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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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 穴の空いた窓から吹き込む冷たい風を背に受け、大きく微笑む林。

 踏み出そうとした清水を目線で制し、喉を鳴らす。

「そんなに楽しい?」

 うなじ辺りに手を向けられている新妻が、小声で問い掛けた。

「ああ。寒い思いをした甲斐はあった」

「なら、そろそろ終わらせてくれないかしら。私、体調が勝れないの」

 何のためらいもなく振り向く新妻。

 その眉間に突きつけられる拳。

 照明の光に、指の間が微かに輝く。

「何するのっ」

 天満の叫び声を無視して、林は口元を緩めた。

「この程度では動じないか」

「だとしたら」

 前に出る新妻。

 それに気圧されるようにして下がる林。

 ガラス張りの壁に背が付き、小さく開いた穴へ腰が触れる。

「形勢逆転じゃなくて」

「俺ごと落ちるとでも」

「やってほしい?」

 淡々とした、道を尋ねるような問い掛け。

 表情には微かな不安や恐怖もない。

 澄んだ眼差しは、ただ林を捉え続ける。


 わずかに弱まる風。

 それに合わせて、林は拳を降ろした。

「止めておくよ。仮に俺が助かっても、その後で殺されそうだ」

 新妻の後ろに控える一同を眺め、肩をすくめる林。

 だが、胸に入れた手は出そうとしない。

「賢明な判断ね」

「敵すら意のままに操るコンダクター。さすがだよ」

「魔女には敵わないわ」

 寂しげに微笑んだ新妻は、彼へ背を向け仲間の元へと戻った。

「せ、先輩っ」

「大丈夫。私がどういう人間かは、あなたも分かってるでしょ」

「そ、そうですけど。と、とにかく寒いですから」

 自分のジャケットを脱ぎ、新妻に羽織らせる天満。

 新妻も、苦笑気味にそれを受け入れる。

「あなたが寒いでしょ」

「私は、熱いです」

 天満は新妻の冷たい手を、両手で包んだ。

 そして彼女を、まっすぐに見つめる。

「どうしたの」

「い、いえ」

 小さく首を振り、顔を伏せる天満。

 新妻はそっと手を引き、彼女の背中に触れた。



「お、おい。早くそいつらを」

 林に向かって叫ぶ理事。

「済みません、手がかじかんじゃって」

「いいから、捕まえろ」

「しかし、理事長が何と言うか。何といっても、俺の雇い主ですし」

「ここにいない人間に義理立てする必要はない。それにこの問題に関しては、私へ一任されている」

 勝ち誇った表情と、トーンの上がる口調。

 林は「はあ」と呟き、彼を見据えた。

「本当に、理事長の許可は取らなくていいんですか。後で揉めても知りませんよ」

「構わないと言っただろう。やれといったらやれ。お前達子供が何も考える必要はない。言われた通り、やっていればいいんだ」

「そういう教育方針でしたっけ。この学校って」

「教育方針などどうでもいい。今はそいつらを叩き出す方が先だ」

 机を蹴り飛ばす理事。

 彼の絶叫が、冷え切った室内に響く。


「理事としての立場も理念も無いようですね」

「なに」

「今言った通りですよ」

 素っ気なく答え、端末を見つめる杉下。

 理事は舌を鳴らし、彼に詰め寄った。

「お前こそ、自分の立場を弁えろ。裏切り者が、大きな口をきくな」

「協力者ですよ」

「金と立場目当てて仲間を裏切っておいて、何を。今まで払った金を返してから、そういう事を言え」

 杉下の胸ぐらを掴み、突き飛ばす理事。

「大体さっきからそんな物ばかり見て。何一つ、役に立たないな」

「俺は、学校に飼われた覚えはないんで」

「ちっ。お前の仲間をさらおうとしただけ、まだあの馬鹿達の方が使える。口先だけのお前とは、違って」

「教育者の言う事じゃないですね」

「私は経営者だ。そんな下らない理念も感情も持っていない」

 再び突き飛ばされる杉下。 

 杉下は襟元を直し、彼を醒めた視線で見据えた。

「その言葉、理事長にも聞かせたいですよ」

「さっきもお前が言った通り、音声の記録は出来ない。それともヨーロッパまで行ってみるか」

 小馬鹿にした高笑い。

 職員達も、それに追随する。

「極秘に帰国していたら」

「そういう連絡は、空港から必ず入る」

「自分達の不正を、すぐ隠せるように?」

 返ってくるのは、意味ありげな笑み。 

 肯定と取って間違いのない表情。

「空港からの連絡が無かったら?本人が、それを差し止めたら」

「彼女はそんな事を知らない」

「誰かが教えたらどうです。理事達が、あなたを監視してます。居場所のチェックを、常に行ってますと」

 静かな語り口調。

 吹き込む冷たい風に似た。

 そして理事達の顔から、表情が消える。


「例えば理事長室にいて、今の会話を逐一聞いているとか」

「ば、馬鹿な」

「防諜機能は完璧でも、端末同士の通話くらいなら可能。長時間なら気付かれるから、文字情報に変えて送信。それを防諜機能がチェックしようとしても、肝心のチェック機能がオフになっていれば仕方ない。しかも、端末まで渡していては」 

