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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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     10-19




 壁に拳を当て、グローブの感触を確かめる塩田。

「悪くない。沢、お前は」

「いつでも」

 レガースをはめ直した沢が、顔を上げる。

「……じゃあ、二人ともお願い」

 新妻の台詞に、小さく頷く二人。

 初めに塩田が、生徒会特別教棟の正面玄関を出る。

「A棟はすぐ隣りで、距離的には問題ない。僕の指示がない限りは、走る必要もないよ」

「了解」

「すぐ動けるよう、適当に距離を置いて。そう……」 

 全員を送り出し、自分もドアを出ていく沢。


 降りしきる雪は強さを増し、教棟の近くに植わる木々を白く染め始めている。

 かろうじて先の見える視界。

 正面を見据える塩田に対し、沢は雪を散らす空へ視線を向ける。

 正確には、教棟の窓にだろうが。

 教棟間を結ぶ、屋根付きの渡り廊下。

 そこを行き来する、コート姿の男達。

 彼等は新妻達が見えていないかのように、無表情ですれ違う。

 そして新妻達も同様に、一心な表情で先を急ぐ。



 彼等の肩に雪が積もり始めた頃、教職員用特別教棟・A棟が見えてくる。

 外観は一般教棟と同じ、薄いグレーのビル。 

 階層が多少高いくらいで、それ以外の違いは特に無い。

 強いて上げるなら、その周りに緑が多い事だろうか。

 今はそれも雪を被り、辺りの風景に溶け込んでいる。

 そんな教棟の前に集まる、大勢の生徒。

 ジャージ姿や道着にジャケットを羽織った者、ベンチウォーマーを着込む者達。

 まるでA棟を囲むように、彼等は立っている。

 時折その前を行く若者達に関心を払う様子はなく、それは若者達も同様だ。

 無言の中、雪だけが降りしきる。


 塩田を先頭にして、A棟の前に向かう一同。

 SDCの意向を受けたと思われる部員達は勿論、傭兵らしき者達がそれを阻む様子はない。

 左右に割れる部員達。

 その間を通る新妻達。

 視線は交わされず、言葉もそこにはない。

 行く者と見送る者。

 その光景以外には。



「は、入ってきますっ」

 金切り声を上げる職員。 

 理事は舌を鳴らし、屋神を睨み付けた。

「君っ。早くあの連中を動かしたまえ」

「自分で呼んだんだ。入ってきたっていいだろ」

「くっ」

 顔色を変える理事。

 そして彼は端末を取り出し、それに向かってなにやら呟いた。

「あの金髪達は、使わない方がいいと思うけどな」

「だったら、彼等に指示を出して早く止めさせろ」

「今動かしたら、部活の連中と揉めて大騒ぎになるぞ」

「それがどうした。あいつらが怪我をしようと停学になろうと、私は何も困らない」

 早口でまくし立てる理事に、屋神は肩をすくめてソファーに崩れた。

「ほら、早くしろ」

「後で責任を取らされないなら、話くらいはするぜ」

「……もういいっ。どうせ金は私が出しているんだ。私が指示を出す」

「最初から、そうしろよ」

 皮肉めいた屋神の言葉を無視し、理事は端末に向かって何やら怒鳴り出した。

 しかし向こうが電源を切ったらしく、それを床へ叩き付ける。


「どうなってるんだっ」

「人望が無いんだろ」

「なっ。貴様、覚えておけよ。この件に関しては、処分の対象とするからな」

「理事、落ち着いて下さい。今は屋神君の言う通り、大人しくしているべきです。生徒同士の大乱闘なんて、マスコミがかぎつけたら大問題ですよ。例えばその映像を記録して売り込みをする者がいないとも限らない」

