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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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 こたつにはまり、ミカンを剥く屋神。

「ほのぼのしてんな、おい」

「気楽ですね」

「悩んで解決するなら、俺も考えるぜ」

 そう答え、ミカンを頬張る。

 峰山はリモコンを手に取り、TVのチャンネルを変えた。

「新妻さん達が、仕掛けてくるようですが」

「あいつの性格なら、一気にかたを付けに来る。当分学校が立ち直れないくらいの策は持ってるだろ」

「俺達は、それを防ぐ役にあるんだが」

「当然、対抗策は取る。そのための傭兵だろ」

 苦笑気味に頷く峰山。

 屋神はミカンの皮をゴミ箱へ放り、キッチンへ声を掛けた。

「おーい、飯。腹減ったー」

「すぐ持っていきます」

 肉の乗った大皿を持ってくる、青いエプロン姿の清水。

 その後ろには、サラダボールを運んでくるやはりエプロン姿の小泉もいる。


「大変だね。なあ、小泉君」

「僕は、こういうの好きですから。峰山さん程、上手じゃないですけどね」

 屈託のない答え。 

 そして箸やスープを、それぞれの前へ置いていく。

「まずはタンを焼こう」

「どれでもいいよ」

「分かってないですな、屋神さん。ここはこの、林爽来にお任せあれ」

「お前、ツインコリアンじゃないだろ」

 苦笑しつつ、林にさいばしを渡す屋神。

「色々、やってるそうだな」

「影でこそこそ動くのが、好きなんで」

「まあいい。俺も、好きにやる」

「その度量こそ、みんなが慕う理由だよ。清水さんまで、いつのまにか敬語だし」

「わ、私は別に」

 なにやら呟き、小泉の影に隠れる清水。

 小泉は彼女をかばうように、くすくすと笑っている。

「そっちのむっつり兄さんは」

「俺の事か」

「君も、案外突っ走りそうだからね。冷静だけど、その冷静さが却ってというケース」

「下らない。いいから、ホルモンを……」

 峰山の箸を叩き落とし、林は鼻歌交じりでタンを焼いていく。

「表面に肉汁が浮いてきたら、もうよし。ほら清水さん、それだっ」

「何を仕切ってるの」

 困惑しつつ、タンを取る清水。

 屋神は苦笑して、ビールの入ったグラスを傾けた。

「伊達という男は」

「誘っても来なかった。あいつ、孤独癖があるな」

「裏切り、はないと思いますが」

「ああ、そういう奴じゃない。一人の方が動きやすいってタイプだ」

 残りを一気に飲み干す屋神。

 峰山がすかさずそれにビールを注ぐ。

「お前こそ、小泉はいいのか」

「俺の所有物ではありませんから」

「下らん理屈を言うな。まあ俺も、人の事は言えないか」

 翳りを帯びる精悍な表情。

 昨日までとは違う、彼を囲む人々。

 だがそこには、紛れもなく中心とした一つの輪があった。

 それを人は、仲間と呼ぶ……。



 閑散としたラウンジ。

 クラブを終えたのか、ジャージ姿の男女が数名自販機の周りに集まっている。

 そんな彼等から離れた、出口付近のテーブル。

 紅茶の入った紙コップを前に、腕を組んで目を閉じている伊達。

 黒のコートをテーブルに置き、白いシャツと薄茶のコットンパンツ。 

 腰のフォルダーには、傷つきそして磨き込まれた警棒が挿してある。

 そこにいる事を意識させない、物静かな佇まい。

 遠くからのさざめきや笑い声も、小さく掛かるBGMも。 

 全ては彼を過ぎていく。


 突然警棒へ手を伸ばす伊達。

 彼の前に座った制服姿の沢は、両手を頭の後ろへ持っていった。

「何もする気はないよ」

「敵だろ」

「君も知っている通り、事情が色々とね。それでもやりあうというなら、僕は構わないが」

 口元を緩める沢。

 一気に膨れあがる気配。

 その足がテーブルの下に入り、腰が微かに落ちる。

「分かった。俺も、お前とやり合う気はない」

「それはよかった。ところで、長野で池上さん達に会ったよ。本当に、世話になった」

「俺はワイルド・ギースじゃない」

 表情を変えず答える伊達。

 沢は一瞬探るような視線を彼に向け、その前に腰を下ろした。

「でも、仲間だろ。渡り鳥としても、それに池上さんとも」

「今は、屋神さんの仲間だ」

「間さん達を裏切ったから、渡り鳥では無いって?君が契約してるのは屋神さんなんだから、問題は無いと思うんだけど」

「理屈じゃない」

 きっぱりと答えた伊達に、沢は軽く頷いた。

