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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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     10-17




「俺に、何か」

 草薙高校男子寮。

 シックな雰囲気で統一された峰山の部屋。

「ああ。少し、話しておこうと思ってな」

「相手が違うんじゃないですか」

「いや、お前に会いに来た」

 淡々とした口調。

 峰山は壁際から立ち上がり、腕を組んで彼を見つめた。

「どのくらい、傭兵の掌握は進んでる」

「まともな連中は、ほぼ全員。おかしな連中は金次第。勿論、例外もあるけれど」

「そうか」

「それを聞いて、どうするんです」

 醒めた眼差し。

 冷たい口調。

「俺がそいつらをまとめたら、どうなる」

「あなたがボスだ。それに学校もあなたを窓口に連中と交渉する」

「分かった」

 淡々とした語り口は変わらない。

 素っ気ない表情も。

「それで」

「俺も、学校に付く」

「みんなが納得しますか。仲間が」

「自分の事は自分で決める。それだけだ」




 生徒会特別教棟内のラウンジ。

 塩田は紙コップをテーブルに置き、席を立った。

 中に入っていたコーヒーが、その表面で揺れる。

「屋神さんが裏切った?」

「正確には、学校側に付いたようです」

 平然とした顔付きで答える大山。

 しかし表情を変えていないのは彼くらいで、中川と天満は息を飲んで彼を見つめている。

「何で、今になって」

「そうよ。どう考えても、おかしいじゃない」

「理由は、本人に聞いたらどうです」

 大山の指摘に、全員が後ろを振り向く。

 そこには皮肉っぽい笑みを浮かべている、革ジャン姿の屋神が立っていた。

「よう。揃ってるな」

 軽い、しかしどこか鋭さをはらんだ挨拶。

 三島がすっと、彼の前に立つ。

「お前達は、仲良しごっこをやってろ。俺は学校に付いて、気楽にやっていくから」

「本気か」

「冗談で、こんな事やれるかよ」

 鼻で笑う屋神。

 三島はじっと彼を見据えるだけだ。

「急に、心変わり?」

 詰問するように尋ねる涼代。 

 新妻は肩を落とし、気だるそうにテーブルへもたれている。

「学校に付けば、襲われる心配もなくなる。無理をしなくても、いいところに就職も出来る。退学させられずに済むしな」

「いい加減にして。そんな事が」

「俺がどうしようと、俺の勝手だろ。それとも河合達に、義理立てする必要でもあるのか」

「理屈じゃなくて、感情で」

 涼代を制し、席を立つ間。

 屋神もそれとなく、彼と向き合う。


「……君がしたいようにすればいい。強制ではないんだから」

「間君っ」

「自分の意に背いてまで、無理をして欲しくはない。どうしようと、確かにそれぞれの自由だよ。どうしようとも……」

 どこか苦しげな表情。

 屋神はそれには何も言わず、きびすを返した。

「取りあえず、挨拶はした。今度は、杉下とでも一緒に来る」

「屋神さんっ」

「塩田、お前は付いてこなくていい。下らない情に流されるな」

 背中越しの一言。

 塩田は固めた拳を、テーブルへと叩き付けた。

「あいつだろ。峰山にそそのかされて。最近あいつが屋神さんを誘ってたのは、知ってるんだ」

「誘われたのは事実だが、決めたのは俺だ」

「じゃあ、あいつがあっちにいるからそれに責任を感じて……」

「違うって言ってるだろ。とにかく、お前は来るな」

 冷たく言い放ち歩き出す屋神。

 その前に、三島が回り込む。

「待て」

「何だよ」

「もう少し……」

 突然体を折る三島。

 屋神は彼の首筋に肘を落とし、崩れた体に蹴りを叩き込んだ。

「なっ」

「早く病院へ連れて行け。しばらく入院だ」

 息を整え、再び歩き出す屋神。

 床に倒れる三島を振り返る事も、謝罪や悔いる言葉もない。

 塩田を含めた全員が呆然と立ちつくす中、今度は伊達が彼の前に回り込んだ。

「文句があるなら、相手になるぜ」

 拳を構えた屋神に、伊達は小さく首を振った。

「俺の雇い主はあなただ。だから、付いていく」

「……本気か」

「お互いにだろ」

「分かった。という訳だ。後は少数精鋭で頑張れ」 

 伊達の肩を抱いて歩いていく屋神。

 その笑い声も、やがて小さくなり消えていく。



「ちょっと」

「ええ、分かってる」

「何を」

「知らない」

 額を抑える涼代と、ため息を付く中川。 

 塩田は顔を赤くして、拳を必死に握り締めている。

