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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第11話
123/596

エピソード WW11(ワイルドギース編)   ~ワイルドギース・過去編~






     出会い




「護衛?そんな荒れてるようには見えないんだけどな」

 窓辺に立ち、教棟の玄関辺りを眺めていた名雲が問い掛ける。

 タンクトップにジーンズ、薄手のパーカーという出で立ち。

 ただ腰には警棒が下がっていて、すぐにでも手が添えられる位置だ。

「大抵の事例は、ガーディアンだけで対処出来ます。ただ週明けからは選挙があって、多少トラブルが増えるかと思いまして」

「それで」

「俺は大丈夫なんですが、この子は女の子ですから」

 大きなデスクの向こう側にいる大人しげな顔立ちの少年が、自分の隣を見上げる。 

 長い黒髪と、清楚な顔立ち。

 物静かで、しとやかな佇まい。

 性格もそうなのか、名雲の視線を受けてすぐに目を伏せる。

「お前の彼女か」

「そういう訳でも、無い訳でも」

「確かに、自分の彼女をガーディアンが守る訳にもいかないか。彼女以外に、護衛対象は」

「この子だけで結構です」

 ゆっくりと首を振る少年。

 少女が何か言いたげに、小さな口を開きかける。

「どうした」

「い、いえ」

「俺に言いにくかったら、明日来る奴らに言ってくれ」

「で、でも」

「気にするな。そいつらは女だ。基本的にお前の護衛も、そっちがやる。その方が気楽だろ」

 名雲の指摘に、会釈する少女。

 頬が微かに赤らみ、ようやく表情が現れる。

「契約金は、前金で半分。残りは終了時に」

「……高いですね」

「おかしな連中を雇うよりはましだ。襲われるよりもな」

「ええ」

 はっきりと頷いた少年は、席を立って彼女の肩にそっと手を置いた。

「ごめん。俺が弱いせいで」

「いいの。でも、本当に私は」

「夏休みに貯めたバイト代もあるし、奨学金も殆ど使ってない。こういう時のためにと思ってね」

 はにかみ気味に告げ、彼女から離れる少年。

 その手が、名雲へと伸びていく。

「よろしくお願いします」

 握手を交わし、少年は視線を名雲の隣へと動かした。

「あ、あの」

「こいつは気にするな。しかし、少しは喋れよ」

 肘でつつかれ、微かに眉をひそめる伊達。

 だが、何も話そうとはしない。

「ちっ。それで、生徒会選挙はいつまで」

「来週の土曜に、投票があります」

「金、土、日が勝負か」

 口元で呟く名雲。

 無言の伊達。

 そんな二人に託すような視線を向ける少年。

 そして少女は視線を伏せ、固く拳を握り締めていた。



 旧滋賀県米原付近。

 琵琶湖沿いにあるウィークリーマンション。

 湖面の彼方まで望める、最上階の一室。

 リビングに寝転がっていた名雲に、影が落ちる。

「寝てるの?」

 くすぐられる脇腹。 

 名雲は両足を振り上げ、胴を挟みに掛かった。

 だがそれはあっさりとかわされ、今度は足の裏がくすぐられる。

「遅いよ」

「お前は子供か」

「だって僕、まだ中学生だもん」

「下らん言い訳しやがって」

 足の裏を押さえつつ、体を起こす名雲。

 柳は楽しそうに笑い、彼の隣りに腰を下ろした。

「伊達さん、釣れた?」

「ああ」

 柳の問い掛けに微笑む伊達。

 それは釣果よりも、柳の笑顔のせいだろう。

「釣れたって、バスだぜ。こんなの食えないだろ」

「そういえば、あまり聞いた事ないね」

「お前なら食える」 

 伊達はそう断言して、ベランダにあったクーラーボックスを持ってきた。

 ふたを開けると型のいいバスが数匹、内蔵を捌かれた状態で氷に埋まっている。

「焼くのかな。煮るのかな。名雲さんなら、生かも」

「かもしれん」

「勝手な事いいやがって。飯炊き女はどこ行った」

「失礼ね。誰が飯炊き女よ」

 キッチンから見える、長い包丁。

 まなじりを上げた、端整な顔立ち。

 長い茶髪が翻り、その身を包み込む。

「冗談ですよ、池上さん。それより、そのバス料理してくれ」

「私も、こんなの料理した事無いわ。伊達君、鮎釣ってきてよ」

「時期が違う」

「使えない子ね」

 鼻を鳴らし、それでもクーラーボックスを持っていく池上。

 上下のトレーナーという、素っ気ない服装。

 それでも彼女の美しさは、わずかにも失われないが。


「映未」

「ん、何」

 何気ない調子で振り返った池上の手に、大きな紙袋が置かれる。

 その中を覗き込む池上。

「お肉?」

「近江牛だ」

「へえ」

「この間、食べたいって言ってただろ」 

 小さなささやき。

 すぐ側にいた池上にも聞こえたかどうかの。

