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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第11話
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11-10






     11-10




 3車線になっている、自動車専用道路。

 左右には高いクリアな壁があり、照明に照らされた海が移り込んでいる。

 橋を渡りきるとそこは完全な倉庫街で、コンテナやフォークリフトが倉庫の前に並んでいる。 

 いくつも並ぶ大きなクレーンを通り過ぎ、車はさらに先へと進む。

 広い道と、人気の無さ。 

 デートスポットでもあるライトアップされた埠頭とは全然違う、閑散とした雰囲気しか漂ってこない。

 夜間の仕事はないのか、すれ違う車も全くない。 

 あるのは薄暗い街灯と、寂れた倉庫やフォークリフト。

 そして、人目を避けるように路地の奥で止まっているワゴンなど。 

 武器やドラッグの売買が行われる埠頭があるというけれど、もしかするとそれはここなのかもしれない。

 警察のパトロールは時折あると聞くが、それが有効な手段ならその手の取引自体行われていないだろう。


「露骨にやばそうな場所だな」

 速度を落とし、辺りを警戒するショウ。

 何かが近寄ってくる様子はないが、こんな時間に訪れたい場所ではない。

「サトミ。何か分かる?」

「ええ。出来れば車を降りないで、大人しくしてて。こっちでも、手を打ってるから。警察の反応は少し鈍いんだけれど」

「分かった。あなたは来なくていいからね」

「行く訳無いでしょ。……絶対に、何とかするから」 

 感情を抑え込んだような、小さなささやき。

 私は端末を胸に抱き、一人頷いた。


「……ごめん。二人を巻き込んでしまって」

 唐突にそう呟く舞地さん。 

 後ろを振り向くと、彼女はうなだれ気味に男の子の肩を抱いている。

 まるでどちらが怪我人か分からない様子。

 それくらい、彼女は憔悴仕切っている。

 今までの事、今度の事、私達の事。

 それで気丈に振る舞える方が、どうかしている。

「いいって。私達は、好きでやってるんだから。ね、ショウ」

「その通り。傭兵でもなんでも、いざとなったら俺もそれなりの事はする」

「……そうか」 

 感慨深い一言。 

 その途端、聞き慣れないメロディが後ろから聞こえた。

 男の子の端末が呼び出されているようだ。

 辛そうな彼に代わって、舞地さんが応対に出る。

「……ああ。……それで。……分かった。……勝手にしろ」

「なんて」

「カードを渡せば見逃すと言ってきた。それともう一つ」

 言葉が切られ、彼女の顔が微かに固くなる。 

 言う前から答えが分かっているような表情。


「私も引き渡すならという条件で」

 淡々とした口調。

 予想していた内容。

 舞地さんが、ショウの肩に手を掛ける。

「止めてくれ」

「どうして」

「分かってるだろ」

「……ユウはどう思う」

 車が道の端へ止められ、ライトが消される。

 聞こえるのは男の子の喘ぎ声と、微かなエンジン音。

 ハンドルを握り前を見据えるショウ。

 後ろからは、突き刺さるような舞地さんの視線を感じる。

「もし逆の状況で、私が降りると言ったら」

「雪野」

「それと同じ事。私は渡り鳥じゃないけど、仲間は見捨てないし最後まで守る。信頼して、裏切らなくて、助け合う」

 後ろを振り返り、彼女の頬へ手を伸ばす。

 平手打ちでもない、ゆっくりとした動き。

 軽く頬に触れた手を、舞地さんは戸惑い気味に見つめている。

「だから舞地さんも、私を信頼して」

「という事だ」

 ショウの言葉と共に走り出す車。

 私は舞地さんの手から端末を取り、今の通話をリダイヤルした。

「舞地を渡す気に……」

「ふざけた事言ってるんじゃないわよ。何があっても、舞地さんは私達が守る。お金が欲しかったら、バイトしろっ」

「な、なに。お前、一体何を……」

「馬鹿にしてるのよっ」

 窓を開け、端末を道路へと叩き付ける。

 暗がりの中火花が上がったようにも見えた。

「壊すなよ」

「いいの。あのくらいやった方が」

「ユウはいいかも知れないけど。まあ、仕方ないか」 

 苦笑してアクセルを踏み込むショウ。

 シートに押しつけられるような加速と、慌てふためいた感じの後続車。

 確かに無茶苦茶だ。

 でも、これこそ私らしい。

 後はこの気持ちを、真実に変えるだけ。

 舞地さんを守るという、この思いを。



 距離を詰めてくる後続車。

 ショウはバックミラーの位置を直し、ウインドウを開けた。

 吹き込む冷たい風。

 それを寒いと言う者は、誰もいない。

 ふと聞こえるエンジン音。

 隣を見ると、ヘッドライトを消したバイクが併走していた。

 警棒を構える、ジャケット姿の男。

 開けられた窓から突きつけられたそれを、ショウは難なく掴んで逆に押し戻した。

 派手に上がる火花。

 横倒しになったバイクは、あっと言う間に後ろへと流れていく。

 だが安心する間もなく、今度は私の側にバイクが近付いてきている。

「ちっ」

 警棒が叩き付けられるより前に、ドアを勢いよく開ける。

 それをくらい、バランスを崩してひっくり返るバイク。

 またもや火花が上がり、後ろへと流れていく。

 ヘルメットもプロテクターも着けてたようだから、大事にはならないだろう。 

 そこまで気を遣う心境でもないし。。


「ごめん。弁償するから」

 後ろを振り返ると、舞地さんは小さく首を振っている。

 気にするなという顔だ。

「まだ来るって感じだな。追い込むのをやめる様子もないし」

「この先は、行き止まりね。どうする」

「反転して突っ切ってもいいが、この車格じゃきついか」

 排気量の低い、ショートワゴン。