「先輩、大丈夫ですか」

 恐る恐る声を掛ける天満。

 彼女にとっては屋神達の事もそうだが、新妻の方がより重要なのだろう。

「それよりも、三島君を」

「今、自分で歩いていきました。塩田君達が、付いていってます」

「あなたも、付いていって」

「え。あ、はい」

 素早く頷き、駆けていく天満。

 新妻はゆっくりと顔を上げ、小さく息を付いた。

「どう思う」

「楽しくは、ならないでしょうね」

 その台詞通り、つまらなそうに呟く涼代。

「後で、杉下に会ってくる。……済まない」

 そんな二人に頭を深く下げる間。

「俺がみんなを巻き込んだせいで」

「気にしないで。自分で今も言ったでしょ、強制ではないって」

「だけど……。そうだね、なったものは仕方ない。俺も、その責任だけは取るよ」

 小さな、低いささやき。

 涼代や新妻にそれが届いたかどうか、定かではない。 

 だがそこに、重い空気はもう無かった。

 何かを心に秘めた、決意の表情の他は……。  




 学校近くの高級マンション。

 その一室にたむろする若者達。

 ドラッグや銃器のたぐいは見あたらないが、足を踏み入れたくなる雰囲気ではない。

 下品な高笑いと、殺気だった目付き。

 テーブルや足元には警棒が置かれ、いつでも手が伸ばせる位置にある。

「がっ」

 ソファーの中央でふんぞり返っていた男が、いきなり顔面からテーブルに叩き付けられる。

 血塗れになるテーブルと、動きを止める男。

「それで、親玉は」

「そいつだよ」

「なんだ、それ」

 男を叩き付けた足を引く屋神。

 峰山は男を床へ転がし、慌てて後ずさった辺りの男に目を向けた。

「連れて行け」

「な、なに」

「今度からは、この人がボスだ」

 事務的な口調。

 男達は一瞬顔を見合わせて、血塗れの男を担ぎ上げ外へと消えた。

「文句があるならあいつらを追うか、ここで俺とやり合うか。選べ」

 固めた拳を差し出す屋神。 

 そこからほとばしる激しい闘志。

 その部屋のみならず、別室にいた者達もが一斉にドアを飛び出ていく。

「やり過ぎだ」

「これでも、抑えた方だぜ」

 軽く笑い、血塗れのテーブルを蹴り飛ばす屋神。

 峰山は端末で、掃除代行サービスと引っ越し業者に模様替えを頼んでいる。

「他にも、マンションはあるんだろ」

「そうですが、全部回る気ですか」

「当然だ。誰がボスか、教えてやる」




 数時間後。

 返り血の付いたジャケットを翻し、屋神はテーブルの上に腰を下ろした。

「案外、早かったな」

「いきなり殴られれば、誰でも逃げる」

「口下手なんだよ、俺は」

 調度品の整った室内にいるのは屋神と峰山だけで、飲み残しの缶ビールが床に転がっている。

「これで、馬鹿連中は抑えた。まともな奴らはお前が先に抑えてるから、問題ない」

「それで、次は」

「学校と交渉だ。いや、向こうから連絡がくるだろう」

 そう言った途端、屋神の端末がコール音を鳴らす。

「……ああ。……そう思ってもらって、結構だ。……分かった。……それじゃ、また」

「何だって」

「内密な話があるので、夕食を是非ご一緒にだってよ」

 端末のディスプレイに表示された店名を見せる屋神。

 峰山は肩をすくめ、ドアへと歩き出した。

「どこ行くんだ、お前もご指名だぞ」

「その格好で行く気ですか」

 お互い血塗れのジャケットと、裂け目のあるジーンズと綿パン。

「悪くないと思うんだけどな。少しは改まるか」

「他の出席者は」

「学校側は例の理事と、職員が数名。後は、杉下だ」




 草薙高校からほど近い繁華街、金山。

 飲食店やアミューズメント施設などが賑わう一角とは、少し距離を置いた場所。

 住宅地寄りの、閑静な佇まい。

 周りには背の高い木が生い茂り、高級車が時折走り去っていく。

 ヨーロッパのシャトーを思わせる、古式めいた外観。 

 整った内装と、心地いいピアノの伴奏。

 淡い照明の中メイトルが店内に目を配り、ウェイターやウェイトレスが仔細無い動きを見せている。

 勿論料理は言うまでもなく、テーブルを埋める客は誰もが満足げな表情を浮かべている。


「……将来に渡って、便宜は図るつもりだよ。無論、現状を変えるという条件でだが」

 ワイングラスを傾け、一人悦にいる壮年の男。

 夏休みに規則改正案を議論した時の委員長。

 教育問題担当理事である。

「私達も、彼等には手を焼いていてね。君のおかげで、本当に助かったよ」

 額の薄い中年男性が、屋神のグラスにワインを注ぐ。

 媚びるような、しかしどこかさげすみを湛えた視線。

 他の職員達も、薄い愛想笑いでそれに応える。