「な、何よそれ」

「他意はない」

「あ、当たり前でしょ。ブラックバスじゃない、これ」 

 顔を赤くして、しどろもどろでキッチンへ戻っていく池上。

 その後では、鼻歌が聞こえて来たような気もする。

「どうしたって?」

「別に」

「あ、そう。お前らも、付き合ってるのかどうか訳分かんないな」

「それがいいんじゃないの」

 くすくす笑い、警棒を磨き出す柳。

 市販されている物よりやや細身だが、重量感のある光沢を放っている。

「真理依さんは?」

「寝てるよ、あいつは」

 隣の部屋を指差す名雲。 

「手が足りないから、お前も手伝ってこい」

「どうして俺が」

「そうだね。伊達さんが釣ってきた魚と、買ってきた肉だから。責任を取らないと」

 ぐいぐいと伊達を押し、キッチンへ放り込む二人。

 何か叫び声が聞かれたが、それはすぐに笑い声へと変わる。

「いいね、彼女なんて」

「欲しかったら作れよ。お前、もてるんだし」

「すぐ転校するのに?」

「その辺は知らん」

 素っ気なく答え、名雲は自分の端末を起動した。 

 TVには、学内の組織図と重要人物。

 最近の事件や行事が表示されていく。

「これといって問題はない。どうして俺達を雇う気になったんだ?」

「余程彼女が大事なんじゃないの」

「それもあるだろうが、狙われてるのかな」

「彼が?それとも彼女が?」

 可愛らしい顔に鋭い影が走る。

 名雲は首を振り、先程の男女のプロフィールと表示させた。


 少年は生徒会関係者で、今回生徒会長へ立候補。

 成績や素行は良好で、各評価も高い。 

 女性も同様で、少年と同じ部署にいた事になっている。

「すると問題は、対抗馬か」

 同じく表示される、他の立候補者。

 名雲の顔が多少緩む。

「学校推薦者だって。これじゃないの」

「ああ。しかし今時、学校推薦って」

「あまり聞かないよね」

「悪いとは言わんが、生徒の選挙に学校が関与してもな」

 その男の詳細な情報が、続けて表示されていく。

 成績面は優秀で能力評価も高いが、人望は薄いとなっている。

「下に厳しく、上に甘い。典型的な野郎だな」

「だから学校推薦なんでしょ」

「まあそうだ。こいつの取り巻きも見てみるか」

 同時に表示される複数名のデータ。

 流れていく文字を見ていた名雲の手が止まる。

「……こいつ、苗字が同じだ」

「誰と」

「俺達が護衛する女と」

 画面に赤いラインが入り、先程の女性のデータが隣りに並ぶ。

「血縁がないと助かるんだが……」

 名雲の願いが通じたのか、「五等親内での適合無し」との表示がされる。

「もう少し、遠縁ってところかな」

「ああ。とはいえ、この連中が何かしたって訳じゃない。俺達の雇い主が警戒してるのはともかくとして」

「嫌な話だね」

「これも仕事だ」



 薄暗い室内。

 横にどかされるタオルケット。

 そこから覗く白い足。

 半開きの瞳を彷徨わせ、わずかに上体を起こす。

「朝?」

 舞地はそう呟いて、再びタオルケットにくるまった。

「……違う」

 横たわった目の前に、時計があったらしい。


「何これ」

 眠そうな顔でテーブルに付いた舞地は、差し出されたフライの皿を手でどけた。

「贅沢言わないで食べなさい」

 戻される皿。

 睨み合う、舞地と池上。

 その間に名雲が、手でフライをつまむ。

「淡泊だな」

「お前、さっき食べただろ」

「俺は、どれだけでも食べられる」

「名雲さんって、本当に犬だね」

 大笑いする男の子達。  

 伊達は薄く微笑んでいる程度だが。

 彼にとっては、笑っている方だろう。

「こっちの方がいい」

 バスの料理には見向きもせず、近江牛を食べていく舞地。

 とはいえ小さな皿に乗っているたたきを、少しずつ口に運んでいるだけだ。

「学校で、話を聞いてきた。お前と池上で、月曜から女の子の護衛だ」

「分かった」

「僕達は?」

「襲ってくる可能性のある連中を探る。おそらくは、例の対抗馬だろうが」

 バスの塩焼きを丸かじりしながら説明する名雲。

 伊達はやはり無言。

 柳も頷くだけ。

「どういう子なの」

「大人しい、真面目そうな感じだった。なあ、伊達」

「かもな」

 素っ気なく返し、伊達は目の前にあるムニエルを食べている。

「どうしてそんなの食べてる」

「目の前にあるから」

「どうして、俺の前にはない」

「最後に一尾残ったから、それを作ったの」

 口元で呟く池上。

 伊達は無言で、ムニエルを平らげた。

「お前な、残して俺に食べさせるっていう考えはないのか」

「無い」

 即答する伊達。

 池上はくすっと笑い、皿を手に取ろうとした。

「いい。俺が洗う」

「でも」

「休んでろ。……お前も来い」

「ぐっ」