 至って冷静に指摘する杉下。

 理事は再び怒鳴りかけたが、口元で唸りかろうじて思い留まったようだ。

「こうならないように、ああいう連中を雇い入れたというのに。君達は、何をやっているんだ」

「あんたの意図なんて、知らなかったんでね。面白そうだから、あいつらを締め上げた。ただそれだけさ。仕切りたかったら好きにしろよ」

「言われなくても、そうしてやる」

 壊れた端末を蹴り、また別な端末を出す理事。

 それもやはり通信を切られたらしく、彼の手の中で端末が音を立てる。

「すごい力だな。あんたが、自分でやっつけたらどうだ」

「き、貴様」

「り、理事。例の男達が到着しました。裏口から、玄関へ向かっています」

「よし。中に入ったところで襲わせろ。程度は任せる」

 陰惨な表情で指示を出し、それを屋神達へ見せつける。

「あまりふざけた態度を取っていると、お前達も同じ目に遭わすからな」

「分かったよ」

「お前達は、私の言う通りに動いていればいいんだ。殴れと言ったら殴れ。自分で考える必要はない」

 侮蔑の笑みを浮かべる理事。

 屋神は適当に頷き、それを跳ね返す。 

 二人の間に流れる険悪な空気。 

 だが職員達はクラブ生が集まっている正面玄関の様子が気になるのか、彼等に気を払う様子はない。


「二人とも、もう止めたらどうです。どちらにしろ、新妻さん達はここに来るんだから。その際、もう一度全員で話し合いましょう。これから、どうするのかを」

「何を言ってるんだ。あいつらはここまでこないし、話す事もない」

「俺が学校へ付いた理由の一つに、彼等との話し合いが合ったはずです。それは新妻さん達の退学より前に、必ず行うと約束してくれましたよね」

「忘れたよ、そんな口約束は。今度から、書類なりDDに記録しておくんだな」

 冷たく言い放ち、杉下達の前から離れる理事。

 屋神は鼻を鳴らして、杉下の肩に触れた。

「あっさりしたもんだ」

「分かってたよ、最初から」

「それでもお前は、学校側に付いた。どうしてだ」

「俺が聞きたいね」

 苦笑する二人。

 杉下は端末を取り出し、ディスプレイに視線を落とす。

「どうした」

「いや。今日はいつまで雪が降るのかと思って」

「そんな事より、今からどうするかを考えろよ。乗り込んでくる新妻達に何を話すのかって」

「君に任す。俺は、さすがに疲れた」

 大きく伸びをして、背もたれに身を任せる杉下。

 屋神も、それに倣う。

「これから、どうするつもりだ」

「色々考えてはいるよ。でもまずは、今を乗り越えないと」

「まあな」

 低いささやき。

 窓の外では雪が降り続ける。

 いつ止むとも知れぬ、白い雪が……。



「どうした」 

 こたつに入っている峰山が、素っ気なく尋ねる。

「……僕も、行きます」

 固い口調で答える小泉。

 黒のジャケットに、ジーンズという普通の出で立ち。

 ただ腰にはフォルダーが付けられ、そこには警棒が差してある。 

 手は革製のグローブ。 

 服のラインから見て、インナーのプロテクターも付けているだろう。

「好きにしろ」

 やはり素っ気ない答え。

「はい」

 小泉は小さく頷き、彼に背を向ける。

「辞めるのは、まだ早いぞ」

「え?」

「道筋を付けて行けと言ってるんだ」

 淡々と説く峰山。

 顔を振り向かせた小泉は、真剣な表情で頷いた。

「……分かりました。それまでは、何があっても峰山さんに付いていきます。例え、どうなっても。僕を、自由に使って下さい」

「ああ」

「その後は、その後は。……僕も、僕の道を行きます」

「好きにしろ」

 やはり峰山の言葉は変わらない。

 小泉は視線を落とす彼を振り払うようにして、リビングを飛び出した。


 玄関先。

 ブーツを履くのにやや手間取る小泉。

 焦りと緊張が、その手をおぼつかなくさせているのだろう。

「風間達には、どう言い訳するつもりだ」

 淡々とした口調。

 詰問というより、少し気になったくらいの。

 止まる手、揺れる肩。

 言葉は、すぐには出てこない。

「七尾や、丹下さんには」

「説明はします。それに、分かってくれると思います」

「本気で、そう言ってるのか」 

 再び止まる、小泉の手。

 そして、言葉。

「僕は、僕はそれでも」

「俺が聞く事でも無かったな。忘れろ」

「峰山さん」

「急がないと、間に合わなくなるぞ。阿川達みたいに」 



「あっ」

 マンションの玄関を出たところで、声を上げる小泉。

 差し出されるヘルメットと、黒のリュック。

「行くんでしょ」

「え、ええ。でも」

「雪道の運転は慣れている」

 赤い自分のヘルメットを振る、青いジャケット姿の清水。

 吹っ切れたような、明るい表情。

 小泉は言葉を詰まらせ、顔を伏せた。

「感傷に耽ってる場合じゃない。急ごう」

「は、はい」