「僕も、その気持ちは分かる。フリーガーディアンなんて、下らないよ」

「誇りは捨てたのか」

「さあね。取りあえずその権限だけは持ち続けるけど、全国を渡り歩く気は無くなった」

「長野で、何があった」


 簡単な沢の説明に、伊達は無言で聞いていた。

 そしてそれが終わって、一言呟く。

「今さら、という話だろう」

「まあね。でも、今回はもう。これからは負け犬として、ここでいじける事にした」

「それはいいが、学校とはやりあうんだろ」

「虫の居所が悪いんだ。その憂さを晴らす、良い機会だと思って」

 鋭い、凄惨さすら漂う笑顔。 

 テーブルの上に置かれた拳は赤みを帯び、微かに震えている。

「三島さんが入院、か。屋神さんも、やってくれる」

「あの人らしいとも言える」

「それはそうだ。いっそ君も、入院したらどうだい」

「嬉しい申し出だが、契約は遵守する」

 しなやかな動きで席を立つ伊達。

 沢もそれに合わせて立ち上がる。

「次に会う時は、敵同士かな。それとも」

「俺は俺、お前はお前。それだけだ」

「なるほど」 

 胸元を叩く仕草を見せた二人は視線をかわし、背を向けた。

 それきりお互い、振り返る事もなく。



 第3日赤病院。

 草薙グループの支援を受ける、東海エリアでも有数の総合病院。

 外科病棟内の、特別病室。

「よう」

 軽い調子で入ってくる、革ジャン姿の男。

 点滴を付けベッドに横たわっていた大柄な男は、枕元にあった松葉杖を抱えて彼へ放り投げた。 

 空気を引き裂いて飛んでいく松葉杖。 

 革ジャンの男はそれをブーツのかかとで止め、大笑いをし出す。

「怪我人は、大人しくしてろよ」

「それで」

「見舞いだ、見舞い。ほら、暇だろ」

 胸元に放られるDDと数冊の雑誌。

 ベッドに横たわっている男の顔が、一気に赤らむ。

「おい」

「いいから、とっとけ。その代わり、キーはちゃんと掛けろよ」

 水着姿の女性が表紙を飾る写真集を放った屋神は、さらに声を上げて笑い出した。

 何とも言えない顔で、それを隠す三島を眺めながら。


「自分で怪我をさせておいて、何しにきた」

「いい休養だ。それと、何があってもここを出るなよ」

「もし出たら」

「今すぐ、足の骨を折る」 

 世間話のような口調で答える屋神。

 三島もそれを、普通の顔で聞いている。

「襲撃防止兼監視で、ここには人を置いていく」

「俺に、恥をさらせと」

「お互い様だ」

 椅子に座り、屋神はその長い足を組む。

 視線を隠す、細いサングラス。

 襟元では金のネックレスが揺れている。

「沢も戻ってきたし、ここらで終わりになるさ」

「お前はどうする」

「心配するな。責任は果たす」 

 サングラスを直し、ニヒルに口元を緩める屋神。

 三島は相変わらずの無表情だ。

「肝心な時に、俺だけ蚊帳の外だ」

「後で俺に感謝する日が来る。それまで寝てろ」

「誰が感謝するか」

 苦さを含んだ一言。

 屋神はそれでも笑っている。

「忙しいから、もう帰るぞ」

「ああ」

「またな」

 入って来た時同様、気楽な感じで手を振って出ていく屋神。 

 それをベッドから見送った三島はため息を付き、脇腹を押さえた。

 怪我への痛み以上の、何かを感じている表情で……。




 生徒会特別教棟、運営企画局局長室。

 執務用の机に肘を置き、組んだ指の上に顎を乗せている新妻。

「学内で暴動の兆候、か」

 淡々とした口調。

 卓上端末のディスプレイに表示される、ガーディアンや生徒会関係者からの報告。

 ただし実質的な被害は無いとの報告も上がっている。

 新妻は画面を切り替え、現在動員出来るガーディアンの数を表示させた。

 そちらは「現在自警局長の指示により、全員各オフィスで待機」とある。

「……水葉さん?ええ、SDCで動かせる人数を。……そうね。……ええ、また後で」

 インカムで通信を終え、再度画面を変える。

 生徒会全体で流用出来る資金と、予算編成局への予算臨時要請。

「杉下君がこれを通せば、全て終りね」

 寂しげに微笑む新妻。

 その間にも指先はキーの上を滑っていく。

「どうしたの?」

 ディスプレイに顔を向けたまま尋ねる。

 一応インターフォンを通して入ってきた間は、いつにない硬い表情で彼女の前にやってきた。

「君達だけに任せられないから」

「生徒会長の権限を使ってもいいって事?」

「うん。ただし、回線は開いておいて」

「最後通牒を待つの?それとも」

 間は何も答えず、応接セットのソファーに身を沈めた。

「水葉さんも、じきに来る」