 伊達は名雲の襟を掴んで強引に立たせ、キッチンへと引っ張っていった。

「じゃあ、僕も。お茶持ってくるね」

「ありがとう。紅茶お願い」

「うん。真理依さんは」

「番茶」

 残りの食器を手に取り、「渋いね」と言い残して柳もキッチンへと消えた。


「まだ眠い?」

「いや。もう覚めた」

 その言葉通り表情には眠気の欠片もなく、テーブルの脇にあった書類に目を通している。

「最初に話が来た時も思ったけど、わざわざ護衛する程荒れてはいない」

「彼女が大事なんだって。それと、多少訳ありらしいわよ」

「なるほど」

 冷静な口調で返し、書類を池上へと渡す。

「お姫様の警備とは、参ったわね」

「油断は出来ないが、そう難しい依頼でもない。気楽にやらせてもらおう」

「ええ」

 笑顔で頷き合う舞地と池上の二人。

 春の日差し差し込む、穏やかな日だまりの中で。

 窓の外では春特有の、強い風が吹いていた……。



 月曜日。

 授業前の、ある教室内。

 本棚とテーブル、北向きの暗い窓。

 照明の弱い光に、古ぼけたロッカーが鈍く光っている。

山崎由佳やまさき ゆかと申します。どうぞ、よろしくおねがいします」

 丁寧に頭を下げる山崎。

 紺のブレザーに、膝上のタータンチェック柄のスカート。

 短めの靴下と茶の革靴という、この学校の制服姿。

 清楚な雰囲気の彼女には、よく似合っている。

「この子が舞地真理依、私は池上映未。こちらこそ、よろしく」 

 軽く会釈する二人。 

 池上は白のTシャツに、ボタンの上を開けた赤いシャツの重ね着。

 下はスリムジーンズと、厚手のブーツ。

 舞地は例により、Gジャンとジーンズ。そして黒のキャップだ。


「顔色悪いけれど、大丈夫?」

「ええ。少し、寝不足なだけです」

 どうにかといった笑顔を作る山崎。

 そんな彼女に手を挙げ、舞地がドアの脇に取り付いた。

「映未」

「こっちは大丈夫」

 山崎を後ろにかばい、小さく頷く池上。

 それを確認して、舞地がドアを開ける。


「あっ」 

 バランスを崩し、部屋の中へと転がってくる少年。 

 紺のブレザーにスラックスという、やはりこの学校の制服。

 ただ襟のバッチが、少し違う。

良樹よしき君っ?」

 驚きと焦りの入り交じった声を上げる山崎。

 そして少年をすぐに助け起こし、体に拭いた埃を払い出した。

「何してるの、あなたは」

「姉さんが、ここに連れ込まれたって聞いたから。様子を見に来たんだよ」

 ぶっきらぼうに答える良樹。

 山崎はため息を付き、慌てて舞地達へ向き直った。

「す、済みません。この子は幼なじみというか、弟のような子で。ど、どうも今言ったように、私を心配してくれていたみたいでして」

「私達が拉致したとでも勘違いして?大体あなた、中学生じゃないの?学校はどうしたの」

「す、済みません」

 彼の頭を抑え、深く頭を下げる山崎。

 池上は「冗談よ」と言って、うしゃうしゃ笑い出した。

「……あ、あの」

「なに」

 素っ気なく返す舞地に、良樹が頬を赤くして頭を下げる。

「そ、その。済みませんでした。助けてくれて」

「私は、何もしていない」

「でも僕が倒れる時、手を取ってくれたじゃないですか。あの勢いで倒れてたら」

「偶然引っ掛かっただけだ」

 あくまでも素っ気ない舞地。

 それでも良樹は、はにかみ気味に頭を下げた。

「とにかく、ありがとうございました。あの、姉さんの護衛ですか」

「それを知っていて、何故私達を怪しいと思った」

「僕達の仲間は、どっちか分からないって言ってたんで。もしかして、僕達を襲ってくるかもしれないって」

 良樹の言葉に、山崎の表情が曇る。

 先日のデータ。

 山崎の彼氏は生徒会長候補であり、良樹はまた生徒会長候補を支援している。

 おそらくは本命と対抗馬。

 明確な敵対関係にあると言ってもいい間柄。

 そして二人は、恋人とはまた違う近しい関係。


「だとしたらどうする」

「え?」

「私を倒すつもりか」

 低い威圧感のある口調。 

 一気に密度を増す室内の空気。

 全身を貫くような気迫が、彼女の体がからあふれ出す。

 一歩、また一歩と下がる良樹。

 やがてその背中がドアへと付き、彼は歯を食いしばった。

 ドアは開いている、すぐにそこから逃げ出す事も出来る。

 それでも彼は、舞地の前に立っている。 

 下がっても、戦う意志は見せなくても。

 この場に留まった。


「それでいい」

 独り言のようにささやき、近くの椅子に腰掛ける舞地。

 今までの身を斬るような気迫は影をひそめ、物静かな落ち着いた彼女へと戻っている。

「あ、あの」

 早くなった呼吸を抑え、舞地の前に来る良樹。

 何気ない感じで見上げる舞地。

 一瞬重なる二人の視線。

 微かに色付く二人の表情。

