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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第10話(第1次抗争編) ~過去編・屋神・塩田他メイン~
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 草薙高校正門前。

 その前に佇む、コート姿の林。

 風はなく、穏やかな陽気。

 彼自身、暖かな日差しに目を細めている。

「清水さんが残りたくなるのも無理はない。確かに、居心地はいい」

 手の平が門の脇にある、校名の彫られたプレートへ触れる。

 微かに鳴る、甲高い音色。

「傷も付かないか」

「何してんだ、お前」

 にこやかに振り向く林。

 その笑顔は、大きな影の中に消える。

「屋神さん?」

「学校を壊すな」

「記念にと思ってね」

 手をコートへ差し入れ、にこやかな表情のまま屋神を見上げる。 

「もうすぐ2年だろ。それとも、転校でもする気か」

「場合によっては」

「大変だな、傭兵っていうのも」

「まあ、それは一応内緒という事で」

 屋神は鼻で笑い、革ジャンからDDを取り出した。 

「お前が学校に提出してる報告書。峰山が隠してたから、コピーしてやった」

「こっそり監視してたんだけど、やっぱり」

「なにがこっそりだ。大体峰山も、自分でやれっていうんだよ」

「それじゃ俺の仕事が無くなる。それに彼は、どっち側の人間でもない。寄りとしては、学校だけどね。いや、本当はそれ以外の面もあるんだけど。……知りたい?」

 さりげなく屋神の隣へと動く林。

 入るのは死角。 

 その手が再びポケットの中に消える。


「そこまでだ。三島から、暗器に気を付けろって言われてるんでな」

「熊さんも、余計な事を。大体俺は、武器よりも」

「寸勁だか内勁が得意なんだろ。肘触るなよ」

 近付いてきた手の平を交わし、林の背後に回り込む屋神。

 そして彼の動きが始まるより先に、首筋へ拳を当てる。

「そんな器用な真似は出来んが、この距離なら首の骨くらい折れるぜ」

「冗談、冗談だよ」

「遊びたいなら、塩田にやれ」

「忍者君は熱過ぎるからね。冗談にならなくなる」

 しなやかな足裁きで距離を置いた林は、塀へもたれて屋神に笑いかけた。

「かなり追い込まれてると思うんだけど」

「だろうな。だからって、引く気はない。まだ何も決まってないんだ」

「それからじゃ遅いよ」

「監視に飽きたのか」

「まさか。楽しい高校生活を送るには、学校が揉めてると過ごしづらい。早く事態を収拾して、おかしな連中も追い出して欲しいね」

 何とも楽しげに笑う林。

 屋神は舌を鳴らして、転がってきたチラシを蹴り飛ばした。

 宙で四散する紙チラシ。

 それは風のない中、彼の足にまとわりつく。


「思い通りにはいかない物さ。何せ、人が少なくてな」

「それがもし、一般生徒との比率だったら?誰も君達に頑張ってくれとは望まないかも」

「否定されるのは、むしろ俺達だって?構わんさ、そんなのは。どうしたいか自分達で選べばいい。俺達が、そうしたように」

「誰もが君達のように強い訳じゃない。それは、覚えておいた方がいいよ」

 そう呟く林。

 屋神は軽く顔を伏せ、鼻で笑った。

「強ければいいって訳でもない。お前の言った通り、独りよがりかも知れないし」

「それでも、突き進むと」

「当然だろ」

 はっきり言い切り、正門をくぐる屋神。

 林は塀にもたれ、青い空を仰いだ。

「なるほどね。みんなが熱くなるはずだ」

 親しみと、微かな切なさの混じったささやき。

 白い小さな雲は、彼の表情を見る消えていく。

 青い、澄み切った空は……。




 生徒会総務局、総務課。

 中川はペンの後ろを噛み、卓上端末のコンソールを手の平で叩いた。

「遅いわね、これ」

「普通でしょ」

「涼代さんには普通でも、私には……。あ、嘘です」 

 顎を引いて、突きつけられたカッターナイフをかわす。

「あなたって、キータイプ早いのね。画面の情報を読み取るのも」