 先程理事から渡された端末を取り出す杉下。

 そこには「セキュリティレベルをワンランクダウン」と表示されている。

 また外部送信があるとの再三な警告も、次々と抹消されている。

「操作したのは、その前に渡された端末ですけどね。しかもここからの直通ではなくて、間君や新妻さん達の端末を経由してですから。余計に、チェックしづらい」

「な、なに」

「本来なら警備担当者が気付くんだろうけど、全員廊下で寝ているし。そうだろ、伊達君」

「半分は、俺だ」

 ぽつりと呟く伊達。

 杉下は苦笑気味な視線を林へ向け、理事へ向き直った。

「それで、心の準備は」

「な、なんのだ。私を、どうするつもりだ」

「俺は何もしませんよ。この人はどうか、知りませんけどね」

 杉下の微笑みとともに、ドアが開く。



「お、お嬢様」

 血相を変え、後ずさる理事。

 職員達も、一斉に顔を伏せる。

「色々聞かせてもらったわ」

 良く通る、やや高い声。

 紺のスーツがよく似合う、凛々しい女性。

 足をやや前後に開き、綺麗な足が膝上まで見える。

 理事長である高嶋は腕を組み、その端正な顔を理事へと向けた。

「あなたが草薙グループににどれだけ貢献したかは、私も分かっているつもり。父や祖父の側近として、どれ程の功績を上げたかもね」

「お嬢様。私は、決して」

「それに免じて、刑事告訴はしない。正式な処分は追ってするけれど、私の権限において理事職を解任。当分篠島分校で事務長をやっていて」

 事務的に告げる高嶋。

 それは却って、彼女の心境を図らせる材料ともなる。

 ちなみに篠島とは名古屋から近い三河湾沖に浮かぶ、小さな離島。

 草薙高校の分校が、少ない生徒数に合わせた規模で運営されている。

「他の人達も、今の職に留まれるとは思わないでね。異議があるなら、ここで聞くわ」

「い、いえ。ありません」

 小声で否定し、一礼する理事達。

 高嶋は小さく頷き、ドアを指差した。

「私物を片付けて、今日中に出ていって。辞令が下るまで、全員自宅待機してなさい」

「……はい」

「それと不明朗な支出については、監査部に調べてもらうから。それについても刑事告訴はしないけれど、場合によっては賠償をしてもらうわ」

「……わ、分かりました」

 再びドアを指差す高嶋。

 理事達は最後に深く頭を下げ、肩を落としながら部屋を出ていった。

 冷たい室内に生まれる安堵感。

 浮かぶ笑顔と歓声。

 高嶋は手を叩き、自分に注目を集める。

「ここは寒いわ。もっと暖かい場所へ行きましょうか」



 理事用の会議室。

 夏休みに彼等が議論をし続けた部屋である。 

 その正面に当たる場所へ腰を下ろす高嶋。

 新妻達は、それに向かい合う格好で立っている。

「さて。どうしようかしら」

 机に肘を付き、指を組む高嶋。 

「取りあえず、私は転校します。これだけの騒動を起こしたんですし」

 顔を伏せて呟く涼代。 

 塩田が立ち上がりかけるが、それは彼女に制される。

「停学でもかまわないのよ」

「いえ。けじめはけじめですから」

「そう」

 高嶋は引き留める言葉も掛けず、頷く。

「だけど、そんなの」

「いいの、丈君。……退学にならないだけ、まだましよ」

「私も、そこまで鬼じゃないわ。あなた達の事情は、勿論考慮する。ただし理事達にあれだけの処分をして、あなた達だけ免責する訳にはいかないの」

「分かってます」

 小声で返事をする涼代。

 重い空気の中、清水と林が手を挙げる。

「私も、転校する」

「俺も」

「それでいいの?」

 淡々とした返事。 

 小泉は顔を伏せ、震える拳を膝に押し付けている。

「あなた達には、期待していたんだけれど。学校外生徒を留める方策は、どの学校でも課題の一つ。特に教育庁は、彼等の問題性も含めて私に対応を求めてきたんだけど」

「モデルケースに添えなくて済まない」

「その代わりといっては何だけど」

 沢へ視線を向ける清水と林。

 高嶋は苦笑して、彼へ尋ねた。

「フリーガーディアンの権限はどうするの」

「この学内にいる場合は、限定する。それなら、問題は無いだろう」

「そうね。学校長より偉い生徒なんて、トラブルの元だわ」

「せいぜい気を付けるよ」

 やる気の無さそうな返事。

 また室内にいる誰もが、それに近い雰囲気を漂わせている。