 だがお互いは言葉を交わす事もなく、どちらからともなく視線を逸らした。

「僕、戻るよ。選挙が終わるまでは、結局敵同士だから」

「そうね」

 寂しげに呟く山崎。

 良樹は笑顔を作り、彼女に手を振った。

「大丈夫だよ。姉さん、またね」

「ええ」

「お二人も、失礼します」

 丁寧に頭を下げ、足早に部屋を出ていく良樹。

 そのドアを、名残惜しそうに見つめる山崎。


「済みません。みなさんにまで、ご心配をお掛けしたみたいで」

「気にしないで。いい子じゃない。線は細いけど、元気そうだし」

「ええ。ただ向こうの候補者に付いているのが、私はちょっと。対立候補だから言う訳ではありませんが、いい評判を聞きませんし」

 山崎の顔が、辛そうに歪む。 

 その肩に手を置いた池上は、微笑みを浮かべて首を振った。

「あなたはあなた。彼は彼。あの子なりに考えがあるんでしょ」

「それは分かります。私が世話を焼いたり、責任を取る必要が薄れてきているのも」

「男の子っていうのは、つい無理をしたくなる物よ。特に私達の年代では」

「そうなんですけどね」

 やるせない表情でため息を漏らす山崎。

 ただ自分の気持ちを告白をして気は楽になったのか、少しは雰囲気が和らいだ。

「済みません。余計な話ばかりして」

「だから気にしないの。それに全然余計な話じゃないわよ。護衛する人がいい気持ちでいられるようにするのも、私達の役目なんだから」

「格好付けて」

 ぽそりと呟く舞地。

 池上は鬼のような顔で彼女を睨み付け、山崎に顔を戻した。

「授業はどうするの?私達は一応、出席許可を学校からもらってるけど」

「危なくないですか?」

「それが仕事よ」



 昼休みの食堂。

 山崎の左右に座る舞地と池上。

 見慣れない二人の美少女とその独特な雰囲気に、自ずと視線が集まってくる。

 それに対し舞地は全くの無関心で、池上は楽しそうにおにぎりを食べているだけだ。

「恥ずかしいんですけど」

「これだけの人前で襲ってくる人はいないわ。特に、こういった選挙絡みでなら」

「もういらない」

 食べかけのおにぎりを、池上の前に置く舞地。

 彼女はまなじりを上げ、それでも鮭おにぎりを食べ始めた。

「美味しいじゃない。贅沢な子ね」

「お腹が一杯になった。後で食べる」

「後なんて無いのよ」

 残りのおにぎりを引き寄せる池上。

 無理して食べようとしたらしいが、結局彼女もすぐに手を止める。

「駄目ね」

「何が」

「私が」

 仕方なさそうに笑う二人。

 間に挟まれている山崎も、ようやくの笑顔を見せる。

「あの、土曜日にいらした男の子達はどこへ」

「情報を取ってる。あなた達を襲いそうな人達の」

「本当に、いるんでしょうか」

「それも含めて調べてるのよ。いなければいいとは思うけれどね。勿論その時は、契約金を返却するわ。実費分を除いては」

 説明をしながら、おにぎりを紙に包み出す池上。

 金銭的に不自由している訳では無いが、生活は慎ましいようだ。


「……姉さん」

 トレイを持った良樹が、彼女達の側を通りかかる。

 舞地達は食堂を出かけた所で、彼は食べ始めるところらしい。

「どうした」 

 その後ろから来る、柄の悪そうな連中。

 男女が数名ずつで、彼等の周りには人がいない。

 近付けさせないのもあるが、近付きたくないという表情が周囲から読みとれる。

「やあ、お姉さん」

 馴れ馴れしい口調と共に、山崎へ手を伸ばしてくる男。

 データにあった、対立候補だ。

 しかしその手は、山崎に届く事はない。

 真っ直ぐ天を目指すかかと。

 わずかにも崩れないバランス。

 予備動作もなく男の手を払いのけた舞地は、無言のまま足を引き戻した。


「この野郎」

「誰だ、お前」

 警棒を取り出し、舞地達を取り囲む男女。

 食堂内に悲鳴が上がり、野次馬の囲いが周囲に出来ていく。

「彼女の護衛よ。今のは警告。次は、本気で行くわ」

 腕を組み、静かに語る池上。

 しかし男女はかまう事無く距離を詰めてくる。

 山崎を後ろに下げる二人。

 相手は女が混じっているとはいえ7、8名。

 対して舞地達は守る者がいての、二人。

 客観的に見れば、分のない戦い。

 知らない者が見れば、と付け加える事も出来る。


 振りかぶられた警棒が、舞地と池上の額を狙う。

 警告無しの一撃。

 だがそれは、難なくかわされる。

 床に落ちる警棒と、その後を追い崩れる幾つもの体。

 ジャブのみの打撃。

 速さとタイミング、そしてポイントを的確に捉えた連打。

 その数を正確に捉えらえた者は、おそらくこの場には一人としていないだろう。

 舞地が他の者に掛かっていく様子はない。

 そして彼等が、舞地に向かう事も。

「な……」

