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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第2話
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2-2






     2-2




「……IDの管理は、今まで通りお願いします」

 会議室には30人程の人が集まり、情報端末に入力したりメモを取っている。

 顔ぶれはI棟Dブロックを管轄するガーディアンの隊長達。

 生徒会ガーディアンズとフォースが各5組ずつ。

 連合はD-1、D-3、D-4にしかいないので、全部で3組だけ。

 D-3は私達、D-4はこの間襲撃を受けたあそこが若干メンバーを代えて新規発足。

 D-1には、Dブロックの連合に属するガーディアンを束ねる隊長がいる。

 でも報告書とか持っていくと、妙にびくびくしてるんだよね。

 向こうの方が先輩で立場が上なのに、たまに敬語使われたりするから困る時もある。


「自警局からの連絡事項は以上ですが、それとは別にDブロックへの通達がありまして」

 それまでメモを見ながら説明をしていた沙紀ちゃんが、話を切っておもむろに会議室を見渡す。

 何となく私の所で笑った気がするけど、忘れる事にしよう。

「えーと、何て言ったらいいのかな。各種のトラブルが少ないという点では褒めてもらったんですが、その解決方法に一言注意を受けまして」

「どういう事かな、丹下さん」

 フォースのDブロック責任者が、穏やかに尋ねる。

 2年生のさわさん。

 彼は高校からの編入組らしい。

 気さくな人で、下級生である沙紀ちゃんや私達の面倒を見てくれるいい先輩である。

 沢さんのフォース(=予算編成局)と沙紀ちゃんの生徒会ガーディアンズ(=生徒会)は仲が良くないんだけど、私達個人では別な話だ。

「ええ。トラブルを解決するのに過剰防衛の場合が多いと、局長直々に注意を受けました」

 どっと笑う一同。

 笑ってないのは、私とショウだけだ。

「言いにくい事も終わりましたし、今日は以上で終わりです。みなさんお疲れさまでした」

 沙紀ちゃんが笑顔と共に頭を下げると、みんなも挨拶を返して荷物を片付けだした。


「……あのさ、やっぱり俺達?」

 気まずそうな顔で、書類をしまっている沙紀ちゃんに尋ねるショウ。

 私もその後ろから顔を出し、様子を窺う。

「名指しはしなかったわよ、矢田君。気にしない、気にしない」

 そう言って沙紀ちゃんは笑ったが、私はすごい気になる。

 私達以外思い当たらないので。

 一応、自覚はあるのよ。

「気にするな、玲阿。お前らのおかげで、俺達は楽さしてもらってるんだから」

「そうよ。エアリアルガーディアンズがいるのに揉め事を起こす人なんて、あまりいないから」

「はあ……」

 困惑するショウをよそに、フォースに所属する先輩達はまだ話を続ける。

「エアリアルガーディアンズが来るって言うからさ、ちょっと焦ってたんだよ。何されるかなと思って」

「私も。そうしたら、雪野さんみたいな可愛い子だもん。拍子抜けしちゃったわ」

 大笑いする先輩達。

 あまり笑い事でないが、可愛いと言われたので黙っておこう。

「じゃ、またな。あんまり暴れるなよ」

「二人とも、さよなら。丹下さんも」

「ええ、お疲れさまでした」

 会議室を出ていった先輩に頭を下げる私達。

 何だかやるせない気持ちになっていると、沙紀ちゃんがちらりと見てきた。

「……さすがにエアリアルガーディアンズね」

「もう、みんな絶対誤解してるって」

「はいはい。さあ終わったんだから、私達も帰るわよ」

「むー」 

 先輩達も、半分冗談で言ってるからいいんだけどね。

 私は沙紀ちゃんに肩を抱かれ、慰められるようにして会議室を後にした。


 その沙紀ちゃんは忙しいらしく、廊下に出るとすぐに自分のオフィスへと帰っていった。

 生徒会ガーディアンズ・I棟Dブロック隊長であるという事は、Dブロック全体を束ねる自警局の責任者でもある。

 つまり私達が所属するガーディアン連合と、沢さん達のフォースをも監督する権限と責任がある訳だ。

 だからさっきのような会議では、沙紀ちゃんが話を進めなければならない。

 結局は生徒会が一番偉いんだから、それは仕方ない。

 そして、生徒会に所属する沙紀ちゃんが忙しいのもこれまた仕方ない。

「丹下さんは忙しそうだな、俺達と違って」 

 私と同じ感想を洩らすショウ。

 でもって、のんきそうに伸びをする。

「暇な私達は、のんびりと帰ろうか」

「ああ」

 頷きかけたショウだが、微かに表情が変わる。

「あの子がどうかした?」

 前から歩いてきた男の子に目を留めるショウ。

 繊細な感じで、少し気弱な顔付きである。

 男の子もショウに気づいて、駆け寄ってくる。

 な、何だ。

「こ、この間はどうもありがとうございました。僕、あの……」

 何度もショウに頭を下げる男の子。

 この間って……。

「ああ。退部がどうので、ショウが助けた人ね」

「え、ええ。僕無理矢理入部させられて、それで退部したいって言ったらああいう事になって。本当にありがとうございました」

「気にすんなよ」

 素っ気なく呟くショウ。

 少し顔が赤いよ、お兄さん。

「もう、照れちゃって。男だね、このこの」

 私はにやにやして、ショウを肘でゲシゲシと突いた。

「あのな。とにかく何かあったら、すぐガーディアンに連絡しろよ」

「は、はい。分かりました」

 ショウに熱い眼差しを送る男の子。

 感謝以上の、憧れにも似た輝きで。

「それでは、失礼します。本当に、ありがとうございました」

 また頭を下げた男の子に背を向け、ショウは足早に歩いていく。

「逃げなくてもいいのに。結構な話じゃない、男の子にももてて」

「人ごとだと思いやがって、ったく」

「だって人ごとだもん。早く帰って、サトミ達に話したいなー」

 楽しみがあるというのは素敵な事だ。

 それに男の子とはいえ好意を持たれるのは悪い話じゃないし、多少解決方法に問題があったとはいえ人助けをしたんだからね。

 うん。

 君は偉いよ、やっぱり。

 何だか知らないけど、少し嬉しくなってきた。

 そういう訳で、げんなりしているショウを放っておいて勝手にいい気分になる私だった。 



 その翌日。 

 ジャージに着替え終えた私は、サトミや沙紀ちゃん達と連れだってグランドに出た。

 以前沙紀ちゃんは別なクラスだったんだけど、彼女がDブロックへ移って来たのと同時に、私達のクラスへ移動してきた。

 大体クラスと言ってもアバウトな物で、単位さえ取れればどのクラスにいてもかまわない。

 ただクラス単位で効率よく時間割が組んでいるので、ある程度クラスは固定した方が単位は取りやすい。