「当然俺も」

「杉下さんっ」

「だって、そうだろ」

 寂しく微笑む杉下。

 中川は席を立ち、机に両手を叩き付けた。

「あなたはこうなるように、わざと学校に付いた振りをしたんじゃないですか。スパイの振りをして、学校の懐に飛び込んで」

「考え過ぎだ。俺はただの、裏切り者だよ」

「違います。自分を犠牲にして、学校や生徒のためを思って……」

「いいんだ。もう決めたんだから。俺がいなくても、学校は動くしね」

 それとなく視線を新妻へと向ける杉下。

 新妻は気だるそうに、背もたれへ身を任せている。

「退学でお願いします。その方が、俺もすっきりしますし」

「分かった。それで、理事達からもらっていたお金は」

「カードを後でお返しします。多少減ってますが」

「交際費の範囲で何とかするわ。それより、本当に退学でいいの」

「それだけの事を、俺はやったんで」

 苦い呟き。

 顔を伏せる中川。

 彼女の拳が、机を叩く。

「中川さん、止めるんだ。俺のために、怪我をしても仕方ない」

「じゃあ、君の怪我は誰のためだ」

 末席に座っていた間が、ぽつりと漏らす。

 杉下の拳を指差して。

「皮が何度めくれた。何度血が出た。君の部屋の、壁の染みは何のためだ」

「拳を鍛えようと思ってね」

「らしくない言い訳だよ。……俺も退学する」


 唐突な一言。

 今度は杉下が立ち上がる。

「俺に責任を感じる必要はない。もう、そういうのは駄目なんだ。河合君達で、それは懲りただろ」

「君達を巻き込んだのは俺だよ。だから、俺一人残るなんて出来る訳がない。それに、やりたい事もあるし」

「間」

「大丈夫、なんとかなる。と、河合君なら言うところだけど」

 一人で笑う間。

 そしてその笑い声も、小さくなっていく。

「という訳で、生徒会で学校側に荷担しようとした人間の処分は無しにして欲しいんですが」

「あなたの首と引き替えに?生徒会長退学の方が、私としては困るんだけど」

「大丈夫です。俺より何十倍も優秀な大山君が、副会長として来期から頑張りますから」

 その言葉に、今度は大山が席を立つ。

「間さん、何を勝手な事を」

「生徒会長として、最後の指示だよ。後、臨時の選挙はやらずに来期は君だけで頑張って欲しい」

「それも、指示ですか」

「迷惑な話だろうけど」

 頭を下げる間と、それをじっと見つめる大山。

 少しの沈黙。

 そして。

「分かりました。私も、出来る限り頑張ります。あなたの代わりとして」

「俺よりも出来る人が、言う台詞じゃないね」

「他にはもう、ありませんか」

「ありません」

 淡々とした一言。

 大山は額を抑え、そのまま席に着いた。


「他の部署はどうするつもり」

 そんな彼等の感慨を気にする事もない口調で、事務的に尋ねる高嶋。

 すると杉下が、自分の隣を指差した。

「彼女を、局長へお願いします。それが無理なら、局次長で」

「今は編成部門の一員ね。……いいわ。自治体やスポンサーにも、顔が知れているようだし。取りあえず、今期は局次長待遇。新学期から、局次長で行きましょう」

「分かりました……」

 大山とは違い、拒もうとしない中川。

 それ以上の苦しみや悩みを感じている表情。 

 そのすがるような視線を、杉下は首を振って拒絶する。

「クラブの方は、どうするの」

「三島君をお願いします。今は副代表ですし、問題はないと思います」

「分かったわ。そちらは私の管轄外だけれど、学内への影響力が大きい組織なんだから」

 あくまでも淡々と進めていく高嶋。

 少しの気遣いや同情も見せる事はない。

 それを、杉下達が求める事も。


「残ったのは、君だけれど。学内でのトラブル発生に対し、ガーディアンだったわね。彼等の動員も、警備会社への連絡を怠った事。そして、多数の武装した生徒を学内へ入れた事」 

 その醒めた視線が、まっすぐ向けられる。

 屋神は机に肘を付き、頬杖を付いた。

「俺は残る。停学でも解任でも、何でもしてくれ」

 高嶋に負けない、醒めきった態度。

 彼女の視線を平然と跳ね返す、鋭い眼差し。

「処分理由は今上げた通り、学内を混乱させた事に対して。君の生徒会での役職及び、それ以外の学内の役職と権限の剥奪。停学期間は、今期の全日程。進級出来るだけの単位は取っているわよね」

