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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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 エピローグ



 膨らむ桜のつぼみ。

 散る梅の花。

 緩やかな日差しの中、冷たさを含んだ風が吹き抜ける。

 「学校法人草薙学園 高等部」

 大きな文字で書かれたプレートを眺め続ける少年。

 彼は青いリュックを背負い直し、その視線を校内へと向けた。

 旧白鳥庭園を内包する、緑豊かな学内。

 休日に入った今日は人影もなく、クラブの生徒すら見かけられない。

 正門は閉じられ、その脇にある小さな扉を時折業者らしい者が出入りする程度だ。

「何してるんだ」

 やや険のある声。

 少年は笑顔で、後ろに振り向いた。

「旅立ちの時だからね。一応」

「下らない」

「じゃあ、君はどうして」

「その、旅立ちの時だから」

 間の逆質問に、顔を逸らし気味に答える杉下。

 二人は楽しそうに笑い、プレートの前に立った。


「峰山君には、悪い事をしたよ」

「次期自警局長なんだろ」

 杉下は首を振り、塀へもたれた。

「来期には、まだおかしな連中が入ってくる。そいつらを道連れにしてから、学校を辞める気だ。おそらく、小泉君も」

「冷静な子だと思っていたのに」

「俺や屋神さんの事を気にしてるらしい。全く、馬鹿馬鹿しい」

「同感だよ」

 二人の口から漏れるため息。

 薄い雲が、日差しを遮る。

 影に落ちる彼等の姿。

 風は冷たさを増す。



「それで、これからどうするつもりだ」

「北陸の方へ行こうかと思って。伊達君の知り合い、例のワイルド・ギースに会いたいから」

「謝るのか、それとも誘うのか」

「両方だよ。ただ、雇うだけの金が無い。それ以前に自分が旅するだけでも、結構苦しいんだよね」

 苦笑する間。

 するとその鼻先に、一枚のカードが差し出された。

「なに、これ」

「旅費の心配をする必要はない。それに、渡り鳥の契約金も」

「ええ?」

 怪訝そうに見つめてくる間に、杉下は顔を寄せた。

 耳元にささやかれる、密やかな声。

「俺に渡されていた報酬の一部だよ。理事達が使い込んだ事にして、ある程度を確保してある」

「そ、それって横領だろ」

「大丈夫。証拠は一切無いし、理事長は理事達への刑事告訴をしないって言ってただろ。だから俺にまで手が伸びる事はない。それに、この事を知っているのは俺と屋神君だけさ」