「しかし、林はどこに」

 冬の冷気に掻き消される言葉。 

 バイクのエンジンを掛けている小泉は、それに気付かない。

 清水は雪を散らす空を見上げ、もう一度呟いた。

「結局は、傭兵か……」



 IDを通し、特別教棟内へ入る新妻達。 

 普段玄関に常駐している警備会社の警備員はいなく、ドアも問題なく開いた。

 招いたのは学校なので、それ程問題は無いとはいえる。

 今まで彼等が行ってきた行為に目をつぶるなら、だが。

「塩田君」

「ああ」

 それだけで何が通じ合ったのか、新妻達をかばいつつロビーの隅へ走る二人。 

 全面ガラス張りとなった、見通しの利く広いロビー。 

 雪を被った緑の隙間から見える、部員や傭兵達の姿。 

 だがそれに目を向ける者は誰もいない。

 いくつも並ぶソファーや応接セット。

 カウンターの向こう側には事務用のスペースが大きくとられ、インフォメーション用の卓上端末があちこちに備え付けられている。

 普段なら教職員や企業、自治体関係者などで賑わう場所だろう。 

 だが今は人影も、さざめきも無い。

 学校自体はすでに春休み前。

 数日前から企業や自治体からの出向者は休暇となっていて、それに伴い職員も最低限の者達だけが通ってきている。

 また受付である一階の業務は停止しており、今日は上の階にも、まばらに職員がいる程度だろう。

「トラップを仕掛けてある様子はない。それだけの時間が向こうになかったんだろうね」

「来るのは例の、金髪だな。余程俺と遊びたいらしい」

「歯を折ったんだろ」

「ああ、2回」

 喉元で笑う塩田。

 沢も鋭い笑顔を浮かべ、拳を軽く振る。

「大山、構造は」

「正面玄関以外は、職員用の裏口が一つ。後各フロアには、幾つか非常用の扉があります。当然監視カメラも」

「時間や外の状態から見て、裏口から来るのがやっとだろう。後は非常用の扉から、どれだけ入ってくるかだけれど」

 塩田を視線をかわした沢は、エレベーターの隣にある細い階段を指さした。

「僕達がくい止める間に、君達はあれで上へ」

「大丈夫?」

「すぐに追いつくよ。大した相手じゃない」

 おごりも過信もない、事実のみを告げると言った口調。

 新妻達は小さく頷き、広いロビーを駆け出した。


「大体、理事達に会ってどうするの」

「文句の一つも言いたいじゃない。そうですよね、先輩」

 息を切らしながら後ろを振り返る天満。

 新妻は微かに笑顔を浮かべ、足を止めた。

「せ、先輩」

「大丈夫」

 大きく息を吸い込み、再び走り出す新妻。

 天満は彼女の隣に付き、警棒を手に取った。

「な、何かあったら、私が守りますから」

「頼りにしてるわ」

「は、はい」

 突然振り回される警棒。 

 それを鼻先でかわした大山が、天満を促す。

「早く、階段へ」

「分かってる。しかし、早いなー」

 すでにロビーを抜け、奥まった場所にある階段に取り付いている涼代。

 室内陸上部女子部長の肩書きは、伊達ではない。

 その脇には、荒い息を付いている中川もいる。

「また無理をして、あの子は」

 苦笑する間。

 大山はしんがりにいる彼を振り返り、口を開きかけた。

「追い付くと言ったんだ。ここはそれを信じよう」

「足手まといにならないように?」

「残念だけど、今の俺達はそうするしかない。河合君達の時と、同じように」

 苦しそうに漏らす間。

 それは走り疲れたせいなのか、それとも彼の苦悩を表しているのか。

 大山は顔を前へ戻し、呟いた。

「これだけの事をしたんです。理事達には、何を言います」

「君達に任せるよ。今まで通り」

「間さん」

「大丈夫。俺はみんなを信じてるから」

「そういう問題ですか」

 何となく呆れ気味の口調。

 大山は聞かなければ良かったという顔をして、速度を速めた。 

 後ろで翳りを帯びた表情を見せる間に気付く事無く……。



「さて、来たぞ」

 塩田の呟き通り、カウンター奥のドアから出てくる人相の悪い若者達。

 例のスキンヘッドとバンダナ、そして金髪もやはりいる。

 いきなり飛んでくるボウガンの矢。

 それはガラス張りの壁に跳ね返り、虚しく床へと落ちる。

「銃とか持ってないんだろうな」

「内蔵のチップが、警備会社のセキュリティに引っかかるからね。ただし、非合法な物については知らない」

「おい」

「大丈夫。素人が撃っても、そうは当たらないよ」

 平然した答え。

 塩田は顔をしかめ、胸の辺りを拳で叩いた。

「これって、防弾?」

「ゴム弾程度ならはじき返す。小口径も、おそらく」

「まあ、銃はないだろうけど」

「僕もそう思う。それよりも、来るよ」

 無造作に前へ出る沢。

 塩田もその隣へ並ぶ。

「久し振りだなー、沢」

 構えられるボウガンの列。

 銃を持つ者は、今のところ見受けられない。