 今くらいならなんて事はないけれど、正面からぶつかれば車体がもたないだろう。

「……前からも来たな」

 舌を鳴らし、速度を落とすショウ。

 距離はまだあるが、このまま真っ直ぐは行けそうにない。

「路地に追い込む気か」

「仕方ないわね」

「ああ」

 左手は倉庫で、その向こう側は海。

 右手には幾つか路地があり、街灯のある道が一つ見える。

 他の道よりは走りやすい様子。

 そうさせるための手かも知れないが。

 だが他に道はない。

 私達は右へ曲がり、かろうじて街灯の灯る路地を走っていった。


 やはりと言うべきか。 

 大きな鉄筋が、左側から倒れてきた。

「遅いんだよっ」

 彼も予想していたらしく、ショートワゴンが一気に加速する。

 シートに押しつけられる感触と同時に、後ろの方で派手な音がする。

 また、微かな振動も。

 後ろが、少し当たったらしい。

 舞地さん達を振り返るが、怪我をしている様子はない。

 続けて、もう一本。

「当たるかっ」

 左側が浮く感触。

 寸前で鉄筋が、その下へと落ちる。

 続いて着地の衝撃と、大きな振動。

 今落とされたのは別な鉄筋が、右側へ落ちてきたのだ。

 はじけ飛ぶフロントガラス。

 シャーシが歪み、室内にガラス片が飛び散る。

「ショウッ」

「問題ない。ちょっと曲がっただけだ」

 薄く笑い、ヘッドライトを消すショウ。

 目にはサングラスの形をした、ノクトビジョンが掛けてある。

「見える?」

「絵は荒いけど、居場所がばれるよりましさ」

 元々夜目は効く方だから、心配はないだろう。

 私もノクトビジョンを掛け、辺りの様子を窺う。 

 路地の左右に立て掛けられた鉄筋の列。

 その周囲に見える人影。

 だがライトを消した事で居場所を掴めなくなったらしく、明らかに動揺している。

 この暗がりで変に倒せば、怪我をするのは自分達だ。 

 狭い路地をかなりの速度で走り抜けるショートワゴン。

 鉄筋が倒れているため、後ろから追って来るのは容易でない。

 無論路地は他にもあるし、出口で待ち構えているのは予想出来るが。


 路地を抜けると、やや広い道へと出た。

 先程走っていた道より幅はないが、大型ダンプがすれ違えるくらいの道である。

「やられたな」

 だがショウは小さく呟き、車を脇へと寄せた。

 道路の行く手に並ぶ鉄筋やフォークリフト。

 前へ進もうと後ろへ戻ろうと、完全に進めない状況だ。

 狭い隙間が開いている箇所もあるが、せいぜいバイクが通れるくらいだろう。

 仕方なく車を降りる私達。

 舞地さんは彼に肩を貸し、視線を伏せ気味に歩いている。

「引くも駄目、進むも駄目。さて、どうする」

「どこかへ行かせせるために、ここまで追い込んできたんでしょ。……あれじゃない」

 鉄筋やフォークリフトでふさがれた道路。

 その手前にある、薄汚れた倉庫。

 非常灯が灯る程度の他の倉庫に対し、開け放たれた扉から薄明かりが漏れている。

「このままじゃどうにもならないんだし、行くしかないわよ」

「ああ。舞地さんは」

「任せる」

 小声で呟き男の子の体を支え続ける舞地さん。

 ショウは軽く頷いて、姿勢を低くしたままその倉庫へと走り出した。


 ドアの隣りに取り付き、カメラで奥を確認するショウ。

 その手が手招きの仕草を取る。

 私は舞地さん達を先にして、後ろを注意しつつ歩き出した。

「チッ」

 突然上から飛び降りてくる人影。

 舞地さんの頭へと振り下ろされる警棒。

 だがそれよりも数瞬速く、私のスティックが人影の背中を突き飛ばす。

 呻き声すら上げず倒れる男。

「走って」

 後ろを振り返り、舞地さんを促す。

 人影は後3つ。

 舞地さんは男の子を支えつつ、倉庫へと走り出す。

 その場に留まるようショウへ手で合図して、スティックを横へ大きくなぎ払う。

 右の一人を倒し、その腹にスティックを突き立て前転を決める。

 着地の体勢を取りつつかかとを中央の人影に落とし、スティックを横に振って左の人影をなぎ倒す。

 着地と共に構えを取るが、他に気配はない。

 後は振り返る事もなく、私は倉庫へ向かって走っていった。



 照明の灯った倉庫内。

 人の気配はなく、また物音や何かが仕掛けられてくる気配も今は感じられない。

 壁際や奥には鉄筋や巨大な鉄管が並べられていて、天井からは大型のクレーンが幾つか吊り下がっている。

 左右にはおそらくクレーンを操る作業用のブースもあるが、そこにも人影は見られない。

 ただ奥へ入っていく気にもなれないので、私達は扉のすぐ脇に背を持たれつかの間の休息を取った。

 コンビニで買ったジュースやパンという、簡単な食事。

 喉を通る心境ではないが、食べなければならないという気持ちが口を動かす。

 舞地さんも同じ考えなのか、おにぎりを頬張りながら時折男の子にお茶を飲ませている。

 荒い息は相変わらずで、甘さを湛えていた顔はあざが目立ち熱っぽい表情だ。


「……どうして追われている」

「舞地さん」

「私はともかく、この子達は何の関係もないのに巻き込まれている。最低限の説明はしてあげて」

 低い、感情を押し殺した口調。

 視線は下げられたままで、キャップの奥に隠れた瞳は見られない。

「そ、その。僕が、真理依さんと知り合いだから、呼び出すのは簡単だろうって。だけどずっと失敗続きで」

 途切れ途切れに語り出す男の子。

 止めようかとも思ったけれど、舞地さんの厳しい佇まいを感じ私は口をつぐんだ。

「その責任を取れって、いきなり殴られて。逃げようと思ったけど、僕は他に頼る人がいなくて。今まで勝手な事ばかりして。やらされてたとはいえ、本当に」

「言い訳は聞いていない。経緯を話せと言っている」

「す、済みません。呼び出せば真理依さんは必ず来るからって、あいつらに言われて。もし違う場所へ行くようになっても、港へ連れてこいって。監視されたまま、あそこに放り出されたんです」

