三話
「距離1リーグ、敵影30機前後。獣兵が1機……敵首魁と思われます」
観測手の報告を受け一同の表情に緊張と、獲物がやってきたことに対する喜びが現れた。
セラリスの内面には前者しかなかったが、将校として後者だけを外面に表した。
(こちらより数が多い……わかっていたけどね)
20名の部下を持つ小隊指揮官が、あらかじめ知っていたが目に映る事実としての数の差に少し怖気づく。しかし、もはやどうしようもなかった。ここで逃げだそうものなら、それこそ追撃で皆殺しにされる。うん、やるしかない。はじめてのひとごろし、をね。
「総員、充電開始」静かな声でセラリスが呟いた。
「総員、充電開始」彼女の命令を右隣にいたランスロットが兵たちに伝える。
周囲に伏せる機兵のコンデンサーに、プラスとマイナスの電気が分けられ溜まっていく。
30秒して、一人を除いて彼らの持つレールガンの赤いランプが青に変わった。もう10秒してから最後の一人のランプが変わる。
「総員、充電完了しました」
光の変化を確認したランスロットがセラリスに伝えた。
感覚的に充電されるまでの時間は気が遠くなるほど長かった。そのことが逆にセラリスを安心させた。この時間分だけ、敵に対してアドバンテージがあるからだ。
「期待してるぞ、選抜射手」
自分の左で構えている機体にセラリスが声をかけた。他の機兵より幾分か大きな銃身を持っている。充電に一番時間のかかった兵だ。
「まかせといてよー、小隊長♪」
他よりゴツい銃を構えているのに、その機兵から聞こえてきたの子供の声であった。事実、搭乗者はこの小隊で唯一セラリスより若い。
今まさに、セラリスの小隊は山賊に対して伏撃を行う直前であった。
二時間ほど前、斥候から山賊部隊発見の報告があった。そして、予想される進撃路に伏撃準備を行ったのだ。伏撃地点には両側を崖に挟まれ、正面に森がある狭い場所を選んだ。
小隊は三分割され、それぞれ左右の岩棚の上と正面の森に配置した。敵に向かって左の岩棚の上にセラリスはいる。そちらの方が右よりも高く、見通しが良いからであった。
怖い。セラリスは素直にそう思った。正規軍相手ではないとはいえ、初の実戦である。
しかし、この作戦がどこか上手くいきそうな予感もしていた。
根拠は彼女の隣にいる下士官らしからぬ優男、ランスロット軍曹の存在だった。
「斥候が30名ほどの山賊部隊を発見しました」
二時間前、ランスロットが地図を開きながらセラリスに告げた。
「少尉殿の初陣の相手としては手頃でしょう」
「…………(え? こっちの1.5倍の数じゃん? 兵力差は2倍以上だよ)」
引きつった顔でセラリスが思った。兵力は兵数の二乗に比例する。
「正面からまともにやったら勝てなくない?」
しごくまともな意見を彼女は口にした。
「なるほど、少尉殿。正面からまともに戦わなければ勝てるということですね」
ニコっと笑って、ランスロットが地図に視線を下ろす。そしてセラリスに尋ねた。
「この地形で有効な作戦は何でしょう?」
「伏撃……かな」セラリスは機兵学校時代を思い出していた。
「了解しました少尉殿。その方向で意見具申させて頂きます」
「う、うん……」と頷いた直後「あれ?」とセラリスが首を傾げる。いつの間にか彼女が攻撃命令を出したことになっていたらしい。しかし、伏撃と言ったものの、彼女自身地図を見てもどの地点に布陣すればいいかピンと来ていなかった。
「この道が曲がった地点はどうでしょう?」ランスロットが地図を差した。
「うーん。一見理想的だけど、この谷川のせいで部隊の合流が阻害される。各個撃破の危険があるんじゃないかな?」そうセラリスが言った。ランスロットが一つの具体例を出してくれたおかげで、逆に地図がよく見えてくる。ランスロットの意見を参考に別の場所を示した。
「伏撃は道が曲がった場所で十字砲火するのが理想的だけど、今回はこの地点がいいんじゃないかな? 左右の岩棚の高低差で真正面に敵を捉えても射線が友軍に重ならないし」
「了解です。では、伏撃に必要な人材の割り振りなどは自分にお任せ下さい」
最初からそこが正解であるとわかっていたかのようにランスロットが言った。セラリスも、どうにも彼に教育されつつ模範解答を導き出されたような気分だった。
「で、でも大丈夫かな?」
初陣の不安と兵力差からセラリスが震えた。
「山賊は神出鬼没です。発見次第、可能な限り手早く仕留めた方が良いでしょう。次に山賊が発見されるまで小隊の連中が大人しくしているとは限りませんから……」
ランスロットは不安に躊躇する彼女を安心させるのではなく、別の不安を煽ってやった。そうした方が良いと確信を持っていたからだ。
「…………」
小隊の悪人顔、特にキングのチンピラっぷりを思い出して、セラリスがガタガタと震えだす。30人の敵と20人の部下では、部下の方がはるかに怖かった。
逆に少し安心もした。より怖い方が味方であるならば、勝てそうな気がしたからだ。