 そんな事はともかく、教室にいるよりやっぱりこうして外に出ていた方が好きかな。

 グランドの隣りにあるバスケットコートでは、男の子達が集まって体をほぐしている。

 男の子達はバスケット、私達女の子は100mダッシュの測定だ。  

 初夏の日差しは結構強くて、長袖のジャージはいらないくらい。

「暑いわね」

 サトミも同じだったらしく、ジャージを脱いでTシャツとスパッツ姿になった。

「今日、天気いいから」

 そう言って笑った沙紀ちゃんは、最初からその姿。

 二人ともTシャツの胸元をぐいと押し上げ、スパッツからはすらりとした長い足が伸びている。

 日差しに手をかざし空を見上げる姿は、思わずため息が出そうなほどだ。

 私も一応ジャージを脱いでみたけど、Tシャツはその形のままで体に張り付き、スパッツからは子供みたいな足が伸びている。

 本当、何とかしたい。

 かといって、いまさら成長するとも思えないし。

 神様、わがまま言わないから少しだけ……。

 無理だよね、分かってるよ私だって。

 でも、代えてくれるなら代えて欲しいんだ。


「……ねえ、代えてよ」

「え、何を?」

 サトミが笑いながら振り向いた。

 あ、声が出ちゃったみたい。

「走る順番ならかまわないわよ」

「う、うん。お願い」

 内容はともかく、代えてもらう事は出来た。

 私はため息を付く気にもならず、遠い目で青空を見上げてみた。

「大変だね」

「あ、何がっ」

 怒りにまかせて振り向くと、そこにはにやにや笑っているケイが。

 その後ろにはショウの姿もある。

「言ってもいいの?」

「やだ」

「何言ってるんだ、おまえら」

 ショウが訝しそうに私達を交互に見てくる。

「別に。今日は紫外線が強そうだなって」

「女の子みたいな事言うわね、浦田は」

 感心というか呆れた感じの沙紀ちゃん。

 隣ではサトミも頷いている。

「二人は同じチームなんでしょ。3on3だから、後一人は?」

「ああ、矢田だ」

「えっ、あの自警局の局長?」

 思わず顔をしかめたら、みんなに笑われた。

 だってあの人には、いい印象無い。

 睨むし、怒るし、呼び出すし。

 私が悪いっていう話もあるけど、それは気のせいだ。

「私が組む訳じゃないんだから、いいんだけど」

「別に普通だぞ。ただ、ちょっと真面目過ぎるだけで」

「私もそう思う。矢田君は一生懸命なのが、ね」

 苦笑しながら言う沙紀ちゃん。

 その一生懸命さが、却って迷惑なのよ。

 私にとっては。

「さてと。矢田君の批評も終わったところで、そろそろ行きますか」

「ああ。それじゃな」  

 ショウとケイは私達に手を振り、バスケットコートの方へ駆けていった。

 それを見て、周りにいた男の子達も移動を開始する。   


「……遠野さんがいるし、ちょっと張り切るか」

「おまえじゃ釣り合うか。やめとけ」

「でも、少しはいいところ見せたいだろやっぱり」

「俺は丹下かな……」

 男の子達の会話が、途切れ途切れに聞こえてきた。

 この二人は確かに綺麗だし格好いいので、それは当然といえよう。

「……やっぱり雪野さん」

「ハンディは?」

「0.75秒。悪くないぞ」

 ちなみにこちらは、私への評価。

 人の走りを賭の対象にするな。

 わーっと叫びたくなるのをどうにか堪えて、深呼吸。

 少しは収まった。

 すると今度は、女の子達の会話が聞こえてくる。

「やっぱり格好いいわね、玲阿クン」

「本当、もう何でも言う事聞いちゃうけどな」

「わ、大胆ー。でも分かる、それ」

 ワヤワヤと盛り上がる女の子達。

 その視線は、バスケットボールを指で回しているショウに一直線だ。 

「あ、試合始まるみたいよ」

「玲阿クーン、頑張ってー」

 女の子達は一斉に手を振って声援を送る。

 玲阿クンは聞こえているのか、取りあえず視線をこっちに向けてきた。

「ほら、ユウも何か言ったら」

「私が?どうして」

「いいじゃない。ほら、優ちゃん」

 二人がしきりにせかすので、私も胸元で右手を振って声を掛けた。

「頑張れー……」

「何その小さい声は。聞こえないわよ、それじゃ」   

 サトミがそう言い終えた途端、ショウは軽く手を振りゴールへ向かって走り出した。

「キャーッ、今手振ったわよっ」

「私見てたんじゃないっ?」

「違うわよ、私だってっ」

「玲阿クーンッ」

 ますますボルテージを上げて声を張り上げる女の子達。

「……だって。本当はどうなの?」

「さあ、どうかしら」

 沙紀ちゃんとサトミが、間にいる私を横目で見てくる。

「たまたまでしょ。誰かを見たとかそういうのじゃなくて」

「ふーん。とにかく試合を見ましょうか」

 意味ありげに微笑んでコートを指さす沙紀ちゃん。

 私は何も答えず、試合に集中した。

 いちいち喜びを、外に表す必要もないんだし……。


 フェイクから、一気にジャンプ。

 気づけばリングにぶら下がっている。

 やや間を置いて沸き上がる歓声。

 豪快なダンクシュートを決めたショウは、柔らかな動作で着地するとすぐにディフェンスの構えを取った。

 相手のパスをスチールすると、ゴール下にいた敵をあっさりとかわしすかさずゴール。

 まただ。

 今度はスチールした途端にジャンプして、そのままシュート。

 ボードに当たったボールはリングを一周して、見事ネットに収まった。

 試合が始まってから、とにかくずっとこの調子である。

 相手はショウの動きに付いていくのが精一杯で、なかなか攻めに転じる事が出来ない。

「玲阿クーン。格好いいーっ」

「もう一本決めてーっ」

「キャーッ」   

 悲鳴にも似た歓声があちこちから沸き上がる。

 みんなショウのすごさに、ただ目を奪われているといった感じだ。

「……見る目無いわね、みんな」

 ぽつりと呟く沙紀ちゃん。

 そのみんなはショウを見るのに夢中で、声が聞こえた様子もない。

「確かに玲阿君はすごいけど、彼一人だけでやってる訳じゃないわ」

「もしかして、ケイの事」

「遠野ちゃんも分かってたの?」

 沙紀ちゃんは嬉しそうに笑って、サトミに顔を向けた。

「勿論。伊達に3年間見てきてないわ」

 そして不敵に笑うサトミ。

 同じく分かっていた私も、ケイの動きに注目する。


 一見何もせずに、コート内をうろうろしているケイ。

 だがよく見ていると分かるが、相手のパスコースに上手く入り込み有効なパスをふさいでるのだ。

 そうなると相手は苦し紛れのパスしか出せず、ショウにパスカットされる事となる。

 また相手のポイントゲッターらしき子に張り付いて、徹底マーク。

 ほとんどボールには触れないものの、相手の攻撃を完全に封じ込めている。


「地味だけどね、やっぱり」

 ショウが矢田局長からのパスを空中で受け取り、そのままダンク。

 アリウープって言うのかな、よく知らないけど。