「私は事務が専門ですから」

「走るだけが能の女とは違うって?」

 ため息を付き、キーボードから手を離す涼代。

「指が、動かないのよね」

「馴れですよ。それに打とうと意識し出すと、私も指がもたつきます。涼代さんは、休んでて下さい」

「悪いわね、手伝いにもならなくて」

 苦笑して、ペットボトルを傾ける。

 中川は画面のアイコンへ指を触れながら、もう片方の手は薄いコンソールの上を撫でていく。

「予算が降りなくて、あちこちから苦情が来てますよ。このままだと、新学期には多少問題になるかもしれませんね」

「SDCでもよ。杉下君が訳の分からない事をやってるから……。あ、ごめん」

「いいんです。その通りなんですから」

 微かに曇る中川の表情。

 しかしキータイプの速度は変わらない。

 明るい、その口調も。

「陳情は毎日行ってますし、メールは1時間おきに送ってます。効き目が無くても、予算編成局の人間としてはそれを続けます」

「大丈夫?」

「落ち込んでいるよりはましです。反動が自分でも怖いですけど、何もしない訳にも行きませんし」

「そう」

 小さく頷いた涼代は、彼女の隣に座り足を組んだ。

 制服であるタータンチェックのスカートが揺れ、白い足が上の方まで露わになる。


「急に強くなったわね」

「色々とありまして」

「観貴ちゃんの影響?彼女に、何か言われた?それとも、何かされたとか」

 張りのある中川の頬を、指先でなぞる涼代。

 中川は一瞬身を震わせ、くすっと笑った。

「一緒に寝ただけですよ」

「う、嘘っ」

 血相を変える涼代。

「そういう意味じゃなくて、添い寝です。添い寝」

 くすくす笑う中川。

 涼代は大きく息を付き、額を抑えた。

「だ、だったらいいんだけど」

「案外、保守的なんですね」

「怖い事言わないで。そんな、まさか。冗談じゃないわ」

 まだショックから立ち直れないらしい。

「と、とにかく早まらないでね」

「冗談ですよ」

「分かってるけど。本当に、ちゃんとやらないと」

「何をですか」

「その、色々と」

 訥々と漏らす涼代。

 中川はとうとうコンソールから手を離し、お腹を抱えて笑い出した。

「笑い事じゃないわよ」

「そ、そうですけど」

「人間、普通が一番」

 真顔でそう語った涼代は、ペットボトルを手にして席を立った。

「それじゃ、私はクラブに顔を出してくるから」

「お疲れ様でした」

「何もしてないわよ」

「いえ。貴重なお話を拝聴しました」

 顔を見合わせて笑う二人。

「こうして、笑えていればいいのに」

「そうですね」

「とにかく、頑張って」

「はい。ありがとうございました」

 軽く手を振り、ドアを出ていく涼代。

 それを見送った中川は、伸びをして卓上端末へ向き合った。

 室内に響くコンソールを叩く音と、音声入力の彼女の声。

 先程まではなかった、不安と寂しげな雰囲気。

 しかし彼女の表情に迷いはない。

 規則正しくキーを打つ指のように。

 打ち間違いや、指が淀む時もある。

 それでもキーを打つ手を休まらない。

 一心に、懸命に。

 彼女はキーを打ち続ける……。





「君も、予算の陳情か」

 執務用の机から顔を上げ、腕を揉む杉下。

 顔色は勝れず、疲れ気味の様子である。

「警備の人間も置かず、案外無防備だな」

「屋神君達は、そこまで馬鹿じゃない」

「過信か。それはともかく、外にいた連中は違う考えかもしれない」

「俺の警備ではなく、監視兼襲撃用?どうでもいい、そんな事は」

 鼻先で笑った杉下は、応接セットを指さし峰山に座るよう促した。

「ここに来て、学校へ付く事を決めたのか」

「俺だって、そこまで馬鹿じゃない。勝負も決まってはいないのに、態度ははっきり出来ないさ」

「決まってるよ。学校、つまり俺の勝ちだと。新学期は無理でも、後期には新規則導入のめどを付ける。河合君達を交えた交渉でも、再来年度からの導入は検討課題になっている」

「確かに予算は抑えているが、肝心の生徒会はどうにもならない。対立したまま新学期を迎えれば、一般生徒は心情的に屋神さん達に付く。何せ向こうのメンバーは、人気がある」