「ああ」

「よろしい。正式な処分は追ってするわ。新学期からは、一生徒として学校に来る事ね」

「努力するよ」

 曖昧に笑う屋神。

 差し出される、総務局長と自警局長のID。

 またフォース代表と、ガーディアン連合議長待遇のIDも机に置かれる。

「何か、言いたい事は」

「別にない。ああ、傭兵達は処分しないで欲しい。あいつらは、一部を除いて全部ここを立ち去るから」

「分かった。そうすると、また教育庁から文句を言われそうね」

「それはあんたの仕事だ。俺の知った事じゃない」

 席を立った屋神は、足早に部屋を出ていった。

「お、おいっ」

 すぐにその後を追う塩田。

 静かに閉まるドア。

 それを見守った新妻が、高嶋へ視線を向ける。

「私は」

「体調が悪いんでしょ。無理しないで、ここへ残ってなさい。そのくらいは考慮するわ」

「ですけど」

「詳しい話は、また今度にして。それと、少し自分達だけで話し合ったら」




「待てよっ」

 叫んで呼び止める塩田。

 屋神は苦笑気味に、肩に掛かった彼の手を払った。

「叫ぶな、聞こえてる」

「あんたがガーディアン辞めてどうする」

「責任を取ったまでだ」

「じゃあ、俺も……」

 小さく乾いた音が鳴る。

 塩田は赤くなった頬を抑えようともせず、屋神を睨み付けた。

「冷静になれ。全員が全員辞めたらどうなる。まだ学校には、表に出てない怪しい連中が何人もいるんだぞ。お前ら1年は、そいつらを抑え込むんだ」

「あんたらを犠牲にしてか」

「俺は杉下とは違う。お前らを裏切っただけだ」

「そんな事、誰が信じるんだよっ」

 今度は屋神の頬が音を立てる。

 血の滲んだ口元を拭った屋神は、鼻を鳴らして塩田に笑いかけた。

「とにかく、俺はもう関係ない。卒業まで、あの古いクラブハウスにこもる」

「どうして、そういう事言うんだ。あんたがいなくて、俺達はどうするんだよ」

「知るか。悪い連中を集めて、ボスでも気取るかな。結構楽しいんだぜ、これって」

「そうやって、学内の混乱を収める気だろ。違うのかっ」

 絶叫する塩田。

 冷たい横殴りの風が、二人の体に雪を降り積もらせる。

「考え過ぎだ。いいから、お前は真面目にやってろ。俺は俺で、勝手にやってく」

「お前、いい加減に……」

 再び拳を固める塩田を見て、屋神はすかさず背を向けた。

「他の連中にも、言っとけよ。せいぜい、頑張れって」

「ま、待てっ」

「待つかよ」

 軽く手を振り、雪の中を走っていく屋神。

 白い光景に遠ざかっていく、大きな背中。

 冷たい風と雪が、全てを消していく。

 塩田はその風に吹かれながら、いつまでも立っていた。 

 屋神が走り去った、雪の向こう側を見つめながら……。




「どうするの」

 ぽつりと尋ねる中川。

 大山はため息を付き、背もたれに体を預けた。

「やらない訳にはいかないでしょう。ここで私達まで辞めれば、理事達の思うつぼですし」

「参ったな」

「当分は、予算編成局ともぎくしゃくした関係にしないと行けませんね。私達が協力し合うと、今回解任されなかった理事や職員がまた動き出しますから」

「結局は、終わってないんじゃない。これから、どうするのよ」

 独り言のような呟き。

 そのまま額を抑え、彼女もため息を付く。

「これから学校とやり合うなんて、私にはもう無理よ。杉下さんもいないのに」

「それを言うなら、私だってそうです。河合さんがいなくなった時点で」

「……そうね。私達は今まで、何やってたんだろう」

「時間稼ぎでしょう。とにかくこれで、管理案がすぐ施行される事は無くなった訳ですから。例の理事達が復職するまでは」

 やるせない口調。

 大山と塩田は、打ちひしがれた雰囲気で顔を伏せている。


「大丈夫かい、大山君達は」

「何とかなるでしょ」

 脳天気に答える天満。

 沢は苦笑して、彼女を見つめた。

「君はずいぶんと気楽だね」

「まあ、ね」

「新妻さんが、学校に残るから?」

「へへ、分かる?」

 先程から浮かびっぱなしの、満面の笑み。

 頬は赤く、瞳は爛々と輝いている。 

 先程までの沈んだ雰囲気は、まるで嘘のようだ。

「先輩、本当は転校の手続きを進めてたの。でも、理事長がああ言ったじゃない」

「他の先輩が去っていくのは、辛くないのかな」

「それはそれ。これはこれ。悲しみを上回る嬉しさがあるんだもん」

「言いたい事は、分かるけどね」

 仕方なさそうに笑う沢。

 なんとも楽しそうな天満は、何気なく顔を辺りへと向けた。

「伊達君は?」

「もう、いないよ」

「え?」

「裏切り者は、早々に立ち去るって」

「別に、裏切ってないじゃない。それにあの子は屋神さんに雇われてたんだから、その論理自体がおかしいでしょ」 