 屈託のない、子供のような笑みを浮かべる杉下。 

 間はカードを手に取り、顔をしかめながらそれを胸元のポケットへ入れた。

「共犯か。面白くないな」

「俺を誘ったのは、君だ。そうやって、自分のミスを悔いるんだね」

 楽しげな笑い声。

 再び差し込み始める日差し。

 間は小さくため息を付いて、カメラを取り出した。

「……済みません。ちょっとお願い出来ますか」

 それを通りがかった年輩の女性に渡し、門の前で構えを取る。

「ほら、君も」

「どうして」

「記念だよ、記念」

「横領の?」

 肩を組み、声を合わせて笑う二人。

 カメラを渡された女性は、訳の分からないといった顔のままその姿を写真へ収めた。

「ありがとうございました」

「い、いえ」

 逃げるように去っていく女性。

 間はカメラをリュックへしまい、もう一度学校を振り返る。

 遠い切なげな、そして誇らしげな眼差しで。

 それは彼の隣にいる杉下も変わらない。


 自分達の行為が正しかったのかどうか。

 そして今からの行動が正しいのかどうか。

 その答えは、どこにもない。

 二人の、晴れやかな表情の他は。

「君が北なら、俺は南へ行こう」

「その内、会えるよね」

「ああ。さよなら」

「うん。また今度」 

 手を振り、背を向ける二人。

 離れる距離。

 お互いのだけではなく、学校とも。


 だけど道は続いている。

 どこかでつながっている。

 今は二つに分かれていても、いつか出会う日が来るだろう。

 今までの彼等がそうだったように。

 これからも、きっと。


 二人は振り返らない。

 ただ歩き続ける。

 それぞれの道を。

 一つの、同じ道を……。




 数日後。

 春を感じさせる柔らかな日差し。

 耳に心地いい、クラッシックのBGM。

 シルバーのRV車は、東京方面へ向かう第2東名高速道路を走っていた。

 制限速度を下回る、80km/h辺りの速度。

 次々と追い抜いていく、後続車。

 運転手は気にした様子もなく、BGMにあわせてハンドルを指で叩いている。

「次のパーキングはと」

「また止まるの?」

「病人乗せてるんだ。慎重に行かないとな」

「大袈裟ね。私は別に、何の問題もないわ」

 気だるげに、その端正な顔を運転席へ向ける新妻。

 頬は微かに赤みを差し、瞳は綺麗に輝いている。

 自分で言う通り、体調は良いようだ。


「医者が言ってたんだよ。休み休み行けって。それに、また熱が出ると困るだろ」

「お姫様の運転手じゃあるまいし。ねえ、観貴ちゃん」

 後部座席から身を乗り出した涼代は、笑い加減で彼女に話を振った。

 新妻は曖昧に微笑み、青いシャツの胸ポケットから一枚のカードを取り出す。 

 彼女の顔写真と名前。

 左上には、静岡にある名門校の校名が書かれている。

「遠くまで行くのね」

 ぽつりと漏らす新妻。

 クリアな防音壁の向こうには、豊かな水面が広がる。

 旧静岡内との県境にある、浜名湖水上。

 新妻は落ち着いた表情で、春の日差しにきらめく湖面を眺めている。

 伏せられる視線、微かに歪む口元。


「駄目ね。何も出来なかった……」

 小さな、かすれ気味のささやき。 

 肩が揺れ、膝の上にあった拳が固まっていく。

「仕方ないわよ。でも私は、良くやった方だと思いたいわ」

「そうかしら」

「ええ。戦略的撤退、I shall returnよ」

「戻れる訳無いでしょ」

 醒めた声で返す新妻。

 涼代はくすっと笑い、彼女の肩にそっと触れた。

「確かに、戻れない。でも、良いじゃない。頑張ったんだから」

「経過より、結果ではなかったの?」

「いいの。そういう陰気な考え方してるから、病気がちなのよ。持病のしゃくが、その内出ない?」

 今度は頭を撫でられ、綺麗にブラッシングされた新妻の髪が乱れていく。

「人を馬鹿にして。楽しい?」

「ええ。これからもからかえるかと思うと、夢みたいね」

「私にとっては、悪夢じゃなくて?」

 苦笑した新妻は、髪を整えながら運転席へ目をやった。

「どうして、送ってくれる気になったの?」

「暇だったし、杉下や間を見送るよりは楽しい。三島の見舞いも飽きたしな」

「観貴ちゃんが心配だって、素直に言えばいいのに」

「馬鹿」 

 新妻の突っ込みも気にせず、涼代はヘッドレストに手を当てたまま笑っている。

「SDC代表なんて肩書きも無くなったし、襲われる心配もない。みんなと別れるのは確かに辛いけど、それは仕方ないから」

 つかの間清楚な顔に影が宿り、消えていく。 

「という訳よ」

「空元気、か。冴えないな、お前も」

「自分はどうなの」

「別に。何の責任もないんだし、気楽にチンピラやってるよ」

 屋神は鼻を鳴らして、軽くアクセルを踏み込んだ。


 少しだけ加速が付き、景色が早く流れていく。

「いいご身分ね」

「お前達みたいな責任感は無いだけさ」

「そうかしら」

 からかい気味の視線を向ける新妻。

 涼代も笑いながら、背もたれへと倒れ込む。

「飯でも食べるか。ウナギでも」

「屋神君の奢りで?」

 冗談っぽく尋ねる涼代。

 屋神は口元を緩め、ダッシュボードから一枚のカードを取り出した。

「金なら心配するな」

「……杉下君から?」

 さりげなく問い掛ける新妻に、屋神はワイルドに微笑んだ。

「安心しろ。金に名前は書いてない」

「そうね。体に良い、肝吸いでも頼もうかしら」

「食え食え」

「二人とも、勝手な事ばかり言って。……桜エビって、今食べられる?」

 楽しげな会話と笑い声。

 そこに悲痛な影は、微塵もない。


 悔しくても、苦しくても、辛くても。 

 それを乗り越える事は出来る。

 一人ではなく、仲間がいればきっと。

 全てを笑い飛ばせる、もう一つの強さ。

 例え離ればなれになっても、する事は違っていっても。

 無くならない物がある。

 同じ時を過ごした友との、思い出は。

 その思いは。




 そしていつの日か、振り返る。

 あの時を、その思いを。

 後悔ではなく、喜びと誇りと共に。

 出会えた事、共に戦った事を。

 でもそれは、遠い先の話。

 今は悲しみを、笑い飛ばす時。

 その日のために……。






                        第10話終わり

















     第10話(第1次抗争編) あとがき




 予定以上に長い話になりました。

 また、熱い話になりました。

 登場キャラも、本編並みにいますし。

 これだけで終わらせるには惜しい人も、何人かいます。

 ちなみに「第1次抗争編」というのは、今が「第2次抗争編」という意味から。 

 色々矛盾や辻褄のあわない点もありますが、自分でも把握しきれてません。


 メインはやはり、屋神さんでしょう。

 何と言いますか、男です。

 塩田さんが惚れるのも、無理ありません。 

 ヒロインが、新妻さん。 

 鋭いというか、切れるというか。

 一人一人語りたいところですが、詳しくはいずれ書くキャラクターデータで。

 少し寂しいラストですね。

 一応、今まで本編で書いていた通りではあるんですけど。

 ただこれで学校の狙いや、塩田さん達との確執は何とかなりました。

 なった気がします。

 なっていればいいなと思います。


 


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