 こんなの見せられたら、ケイの目立たないディフェンスなんて誰も気にしない。

 私達以外は。

「沙紀ちゃん、よく見てたわね」

「個人としての動きより、組織的な動きにどうしても目がいくのよ」

「さすが隊長」

 もっとからかおうと思ったんだけど、真剣な顔をしてたので止めておいた。

 そうこうしている間に、ショウが矢田局長にパスをした。

 ショウに気を取られていた敵は、それに対応できず動きを止める。

「矢田っ、シュートだっ」

 矢田局長はぎこちなく頷いて、ゴール下からシュートした。

 しかしボールはリングに跳ね返され、大きくバウンド。

 それを見て、ショウがジャンプする。同時に敵も。

 敵より頭二つは高く舞い上がったショウは難なくリバウンドを制すると、再び矢田局長にパスをした。

「もう一度だっ。慌てるなっ」

 ショウの叱咤がどう作用したのか、局長は素早く構え直しボールをスローした。

 ボードに当たり、リングを2周3周するボール。

 全員が注視する中、ボールは回転を止めそのままネットへと吸い込まれた。


「よしっ、いいぞっ」

「あ、うんっ」

 遠くではっきりは見えないが、矢田局長がすごい喜んでいるのが分かる。

 決して上手いシュートとはいえなかったけど、彼にとってはそのくらい価値があったのだろう。

 見ていてあまり運動が得意そうに見えなかったし、今日初めて彼が決めたゴールだ。

 ああいうのを見ると、矢田局長を見る目もちょっとは変わってくる気がする。

「兄貴ー、俺にもパスをー」

 そんな感慨をよそに、ふざけた口調が聞こえてきた。

 ゴール下で手を振るケイだ。

 やってる事はやってるんだけどね。

 ショウは振り向く素振りさえ見せず、矢田局長の方へ走っていく。

 そして女の子達の歓声で、ショウ達の会話はもう聞き取れない。


「恥ずかしいな、もう」

「確かに……」

 さっきケイを褒めていた沙紀ちゃんも、呆れて首を振っている。

「基本的に馬鹿なのよ、馬鹿」

 サトミの言葉に頷く私と沙紀ちゃん。

 そんな事を言われているとも知らないケイは、やっとショウにパスをもらってドリブルを始めた。

「雪野さーん、順番来たわよー」

 え、何が。

「早く来なさいー」

 先生も手を振っている。

 ……ああ、今体育の授業か。

 すっかり忘れてた。

 ケイのシュートを見てあげられないけど仕方ない。

 やっぱりそういう運命なんだよ、君は。


「ごめんなさいっ。さ、早く走ろ」

 私はチャカチャカとスターティングブロックをセットして、すぐに腰を下ろした。

 先生や他の女の子は、あっけに取れて私の様子を見ている。

「ず、随分急いでるのね」

「ええ。この一瞬一瞬を、真剣に生きていますから」

 本当はショウ達の試合が見たいだけなのが、よく分からない台詞となってしまった。

 先生はまだ何か言いたそうだけど、私はもう腰を上げたよ。

「あ、はい。用意は……、もう出来てるわね」

 一緒に走る隣の女の子も、慌てて構えを取った。

「用意、……スタートッ」


 先生の合図と共に、スターティングブロックを蹴りつける。

 その勢いを利用して上体を徐々に上げ、フォームを整えていく。

 一気に迫ってくる前の景色。

 でもまだトップスピードには乗せず、少しの余力を残したまま今の速度を維持する。

 地面を蹴るより、宙を駆ける時間の方が長いくらいの感覚。

 頬を過ぎる風が、ただひたすらに気持ちいい。

 やがてストップウォッチを持った女の子の姿が、はっきりと見えてきた。

 ここに来て、ようやく速度を全開にする。

 時間が止まったまでとはいかないが、全ての動きがゆるやかになりただ私だけがコースを駆けているよう気分。

 そして気づけば、ゴールは後方へ流されていく。


「……11秒49っ?」

 素っ頓狂な声を上げる女の子。

 端末でそれを聞いた先生の叫び声が、100m離れたこっちまで聞こえてくる。

「さ、終わった終わった。早く戻ろっと」

 私は気にも止めず、バスケットコートへ走り出した。

 正直に言えば、ベストコンディションならまだ早く走れるから。

 こういう事をやると、運動部からの誘いが増えるのは少し気が重い。

 少しセーブすればいいんだろうけど、いざ走るとこれが燃えるんだ。


「試合は?」

「今終わったところ。私達もタイム計ってくるから」

「優ちゃん、またね」

 笑顔で計測コースへ歩いていくサトミと沙紀ちゃん。

 何だ、そうなら急いで戻る必要もなかったな。

 コートでは、ショウが笑いながら矢田局長の肩を叩いている。

 矢田局長も、はにかんだ笑顔でそれに応えているようだ。

 青春してるね、どうにも。

 すると、ショウに向かってバスケットボールが飛んできた。

 位置は後方から。

 女の子達は悲鳴を上げるが、ボールの速度が落ちる訳もなくその後頭部目がけて突き進んでくる。

 そしてついに激突してしまうと、誰もが思った時。


 ショウは軽く身を翻して、右後ろ回し蹴りであっさりとボールをはじき返した。

「あっ」

 一斉に叫ぶ女の子。

 ボールは力無く宙をさまよい、ぽつんと突っ立っていたケイの前に落下する。

 そしたらこの人、ボールを両手で抱えてトコトコと歩き出した。 

 どこ行くのかなと思っていたら、さっきまで試合をしていた相手の所。

 どうやらボールは、彼らが投げたようだ。

 大差で負けたのが悔しくて、あんな事をしたのだろうか。

 さすがに気になったので、私もケイの元へ向かった。


「これからは、気を付けて」

「あ、ああ」

 話は終わったらしく、ケイが彼らから離れて戻ってきていた。

「どうしたの、一体」

「別に。ただの嫌がらせ」

 いつも通りの淡々とした口調。

 怒っている様子はないし、冷静そのものだ。 

「さっきショウが、たくさん点取ったから?」

「それもあるだろうけど。あいつら多分、運動部の連中だよ。恨みは、そっちの方だと思う」

「まさか。だってSDCの代表代行が、約束してくれたじゃない。大体、そんなの逆恨みよ」

 いきり立つ私に、ケイはすくめて苦笑した。

「俺に言われても。とにかく注意はしておいた方がいい。ユウやショウは強いから心配は無いけど。俺とかサトミは、ほら弱いから」

「またそういう事言う」

 別にケイは、ひがんでいる訳では無い。

 確かに試合形式でやりあったら、100回やって100回勝つ自信がある。

 だけどそれは、あくまでもルールがあった場合の話。

 この人の実力は、ルールを超えたところに存在しているのだ。

 ティッシュを使って勝つ方法なんていう、訳の分からない事やるんだから。 


「あいつら拳ダコがあったし、試合前からショウを睨んでたんだよ。いくらトップの代表代行が抑えても、末端まではなかなか。それにもしかしたら、ショウが喧嘩を売った空手部の連中かも」

