二話
「…………」
まさか、この人たちだったとは。そうセラリスが思った。
南火半島方面軍の基地に無数存在するテントのひとつに彼女が指揮する小隊が集められた。
必死で保つ能面のような顔の下で泣き出しそうになっているセラリスの前には、先ほど山賊を略奪していた輩が並んでいた。軍人というより大悪党の集まりである。
見覚えのある男がいたので、セラリスは彼らが先ほどの男たちであるとわかった。
その男は悪人面が並ぶ中でも特にガラが悪く、強烈な印象を発している。盗賊のコンテナの上で高笑いしていた裸の上半身に軍服を羽織っていた男であった。歳は二十歳前後である。
ツンツンと尖った髪形、筋肉質の身体に幾何学的なトライバル・タトゥーが彫られていた。
「もう一度おっしゃって貰えませんか、少尉殿?」
一応敬語は使っているが、微塵も敬いを感じられない声で男が言った。
「今後、勝手な略奪を禁ずる。キング伍長」
抑揚のない声でセラリスが冷たく言った。恐怖の中、必死で声を絞り出したら、こんな口調になった。表情筋が全力で強張っているため、表情も厳つくなっている、
「はぁ?」と、キングと呼ばれた伍長がセラリスに顔を寄せた。
「…………(近いっ! 怖いっ! 汗臭いっ!)」
目の前にいるチンピラ以外何者でもない男から目を逸らし、ランスロットに助けを求めたかった。しかし彼からそのことは禁じられているし、目を逸らしたら襲われそうな気がした。
「君の行動は正規の命令系統から発せられたものではない。少なくとも、前任の小隊長が指示したものではないはずだ。まぁ、指揮官足り得ない将校など何の価値もないがな」
先ほど必死で暗記した、ランスロットから教えられた台詞をセラリスが読み上げる。
この台詞通り前任の少尉は使えない男だった。この小隊のチンピラどもを恐れ、何か命じることも出来ず、任務放棄した。今は精神を病んだという扱いを受け、後送されている。
「成果は上げてるじゃないっすか」
シノギを奪われそうになっているヤクザの内心に等しいものを抱いているキングが言った。
その目には殺意すら感じられる。略奪の儲けは正規の給料より遥かに良い。
「…………」
ええっと、こう返された時は何て言えば良かったんだっけ? とセラリスが思い返す。
ああ、そうだ。こう言えばよかったんだ……で、でも大丈夫なの、この台詞?
「例えそうだとしても、貴重な弾薬を勝手に使用することは許されない。それに、抗命するというのであれば、私は指揮官としての権限に基づいて君を処罰する」
感情のこもってない(というかこめる余裕がない)声でセラリスが告げた。
殺意の視線を向けた男が、年端もいかぬ少女に「逆らったら殺す」と言われた。
キングの顔がかぁーっと赤くなる。その時だった。
「それに、私は〝勝手な略奪〟を禁じる、と言ったのだ」
彼を制するようにセラリスが続けた。
「今後は私の指揮下の元、襲撃を積極的に行う。ああ、キング君、今までの君は正規の任務による略奪ではなかったため、敵機兵を捕獲してもあくどい商人に安く買いたたかれただろう?」
「ああ」何かを思い出し、極めて不機嫌そうな声でキングが答えた。
軍の弾薬を勝手に使用する。今までキングたちのやってきた行動は広い意味での横領であった。そのことをわかっている商人たちが最低限以下の金額でしか取引しなかった。
「これからは私が正規の報奨金を上から支払わせる。それが認められるであろうことを私は確信している。大いに儲けたまえ。無論、私の懐も温かくしてもらうがな」
そう言って、セラリスは上官というより共犯者としての笑みを見せる。
彼女の台詞と笑顔に少なからず周囲から「おお」と声が上がった。その中でキングだけが理屈では納得しているが、感情では納得していない表情を浮かべた。
「他に何か質問はあるか? ないなら退出しろ」
内心「もう限界。将校っぽい演技もマジ限界デス」と思いながらセラリスが言った。
特に尋ねるべきことはなかったので、小隊の面々がテントから退出していく。
キングが去り際に「報奨金の件、忘れるなよ」と言った。この一瞬だけセラリスは嬉しくないテレパシー能力が目覚めた。『払われなかったら殺す』という彼の声がハッキリ聞こえる。
彼女は『誤射』もしくは『流れ弾』という形で彼がそれを実行するだろうと確信した。
機兵学校でまことしやかに話されていた「戦死した将校のうち、三人に一人は背後から撃たれたものらしい」という噂が、おそらくは戦場においてまぎれもない事実であると理解した。
「ふ……ふふ、私は今、テレパシーと予知能力に目覚めたよ。憧れのエスパー少女だ……」
「奇遇ですね少尉殿。自分も今、キング伍長の心が読め、少尉殿の未来が見えました」
セラリスが気を紛らわすために口にした下らない冗談にランスロットが付き合った。
「しかし、先ほどはお見事でした少尉殿。命令系統の回復と、信賞必罰の明確化。この二つを少尉殿は成し遂げたのです。これであのゴロツキどもは幾分か軍隊らしくなるでしょう」
「まだまだ不安はいっぱいだけどね。うん、でも本当にありがとう、軍曹」
ようやくセラリスが彼女自身の笑顔を見せた。それと同時に足がふらりともつれる。
「おっと」とその小さい身体をランスロットが抱きとめて支えた。
「あ、あれ?」とセラリスが苦笑する。緊張の糸が切れたのだ。
「あ、はは……少しは将校らしく振る舞えたと思ったけど、やっぱダメだね。こんな情けない姿を部下の前に見せちゃうなんて将校失格だ」
「自分と二人きりの時には構いませんよ、十九番殿」
そうランスロットがセラリスの学校での識別番号を呼んだ。
「機兵学校で、もっともっと情けない姿を見せていた生徒を自分はよく存じているので」
「忘れて、ランスロット教官。これは上官命令よ」顔を赤らめ、セラリスが呟いた。
「残念なことに絶対服従が原則の軍隊でも、人の想いと思い出はいかんともしがたいのです」
そう言ってセラリスにとって憎らしいほど良く出来た軍曹が優しく微笑んだ。