 ソファーに崩れ、腕を組む峰山。

 黒のジャケットにジーンズという、彼にしてはラフな服装である。

「悪かったね、俺の評判は悪くて」

「学校に付いた、というのは受けが悪いという事だ。それに生徒会長は自分達の手で選んだが、予算編成局局長は学校や自治体が選んだ人間。その辺りも弱い」

「金と権力、後は名誉と地位で動く人間はいくらでもいる。新学期から、よく見ているといい」

「その前に、味方になれと」

「早いほうがいいだろう。待遇の善し悪しは、先着順だ。俺の後ろが、丁度一人分空いているし」

「大山か」

 杉下は微かに口元を緩めるだけである。

「あいつの場合は学校に付く振りをして、状況を探っていたと見る方が妥当だ。塩田のような、馬鹿じゃない」

「ただ、先を見る目は無いね。結局彼は、屋神さん達を選んだ。沈む船、消えて無くなる夢を」

「あなたは現実を取ったと。仲間よりも」

「寄せ集めの集団だよ。仲間でも、何でもない」 

 自嘲気味の呟き。

 峰山は姿勢を少しだけ直し、彼をまっすぐ見据えた。


「……学校に付くのはいいが、負けると決まればすぐに俺は離れる」

「構わない。確かに沈むのが分かってて、それに付き合うのは無意味だよ」

「それと、直接学校には付かない。あくまでも、あなたからの指示を受けたという形を取りたい」

「責任回避には、その方がいいだろう。万が一失敗しても、君は俺からの命令を受けただけだと答えればいい」

「話が早くて助かる」

 醒めた表情で頷く峰山。

 それを、無言で見つめる杉下。

 手を握り合う事も、笑い合う事もない。

 事実の確認、ただそれだけが二人の間にある。

「報酬はどうする。金か、それとも生徒会での地位か」

「どちらもだが、多くは望まない。俺のために余分な金の動きがあると、後々困る」

「証拠はあくまでも残さない、か。分かった。俺が今までより多めに報酬をもらうから、それを君に渡そう。役職は問題がない程度で、気に入った所に行けばいい」

「空きがたくさん出そうだな。屋神さんを筆頭に」

「当然さ。学校に楯突いて、無事で済む訳がない。勿論彼等も、分かってはいるだろうけど」

 微かな後悔の色も、彼の顔には見えない。

 テーブルの下で握り締められた拳以外には。


「小泉君は、どうする」

「あいつは俺の指示に従うという形にする。」

「それなら、さらに責任を回避出来るか。分かった。後、君が親しくしている林という子は」

「鋭いな、さすがに」

「予算を扱っていれば、それ目当てに色々な情報が入ってくる」

「今のところは、どっちつかず。心情的には屋神さん側だろうが、それに乗る程単純じゃない」

 淡々とした答え。

 杉下は小さく頷き、一枚のDDをジャケットのポケットから取り出した。

「最近の、俺のレポートだ。彼の代わりにまとめておいたから、文体だけ変えるといい」

「その報酬は」

「現在学校にいる傭兵全員の情報。出来れば、学内に来ていない人物の情報も。君が最近、彼等と接触しているという話を聞いてね」

「……いいだろう。リスクを負わない分、そのくらいは何とかする」

 席を立ち、DDをしまう峰山。

 彼は上から、杉下を見下ろした。

「何故、学校側に付いた」

「利口な人間なら、誰でもこうする。屋神君達が、馬鹿なだけだ」

「馬鹿にはなりきれなかったか。それとも……」

 峰山はそこで言葉を切り、ドアへと歩き出した。

「傭兵の情報は、今日中に送る。それと、警備の人間を何人か常駐した方がいい。出来れば、予算編成局のガーディアン以外の人間を」

「君が手配してくれ。ただし、スパイを追い払って自分のスパイを送り込むなよ」

「分かった。信用出来る人間を送る」

 生真面目な返事と共にドアが閉まる。

「信用か」

 鼻で笑い、拳を壁にぶつける杉下。

 拳が血を上げ、それが辺りに飛び散っていく。

「待ってろよ、後少しで」

 微かなささやき。

 そして拳は、壁を叩き続ける……。




「前も聞いたけど、あの林ってどういう奴なんだ」

 屋神はローソファーに寝転がり、雑誌を開きながら尋ねた。

 静かな時が、彼の部屋に流れ出す。

「おい、お前に聞いてるんだ」

「だってさ。あ、洒落じゃないよ」

「下らない」

「うるさいな」

 睨み合う塩田と大山。

 最近どこかぎこちなさがある二人だが、顔をつきあわせればこの通りである。

 今のも敵意というよりは、仲がいいからの行為だろう。

「伊達君よ。俺は、君に尋ねてるんだけどね」

「ああ」

「返事はいいから、答えろって」

 牙を剥く屋神をしばし見つめた伊達は、前髪をかき上げその鋭い眼差しを覗かせた。

「お前、目があるんだな」

「林の話は」

「ああ、そっちもしろ」