「大山君達は」

「別室で待機してるわ」

「出番を待ってるんだろ」

 ようやく笑う間。

 新妻も、少しだけ笑顔を見せる。

 薄い、寂しげな微笑みを……。



 草薙高校近くの高級マンション。

 革ジャンを羽織り、軽くジャブを突く屋神。

「峰山」

「はい」

 素直な返事。

 屋神は彼に向き合い、その目をじっと見据えた。

「傭兵達は」

「さあ」

「俺が好きにしていいんだな」

「元々、俺には関係ないので」

 平然と答える峰山に、屋神は小さく頷いた。

「それでいい。証拠も、残してないんだろ」

「当人達が口を割らない限りは」

「よし。後、小泉を見張っておけ。あいつが馬鹿な事をしないように」

「あなたが今からするのは、馬鹿な事じゃないんですか」

 彼にしては熱のこもった口調。

 その足が、一歩前へ出る。

「こういう方法以外にも、やり方はある」

「お前は関係ないんだろ。それに、今さらやめる訳にも行かない。新妻達も、本気のようだし」

「だからって、あなたが……」

 峰山は固めていた拳を解き、額を抑えた。

「気にするな。もし俺に何かあっても、後はお前に譲るから」

「塩田に恨まれますよ。あなたを誘い込み、自分だけ生き残ったとして」

「あいつか……。それは、後で考えればいい。今は、新妻達とやり合う方が先だ」

 サングラスを掛け、腰のフォルダーに警棒を差す屋神。

「実際に、殴りあう訳でもないんだが」

「例の連中が入り込んでるという情報もあります」

「それは予想済みだ」

「そちらも、かたを付けると」 

 満足げに頷く屋神に、峰山は自分の胸元を拳で叩いて見せた。

「なんだそれ」

「傭兵の挨拶ですよ。俺はお前と一緒に戦う、という」

「そういえば、伊達とかがそんな事やってたな」

 それに倣い、屋神も自分の厚い胸板を叩く。

「とはいえ、お前は何もしなくていいぞ。お前まで何かあると、こっちの人間がいなくなる」

「最後まで見守れと」

「ああ、男の生き様をな」

 大笑いする屋神。

 峰山は硬い表情で、そんな彼を見つめている。

 窓の外で舞う小雪。

 春を遠く感じさせる光景であった……。



 黒い革ジャンを羽織り、革製のグローブを付ける塩田。

 彼の隣ではロングコート姿の沢が、やはりグローブを付けている。

「何かあると思うか」

「そのために、用意してるんだろ」

「まあな。ただし相手になるとしたら、例の連中だ」

「君が歯を砕いた?」

 冗談っぽく尋ねる沢。

 塩田は鼻で笑い、足を振り上げた。

 自分の頭を越えて止まる足先。

 その足を引き、ゆっくりと目を閉じる。

「今日で終わりかな」

「僕は、そのつもりだよ。あくまでも、この件に関してはだけど」

「ああ」


 運営企画室企画課の一室。 

 スパーリングを始めた塩田達を眺めつつ、ため息を付く中川。

「参ったわね」

「仕方ないんじゃない」

 天満もため息を付き、コンソールのキーを叩く。

 配信される命令書。

 宛先は格闘系のクラブに所属する生徒達。

 その到着は、1時間後に設定されている。

「状況は?」

「今のところ変化無し。学内に若干の流入があるだけ」

「配置はここと、ここと、ここか」

 画面上に指を置き、マーキングをする中川。

 天満はスケジュール表を画面に展開して、状況に応じた修正を加えている。

「最後の理事が到着。現在、執務室へ移動中」

「了解。護衛の警備員が10名に増員。スタンガンと、ゴム弾発射用のショットガンを所持」

「聞こえた?塩田君、沢君」

 中川の呼び掛けに軽く手を振る塩田。

 沢も頷き、塩田のジャブを足で捌いている。

「後は、水葉の説得か。そっちはどうなってる?」

「SDC施設内に変化無し。メールは、後でもよかったかな」

「同じ事よ。彼女が説得出来なくても、SDCには動いてもらうんだから」

「相当問題になりそうだね」

 ぽつりと漏らす天満。

 しかし画面から情報を読み取り、それを入力していく事はやめようとしない。

「……ごめん、ここ少しお願い」

「いいよ」

「すぐ戻るから」

「うん、待ってる」

 インカムを外し、部屋を飛び出す中川。

 天満は後ろ姿を見送り、なだらかに膨らむ胸を抑えた。

 明るい表情の中に、微かな不安と寂しさを隠し。

 暖かいエアコンの空気。

 作られた春に、身を任せて……。



 予算編成局、局長執務室。

 ガーディアンを押しのけ、部屋に入ってくる中川。

「どうした」

 制服の上に紺のコートを羽織っていた杉下は、意外でも無い顔で彼女を振り返った。