 沢は微かに首を振り、小さなIDを取り出した。

「彼ら渡り鳥は、「裏切らない、助け合う、信頼する」という信念に基づいて行動する。理屈じゃないのさ」

「それでも、一言くらい言っていけばいいのに。もう」

「伊達君は、そういう子なんだよ」

 「特別地方警備担当監査官」と書かれたカード状のID。

 それを無造作にポケットへしまい、窓の外を見つめる。

「雪が、止まないね」

「うん。名古屋では珍しいよ」

「ああ。長野では、毎日のように降っていたけれど」

「え?」

「何でもない、独り言さ」  




 腕を組む杉下に睨まれる間。

「俺に、何か」

「言わなくても、分かってるだろ」

「まあ、多少は。でも別に、君達への責任を感じてという事だけじゃない」

「どういう意味だ」

 手招きする間に、涼代と新妻も顔を寄せる。

「多分、来期以降もまた同じような事態になると思ってる」

「それで」

「また、仲間を集める」

「どこで」

 にやりと笑う間。 

 最初に頷いたのは、新妻だ。

「草薙高校だけに、限定する必要はない。優秀な生徒は、全国にいくらでもいる。例えば今回の傭兵や、沢君達のように」

「当たり」

「でも、来てくれる?しかも、退学者の言う事を聞く?」

 疑わしそうに尋ねる涼代。

 間は、「え?」と尋ね返す。

「そこまで深くは考えてないとか?私達を集めた時のように」

「涼代さん、そこまで言わなくてもいいでしょうが。俺は俺で、真剣に」

「その結果が、これじゃない。あなた達は退学、私は転校。屋神君は解任」

「そうですね……」

 根底から否定された間は、息を漏らして顔を伏せた。

「心配しなくてもいい。俺も情報を集めて、彼に送るから」

「杉下君」

「大学への進学資格は、俺も間も取っている。のんびり、全国を旅するよ。今回傭兵達と知り合って、多少のコネクションも出来たし」

「さすが。やっぱり、持つべき者は友達だ」

 勝手に手を握り、一人で納得する間。

 杉下は鼻を鳴らし、その手を振り払った。

「俺は別に、君のためにやる訳じゃない。今回裏切った事を、償う意味も込めてだ」

「と、照れています」

「な、何を」

「素直じゃないな、相変わらず。中等部の時も、それであの子に告白しそこねたのに。懲りろよ、いい加減」

「わ、意外」

 どっと湧く間達。

 何とも楽しげな、しかしどこかかすんだ雰囲気。

 学校に残る大山達の沈み具合にも似通った、物悲しさ。


「か、勝手に言ってればいい」

「どこ行くの」

「ちょっと、挨拶に」

 杉下は席を立ち、その話題から逃げるように部屋を出ていった。

 それを見て、中川も後を追う。

「何してるんだか」

「誰が」

「私達が」

 見つめ合う、涼代と新妻。

 間は胸元からIDを出し、それを照明へかざした。

「本当、何をやったんだろうね」

 七色に輝く、生徒会長のID。

 その影に入る、間の表情。

 室内はそれまで以上に、重い空気に包まれ始めていた……。



 草薙高校、男子寮。 

 屋神はドアを開け、二人を出迎えた。

「何だよ」

「話がある」

「俺はないんだけどな」

 それでも杉下と中川を招き入れる屋神。


 室内は生活感が薄く、今まで良く目にした女性物の服や雑誌なども見あたらない。

 キッチンにも、女性のメモ書きや作り置きの料理もない。

「前とは、大分変わったね」

「ほら、あのマンションにしばらく泊まってただろ」

「ああ」

「今日からは、またここで暮らすけどな。清水も林も、いなくなるんだし」

 コーヒーのペットボトルを二人へ放り、キッチンで背を向ける屋神。

「君は、学校に残る訳だ」

「せっかくここまで通ったんだし、草薙高校卒業の肩書きを失う気はない。お前も、残ればいいのに」

「そうもいかない」

「中川は、残って欲しいんだろ」

 率直な質問。

 ぎこちなく頷く中川。

 上目遣いに、不安げな視線が向けられる。

 あきらめの色を宿した、瞳が。

「河合達が辞めた時点で、決めてたんだろ。その責任を取るって。でもあれは、お前だけの責任じゃない。俺達全員が負うべき事だ」

「俺は、こうする事でしか自分の気持ちを整理出来ないんだよ。君のように、強くはない」

「頭を下げて学校に残った、臆病者だぜ」

 微かに首を振る杉下。

「学内で実行力があるのは、ガーディアンと格闘系クラブを擁するSDC。そして、いわゆる素行不良の連中。君はそういう連中を束ねて、学校の混乱を少しでも抑える気なんだろ」

「考え過ぎだ」

「SDCは公的な組織。そのために君は三島君を入院させ、今回の騒動では無傷にした。そして君は役職を解任され、アウトローのレッテルを自分に貼った。そういう悪い連中を従える、大義名分を付けるために」