「お前の顔を見ると、鼻がうずくぜ」

 ニヤニヤと笑う、金髪の男。

 左右にいるスキンヘッドとバンダナの男も、薄い笑みを浮かべる。

 3人とも似たような赤のジャケットを羽織り、皮パンを履いている。

 彼等の周囲にいる、仲間達も同様だ。

「それで」

 何の関心もないといった口調で返す沢。

 隣りいた塩田の笑い声が、静かなロビーに響き渡る。

「貴様」

「そうやって大物ぶってるから、負けてばかりなんだよ。僕に、塩田君。清水さん達やワイルド・ギースに」

「二人だけで、俺達に敵うと思ったのか」

「今まで一度として、僕が君に負けたかい」

 挑発とも言える台詞。

 それと同時に放たれるボウガン。 


 五月雨的に飛んでくる矢を二人は、警棒で叩き落とした。

 数本は体に当たったが、それはプロテクターが弾いている。

「返すよ」

 指の間で掴んだ矢を、手首を返して投げ返す沢。

 何人かが声を上げ、肩口を押さえる。

「当てるなら、プロテクターの継ぎ目を狙うんだね。そうすれば、今のようになる」

「ちっ」

 ジャケットを翻し、トレーナーをまくるバンダナの男。

 ショットガンに似た形状の銃が取り出され、それは沢の顔に向けられる。

「これも、受け止めて見ろよ」

 何のためらいもなく引き金を引く男。


 鈍い音と、火薬の匂い。

 しかし、うずくまったのはバンダナの男の方だった。

「何だ?」

 隣を見つめる塩田。

 沢は無言で手を払い、彼の視線から顔を背けた。

 彼の周りに漂う白い煙。

 足元に落ちる、小さな筒状の物体。

 それを足で踏みつけ、軽くひねる塩田。 

「薬莢か、これ?」

 器用に拾い上げた彼は、曖昧に笑っている少年を見据えた。

「大丈夫。僕のも、ゴム弾と大差ない。今撃った弾はね」

「全然見えなかったんですけど」

「おかげで、シャツを一つ駄目にした」

 自分のお腹を指さす沢。

 そこには確かに、焦げ目の付いた小さな穴が開いている。

「有効ではあるけれど、これの使用は上がうるさくてね。基本的に相手が銃を持っている場合のみに使用可能。薬莢も回収するように言われてるんだ」

「お前、実弾も持ってるだろ」

「いいから、他の連中が来るよ」 

 強引に話を打ち切り、薬莢を受け取る。

 その間に金髪達はカウンターを乗り越え、彼等のすぐ傍までやってきていた。


「今、何をした」

 どす赤い顔で問い詰めてくるスキンヘッド。

「ボウガンさ。こういう具合に」 

 再び手首を返す沢。 

 端にいた男が声を上げ、卒倒する。

「当たり所によっては、一撃で倒せる。勿論君達には、そんな楽な思いはさせないけど」

「馬鹿が」

「自分で言っていれば、世話がない」

 辛辣に返した沢は、ロングコートを翻して拳を構えた。

「時間がないんだ。早く済ませよう」

「貴様。必ず、後悔させてやるからな」

「僕も同じ事を考えていた。八つ当たりだけど、覚悟してもらう」

 いきなり駆け出し、端の男に跳び蹴りを喰らわす。

 それに驚くまもなく、反対側の端へ塩田が飛び込んだ。

 体格のいい男が、顔を歪ませてひっくり返る。

「ひどいね、君は」

「お前程じゃないさ。俺も、色々ストレスが溜まってるんでな」

「じゃあ、やるとしようか」

「ああ」

 凄惨な笑みを浮かべる塩田、そして沢。

 叫び声は、どこまでも響いていった。




 10F/11Fと書かれた踊り場で、一旦足を止める涼代。

「みんな、遅いわよ」

「どこが」 

 息は切れているが、すぐに追い付いてきた中川。

「負けず嫌いね」

「いいじゃない。観貴さん、大丈夫ですか」

「ええ」

 かろうじて答えた新妻は、大きく息を付いて階段を駆け上がった。

「せ、先輩。早いです……」 

 こちらは、息も絶え絶えの天満。

 どちらが病弱か分からない顔で。

「全然なってませんね」

 対して大山は、多少汗を掻いている程度。

 しんがりを務めていた間も同様だ。

「まあ、女の子っていう事で……」

 笑いかけた間が、「あっ」と叫ぶ。

 それに反応して、新妻を抱え階段を飛び降りる涼代。

 すかさず中川も、それに続いた。

「ちっ」 

 警棒を投げつけたロングヘアの男が、腰の警棒に触れながら階段を下りてくる。

 前に出る間と大山。

 警棒の構えは頼りない。

 その足元も、微かに震えてはいないか。

 しかし、ここから先へは進ませない。 

 ここは、自分達が守ってみせる。

 その気迫だけは感じ取れる。

 強い、男としての信念が。


「二人とも、大丈夫?」

「全然。本当、格闘技を習っておくべきでした」

「まあ、死ぬ気で……」

 そう答えた途端、いきなり蹴り飛ばされる間。

 助けに入ろうとした大山も、即座に蹴りつけられる。

 階段の上からはさらに、強面の男達が降りてくる。

 下から塩田達が来る気配はない。