「どういうつもりなんだろ。悪いのは向こうじゃない」

「だから、俺に言われても」

 私は怒りを抑えきれず、つい相手の子達を睨み付けた。

 するとどうだ、慌てて目を逸らして走り去ってしまったではないか。

「君は、もう少し穏やかになれないんですか」

 視界の隅に、矢田局長の姿が映る。

 その後ろには、ショウも。

「だって、あの子達が悪いのよ」

「僕も経緯は聞いているけど、生徒会を通して和解をしたのでしょう。少しは感情を抑えて……」

「無理ですよ、局長。我慢するという言葉は、ユウの頭にはありませんから」

 遠野さん。

 それはいくら何でも。

「それは言い過ぎだろ。せめて、辛抱が足りないって言ってやれよ」

 あの、玲阿さん。

 フォローになってません。

「とにかくみなさん、多少は自重して下さい。特に」

「分かってるわよ。悪かったです、済みませんでした。ほら、また会議かなにかあるんでしょ。早く着替えてきたら」

「ええ。それではお先に失礼します」

 局長は礼儀正しく頭を下げて、教棟へと歩いていった。

 少し見直したと思ったけど、やっぱり苦手だあの人は。

 悪い人ではないんだろうけどね。

「あれ、ケイはどこ行ったんだ」

「あそこ。丹下ちゃんと一緒にいるわ」

 私もショウと一緒に、サトミが指差した方を見てみる。

 そこには、真剣な表情で話し合っている二人の姿があった。

 会話は聞こえないけど、声を掛ける雰囲気ではなさそうだ。

「さっきケイを褒めてたから、それかな」

「どうかしら。もうすぐ授業も終わるし、私達は先に戻りましょ」

「馬鹿連中もユウが脅して逃げていったし、帰るとするか」

「へん。悪かったわね」

 私達はまだ話し込んでいる二人を置いて、教棟へと帰っていった。

 あ、ジャージ忘れた。

「サトミは?」

「ん、どうかした」

 わっ、この子しっかりジャージ抱えてる。

「何でもないっ」

 私はさっきの100mダッシュの余韻そのまま、勢いよく駆け出した。

 真剣な顔で話し込んでいた二人も、変な顔でこっちを見てくる。

「何でもないんだってっ」

 疲れるよ、いろんな意味で。

 自業自得とも言うけれど……。


 そんなこんなで授業を終えた私達は、オフィスに入ってのんびりしていた。

 体育の授業程度で疲れるような鍛え方はしていないが、ここは妙に落ち着つける。

 別に私達が選んだ場所じゃなくてガーディアン連合から指定されたオフィスだけど、一応は私達の城だからね。

 狭いながらも楽しい我が家を、地で行っている。

「少し休んだらどうだ」

 ショウの呼びかけにも、サトミが顔を上げる気配はない。

 彼女はさっきから、電卓と数字がびっしり書き込まれたプリントとにらめっこしている。

 何でも彼氏のヒカルに頼まれて、統計のデータ処理をやっているらしい。

 普通なら端末ですぐ処理出来る計算なんだけど、ソフトが調子悪いんだって。

「ヒカルが、大学院の知り合いにソフトを借りればいいだけでしょ」

「嫌よ。こうなったらもう、意地だわ」

 何の意地だか知らないけど、負けず嫌いだね相変わらず。 

 ただ実際に端末と同レベルの計算を出来てしまうのが、この子のすごい所だ。

 無駄な所で力を使ってる気がしないでもないけど、真剣なので放っておこう。

「えーと、ある無限母集団の標準偏差が100であると分かっている時、その集団の平均が500であるかを統計的に検定しよう……・。何だこれ」

「統計的仮説検定の論理でしょ。5%水準で平均が上回るなら、その仮説は棄却するっていう。境界値を越えたなら、それは偶然ではなく平均が大きいからであると……」

 さらにSDが何だの、標準得点がどうだのと訳の分からない事を言うサトミ。

「分かった、聞いた俺が馬鹿だった」

 ショウはあっさり降参して、統計の参考書を閉じた。

 私は、最初から見る気もしない。

「それはあくまでも理論だから、実際の計算では知らなくてもあまり関係ないのよ。表と計算機さえあればね」

「だとしてもさ。ヒカルは、こんな事ばっかりやってるのか」

「今回はソフトの調子が悪いからよ。普通は全部端末が処理してくれるわ」

 説明しつつも、指は動きっぱなし。

 やっぱりすごいね、この人は。

「だったら、手伝いに行ってやれよ。なあ、ユウ」

「そうだね。こっちは私達だけでも何とかなるし、たまには彼氏といちゃつくのもいいんじゃない」

「な、何、それ」

 これにはさすがに顔を上げるサトミ。

 でも、頬の辺りが緩んでるのは何故でしょう。

「しばらくかかるんだろ」

「データの処理はソフトが直ればすぐ終わるんだけど、文献を調べたりテストを取るのはまだあるみたい」

 ケイのお兄さんヒカルは心理学部に進んでいて、最近は臨床系のテストに取り組んでいるとか。

 今回は、テストの質問項目が罪悪感を測る尺度として妥当かの検証実験をしてるんだって。

 そんな事して何が楽しいんだかと私は思うけど、ヒカル本人は喜々としてやっているから良しとしよう。

「なら決まりだ。明日からでも行ってやれ」

「そうそう、こっちは気にしないで。私達も、サトミに用があったらすぐに連絡するから」

「ありがとう、二人とも。そうさせてもらうわ」

 サトミははにかんだ笑顔を浮かべ、微かに顔を伏せた。

 綺麗な顔が、今ばかりは可愛く見える。

 年頃の高校生の笑顔に。