「来期には規則改正案を……」

「課長、それはまた別な場所で」

「ああ、そうですな。失礼しました」

 低く笑う理事達。

 屋神は一気にグラスをあおり、前菜であるマトンのオレンジソース煮を頬張った。

 服装は紺のブリティッシュスーツという、フォーマルなもの。

 杉下と峰山も、同じような格好だ。

「それで、この後の予定なんだが」

「来週には、規則改正の素案を再提出しますよ」

 杉下の答えに、職員の一人が首を振った。

「そうではなく、今夜のだよ」

 下劣に歪むその顔が、彼等に近付いてくる。

「もっと静かなところで、女性を交えて……」

「杉下、そのボトル貸せ」 


 無表情で、ワインボトルを受け取る屋神。

 彼の前に置かれたそれの中心を、手刀が通り過ぎる。

 微かな音を立て、上下にずれるボトル。

 理事や職員達が息を飲む中、屋神はその長い足を組んだ。

「生徒側にいる三島は、指一本でこれが出来る」

「な、なにが」

「それに今後ろに塩田が立っていても、俺は不思議に思わない。いきなり、頸動脈を切られていても」

 凍り付く理事と職員。

 屋神は淡々と語り続ける。

「向こうにいる連中は、そういう奴らばかりだ。今から行くクラブのホステスは、新妻に操られているかもな」

「そ、そんな」

「大した事じゃない。拉致される事に比べたら」

 鼻で笑う屋神。

 しかし理事達は青ざめた顔で席を立ち、一斉にドアへと歩き出した。

「き、君達はゆっくりとしていたまえ。支払いは、私達が済ませておく」

「ああ。夜遊びは、また今度に」

「そ、そうだな。そ、それでは」

 コートを抱え、逃げるように店を出ていく理事達。



 屋神は空のワイングラスを舐めて、肩をすくめた。

「冗談の通じない連中だな」

「あれで彼等は、新妻さん達をより警戒する。君の真意は」

 醒めた目付きで屋神を見据える杉下。

 しかし答えが返ってこないのを見て、手を付けていなかった自分のグラスを傾ける。

「さてと。お許しも出た事だし、少し飲むか」

「何を」

 むせる杉下に苦笑しつつ、ソムリエを呼ぶ屋神。

「ワインのオーダーでしょうか」

 そつのない、そして礼を失しない態度。

 相手が明らかに若者と見えても、その姿勢は崩さない。

「こんなの子供に飲ませられるかっ、ていうくらい高いのをお願いします。それこそコレクション用で、開けたら罰が当たるようなのを」

 笑いをかみ殺しながらのオーダー。 

 ソムリエは一礼して、脇に抱えていたワインリストを彼の前に差し出した。

「赤と白、どちらになさいますか」

「今の料理に合うのを、両方とも。とにかく、これは普通飲まないだろっていうやつを」

「かしこまりました。値段としてはやはり、ビンテージ物のロマネ・コンティを。赤ではボルドーのシャトー・ルパン。そして白では、ルモンラッシェをお勧め致します」

 小さく頷いた屋神に、ソムリエがもう一言付け加える。

「またその前に、スパークリングワインのクリュッグクロデメニルでお口直しをされてはいかがでしょうか」

 柔らかで、理解のある笑み。

 屋神は会釈して、リストを彼に渡した。

「全て、お任せします。この割れたボトルも、請求書に追加しておいて下さい」

「かしこまりました」

 丁寧に去っていくソムリエ。

 屋神は背もたれに崩れ、細めのネクタイを無造作に緩めた。

 そしてはす向かいでグラスを傾けている、彼氏連れの女性に手を振っている。


「何してるんだ」

「いいじゃないか、向こうも楽しんでる」

 青いスーツ姿の綺麗な女性は、彼氏が料理に一生懸命なのをいい事に手を振り返してきた。

「この間会った時は、あれ程いらいらしていたのに」

「人生を楽しんでいると言ってくれ。なあ、峰山」

「俺は、別に」

 素っ気ない態度に、屋神は鼻を鳴らしてオレンジソースを指で舐めた。

「マナーもなってない」

「そういう柄じゃないんだよ、俺は」

「少しは状況を見て、周りに合わせろと言ってるんだ。大体君は」

 自分でも声が大きくなっているのに気付き、立ち上がって「済みませんでした」と一礼する杉下。

 周りから「構いません」という感じで、ぎこちなく首を振られる。

「お前、酔ってるな」

「アルコールを摂取すれば、当れんの事だ」

 多少ろれつの回らない口調。

 グラス一杯しか飲んでいないのだが、彼にはかなり効いているらしい。

「しかし、色気がないよな。やっぱりクラブに行けば良かったぜ」

「呼びますか」

 峰山の言葉に、眉を上げる屋神。

「可愛い子か」

「綺麗な子です」

「よし、任せた」


 ワイングラスを一気に傾ける、スーツ姿の清水。

