよう。
お互い様だ。
「サトミはどこにいるの?」
「知らない。私はあの子の保護者じゃない」
つっけんどんな答え。
脇をくすぐられたくらいで、大人げないな。
「いいわよ、自分で探すから。地図無いの、この家の」
「迷ったら、迷子の放送でもすればいい」
「失礼な人ね。きー」
「それは、何」
じっと見つめてくる舞地さん姉妹。
意味はないですとは言いづらい。
「き、北へ向かいます」
「馬鹿」
一言で片付ける舞地さん。
「分かってるわよ。それと、ご飯は少なくていいって言っておいて」
「別れの台詞が、それ?優さん、いくらなんでも」
「放っておけばいい。食べる事以外に、考えが回らない子だから」
失礼かつ鋭いなと思いつつ、私はどこかも良く分からない細い道へと逸れて行った。
森と言う程でもないが、木立が並び独特の冷えた空気が辺りに立ちこめている。
小鳥の鳴き声と、遠くから聞こえる小川のせせらぎ。
緑が多い土地柄とはいえ、私の周りにあるのは明らかに人の手で造られた空間。
これだけの土地を所有するのは勿論、維持費にどれだけのお金がかかるんだろう。
私には、全く縁のない世界だと言える。
さっき舞地さん達と別れた小道を道なりに歩いているのだが、ちょっとした開けた場所に辿り着いた。
周囲は木立。
敷き詰められた玉砂利。
その中央にある、苔むした岩で囲まれた小さな池。
中には大きな錦鯉が、群れをなして悠然と泳いでいる。
良く分からないが、見るからに高そうな色合いとサイズ。
ただ、美味しそうではない。
私にとっては、その方が重要だ。
「何か、汚れてるな」
岩へ手を付いたせいか、手の平が少し茶色くなっている。
仕方ないので手を払うと、突然池の水面が激しく波立った。
「わっ」
慌てて飛び退き、咄嗟に身構える。
は、半漁人?
それとも、カッパ?
まさかそんな訳はなく、鯉が顔を出して泳いでいるだけだ。
「手を叩いたので、エサをもらえると勘違いしたんですよ」
低い、重々しい声。
後ろを振り向くと、そこには薄茶の和服を着た舞地さんのお父さんが立っていた。
「あ、こんにちは」
動揺を隠しつつ頭を下げると、お父さんも小さく会釈を返してくれた。
「名古屋とは違って小さな街ですが、ゆっくりしていって下さい」
「あ、はい」
明るく笑おうとしたけど、そういう相手ではない気がして頷く事でそれに代えた。
他の人はともかく、何を話していいのかが困る。
共通の話題なんて思いつかないし、まして舞地さんの事なんて。
「真理依は、ご迷惑をお掛けしてはいませんか」
お父さんの方から尋ねてきた。
ただ他意は無いようで、お母さんと同じく彼女を気遣っての事だろう。
そう思いたい、私の願望もあるが。
「ええ。むしろ、私達の方が迷惑を掛けてるくらいです」
「そうですか。何かあったら、遠慮無く叱ってやって下さい」
「いえ、そんな」
叱られるのはこっちの方だ。
現に、ついさっきもそうだし。
「……真理依は、私の事をどう言ってました」
先程と変わらない、落ち着いた口調。
どう答えようか迷ったけれど、私は素直に考えた。
「あまり意志の疎通が出来ていないと。でも、仲が悪いとか嫌いだとは、一度も聞いてません」
「そうですか」
重々しく頷くお父さん。
彼の口からは、肯定も否定の言葉も出てこない。
「私の友達は、そういうのは良くないって言ってますけど」
遠慮気味に尋ねてみるが、お父さんは黙って池を見つめている。
ゆっくりと泳ぐ鯉。
微かに揺れる水面。
しかし、彼の心の内までは分からない。
「間違ってますか、そういう考え方は」
「人によるでしょう。何を、どう捉えるかは」
曖昧な、はぐらかしたとも取れる答え。
視線は池から離れない。
「私は一般論を言ってるんじゃなくて。その、立ち入った事かもしれませんけど」
「雪野さんの仰る通り、そして今申し上げた通り。この家にはこの家のやり方があります。余所からはおかしく見えても、我々にはそうすべき理由があるとも言えます」