「でも、ケイには何て言おうかしら」

「あいつはいいだろ。何たって、兄貴の手伝いに行くんだし」

「だね。それこそ気にしなくていいよ。というか、今どこにいるの?」

 そういえば、さっき出て行ってから見ていない。

 大体、どこに行ったのかも聞いてない。

 ショウとサトミも、知らないといった顔だ。


「ただいま戻りました」

 すると、タイミング良くそのケイが戻ってきた。

「どこか行ってたの?」

「丹下に呼ばれてちょっと。後で話す」

「そう。・・・私明日から光の手伝いに行くんだけど、いいかしら」

 彼は軽く頷いて、机に置いてあった自分の警棒を転がした。

「俺に断らなくても。それに、あいつ大変そうだし」

「ありがとう。出来るだけこっちにも顔を出すようにするから」

「さて、話がまとまったところでそろそろパトロールに行こ」

 私もスティックを背中に背負い、軽く伸びをした。

「ああ。じゃあ今日は4人で行くか」

 私は笑顔でショウの言葉に応え、サトミの肩にそっと手を置いた。

「ええ、行きましょ」

 警棒を腰にセットして頷くサトミ。

 別に離ればなれになるんじゃないけれど、明日からはしばらく一緒にパトロール出来なくなるしね。

 そういう訳で、私達は連れだってパトロールへと出発した。



 最近私達の管轄ブロックでのトラブルは、ほぼ皆無と行っていい。

 多少の揉め事はあるけど、私達が顔を出せば大抵は収まる程度の物。

 それが良いかどうかは、別にして。

「あんたら、ガーディアンだろっ」

「どうかしたのか」

 振り向くショウ。

 私も一緒に、顔を後ろへ向けた。

「今下の階で、運動部の連中が暴れてるっ。何とかしてくれっ」

「そこのガーディアンは」

「知らないっ。とにかく何とかしてくれっ」

 サトミの視線が、ショウへ向かう。

「下は、C-2だな」

「うん。管轄外だけど、規則的に行くのは問題ないわよ」

「よし」

 頷くや駆け出すショウ。

 私達も負けずに走り出す。


 階段を駆け下り、即座に廊下へ飛び出す。

「あれか」

 廊下を埋め尽くす野次馬の群。

 最近見慣れなかったけど、過去幾度と無く見てきた光景。

 そしてこの先には、それ以上に見慣れた光景があるのだろう。

 なんにしろ、このままでは先に進めない。

「教室へ入って、向こうへ抜けよう」

「ああ」

 すぐ隣にあるドアをくぐり、私達は教室の中へ入った。

 誰もいない室内を一気に駆け抜け反対側のドアに来たところで、ゆっくりとドアから顔を出す。


「っと」

 ちょうど野次馬の先頭に出られた。

 ふと顔を左へ向ければ、大柄な男の子達が一人の男の子を取り囲んでいる。

「運動部の部長みたいね。見覚えある人がいるわ」

「構うか、今は抑えるのが先だ」

 勢いよく駆け出すショウ。

 するとその男の子達が、一斉に顔をこっちへ向けてきた。

 その間にケイが反対側に走り、そちら側の野次馬を下がらせる。

 サトミは、すぐ近くの野次馬の処理。

 私は全体の様子を窺いつつ、少しずつ男の子達に近づいていく。

 何も言わなくてもこのコンビネーションが取れるからこそ、私達は4人という少人数でやってこれた。

 各個人の能力もそうだけれど、私達は4人で一つなのだ。


「何やってるんだ」

 この間の一件があるのでどうかとも思ったけど、意外と落ち着いたショウの口調。

 向こうも彼の事を知っているのか、お互いに目配せをして何か話している。

「これは運動部内での問題だ。あんたらガーディアンには関係ない」

 その内の一人が、口を開く。

 彼も比較的、落ち着いた態度である。

「前も、そんな話聞いたな。代表代行から通達は来てないのか。入退部は、個人の自由だって」

「俺達は俺達の決まりがある。それにこれは、入退部とは関係ない。こいつ個人の問題だ」

「部外者は下がってくれ。例えガーディアンでもな」

 一人が私達に向かって、あっちに行けという具合に手を振る。

「ショウ」

「分かってる」

 ショウは大きく息を吐き、彼らに視線を向けた。

 大丈夫、まだ落ち着いてる。

 普段の彼通りに。

「もう一度、話し合う必要がありそうだな。SDCの本部へ行こうか」

「分かった。付いてきてくれ」

 男の子を解放し、廊下を歩き出す彼ら。

 野次馬達は、それを見てすぐに道を開ける。

「まだ我慢出来そうね」

「この間のは、俺もやり過ぎだと思ってる。話し合いで済むなら、それがベストさ」

 そう言って微笑むショウ。

 やっぱりこの人は大人だね。

 私は少し嬉しくなって、いつもより少し彼の近くを歩いていった。



 彼らの後を付いて行く事しばし、前方に運動部系の部室が集合する例の教棟が見えてきた。

 SDCの本部はその、一角にある。 

 生徒会同様、そのブロックに関しては一般生徒がそう簡単に立ち入れる場所ではない。

 私達は警備らしい人の視線を逆に跳ね返して、教棟へと入っていく。

 こないだの一件もあるせいか、向こうから目を逸らしてきた。 だったら、最初から見なければいいのに。


 中に入ると、すでに連絡があったらしく迎えの人が数人出てきて、私達を連れてきた人達と何やら話している。

「私達4人だけで平気だと思ってるの?」

 サトミが小声で私に尋ねる。

「だって、サトミもこの前言ってたじゃない。私とショウがいれば大丈夫だって」

