最終話
「うん。ボクは、なにをしたらいい? 早くしないと、のぞみちゃんが着ちゃうよ!」
ボクは、ちょっと胸を張り腕を組んでプチ仁王立ちでそう言うと、たつおがさっきまでより濃くなった赤い顔をして、ボクの前に立ちます。
そして、両肩を両腕でつかみます。たつお、こんなに背、高かったかな。
「なつみと二人で一緒に鯉のぼりを見たかった。俺と一緒に幼馴染と言う友情から一つ上の恋に登ってほしい」
「……」
「……」
少し風向きが変わったのでしょうか。鯉のぼりの影達かボク達の影と重ならないほうに移動しました。
「……な、なつみ?」
「え? なに? どういうこと?」
「え?」
その時、ボクはほんとに意味がわかりませんでした。なんていうのか、真っ白になるってこういうことなんでしょうか。なので、こんな変な返事をしてしまいました。
「ボクはどうしたらいいの?」
たつおの目がちょっと泳いでいるがわかります。ちょっとパニクっているのでしょう。真っ白になっているボクは、そこで笑うことはありませんでした。
「……じゃあ、……キ、キスしていい?」
「え、あ、うん」
なぜか普通にそう答えてしまいました。たつおはかなり緊張しているのがわかります。
あ、顔が近づく。
あ、唇が触れた。カサカサ。
あ、離れてく。
鯉のぼりの影には少し色が付いています。青い鯉のぼりなら少し青い影、緑なら少し緑の影、赤なら少し赤の影。その赤の影が、ボクとたつおの狭い間をなんども揺れます。
たつおは、大きくつばを飲み込んで、ちょっと舌を出して、唇をなめています。そしてなんかすごくうれしそうです。
「なにか、変わった?」
たつおはちょっと緊張の峠を越えたように見えます。
「うん、なんか、変わったかも」
その時のボクはまだ状況がわかっていなかったのかも知れません。でも、何か変わったことが起きたことはわかったので、そう返事しました。
すこし、顔が熱いかもそう思った時、家の中から曲が聞こえてきました。
♪たんたんたんたーん たたたたーん
インターホンのボタンを押した時の曲です。のぞみちゃんが来たのかな。
「たつおー、なつみちゃん。のぞみちゃんが着たから、ご飯にしましょ」
大きな庭に面した大きな開放部からひょこっとお母さんが顔を出し、声をかけてくれました。ボクとたつおは、その声でお互いの顔を見続けていたのに気が付きました。
「い、行こうか」
「う、うん」
ボク、この間、ずっとプチ仁王立ちでした。
*
その後はのぞみちゃんも合流して、例年通りの端午の節句という名のお食事会。たつおの両親と、今日は体調がいいということで、おばあちゃんも一緒。
のぞみちゃんは日傘は持っていなかったけど、代わりにリボンの付いた大きなつばの帽子と、やっぱり白いワンピース。にあうなぁ。
お食事会の間、ボクはびっくりするぐらいいつも通り。たつおはいつも以上にハイになっていたような気もします。
*
「ごちそうさまでした」
「また、来年もいらしてね」
「はい」
「はい」
ボクとのぞみちゃんはそう返事しました。
大きな門をくぐり振り替えると、たつおの両親が手を振ってくれています。たつおも両親の後ろで手の平をこちらに向け『皇族か』と言うような、ひじだけをわずかに動かす手の振り方をしています。ボク達は手を小さく振りながらお辞儀します。
少し歩くと、大きな門と大きな塀で玄関は見えなくなりました。
「ふう。小さい頃は好き勝手やっていたけど、さすがに中学になると、気を使うなぁ」
「おつかれさまぁ、そうだねぇ」
そういいながら、のぞみちゃんは手に持っていたつばの大きい帽子を被りました。一番日差しの強い時間は越えましたが、まだまだ強いです。
行きも正面から日を浴びましたが、帰りも正面から浴びています。帰ったら少しはケアしたほうがいいのかな。
「来年って、高校生ねぇ」
のぞみが先に口を開きました。ボクはちょっとボーっとしていたかな。
「ね、なつみぃ。どうだった?」
「え?」
「うふふ」
のぞみちゃんは、意味ありげな笑いをしました。
「た・つ・お・くんとっ」
「ええっ、なんで知っているの?」
たぶん今日一番の驚き、いえ、15年生きていた中で、一番驚いたかもしれません。一気に心臓がバクバクし、顔が感情的理由により赤くなったのが、自分でもわかりました。
「げほげほ……」
そして、むせました。のぞみちゃんしかいないとは言え、恥ずかしいぐらいむせました。
「け、けほ……、あー、ふう、ふう」
「ごめんねぇ、だいじょうぶ?」
「うん。大丈夫。のぞみちゃん、知ってたの?」
「うん、告白したいから、ちょっと遅く来てって言われたよぉ」
「告白?」
「あれ? されなかった?」
「……あ、された」
「うふふ、面白いねぇ、なつみぃ」
「あ、うん。なんか、途中までのぞみちゃんに告白するじゃないかって思ってたから、びっくりしちゃって、その間に……」
「たつおくんと? ないわぁ」
「そ、そうなの?」
「従兄弟だもん」
「え?」
のぞみちゃんよ、初耳だよ、それ。それで、両家とも結構な地主なのね……。
「で、どうなったのぉ?」
「幼馴染の友達だよ。まぁ、ちょっと、意識してやるけど」
その時のボクはたぶんちょっとだけうれしそうな顔をしていたと思います。
まだまだ『恋』と言うものがわかりません。なので、いつになったら彼として見れるようになるかわからないけど……、不器用だけど、一生懸命考えてくれて、立派な鯉のぼりの下で一生懸命『告白』してくれた、たつおに、
「恋、登り、かな」
「なつみぃ、なにそれぇ?」
☆おわりなの☆
今は、大きな鯉のぼりを個人宅であげるところは皆無になりました。ベランダ用のちっちゃいをたまに見る程度(お隣さんが立ててます)。
ただ見上げるだけの鯉のぼりですが、見るだけでなんかわくわくしたのを覚えています。
こんなファーストキスもありですよね(あ、この話、フィクションですよ)。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。