 取り囲まれ、スタンガンを突きつけられる間達。

 そして男達の陰湿な視線は、新妻達へと向けられる。

 ある意図を含んだ、独特の眼差し。

 じりじりと階段を下りる新妻達。

 その間にも、間達は激しく蹴りつけられる。

 そして。


 乾いた音。

 それに続く、何かの落ちる音。

 階段を転げ落ちていく、ロングヘアの男。

「つ、次はっ」

 絶叫する天満。

 構えた両手には、小口径の銃がしっかりと握り締められている。

「わ、わーっ」

 今度は男達が絶叫を上げて逃げていく。

 再び聞こえる乾いた音。

 だが今度は、誰も倒れない。

「何を、してるんですか」

 ジャケットの埃を払いながら立ち上がる大山。

 天満はそれを手伝って、手にしていた銃をトレーナーの中に隠した。

「沢君が、持ってけって。まさか、私はこんなの持ってないだろうって油断するから」

「私も油断してましたよ。鼻先を、かすめていきました」

「いいじゃない。これで、君を助けたんだし。やっと貸しを返したわ」

 天真爛漫に笑う天満と、苦笑気味に頷く大山。

 二人にしか分からない、小さな物語。

 緩やかに流れる時。

 重なる視線、重ねられる指先……。


「俺も、怪我したんですけどね」

「あ、いたんですか」 

 素っ気なく言われた間は頬の傷を手で拭い、ため息を付いた。

「全く、格好いいところを見せようとしたのに」

「心配しなくても、今から来ますよ。天満さんの腕前も、向こうは分かったでしょうし」

 淡々とした大山の説明に、もう一度ため息を付く間。

 それでも階段の途中に転がっている男の胸元から、ボウガンを取り出した。

「あら、やる気ですね」

 彼より先にボウガンを奪っていた中川が、くすりと笑う。

「ほら、来たっ」

 いきなり放たれるボウガン。

 忍び足で階段を下りてきていた短髪の男は、何やら叫び声を上げて仰け反った。

 すかさず距離を詰め、ボウガンを構える中川。

「目を撃たれるか、降伏するか」

「な、何……」

 微かな隙もない、凛とした表情。

 ボウガンのトリガーを、細い指先が引き絞る。

「わ、分かった。撃つな」

「そう。じゃあ、手を後ろに……」

 突然跳ね上がる男の足。


 響き渡る絶叫。

 鈍い、骨の砕ける音。

「馬鹿」

 鼻を鳴らし、スリングを降ろす涼代。

 そこから発射された細かい金属の玉は、男のジーパンを削り足をおかしな方向へ曲げている。

「パチンコ?」

「まあね。気を抜き過ぎ、……でもないか」

 男の反対側の足には、ボウガンの矢が刺さっている。

 ワイルドに微笑み、拳を重ねる二人。

「怖い子達だ」

 ぽつりと呟き、男の足からボウガンを抜く間。

 だがそこから吹き出てきた血に、「おっ」と声を上げる。

「し、縛らないとね。えーと」

 適当に男の服を破り、太股の辺りをぐるぐる巻きにする。

 おそらく止血する程でもないのだが、本人はその出来映えに満足しているようだ、。

「さてと、次はいつ来るのかな」

「のんきに構えてる場合じゃありませんよ」

 傷まみれのまま向かい合う、間と大山。

 お互いにボウガンを手にして、上の様子を窺っている。

 微かに聞こえる足音。

 一斉に表情を引き締める新妻達。



 階段に落ちる長い影。

 規則正しい、固い足音。

 ひそやかな、凍るような佇まい。

 革のグローブに滴る赤い血と、短めのショートカットに冠する白い雪。

 濃茶のトレッキングブーツが、踊り場に降り立つ。

「どうした」

 グローブを捨て、素っ気なく尋ねる清水。

 だがその表情には、わずかながら共感の色が宿る。

「上は、もう誰もいない。せいぜい、警備員くらいだろう」

「他は、あなたが」

 冷静な口調で尋ねる新妻に、清水は小さく頷いた。

「余計な事だったかも知れないけど」

「いえ。助かったわ。ありがとう」

「礼は、彼へ」

 階段の奥手へ手招きする清水。

 するとそこから、小泉が可愛いらしい顔を覗かせた。

 彼の顔もまた、傷付いている。

「君達を助けたかったらしい」

「い、いえ。僕はただ、何か手伝えないかと思って。峰山さんの事とかもありますし」

 申し訳なさそうに顔を伏せる小泉。

 清水は彼の肩をそっと抱き、優しく微笑んだ。

「こうして君は、やってきた。それだけで十分よ」

「し、清水さん」

「彼女の言う通り。ありがとう、小泉君」

 新妻に続き、全員の口から感謝の言葉が聞かれる。

 再び顔を伏せる小泉。

 先程とは違う意味を含んだ行為。

 清水は彼から離れ、その髪をかき上げた。

 淡い照明に散華する雪。

 ここへ進入していくらも経っていない事を示す証拠。 

 そしてその短時間で経路を確保した、彼女の実力をもかいま見せる。


「ただ、問題が一つある」

「警備員の事?」

「いや。それは私と、後ろの連中でなんとかする」