「それは舞地さん……。娘さんを許さないという事ですか」
「随分直接的ですね。これでも世間では強面で通っていて、そういうのは久し振りですよ」
口元を緩めるお父さん。
だがその鋭い眼差しは、微かにも緩まない。
「殆ど初対面で、こういう事を尋ねるのが失礼なのは分かってます。ただ」
「私の家には私のやり方がある。そう申し上げましたが」
「だからといって」
「ユウ。もう、いいわ」
不意に私の後ろから現れるサトミ。
私が探していたと、舞地さんから聞いてきたのだろうか。
先程の小道からここまで、脇道はない。
必然的に彼女は、ここへ着く。
こうして話し声がしていれば、余計に。
「話しても無意味だ。私は考えを変えないし、間違っているとも思わない。そうですよね」
「人の心でも読みますか?」
穏やかに語りかけるお父さん。
サトミはうっすらと微笑み、私の前に出た。
やや距離を置いて見つめ合う二人。
お互いの間に、目には見えない圧力が感じ取れる。
「多くの企業を抱え、莫大な財を持ち、国政にすら発言力がある。そんなあなたが、私のような小娘とまともに話をする必要も無いですよね」
「耳を傾けるべき点があれば、私は誰だろうと話を伺いますよ」
「そして、私の話には聞く価値もない。そう仰られたいんですか」
語気を強め、腕を組むサトミ。
途端に感じられる熱を帯びた気迫。
微かに青ざめた表情。
人の心に突き刺さるような眼差し。
口元が厳しく引き締められ、小さく震え出す。
「考え方の一つとしては、伺いますよ」
「適当にあしらって、帰るのを待てばいい。娘もじき卒業。大人になれば自分の行動が馬鹿げていたと反省して、頭を下げてくるだろう。そうですよね」
「私は何も言ってませんが」
「確かに舞地さんの行動は、世間から見れば間違ってるかもしれません。……でも、家族はそれを否定しないはずです。他の誰が何と言おうと、自分達だけは信じるはずです」
一瞬視線が伏せられる。
玉砂利が小さく跳ね、サトミは前髪を散らしながら顔を上げた。
「親が、親が子供を信じなくてどうするんですか。何があっても、自分の子供を守るのが親じゃないんですか。義務や体面なんて関係なく。それは、子供の身勝手な思い込みなんですか」
「遠野さん」
「どんな子供でも、無条件に親が好きなんです。愛してるんです。でも、親がそれを受け入れなかったらどうするるんです。自分の思い通りに行かないから、自分とは違う考えだから。そんな事、当たり前じゃないですか。私達は親のコピーではなく、子供なんですから」
なびく髪、飛び散る玉砂利、真っ直ぐ向けられる視線。
サトミは荒くなった息を気にもせず、青ざめた顔で前を向き続ける。
「私達はいつだって、親を見てるんです。自分を見てくれるようにと願って。それに理由はないんです。頭がいい、綺麗だ、何かが上手い。そんな理由ではなくて。ただ好きだから、愛してるから。子供は親を見続けるんです」
「だから、遠野さん」
「お願いです。舞地さんを見てあげて下さい。何も余計な事を考えずに、ただ見てあげて下さい。彼女もきっと、あなたを見てるんです。でも嫌われたくないから、それが真実になるのが怖いから。距離を置くんです。だけど、本当は……」
かすれていく声。
下がっていく視線。
肩が震え、小さな声が風に消える。
「何でもいいんです。ただ一言、自分の気持ちを伝えてあげて下さい。言葉にしなくても分かってるなんて、思わないで。一言、それだけでいいんです」
「少し、私の話を聞いて下さい」
「いいんです。とにかく、舞地さんに声を掛けてあげて下さい。この非礼は、どうやっててでも償います。ですけど、舞地さんには」
「私が、どうした」
驚きの表情で顔を上げるサトミ。
彼女の隣りに立ち、お父さんへ一礼する舞地さん。
そよ風が、全員の髪を揺らす。
「舞地さん、私」