「君達は下がっていいよ。俺も、すぐに出かけるから」

 一礼して部屋を出ていくガーディアン達。 

 中川は彼に駆け寄り、その肩に手を置いた。

「わ、私……」

「いいんだ。君に会えて、色々言ってくれて。とても嬉しかった。正直、何度も心が動いたよ。だけど俺が、変な意地を張っちゃって」

「嘘です……」

「本当さ。きっと、後で後悔するんだろうな。君と付き合っておけばよかったって」

「嘘……」

 手が背中に回り、力がこもる。

 杉下も中川を抱きしめ、耳元に口を寄せる。

「俺の気が変わらない内に、早く戻らないと。君まで、裏切り者になる」

「はい」

「さよなら」

 頬を重ね、そっと送り出す杉下。

 中川はその頬を抑え、後ろ向きで歩き出した。

「また、また会えますよね」

「当たり前だろ。別に戦争じゃないんだから」

「そ、そう、です……、よね……」

 言葉にならない言葉。

 笑顔は崩れ、瞳が潤んでいく。

「それに、多分すぐ顔を合わせる事になる」

「え、ええ」

「さあ、行って。みんなが心配するから」

「はい……」

 顔を伏せ、ドアを飛び出ていく中川。

 杉下は頬を抑え、執務用の机に腰を下ろした。

 それに当たる、勢いのない拳。

「さよなら、か」




 特別教棟、SDC本部内の会議室。

 格闘系クラブの部長を中心とする執行部が顔を連ね、その後ろにはそれぞれ数名の部員が控えている。 

 その正面にはいつも通り、SDC代表である涼代の姿がある。

 ただ彼女の隣、SDC副代表の席は空いている。

「定例報告は以上です。それで……」

 一旦言葉を切り、会議室を見渡す涼代。

 小さな間を作ったところで、再び切り出す。

「クラブ活動がお忙しいでしょうが、私からお願いがあります」

「お願い?」

 問い掛けに頷いた涼代は、表情を引き締めて机に手を付いた。

 体を前に出し、唇を噛みしめる。

「代表?」

「……済みません」

 ささやくような呟き。

 机に置いた指先が、白くなる。

「今からみなさんのクラブに所属する方達を、集合させて頂きます」

「緊急の会合でも?」

「そうではなく、私の個人的な理由からです」

 ざわめくSDC執行部。

 幹部ではない末席の者達も、声を上げ出す。

「代表、それは問題ではないんですか」

「とにかく、理由をはっきりして下さい」

「個人的理由としか申し上げられません。またお願いと言いましたが、SDC代表としての権限においての指示です」

 絞り出すような低い声。

 しかし顔はまっすぐと、前に向けられる。

 白くなった指先はそのままに。  

 「……代表解任決議を動議します」

 軽く手を挙げる、拳法部主将。

 涼代は無言で会釈する。


「採決に入ります」

 冷静に議事を進める、SDCの事務局員。

 だがそれに、異論が挟まれる。

「解任する程の事じゃないだろ」

「ああ、俺もそう思う」

「代表。あんたも何か言ったらどうだ」

 あちこちから上がる声に、涼代ははっきりと首を振る。

「SDCの私的利用は、規則で禁じられています。それは十分に、解任理由となりますから」

「だから、俺達が問題ないって言ってるだろ」

「それではここで、悪しき先例を作ってしまう事になります。議事の進行をお願いします」

 顔を伏せ促す涼代。

 事務局員は一礼して、評決用の疑似ディスプレイを正面とテーブルの中央に表示させた。

「私への同情などではなく、厳正に規則を鑑みて投票して下さい」

「……それでは、採決をお願いします」

 回るカウンター。

 漏れるため息。

「賛成多数により、代表解任を決定します」

 数としては、過半数をやや上回る程度。

 涼代は顔を伏せたまま、深く頭を下げた。

「……それでは、失礼します」

 固められる拳。

 前髪に隠れない唇は、きつく噛みしめられている。

 肩を落とした彼女がドアへ歩き出したその時。


「代表、どこへ行かれるんですか」

「私はもう、代表ではありません」

 小声で返す涼代。

 拳法部部長は頭を下げ、そのままテーブルへと向き直った。 

「さて、涼代さんの手伝いを出来るという人は」

 静まりかえる室内。

 それはすぐさま、歓声へと変わる。

「代表なら駄目でも、個人への協力ならいいって事か?」

「そ、それは……」

 やるせない表情で止めに入ろうとする涼代を、拳法部部長が手で制する。

「彼等が部員を動員するのは、SDC代表の指示によるもの。各個人に累は及びません。実際は解任との時間的な辻褄や理屈がが合わないんですが、今日はたまたま議事録を取り忘れていまして」