 新妻達が振り向いた先には、全身に返り血を浴びた塩田と沢の姿があった。 

 息は切れていないがその様子から見て、今到着したところなのだろう。

「林君か」

「話が早い」

 苦笑して沢へ視線を向ける清水。

 その沢は、腕を組んで思案の表情を見せる。

「彼の行動は僕にも読めないけれど、それに対応出来るだけの人間はここに揃っている」

「そうか。君は、ここに居場所を見つけたんだな」

「清水さんも、そうなんだろ」

「ここまで暴れたら、そうもいかない。……仮に、君が口利きをしてくれても。理屈じゃなくて、心情的に無理だから」

 沢の言葉を制するように、一気にまくし立てる。

 それに対する言葉はなく、沈黙が辺りに流れ出す。

「決めたのなら仕方ない。さあ、いこうか」

 いつも通りの明るい口調。 

 脳天気とも言える、その態度。

 間は清水と小泉の立っている、階段の上を指さした。

 理事達の待機する、最上階へ続く道を。




 その最上階。

 理事や職員達が詰めている一室。

 落ち着き無くうろつき回る彼等に対し、屋神と杉下はソファーに座ったまま動こうとしない。

「伊達君は」

「立ってるのが好きなんだろ」

 窓辺へ指を指す屋神。

 そこには彼と一緒に入ってきていた伊達が、静かな佇まいで雪の降る景色を眺めている。

 理事達の焦燥も、今の状態も。

 さらには自分の立場すらも。

 全てが通り過ぎているような雰囲気。 

 また屋神達にはあれこれいう理事ですら、彼には一言も声を掛けない。

 恐れをなしているというよりは、その存在すら気付いていないのかもしれない。

 塩田の隠業とはまた違う、物静かな態度。

 だがひとたび事が起きればどうなるかは、言うまでもない。


「……さあ、早く下の連中を動かせ」

「自分でやるんだろ」

「例の奴らが、全員やられた。もう止めようがない」

「自分で呼んでおいて、止めるなよ。なあ、杉下」

「さあね」

 肩をすくめる杉下と、鼻で笑う屋神。

 理事は屋神の襟首を掴み、強引に掴み上げた。

「いい加減にしろ」

「何怒ってんだ」

 身長と体格で勝る屋神に見下ろされる理事。

 席を立たせたのも彼の力ではなく、屋神が自分で起き上がったためだ。

「大体、クラブの連中や新妻達は何もしてない」

「理由は聞いてない。止めろと、私は命令してるんだ」

「どうして、あんたに」

「金を出しているのは私だ。命令する権限は、当然私にある」

 苛立った口調で答える理事。

 彼の付き出した端末を、屋神は面倒げに受け取った。

「で、何を言えって」

「外にいるクラブの連中を遠ざけさせろ。それと、建物に入ってきた連中を捕まえさせるんだ」

「あんた、命令したんだろ」

「……私の命令は、聞きたくないと言って来た」

 屈辱を耐える表情。 

 赤らんだ顔を一瞥して、屋神はその端末を杉下へ放った。

「持ってろ。俺の端末を使う」

「ああ」

「……俺だ。ああ、どうして学校に集まってる。……そうか。……いや、気にするな。……そうだな、後で連絡する」

 通話を終えた屋神は、それをしまって理事に笑いかけた。

「なんか厄介払いされそうだから、アピールしに来たって言ってるぜ」

「そ、それで」

「説得するムードじゃないんで、放っておいた。寒いから、その内帰るだろ」

 相当に軽い一言。

 理事は赤い顔を、さらに赤らめる。


「お、お前。今の状況を分かっているのかっ。あいつらだけではなく、クラブの連中が入ってこようと」

「それはあんたが、そう思い込んでるだけだろ。いくら恨みがあるからといって、そんな事を指示する程涼代は馬鹿じゃない。新妻もな」

「分かってないのは、お前の方だっ」

 しかし自分の命令は受け付けられないため、彼自身は何もしようとはしない。

 怯えたように、雪の降る窓の外を見つめる職員達。

 杉下は退屈そうに、端末を眺めている。

「……おい、そこにいた男は」

「伊達か?そういえば、いないな」

「先程から、何度も出入りしてますよ。今は、たまたまいないだけです」

 ささやくように答える杉下。

 それ以上は何も言わず、再び端末に視線を落とす。

「まったく、どいつも使えない奴ばかりだ」

「使い方が悪いんだろ」

「何」

「冗談だ。そのくらいのゆとりもないのか」

 ものすごい形相で睨む理事を鼻で笑い、屋神はドアへ視線を向けた。

 微かな苦笑と共に……。



 階段を上りきり、壁際から廊下へ飛び出る沢。

 だが、構えた銃が火を噴く事はない。

 床に横たわる、数名の警備員。

 あちこちに転がるスタンガンや警棒。

 ゴム弾を連射出来る、ショットガンに似た銃も幾つか落ちている。

「先客がいたようだ」

 倒れている一人ずつに銃をポイントしつつ、足で軽く蹴っていく沢。

 偽装かどうかを、確かめているのだろう。