何かを堪えるようなサトミを軽く抱きしめ、舞地さんはもう一度お父さんへと向き直った。
澄んだ、いつもよりも落ち着いた表情。
穏やかな、暖かい眼差しで。
「お父様、私は」
「真理依」
舞地さんの言葉を遮るようにして口を開くお父さん。
彼女はすぐに口を閉ざし、姿勢を正した。
手を握り合うサトミと舞地さん。
それを見守る私。
お父さんは池へ視線を移し、そっと手を動かした。
「こちらへ来なさい」
「え?」
「隣へ来なさい」
「は、はい」
戸惑いつつ、お父さんの傍らへ立つ舞地さん。
するとお父さんは胸元から小さな袋を取り出し、それを彼女へと手渡した。
「これは鯉が食べる物だ」
「お、お父様」
突然真っ赤な顔になる舞地さんと、優しく微笑むお父さん。
何の事だか分からず、見つめ合う私とサトミ。
分かっているのは、二人の距離。
側に寄り添い静かに、でも仲良くエサをやる父娘。
笑い声はなく、楽しげな笑顔が浮かぶ訳ではない。
だけど。
そこには間違いなく、心の通じ合った親子がいる。
私の手をそっと握るサトミ。
それを握り返す私。
サトミの気持ちは、痛い程分かる。
自分の目の前にいる、仲のいい親子。
それを見ているだけで、十分だと。
仲違いをする親子なんて、この世からなくなればいい。
親と子の結びつきは、何があっても切れる事はない。
偽らざるサトミの気持ち。
彼女が置かれている現実とは正反対に。
だけど、それでもサトミは叫んだ。
自分がそうならないと気付いてはいても。
自分と同じ思いをする人が、一人でもいなくなるなら。
サトミは同じ事を繰り返すだろう。
私は、それを見守る事しか出来ない。
舞地さん達を見つめる、彼女の手を握る事くらいしか。
彼女が悲しさを覚えるように、私も同じ思いを抱く。
サトミが、彼女の両親と笑い合える日が来るまでは。
叶わない夢。
現実ではない話。
でも、舞地さん達がそうだったように。
サトミが諦めなかったように。
私も、諦めはしない。
それが、どれ程不可能に思われても。
サトミの側にいる限りは。
諦めない……。
昼食。
大きな座卓に付く私達。
舞地さんの両親が上座に。
一磨さんと華蓮さんの間に、舞地さん。
私達は、その向かい側。
「どうしてお昼から鍋なんです。しかも、春に」
苦笑して白菜を取る一磨さん。
お父さん達は素知らぬ顔で食べるだけで、華蓮さんは嬉しそうに舞地さんに寄り添っている。
昨日までは、お父さんの前では見せなかった態度。
彼女もこの場の雰囲気を、すぐに感じ取ったのだろう。
「ユウ、もう食べないの?」
「お腹一杯」
というか、鍋の他にお寿司もある。
カニもある、地鶏の唐揚げもある。
これでも、いつも以上に食べた方だ。
「本当に小食なんだから」
「だから小さいんだ」
小声で指摘する舞地さん。
嫌な人だな。
「雪野さん。私の娘に、何か言いたい事でも」
素早く舞地さんをかばうお父さん。
今までには考えられなかった言葉。
それは微笑ましいかも知れないが、私にとってはストレスが溜まる。
「別に、何でもありません。鯉の洗いでも造ろうかな」
わざとらしく窓へ目をやり、鼻で笑う。
ケイじゃないけど、錦鯉の洗いなんて面白そうだ。
勿論、やらないけどね。
「鯉。そういえば昔、真理依があそこの池で」
「お母様」
「ある日この子が子猫を拾ってきたんですけど、それを主人が少し注意しまして。買ったばかりの鯉が襲われたら大変だと言って」
舞地さんの制止も気にせず、昔話を始めるお母さん。
途端に曇る、彼女の表情。
何故か、お父さんも。
「夜になったら、真理依がいないんです。子猫はいるのに。家中どこを探してもいなくて。主人も血相を変えて、庭へ探しに行ったんです」
「おい」
「真理依はその鯉がいる池で、ずっと番をしてたんですよ。主人の大切にしている鯉を守るために」
くすっと笑うお母さん。
華蓮さんも初めて聞く話なのか、目を輝かせて耳を傾けている。
