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将校女物語  作者: 千野梨
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四話

 事実上、ランスロットが立案した作戦の指揮をするにあたってセラリスに不満はなかった。

 自分より遥かに戦争慣れした男の意見は、もっともだったからだ。そして、極めて勉強になる。セラリスは未熟であったが、新品少尉にありがちな階級差を意見の良し悪しと同一視するほど愚かではなかった。自分より階級が下の男が元教官であったことも影響している。


「念のため再確認しておく、リンドバーグ」

 選抜射手に対し、セラリスが言った。

「リンでいいよん♪」

 実戦の緊張、これから人を殺すことに対して、何も感じてないかのような声で少年が言った。事実、彼は生まれついての殺し屋だった。100人に1人ほどの割合で存在する殺人に対する罪悪感が一切ない人間。そうでなくては、他の兵士より明確な殺意と、自ら殺した相手をハッキリ認識する狙撃手や選抜射手という仕事は務まらない。

 無邪気な幼い殺し屋の声に頼り甲斐と薄ら寒さの両方を感じ、セラリスが伝えた。

「リン、君は敵が火制地域(キリングゾーン)に侵入した後、敵獣兵を確実に仕留めてもらう。おそらくはこいつが首魁だ。違ったとしても、こいつに逃げられ、増援を呼ばれると厄介だからな」

 先ほどランスロットから受けた進言をほぼそのままセラリスが伝えた。

 獣兵、通常ウマと呼ばれるタイプの機兵。他の機兵と違って、四足獣のような四本の可動肢をもっている。見た目はケンタウロスに近い。極めて機動力の高い機兵であり、指揮官が搭乗している場合が多かった。通常の歩兵型機兵よりも金がかかるし、エネルギーを食う。

「オッケー。ワンショット、ワンキール♪」

 罪悪感が存在しないどころか、むしろ殺人を楽しんでいる声であった。一般社会に適さない人格であるが、軍という凶器においてはむしろ称えられるべき存在であった。

 山賊の部隊が進む。リンが両目を見開いて狙いを定めた。漫画であるような片目をつぶった狙撃は急激に目を疲労させる。火制地域に敵が侵入した。リンはまだ撃たない。「あ、今この子笑ってるな」とセラリスが思った。分厚い装甲越しでも少年の表情がハッキリとわかった。テレパシー、予知に続いて透視能力まで目覚めたらしい。

「…………」

 時間の流れがやけに遅く感じた。


 音速を超えた破裂音と、甲高い金属音が山々に響き渡った。


 リンの放った弾丸が、斜め上から獣兵の装甲を可能な限り避けてコクピットを貫いた。

 獣兵がぐらりと崩れ落ちる。機兵の装甲すら貫く弾丸に撃ち抜かれた人体がどのようになっているかはあまり想像したくないものだった。幸いにして想像する余裕も時間もなかった。

()ぇーッ!」セラリスが叫ぶ。自分の周囲にいる6名以外には届かないとわかっていたが、彼女は叫んだ。同時に周囲から十字砲火が開始される。リンの狙撃を合図にしていた。

「や、やった! うん、いい感じじゃない、これ」

 自らも電磁気力で弾丸を放ちながらセラリスが興奮気味に言った。将校らしい演技ではなく素のままの彼女だった。初めて人を殺したかも知れないという考えはどこかにいっている。

 バタバタとオモチャのように倒れていく敵機兵の姿が面白くって仕方なかった。

「やはり獣兵が首魁だったようですね。連中、まともな統制が取れていません」

 セラリスとは反対にひどく落ち着いた声でランスロットが告げた。その声で、セラリス自身もある程度冷静さを取り戻す。同時に、先ほどまで感じていた高揚を恥じた。

「うん、そうだね……じゃなくて、そ、そのようだなランスロット軍曹」

 何とか将校らしさを取り繕う。そしてリンに「新たな取り纏め役が現れたら、確実に沈黙させろ。それまで無駄撃ちはするな」と伝えた。リンは少し退屈そうに「はーい」と答えた。


 一方的な攻撃を加える中、セラリスが思った。

 いい。すごくいい感じじゃない。

 怖かったけど、最初に敵指揮官を仕留めたお陰で相手は何も出来ない。このまま〝戦闘〟が起こることなく、一方的な〝攻撃〟で全てが終われば……


「……ッ!」


 次の瞬間、諌めるように彼女の乗る機体に衝撃と、頭を割りかねない音が響いた。

 肩の装甲が吹き飛んだ。防音処理してるはずなのに、鼓膜が破れかける。

 混乱していた敵が反撃を始めたらしい。予想していたより早い。骨のある連中らしかった。

 叫び出しそうになるのを必死で抑えセラリスが岩棚に伏せる。山賊と同じことが出来る自信はなかった。しかし、自分たちが圧倒的有利であると確信していた。地の利が違い過ぎる。