 完全に足を止め、震える手でかろうじて警棒を持ち続ける男女。

 倒れた男を気遣う事も出来ないのか、立っているだけで精一杯という様子だ。

「言っておくけど、今のも警告よ。本気でやるまでもないわね」

「な、なんだと」

「気に障ったのなら、掛かって来なさい。今すぐに」

 腰の警棒を抜く池上。

 彼女は素早く床を蹴り、床に転がったままだった対立候補の喉元に警棒を突きつけた。

「あ、ああ……」

 顔を歪ませ、うめき声を上げる男。

 苦痛ではなく、恐怖に打ち震える表情。

 気道に押し付けられる警棒。

 長い髪に覆われ彼にしか見えない、人の魂すら消しかねないその笑顔に。

「ここで死ぬか、仲間を連れて下がるか。私はどっちでもいいのよ」

「あ、ああ」

「答えられる訳無いか」

 鼻で笑い、喉から警棒を離す池上。 

 男は咳き込む事もなく、すさまじい勢いで逃げ出した。

 一瞬呆気に取られた他の仲間も、すぐに後を追う。


「脅すまでも無かったわね」

「そのくらいの相手の方が、楽でいい」

 安堵感を漂わせて頷き合う二人。

 確かに今程度で逃げていくのなら、護衛もたやすいだろう。

 池上は舞地が倒した男の脇に屈み、男の警棒で背中をつついた。

「殺したの?」

 その言葉を聞き、騒然とする周囲の野次馬。

 舞地はため息を付いて、男の首筋辺りを軽く蹴った。

「う、うう」

 かろうじて聞こえる呻き声。

 視線は定まらないが、意識は回復したようだ。

「死後の世界から戻ってきたわ」

 再び静まりかえる食堂内。

 しかしそれが池上の冗談だと分かり、静けさは笑いに取って代わる。

「で、これどうするの。真理依」

「じき動けるようになる」

「邪魔よ。すごい邪魔」

「仮にも人だ」

 その人を蹴り飛ばした舞地は、思案の表情で辺りを見渡した。

「ちょっと」

 手招きする舞地。 

 それに応じて、野次馬の中から出てくる一人の少年。

「良樹君、だった?」

「え、ええ。でもどうして名前を」

「お姉さんから伺った」

 隣で笑いを堪える池上を無視して、舞地は倒れている男を指差した。

「悪いけれど、彼をお願い」

「あ、はい」

「怪我は無いし、意識もじき元通りになる」

「分かりました。真理依さん」

 よろけながら、どうにか男を起き上がらせる良樹。

 さすがに背負うのは無理で、ふらつき気味に男へ肩を貸した。

「あ、後は僕に任せて下さい」

 あどけない笑顔。

 大男の体を支えているからだけではない、その赤い頬。   

 良樹は小さく会釈をして、男と共にふらふらと食堂を出ていった。

「ふーん」

 腕を組み、舞地の顔を覗き込む池上。

「なに」

「良樹、君。だって」

「別にいいでしょ」

「真理依、さん。だって」

「もういいから」

 舞地は顔を背け、野次馬が散り始めた食堂の椅子に座った。

 池上もすかさず、その隣りに収まる。

「彼も、山崎さんに挨拶もしないで」

「気付かなかったんだろ」

「私達の間にいたのに?」

 大げさに肩をすくめる池上と、くすくす笑う山崎。 

 舞地はキャップを深く被り、完全に瞳を隠した。

 見えているのは、噛みしめられる唇。

 何かを我慢するような、隠すような。

 池上のたわいもないからかいが続く間、彼女はずっと唇を噛みしめていた……。 



「それで、どうだったの」

「どうもこうもありませんよ。舞地先生が大活躍したっていうじゃないですか」

 肩をすくめ、舞地を見つめる名雲。

 その舞地は聞こえない振りをして、ソファーで横たわっている。

「それは冗談として、襲う可能性があるのはやっぱり対抗馬くらいだな。悪そうな連中にも当たってみたが、動機がない」

「選挙のオッズ……、じゃなくて予測は?」

「7:3で、依頼主の勝ち。目立たない奴だが、相手があれだ。それに、そうおかしな施策を提案もしていない。無難で堅実、というやつさ」

「暴れ回るよりはましじゃない」

 目を細め、男連中を見渡していく池上。

 全員が全員視線を逸らし、わざとらしく伸びを始めた。

「今日の警告で、大丈夫だと思うんだけど」

「腕が立つ奴もいないし、まあそうだろ。取りあえず警戒はするが、今回は荒稼ぎだ」

「そんなにもらってないよ。ほら」

 口座に振り込まれた金額を見せる柳。

 名雲の眉間に、しわが寄る。

「半額以下だぞ?」

「楽な仕事だから減額したんですって」

「誰が」

「そちらのお嬢様が」

 ソファーで横たわっている舞地が、後ろを向いたまま手を振る。

 会話は聞いているようだ。

「仕方ない。伊達の取り分を減らすという方向で」

「何よそれ」

 伊達ではなく、池上が素早く反応する。

 しかし伊達は黙ったまま、これといった反論をしない。

「いいじゃないか、どうせ釣りしかしないんだし。後はバイク」

「ああ」