「起きる気配すらない。やったのは、相当の手練れだね」

「誰が?」

「三島さん、は入院中か」

「あの人なら、怪我してやっと人間レベルじゃないの。だって、クマだもの」 

 冗談っぽく返す中川の台詞を、誰も否定しない。

「とにかく、辿り着いた訳ね」

 ささやくような小声。

 だが全員が、彼女へ視線を向ける。

 澄みきった風、霊気を含んだ森の香り。

 玲瓏たる、その声の主へ。

「理事達に会ったからどうという事でも無いけれど。でも……」

 差し出される華奢な手の平。

 それに自分の手を重ねる涼代。

 中川、天満、塩田、大山、沢。

 清水と小泉。

 そしてその上に、間が。

「ここまで来たんだ。悩む必要もないよ」

「……そうね。あなたの言う通りだわ」

「という訳で、入るとしよう」



 インターフォンを押す間。

 返事は返らない。

 端末をリンクさせるが、結果は同じ。

 肩をすくめた間は、その指先を沢へと向けた。

「こういうの得意だろ」

「清水さん程じゃないけどね。彼女が今はいないから……」

 そう言った瞬間警棒が振られ、セキュリティシステムのパネルが煙を上げる。

 続いて繰り出される、神速の前蹴り。 

 スチール製のドアが折れ、向こう側へと倒れ込む。

「壊せとは言ってないよ」

「同じ事さ。大丈夫、フリーガーディアンの職務を阻んだ向こうの責任だから」

「いい理由だな」

 床へ落ちたドアの向こうから顔をのぞかせる屋神。

 杉下はその反対側に。

「やあ」

 軽く手を挙げ、中に入る間。

 屋神は鼻で笑い、その頬に拳を飛ばした。

「わっ」

「冗談だ」

「そ、そう」

 よろめく間を放っておき、ドアを乗り越える新妻に手を貸す屋神。

 新妻は彼の手を取り、ドアから飛び降りた。

 舞い上がる髪が彼女の後を追い、コンディショナーの微かな香りを辺りに振りまかせる。


「来たわ」

「無理しなくても、いいものを」

「性分なの」

「勝手にしろ」

 次々に部屋へ入ってくる一同。

 そして最後に大山がドアを乗り越えた後に、伊達も付いてきた。

「お前、どこにいた」

「外の空気を吸っていた」

 平然と答え、壁にもたれる伊達。

 彼に目を向けていた沢が、微かに表情を揺らす。

「杉下さん」

「君も来たのか。いくらフリーガーディアンとはいえ、やり過ぎじゃないのかな」

「ランチボックスを返しに来たついでに、ちょっと」

「なるほど」

 軽く頷き、杉下は彼から目を背けた。

 対して屋神は全員と目を合わせ、そのまま理事達へ向き直った。

「こうなったけど、どうする」

「どうするもこうするも、不法侵入と暴行と……」

「営利誘拐、監禁、暴行、盗聴、贈収賄、横領。まだ、ありますか」

 姿勢を正し、凛とした表情で返る新妻。

 理事は舌を鳴らし、端末を取り出した。

「警察がどちらの言葉を信用するかだ。この地域を管轄する警察署の幹部はここのOBで、特に少年課の課長は私も知り合いだからな」

「私達は、証拠も持っていますよ」

「採用しなければ、意味がない。ああ、私だ。……そう、例の生徒が。……いや、学内に入るのはまずい。……ああ、後で連絡する」

 酷薄な笑みを浮かべる理事。

 それを平然と跳ね返す新妻。

「明日にも、お前達を逮捕してくれるそうだ。私も学内から前科者は出したくないから、退学したところで告訴は取り下げてやる」

「寛大な処置ですね。明日という日が、あなたにあればですが」

「下の連中を動かす気か」

 後ずさる理事達。

 新妻は薄く微笑み、前髪を横へ流した。

 輝くブルーの瞳。

 一気に冷たさを増す空気。

 気味の悪い音楽が、耳に届く。

「き、貴様っ」

 血相を変え、胸元から銃を取り出す理事。

 あまりにも近い距離。

 新妻は口元をさらに緩め、理事へ手をかざした。

 落ちる照明。 

 淡く輝く彼女の体。

 理事が叫び声を上げ、引き金へ指をかける。


「ガッ」 

 下へ落ちる銃。

 同時に照明が灯る。

 理事は腕を押さえ、歯ぎしりしそうな顔で睨み付けた。

「お、お前」

「音も光も、軽いトリックだ。子供じゃあるまいし、そのくらい気付よ」

「な、何だと」

「刑務所送りを助けてやったんだ。何なら、続けるか」

 いつの間にか理事の目の前に立っていた屋神は、警棒をフォルダーへ戻しワイルドに微笑んだ。

 そして新妻の前には、銃を構える沢と彼女を後ろにかばう塩田がいる。

「相手が銃を向けた場合は、反撃をしてもいい規則でね。僕は、続けてもかまわないよ」

「お、お前。どうしてここに」

「続けるかどうか、それを聞いている」

 冷たく言い放つ沢。

 理事は胸元へ向けていた手を下ろし、侮蔑の表情を浮かべた。

「貴様らが何をしようと、状況は変わらない。明日には逮捕されて、それで終わりだ」

「僕が証言をしても?」