「え?」

「情報が来ましてね。涼代さんの事だから、ストレートに頼んでしまうだろうと。だから私が、色々と頼まれまして」 

 苦笑する拳法部部長。

 涼代は口元を抑え、肩を震わす。

「私なんて、いつもみんなに迷惑を掛けてきたのに。何も出来なくて、偉そうな事を言うばかりで」

「みんな照れてたんですよ。怖いお姉さんに」

「そんな……」

 言葉を詰まらす涼代。

 拳法部は彼女の肩に手を置き、そっと前へと押し出した。

「行く所があるんでしょう」

「は、はい。後は、お願いします」

「分かりました。それで、私達はどうすれば」

「教職員特別教棟・A棟へ」



 卓上端末を前に、机に肘を付き額を抑える新妻。

 傭兵らしき者の数はさらに増し、その姿は学内の至る所で見受けられる。

 またジャージ姿の生徒達も、その中に混じって見える。

「辛いなら、休んだら」

「いつもの事よ」

 自嘲気味に答え、インカムで指示を送る。

 端末の画面隅に天満の顔が浮かび、なにやら気遣うような言葉を掛けている。

 新妻は分かったという旨を告げ、彼女の顔を消した。

「後輩にまで心配を掛けて、確かに駄目な女ね」

「俺よりは、数段ましさ。今も何もしないで、こうしている。君の手伝いすらせずに」

「人にはそれぞれ得意不得意がある。そして役割が」

「見学だけの役割なんて、聞いた事がない」

 今度は間が、自嘲気味に答える。

「傭兵はおそらく、ほぼ全員が来ると思う。当然こちらも、SDC関係者と生徒会関係者を動員するけれど。学校の喉元である、A棟に」

「その前に排除される可能性は」

「警備員は建物内のみ。それにこちらからは、手を出さないよう指示を出してある。万が一の場合を除いては逃げるようにとも」

「生徒会はともかく、SDCがよくそれに従ったね」

「水葉さんの人望よ。怖いお姉さんの」

 表情を和らげる新妻。

 だがそれはすぐに消え、元の凛とした佇まいへと戻る。


「これだけの人数でやり合えば、相当なトラブルになる。学内では収まらないよ」

「学校もそれは分かってると思う。大勢を動員したのは、そのためでもあるわ」

「本当は?」

「何か、私が企んでいるとでも?」

 平然と視線を跳ね返す新妻。

 間は肩をすくめ、ソファーに崩れた。

「君が優秀なのは認めるけれど、この策がどうしようもないのは俺にだって分かる。結果も何もかもが最悪になる。規則どころか、学校自体の存続にまでつながるからね」

「力には力。そのためのSDCよ」

「逃げるのに?矛盾が多いよね、随分」

「仕方ないわ。今日決着を付けるしか無かったんだもの」

 苦笑した新妻は、インカムを外しソファーへ横になった。

「天満さんに連絡して、生徒会関係者を各指定部署へ配置。緊急訓練として、不審者の発見とその報告をマニュアルに沿って行動するよう連絡して」

「どっちが上役なのか、分からないね」

「各局は、生徒会長とは独立して存在するの。指名権はあなたにあっても、立場は同等。規則として、私達が決めたでしょ」

「まあね。天満さん?……うん、そう。……俺の名前で指示して」

 インカムを付けて連絡を取る間。

 何か天満に言われて、笑いながら謝っている。

「配置を開始したって。連絡も、SDCと取り合っているそうだよ」

「後は、ガーディアンと傭兵の出方次第か。屋神君がどう動くかな」

「さあ。大体彼は、どこから指示を受けるんだ?」

「学校でしょ。または、杉下君」

 淡々とした、感情を感じさせない口調。

 間も、表情を重くする。

「私としては、臨時予算の決議をしてくれると助かるわね。一見普通の予算。でもあれが通れば、学校の関与を追求するデモくらいは主催出来るわ」

「学校は止めに入るだろ」

「杉下君と2、3社の企業だけで決済出来る額よ。名目は風紀粛正、その実体は学校の追求。面白いわよね」

「向こうとしてはこれを不正受給として、俺達を抑えに掛かる材料にする可能性もあるんじゃないの」

「その時はその時よ。ここまで追い込まれてるんだから、少しは危ない橋も渡らないと」

  ため息と共に、ポケットから出される端末。


「ちゃんと聞こえてる?」

「え、聞いてるよ」

「ならいいわ」

 おかしそうに笑い、その端末を机の脇に置く新妻。 

 間は肩をすくめ、自分も端末を取り出した。

「杉下は、何をやってるのかな」

「私達を監視するのに大忙しよ。後にしたら」

「ああ。じゃあ、直接会いに行くとするか」

「え?」

 さすがに顔色を変える新妻に、間は「変?」と聞き返した。

「そう尋ねられると、私も困るけれど……。そうね。ここまで混乱させたんだから、一言挨拶はしないと。彼にも、学校にも」

「でも、あそこまで行けるかな」

「塩田君と沢君がいるわ。みんなを、ここへ呼んでくれる?」

「分かった」

 インカムで連絡を取る間。

 額に腕を置き照明の光を遮った新妻は、その口元を微かに緩めた。

 自嘲とも、喜びとも取れるように。

 窓の外では小雪が降り続けていた……。




 教職員用特別教棟・A棟。 

 理事に割り振られている中の一室。 

 そこには以前管理案の採決を目論んだ理事と職員達が、険しい表情で集まっていた。

「こういう予算を通されては困るよ」

「風紀粛正という名目はともかく、議案書にはデモとも書かれている。これは学校へのアピールを意味するんじゃないのかね」