 不意に立ち上がり、自分のリュックを背負いリビングを出ていく伊達。

 池上が、慌てて後を追う。


「どこ行くのよ。怒ったの?」

 玄関先。

 ドアは閉められていて、会話は二人にしか聞こえない。 

 伊達は首を振り、背にしているドアを指差した。

「名雲の言う通り、今回は俺がいなくてもいいだろう」

「そうかもしれないけど。どこに行くの」

「若狭。ここなら、2時間もあれば戻ってこられる」

 軽く彼女の肩に触れ、エレベーターへ向かう伊達。

「一緒にはいられないの?」

 小さな、聞き取れない程のささやき。

 伊達の足が止まり、精悍な顔が振り返る。

 胸を叩く、固められた拳。

 微かに浮かぶ笑顔。

 池上もそれに倣い、彼の顔を指差す。

「越前ガニお願い」

「そんなのは釣れない」

「買ってこいという意味よ。波にさらわれないでね」

「気を付ける」 

 後ろ向きで手を振り、エレベーターに乗り込む伊達。

 扉が閉まるのを見届けた池上は、その側にある階段へ目をやった。

「追いかける程、純情でもないか」 

 そう一人呟き、エレベーターをノックする。

 勿論何も返っては来ない。

 それでも池上は満足げな表情で、その手を自分の胸へと当てた……。



 屋上。

 強く吹く春の風。

 黒髪がなびき、その表情を隠す。

 舞地は束ねた髪を手で押さえ、ビルの間から見える琵琶湖面に視線を向けた。

 遠い、日差しにきらめく水面。

 まぶしさはなく、白い光として目に映る。

 伏せられる視線。

 噛みしめられる唇。

「馬鹿馬鹿しい」

 そう呟き、舞地は光に背を向けた。

 誰もいない屋上。

 漂ってきた雲によって作られる影。

 その中に入る、彼女の姿。

 噛みしめられた唇が、横へ広がる。

 小さく漏れる笑い声。

 やがてため息と共に、それも止む。

 舞地は背筋を伸ばし、再び手すりに手を掛けた。 

 真下に見えるグラウンド。

 その片隅。

 突然足を止め、空を見上げる少年。 

 かろうじて見える表情が、笑顔になる。

 そして彼は、手を振った。

 突然の行動に、奇異な視線を向ける周囲。

 彼はかまわず、手を振り続ける。


「馬鹿馬鹿しい」

 そう呟く舞地。

 小さく右手を振りながら。

 舞地は、少年に向かって手を振り続けた。

 優しい微笑みを浮かべて……。



「おはよう」

「え?ええ、おはよう」

 やや下がり気味の大きな瞳を丸め、キッチンで立ち尽くす池上。

 エプロン姿の舞地は鼻歌交じりで、スクランブルエッグを作っている。

 コンロから降ろし、フライパンを濡れタオルの上に置いて丁寧にかき混ぜながら。

「どうしたの?」

「おかしい?」 

 逆に聞き返す舞地。

 朝の日差しに、笑顔が輝く。

「朝は半分寝てる人が急に朝食を作り出せば、誰だって不思議に思うわよ」

「別に、他意はない」

 伊達と同じ台詞を軽く返した舞地は、スクランブルエッグを皿に盛りフライパンを洗い出した。

 動きは軽快で淀みもない。

「火力がちょっと」

 そう呟きながら、ほうれん草のソテーを作り出す。

 バターの香りがキッチンに漂い、自然と食欲をかき立てる。

「運んでくれる?」

「え、ええ。今すぐ」

「ありがとう」

 明るく微笑み、しなやかな動作でコショウを振りまく。

 サラダボールを抱えた池上は、ステップでも踏みかねない彼女の背中にため息を付きリビングへと消えた。


「美味しいね」

 満面の笑みで、コーンポタージュをすする柳。

 それに対して池上は、鼻にしわを寄せ彼を睨み付けた。

「済みませんね、いつもまずい朝食で」

「そ、そういう訳じゃなくて。名雲さーん」

「下らん事で拗ねるなよ。俺は塩味さえ付いてれば、何でもいいぞ」

「最悪ね、君は」

 もう一度ため息を付き、彼のスクランブルエッグを取り上げる池上。

 半熟でもない、ふんわりとした仕上がり。

 牛乳が入っている分淡い黄色になっていて、見た目にも申し分ない。

「今日で護衛も終わりだし、楽な仕事で助かったわ」

「まだ早い。認証式が、今日だ」

 厳しい声でたしなめる名雲。

 ほうれん草のソテーが乗っていた皿を舐めながらでは、いまいち説得力に欠けるが。

「連中は、大人しくしてるんでしょ。あれだけの票差で負けたんだし」

「候補者はな。ただ、それでのし上がろうとした奴らはちょっと怪しい。朝の連絡では、どうだった」

「大丈夫。これを食べたら、自宅へ迎えに行くわ」

 視線をかわし、頷き合う名雲と池上。

 ふざけているようでも、完全に緩みきる事はない。

「そういえば、伊達さんは戻ってこないね」

 柳の質問に、それとなく池上の様子を窺う名雲。

「何よ」

「俺も聞きたい。大体、あいつどこ行ったんだ」

「漁師にでもなりに行ったんじゃないの。今頃、カニ漁船に乗ってるわよ」