「当然教育庁にも手は回してある。お前はさすがに、逮捕は出来ないがな」

「なるほど」

 いきなり火を噴く銃口。

 弾け飛ぶ本棚。

 悲鳴を上げる職員達を一瞥して、沢は銃を脇のフォルダーへしまった。

「当てればいいのに」

 銃を構え続ける天満に、大山が苦笑する。

「使う場合は、あくまでも正当防衛に関してだけです。それにあなたが撃ったら、それは傷害罪ですよ」

「まあね」

「撃ちたくなる気は、分からないでもないですが」


「あっ」 

 小声を上げる天満。

 彼女から銃を奪った大山は、無造作に理事へ詰め寄った。

 そして銃口を、彼の眉間へとポイントする。

「今日までの出来事。それは全部あなたの策略ですか」

「な、何を」

「はいかいいえで、お願いします」

「は、はい」

 小声で呟く理事。

 大山は銃を降ろし、それを沢へ渡した。

「君らしくないね」

「見ているだけは、飽きたので。どうせ逮捕されるなら、このくらいやってもいいでしょう」

「確かに。僕も、人の事は言えない」

 その銃で、天井へ向かって撃つ沢。

 鈍い音がして、小さなゴムのボールがあちこちに飛び散っていく。

 当然、天井に大穴を開けて。

「済まない、暴発した」

「お、おまえら。な、何を」

「不慮の事故さ。ここにいるのは僕達だけ。だから何があっても、外部の人間には分からない」

「や、やめろ。わ、私が間違っていた。み、認める。規則も改正しない。退学もさせない。金も払う」

 素早く端末で録音する中川と天満。

 だが理事は、どこか余裕を持って謝り続ける。

「何が、おかしいの」

 まなじりを上げる中川に、杉下が視線を向ける。

「この部屋は、厳重な防諜機能が敷かれている。君達の端末では、記録出来ないよ。おそらくは沢君のでも、すぐには難しいね」

「な、何を言ってるんだ」

「いいじゃないですか。どっちにしろ彼等は退学。まさかここで、あなたを殺す訳でもないんだし」

 平然と答える杉下。

 理事も不承不承という顔で、彼を睨む。

「じゃあ早く、こいつらをどうにかしろ」

「俺は無理なので、屋神君に」

「それもいいけど、なんか来るぞ」

 ぽつりと呟く屋神。


 耳を押さえたくなるような音がして、全面ガラス張りの窓に小さな穴が開く。

 吹き込む冷気と雪。

 白い光景に、一瞬視界を奪われる一同。

「という訳で、形勢逆転」

 新妻達の背後に立つ、雪まみれの林。

 柔和な顔が、薄い影を宿す。

「外は寒いし、指は痛くなるし。ずっと吊り下がってたからね。冷凍庫で牛肉がどんな気持ちか、よく分かったよ」

 いつも通りの冗談がかった台詞。

 だがその腕は、横へ大きく広げられている。

 彼が時折見せた暗器の存在と、格闘技の腕。

 それを分かっているのか、誰も後ろを振り返らない。

「よ、よくやった。さあ、そいつらを捕まえろ」

「俺に言ってるの」

「ああ、そうだ」

「しかし、俺にも立場があるから。あなたも、分かってるでしょ」

 意味ありげな笑顔。

 理事もそれに合わせ、口を横へ裂く。

「心配しなくても、金なら出す。なんなら学内での地位も保証しよう」

「口約束ではなく、書面でお願いしたいね」

「今作る。おい」

 理事に促され、職員が卓上端末を動かし出す。

 そしてプリンターが作動して、一枚の紙を手渡した。

「私のデジタル署名が入っている」

「総務局調整課?偉いのかな、これは」

「不満があるなら、後で部署を変わればいい。さあ、捕まえろ」

 愉悦の笑みを浮かべ手を振る理事。

 職員達も、同様の表情で固まった新妻達を睨み付ける。


「林」

「あっ」

 ドアから入ってきた清水と小泉が、林へ駆け寄る。

「どこへ行ってのかな」

「君を捜していた」

「悪いね。屋上から、ぶら下がってたよ」

 楽しそうに笑った林は、片手を清水達へと向けた。

「君達も、止まってもらおうか」

「どうするつもりだ」

「好きにさせてもらうよ。ねえ、屋神さん」

「俺に振るな」

 憮然とした顔で答える屋神。

 杉下は冷静な態度を崩さず、端末に見入っている。

「林さん」

「やあ、小泉君。君達は、こなくても良かったのに」

「全くだ」

「と、屋神さんも言っている。さて、どうしようか」

 くすくすと笑った林は、両手を降ろしジャケットの胸元へ右手を差し入れた。

「理事さん」

「全員捕まえて、今すぐ警察へ連れて行け。例の傭兵とかいう連中を使ってもかまわん」

「下には、部活の子達が一杯いるけど。邪魔されたら」

「蹴散らせ。学校に楯突いたらどうなるか、教えてやる」

 高笑いをする理事。

 雪混じりの冷たい風が吹き込む室内。

 その声だけが、響き渡っていた。






プ      







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