「退学する度胸がないだけさ」

 あくまでも認めない屋神。 

「君はやっぱり強いよ。でも俺はもう、逃げ出す事しか出来そうにない」

「中川は、付いていかないのか」

「……私は、残ります。済みません、杉下さん」

「それでいいんだよ。俺なんかに付いてきたら、ろくな事にならない。例えば、今のように」

 薄い、寂しげな笑顔。

 それを見て、表情を揺らす中川。

 伸びかける手。 

 開き掛ける口元。 

 だが、そのどちらも杉下へは届かない。


「済みません……」

「いいんだ。それだけ君が、自分の考えを持ったという訳さ。初めて会った、あの時に戻ったのかな」

 差し出される、一枚の写真。 

 神経質そうな顔で、プレートを抱えている杉下。

 その隣には、緊張気味の中川がいる。

 裏をめくると、綺麗な字でこう書いてある。

 「メーカーの、模擬予算陳情の討論会。栄君を言い負かしたけど、判定に泣いた凪ちゃん」 

 署名は、「生徒会予算局長・笹島茜」となっている。

「俺の案は分かりにくくて、一般的じゃない。そう、君に怒鳴られた」

「素晴らしい内容だけれど、という前提での話です」

「結局その通りさ。俺が一人で突っ走って、それに結果として涼代さん達も巻き込んでしまって。素晴らしくも何ともない」

「杉下さん……」

 写真をしまい、杉下は屋神へ笑いかける。

「という訳だ。進歩もしてなければ、才能もない。こうなって、当然だよ」

「俺には関係ない話だ。お前が退学しようが、誰が辞めようが。俺は、学校に残る」

「それを聞きたかった」

 立ち上がり、玄関へ歩き出す杉下。  

 冷たい風と共に、ドアの閉まる音がする。

「わ、私」

「追えよ」

「え?で、でも」

「いいから、追いかけろ。ここでためらうと、後で後悔するぞ」

「は、はいっ」




 ゆっくりと降下するエレベーター。

 3・2・1。

 変わっていく表示。

 ドアが開き、視線を伏せる杉下が背を丸めて出てくる。

 その前に飛び込んでくる中川。

 荒い息と、ぎこちない笑顔。

「ま、また会いましたね」

「え、ああ」

「さっきもさよならって言いましたけど」

 ためらいがちに言葉を切り、ジャケットのポケットから封筒を取り出す。

「い、今さら遅いんですけど。もう、意味がないんですけど。ずっと、ずっと渡そうと思っていて」

「中川さん」

「形の残ると恥ずかしいなとか、色々思って。だけど、でも。く、下らない内容ですけど、受け取ってもらえますか」

 差し出される、淡いピンクの封筒。

 可愛らしいウサギの絵がプリントされている。

 杉下はそれを両手で受け取り、ポケットへ収めた。

「ここを発つ時に、読ませてもらうよ」

「み、みんなには内緒にしてて下さい。い、いえ。もうみんなは分かってるんだろうけど。でも、やっぱり恥ずかしいんで」

「分かった。俺と、中川さんだけの秘密だね」

「は、はい」

 真っ赤な顔で頷く中川。

 杉下はそっと手を伸ばし、彼女の手を取った。

「今度こそ、本当にさよなら」

「え、ええ。さよなら」

「いつか……。いや、何でもない」

 寂しげな、消え入りそうな笑顔。 

 背を向け、雪の降る道へ歩き出す杉下。

 白い、白い光景。

 遠ざかり消えていくその背中を、中川はいつまでも見つめていた……。




 草薙高校近くの、高級マンション。

 リュックを背負い、ジャケットのジッパーを閉める林。

 彼の隣には、名残惜しそうに室内を見つめる清水が佇んでいる。

「まだ間に合うよ」

「もう、決めたから。それに、別れじゃない。また会える」

「なるほどね」

 くすっと笑い、林はIDカードをテーブルの上に置いた。

 「草薙高校1年・林爽来」

 人の良さそうな笑顔を浮かべている写真。

 そこに突きつけられるナイフ。

 だがそれは、指の間に消える。

「君こそ、残ればいいのに」

「俺も、心情的に色々とね。屋神さん達の事だけじゃなくて、傭兵も殆どはここを去る。俺はたまたま理事長に雇われたから助かっただけで、一つ違えば彼等と同じ道を辿っていたんだよ」