「簡単言えば、金で雇われる転校生。つまり、俺と同類だ」



 いわゆる「渡り鳥」の発生は前大戦後期がその最初とされているが、定かではない。

 一般的な定説では、学校へ通わなかった子供達の無銭旅行がきっかけとされる。

 旅行先でアルバイトを行い、そこで旅費を稼ぐ子供達。    

 中には学校で、用心棒めいた事をする者も。 

 荒廃が進んでいた学校ではその需要が高く、彼等はヒーロー的な存在としても扱われ始めていた。

 やがてその人数が増え、組織化する者も現れる。

 装備も充実し、武装化も進む。 

 当初はヒーローであった彼等が、ヒールに転向するまでさほどの時間は掛からなかった。

 無論全部の子供がそういった行いをしていた訳ではないが、必然的に悪評が高まり彼等は一種の浮いた存在として認識されるようになる。


 教育庁はその打開策として、彼等に転校の権利を認めると共に授業単位の取得も義務付ける事となる。

 オンラインやスクーリングで一定の成績を収めた者は個人の意志で転校をする事が出来るようになり、転校先の学校で単位を修得する事も可能になった。

 そうして教育の網をかぶせに掛かった教育庁ではあったが、一部の生徒に関しては行動が変わる事はなかった。

 より高い知識と教育を得、さらに組織化理論化する集団も現れる。 

 一部では半ば彼等の支配下に置かれる学校も出始め、教育庁はその対応策に追われる事ともなった。

 それは特別地方警備担当監査官の発足を生み出していき、彼等に対抗する高校生達をこの世に存在させる。

 通称「フリーガーディアン」の誕生である。

 またそういった集団に反感を抱いた生徒達は、独自のルールを作成しそれを規範に行動をしていく。

 近年ではかつての呼称「渡り鳥」を名乗り、「裏切らない、助け合う、信頼する」を合い言葉に全国の学校を回る生徒達がいる。

 そしてそのどちらにも属さない、完全なフリーランス達。 

 現在はその3勢力が存在し、お互いに協力または戦い、牽制しあっている。



「俺は渡り鳥で、塩田に歯を折られたのは傭兵。そして林や清水さんは、フリーランスという訳だ」

「よく分からん」

「区別してるのは俺達だけで、外から見れば同じだろう」

 淡々とした口調で呟く伊達。

「子供があちこちふらついてたら、そりゃ評判は良くないさ」

「だからそういった考えを変えるために、「渡り鳥」などと名乗ってルールを作った。自己満足といえば、それまでだが」

「俺達は別に、偏見も何もないぜ。この学校には、今までいなかったからでもあるけど」

 苦笑する屋神に、伊達は小さく頷く。

 塩田は机に掛けたまま、いつものようにフォトスタンドを手に取っている。

「俺の考えを言えば、林や清水さんがおかしな真似をするとは思わない。むしろ、そういう事は嫌うタイプだ」

「味方でもないんだろ」

「敵に回らないだけましと思えばいい」

「つまんない考えだな」

 やるせない呟き。

 伊達は腕を組み、そのまま壁に背を持たれた。


「信念を曲げないタイプで、仲間になった者へは努力を惜しまない。ただし、敵と見た者へは容赦しない」

「なんだそれ」

「彼等の性格ですよ」

「誰からの」

「秘密です」

 意味ありげに微笑み、端末をジャケットの胸ポケットにしまう大山。

 尋ねた塩田も対して興味はなかったらしく、フォトスタンドを戻して自分の端末でゲームを始めた。

「彼が、どうかしたんですか」

「さっき校門で会った。早くトラブルを収めろって、文句言われたぜ」

「表向きは彼も、草薙高校の一生徒ですからね。それとも、ここへ残る事に決めたんでしょうか」

 それとなく伊達へ視線を向ける大山。

 屋神も、足を組み直して彼を見据える。

「俺は仕事が済み次第出ていく。そういう契約だ」

「残って駄目な理由もないだろ」

「誘いは嬉しいが、そうもいかない」

 遠くなる、前髪越しの視線。

 ここではないどこか。

 遙か彼方を見つめる伊達。

 そよぐ風が揺らすように、彼は首を振った。


「それよりも、護衛は」

「俺達は大丈夫だ。女達は出来るだけ一緒に行動させてるし、女子寮のセキュリティは部外者を寄せ付けない。新妻のアパートもな」

「しかし、完璧でもない。学校への警告も、どの程度意味があったか」

「分かってる。ただ、そこまではやらないと思いたい。殴るくらいならともかく、拉致なんて。塩田は男だからまだいいが」

 いつになく重く呟く屋神。

 伊達も塩田も、そして大山も視線を彼へと向ける。

「定時連絡はあるし、セキュリティのグッズも持たせてある。出歩く時は、人の多い所を歩くようにも。それにあいつらも邪魔だろうから、前のように護衛は付けないようにしたんだが」