「だ、そうだ。悪かったな、二人とも」

 姿勢を正し、凛とした態度のまま頭を下げる舞地さん。

 それまでの打ちひしがれた様子や悲しみに耽る様はない。

 いつもの舞地さんが、そこにはいた。

「最初からここへ連れてこられるのは決定していて、向こうは私達が来るのを完全に待ち構えている。そういう事?」

「は、はい。済みません」

「私に謝る必要はない。私は自分の意志で、ここへ来ている」 

 複雑な感情の入り交じった声。

 微かに上げられた顔から、瞳がのぞく。 

 男の子を捉える澄んだ瞳。

 だがそれ以上は何もない。


「結局私が甘かったという事だけなんだから」

「真理依さん……」

「とにかくカードは渡さないし、リンチに会う気も失せた。今は、ここを切り抜ける事だけを考えて」

「は、はい」

 壁へと崩れる男の子を支え直す舞地さん。

 私自身言いたい事はいくつもあったけれど、今は確かにそれを言っている場合ではない。

 彼女の気持ちを考えると、余計に。

 ケイ達が言っていたような、彼への疑い。 

 今こうして喘いでいる彼を見ていても、それは消え去らない。 

 疑り深くなっている自分に嫌気を差しつつも、私はその考えを捨て去る気にはならなかった。

 だけど舞地さんの気持ちを思うと、胸が痛む。

 信頼する、裏切らない、助け合う。

 その言葉と、彼の行動。

 そして舞地さんの気持ち。

「ショウはどう思う」

 小声で、彼の耳元にささやく。

 ペットボトルのお茶を飲み干したショウは、それにふたをして首を振った。 

「そういうのは、サトミやケイに任せる。今は舞地さんの言った通り、ここを切り抜けるのが優先さ。勿論、俺として気になる事は多少あるけど」

「だよね」

「あの子のためじゃなくて、舞地さんのために来た。そう割り切るしかない」

「それが出来れば、苦労しないわよ」

 ため息を漏らしつつ、腰を少し浮かす。

 奥の方で、物音が聞こえた気がしたのだ。


「今のは」

「ドアの音かな。足音は消してるのか、少し聞こえ辛い」

 すでにショウは立ち上がり、腰の警棒へ手を伸ばしている。

 私は端末ではなく、木之本君の通信機の方を取り出した。

 端末ではネットワーク上から盗聴される気がしたからだ。

 聞かれて困る様な事は話さないにしても、聞かせたいとも思わない。

「……かなり危ない状況になってきた。車も動かせないし」

「大丈夫。名雲さん達が、そっちへ行ってるから。場所も把握してる。そこは屋神さん達が言ってた倉庫の、すぐ側よ」

「分かった。サトミ達の方は、安全なの?」

「ええ、木之本君と七尾君が護衛してくれてるから。ユウ、絶対に大丈夫だから」 

 慰めではない、心からの一言。 

 私は通信を切った端末をしまい、顔を伏せた。

 思わず浮かぶ笑顔を隠すために。

 そう。

 今は私達だけではない。

 サトミも、モトちゃんも、木之本君達も頑張っている。

 だから。

 必ず守ってみせる。

 そして自分自身も。



「一旦出るか」

 扉を出た途端、ショウの鼻先にバトンが振り下ろされた。 

 正確には、あごを引いた彼の鼻先に。

 引き戻されるバトンを素早く掴み、それごと持ち上げるショウ。  

 悲鳴と共に男は地面に叩き付けられ、動かなくなる。

「後は逃げた。いいぞ」

 手を振る彼の元へ歩いていく私達。

 薄暗い街灯と、倉庫から漏れる明かり。

 月は雲に隠れ、星が雲の切れ間から瞬く程度。

 風は相変わらず冷たく、時間が過ぎるごとに寒くなっていく。

「囲まれてるのは間違いないし、どうしよう」

「鉄筋を越えて、連中の車を奪うか。それとも、名雲さん達を待つか。舞地さんは、どう思う」

「待った方がいいと思う。それまで持ちこたえるのは辛いかも知れないが」

「いや。どうせこっちもそうは動けないし、それのほうがいい」

 ショウは一瞬舞地さんに支えられている男の子に視線を向け、私に頷いた。

 私も視線を返し、革製の手袋を付ける。

 防寒用兼怪我の防止だ。

 山下さんが使っているのよりはランクが落ちるが、手首へのショックはかなり和らげられる。

「ボウガンを持っている奴もいる。気を付けた方がいい」

 小声で指摘する舞地さん。

 左手で男の子を支え、右手では伸ばした警棒を下へと向けている。