 苦い顔で詰め寄る職員達。

 しかし執務用の大きな机で構えていた理事は、笑顔で彼等を制した。

「それを材料に、彼等の不正受給を追求する手もある。所詮は子供、目先の事しか考えていないんだよ」

「まあ、そうですが。決して少ない額ではないんですよ。これを見逃すと、監査の方から文句が来ませんかね」

「適当にあしらえばいい。それか監査が気付く前に、特別編入生への援助金をそちらに回せば済む。あいつらも、これが終われば用済みだからな。余計な金を払う必要もない」

 何ともおかしそうに笑う理事。 

 他の職員達も、それに合わせて陰湿な笑い声を上げる。


「さっきから、どうした」

「いえ、別に。済みません、ちょっと端末貸してもらえますか。画面の調子がどうも」

「ほら」

「ありがとうございます」

 制服姿の杉下は端末を手の中に収め、柔らかく微笑んだ。

 それと自分の端末を見比べ、礼を言って理事に渡す。

 やはり自分のは調子が悪いらしく、しきりにそれを見入っている。

「理事のは、いい物を使ってますね」

「スポンサーからもらった物だよ。よかったら、使うか」

「いえ、結構です。それに、個人情報や理事権限まで使える端末をもらうのはどうにも」

「それもそうだな」 

 自尊心をくすぐられたのか、理事は口元を大きく緩めた。

 その間にも杉下は、自分の端末を神経質そうな顔で睨んでいる。

「それよりも、クラブの生徒が動いているようですが」

「何か行事でもあるんだろ。そんな事より、人数は集まったのかね」

「ええ。生徒会幹部から、同調者を募りました。あくまでも一般論としての話でしたが、殆どの人は乗り気でしたよ。権限の返上と、管理案の施行に」

「表現が悪いな。管理案ではなく、改正案だよ」

「それは失礼しました」

 悪びれず一礼する杉下。

 理事達は仕方ないなという顔で、一人ソファーに座っている杉下を見下ろしている。


「新学期に間達を退学させるという案は、決定したんですか」

「ああ。規則の改正と同時にね」

「理事長は、規則の改正も生徒の一方的な退学も認めてませんけど。それはまだ、クリアしてませんよね」

「君も固いな。理事長はまだ海外出張へ行ってらっしゃる。それに彼女は所詮お嬢様。学校経営に関しては、我々の言う事に従うさ」

 低い声で笑う理事。

 他の者も、追従した笑い声を上げる。

「現在この学校に関しては、私達に一任されている。また彼女が何を言おうと、それは全てが終わった後だよ」

「そうですか。その後で俺に、とばっちりが来るという事はありませんよね。責任を全て押しつけられ、あっさり切られるとか」

「安心したまえ。君はすでに我々の一員だ。何かあって困るのは、私達でもある」

 笑顔の中に現れる、鋭い視線。

 恫喝にも似たその表情に、杉下は何度も頷いた。

「今の言葉、覚えておきますよ」

「それがいい。これから学校を管理するに辺り、色々頑張ってもらわないといけないしね」

「学校のスパイ。しかも、ひも付きですか」

「その分の報償は支払う。ギブアンドテイクだよ」

 細長い煙草に火を付け、煙をふかす理事。

 杉下はそれを手で払い、端末に視線を落とした。

「吸わないのか、君は」

「法的にも、嗜好的にも無理なので」

「酒も煙草も、女もやらなくて。何が楽しいんだ、君は」

 理事の言葉にどっと笑う職員達。

 それでも杉下は、微かに口元を緩めただけだ。

「かなり、クラブの生徒が動いてますよ。例の傭兵に関係してるのかな」

「警備員は何をしてる」

「ここの警備に手一杯でしょう。そういう指示を出されているはずです」

「ああ、そうか」

 気まずい表情で見つめ合う理事達。

 白けた空気の中、職員の一人が顔色を変えた。

「もしかして、ここに向かってるのでは」

「まさか」

「いや。どうもそうですよ」

 淡々と呟く杉下。

 近くのリモコンを使い、壁のスクリーンに建物正面の映像を表示させる。


「これは……」

 息を飲む理事。 

 数名ずつの、屈強なジャージ姿の男達。

 または、ベンチウォーマーを着込んだ女の子達。

 玄関に踏み込む事はない。

 足を止める素振りもない。

 だが入れ替わり立ち替わり、正面玄関の前を生徒達が通り過ぎていく。

 学内に生徒が殆どいない今の状況を考えると、かなり特殊な光景といえよう。

「ど、どうなってるんだ」

 窓に張り付き、小雪のちらつく外を睨む理事。 

 だがそこからは、生徒達の小さな姿がかろうじて見えるだけだ。

 彼の声が届く事もなければ、彼等がそれに反応する事もない。

「まさか、私達を襲う気では」

 冗談めいた職員の台詞に、笑い声が起きる。

 かすれた、ぎこちない感じで。

 笑顔は硬く、誰も動きが鈍くなっていく。


「杉下君、彼に連絡を」

「誰にです」

「屋神とかいっただろ。あのおかしな連中を束ねているのは。それと、ガーディアンとかいうのも」

「呼ぶのは構いませんけどね」 

 端末で連絡を取る杉下。 

 理事達は落ち着き無く、彼の様子を見つめている。

「どうも、調子が悪くて」

「……私のを使いたまえ」

「あ、済みません。……屋神君か。ああ、俺だよ」

「課長。もう一度、警備員に部屋を守るよう指示を出すんだ」

「は、はい」

 慌てて部屋を出ていく職員。

「気にし過ぎではないですか。ここを襲うとは、俺には思いもつきませんけど」