「自分を高く売る計画は」

「吹雪の中で吊り下がってたら、全部忘れた」

 声を上げて笑う二人。

 清水も自分のIDを、テーブルへ置く。

「結局屋神さんは、万が一を考えて学校側に付いたようなものだよ。もし新妻さん達が全員退学になっても、自分は残る。今回は、その逆の形になったけど」

「学校側が負けるのは分かっていたのに。本当なら、あの人が……」

「そういう人なんだよ、屋神さんは。だから俺達も、柄になく熱くなった。その様が、これだけど」

 もう笑い声は上がらない。 

「学校と交渉して、ほとぼりの冷めた頃にそれなりの金を傭兵に払うのは決まった。それが、せめてもの救いかな」

「例の連中へも」

「ああ。だから誰が受け取って、誰が配分するかによるよ」

「あいつらには、渡したくないけど」

「まあね」

 二人は顔を伏せ、部屋を出た。

 音もなく閉まるドア。

 セキュリティが作動し、暗がりに包まれる室内。

 はにかみ気味な笑顔を浮かべている、IDカードの清水の写真。

 それも、闇の中へと消えていく……。



「なんか、寂しいな」

 ぽつりと漏らす天満。

 彼女は先程から窓辺に立ち、雪の降る光景を眺めている。

「新妻さんがいれば、良かったんじゃないんですか」

「そうなんだけどね」

 切なげな笑顔。

 大山は彼女の傍らに立ち、元気のない涼代達を見つめている。

「凪ちゃんじゃないけど、力が抜けるわよ」

「かといって、何もしない訳にはいかない。そうでしょう」

「ええ。でも、学校とやり合う気力はもう。その資格が、私達にあるかどうかも」

「誰か、代わりでも見つけますか?有能でやる気に満ちあふれた人達を」

 自嘲気味に漏らす大山。

 天満も、苦笑して彼の肩にそっと触れる。

「冗談じゃなくて、そうするしか無いわよ。本当に、私達にはもう無理みたいだし」

「能力はともかく気力は、ですか。沢君も、元気がないようですね」

「長野で、なんかあったんだって。私達は、結局何をやってたんだろ」

「次への橋渡し、ですよ。理事達はいつまでも学校へ残れますけど、私達はいつか卒業する。そのための、捨て石でもいいです」

「面白くない解釈ね」 

 ため息混じりに呟いた天満は、窓へ背を向け新妻達を振り返った。



「勝ったにしては、みんな元気ないわよね」

「仕方ないわ。あなた達が学校を辞めていくのでは」

「責任は取らないと。それよりも、観貴ちゃんはどうするの」

「新学期が始まるまで、しばらく休養ね。運営企画局も、当分休むわ」

「それがいいのかも知れない」

 かすれたような声でささやく涼代。

 新妻は目を閉じ、机に肘を付いたまま動かない。

「私達がいなくなって、その後はどうなるんだろう」

「気になるのなら、残ったら」

「無理言わないで。ただ、聞いてみただけよ」

「どうにかなる。河合君なら、そう言うんだろうけど」

 笑うとも言えない、小さな声。

 新妻の顔が、微かに下がる。

「観貴ちゃん」

「え、どうかした」

「顔色が悪いわよ。風邪引いたんじゃない」

「いえ。それ程、暑くは」 

 その言葉が終わらない内に、新妻の体が机に倒れる。

「先輩っ」

 机を乗り越えて駆け寄る天満。

 沢が、すかさず新妻の腕を取る。

「少し弱い。大山君」

「ええ、連絡済みです」

 大山の端末は、医療部への緊急コールを表示している。

「み、観貴ちゃん」

「私?私は、え、えと」

「先輩っ」

 今にも泣き出そうな顔で、新妻の手を取る天満。

 新妻は微かにその手を握り返し、小さくささやいた。

「後は、あなたに任せるから。嶺奈」

「そ、そんな事言わないでっ。私、私は」

「大丈夫。大山君も、凪さんも、塩田君も、沢君もいるから」

 弱い、儚い音。

 夕焼けに照らされる、小さな泉の氷のような。 

 ゆっくりと上げられた顔は、悲しいまでに透き通って見えていた。

「ごめん、みんな。私、何も出来なくて」

「そんな事無い。観貴ちゃんがいたから、私達は今までやってこれたのよ。みんなで、頑張ったから」

「ありがとう。でも、私はもう……」

 淡い光を宿した瞳が閉じられ、体の力が抜けていく。

 吹き付ける風が窓を揺らし、小さな音を立てる。

 照明に照らされ、悲しげな陰影を帯びる端正な横顔。

 天使のような、気高く澄みきった……。




「天満さんの叫びが虚しく室内に響き、すぐに静寂が訪れました。そして医療部の人達が来た頃には……」

 突然天井を仰ぎ、口をつぐむ副会長。

 この室内も、一気に空気が重くなる。

 私は考えたくもない事を考えてしまい、いてもたってもいられない。

「あれから、もう1年近く経ちます。彼女の気持ちを私達は、まだこの胸に」

 再び天井を仰ぐ副会長。

 重い、悲しげな空気が、室内を支配していく。

 誰もが口をつぐみ、顔を伏せる。

 静寂と、それをより強く感じさせる嗚咽。

 2年の人達は全員顔を伏せ、何も言わない。

 いや、言えないのだろう。

 私もさっきまで感情が高ぶっていたせいか、目元が熱くなってきた……。



「馬鹿な事言ってるんじゃないわよっ」

 大声を張り上げ、副会長の首を絞める天満さん。 

 それと合わせるかのように、一斉に笑い出す塩田さん達。

「く、苦しいです」

「あー、もう。馬鹿、馬鹿、馬鹿っ」

 机の上に転がされる副会長。 

 天満さんはその頭をはたいて、もう一度「あー」と叫んだ。

「あ、あの。一体何が」

「何もじゃないのっ。先輩は今でも元気なのっ」

「え?」

「ちょっとした脚色ですよ。まさか寝不足でした、では面白くないでしょう」

 襟元を直しながら体勢を立て直した副会長は、さっさと天満さんから逃げていった。

「ああっ」

「失言でした」

「分かればいいのよ」

 スタンガンを構えた天満さんは最後に一睨みして、椅子へ座った。

 副会長も平然とした顔で、その隣へ座る。