 敵は全身を常にセラリスたちにさらしてなくてはならない。

 対して、岩棚の上のセラリスたちは充電中は陰に隠れていれば確実に安全だし、射撃する時も機体の一部を出すだけで済む。さらにコクピット部は岩棚に隠れたままだ。

安全であれば冷静に射撃が出来て命中率も上がるし、危険であれば慌てて撃ってしまい命中率もぐっと下がる。機兵を使った戦いだからこそ、地の利の重要性は生身より増していた。

 相互に射撃をしても、倒れていくのは山賊側だった。

「あれれ?」敵の数がだいぶ減ったところでセラリスが首を傾げた。

「敵10機ほど、正面突破するつもりらしいですね」

 ランスロットがそう言った。リーダーがいるわけではなく、生き残りの総意らしい。

「来た道を戻って逃げてくれれば、三方向から背中を撃ちまくって全滅させられたのに」

 至極残念そうな声だった。少し恐怖が滲んでいる。

「どうやら正面からの火力が少ないことに気付いたようで。この山賊どもは素人ではなく軍人崩れみたいですね」

 憐みの響きを含ませてランスロットが言った。

 ただ逃げようとすれば、その背を三方向から撃ちまくられて終わる。

 対して、正面に突っ込めば、残り二方向からの射撃は止まる。友軍が射線に入るからだ。

 あとは血路を開けば逃げ切れる可能性もある。降伏以外でもっとも生存率の高い方法を山賊たちが指揮官不在の状況で選択出来たことに素直に関心した。しかし、想定内であった。


「選抜射手を除く総員、着火」セラリスが発令した。

「選抜射手を除く総員、着火」ランスロットが伝達した。


 リンは撃ち漏らした敵を仕留めるために待機させておく。

 対岸の岩棚に存在する兵士たちにはライトの点滅で同じ命令を伝えた。

 同時に、機兵たちの持っていた銃の先端に全てを焼き尽くすプラズマの橙炎が灯る。

「どういたしますか、小隊長殿」わざとらしくランスロットが尋ねた。

「どうするもこうするもないよ」セラリスはどこか投げやりな声だった。

「包囲して殲滅する。この状況で他に何をしろって言うの? 虫一匹殺せなかった私が、弱り切った敵を囲い込んで皆殺しにしろって命令するの。こんな人でなしになるなんて、一年前の私はきっと信じないよね。ああ、もう! 戦争が楽しくって仕方ないよ!」

 本心でない言葉を彼女が吐き捨てるように叫んだ。

 怖かった。とてもとても怖かった。数の上で有利とわかっていても、安全な岩棚の陰を捨てて敵に接近しなければならないことが怖かった。しかし、他の案は思い浮かばない。

「鍛え上げた甲斐があったというものです」

泣き出しそうに声を荒げるセラリスに優しくランスロットが言った。

「責任とってよね。何も知らなかった女の子の身も心も、あなたがこんな風にしたんだから」

「地獄の果てでも付き合いますよセラリス少尉殿」

 この戦闘でセラリスは人として貞操以上に大切なものを失った。彼女の傷を治す方法は存在せず、共犯者となることでいくらかの慰めになるとランスロットは理解していた。

「うん、それじゃ一緒に地獄への道を走ろっか……」

 何もかも諦めた声でそう言って、一瞬目の前にゆらめくプラズマを眺めてから発令した。


「突撃する。突撃する。楽しい楽しい殺し合い。戦争って最高ね!」


 自分に言い聞かせる様な声だった。そう心から信じられたら何より楽だろうと思った。

 そして周囲にいたランスロット以外の兵は彼女の言葉を心強いものとして受け取った。





「来たぜ、来たぜ、来たぜ!」

 意気揚々と敵正面に配置されていたキングが笑った。

 牙を向いた肉食獣そのものだった。

 敵の数は10、こちらは7。しかし、負ける気はしない。

 敵正面にはキングを始め、白兵戦に特化した連中が配置されていた。火力が弱かったのは兵数が少ないからではなく、機兵の種類が接近戦用ばかりだったからだ。無論、敵の突破を阻止するためである。見通しが悪く、連携も難しい森の中では機兵の性能差が如実に現れる。

「はぁ……そんなに気張るなよ、キング。まともに闘うなんて面倒くせーよ」

 隣にいた同年代と思われる男がダルそうに呟いた。褐色の肌で、男にしては髪が長い。

「オレたちは敵の突破を阻止すればいいだけ。要は相手を包囲するまでの時間稼ぎすりゃいーんだよ。女だったから心配したが……いやはや、今度の小隊長はなかなかのもんだなー」