 多くは語らない。

 視線も下がり気味のままだ。

 しかしその全身から立ち上る気配は、敵に回したくないと心から思わせる佇まいを感じさせる。

 赤い燃えるような気迫。 

 先日私とやり合った時とは数段違う迫力。

 あの時が手加減していたとは思わないが、気持ちの入れ方はまるで違うのだとはっきりと理解出来る。

 無論それは、私の前にいるショウも同じだ。

 普段の穏やかで優しげな雰囲気は欠片もない。

 敵と対峙するという意志と、それへの高ぶり。

 触れるだけで斬れてしまいそうな、激しい闘志。

 またそれは、レベルこそ違うが私も変わらない。

 理性というたがが、緩みかける感覚。

 かろうじてそれを止めさせ、今の状況を把握する。 

 そこまでの気持ちにもって行くしかない、この現実。

 何ももたらさない戦いへ挑むための、虚しい高揚感。

 きっとショウや舞地さんも感じているだろう気持ち。

 でも今は、そうするしかない。



「来る」

 そう呟き、警棒を構える舞地さん。

 同時に聞きたくない風切り音が迫ってくる。

 縦に振られる警棒。

 乾いた音と共に、床へ落ちるボウガンの矢。

 再び音がして、警棒が揺れる。 

 計5回。

 5本の矢が、床へ落ちる。

「打てば良いというものでもない」

 小馬鹿にしたような口調。

 わざと相手に聞かせ、挑発するという意図もあるのだろう。

 鼻で笑ったショウも、無造作に屈んで矢を拾った。

 飛んできた方向へ首筋と背中をさらす行為。

 だが彼に、恐れや不安の色はまるでない。

「ボウガンね」

 気の抜けた声。 

 それを手の中で何度か回し、もう一度鼻を鳴らす。

「確かに、当たらなければ意味がないか」

 彼もまた、珍しく挑発的な言葉を口にする。

「ふざけやがって」

 鉄管の上に姿を現す黒いジャージ姿の男。

 ボウガンの飛距離からいってもう少し遠い位置から放ったようだが、その挑発に乗ったらしい。

「今度は、絶対に当ててやる。今さら後悔しても遅いぞ」

 ショウへとポイントされるボウガン。

 露骨ににやける男。

 だがショウは表情を変えない。

「当たらないって言ってるだろ」

「強がってられるのも今のうちだ。すぐに、土下座させてやる」

「誰がだよ」


 手首が返り、光がきらめく。

 風を切り裂く音すら残さず、ボウガンの矢が鉄管に突き刺さる。

 股の間に矢を通された男は、口を開けたままその場に崩れ去った。

「さすが」

 軽くショウの肩を叩き、自分も拾い上げていた矢をジャケットのポケットへとしまう。

「舞地さん。今の奴は傭兵の中で、どのくらい強いんだ」

「並、だろう。数では向こうが勝っているが、私達と互角にやり合える者はまずいない。こういう、下らない手を使っても」

「少し安心した。数の事は、ともかく」

 姿勢を低くして走り出すショウ。

 私と舞地さんも、男の子をかばいつつ彼へと続く。

 ボウガンの矢は飛んでこないが、狙われている感覚はつきまとう。

 当然それをかわすだけの自信もあるから、走っている。 


 私とショウが左右を囲み、舞地さんが鉄管の上に崩れている男の傍らにしゃがみ込む。

「ここには、何人いる」

「……今は30人くらい。だが、後で増える」

 抵抗もせず簡単に説明し出す男。

 無理をして殴られるよりはましだと、割り切っているのだろうか。

「誰の考えだ。こんな方法、すぐに失敗すると分かっているのに」

「そこで唸ってる奴さ。お前の知り合いだから、上手く行くと持ちかけてきた。それが、この様だ」

 低く笑う男。 

 そして男の子は、熱っぽい顔を上げて首を振った。

「ぼ、僕はそんな事知らない。お前達が勝手に、僕を連れてきただけだ」

「よく言うぜ。最初は女目当てに、近寄ってきたくせに。どっちにしろ、お前も舞地もここで終わりだけどな」

「う、嘘だ。僕は絶対にそんな事しない。真理依さん、僕は本当に」

 涙を浮かべそうな彼を手で制し、舞地さんは男へと顔を向けた。

 その眼差しは、わずかにも彼へは向けられない。

「力押しで、私達に敵うと思っているのか」

「街のチンピラも雇ってるんだ。お前達が持ってるカードさえあれば、そいつらに報酬を払っても十分に余裕がある。お前こそ何百人相手に、4人で勝てると思ってるのか。いや、今は3人だけだな」