「どうして、私が」

 と言いつつ、まんざらでもない顔で屋神にワインを注いでもらっている。

「彼は、何故寝てる」

「杉下は、酒が飲めない」

 ではどうして飲んだ、とは尋ねない清水。

 その代わりに、自分がグラスを傾ける。

「しかもよりによって、このメンバーとは」

「いいじゃないか。学校側に付いた、将来有望株だぜ」

「本当に、そう思っている?」

 スパークリングワインのグラス越しに、清水は屋神を捉えた。

 立ち上る泡が、一つまた一つと消えていく。

「でなかったら、今頃裏切るかよ」

 当然と言わんばかりの表情。 

 峰山は無言で、エビのコンソメゼリーを食べている。

「私には、そうとは思えないんだけれど。多分あなたの仲間も、きっと」

「まさか。みんなの信頼を踏みにじる、最低の野郎さ。後はあいつらを学校から追い出すか、今の役職を解任させる。俺がやるのは、そういう事だ」

「誰もそれを信じてはいない。理事や職員を除いては」

 グラスを空にして、顔を伏せる清水。

 その精悍な顔が、微かに翳りを帯びる。

「私は、どうしていいのか分からない」

「君は、小泉と一緒に行動していればいい。それだけだ」

 ぽつりと漏らす峰山。

 そこには寂しさも、悔しさも何もない。

 ただ事実を述べているという表情の他は。

「後は、林の動き。あいつが何を考えているのか、正直俺にも分からない」

「最後の最後になって、全てを壊しにかかると」

「君よりは、癖のある人間だ。俺達を切りにかかるために雇われたとしても、それ程不思議には思わない。勿論、その対抗策は考えているが」 

 淡々とした口調。

 やはりそこに、感情めいた物は感じられない。

「彼はそんな人間じゃ……。いや、断定は出来ないけれど。でも」

「小泉は、その優しさを受け止められる。だから、君は学校に残れ。林と一緒に行動する義務はない」

「それは私のために言っているの。それとも彼のため」

「さあな」

 素っ気なく答え、席を立つ峰山。

 そして彼はそのまま、店を出ていってしまった。


「さっきの話、どう思う」

「自分で決めろとしか言えないな」

 厳しい一言。

 清水が再び顔を伏せかける。

「人に流されるなって事だ。小泉のためとか、傭兵としての体面。なんて考える必要はない。お前がしたいようにすればいい。誰が何と言おうと、気にせずに」

「だけど」

「文句を言う奴がいたら、俺が叩きのめしてやる。お前の先輩として」

 顔の前で握り締められる拳。

 血にまみれていたはずのそれは、今は何よりも頼り甲斐のある力を宿す。

 その燃えるような闘志は、目には見えずとも伝わっていく。

「私も、あなたの後輩だと」

「それ以外、何だっていうんだよ」

「考えた事も無かった」

 素直な表情で答える清水。

 屋神は苦笑して、杉下の肩を揺すった。

「おい、帰るぞ」

「俺は、もう。河合君達だって……」

「古い名前を出しやがって。ほら、乗れ」

 よろめく杉下を強引に背負い、店員からコートを受け取る。

「お前も、黄昏てないで早く来い」

「あ、はい」

 あどけない表情で頷いた清水は、彼からコートを受け取りその隣へと並んだ。



 店を出て、表通りへと歩いていく二人。

 静かな住宅街に、その足音が駆け抜けていく。

 時折通り過ぎるヘッドライト。

 街灯の光は淡く、夜風は寂しい程に冷えている。

 見上げた空に浮かぶ小さな星々は、街の光に掻き消され気味だ。

「学校に残りたいんだろ」

「出来れば」

 頷く清水。

 屋神は杉下を背負い直し、その空を見上げた。

「何があっても、気にするな。責任を感じて学校を辞める必要はない」

「でも、それで問題が解決しなかったら」

「辞めて解決する訳じゃない。あるのは残された人間の悔しさと、虚しさだけだ」

 小さな、ささやくような言葉。

 それは隣にいる清水と、背中にいる杉下にしか聞こえない程の。

「あなたは、強いんですね」

「そういう素振りを見せてるのさ。それに本当は俺じゃなくて、もっと大きい男がここにはいるはずだった」

「山鯨と呼ばれた男?」

「ああ。でもあいつは、勝手に辞めやがった。自分の責任も何もかも投げ出して。おかげで残ったこっちはいい迷惑だ」

 苛立ち気味に答える屋神。

 清水は彼の横顔を、不安そうに見つめている。


「彼よりも自分が辞めれば良かったと思ってるんですか」

「さあな。とにかく俺はそのせいで、ここに残るしかない。何があろうと」

「私は、そこまで強くなれない。あなた程には」

 肩を落とす清水。

 屋神は慰めや励ましの言葉を掛ける事無く、まっすぐと前を向いている。