「お母さん、それで」
「そう。お父さんが池へ行くと、真理依がしゃがんでたの。その時お父さんは、鯉に上げなさいという意味でエサの袋を差し出したのよ」
「うん」
「そうしたら真理依は、何を勘違いしたのかそれを口にしようとして」
真っ赤になる舞地さんと、目元を細めるお父さん。
華蓮さんは大笑いして、舞地さんをつついている。
「私は食べてません。口元へ運んだだけです」
「私も、鯉を娘に持った覚えはないからな」
「お父様っ」
和室に響く絶叫と笑い声。
サトミがそうであって欲しいと思っていた光景。
だがその中にあって、一磨さんはあまり表情を崩さない。
話を振られれば返すし、笑いもする。
ただ、華蓮さんのような明るさはない。
年齢を考えれば、その方が普通なのかも知れないが。
少しの引っかかりを感じつつ、私はまだまだ続く舞地さんのエピソードに耳を傾けていた……。
デザートを食べ終え客間で雑誌を読んでいると、一磨さんがやってきた。
「聡美さんは?」
「舞地さん達と、買い物へ。駄菓子が食べたいんだそうです」
「子供じゃあるまいし」
「子供ですよ」
私の指摘に軽く頷き、勧めた座布団の上に座る一磨さん。
「しかし父に意見するとは、聡美さんも怖いですね」
「血の気が多いんです、あの子は。こうと思ったら、相手が誰かなんて気にしないんですよ」
「なる程、気を付けましょう」
大袈裟に頷いた一磨さんは、視線を辺りへ動かして小声で話し始めた。
「あの。一つ伺いたいんですが」
「どうぞ」
「その。聡美さんって、やっぱりこの間の子と付き合ってるんですか?」
赤らむ頬、落ち着き無く動く指先。
そういう訳か。
何となく、分かってはいたけど。
財閥とも言える財力と、北関東全域への強い影響力。
その跡取りである一磨さん。
見た目は申し分なく、性格も悪くはない。
間違いなく玉の輿。
誰にとっても、申し分のない話。
サトミではなかったら。
「ええ。ヒカルとは結婚しますよ」
「け、結婚?」
「はい。18才で成人になったら、すぐ。もうこれは、中等部の頃から決まってる話ですから」
予断を挟まないよう、とにかく事実を明確に伝える。
酷だとは思うが、後に引きずるよりはましだ。
「そ、そうですか。ああ、そうですか」
「申し訳ありません。そして、私には何の話も無くて」
「い、いや。そういう訳じゃなくて。そうか、結婚か」
何度もそれを繰り返す一磨さん。
気持は分かるけどね。
もし私が男の子だったら、そう言われても諦めないだろう。
「俺には、やっぱり高嶺の花ですかね」
「さあ。逆のような気もしますが」
「俺は実家が金持ちだっていうくらいで、他には何もありませんよ。父にもろくに逆らえない、駄目な跡取りですから」
「そうでしょうか。サトミが言うには、一磨さんが先にお父さんへ話を通してたんじゃないかって」
一磨さんは一瞬目を細め、辺りを窺った。
「彼女は、何か見たと?」
「頭がいい子だから、お父さんの態度で何かを感じ取ったみたいです。そうでなければ、関係ない小娘に叫ばれたって考え方を突然変える訳がないって」
「聡美さんの考え過ぎでしょう。俺は何もしてませんよ」
「そうですか」
私もサトミに聞いただけなので、無理に尋ねるつもりはない。
また、彼女の考えが間違っているとも思わない。
それはサトミを信頼する事と同じように、一磨さんも信頼しているから。
何と言ってもこの人は、舞地さんのお兄さんだから。
「まだ、しばらくいられるんですか?」
「そうしたいんですけど、私もそろそろ家が恋しいので。お父さんやお母さんにも会いたいし」
「はは。雪野さんは、いつも素直ですね」
「はい」
素直に頷き、明るく笑う。
それに応えるように、朗らかに笑う一磨さん。
ここに来て良かったと思える一時。
また来たいと思える瞬間。
それは必ず叶うだろう。
勿論、舞地さんと共に……。
大きな門の前。