 眠そうな目で褐色の男がそう言ってから、あくびをした。

「うるせぇ、ユーリー(瑜利)」キングがテンション低い男をそう呼んだ。

「なんだよ、なんでそんなやる気まんまんなんだよー。オレ、面倒くさいのヤだぞ」

「あの女の言う通りにことが進むのが気にくわねーだけだ。全部が自分の思い通りって感じがなんかムカつく」キングは火を吐く勢いだった。

「わけわかんねーやつだなー。んじゃ、どーすんだ」

 呆れたような顔をするユーリーにキングが言った。

「時間稼ぎなんかじゃ済まさねぇ。あの女が囲う前に全滅させてやるぜ!」

「アホだろ、お前」ユーリーがますます呆れ顔になった。他の連中も似たようなものだった。

「けっ、俺ひとりでもやってやるぜ」不機嫌そうにそう言ってキングが10歩前に出た。

 二刀流にカスタマイズしてある機兵のプラズマカッターを構える。

 その右横に別の機兵が歩み出た。ユーリーの機体だ。

「んだよ? 面倒なのは嫌いじゃなかったのか、ユーリー」

「お前に死なれるとオレの代わりに必死こいて戦うバカがいなくなって、もっと面倒になる」

「はんっ、だらしねぇ野郎だぜ」少し嬉しそうにキングが毒づいた。





 小隊が集結した時すでに山賊は全滅していた。

 キングとユーリーの分隊による結果だった。

 しかし、そのことが指揮官である少女を貶めることは微塵もなかった。

 大戦果、まさに大戦果である。

 こちらより数の多い敵を、死者すら出ない僅かな損害で殲滅させた。それも、今回が初陣の新品少尉の指揮下でだ。

「外に出て成果をご覧になってはいかがでしょう」とランスロットに促され、セラリスが自らの機体から降りると、小隊の面々も続々と降り立った。

 初対面の時にはあれほど彼女を軽んじていたゴロツキどもの目つきが変わっている。声高らかに彼女を称える者までいた。例外は少し離れた場所で不機嫌そうにしているキングだけだ。

「いや、こんなに快勝したのは久しぶり……いや、初めてっすよ少尉殿」

「小隊長殿は本当に今回は初陣なんですか? 他のボンクラ将校に見習わせたい」

 キラキラと目を輝かせる彼らの好意を受け止めながら、セラリスはなんともむずがゆい気分になった。「私はランスロット軍曹の言う通りにしただけなんだけどなぁ」と思った。

 とりあえず、将校らしい表情で淡々と対応する。その時だった。


「お姉ちゃーん♪」


 と、小さな少年が駆け寄り、彼女に抱きついた。

 選抜射手のリンだ。自称13歳だが、もっと幼いように見えた。

「…………(羨ましい)」

「…………(ちくしょう、俺もあと10歳若かったら)」

「…………(あーゆーキャラは得だなぁ)」

 無邪気な顔で可愛らしい上官に抱きつくリンに、小隊の面々がそう思った。

「あはは。もう、くすぐったいよ、リン君」

 勝利後の気の緩みと、小さな少年に甘えられてセラリスが微笑んでしまう。

 その年相応の笑顔と、今までの将校らしい振る舞いとのギャップに周囲の荒くれ者たちが、まるで思春期の少年のような想いを抱いてしまった。加えて彼らの女日照りは長い。

「お姉ちゃん、本当にすごいよー。僕ね、僕ね、ずっとお姉ちゃんについていくね」

 ぎゅーっとセラリスに抱きつきながらリンが眩い笑顔を見せた。

 その小さな身体が何者かにひょいと持ち上げられる。

「リンドバーグ伍長、あまり少尉殿を困らせるんじゃない」

 そう言って彼をセラリスから引き剥がしたのはランスロットだった。ちなみに、小動物的な可愛らしさをもつリンに甘えられて、セラリスは別に困ってなかった。嬉しそうな表情すら浮かべていた。

「ざんねーん♪」と言ったあと、リンの目が変わった。

 ちらり、と森の方へ視線を向ける。その瞳は先ほどまでと違って怖気がするほど冷たい。

 だが、彼の目に気付いた者はいなかった。みな、セラリスを見ていたからだ。

 好意を持っていた者、持ち始めた者、まだまだ気に食わないと思っている者、そして……

 彼女を殺してやろうと思う者、みながセラリスを見ていた。



「くそ、指揮官は女だったのか」

 森の中から山賊の生き残りが勝利の余韻に浸る小隊を見ていた。

 戦闘中にハッチを開け、そこから逃げ出したのだ。大きな機兵と違って、小さな人間は発見されにくい上に、物陰に潜みやすい。

 山賊の生き残りが踵を返し、森の奥へ走っていく。

「ちくしょう、殺す。殺す。絶対に殺す。あのアマだけは生かしておけねぇ。いや、あいつだけじゃ済まさねぇ。家族を調べ上げて全員殺す。最後にあの女をめちゃくちゃに……」

 そこから先の台詞は永遠に発せられなかった。

 復讐を誓い、言葉を生み出す彼の脳漿が盛大にブチまけられたからだ。


「それは困るなぁ……」


 くすくす笑いながら、リンがそう呟いた。その手には機兵戦では使用されることのない、火薬を使ったライフルが握られている。銃口から硝煙が立ち上っていた。

「ふふ、あのお姉ちゃんは面白いからね。僕以外が殺すのは許さないよ」

 そう言って、人を殺した直後とは思えない無邪気な笑顔を見せた。

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