「あの時とは事情が違うわよ。最後のパトロールだと思って付いてきたら」

「心配するな。あの代表代行なら、そうやばい事にはならないさ」

「そう願うわ、心から」

 呆れ気味に呟き、腰の警棒を触れるサトミ。

 廊下には迎えの人と私達を連れてきた人しかいなくて、人の気配が感じられない。

 いや、正確に言えば視線自体は感じる。

 それは人の視線ではなく、監視カメラの冷徹な視線だが。

 生徒会にもあちこち仕掛けてあったけど、やはりここにもあるようだ。

 おそらくは、外部からの襲撃に備えての事だろう。

 出る杭は打たれるじゃないけれど、SDCは学内において一定の勢力を占めているだけに、それを疎ましく思う人達がいるのは確かだ。


 部活は学内での活動なので一応は生徒会の管轄下にあり、それを統括する組織も存在はしている。

 だけど現実は格闘系の部活を中心に、独自の活動をしているというのが実態らしい。

 私は高等部に上がったばかりなので、あくまでも人づてに聞いた話だけど。


 SDC。

 要は運動部の部長の親睦会で、メンバーの数もたかがしれている。

 しかし部長の下には部員がいる訳で、彼らは部長命令に当然従う。

 運動部に所属する者の人数を考えれば、その動員数と実力は全ガーディアンと匹敵するだろう。

 独自の規則により行動するSDC。

 学内の治安維持を目的とするガーディアン。

 両者の利害が、常に一致するとは限らない。

 そういった事があるから不要な揉め事を裂けるためにも、ガーディアンとSDC=運動系の部活は両者不干渉の立場をとっている。


 だから私達のようなガーディアンがSDCの本部へ向かうというのは、異例の内に入る。

 サトミが不安がる理由も、その点にあるんだろう。

 エレベーターに乗り込んでる間も全員は無言で、目を合わせようともしない。 

 やがてドアが静かに開き、かなりのスペースがあるロビーへ私達は到着した。

 目が合った受付の女の子がうっすらと微笑み、奥へ進むよう手を差し伸べている。

 それには私達も一礼して、示された方へ歩いていく。


 この前の生徒会の秘書さんもそうだけど、彼女達は基本的に授業をオンラインで受けていて教室にはあまり現れない。

 そうでもしないと、こういった仕事は勤まらないから。

 ただ授業に殆ど出なくても、彼女達に対する企業の評価は高い。

 即戦力としての能力を期待され、各種の奨学金は勿論、場合によっては大学に入る前から内定がもらえるのだ。


 それはともかく、私達はロビーを抜けてさらに奥へと進んだ。

 生徒会と違って、内装は全体的に質素な感じ。

 いかにも運動部といった雰囲気が伝わってくる。

「こちらへ」

 ようやく案内の人が口を開き、大きなドアの前で立ち止まった。

 ドアは音もせず、ゆっくりと横へスライドしていく。


 私達は軽く身なりを整え、ドアをくぐった。

「わざわざ済まない」

 低いが良く通る声。

 大きなテーブルを挟んだ部屋の反対側に、大きな男の人が立っている。

 先日会った、SDC代表代行だ。

「まずは掛けてくれ」

 私達は一礼して、横一列に腰を下ろした。

 案内役の人達の姿はもう無く、生徒を脅していた彼らが代表代行の近くに座る。

 ドアが静かに閉まり、室内に奇妙な静けさが訪れる。

 別に、人がいない訳ではない。

 大きな円卓上のテーブルには端から端まで人が座り、その後ろに護衛役らしい人がそれぞれ立っている。

「話し合いで、解決したいと思っている」

 代表代行はしなやかな動きで、私達の正面に腰を下ろした。

 だけど座ったのは、中央の席じゃない。

 そこを一つ空けた隣り。

 彼は代表代行であって、代表ではないのだ。

 事情は分からないけど、この人の生き方が少し分かった気がする。


「また、揉めたらしいな」

「正確には、その現場にいただけです。私達は手を出していませんし、そちらの方達も少なくとも手は出していませんでした」

 サトミの言葉に一瞬全体の空気が動いたが、代表代行の視線でそれはすぐに収まる。

「以前約束して下さいましたよね、部活の入退部は個人の自由だと。私達もSDCの規則や立場は理解していますが、生徒に不必要な不安感を与えるのはいかがでしょう」

「報告では、退部希望ではなく転部に関するトラブルとなっている」

 私達の前に、数枚のレポートが配られた。

 そこには脅されていた生徒の氏名と、転部したクラブ名、その理由が箇条書きになっている。

 また最後には、「不条理な理由に付き、転部は一旦保留とする」とある。

「あいつがテニスやりたいって言うから入れたのに、1週間も経たずに今度は野球だって。その後はバレー、サッカー、空手、でもって、またテニスですよ」

「転部はかまいませんし、元のクラブに戻るのも問題ないんですよ。ただ問題は、あいつがどうも女の子目当てに動いているみたいでして」

 あちこちから漏れる失笑。

 話はさらに続く。

「その辺りを注意していたら、あいつが変に大声上げて人が集まってきまして。それを誰かが勘違いして、ガーディアンを呼んだんでしょう」

 張りつめていた空気が一気に緩み、ささやきが所々で聞かれる。

「つまりは、誤解という訳ですか」

「疑うのなら、その転部希望者に話を聞いてくれ。俺はもう、あいつと話したくない」

 鼻を鳴らす男の子。