 笑いかけた男の鼻先に警棒を突きつけ、それを止めさせる舞地さん。

 同時にショウが首筋へ、軽く蹴りを入れる。

 男は小さな声を上げ、完全にうつぶせとなった。


「何百人ね。自信を持つ訳だ」

「それはそうだけど、こっちは違うじゃない」

「しかし、そいつらが近付いてきてるのならやっぱり逃げられないだろ。どうせ道路も塞ぐだろうし」

「まあね。やるしかないって事か」 

 うなだれている男の子を視界に捉え、すぐに目を離す。

 彼の事情を聞いている場合ではない。

 今の状況を、まずはどうにかしないと。


 そう思いかけた途端。 

 後ろで大きな音がする。 

 気付いた時には、私達が入ってきた扉にシャッターが降りていた。

「最悪」

「いや。あの程度なら開けられるぞ。それは、最後の手段だけど」

 事も無げに言ってのけるショウ。

 いつかSDCのドアをこじ開けたのを考えれば、確かに可能だろう。

 ただ彼自身が言っている通り、すぐ開く訳ではない。

 その時間的な事や疲労を考えれば、まさに最後の手段だ。

 相手がそれに気付いてない分、こちらが一つ有利ではあるが。


 そして、と言うべきか。

 警棒やバトンを手にした男達が、鉄管の向こう側に見える。

 位置的にはこちらが見下ろしている格好。

 周囲を鉄管や鉄筋に囲まれた倉庫内で、彼等のいる位置は広いスペースとなっている。

 こちらに飛び道具がないと見て、無防備なまま前に出てきたのだろう。

 数にして10名あまり。

 鉄管や鉄筋の後ろにひそんでいる雰囲気もある。

 その中の数名が、前に出た。

「残念だな、名雲や柳がいなくて」

「まずはカードを頂いて。舞地、お前にはたっぷり礼をさせてもらうからな」

「隣の女も一緒にだ」

 一斉に上がる、下品な笑い。

 そして、意味ありげなにやけた視線。

 考えは分かっているので、私も舞地さんも何も言わない。

「ちょっとは腕が立つようだが、こっちは人数を揃えてきてるんだ。今のうちにカードを置いて逃げた方がいいぞ」

「勿論、舞地も置いてだ」

「その女もか?」

 再び上がる笑い声。

 私はジャケットから矢を取り出し、胸元で構えた。

 それを見て、スキンヘッドの男が高笑いをする。

「その男はともかく、どう見ても投げられないって顔だぜ。恥かく前に、止めとけよ」

 大きく開く口元。

 周りから上がる笑い声。

 上等だ。


 前にではなく、矢を上へと放る。

 回転をして、緩やかに落ちて来る矢。

 その間に素早くスティックを構え、矢の後ろを叩く。

 一瞬のきらめき。 

 光をたなびかせ、矢は男の足元へと突き刺さった。

 確かに投げるのは苦手だが、こういう真似ならたやすい。

「そっちの方が、難しいだろ」

「私には、簡単なの」

 ショウの突っ込みに答え、スティックを男へと向ける。

 言葉を失い後ずさる男。

 私とショウは小さく頷き合い、鉄管から飛び降りた。

 高さ約3mあまり。 

 軽い浮遊感を楽しむ間もなく、柔らかに地面へと着地する。

「来るなら来いよ。その何百人が来る前に、少し減らしてやるから」

 手の平を上にして手招きするショウ。

 私はゆっくりと降りてくる舞地さん達を気にしつつ、スティックを構える。

「ふざけやがって。その辺の高校生が、俺達に勝てると思ってるのか」

「当たり前でしょ。傭兵だかなんだか知らないけど、人の先輩に手を出してただで済むと思ってるの」

 床すれすれにあったスティックの先端を、床へと叩き付ける。 

 はじけ飛ぶコンクリ片と、乾いた音。

 隙間はわずかしかないのだが、この程度は何でもない。

「馬鹿が。行けっ」 

 手を前に振る、さっきのスキンヘッド。 

 飛んでくるボウガンの矢と、突っ込んでくる男達。

 角度が様々で、非常にかわしづらい状況。

 と、向こうは思っているだろう。


 スティックを振り上げ、矢の真横を捉える。

 それを前へと押し、突っ込んでくる男の腹へと飛ばす。 

「なっ」

 鈍い衝撃を腹へ喰らった数名の男が、出足を止める。 

 そこに飛び込むショウ。

 早く重いジャブと横蹴り。

 ブロックも構わずぶつけられた男達は、呻き声だけを残して後ろへと吹き飛んだ。