「気は休まらないと」

「杉下がいない分、俺が心配性になったのかも」

 小さな笑い声。

 それに合わせて上がる笑い声も、どこか頼りない。

「今からでも、護衛に行ったらどうです」

「ああ。照れてる場合じゃないな」

「そういう柄でもないでしょう」

 端末を取り、連絡を取る大山。

「……出ませんね」

「相手は」

「涼代さんです。新妻さんと中川さんも、一緒にいると聞いてます」

 素早く立ち上がり、ハンガーに掛けていた革ジャンを羽織る屋神。 

 塩田は、伊達が出ていったドアへと駆け出している。

「……ええ、私です。……連絡が取れない。ええ、こちらで探します」

「天満か」

「午後に入ってからのようです」

「お前はガーディアンを何人か連れて、天満の部屋に行け。連絡は、そっちに入れる」

「分かりました」

 端末をしまった大山は、ドアへと歩いていく屋神の肩越しに声を掛ける。

「警察へは」

「学校が絡んでるなら動かないだろう。それに、まだ何が起こった訳でもない」

「変に情報を与えるのも怖いですしね」

「ああ。後は任せる」



 寮の駐車場から飛び出す3台のバイク。

 黒のライダースジャケットに身をまとう、塩田と伊達。

 先日のツーリング同様、赤と青のバイクである。

 茶の革ジャンを着ている屋神は、大型のアメリカンバイク。

 「VTX」のロゴが見える。

 映画のような排気音は無いが、加速では二人のバイクに引けを取らない。

「どこ探すんだよ」

 ヘルメットを抱えたまま尋ねる塩田。

 表情にゆとりはなく、しきりに足を踏みならしている。

「情報待ちだ」

「そんな悠長な事」

「俺達の動きは、当然向こうも監視してる。闇雲に動けば、罠に掛かる」

 革手袋を握り締め、自分の顎に当てる屋神。

 伊達は無言で、地下駐車場出口の壁にもたれている。

「だからって、このままじゃ」

「いきなり何かするなら、もっと前からしてるはずだ」

「そんな事言っても」

「慌てるな。向こうには新妻がいる。あいつは必ず、居場所を連絡してくる」

 力強い、確信に満ちた言葉。 

 拳の震えも表情の堅さも変わらない。

 それでも屋神は、はっきりとそう答えた。

「連絡さえあれば、必ず助けると俺は前に言った。だから、お前もそう思っておけ」

「屋神さん」

「今は信じろ」

「何を」

「仲間を」




 ワンボックスカーから引き出される3人の女性。 

 何かを叫んでいるが、口元を抑えられ強引に引きずられていく。

 人気のない倉庫街。

 港が近いせいか、潮の香りが冷たい風に乗って漂っている。

 ワンボックスカーはそのまま走り去り、女性達を取り囲んだ集団は倉庫の一つへと向かう。 

 それを不審に思う者はどこにもいなく、怒号と罵声が辺りに響く。


「端末を捨てろ」

 冷たい声で命ずる、金髪の男。

 スキンヘッドとバンダナの男は、腕を組んで女性達を睨み付けている。

「さっき渡したでしょ」 

 強気で返す女性に、金髪の男が詰め寄った。 

 鼻先に突きつけられるナイフ。 

 それでも女性は、怯えた顔一つしない。

「お前には言っていない。おい」

 醒めた表情を浮かべる女性へ視線を向ける金髪。

「こいつの鼻が無くなるぞ」

「取り上げなかったから、持っていたまでよ」

 コートの襟から、手の平よりも小さいサイズの端末が取り出される。

 彼女の手がボタンの一つを押しそうになったところで、それはバンダナの男にもぎ取られた。

「発信機じゃ無いだろうな」

「ジャミング装置くらい、持っているでしょ」

「まあいい」

 端末は地面に落とされ、男の足で踏み潰される。

 小さくなるアラーム音。

 だがそれも、すぐに消えていく。

「強情を張らなければ、すぐに解放してやる」

「どっちでもいいけどな、俺は」

 笑い合うスキンヘッドとバンダナ。

 金髪の男だけは、冷たい眼差しで彼女達を見据えているが。

「こんな事、無意味よ」

「意味がないかどうかは、お前が考える必要はない」

「そうじゃなくて、私達の仲間が必ず来るって言ってるの」

 怯えのない、力強い口調。 

 彼等を見据える眼差しは、確固たる信念に満ちている。

「馬鹿は気楽でいい」

「せいぜい、その仲間が来るのを待ってろ」

「おい」

 遠巻きにその様子を見ていた男女は、目配せを受けて彼女達を取り囲む。

「奥の倉庫に入れて、監視しておけ」

「しかし……」

「街の悪を糺すのがディフェンス・ラインの信条だろ。こいつらは、その悪だ」

 疑わしそうな表情で、それでも彼女達を倉庫の中へ連れて行く男女。

 それを見送った3人は、小さく頷いて後を追った。

「警察は」

「学校が抑えてる。それと今の、街のガードマン気取り達が」

「馬鹿にも使い方があるな」 

 くだらなそうに笑う3人。

「屋神や林達はどうだ」

「場所が分からないんじゃ、手の出しようがない」

「それに、来るならこいだ」

 拳をスチール製のドアに叩き付ける金髪。

 鈍い音共にドアがへこみ、辺りに微かな亀裂が入る。

「本当は誰が強いのか、教えてやるさ」




 草薙高校駐車場前。

 呼び出し音と同時に端末を手に取る屋神。

「……ああ。……三島から?……分かった、俺達も動く。……ああ、そうしてくれ」

「何だって」

「三島からの連絡で、一時的に端末のデータが飛んだらしい」

「どういう事だよ」 

 訝しむ塩田だが、屋神に倣ってバイクを始動させる。

「ネットワークに過剰な負荷を掛けて、その近辺の端末に異常を起こさせる方法があるとは聴いているが」

「新妻は、おかしな端末を幾つか持ってる。それこそ、回線を塞ぐ程情報が入ってる端末とかな」

「だったら」

 走り出す屋神と伊達のバイク。