 他の子も同感という顔で頷いている。

「状況は分かってもらえたかな」

 話が一段落付いたところで、おもむろに切り出す代表代行。

 彼の態度は初めと変わらず、少しの苛立ちも見せてはいない。

「ええ、私達の早とちりだったようです。どうもお騒がせして申し訳ありませんでした」

 素直に頭を下げるサトミ。

 それに続いて、私達もすぐに頭を下げる。

「いや、非があるのは君達ではない。あるとすれば君達に誤報をした者と、その転部希望者だ。とにかく頭を上げてくれ」

「はい」

 頭を上げる私達。

 正面にいる代表代行は席を立ち、私達の後ろにあるドアを手で示した。

「何のもてなしもせず済まないが、君達はもう引き取ってもらって結構だ。誰か、教棟の外までお送りしろ」

「いえ、そのお心遣いだけで十分です」

 こちらも席を立ち、ドアの方へと歩き出した。


 いまいち釈然としないが、事は穏便に解決した。

 後はオフィスへ戻って、帰る準備をすればいい。。

 ショウが半手動のドアに手を掛け、そのまま横に押し開けようとする。

「……英雄の親父は元気か」

 ドアの脇に立っていた、護衛らしい男が小声で呟く。

 その声は小さくて、近くにいる私達にしか聞こえていないだろう。

「味方を見捨てて、何が英雄だ。笑わせるぜ」

 心配になってショウの顔を覗き込んだけど。

 大丈夫、抑えている。

 ただそれがいつまで続くかと考えれば、そう悠長にもしていられない。

「ショウ、早く行こう」

「ああ」

 一切無視してドアを横に押すショウ。 

 しかし、わずかにも動く様子がない。

「どうかしたのか?はっ、情けないな。ドア一つ開けられないなんてよ」

 ショウをなじった男は、いやな笑い方をして手の中に隠したカードキーをちらつかせた。

 私達がいつまで経っても出ていかないので、会議室にいる人達がこっちをしきりに見ている。


「どうかしたのか」

 さすがに気になったのだろう、代表代行が近づいてくる。

 巨体ながら動きはしなやかの一言。

 しかもそれをひけらかす気でないらしく、動きの割には足音が大きい。

 自分が周りからどう見られているか理解し、不用意に不安を与えないようにしているのだろう。

「いえ、何でもありません」

 男は素早くカードキーをスロットに入れ、ロックを解除しようとした。

 だけど何がおかしいのか、コンソールが作動した気配がない。

 ショウはすでにドアから手を離し、男が必死になって押すのを見つめている。 

「開かないのか。スペアはどこにある」

「それが、この部屋にはこれだけしかなくて。すぐ外へ連絡します」

 代表代行と室内全員の視線を浴び、しどろもどろで端末を取り出す男。


「……金庫にしまってあるので、しばらく掛かるそうです」

 通話を終えた男が、憔悴しきった顔で報告する。

「分かった。君達は済まないが、それまで待っていてくれ」

「はい」

 そう返事はしたものの、さすがにテーブルまで戻る気にもなれず私達はドアの前で佇んでいた。

「ったく、こんなとこに閉じこめやがって。無理矢理開けるか」

「いくらあなたでも、このドアは無理よ」

 サトミが笑いながらドアを指差す。

 特殊複合金属のドアで、キー破壊時には3重の強制ロックが掛かる仕組み。

 普通の教室のドアですら破壊は困難なのに、ここのはそれの数倍強度が上だ。

 表面には強化プラスチックがコーティングされていて、わずかに傷を付けるのすら難しい。

「今なら、おまえらをどうとでも出来そうだな」

 さっきの男が声を掛けてくる。

 小さい声で、やはり私達にしか聞き取れない。

「密室で、身内ばかり。証言も証拠も、全てこっちの都合通りだ」

 どういう意図で挑発しているのかは知らないが、こういうのは無視に限る。

「大体、ガーディアンがSDCに来て無事に帰れると思ってたのか?簡単な手にひっかかりやがって」

 ショウの顔色が変わる。

 サトミと私は顔を見合わせ、男を睨み上げた。

「どういう意味よ」

「騒ぎを起こしたのも、おまえらの所へ連絡が行ったのも、仕組まれてたらって話さ。調子に乗りすぎたお前らをやるためにな」

「代表代行は、そう思っていないわ」

「さあどうかな」  

 全て小声で交わされる会話。

 ショウはドアに手を付け、わずかに険しくなった顔を男に向けた。

「下らない事言ってないで、早く開けろ。キーが壊れたっていうのも演技なんだろ」

「俺個人じゃなくて、ここにいる全員のな」

「私達は、何もして無いじゃない」

「何も、か。脳天気もいいところだな」

 男は鼻で笑い、私とサトミに嫌な視線を送ってきた。

「たかがガーディアンのくせに、出しゃばり過ぎなんだ、お前らは。俺達は俺達のルールがある。それを分からせるために、監禁した訳だ」

「たったそれだけの理由で、SDCが動くというの。冗談が過ぎるわね」

「どうとでも言え。これからは、口も聞けなくなるけどな」

 男の視線にある種の意味を感じ取った私とサトミは、咄嗟に身構えて後ろに下がった。

 お互いスティックと警棒に手を添えて。

「だから逃げても無駄なんだよ。ほら、こっちこい。優しくしてやるから」

「そのくらいで止めろ」

 押し殺した声で呟くショウ。

 扉に付いた手が、小刻みに震えている。

「男には用がないんだ。お前は、こいつらがどうなるかを見てればいいんだって」