「河合君、笹島さん。君達はそれでいいのかも知れないけど……」

「おい、杉下」

「辞めれば済む問題じゃないんだ。君達はそれを……」

 途切れ途切れの、頼りない口調。

 顔は相変わらず赤く、全身の力は抜けきっている。

「酔っぱらいが」

「余程酔いたい事でもあるんじゃないですか」

「神経質な奴だからな。ストレスが溜まってるんだろ」

「その原因は」

「俺が知るかよ」

 清水の憂うような視線をかわし、杉下を背負い直す。

「とにかくこれで、こいつ一人で頑張る必要も無くなる。俺と伊達、それに表に出ないとはいえ峰山もいる」

「その結果は」

「俺達が管理案を通して、間達には退場願う。それだけさ」

「今までのあなたを見ていると、とてもそうとは思えない」

「買いかぶりすぎだ。俺はいい加減な、単なる仕切りたがりなんだよ」


 大通りに出た二人は、歩道脇の植え込みの腰掛け車の流れを見つめていた。

 やがて空車のタクシーが、速度を落とし彼等の前へと近付いてくる。

「今日は俺達も、お前のマンションに泊まるぞ」

「え?」

「こいつも一人じゃ寂しいしな。お前達も監視が楽だろう」

「まあ、構わないけれど」

 タクシーに乗り込み、行き先を告げる清水。

 屋神は杉下を放り込み、そのまま自分も乗り込んだ。 

 ウインカーを出し、流れに戻るタクシー。

 街の中へ、灯りの中へ。

 夜の間だけの、輝く世界へと……。



 生徒会特別教棟、総務局局長室。

 そこに顔を揃える新妻達。

「学校が雇った傭兵や、それに準ずる人間をほぼ掌握。しかも屋神さんは、ガーディアン組織の代表を全て兼任。動員出来る人数とその力は、圧倒的です」

「そうね。私はSDCの代表だけど、後ろ盾の三島君がああなったんでは。それに、格闘系クラブとガーディアンが揉めるのは、あまりにもまずいし」

 ため息を付く涼代。

 大山はいつにもまして、醒めた表情である。

「屋神さんは、どうしてあんな事を。俺は信じないからな」

「あなたが信じなくても、彼の行動は裏切りそのものよ。杉下さん同様に」

「だけど」

「私も、杉下さんに突き放された人間よ。少しは、塩田君の気持ちも分かるわ」 

 視線が伏せられ、肩は震えている。

 それでも中川は、拳を固め、はっきりと言い放った。

「理由はどうあれ、今は敵なの。それは、覚えておいて」

「割り切れるのかよ、そこまで」

「出来なければ、ここにいても仕方ないんじゃない」

 辛辣な一言。

 だがそれを止める者はいない。

 気だるげにソファーへもたれている新妻を気遣っている天満ですら、せいぜい不安げに彼等の様子を窺っているだけだ。

「屋神さんには来るなって言われてる」

「私も、そうよ」

「じゃあ」

「自分で決めなさい。私達が今までそうしてきたように」 

 その切っ先を収めない中川。

 塩田は顔を赤くして、唇を噛みしめた。

 しかし彼の苛立ちも、中川の態度を変えるまでには至らない。


「先輩とやりあえっていうのか?あの人が向こうに付いた理由だって、はっきりしないのに」

「杉下さんも同じよ。それでも私達は、やりあってきたわ」

「あの人は元々、そういう素振りがあっただろ。だけど屋神さんは俺達を、ここまで引っ張ってきてくれた人なんだぞ」

「貢献度の大きさを量るなんて無意味よ。それで行くと、私達1年なんて最初から殆ど何もしていないじゃない。むしろ、迷惑を掛けた事の方が多いんじゃなくて」

 それとなく視線を大山へ向ける中川。

 塩田もそれに気付き、怪訝そうな顔をする。

「どういう意味だ」

「情報漏れやそれに関する事が今まであったでしょ」

「それが俺達の中からって言いたいのか」

「二人とも、もういいでしょう。これ以上揉めてどうするんです」

 口を開き掛けた中川を制し、塩田と向き合う大山。

 当然彼も、視線を強くする。

「屋神さんの真意がどうあれ、中川さんの言った事が正論です。向こうに付きたければ、そうして下さい」

「言われなくたって、俺は屋神さんに付いていくよ。あの人は絶対に」

「真意がどうあれと言いました。塩田こそ、屋神さんの事をよく考えていますか」

 言葉に詰まる塩田。

 大山はその肩を掴み、紅潮した顔を近付けた。

「これからどうなるかは、みんなが分かってます。屋神さんが、何も言わなくても」

「あの人は、俺を捨てたんだ。何も言わずに」

「本当に、そう思いますか」

 熱を帯びた、真剣な眼差し。

 それを真正面から受け止める塩田。

 しかし彼はどこか、頼りなげにその瞳を揺らす。

「今言ったように、私達はあなたを止めません。でも屋神さんは、あなたに留まるよう告げた。それだけは、覚えておきなさい」

「それを、守れっていうのか」