「襲われた後では遅い」

「退学させる、いい口実でしょう」

「そんな事はいつでも出来る。今は、暴走を抑える方が先だ。この前の仕返しのつもりか。下らない」

 小声で愚痴る理事に、杉下は醒めた眼差しを送る。

「放っておけばいいと思うんですけどね」

「いいから、早く呼びたまえ」

「もう来ますよ」

 肩をすくめ、端末に視線を落とす杉下。

 その間も理事達は、あちこちへ連絡を取っている。

「学内中にいるようです」

「外部の警備員は」

「銃器を持たないので、止める理由もないとか。それに彼等は、学内の警備は管轄外ですし」

「今ドアの外にいる分だけで対処しろと?警備会社に連絡をしろ。それと警察に、……。いや、それは少し待とう」

 険しい表情を見せる理事。

 杉下は相変わらず冷静に、彼等の様子を窺っている。



「呼んだか」

 警備員に付き添われて入ってくる、革ジャン姿の屋神。

 目にはサングラス、首には金のネックレスが掛かっている。

 理事達はその外見に眉をひそめたが、すぐ彼を取り囲む。

「例の連中は」

「あ?」

「君が束ねている、不良学生だよ」

「さあ。まとめてはいるけど、俺も管理してる訳じゃないんで」

 それがどうしたという調子で答える屋神に、全員が表情を曇らせる。

「杉下、何かあったのか」

「学内を、相当数がうろついているらしい」

「学校に籍がある奴もいるんだ。そんなの、普通だろ」

「俺も、そう思う」

 下らないとばかりに、顔を見合わせる二人。

「あんたらも大人なら、少し落ち着けよ。外にクラブの人間が少しいるだけじゃないか」

「しかし。あいつらを操っている連中の意図はどうだ。どう考えても、ここを襲う気だ」

「何のために」

「決まってる。我々への復讐。この間の拉致や今までの仕返しに」

 苛立った態度で机を叩く理事。

 他の職員達は怯えた様子で、モニターに映る部員達の様子を眺めている。

「自業自得じゃないのか。と、やられてきた立場としては言いたいね」

「な、何」

「冗談だ。気になるなら、あいつらをよんだらどうだ。夏休みの時みたいに話し合えよ」

 屋神の提案に、理事が思案の表情を見せる。 

 薄暗さをはらんだ笑顔と共に。


「呼び出して、どうにかしてやるか」

「上手く乗ってきますかね」

「今のままでは立場が悪いのは、向こうも分かっている。何なら途中で、不慮の事故に遭うかも知れない」

 声を出さずに笑う理事。

 そして彼は、屋神と杉下に顔を向けた。

「生徒会長達をここへ呼び、例の連中達に襲わせろ」

「だから、俺は管理してる訳じゃない。ガーディアンの方は、今は別な奴に任せてあるし」

「元の仲間とはいえ、情はあるか。まあいい。君が出来ないなら、私がやろう」

 端末が取り出され、短い会話が交わされる。

 そしてメールを使い、どこかへそれを転送した。

「……誰に連絡を取った」

「君のように、下らない情には流されない人間だよ。多少値は張るが、こういう事は喜んでやる」

「例の金髪達か。新妻達をさらった」

「使えない奴らだが、ここらで最後の一仕事をしてもらう。生徒会長達は不慮の事故、そして襲った連中は自主退学。かくして誰も、真相は語らない」

 悦に入って笑う理事。

 職員達もつられたように薄ら笑いを浮かべる。

「そう簡単にいくかな」

「向こうにいるのは女子供ばかりだよ」

「その女子供相手に、力尽くか」

 小声で呟く屋神。

 杉下は彼を目線で制し、腕を組んでソファーへもたれた。

「せいぜいお手並み拝見と行こう。この騒動を、どう終わらせるかを」



 運営企画局、局長室。

「……向こうからお誘いよ」

 新妻の言葉に、間も小さく頷く。 

 彼の端末にも、「至急、A棟への出頭を命ずる」と理事の署名入りでメールが届いている。

「途中で襲う気か、向こうで無理矢理何かさせる気か。どちらにしろ、出向く理由が出来たわ」

「ああ。だけど、涼代さんがまだ……。丁度来たね」

 疲れ気味の表情で、部屋へ入ってくる涼代。

 新妻はソファーから起き上がり、そっと彼女の手を取った。

「上手く行ったみたいね」

「お節介な人がいたせいよ」

「私は知らない」

 真顔で首を振る新妻。

 間も当然、それに倣う。

「クマ、じゃなくて三島さんじゃないですか?さっき、連絡がありましたし」

「三島君?」

「ええ。君が辞めても、代表はやらないって」

 どういう意味だという顔をする中川に、涼代は手を小さく振った。

「後で話すわ。それで、状況は」

「傭兵がほぼ学内中に。クラブの部員と生徒会関係者も、配置に付き始めている。ガーディアンは動かないみたいだけれど、雰囲気は盛り上がってるわ」

 端正な顔に、薄い笑顔を浮かべる新妻。 

 微かに頬が赤いのは熱があるせいか、それともその緊張や興奮のためか。

「杉下君と屋神君も、向こうに呼ばれている。伊達君は、その護衛」

「峰山君は?」

「小泉君と共に、自宅待機。外へは出ていないみたい」

 どこから情報を得たのか、すらすらと答える新妻。

 涼代は腕を組み、小さくため息を付いた。

「すると私達は、どうするの」

「学校から出頭命令が来ているでしょ。それに乗るわ」

「危ないじゃない」

「だからこそよ」

 淡々とした答え。

 涼代も腕を組んだまま押し黙る。


「間君は、どう思う」