 舞地に負けないくらい朗らかに笑う池上。

 名雲は鼻を鳴らし、ボールを抱えて余っていたサラダを食べ出した。

「無理しなくていいのよ」

「残すのはもったいない」

「犬というより、餓鬼だね」

 そんなつっこみにもめげず、嫌そうな顔でセロリをかじる名雲。

 嫌いらしい。

「何をやってるんだか」

 そう呟き、くすっと笑う舞地。

 彼女にしては珍しい態度。

 春の日差しは暖かで。 

 窓は、そんな春の風に強く叩かれていた……。



 講堂内の控え室。

 普段通りの制服姿で、モニターをチェックする山崎。

 そには壇上が映し出されていて、生徒会長認証式の準備が進んでいる。

「彼氏は」

「スピーチの用意をしています」

「認証式までの時間は」

「後、1時間くらいですね」

 スケジュールを表示させた山崎に、池上が顔を寄せた。

「あの子は?」

「今日は、まだ会ってません。私も、気にしないよう言ってはあるんですけど」

「顔は出しづらい、か。あなたの幼なじみだからって、逆恨みはされてないでしょうね」

「大丈夫だと思います。ほとぼりが冷めるまで、中学校も休むとか」

 彼女の肩に触れ、席を立つ池上。

 壁際には舞地がいて、暇そうな顔で腕を組んでいる。


「退屈?」

「やる事がない」

 素っ気なく答える舞地。

 とはいえ、それを苦痛に思っている様子はない。

「ここはいいから、少し外に行って来なさいよ」

「誰か来たらどうする」

「大丈夫よ、外にはガーディアンもたくさんいるし。ほら、行って来なさい」

 ドアを開け、舞地を外へ放り出す池上。  

 山崎が戸惑い気味に、彼女を見上げる。

「気にしないで。あの子、最近ちょっとあれだから」

「あれ?」

「そう、女の子」

「ああ」

 何度と無く頷く山崎。

「どうも、ご迷惑をお掛けします。頼りない子ですけど」

「何よ、それ」

「いえ、身内として少し」

「下らない」 

 顔を見合わせ、くすくすと笑い合う二人。

 だが先に、山崎の笑顔が消える。

「いつ、経たれるんですか?」

「早ければ今夜。遅くても、明日には」

「寂しいですね」

「私は残ってもいいんだけどね」

 壁にもたれ、前髪をかき上げる池上。

 だが、言葉はそれ以上続かない。

「明日には、ここを去ると」

「ええ」

「辛いですね。いえ、別れだけでなくその生き方も」

「半分、好きでやってる事だから。もう慣れたわ。……と、惰性でやってる面もあるのよ」

 小さく漏れるため息。

「彼、意外と血の気が多そうだし。私達みたいにならないよう、注意してなさいよ」

「池上さん達みたいになら、なってもいいと思いますが」

 冗談っぽく、池上に笑い掛ける山崎。 

 池上は前髪をかき上げ、鼻で笑った。

「私達も、所詮は流れ者。あなたが思う程、大した事はないのよ」

「そうしておきます。でも、あの子はどう思ってるか」

「そうね。本当に」



 グラウンドの端にある、クラブハウス前。

 日曜日のため人気はなく、春の強い風が砂を舞い上げている。

 そこから見える、校舎の屋上。

 いつも少女が立っていた場所。

「下らない」 

 上げかけていた手を下ろし、一人呟く舞地。

 苦笑し掛けたその顔が、突然鋭くなる。

 腰を落とし、手は警棒へと触れる。

 隙のない足運び。

 足音を消し、クラブハウスの裏へと回る。


「どうした」

 低い、やや緊迫した声。

 腰を屈め、舞地はそっと手を取った。

「ま、真理依さん」

 笑顔を作る良樹。

 血塗れの手、傷だらけの顔、汚れた制服。

「この間の連中が、認証式を襲うとかいっていて。それを止めようとしたら、逆に殴られて。どうにか、ここまで逃げてきたんです」

「喋らなくていい」

「いつも真理依さん屋上にいるから、ここまで来れば分かってもらえるかなと思って」

 途切れ途切れの言葉。

 荒い息。

 傷だらけの顔に浮かぶ笑顔。

「でも、僕の目の前にいるなんて。僕……」

「良樹君」

「真理依さん。僕、役に立ちました?」

「ええ。十分よ」

 彼の頭を撫で、壁際に寄りかからせる舞地。 

「……ああ。……警察と医者を頼む。……そう。……任せる」

「真理依さん」

「大人しくして。私は、行く所があるから」

「で、でも」

 手を取って優しく微笑んだ舞地は、素早く立ち上がってきびすを返した。

 彼に見えない顔には、凛々しい表情が浮かぶ。

 キャップの奥に隠れる瞳は、澄みきった氷のような輝きを宿す。

 強い春の風を背に受けて、舞地はその足を踏み出した。



 床に崩れる男達と、壁際に張り付き震える女達。

 舞地はキャップを被り直し、小さく息を付いた。

「後で警察が来る。事情は彼等に話せばいい」