 塩田もヘルメットを被り、アクセルを一気に開く。

 ヘルメットのシールドに表示される各種走行データと、周辺地図。 

 通信回線がオンになったところで、塩田は尋ねた。

「それで、三島さんはどこにいるんだよ」

「名古屋港だ」

「だったら」

「ああ。俺達も行くぞ」




 釣り竿を担ぎ、倉庫街を歩く三島。

 厚手のジャケットに革のパンツという、防寒用のスタイル。

 釣果を示す物は何もないが、海が近いので違和感はさほど無い。

 そして一台のワンボックスが、後ろから走ってくる。

 途中で切られるエンジン。

 静かに、惰性で走る車。

 当たれば軽くて骨折。

 タイヤの下に入れば、それ以上の事も考えられる。


 軽快なサイドステップと、側転。

 一瞬にしてワンボックスの隣に並んだ三島は、サイドガラスに釣り竿を突き立てた。

 派手な音を立てて割れるガラス。 

 反対側まで突き抜けたそれを引き抜き、ロックされているドアを強引に開ける。

 きしむ音がしたと思った時には、ドアは地面へと落ちていた。

「な、なっ……」

 血塗れの車内。

 運転者は頬から血を流し、ハンドルに伏せている状態。

 助手席の男も、鼻を押さえて泣いている。

「どこにいる」

「な、なにが」

 突きつけられる釣り竿。

 男は激しく首を振り、行く手を指さした。

「こ、このまま少し行けばある。多分監視が立ってるから、すぐ分かる」

「車を置いて行け」

「そ、それは出来ない。キーはもう、壊した」

 男の言う通り、彼の足元にはバラバラになったカードキーが散乱している。

「機転が効くな」

「それ程でも……」

 首筋を叩かれ、そのカードキーの上に倒れ込む男。

 三島は車内を物色して、警棒と医療用のキットを手に取った。

「魚の代わりに、探すとするか」

 自嘲気味に笑い、釣り竿を担ぐ三島。

 そしてそのまま、神速の勢いで走り出す。

 冷たい潮風と、埃の舞う倉庫街を……。




「観貴ちゃん、大丈夫?」

「ええ」

 壁際に横たわっている新妻は、微かに頷いた。

 周りは打ち出しのコンクリートで、床も同様。

 薄いシートは引いてある物の、冷たさはほぼ直接伝わってくる。

「まさか、本当に拉致するとは。油断してましたね」

 悔しそうに、スチール製のドアを蹴る中川。

 鍵が開かないのは試み済みで、そこ以外の出口はどこにもない。

 広さとしては20畳程度のスペースで、弱いながらも照明が備わっている。

 また一応食事や水はあり、隅の方には簡易用のトイレもあるようだ。

「長期戦って事か。全く、映画じゃあるまいし」

 来ていたコートを脱ぎ、新妻に掛ける涼代。

 彼女が何か言うより前に、膝の上にある彼女の頭をそっと撫でる。

「あなたが何を言おうとどう思おうと、私は知らない。こうしたいから、するだけよ」

「過保護なのね」

「後輩可愛さに添い寝する人がいるくらいだもの。このくらいは普通よ」

 微かに顔を赤らめる新妻。 

 中川はドアにある曇りガラスを覗き込んでいて、それに気付いていない。

「それに危ないと思ったら、言う事を聞けばいいだけじゃない。管理案、大賛成よ」

「でも」

「あなた達は、私の説得に渋々同意した事にすればいいわ」

「涼代さん」

「命には代えられないし、敵の懐に飛び込むのも悪くはない」 

 淡々とした口調。 

 新妻を見つめる瞳が、微かに揺れる。

「裏切り者は、私だけで十分。あなたは、付き合わなくていいから」

「それで平気なの?」

「全員が犠牲になるなんて、無意味じゃない。誰かが一人でも残れば、これは終わらない。私一人いなくても、どうにかなる事だしね」


 涼代の頬に当てられる新妻の手。

 早くもなく、遅くもなく。

 叩いたのか親愛の情を示したのか。

 それは彼女にしか分からない。

「誰かを犠牲にして、守るなんて。そんなのは茜だけで十分よ」

「でも、それ以外に方法が無ければ仕方ないわ。何なら今すぐさっきの連中を呼んで、録画でもサインでもしてもらう。あなたの体を考えたら、そう長くここにはいられないし」

「私は大丈夫。それに、あきらめるのはまだ早いわ」

「別に、あきらめては……。何か、策でもあるの」

 いたずらっぽく微笑む新妻。

 口を小さく開け、彼女の顔を指さす涼代。

「さっきの端末」

「ええ」

 すると壁際でしゃがみ込んでいた中川が、その壁へ耳を押し当てた。

「何か、聞こえるような」

「凪さん、下がって」 

「は、はい」

 訳が分からないという顔で従う中川。

 それと同時に、鈍い振動が彼女達を揺らした。


「なっ」

 咄嗟に新妻をかばい合う涼代と中川。

 上がる白煙と、崩れ落ちる壁。

 粉々になったコンクリート片が、辺りに飛び散る。

「早かったのね」

 平然と声を掛ける新妻。

 剥き出しになった鉄筋越しに現れた三島は、構えを解いてそれに両手をかけた。

「また崩れるかもしれない。下がってろ」

 気合いと共に、鉄筋は横へ広がる。  

 その間にあった鉄筋の束ごと。

 今度は手が上下に動き、そこには人が取れるくらいの空間が出来上がった。

「急げ」

「分かった」

 新妻に手を貸し、彼女を送り出す涼代。

 三島は壁の前に立ち、時折落ちてくる破片をその背中で弾いている。

「よっ」

 軽く飛び出す中川。

 涼代も、すぐに続く。

「監視とか、いたでしょ」

「全員寝てる」

「そう。そろそろ、気付く頃ね」

「屋神達がこっちに向かってる。それまで逃げ切ればいい」

 警棒やバトンを一人一人に渡す三島。

 そして新妻に、一言声を掛ける。

「無理だと思ったら、すぐに言ってくれ」

「ええ。遠慮なく背中を借りるわ」

「話が早い」

 声を上げて笑う二人。