私達を見送ってくれる、舞地さんのお父さん達。
そこにいるのは彼等と私達だけ。
お手伝いさん達も、秘書さん達もいない。
舞地さんの家族が、私達を見送ってくれている。
「色々と失礼な事を申し上げてしまい、お詫びの言葉もありません」
頭を下げるサトミを手で制し、大きく首を振る舞地さんのお父さん。
「あなたの仰る通りでした。どうも私が、意地になり過ぎていたようでして」
「もういいじゃありませんか。ね、真理依」
「はい」
素直に答える舞地さん。
華蓮さんは名残惜しそうに、彼女へ寄り添っている。
「学校は、まだ始まらないんでしょ」
「向こうでも、少しやる事がある。それに、また戻ってくるから」
「約束ね」
抱き付いてくる華蓮さんに、舞地さんは手を回して背中を撫でた。
「よかったら、華蓮も来る?」
「うん。その内ね。映未さん達によろしく」
「分かった。みんなで待ってる」
笑顔で離れる二人。
私は例のリムジンに荷物を詰め終え、大きな門を見上げた。
ここをくぐった時とは全く違う気持で。
それは私だけではなく、きっと舞地さんも。
そして、サトミも。
帰宅
守衛さん達の見送りを受け、ホームを離れていく電車。
膝の上には、彼等からもらった駄菓子が置かれている。
覚えていてくれたんだ。
「来て良かったね」
「ええ」
嬉しそうに頷くサトミ。
舞地さんは少し寂しげに、流れていく景色を眺めている。
「残ってればよかったのに」
「さっきも言ったように、名古屋でもやる事がある。それに、いつまでも親元にいても仕方ない」
「私はいられる限り、いつまでもいるわよ」
「だから雪野は、仕方ない」
失礼に下らない事を言う舞地さん。
いいけどさ。
「兄さんと、何があった」
「え?」
小首を傾げるサトミ。
舞地さんは手を振り、すぐに顔を窓へ戻した。」
「いや、少し様子が違ったから。私の思い過ごしだ」
「ユウは、何か知ってる?」
あなたに一目惚れみたいでした。
と言える訳もなく、「知る訳がない」と適当に答える。
そういう話はきりがないので、そう答えるのが一番手っ取り早い。
「あー、名古屋はまだかな」
「今出たばかりじゃない」
「STOL機で帰れば、もっと早いのに」
「私は、電車も好きよ」
「そういえば、浦田のお兄さんは」
何気なく呟く舞地さん。
ああ、忘れてた。
サトミも、そんな顔だ。
「婚約者じゃなかったかったの」
苦笑気味に突っ込む舞地さんに、サトミは作った笑顔で頷いた。
「そ、そういう約束はしてますけど。あの子は、一人でも生きていけますから」
「寂しい話だ」
「だから、大丈夫ですよ。い、今連絡入れます」
「家族は一緒、か」
詠嘆する舞地さん。
サトミは慌てながら、必死に言い繕っている。
遠ざかる故郷。
近付く心の距離。
募る思い。
それは勿論、家族への……。
終わり
エピソード12 あとがき
舞地さんというより、サトミの話ですね。
ユウは特になにもせず、今回は語り部といったところ。
舞地さんとお父さんも仲直り出来て、プロポーズもされかけて言う事無し。
彼女の家族は本編に関係ないゲスト扱いですが、華蓮はもしかして。
その際も当然、ゲスト扱いですけどね。
お嬢様だったんですね。
ここでスクールガーディアンズの設定を一つ。
珍しい名前は、基本的に名家か旧家です。
玲阿、舞地。
後は第1次抗争編の涼代さんも、おそらく。
彼女の場合は、前の二人程ではないでしょうが。
舞地家は記述通り、北関東全域に多数の企業を有する財閥です。
無論その支店や工場は、全国に存在します。
また国会の上下院には、舞地家に関係する議員を何人も輩出しています。
明治の頃綿工業辺りで成長し、鉄鋼、鉱山経営、運送業などへ進出。
現在は不動産やネットワーク関連、サービス業などを中心に活動しています。
これ以上詳しく書くとぼろが出るので、この辺で。
という訳で、1年編もようやく終了。
次回からは2年編のエピソードですね。