 返ってくるのは呻き声と、かすれたような相づち。

 それにかまわず、舞地は狭い部屋から外に出た。

「……何をしてる」

「俺が聞きたい」

 ドアの奥を指差す伊達。

 舞地は顔を逸らし、足元に転がっている男を指差した。

「これは」

「眠かったんだろ」

「そう」

 素っ気ない会話。

 ただお互い、相手の意志は理解している様子だ。

「どうしてここに」

「映未から連絡があった。今日は認証式で危なそうだから、お前を見張ってろと」

「え?」

 切れ長の目を丸くする舞地。

 伊達は小さく手を振り、彼女を見つめた。

「心配しなくても、誰にも言わない」

「な、何を」

「頭を撫でたとか、手を握ったとか、抱きしめかねない勢いだったとか」

「だ、誰が」

「さあな」

 肩をすくめ歩き出す伊達。

 その後ろに付き、小さく呟く舞地。

「マグロ漁船にでも乗ってればよかったのに」

「なんだって」

「こっちの話。それで、認証式はどうなってるの」

「つつがなく終了した。俺達の役目もな」

 聞き流してしまいそうな、静かな口調。

 舞地の表情にも変化はない。

 むしろ伊達の方が、危ぶむような顔で彼女を振り返った。

「なに」

「いいのか」

「残る訳にも行かない。次の契約も、もう入っているんだし」

「お前がそれでいいのなら、構わないが」

 何か言いたげな素振りを見せた伊達だったが、それ以上言葉は続かない。

 また舞地も、それを待とうとはしない。

 口を閉ざし、歩いていく二人。

 窓からは相変わらず、春の日差しが降り注いでいた。



 翌日。

 黒のRV車の前で、握手を交わす男女。

 車のバックシートにはリュックや段ボールが、いくつも積まれている。

「お土産です」

 笑顔で手渡される、「鮒寿司」と書かれた大きな箱。 

 名雲は苦笑気味に、それを受け取った。

「僕は食べないよ」

 小声で呟く柳。

 池上も小さく首を振っている。

「美味しくないですからね」

 おかしそうに微笑む山崎。

 目元が、微かに赤い。

「お世話になりました」

「いいのよ」

 そっと抱き合う山崎と池上。

「また、会えますよね」

「必ず」

「待ってます」

 笑顔で離れる二人。 

 名雲はそれを見届け、車に乗り込んだ。

「金の振り込み、忘れるなよ」

「分かってます。遅れたら、取り立てに来て下さい」

「馬鹿野郎」

 全員の笑い声が風に乗り、正門の前を過ぎていく。

「みんな乗ったな。……伊達はどこ行った」

「先に行くって。協調性がないのよね、あの子は」

「伊達さんだから」

 車内に広がる笑い声。

 舞地は一人、窓の外を眺めている。

「あの子は?」

 彼女を気遣ったのか、それとなく尋ねる舞地。

 山崎は済まなさそうに首を振った。

「怪我が痛いって、家で休んでます。見送りに来るよう、何度も言ったんですけど」

「いいのよ。それじゃ、彼にもよろしくね」

「はい。みなさんも、お元気で」

「さよなら」 

 手を振る二人。

 走り出す車。

 バックミラーに映るその姿は、すぐに小さくなっていく。

 彼等が振る手も、見えなくなっていく。


「残念だったわね」

 軽く舞地の肩に触れる池上。

 彼女は首を振り、何か言いかけた。

 だがそれは、言葉にはならない。

「どうしたの……」

 彼女が見ている方向へ視線を向ける池上。

「あれ?」

「何が」

「どうかしたのか?」

 車を止める名雲。 

 サンルーフを開け、屋根から顔を出す柳。

「あそこの事?」

 彼が指を差した先。

 学校の校舎。

 その遥か高い位置にある屋上。

 小さな、小さな人影。

 懸命に手を振る姿。

 車はちょうど、グラウンド脇のクラブハウス前に止まっている。


「時間なら、まだあるわよ」

 池上の言葉に、舞地は笑顔で首を振った。

 寂しさのない、朗らかな表情で。

「また会える。さっき、映未が言ったように」

「そう。そうよね」 

 彼女の肩を抱きしめる池上。

 その胸に顔を埋める舞地。

 車は走り出し、校舎もすぐに見えなくなっていく。



 琵琶湖畔の道路を走る黒のRV車。

 日差しを受けきらめく湖面。

 窓から吹き込むのは、春の暖かな風。 

 それに吹かれて、一枚の花びらが車内を舞う。

 散った花びらが、軽やかに。






                               了










     エピソードww1 あとがき




 内容としては、第11話を補完する話。

 草薙高校へ来る前のワイルドギースと、伊達です。

 ちなみにこれは、相当に軽い仕事。

 彼等の本当の実力については、またいずれ

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