「自分で決める事です」

 塩田を突き放し、彼から離れる大山。

 中川は腕を組み、彼等をじっと見つめている。


「塩田君。どうするの」

 彼等よりは優しく尋ねる涼代。

 だが答えはない。

「二人の言う通り、これはあなた自身の問題よ」

「分かってる」

「向こうはおそらく、冬休みへ入る前に決着を付ける気でいるわ。あなたがいなくなると、私達は完全に無防備になる。だから、答えは急いでね」

 口調とは裏腹な、冷静な内容。 

 しかし涼代の表情に、迷いや悲しみはない。 

「場合によっては、阿川君と山下さんに頼むかも知れない。彼等には、悪いけれど」

「また人を巻き込むのか」

「ベストではないけれど、ベターな選択よ。彼等なら信頼出来るし、引き受けてくれる」

「俺はここでも、用済みだと」

 鼻で笑う塩田。

 それでも涼代が慰める事はない。

 また彼も、それを期待する様子はない。


「水葉さん、放っておきなさい。拗ねてる子供に、用は無いわ」

 淡々とした、鋭い一言。

 さすがに部屋中の全員が、視線を向ける。

 新妻は平然とした顔で、塩田を見据えた。

「早く帰ったら。誰も、止めないわ」

「ああ、言われなくても」

「ただし、屋神君達の側に付いたら。その時は容赦しない」

 いつもは澄んだ小川の流れのような声。

 それが今は、凍てつくような刃に変わる。

 輝く青い瞳は彼の心まで届くのか、塩田は喉を鳴らしてその胸を抑えた。

「顔色が悪いわよ。薬をあげるわ」

 しなやかな仕草で立ち上がり、スカートのポケットから小さなケースを取り出す新妻。

 その中から白い錠剤を出し、塩田へと差し出す。

 顎を引き、それを避ける塩田。

 新妻は微かに口元を緩め、指を上に指した。

「え?」

 それに釣られて、塩田が顎を逸らす。

 構造上、彼の口が小さく開く。

 そこへ滑り込む白い錠剤。

 塩田の顔色が一気に変わり、床へと崩れる。


「塩田君っ」

 慌てて彼にすがる涼代達。

 新妻は腕を組み、妖しげ笑みで彼を見下ろしている。

 照明を遮られ翳るその目元。

 彼女の薄い影が、彼の上へと落ちる。

「敵は少ない方がいい。しばらくは、病院行きね」

「あ、ああ……」

「動くと、まわりが早くなるわよ。あなたにも免疫が無い種類の物だから」

 喉元で笑う新妻。

 塩田は胸元を押さえ、呻き声を上げている。

「観貴ちゃんっ。何するつもりっ」

 詰め寄る涼代の手をかわし、新妻は鼻で笑った。

「何なら、彼氏の後を追う?」

「冗談を言ってる場合じゃないのよっ」

「これを学校の仕業と見せかけ、一気に向こうを追い込む事も出来るわ」

 耳に付く高笑い。

 涼代は呆然とした顔で、彼女を見つめる。

 中川や大山が必死に塩田を介抱しようとしているが、為す術がないらしい。

「と、とにかく医療部へ連絡するわっ」

「間に合わないわよ。それに、治療法なんて無いもの」

「ど、どういうっ」

「私は何でもするの。それを覚えておいて」

 再び笑い出す新妻。

 拳を固めた涼代が彼女に近付いたその時。


 ドアが開き、繊細な顔立ちの男性が入ってくる。

 そして塩田を見るなり、肩をすくめる。

「いつから、仲間に毒を盛るようになった」

「それは、新妻さんが」

「まあいい。ほら、起きるんだ」

 強引に上半身を起こされる塩田。

 そしてテーブルの上にあったペットボトルを、彼の意志には関係なく口へ付ける。

 口元からこぼれるのにもかまわず注ぎ込まれるお茶。

「がっ」

 激しく蒸せ返す塩田。

 それと同時に、赤らんでいた彼の顔も少しずつ元へ戻ってくる。

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ」

 小さく頷く塩田に、涼代はため息と共にへたり込んだ。

 しかし視線は、腕を組んで彼等を見下ろしている新妻へと向けられる。

「一体、今のは」

「ただの、ビタミン剤さ」

「え?」

 きょとんとする一同。

「ビタミンCは、かなりの酸味がある。それの固まりを飲まされれば、誰でもそうなる。体への害は、殆ど無いよ」

 沢はそう説明して、塩田の肩を叩いた。



「君、どうして」

 塩田を気にしつつ、笑顔を浮かべる涼代。

 他の者も、すぐに彼を取り囲んだ。

「赴任ではなく、転校生としてやってきた。まだ僕を、受け入れてくれるかな」

「それはかまいませんが、フリーガーディアンはどうしたんです」

「資格は持っている。だから、君達の役には立てるつもりだ」

 静かに語る沢。

 夏の時とは違う、微かな翳りを帯びた佇まい。 