 普段は見られない、珍しい光景。

 だが涼代も中川も、それをからかいはしない。 

 一緒になって笑っている彼女達は。

 仲間としての絆をからかう者など、どこにもいないのだから……。



「バイク?」

 彼女達が押し込められていた倉庫から程近い路地裏。

 廃材や散乱するゴミに混じり、一台のネイキッドが止まっている。

 ロゴは「CB1500」

「隠してたんですか」

「ああ。3人乗りだが、詰めればなんとかなる」

 300KGはありそうなバイクを、軽々と取り回す三島。

 そして低いエンジン音が、路地裏に流れ出す。

「ヘルメットは、観貴ちゃんがして」

「それはいいけれど、運転は誰が」

「三島さんでいいじゃないですか」

 新妻は軽く首を振り、彼の足首を指さした。

「それでは、ギアチェンジが辛いでしょ」

「鋭いな」

「いいわ。私がするから」

 新妻へ集まる視線。

 三島はカードキーを取り出し、彼女へ手渡した。

「無理になったら、すぐに言えば良かったんですよ」

「観貴ちゃんが背負うの?」

 小さな声で笑う女の子達。

 だが全員、すぐに表情を引き締める。

「打撲?」

「冷やしてあるし、大した事はない」

 表情は相変わらずで、声も苦しげな様子はない。

 新妻は頷きもせず、裾をたなびかせてシートにまたがった。

「三島君は、一番後ろに。凪さんは私の後ろ、水葉さんはその次に」

「了解。よっと」

「ちょっと高いわね」

 彼女達は裾を気にしつつ、シートにまたがる。

「端末は?」

 中川の問い掛けに、新妻は小さく首を振った。

「盗聴されるわ。大丈夫、向こうには大山君達がいるから」

「そうね。じゃあ、どうやって帰るの。ルートは二つあるでしょ」

「海沿いを行く」

 静かに答える新妻。

 バイクはゆっくりと加速を始める。

「どうして」

「そっちの方が、気持ちいいじゃない」




「あなたですか」

「俺では、信頼出来ないとでも」

「そこまでは言いませんよ」

 微妙な言い回しをして、峰山を自室へ招き入れる大山。

 室内には天満がいて、卓上端末を真剣な表情で見入っている。

 天満の部屋よりも行動しやすいと判断し、ここへを移動したらしい。

「外の連中は帰らせた。問題はないだろ」

「ええ」

「心配するな。俺以外の人間も呼んでいる」

 ドアから入ってきたのは、阿川と山下。

 二人はドアを閉め、玄関脇の壁へともたれた。

「あれで、大丈夫だ」

「傭兵の動きは」

「どうして俺に聞く」

「言ってもかまいませんか」

 貴族的な顔立ちに鋭利な影が宿る。

 峰山は、それを鼻先で笑い一蹴した。


「まあいい。今なら、お前達全員を襲ういい機会だとは思っているだろう」

「それで」

「条件を出す。再来年度に開始する予定の、規則改正の会合。その際に、お前達から何人か賛成者を出せ。それなら、傭兵の動きをある程度止める」

「……いいでしょう」

 端末に今の内容を記録し、DDを渡す大山。

 峰山はそれを再生して、ネットワーク上に保存した。

「屋神さん達を追う連中は出さない。そのインターセプトも、最小限に抑える」

「新妻さん達は」

「あそこを仕切ってる連中は、学校の指示も聞かない奴らだ」

「分かりました」

 端末で、どこかに連絡を取り出す峰山。

 大山は天満の元へ行き、状況を聞いている。

「……取りあえず、一部の傭兵は抑えた」

「あなたにしては、随分踏み込みましたね。もう少し、安全な場所に居続けると思いましたが」

「拉致などされては、全体の計画が駄目になる。馬鹿は切り捨てた方がいい」

「なるほど」

 軽く頷き、大山は端末からDDを抜き取った。

「今の会話を録音していたとしたら」

「俺のは防諜機能装備の端末だ。再生すれば分かるが、そのDDには雑音しか入っていない」

「さすが。ただし、リアルタイムではどうでしょう。マイクを通じて、理事長室なんて」

「理事長は今いない。……いいだろう、改正案への賛成は無しでいい」

 何を判断したのか、前言を翻す峰山。

 大山は天満に手を振り、何かの合図を送った。

 すると天井近くにあったスピーカーから、今までの会話が再現され出す。

「簡単な防諜機能なら無効化するソフトが、世の中にはありまして。天満さん、このデータを削除して」

「分かった」

 音声は途中で途切れ、遠くにある画面上でもデータは抹消される。

「それで、俺を強請ったらどうだ」

「早めに判断したという事で。駆け引きをしている場合でもありませんしね」

 楽しそうに笑い、端末を操作する大山。

「新妻さん達を襲った傭兵は、例の金髪ですか」

「ああ。今動いている連中も、奴らの仲間だ。このために、外から呼んだらしい」

「すでに、その人達もてなづけていると」

「金を見せただけさ。杉下さんがいれば、金はいくらでも用意出来る」

 その名前が出ても、大山は眉一つ動かさない。

 ただ端末に見入っていた天満だけは、微かに顔が強ばった。


「来期には彼等の一部を導入。学校を混乱に陥れるつもりですか」

「学校は、そのつもりだろう」

「指揮系統は、あなたが握っているんでしょう」

「そういう馬鹿以外も、仲間にはいる。俺一人で仕切る訳じゃない」

 口元を大きく緩める峰山。

 その手はゆっくりと大山へと向けられる。

「今なら、まだ間に合うぞ」

「学校へ付けと」

「判断は、新妻さん達を助けた後でいい。俺もあの馬鹿達がいない方がやりやすい」

「来期に入れる人達も、最終的には切るつもりですね」

 少しの間を置き、峰山は頷いた。

「傭兵達をまとめようとするたびに、あいつらがネックとなる。学校へ溶け込もうと頑張ってる連中の邪魔をして、暴力を振るい」

「腹が立ちますか」