 その隙を見て、左右からショウの腕を掴みに掛かる男達。

 ショウは腕を返して、彼等のバランスを崩させる。

 前へとよろける男達の一人に膝蹴りが、もう一人に踏み切った軸足の足先が突き刺さる。

「次っ」

 張りのある、凛とした声。

 息一つ乱れず、男達へと詰め寄るショウ。

 私も舞地さん達の様子を見つつ、一歩ずつ前へ出る。

「こ、この野郎」

 パニックに陥ったのか、残りの10名あまりが一斉に突っ込んでくる。

 数名が後ろへと回り込み、舞地さんの元へと向かった。

「舞地さんっ」

 焦りを感じつつ声をかける。

 だがそれは杞憂と終わる。


 正眼から真っ直ぐに振り下ろされる警棒。

 澄んだ音を立て、二つになるバトン。

 男の顔の中心に赤い筋が走り、服も裂ける。

 鳩尾を付いた警棒が素早く引き戻され、逆手に持たれたそれが後ろから迫っていた男の喉を突く。

 その間に距離を詰めてくる、二人の男。

 警棒が振るえない至近距離。

 それでも舞地さんの表情に、動揺の色はない。

 手首が返り、伸びていた警棒が一気に縮む。

 短くなったそれは左手の脇を抜け、あごを捉える。 

 その直後に警棒が宙を舞い、左手で持たれる。

 警棒を掴んだ勢いのまま左手が右へ飛び、バトンを振り上げていた男の肩口に叩き付けられた。


 全ては一瞬で、流れるような動きの連続。

光きらめく黒髪と、しなやかに動く手足。

 技というよりはまるで舞っているような動き。

 優雅で、華麗で、そして冷たい程に。

 そう。 

 戦いの最中にあって、私はそれを美しいとさえ思っていた……。 



 結局私達を襲ってきた全員は、呻き声を上げて床に倒れている。

 中には気を失っている者もいるが、大差はない。

「手応え無し。って事は」

「さっきも言ったように、こいつらは雑魚だ。ただ何百人を呼び寄せるなんて事が出来る連中は、もう少しは腕が立つ」

「お褒め頂いて、光栄だな」

 鼻に掛かった甲高い声。

 長い茶のコートと、グリースの付けられたオールバック。

 甘い顔立ちの華奢な男が、10名あまりを引き連れて鉄筋の後ろから現れた。

 勿論警棒やバトン、ボウガンを携えて。

「舞地さん。俺からも言ってやる。勝ち目はないぞ」

「試してみるか」

「俺がやるんじゃない。もう、すぐそこまで来てるんだよ。その何百人が」

 にやけた笑顔。

 冷たさを湛えた、嫌悪感を与える表情。

 自分でも分かっているのか、男はその笑顔を絶やさない。

「カードを渡せば、舞地さんも助けてやろう。俺達に負けましたと、ビデオに言ってもらえればそれでいい」

「断れば」

「違う事で、ビデオに出てもらう。俺としては、それでもいいが」

 やはり聞かれる、下品な笑い声。

 まとわりつくような視線は、私へも向けられる。 

 それを跳ね返すだけの気構えは、当然持っているが。

「さあ、どうする」

 笑顔のまま、歩み寄ろうとする男。

 身構える私達。

 その肩に、手が掛かる。 

 私達の間に入った舞地さんは、毅然とした表情で男を見据えた。

「カードは渡さないし、お前達の下らない事に付き合う気もない」

 静かな、力強い口調。

 肩に置かれる手の温もりを感じつつ、私も頷く。

「さて。強がるのはいいけど、この場を切り抜けられると思ってるのかな。何百人だよ。中にはおかしな武器を持ってる奴もいる。さあ、今なら間に合う」 

 わざとらしく両手を広げるオールバックの男。

 だが舞地さんは何も言わず、ただそれを見つめるだけだ。

 キャップの下からのぞく、鋭い刃のような輝き。

 私達にとっては、何よりも頼もしい光。


「……仕方ない。名雲達がいないのは残念だが、まずは舞地さんから倒すとしよう」

「名雲も柳も映未も、すぐに来る」

「どうしてあの3人が突然いなくなったかを考えなかった?俺達が、手を回したと」

「お前達程度の策なんて、あの子達は最初から分かっている。逆に利用されたと、お前こそ考えないのか」

 軽く切り返す舞地さん。

 男の顔が、微かに歪む。

 笑顔はそのままだが、険しさが増している。

 その性格を、映し出すように。

「それに今は、この子達がいる」

「少し腕が立つだけの高校生に、何が出来る。傭兵に勝てるとでも?」