「あなたが来てくれたのはいいけど、私達も事情がね」

「話は聞いてるよ、中川さん」

「平気そうね」

「人がいないなら、その分の仕事をすればいい」

「ええ」

 小さく、力強く頷く中川。

 沢の表情が、一瞬揺れる。

「どうかした?」

「いや。前に比べて、変わったなと思って」

「いつまでも、こだわってられないわよ。辛いけど、でもやるしかないんだから」

「そうか」

 彼女の肩にそっと触れ、そのまま塩田へ目を移す。


「で、君は何をしてる」

「に、新妻さんが……」

「いつまでもうだうだ言ってるからでしょ。ねえ、先輩」

 素っ気なく言い放つ天満。

 彼女は新妻の手口を、最初から理解していたようだ。

「私は別に。塩田君、何か言いたい事は」

 低い声で尋ねる新妻。

 塩田は喉を押さえつつ、ゆっくりと立ち上がった。

「無いよ。どうせ俺は甘いって言いたいんだろ」

「そう言われたくなければ、あなたも頑張りなさい。いつまでも子供のままではいられないんだから」

 醒めた、冷徹な眼差し。

 人の心を思いやる素振りは、微塵にも感じられない。

 一切を振り切った、凛とした表情。

 薄く透き通る、洞窟の奥に眠る氷のような。

「あんたらはいいよ。大人で。分かった、俺はいなければいいんだろ」

 そう言い放ち、ドアへと向かう塩田。

 だが彼は、その前で床へと転ぶ。

 足元に、細いワイヤーが絡まっているのだ。

「なっ」

「敵は少ない方がいい。ここで、始末を付けておくよ」

「お願い」

 新妻の視線を受け、沢は腰から警棒を抜いた。

 目には見えない程の早さで振動する警棒。

 沢はそれを、塩田の足元に近付けた。 

 音を立て、警棒が床を削り出す。

「取りあえず、足をやろう。大丈夫、腱を切るだけだ」

「さ、沢君っ」

「今やらなければ、僕らが同じ事をされる可能性もある」

「で、でも。それはやり過ぎよっ」

 肩から沢へぶつかる涼代。

 あっけなく吹き飛ばされる沢。

 そして彼女は塩田の足に絡んだワイヤーをほどき、そのまま彼の頬をひっぱたいた。

「沢君っ。これでいいでしょっ」

「どうかな」

 鈍い音を立てる塩田の頬。

 涼代の拳が血を吹き、塩田の口から血が漏れる。

「これはっ」

「……まあ、いいだろう」

「そう」

 拳を押さえ、塩田から離れる涼代。

「さあ、これであなたは自由よ」

「水葉さん」

「あなたをここで失うのは辛いけど、私達も説得している余裕はないの。ごめんなさい、丈君」

 名前で呼ばれた塩田は口の血を拭い、沢を鋭い目で睨み付けてドアを出ていった。

「無茶苦茶ですね、二人とも」

「僕は、手加減したよ」

「私だって」

「という事になりましたが、新妻さん」

 全員の視線を受け、おもむろに足を組む新妻。

 その白い足が露わになり、表情が鋭さを増す。

「ごめんなさい、涼代さん」

「いいのよ。私も情に流されるつもりはないから」

「ありがとう。これからは辛い事になるけれど」

「最初から、覚悟の上よ」

 視線を重ね、微かに頷く二人。

 お互いの気持ちを確かめあう、言葉のない思い。

 だがそれは、一瞬にして消える。

「それで、どうします」

 さりげなく促す大山。

 新妻は前髪を横へ流し、薄く微笑んだ。

「全ては時間の問題よ。一気に、決着を付ける」




 ガーディアン連合代表執務室。

 代表がいない現在、副代表の塩田がその部屋を割り振られている。

 塩田はそこにある執務用のデスクに、IDを置いた。

 部屋の中には彼が一人きり。

 その行為を止める者も、見守る者もいない。

 そして彼が、思い留まる事も。

 ドアを出て、廊下を歩く塩田。

 施設内にも人は少なく、警備のガーディアンが時折彼へ挨拶をする程度だ。


 建物を後にして、冷たい風の吹く学内の道を行く。

 白鳥庭園をベースにしているため緑は多く、心和む光景が辺りに広がっている。

 だが塩田はそれに気を留める様子もなく、俯き加減で歩き続ける。

 施設内同様、学内に人は少ない。

 学内ではそれなりに名が通り、またこの時期に学校へ残っている関係もあるため、その中には彼へ視線を向ける者もいる。

 やはり塩田は、気に掛けない。 

 だが、向こうから声を掛けられる場合は別だ。


「死にそうな顔してるね」

 笑いながら彼の前に立つ林。

 その拳が鼻先に突きつけられるが、塩田は微かにも反応しない。

「大丈夫か」

「ああ」

 素っ気ない返事。

 林は肩をすくめて、隣に目をやった。

「どうでもいい」

「冷たいね、清水さんは」

「人の気も知らないで拗ねてる子供に用はない」

 新妻達同様、容赦のない台詞。