 ショウの呼吸が深くなっていく。

 伏せられた顔は蒼白く、唇は強く噛みしめられている。

「それ以上言うな。冗談じゃ済まなくなるぞ」

「何をだ。俺はその女と、楽しい事するだけで……」

 しかし、男はそれ以上言葉を続けられない。

 鈍い音を立てながら、扉へめり込んでいくショウの手を見て。


 壊れるはずのない、割れるはずのない特殊複合金属のドアに一気にヒビが入る。

 どれほどの圧力を受けているのか、ドアに接している壁までもが揺れ始め、バラバラとコンクリートの破片を散らす。

 やがて重い音を響かせながら、扉がゆっくりと動き出す。

 横にではない。

 本来動くはずのない内側に、ショウが扉を引き込んでいるのだ。

 カーペットが大きくずれ、床には亀裂が走る。

 きしむような音を立ててつつ、扉は室内へと入ってくる。

 そして人が通れる程の隙間が出来たところで、ようやく手を扉のくぼみから抜く。

 会議室にいた者は、呆気に取られた顔で総立ちしていた。

 荒い息を整える彼と、完全に壊れたドアを見つめながら。


「帰るぞ」

 手に付いた金属片を払い、扉の隙間から出ていこうとするショウ。

 しかし、その背中に声が掛けられる。

「少し、やり過ぎとは思わないのか」

 ただ一人、腰掛けたままであった代表代行だ。

 口調は今までと変わらない。

 若干、威圧感が増した気はするが。  

「これでも遠慮した方だ。ドアの請求なら、俺の所へ持ってこい」

 ショウは面倒げに向き直り、代表代行を真っ直ぐに見据えた。

「なるほど」

 そう呟き席を立った代表代行が、こちらへと歩いてくる。

 私とショウの前に立ち、何とか状況を収めようとした。

 しかし二人は背が高いので、私の頭越しで会話が出来る。

「何が気に触ったのか知らないが、これは挑発と受け取っていいのか」

「お互い様だろ、挑発は。言いたい事があるのなら、こんな手を使わずに直接言いにこい」

「一体、何の話だ」

「とぼけるのは勝手だ。とにかく、2度と俺達に干渉するな。言いたいのはそれだけだ」

 背を向けて扉をくぐろうとするショウ。

 その肩に、代表代行が手を掛ける。

 ショウは歩いて振り払おうとしたらしいが、彼の体はそれ以上前に進まない。

 単なる力だけではなく、間接を極めつつ力点を上手く抑えているのだろう。

 これだけでも、代表代行の実力はうかがい知れる。

「このまま帰れると思うのか」

「思うね。俺の前に立つつもりなら、それなりの覚悟しておけよ。勿論、あんたでも」

 頭一つ高い代表代行を見上げるショウ。

 代表代行も、火を噴くような視線でショウを見下ろす。

 一気に熱気を帯びる辺りの空気。

 まるで焼け付くような。


「二言はないな」

「やる気か」 

 ショウが腰を下ろすと、代表代行は小さく首を振って会議室を振り返った。

「この場でやったのでは、我々のリンチと取られかねない。近い内に試合形式でやるというのはどうだ。勿論非公式で」

「好きにしろ。俺達をはめたのを、後悔させてやる」

 今度こそもう振り返る事無く、ショウは扉をくぐっていった。



 思わずため息が漏れる。

 一体、どうしてこんな事になってしまったのか。

 いくら何でも、展開が急過ぎる。

「代表代行、考え直しては頂けませんか」

 落ち着いた口調で語りかけるサトミ。

 代表代行は彼女へ視線を向け、微かに首を振った。

「無理だな。何が行き違ったのか俺にも分からないが、こちらにも面子というものがある。意味もなく扉を壊されて、そのまま帰していては示しが着かない」

 帰ってきた言葉も、やはり落ちついたもの。

 サトミは答えが分かっていたのか残念そうな素振りすら見せず、私達をさんざん挑発した男に目線を送った。

 男はどこかにやけた顔で、私達を眺めている。

「SDCにも、色々な人がいるようですね」

「何が言いたい」

「ご自身が、一番お分かりだと思いますが」

 微かに曇る代表代行の顔。

 だけどその意味を確かめる事もなく、サトミは扉をくぐっていってしまった。

 残されたのは私とケイ。

 SDCのメンバーは、怯えと怒りと不安という複雑な視線をこちらへ向けてくる。

「あ、あの。私も帰ります」

 私はぺこりと頭を下げ、扉の隙間をくぐった。

 逃げるようで気が進まないが、これ以上ここにいて何か出来る訳でもない。

「……済まなかったな」

 ささやくような代表代行の言葉が、扉の向こうから聞こえてくる。

「え、何が」

 聞き直そうとして扉に向かったら、ちょうど出てきたケイと鉢合わせになった。

「あ、ごめん」

 ケイは無言で頷いて、扉に視線を送り続ける。

 そう言えばさっきから、彼は一言も口を開いてない。

「ユウ、早く戻ろう。これ以上、ここにいるのは危ない」

 ようやく喋った。

 私も思っている通りの事を。。

 サトミとショウは、もう姿が見えない。

 私は状況を整理する間もなく、SDCの廊下を走り出した。



 幾つもの疑問と、幾つもの謎。

 そして代表代行の態度と言葉。

 一体何がどうしたら、ああいう事になってしまうのか。

 深く考え込んでしまった私は、ケイがオフィスに着いたと告げるまでずっと自分の考えに耽っていた。




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