「たかが、傭兵だ。勘違いするな」 

 限りなく醒めた一言。 

 鋭さを湛えていた舞地さんの眼差しが、微かに色付く。

 侮辱への怒り。

 それは間違いなく、私達への思い。

 少なくとも私には、そう思えた。

「名雲や柳はともかく、その辺の高校生にはさっき程度のが限界だ」

 あくまでも小馬鹿にした態度を取る男。

 周りの男達も余程自信があるのか、薄ら笑いを浮かべている。

 自分達は強い。そしてお前達は弱い。

 そう言わんばかりの表情で。

「今の連中を倒したくらいで、調子に乗るなよ。あいつらは雑魚だ、雑魚」

「その差を、教えてやるぜ」

 長い髪を左右に分けた、スーツ姿の男が前に出てきた。

 手にはバトン。

 スタンガンが内蔵されているようだ。

「全員で来てもいいぞ。何がワイルドギースだ。下らねえ」

 軽妙な足捌き。

 自信を持つだけの事はあるようだ。

 それをどれだけ持とうと、個人の自由だが。

「さあ来いよ」

 振られるバトンは、真っ直ぐとショウを指し示した。

 あくまでも小馬鹿にした表情を浮かべる男。

 対照的にショウは、隙の無い佇まいで男の前に立つ。

 警棒は持たず、素手のままで。

「ハンディだ。先に掛かってこい」

 男はバトンを下段に構え、鼻で笑った。 

 どうやっても打ち込めるという自信が、誰の目からでも見て取れる。

「……ハンディね」


 そう呟くや、ショウの体が前に出る。

 その動きを、どれだけの人間が捉えられたか。

 気付けば男の体は床に倒れ、その首筋にはショウの足が乗っている。

 閃光とも一瞬とも呼べない程の速さ。

 呆然とした表情で、その様を見つめるオールバックの男達。

 私は当然の事として、それを受け止める。

 玲阿四葉とはどんな人か、誰よりも分かっているから。

「という訳だ」

 警棒を肩で担ぎ、軽い調子で語りかける舞地さん。

 だがその気配は、今も身を斬る程に研ぎ澄まされている。

「それで、私の相手は誰がしてくれる」

 前へ振られる警棒。

 その風圧で辺りの空気が避け、私の髪が軽くなびく。

 彼女の気迫に負けない程の鋭さで。

「ちっ。仕方ない」

 舌を鳴らした男が、コートの奥に手を入れる。

 先程までの冷たい笑顔と共に出てきたのは、映画で見るようなショットガン。

 だがそれを冗談だと笑い飛ばす余裕は、こちらにはない。

「安心しろ。舞地さんは知ってるが、本物じゃない。とはいえ、弾は出るけどな」

 天井に向けられた銃口が、炸裂音と共に赤い火を噴く。 

 次の瞬間照明の一つが割れ、その破片が辺りへと飛び散った。

 そして男は、銃口をこちらへと向ける。

「これでも、まだ逆らう気か?」

 引き金に掛かる指。

 何連装なのかは知らないが、次も弾が出る事だけは私にも分かる。

「……一発だけ、俺が防ぐ。その間にユウと舞地さんは、後ろの鉄管へ」

「玲阿、止めろ」 

 いつになく固い声で諫める舞地さん。

 表情にも余裕が無く、顔色も勝れない。

 だがショウは自分の胸を指さして、軽く笑った。

 それもまた、いつものように。

「防ぐ自信があるから言ってる。全員で的になる事でもないし」

「しかし」

「ユウ。頼む」

 そっと差し伸べられた指先に、私も指を絡める。

 ほんの一瞬。

 でも、思いは伝わった。

「舞地さん。早く」

 半ば強引に、彼女と男の子を左へ押し出す。

 それを見て、ショットガンの銃口もこちらへと向けられる。



「ユウッ」

「はいっ」

 ショウの呼び掛けに反応して、ポケットにしまっていた矢を彼へと放る。

 それを指で受け取ったショウが、素早く手首を返す。

「なっ」

 オールバックの男の、鼻先をかすめていくボウガン。

 同時にショウは、男に向かって走り出す。

 反射的に、ショットガンの銃口が彼へと向けられる。   

 それ以上は、振り返らないと見えそうにない。

 そして今私がすべき事は、鉄管の後ろへと走る事。

 仲間を犠牲にするという苦痛と悔しさを感じても。

 それでも私は走った。

 彼の気持ちに報いるためにも。


 鉄管の後ろへ回り込んだと同時に、先程の炸裂音が響き渡る。

 顔の血の気が引いていく感覚。 