「誰かに殴られて、目が覚めたという訳でも無いようだし」

「しかしね」

「私は興味がない。困っているのが自分一人だ思ってるような、独りよがりの人間には」

 剣呑な視線を向ける塩田。

 清水は平然とした顔で、それを跳ね返す。

「図星を突かれて、少しは怒った?」

「なんだと」

「暴れてればいいと思ってるから、そうなる。自分の考えを持ってない証拠だ」

 さすがに顔色を変えて詰め寄る塩田。

 だが清水が素早く足を払い、倒れた彼の喉元にかかとを突きつけた。

「今も女だからと甘く思ってるから、こうなる」

 スカートの裾を抑えつつ語る清水。

 塩田は険しい視線のまま、彼女を見上げている。

「清水さん、そのくらいでいいだろ」

「確かにそうだ」

 何のためらいもなく清水は足を離し、彼の脇を通り過ぎた。 

 一瞥もくれず、掛ける言葉もない。

「怖い子だ」 

 塩田を助け起こし、その背中を払う林。

 そのまま彼の顔は、耳元へと近付いていく。


「君はどっちに付くつもり?」

「屋神さん達だ」

「断られてるんだろ。かといって、みんなの元へは戻れない」

 ひそめられる言葉。

 低い、しかし甘さを含んだささやき。

「だから、第3の道もある。君達の仲間も消し、屋神さん達にも消えてもらうという」

「どういう意味だ」

「今言った通りさ。人数が減れば取り分も増え、学校は支払いを減らせられる」

 かすれるような笑い声。

「権力は一手に君の手へ。それに草薙高校の中央校といえば、他校への影響力も強い。それこそ小君主として、近隣の学校を従わせてもいい」

「本気か」

「地方じゃ珍しくないよ。新学期明けに今回の騒動を暴露し、君がそれを抑えた事にする。名声は一気に高まり、君はヒーロー。文句を言う奴は、俺が片づける」

 指の間からのぞく細いナイフ。 

 それは次の瞬間、消えて無くなる。

「公式な役職は君が仕切り、俺は裏で動く。多少契約金を弾んでくれれば、それなりの働きをしよう」

「どうして、そんな話をする」

「草薙高校中央校は、かなりの名門だ。そこの卒業生という肩書きがあれば、就職にも有利。それにここは平和ボケした学校だから、俺にとっては良い所なんだよ」

 塩田の顔を覗き込み、喉元を鳴らす林。

 横に裂ける口、だが瞳は微かにも笑ってはいない。

 そして彼の肩が、強い力で抱きすくめられる。

「君はどちらにも出入り出来る立場だ。だからそれを利用して、情報を盗めばいい。後は俺の方でどうにでもするから」

 再び鳴る喉元。

 風にも消えない、低い笑い声。

 塩田は突然林を突き飛ばし、慌てた表情で後ずさった。


「そ、そんな事は絶対にしない。俺は、そんな」

「どうせどちらかは消えるんだ。だったら両方消えるのが、平等ってものだろ」

「ふざけるなっ。俺は確かに何も出来ないけど、でも……」

 拳を固める塩田。

 そして彼は、林を振り返る事無く走り出す。

「今の話は、聞かなかった事にするっ。お前も、何もするなっ」

「せいぜい、努力するよ」

 消えていく背中に手を振った林は、軽く息を漏らし背筋を伸ばした。

「本当に、どうなる事やら」

 風に乗るささやき。

 緩んだ口元と鋭い眼差しはそのままで。

 梅の木に見える、淡いつぼみ。

 遠い春の訪れを告げる、寒い中のきざし……。




 ドアが開き、険しい形相のまま塩田が飛び込んでくる。 

 ソファーに横たわっていた新妻は体を起こし、醒めた視線を彼へと向けた。

「みんなはいないわよ」

「いいんだ。あなたに話がある」

「どうしたの」

「俺もやる。屋神さんが敵でも。あいつの事はもう……」 

 震える言葉。 

 しかし顔は下がらない。

 ガーディアン連合副代表のIDを握り締めたまま。

 新妻は表情も変えず、それをじっと見つめている。

「どうせ、決まってるんだ。もう、決めた」

「そう。でも、心配しなくていいのよ」

「分かってる。俺達に出来るのは、その手助けだけだ」

 悲痛な顔付きで微かに頷く塩田。 

 それでも新妻は、淡々とした態度を崩さない。

「時期としては来週。今回の学校関係者が、全員学校に集まる。その際、私達も学校に来ると情報を流すわ」

「全面的にやり合うつもりか」

「やるかやられるか。妥協の余地はないの」

 はっきりと言い切る新妻。

 迷いも、不安も何もない。

 遠い、儚げな視線。

「後は、頼むわよ」

「その資格は、俺にはない。いや、俺達には」

「……いいでしょう。とにかく、全ては来週に決まるんだから」





 







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