「先輩は結局転校して、静岡にいるの。気候もいいし、のんびり出来るから」

「涼代さんも、そこのスポーツコースに通ってます。彼女一人だけでは、寂しいだろうといって」

「いいもん。私は来週、また行くから。運転、よろしくね」

「だ、そうです」

 肩に手を置かれ、苦笑する副会長。

 塩田さん達も、仕方ないという笑顔だ。


「間さんと杉下さんは、全国を回ってる。優秀な人材を、スカウトするためにな」

 探るような視線を、舞地さん達へ向ける塩田さん。

 舞地さん達は何も言わず、それを受け止める。

「会ったんだろ」

「頼りない男だった。それに、あきらめが悪い」

「間さんは、そういう人なんだよ。あの人は今でも、あきらめてないんだ。管理案の導入阻止を」

 微かに浮かぶ、笑顔。

 敬意と、親しみのこもった優しい表情。

「そう、だったの」

 今度は私が、舞地さん達を見つめる。

「こないだの局長の命令を聞くとか、生徒会長がどうとかいうのは。その間さんに、頼まれたから?」

「教えない」

「何で」

「子供には関係ない」

 素っ気ない表情と答え。 

 なんだ、それ。

「俺達にも事情があるって訳さ。だからもしかすると、お前達と対立する可能性だってある」

 鋭い眼差しを向けてくる名雲さん。

 池上さんは関心のない様子で、柳君も大差はない。

「込み入った話は、またそれぞれでお願いします。とにかく、私達が話す事は以上ですから」

 そう宣言して、私達を見渡す副会長。

 そしてその視線は、私の所で止まる。


「さて、どうします」

「どうって」

「何もしなくても、構いません。間さん達は、来期にでも新しい人間を送り込んでくるでしょうし。私達の意志というかわがままは、その人達にやってもらってもいい」

 事務的な、冷たいとも言える口調。

 彼が向けてくる視線も同様だ。

「この間、雪野さんが病院で言った通りです。結局は何も出来なかった、私達のエゴなんですから。あなた達は無理にやる必要もないし、その義務もない」

「やって欲しい、という気持ちはあるけどな」 

 天井を仰いだまま、ぽつりと漏らす塩田さん。

 寂しげな、切ない顔付き。

 自分が何も出来なかったという、副会長の一言。

 彼等の表情。     

 そして、今の話。


 サトミ達は何も言わない。 

 判断は私に委ねる、という視線だけで。

 受け入れるかどうかは、私に掛かっている。

 少なくとも、それに答える義務はあるだろう。

 学校と、完全にやり合うのか。

 この間みんなへ言ったように、ただ自分の事だけに専念するのか。

 そして後は、他の人へ任すのか。



 巡っていく思いと感情。

 不安や怒り、後悔、期待。 

 私の物だけではない、幾つかの気持ち。

 どう答えても、私を責める人はいない。

 どう答えるのが正しいのかも、誰も分からない。

 だけど私は、答えを求められている。

 逃げるのは簡単で、一時の感情に流されるのはもっと簡単で。

 そして私は、どうしたらいいのか。



「わ、私……」

 感じる全員の視線。

 心を落ち着け、もう一度言い直す。

「わ、私。や、や……」

 変わる空気。

 強まる全員の視線。

 私は席を立ち、塩田さんをまっすぐに見つめた。

「や、焼き鳥ご馳走様でした」



 一瞬の静けさ。

 それに続く、大笑い。

 いや、笑っているのは塩田さんだけだ。

 他の人達は、表現しがたい表情で口を開けている。

 後は事情を知っているサトミが、額を抑えている事くらいか。

「気にすんなよ」

 笑いながら、席を立つ塩田さん。

 他の2年も、それに合わせて立ち上がる。

「またな」

「は、はい」

「行こうぜ」

「ええ」



 私を取り囲む人達。

「焼き鳥が、どうしたって?」

「頭、大丈夫?」

「食べたいの?」

「焼き肉じゃ駄目なの?」

「でもトリは、低カロリーだろ」

「俺は、あまり好きじゃないけどね」

「鳩食べられるって知ってた?」

「毎朝、アパートの前で鳴いてるよ」

「グルッポー」

「あ、似てる」

「あれ、捕まえてもいいのか?」

「だったら、熱田神宮の鶏は?」

「う、うるさいっ」

 わーっと手を振り、全員を睨み付ける。 

 そうしたら、全員に睨まれた。

「な、なによ」

「別に」

 サトミの呟きを合図に、一斉に離れていくみんな。

 見捨てられた、と言い換えてもいい。

 さすがにそれは困るので、サトミの腕にしがみつく。


「な、仲間じゃない」

「あんな場面で、焼き鳥なんて言う人はお断りよ」

「それはその、お礼を言おうと思って。美味しかったでしょ」

「さあ」

 つんと顔を逸らすサトミ。 

 砂肝を取られたのを根に持っている、訳でもないらしい。

「と、とにかく。頑張ろうよ」

「何を」

「さあ」

 今度は私が、顔を逸らす。

 だって、分からないものは仕方ないじゃない。

「先輩達は随分立派だったみたいだけど、後輩がこれではね」

「うるさいな。いいの、私は私の道を行くんだから」

「落とし穴にはまらないでよ」

 くすっと笑い、私の頬をつつくサトミ。

 私は素早く、彼女の腕にしがみついた。

「大丈夫。その時は、みんなに助けてもらうから。ね、ショウ」

「ああ」

「見つけてもらえなかったりして」 

 ぽつりと呟くケイを睨みつけ、元気良く笑う。



 私に何が出来るのか分からない。

 それだけの能力があるのか。

 その資格が、あるのかどうかも。




 今でも気持ちは定まらない。

 どうせ私には何も出来ない、という思い。

 それを裏付けるような、傷だらけの指先。

 みんなの力を借りるだけの、頼りない自分。

 まずはそこから抜け出そう。

 そして考えよう。

 色々と。





    







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