 だが倒れそうになる体に力を入れ、スティックを構える。

 不安がるのは、後でいい。

 ショウがいなくなれば、次は私が盾になる番だから。

 下らない自己犠牲と思われようと、自己満足だろうと何でもいい。

 私はそのために、ここへ来ているのだから。

 震える足を叩き呼吸を整えていると、人影が飛び込んできた。 

 スティックを振り上げるまでもなく、私はため息を付いた。

「……血が出てる」 

 左の頬に走る、数本の筋。

 流れた血が、顎の方まで伝っている。 

 ショウはそれを革ジャンの袖で拭い、苦笑気味に鉄管へともたれた。

「足出したら、そこに当たって角度が変わった。鼻が潰れる所だったぜ」

「見えてたの?」

「まさか。もう、二度と出来ん」

 今度は手の平を拭う仕草をして、小さく息を漏らす。

 謙遜やではなく、本当にそのようだ。

 確かにおもちゃのような物とはいえ、初速や威力を考えれば避けられた事は偶然としか言いようがない。

 勿論、彼の類い希なる能力と鍛錬がその可能性を高めたのだけれど。

「しかし、あれは厄介だな。遠ければ威力も減るにしても、間近で撃たれたら骨が折れてもおかしくない」

 そう指摘して、右足のすね辺りを押さえるショウ。

 少なくとも彼は、骨折しなかったらしい。

「なら、どうするの」

「迎え撃つしかないだろ。突っ込んだら、今度こそ鼻が潰れる」

「あれが、一丁だけとは思えないんだけど」

「だろうな」

 苦い表情で頷くショウ。

 私も顔をしかめ、舞地さんへ視線を向けた。

「どうしよう」

「諦めたか」

「まさか」

「ならいい。何があっても、お前達は必ず守る」

 柔らかな、優しげな微笑み。

 キャップの奥にのぞく瞳は、暖かく力強く私達を見守っている。

 それはさっきの男達へ見せた物と同じなのかも知れない。

 でも私達にとっては、何よりも頼もしい輝き。

 そして、心の拠り所。  

 この人がいれば大丈夫だと、そう告げている。

 この人のためになら頑張れるとも。

 そう、彼女自身が思っているから。

 ここへ来た目的は、彼女を守るため。 

 それを果たすためにも。

 この程度で諦める事なんて、出来る訳がない。



 そう決意したのはいいが、それで状況が変わる訳でもない。

 相手は10人以上。 

 こちらは4人で、一人は重傷。

 道具はろくになく、逃げ場もない。

 扉を強引にこじ開けるという手もあるが、それはショウをかなり無防備な体勢にさらす事となる。

 またここを出ても、車を手に入れる必要がある。 

 当然それへの対策も取られているだろうし、簡単にはいかないだろう。

 言ってみれば八方ふさがりで、何一ついい材料はない。

 あるのはやる気だけという、笑うに笑えない状況。

 だがショウも舞地さんも、不安や焦りの欠片も見せてはいない。

 ここを切り抜けられると信じて疑わない、強い意志がはっきりと伝わってくる。


「仕方ないから、スタンガンをと」

 スティックのグリップ部分を外し、内蔵のモーターを始動させる。

 実戦で使うのは希だが、チェックは毎日行っている。

 鎮圧用に使うのなら必要無いけれど、今はこうした方がいい。

 触れれば、大抵は戦意喪失。

 帯電用の装備をしていても、それはスティック自体の打撃でどうにか出来る。

 グリップを戻して手首を返すと、スティック全体に青い火花が走っていった。

 普段と感覚が少し違ってくるが、悪くはない。

「意外だな、そういうのを仕込んでいたとは」

 私のスティックを見つめながら、そう問い掛けてくる舞地さん。

「卑怯?」

「いや。仲間がいて嬉しい」

 舞地さんは手首を返すと、警棒が微かな唸りを上げた。 

 青白い光を伴って。

 そう。

 彼女の警棒もまた、スタンガンが内蔵されていたのだ。


 薄く微笑む、舞地さんと私。

 お互いにスティックと警棒を重ね合い、青い火花を辺りに散らす。 

 正義感や理想もいいだろう。 

 だがそれは、今の私達には関係ない。

 まずは自分達の身を守る事。

 全ては、それからだ。






 



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