「生徒を守るのが、ガーディアンの役目だ。それは傭兵だろうが関係ない。学校に籍がある以上、そいつらは生徒なんだから」

 拳を固める峰山。 

 大山は醒めた目で、それを見守る。

「ここに来た理由はどうであれ、今ではこの学校のために頑張ろうとしてる奴もいる。ここへ残ると決めた者も」

「金髪達が、全てを台無しにすると。その存在と、暴力で」

「あいつらは、許さん」 

 大山以上に醒めた眼差し。

 固められた拳は、震えたままジャケットへと消える。

「でしたらここは、共通の敵を相手にするという事で」

「ああ。取りあえず、連中の端末通信を妨害する」

「分かりました。天満さん、新妻さん達はどのルートから来ると思います」

「海沿い」

 視線を交わし、それを天満へと向ける二人。

「どうしてですか」

「だって、そっちの方が気持ちいいじゃない」




 強い潮風の吹く、海沿いの倉庫街を走る屋神達。

 すれ違う車は殆ど無く、時折見かける者達は傭兵達とは思えない年輩の男性ばかりだ。

「本当に、こっちでいいのかよ」

「天満が言い切ったんだと」

「あの子か」

 三者三様の顔になる3人。

 バイクはレッドゾーン寸前の回転数で、潮風を切り裂いていた。



 4人乗りのせいもあり、いまいち速度の上がらないネイキッドのバイク。

 それでも制限速度を超えたスピードは出し続けている。

「意外と上手いわね」

 風になびく髪を抑えながら尋ねる涼代。

 新妻は左手を離して、親指を立てた。

「あ、危ないですよ」

 慌てる中川。

 しかしバイクは微かによろめきもせず、安定した走行を保っている。

「何でも出来るんですね、観貴さんは」

「コンダクターだもの。指揮をする人は、まず実践が出来ないと」

「へえ。ちょっと憧れたりして」

 中川は今の状況を忘れたような事をいい、一人で笑った。

「おかしくないですか、三島さん」

「別に」

「あ、そうですか」

「大笑いする三島君、というのも想像は出来ないわよね」

 といって、やはり笑う涼代。

 新妻も左手で、ピースサインを送る。

「観貴ちゃんも笑えるって」

「勝手に言ってろ……」

 素っ気なく呟いた三島が、突然後ろを向く。

 直線の続く、海沿いの工業道路。

 空気は澄んでいて、かなり遠くまで見渡す事が可能になっている。

「一台、来てるな」

「え?」

「新妻さん、止めてくれ」

 ロックする事無く、滑らかに停車するバイク。 

 三島は素早く飛び降り、倉庫の間にある路地を指さした。

「ど、どうするの」

「止める。それに、車の方が楽だろう」

「ど、どうやって」 

 悲鳴と共に消える二人。

 バイクが急加速して、路地へと入っていったのだ。

 三島は厚手のジャケットを脱ぎ、道路の中央へと進む。


 冷たい海風。

 潮の香りがまとわりつく。

 海面は冬の白い日差しを受け、冷たそうに輝いている。

 足を前後に開き、腰をためる三島。

 徐々に姿を現す車。

 黒のRV車。 

 エンジンを改造してあるのか、低い排気音が辺りに響く。

 向こうも三島に気付いたのか、速度を落とす。

 より狙えるように。

 当てやすいように。


 頬の横を過ぎるボウガンの矢。

 三島の顔には、血一つ付いていない。

 続いて鼻先に飛んできた矢をヘッドスリップでかわし、走り出す。 

 一気に距離が詰まる両者。 

 RV車に乗る者達の顔が、はっきりと見えてくる。

 スキンヘッドとバンダナの男だ。 

 金髪の男は別行動なのか、姿は見えない。

 喜々とした、楽しげな笑顔。

 これから起こる事への期待。 

 それを自らの手で成し遂げられるという、愉悦の表情。

 白い日差しに、RV車のボンネットは黒光りする。


 唸りを上げて迫り来るRV車。

 三島の行く手を塞ぐように、わずかな蛇行を繰り返しつつ距離を詰める。

 それに向かって走っていく三島。

 やがてその間が避けられない程の距離となり、牽制気味に左右の窓から矢が放たれる。

 走る三島の喉元を過ぎる、4本の矢。

 バンパーは、彼の姿をはっきりと映し出す。

 それと同時に、彼の体が宙に舞う。



 突進するRV車。

 弾け飛ぶフロントガラス。

 車はスピンして、道路にタイヤの焦げ目を付けた。

 血塗れの手と呻き声。

 苦痛を訴える低い叫びが上がる。

 車の脇に転がる体。

 地面を這うその後を追って、血が滴っていく。




「三島君っ」

 悲痛な叫び声と共に路地から飛び出す涼代。

 中川も、すぐさま車へと駆け寄っていく。

「だ、大丈夫ですかっ」

 はっきりと振られる大きな手。

 血の付いた顔が、微かに緩む。 

 フロントガラスに跳び蹴りを喰らわせた三島は、バンダナの男もドアから蹴り出して外に出た。

「少し汚れたが、こっちの方が楽だろう」 

 フレームに残っていたフロントガラスの残骸を剥ぎ取り、路地へと歩いていく。

 そこには、バイクを降りて腕を組んでいる新妻が立っていた。

「何してるの」

「車を止めた」

「あれは、飛び込み自殺よ」

「自信はあった」 

 ぶっきらぼうな答え。

 新妻はため息を付き、彼の隣を通り過ぎた。

「ありがとう」

「いや」

 短い会話。

 万感の思いの詰まった台詞。

 三島のジャケットを羽織った新妻は彼を振り返る事無く、路地を出ていった。

「やり過ぎか、さすがに」 

 一人で笑い、バイクにまたがる。

 そしてアクセルターンで向きを変え、路地を出ていく三島。

 その後を追う、黒のRV車。 


 白い、冬の日差しの中。

 風を受けて走っていく。












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