「行ければ行きたいけどね。向こうが呼ぶとなると、今の話通り待ち伏せが怖い。ここで迎え撃つなら、塩田君と沢君だけでも何とかなるだろうけど」

「ええ」

 特別教棟へ向かうのを主張してる新妻も、それへは同意の意志を示す。

 だが、意見を翻る様子もない。

「それに、俺達だけであれこれ言っても仕方ない。大山君は、どう?」

「行って色々追求するのは面白そうですが、確かに危険が伴います。向こうは、待ち構えている訳ですから。力と、策謀を巡らせて」

「まあね」

「私は行くべきだと思います。そこで学校と、杉下さん達の真意を質すべきです」

 大山とは違い、はっきりと賛成する中川。

 不安や困惑は見え隠れするが、彼女もまたその意志を曲げる事はないようだ。

「嶺奈は」

「先輩あるところ私あり。どこまでもお供します」

 朗らかに答える天満。

 だがその表情はどこか翳りを帯び、名前を挙げた新妻を見る素振りもない。

「あの二人は聞くまでもないとして」

 塩田達の意見を勝手に代弁した大山は、前髪をかき上げ視線を新妻へと向けた。

 他の者も、自然と彼女へ注目をする。


 今ここで判断を下す責任があるのは、生徒会長である間が順当だろう。

 それでも全員が新妻に意見を求める。

 他の誰でもない、学校を最も愛する少女へと。

 今の状況を打破する策のために。

 自分達の思いを込めて。

「後戻りは出来ないし、後悔も無意味になるわ。そしてこの決定は単なる私の独りよがりに過ぎない」

 澄んだ鈴の音のような声。

 精巧なガラス細工を思わせる凛々しい顔に、熱い炎が宿る。

「特別教棟へ行き、今日で全てを終わらせましょう」

 それに続く唱和は爽やかで、どこか愁いを含んでいた……。




 第3日赤病院外科病棟。

 その特別病室の一室。

 窓辺に立ち、舞う雪を眺める三島。

 本来なら立つ事もままならない体調なのだが、辛そうな様子は特に無い。

 ただ白い粉雪を、じっと見つめている。

「珍しいですよね、雪なんて」

「ああ」

 相変わらずの素っ気ない答え。

 薄い青のセーターにジーンズ姿の山下は、剥き終わったリンゴをカットして小皿へ乗せた。

「阿川君、食べる?」

「俺よりも、三島さんに聞いたら。って、聞いてないか」

 暖房が暑いのか黒のトレーナーを捲り上げ、ウサギの形になったリンゴをかじる。

「三島さん、リンゴ。三島さーん」

「……なんだ」

「リンゴだって。冬眠しないなら、クマでも食べ物はいるんでしょ」

「阿川君」

 笑いを堪えつつその脇をつつく山下。

 冗談っぽく謝った阿川は三島の肩に手を置きかけ、それを引き戻した。

「どうしたの」

「さあ」

 関心なさげに答え、ベッドサイドに腰掛ける阿川。

 その手はベッド脇のワゴンにあった、フォトスタンドに伸びる。

「また柄にもない写真を」

「聞こえるわよ」

「今は無理さ」

 フォトスタンドを受け取った山下は、そこに映っている人物の顔を一人一人指さしていった。


「三島さん達の……。河合さん、笹島さん。それに、上坂さん達も映ってる。何、これ」

「俺が知る訳無い。というか、知ったらああなるんだろ」

 大きな背中を指さす阿川。

 雪の舞う窓の外を眺めたまま、身じろぎ一つしない。 

 体はここにあっても、せめて心だけは馳せていたい。

 そう感じさせるような、儚げな後ろ姿。

「まさか、あそこから飛び出て行かないわよね」

「クマは高い所も苦にしないし、あり得ない話じゃない」

「本当?」

「勿論その前に、足の骨を折ってでも止めるけどね」

 ベッドの上に投げ出される警棒。

 腰にもフォルダーが付けられ、そこにも警棒が左右に差されている。

「大物になると、大変だ。自分の事だけじゃなくて、仲間の心配も必要になる」

「そうみたいね。だから私達は、小物で良かったって?」

「ああ。俺は自分の事だけで精一杯さ。それにしても、来期はどうなる事やら」

 やはり彼の口調に、真剣さは薄い。

 視線こそ三島から離さないが、それへの同情や共感めいた色は瞳に宿ってはいない。

「この件がどちらへ転ぶにしろ、揉める原因だよ。学校側が優位に立つのか、生徒側が権力を持ち続けるのか」

「どちらにしろ、人の事には興味はないんでしょう。悪い意味ではなくて」

「小物だからね。人の上に立って何かをする程の才覚も気合いもない」

「それは私もよ」

 苦笑する山下。

 阿川は淡々とした表情を崩さない。

「今からでも、間に合うんじゃないの?小泉君は、多分行くつもりよ」

「君がその気なら止めない。それだけの資格も能力もあるんだから」

 しかし山下は薄く微笑み、窓辺へ目を移した。

 雪の舞う空を見続ける、儚げな大きな背中。

「あそこまでは、強くなれないもの」

「俺もさ」

「左古さん達の事は、どう考えるつもり」

「あの人達は、俺が後を追っても喜ばない

 腰のフォルダーを抜き、警棒ごとベッドへ落とす阿川。 

 ポケットにあった端末の電源を落とし、鼻で笑う。

「本当、柄じゃないよ」

「行きたいんでしょ」

「もう遅い。仮に行っても、風間に恨まれそうだし」

 仕方なさそうに呟く阿川。

 三島の背中を見つめ続ける山下。

 雪は舞い、全てを白に染めていく。













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